ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-75

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匿名ユーザー

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「バカな! こんな事が…!?」

砲火に晒され駆逐されていく先鋒を驚愕の眼差しで見下ろしながらジョンストンは叫んだ。
優勢であったアルビオン軍の先陣が圧倒的な火力によって打ち崩される。
前線に配備された敵の砲は数においてアルビオン軍の地上部隊のそれを上回っている。
物量でも勝っていると確信していた彼等にとっては不意打ち以外の何物でもない。

「いったいどこからあれだけの砲を掻き集めてきたのだ!?」

喚くだけの名ばかりの総司令官の横でボーウッドはふと考える。
確かに国中から集めたのならまだしも、そんな時間など無かった筈だ。
せいぜい集められたとしても国境周辺からが関の山。
そこに思い至った瞬間、彼は結論に行き当たった。

「恐らく沈められた艦に搭載されていた砲を持ってきたのでしょう。
ラ・ロシェールからタルブまでなら馬と人足が十分にあれば事足ります」

自嘲するように口元を歪めながらボーウッドが告げた。
もし奇襲などせず艦隊決戦に持ち込んでいれば、こんな事態は起きなかっただろう。
自分の手で己の首を絞める、正しく自業自得という訳だ。
ボーウッドの発言に込められた嫌みを感じ取り、ジョンストンの顔が醜く引き攣る。

「竜騎士隊を向かわせろ! 上空から砲を破壊するのだ!」

苛立たしげに彼は交戦中の竜騎士隊へと伝令を向かわせる。
本来なら上空からの一方的な艦砲射撃で片はつく。
しかしワルドの指示により艦隊は射程外への待機を余儀なくされていた。
どうせ自分に手柄を立てさせない為の嫌がらせだろうが、
それでも皇帝の勅命であれば従うより他にない。

(…今に見ていろワルド。貴様のような薄汚い裏切り者に居場所なぞない)

元よりワルドの増長を許すつもりなどない。
このトリステイン侵攻が済めば案内役は不要だ。
既にジョンストンの頭の中では彼を始末する算段がついていた。


「……我々相手によく保つ」

アルビオン歴戦の竜騎士達も困惑を隠し切れなかった。
一騎で戦場を駆ける風竜の少女もそうだが、
劣勢を前にしても落ちぬグリフォン隊の士気は目を見張る物がある。
弱者と侮り、ここで手を緩めれば敵の反抗を許すかもしれない。
しかし総司令の命令は絶対だ。
悩んだ末に竜騎士隊一隊だけが砲台へと差し向けられた。
一見して護衛も少なく竜騎士に対抗する術はないだろう。
その間に、上空を制圧すれば戦の趨勢は決するのだ…!

(きゅいきゅい! お姉さま、あいつらどっか行っちゃうのね!)

戦列を離れていく竜騎士の姿に、シルフィードの顔に喜色が浮かぶ。
風竜が飛行に長けた種族といえども体力には限界がある。
ましてや常に生命の危機に晒される緊張感の中では消耗も数倍に跳ね上がる。
肩を上下させながら呼吸するシルフィードの上で、
彼女の主も同様に息を切らせていた。

前の戦いではキュルケもいたが今は一人。
防御と攻撃、その両面で瞬く間に削られていく精神力。
残された精神力では身を守るのが精一杯で、
竜騎士を撃墜するなど到底不可能だ。

(きゅい!? 全然減ってないのね!) 

見れば、遠ざかっていくのは竜騎士隊のごく一部。
その場には彼女達を屠るのに十分すぎる戦力が残されていた。
ルーンを通じて伝わってくるタバサの悲惨な現状。
もう逃げるしかない。勝ち目がない戦いから逃げても恥じゃない。
彼女は自分の役目を果たした。
否、それ以上の事をやり遂げたのだ。
しかしシルフィードの背から、か細くも力の篭った主の声が響く。

「………ダメ」

否定の言葉に、きゅいきゅいとシルフィードは抗議の声を上げる。
それが自分を心配するものだと分かっていながらタバサは受け入れない。
ここで退けば竜騎士隊を掻き回す事が出来なくなる。
それに、魔法が使えなくても……。

「………まだ手はある」
(え? さ、さすがお姉さま! 何か秘策があるのね!?)

こくりと頷きながら手の内を握り締める。
ただの重しになりつつある杖を風を切りながら振るう。
正面には自分へと殺到する竜騎士隊。
その手には突撃槍の如く杖が構えられている。
衝突すればたちどころに飲み込まれる殺意の津波。

「それは……」
(それは!?)

その刹那。くるりとシルフィードの巨体が翻された。
そして、敵に背を向けつつ流星のように降下していく。
困惑するシルフィードの耳元でタバサは呟いた。

「……逃げる」
(お姉さまーーーー!!?)

言葉にならないシルフィードの絶叫と共に、有り得ない速度で地上が目の前に迫る。
恐怖から目を背けた背後には猛追してくるアルビオン竜騎士隊。
八方塞りのまま確実に近付いてくる死の恐怖。
この時ほど彼女は使える主を間違えたのではと疑った事はなかったという。

「部隊を砲撃の届かぬ後方まで下がらせろ!」

老士官の命令が即座に伝令へと伝えられる。
それは長年の戦闘経験が為せる業か、
突然の戦況の変化にも慌てず男は対応していた。
戦争が引いた絵図面通りにいく事などない。
何が起こるのか判らないと覚悟していればこそ対処できるのだ。

「しかし、それでは敵に付け込まれるのでは?」
「それはあるまい。むしろ打って出てくるならば好都合だ」

思わぬ反撃を受けたとはいえアルビオン軍は健在。
勢いに乗った所で、質・量共に勝る相手を打ち砕くのは容易ではない。
そのような軽率な行動に出る相手ならば引き寄せて包囲し殲滅するまでだ。
膠着状態が長引けば不利になるのはこちらだ。
それを分かっているからこそ連中は防衛に専念しているのだ。

「大砲は厄介ですね。空軍の援護を待ちますか?」
「いや、我が軍も大砲を前進させよう。
幸い、砲の射程も精度もこちらが上だ。
砲撃戦に持ち込めば無駄に兵を損耗させる必要もない」

相手の攻撃の届かない距離からの一方的な攻撃。
それがアルビオン軍の常套手段であり戦術の基本。
彼はそれを恥ずべき事だとは思わない。
互いに戦力を出し尽くしての決戦などに興味はない。
双方が多大な犠牲を出してまで何を得るというのか。
勝負が圧倒的であればどちらの犠牲は最小に抑えられる。
そう信じて彼は地上の砲手に伝令を送った。


「怯むな! 届かぬなら前進して撃ち返せ!」

砲撃の音に阻まれながらもアニエスの声は高らかと戦場に響き渡る。
近くに着弾があろうとも微動だにせぬ彼女の勇姿に、砲手達も勇気を振り絞る。
アニエスも戦場を知っている。指揮官が心を乱せばそれは全軍に波及する。
危険を承知して尚、砲火に身を晒し前進しなければならない時がある。
それが今なのだ! ここで退けば心も体も打ち砕かれる!
やるべき事を指揮官が体現して初めて兵は動くのだ!

それに砲手達には戦う理由があった。
彼等はアニエスの部下ではない、トリステイン艦隊の生存者達だ。
アルビオン軍の奇襲により訳も分からぬままに殺されていった同胞、
目の前で沈んでいく自分達の艦の姿が今も彼等の目に焼きついている。
その時の怒りと憎しみが死の恐怖を押し流す。
復讐の一念が彼等を戦場へと駆り立たせているのだ。

砲撃を浴びながらも前進を繰り返すトリステイン軍の気迫。
それを前に、アルビオン軍兵士達に動揺が広がる。
彼等にとって、これは勝ち戦も同然だった。
落ちている勝利を拾うような簡単な作業だと思っていた。
だが、この瞬間。間違いなく彼等の喉元には刃が突きつけられていた。
一方的に命を奪う虐殺ではなく、命を奪い合う戦闘へと変わっていたのだ。
ましてや死をも覚悟したトリステイン軍と、上の命令に従うだけのアルビオン軍。
砲弾の直撃に吹き飛ばされようとも突き進む敵に、彼等は未知の恐怖を感じていた。

互いの距離が詰まる。
既にアドバンテージであった射程距離は意味を成さない。
もはや勝負を決するのは兵器ではない、それを駆使する兵士の気力だ。
そして、それこそがトリステイン軍の最大のアドバンテージ。

「撃ぇ!!」

アニエスの号令が響く。
間際に迫った両者の砲が火を噴く、その瞬間。
トリステイン軍の砲台が轟音を立てて爆散する。

広がる爆炎をマントで遮りながらアニエスは空を見上げる。
頭上を旋回する巨大な影、それは再び彼女達へと牙をむいた。
舞い降りた火竜より吐き出される灼熱の炎。
火竜の吐息を受けた砲台、そこに込められた火薬が誘爆して破裂した。
まるで風船が割れるように呆気なく破壊されていく砲台。

「くっ…!」

毒づくアニエスの真上に竜騎士が降下する。
咄嗟に抜いた剣が心許なく感じられる。
火竜の喉元で燻る炎、それがアニエスの過去の痕を抉る。
迫る恐怖に歯を食い縛り彼女は火竜に立ち向かう。
火竜の上げる咆哮、それはギーシュの掛け声に掻き消された。

「放て!」

ニコラを始めとする鉄砲隊が一斉に火竜を狙い撃つ。
放たれた弾丸が雨粒のように竜騎士に降り注ぐ。
しかし、それも竜騎士の展開する風の障壁に阻まれて届かない。
それでも撃ち続ける鉄砲隊の猛攻に、舌打ちと共に竜騎士が上空へと逃れる。
だが、それを狙い済ましフレイムとキュルケの炎が捉える。
油袋に引火して燃え尽きる火竜の姿。
それには目もくれずギーシュはアニエスの安否を確かめた。
火竜の炎も一斉射撃の流れ弾も受けた様子はない。
安堵の溜息を漏らすギーシュに、アニエスは声を掛けた。

「またお前に助けられたな、ギーシュ」

アニエスの口元が綻ぶ。
彼女の微笑みに、不意にギーシュの胸が高鳴った。
それは自分の知る軍人である彼女ではなかった。
過去のトラウマから立ち直ったばかりで、
覆い隠した筈のアニエスの素顔が僅かに透けていた。
その親しい者に向けるような無防備な彼女の表情が、
一瞬、ギーシュにここが戦場だという事を忘れさせた。

「ギーシュ!!」

ルイズが叫びながら彼を突き飛ばす。
その直後、二人の真上を火竜が通過する。
標的を逃した火竜が旋回し再びルイズ達へと襲い掛かる。
咄嗟に杖を取ろうとしたルイズの表情が凍った。
遮二無二体当たりした所為だろうか、
彼女の手から杖も祈祷書も零れ落ちていた。
落とした杖へと駆けるルイズは、敵から見れば正しく動く標的。
無力と化したメイジへと竜騎士は杖を振るう。

「嬢ちゃん! 俺を抜け!」

デルフの声に我に返ったルイズが鞘から彼を解き放つ。
メイジに剣が扱えるものかと竜騎士はせせら笑いと共にエア・カッターを放つ。
だが、それはデルフの刀身に触れた瞬間、男の笑み同様消え去った。
魔法を吸収するデルフの能力に困惑しながらも竜騎士は反転し、
今度は火竜の吐息で彼女に狙いを定める。

「来るぞ! 炎は防げねえ、躱わせ!」

デルフの警告を聞きながらもルイズは拾った杖を構えた。
火竜の速度は人のそれとは桁が違う。
全力で突進してくる竜騎士を避ける事は出来ない。
どうせ一か八かになるのなら逃げるよりもルイズは戦いを選んだ。
それが無謀と分かっていながら彼女は決して背を向けない。

止めに入ろうとしたアニエスも間に合わない。
新たに迫ってくる竜騎士を迎撃しながらキュルケは彼女へと振り返った。
間近に迫る巨大な火竜と、それに相対する小柄な少女。
火を見るよりも明らかな勝敗の結果にキュルケは思わず目を逸らそうとした。

刹那。火竜の胴体に氷の矢が食い込む。
それはキュルケが良く知る彼女の魔法。
体を刺し貫かれた竜が力なく地上へと落ちていく。
良い所で見せ場を奪っていくタバサに嫉妬しつつ、
キュルケは歩み寄ってくる人物へと視線を向けた。

「ありがと。助かったわ、タバ……」

キュルケの動きがぴたりと止まる。
そこにいたのはタバサではなかった。
自慢の髭を弄りながら彼は硬直したままの彼女に語りかける。

「なに、これも貴族の義務というやつだ」

キュルケの眼に映るのは長尺の杖を携えた中年の貴族。
何度も突き合わせたその顔は嫌でも覚えている。
実際、毛嫌いしていたしトラブルの元になった事もあった。
少なくとも彼女の知る限り、このような場所に好き好んで来るような人物ではない。
だから確かめるようにキュルケは彼の名前を呼んだ。

「……モット伯?」
「うむ」

YES,I AM!と言わんばかりに胸を張りながらジュール・ド・モットは答えた。 
それとは裏腹にがっくりと落ちるキュルケの両肩。
“ああ、なるほど”と彼女は悟った。
自分が助けに来た時のギーシュはきっとこんな気分だったに違いないと……。


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