ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-73

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匿名ユーザー

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「よもやここまでの差が……!」

火竜の背後に食らいついたグリフォンが容易く引き離される。
魔法の詠唱が終わるのを待たず竜騎士の背はその射程より外れていた。
気が付けば背後には逆に自分を追い駆ける複数の敵影。
吐き出された炎の吐息は身を翻す間も与えずに騎士を焼き尽くした。

栄えぬきの魔法衛士隊は決して実力的に劣る物ではない。
しかしグリフォンと火竜の最高速度の差は致命的だった。
相手を追えば逃げられ、逃げれば必ず捉えられる。
思う様に杖を振るう事さえ出来ないまま叩き落されていく。

悪夢ともいえる光景を眺めながらギーシュは言葉を失った。
もし彼らが破れる事があれば火竜の牙はこちらへと向けられるだろう。
頭上から襲い来る炎と魔法を相手に、地上部隊では成す術などない。
ましてや突撃してくる部隊を防ぎながらなど到底無理な話だ。

「どっち見てるんですかい? アンタはこっちでしょうが」

グリッと半ば力づくでニコラがギーシュの首を捻る。
向けられた先に見えるのは大地を弾ませながら迫る敵軍、その先陣に立つ亜人の集団。
各々の手には使い込まれた物であろう黒ずんだ染みを付着させた鋼鉄の鈍器。
人間を叩き潰す為だけに作られたそれは鎧さえも意に介さず諸共に打ち砕く。
加えて人間以上の強靭さを持つ彼等は弾丸が減り込んだぐらいでは止まらない。
正しく狂った獣と化して敵陣へと突き進む狂気の塊なのだ。

地上と空で同時に展開される絶望的な戦況。
だが、それに嘆いていても仕方はない。
ましてやギーシュは全軍を指揮する立場にはない。
戦の成り行きを案ずるより、この持ち場を死守する事を考えなくては……。

「一歩でも退いちまったらそこで終わりですぜ。
連中は凶暴でタフですが忠誠や統率って物がねえ。
ここの通行料が高いと判りゃあ足を止められます」

ニコラの助言を受けながらギーシュは部下に装填の指示を出す。
弾薬を込めて火縄を点して、人よりも二回りは大きい的に狙いを定める。
ギーシュの合図と共に放たれた弾丸が次々と亜人達を穿っていく。
頭蓋や心臓を撃ち抜かれて巨体が次々と崩れ落ちていく。
だが、それでも彼等は止まろうとはしない。
倒れた者や体に空いた銃創には眼もくれず雄叫びを上げて迫る。
それは戦術ですらない獣の本能だったのだろう。
しかし、その効果は戦に慣れぬ義勇兵達には覿面だった。
近付いて来る敵に慌てて込め直そうとして火薬や弾を落す者が続出したのだ。
射撃の訓練も受けていない彼等が取り乱せばこうなるのは判りきっていた。
次射の準備が整わぬ内に、二足歩行の野獣達が迫る。
もはや眼前の敵を駆逐するだけの火力はなかった。

舌打ちをしながらニコラは銃を捨てて剣を抜いた。
乱戦になれば銃よりも役に立つのはこちらだ。
分の悪い賭けに張っちまったと後悔しつつ彼は笑みを浮かべた。
彼にとってはこれは仕事でしかない。
最悪、この混乱に乗じて姿を眩ませるつもりでいた。
隣には同様にして杖を構えるギーシュの姿。
惜しむらくは、この愉快な上官の初陣を勝利で飾れなかった事。
今まで自分の助言を聞いた物好きなど一人もいなかった。
だからこそ僅かな間とはいえ愛着が湧いたのだろう。
もし余裕があれば彼も逃がそうとニコラは心中で決断した。

その刹那、二人の視界から亜人達は消滅した。
同時に巻き起こる夥しい砂煙。
辛うじて窺う事が出来たのは地面から生える亜人の手足。
よく見れば彼等の巨体は地面に埋もれていた。

「ヴェルダンデ!」

咄嗟にギーシュは自分の使い魔の名を呼んだ。
あんな巨大な落とし穴を作る時間も道具もなかった。
唯一それが可能だったのはヴェルダンデだけ。
そして主の呼びかけに応えるように彼は土の中からひょっこりと顔を突き出した。

ここにいる筈がないと思っていた。
臆病なヴェルダンデが戦いに参加するなど予想さえ出来なかった。
だからギーシュは何も命じず単身戦いに臨んだ。
……しかし彼はここにいる。

ギーシュは最後まで信じ切れなかった。
それはヴェルダンデではなく自分の事だ。
“使い魔は主と似た物が召喚される”
その言葉は戦いに脅えるヴェルダンデを見れば一目瞭然だった。
彼の臆病さは自分の心の弱さの表れなのだと。
そして今も自分は戦争を前にして臆している。

だが! 今は違う!
この瞬間、ギーシュは心から確信した!
脅えていた過去の自分は通り過ぎた!
自分はヴェルダンデと共に『成長』したのだと!
己の『勇気』を心の底から信じ切れるようになったのだ!

この『勇気』が仮初の物でもいい!
今この一時の恐怖を振り払えるならば!

銃を手に取りギーシュが吼えた。
続いてニコラ、遅れるようにして義勇兵達も雄叫びを上げる。
指揮官の鼓舞と亜人の消滅に鉄砲隊も平静を取り戻していた。
それとは裏腹に彼等の咆哮に亜人達は困惑する。
先頭集団が落とし穴に嵌まった事に警戒したのではない。
彼等は自分達を強者と信じて疑わず、人間を狩られる側の存在だと認識している。
ならば、これは何だというのか?
脅え竦むのは自分達で、人間達は威圧するかの如く吼え猛る。
立場をそっくり入れ替えたかのような現実に彼等は戸惑う。

突然叫び声を上げた主人に不安げな視線を向けていたヴェルダンデ。
その彼がふと自分の真上に落ちた影に気付いて振り向く。
驚愕する彼の眼に映されたのは掲げられた巨大な鉄の塊。
半ばほど体を埋められながらも亜人は暴力を振るうのを止めない。
ギーシュに気を取られた彼へと振り下ろされる鉄槌。

瞬間。ヴェルダンデの頭上を掠めるように炎が通過した。
それは背後の亜人へと直撃しその巨体を焼き尽くす。
ヴェルダンデが助かった事を安堵する間もなく、
ギーシュとニコラが炎が来た方向へと銃口を向ける。
今のは火の系統魔法じゃなく間違いなく炎の息吹だった。
となれば近くに火竜がいると示唆しているも同然。
しかし茂みより現れ出でたのは火竜ではなくサラマンダー。
更にその上に乗っているのは見紛う事なき自分の級友。

「キュルケ!?」
「随分ヒドイじゃない。せっかくの援軍に銃を向けるなんて」

何故、彼女がここにいるのか考えるよりも、
ギーシュは真っ先に援軍という言葉に反応を示した。
もしかしてゲルマニアが動き出したのか?
それなら軍人の家系であるキュルケが出陣してしてもおかしくない。
思わぬ助けの手にギーシュは沸き立つ。

「それで、その援軍はどこに?」

キュルケの背後の茂みを見渡すようにギーシュが目を配らせる。
せいぜい隠れられても数人程度ぐらいだろう。
それとも離れた場所に待機させているのだろうか?
考えあぐねたギーシュが視線を上げると、
そこにはニコニコとした笑みを浮かべて自分を指差すキュルケの姿があった。

「ここにいるじゃない。それとも私じゃご不満?」

その言葉にギーシュはがっくりと肩を落とす。
たった一人で戦場に来る彼女の度胸よりも、
自分達を助けに来てくれた事への感謝よりも、
ぬか喜びに対する落胆が何よりもギーシュには大きかった。

「……うん、ありがとう。君の助力に心からの感謝を」
「言っておくけどアンタの為じゃないわ」

明らかに絶望的な表情を浮かべながらギーシュは礼を告げた。
その態度に、眉を寄せ額に血管を浮き上がらせながらもキュルケは返す。
彼女の返答でギーシュはようやく気が付いた。
ゲルマニアが参加しないのなら、どうして彼女がいるのか?
理由を訊ね返そうとする彼よりも先にキュルケは答える。

「決まってるでしょ。アルビオンとの戦争なら必ずアイツが出てくるからよ」

髪を掻き揚げながらキュルケは空を見上げた。
そこにはグリフォン隊と空中戦を繰り広げる数多の竜騎士の姿。
彼女の瞳はその中に誰かの姿を投影しているように見えた。
否。誰かなどと考えるまでもない。
ウェールズ陛下を殺しアンリエッタ姫殿下とルイズの期待を裏切り傷付けた非道。
元・魔法衛士隊隊長のワルド子爵、彼以外には有り得ない。
今も尚滾る憤怒の炎を表すみたいに彼女の赤い長髪が風に靡く。

後先の事を考えない我が儘と言ってしまえばそうかもしれない。
本来、家柄や地位の事を考える立場にある人間が私怨で動くのだ。
だけど、彼女は自分の意思でそれを貫き通す。
例え、それで貴族としての権威を失ったとしても躊躇わない。
その有り様は誰よりも自由で誇り高いものだった。
血の気が引きかけていた自分の顔にギーシュは活を入れた。
数などは関係ない、己の意思で戦場へと来た彼女をギーシュは戦友として迎え入れる。

「いや、キュルケが来てくれたなら百人力だ。
まあ、それでもあと九百人ほど足りないんだけどね」
「安心しなさい。援軍は私だけじゃないわよ」

そう言って再び空を見上げる。
今も激戦が繰り広げられるタルブの上空。
その中に紛れて飛ぶ一匹の風竜の姿を確認してキュルケは微笑んだ。


「これで四騎撃墜! さあ、五騎目はどいつだ!?」

流星のように炎に包まれて落ちていくグリフォン。
それを見届けながら竜騎士は気炎を上げる。
目前まで迫った勝利に彼等は酔っていた。
もはや敵と呼ぶには脆く歯応えもない。
まるでゲームの点数を競うかのように敵影を捜し求める。

「……次は貴方の番」

その時、男の背後から冷たい声が響いた。
背後を取られたのに気付き、即座に男は火竜を加速させた。
グリフォンの速度では火竜には追いつけない。
声を掛けず後ろから奇襲すれば倒せたかもしれないのに、
つくづく間抜けな連中だと男はせせら笑った。
引き離した相手を確認しようと振り返った瞬間、
そこにいたのはグリフォンではなく真後ろに食いついた風竜の姿。
間抜けなのは自分の方だったと気付いた直後、
氷の矢に串刺しにされた火竜と共に竜騎士は墜落した。

「まずは一騎」
(きゅいきゅい! まだまだいっぱいいるのね!)

青い髪を揺らしながら冷静に呟くタバサに、
耐えかねたシルフィードが非難じみた警告を発する。
アルビオンで執拗に追い回された記憶はまだ新しい。
しかも戦場を飛び回る火竜の数はあの時よりも遥かに多いのだ。
いつ取り囲まれて嬲り殺しという憂き目にあっても不思議ではない。
そんな中で平然としているタバサに危機感を感じなかったのだから、
シルフィードも文句の一つも言いたくなるという物だろう。

一騎、二騎落とした程度では戦局は覆らない。
如何なる英雄であろうとも一人で戦況を変えるなど不可能。
それでもタバサは決して退かない。
だが彼女の本当の敵はこの程度の相手ではない。
タバサが挑んでいるのはガリアの王ジョゼフなのだ。
それは、たった一人で一国に敵対するに等しい。
この程度の敵に背を向けて復讐が果たせる筈もない。

そして何よりもタバサは証明したかった。
自分に力があれば、あの時の惨劇は防げたと。
今の自分なら守りたい者を守れるのだと。

風竜を駆る少女に撃墜される竜騎士の情けない姿。
それを仲間の竜騎士達は失望混じりに眺める。
油断していたとはいえ竜騎士でもない少女に倒されるなど恥以外の何者でもない。
傷付いた誇りを取り戻さんと彼等はシルフィードへと群がる。

(包囲されるのはマズイ……)

自分が竜騎士隊を引き付ければその分グリフォン隊の負担は減る。
一人で敵を撃退する事は出来なくとも撹乱するぐらいなら可能なのだ。
勝機を見出すまで守勢に徹しようとする考えは間違っていない。
だけどタバサは心のどこかで期待していたのかもしれない。
いつものようにルイズの使い魔が助けに来てくれる事を。

他の人に言ったら笑われるかもしれないけれど、
全員が揃ったなら例えそれが何であろうとも打ち勝てる、そんな気がするのだ。
実力や実績のような言葉では片付けられない『何か』が確かにそこにはあった。

だけど一方では逆にタバサの心を恐怖が蝕む。
それは、この場に彼が現れなければ勝てないのではないかという不安。
どんなに優れた名品も一片が欠け落ちてしまえば意味を失ってしまうように、
“彼”の不在を戦力的な意味以上にタバサは重く受け止めていた……。


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