ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

狭間に生きるもの-2

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匿名ユーザー

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 天上に輝くふたつの美しい月を眺めていると、部屋の隅にひとつの影が舞い降りた。
 その影は懐から一本の棒のようなものを取り出し、音もなくゆっくりと部屋の主へと近づいていく。
 私はなにげなく影に近づき、その背後に回ると頭を掴んで反対へと回す。
 すると、枯れ木が折れるような音が鳴り、影は力なく床に崩れ落ちた。
 私は力が抜けて重たくなった影を引きずり、部屋の扉を開けて外へと放り出す。
 そして部屋の扉を閉め、死体に驚く衛兵に声を掛けた。

「北花壇騎士四号だ。その暗殺者の身元を調べろ」
「は、はっ!了解しました!」

 部屋の外がざわめき始めるが、それを無視して窓辺に戻り中庭に眼を落とす。
 あちらこちらで衛兵たちが走り回っているのを見ながら嘆息すると、先程のように空を見上げた。
 夜空に美しく輝く二つの月と、それに負けじと自己主張する星たちを見ていると、背後の寝台に眠る
 部屋の主から声を掛けられた。

「ヨシカゲ…なにかあったの?」
「なんでもない、寝てろ」

 背を向けたまま、この部屋の主であるイザベラにそう告げる。
 背中に視線を感じるが、相手をするのも面倒なので無視を決め込んで空を眺めていると、
 何かが背中めがけて飛んできて、私をすり抜けて窓へと当たる。
 枕だ。
 イザベラが投げたそれを、私は振り向かずに持ち主に放り投げるがすぐにまた飛んでくる。
 何度かそんなやり取りを繰り返し、根負けした私は寝台に近づいて枕をイザベラに渡そうとするが、
 イザベラは私に握手を求めるように手を差し出す。

「手を握りなさい…これは命令よ」
「……わかったよ」

 私は握り返されないように注意しながら手を握ると、イザベラは安心したように寝台に横になる。
 以前にもこうしてイザベラの手を握った事がある。
 あのときも今夜のように暗殺者がイザベラを襲い、私が始末した。
 ひとつだけ違うのは、今夜のように素手ではなくナイフを使って始末した事だ。
 そのときの私は身分を与えられておらず、イザベラ以外に私の事を知る者もいなかったので、
 死体の処分に困った私は寝ていたイザベラを起こして聞いてみたのだが、その後は大変な騒ぎになった。
 確かに、血に塗れたナイフを持った幽霊が傍に立ち、床には死体があるんだから驚いて当然だ。
 私も同じ状況に立たされたら口から心臓が飛び出るほど驚くに違いない。
 そして、騒ぐイザベラの声に気づいて部屋へと踏み込んできた衛兵が死体を見つけてまたもや騒ぎとなった。
 無論、寝台で怯えているイザベラが殺した訳もなく、死体を調べれば刃物で殺されたことはすぐにわかる。
 誰が部屋に忍び込んだ暗殺者を殺したのか当然の疑問となったが、それに答えを出したのがイザベラだ。

「四号さ。わたし専属の護衛だよ!」

 そのときから、私は北花壇騎士四号となった。
 ちなみにこのガリアでは『四』という数字は『死』に通じるとされ、とても縁ギが悪いらしい。
 軍隊や騎士団でも使われないという徹底振りだ。
 当然、そんな数字をつけられた私は気分を害し、どうしてそんな不吉な番号を私につけたのか、
 どうせなら幸運の『七』がいいとゴネてみたりしたのだが、当然とばかりにイザベラはこう言い返した。

「だって、あんたもう死んでるじゃないか。それに『七』はもう決まってるんだよ」

 イザベラの言うことは全くもって正しい。
 すでに死んでいる私にとって『死』は一番縁遠いものだ。
 何も言い返せずに不貞腐れる私にイザベラはそっと手を差し出し、眠るまで握っていろと命令した。
 ハッキリ言って嫌だったのだが、そのときの私はなにを考えていたのかその手を握ってしまった。
 幽霊の私にとって、生き物に触れるのは問題ないが触れられるのはマズイということを、
 そのときは忘れてしまっていたらしい。
 イザベラが眠ったのを見計らい手を抜こうとしたのだが、悪いタイミングで寝返りをうたれ、
 私の腕は根元から千切れてしまった。
 あのときの痛みを思い出すと、今でも身震いがする。
 今回はそんな事にならないように眠るイザベラの肩を押さえ、寝返りをうたれないように注意しながら
 手を引き抜こうとしたのだが、イザベラに微妙な力加減で手を握られていた。
 このまま手を抜いたらどうなるのか、自分で試そうとは思わない私は朝まで手を握られる事にした。

 翌日、私は謁見の間でヒマを持て余していた。
 こんな興味を引くものが何一つない部屋なんぞに居たくはないのだが、これも仕事の内だから仕方がない。
 壁にもたれながら欠伸をすると、イザベラから突き刺さるような視線が送られてきた。
 自分が仕事中なのに欠伸をするとは何事だとでも言いたそうな顔をしているが、ヒマなのだから
 欠伸のひとつくらい許してほしい。

「娘を攫った連中は全員始末したぜ。モチロン娘は無事だ…だがなぁ、お前なんかオレに恨みでもあんのか?
 アイツら、よりにもよってぶどう畑に隠れてたんだぜ?国境越えてよォー」

 目の前にいる坊主頭で変なソリコミを入れた男、北花壇騎士六号は任務終了をイザベラに報告していた。
 六号はぶどう畑になにやらトラウマでもあるらしく、延々とイザベラに愚痴を言っている。
 私を含め、北花壇騎士の一号から六号までイザベラが起用した者たちで占められている。
 要するにイザベラの親衛隊みたいなものなのだが、私を除くほかのメンバーは姿だけを見ると
 街にたむろしているゴロツキ同然、いや、ゴロツキにしか見えない連中だ。
 正直に言って、こんな奴らを雇う気になったイザベラの頭を疑いたくなる。
 だが、仕事はできる連中だ。
 少なくとも前の奴らよりは忠誠心があるようだ。
 もっとも、命を救われ、仕事と生活の保障を与えられれば感謝するのは当然だと私は思う。

「あっはっは!そりゃご苦労だったね…ところで…その手に持ってるものはなんだい?」
「コイツか?向こうで貰ったんだよ。飲むなり売るなり好きにしろってよ」

 そう言って六号は眼帯をつけた炎を象った焼印が押された木箱をイザベラに見せる。
 その焼印は食事をとる必要がない私でも知っている、とても有名なワイン倉のものだ。
 確か、年に二、三本しか出回らないと聞いた事がある。

「ひょっとして、飲んでみたいとか思ってる?」
「な、なに言ってんだい!そんなわけないだろっ!わたしくらいになると飲みなれてるんだよ!!」

 イザベラは木箱をチラチラと横目で見ながらそう言うが、説得力が全くない。
 それでは、私はとても飲みたいですと言っているようなものだ。
 六号もそれに気づいているのか、ニヤニヤ笑いながらイザベラを見ている。

「しょォーがねェなァァーーーっ!アンタにやろうと思ってたんだがよォーー!
 オレはワインなんて飲まねェし、捨てちまうかァーー」
「ま、待ちな!!なにも飲まないなんて言ってないだろ?!」

 おあずけ喰らった犬ッコロみたいにイザベラは身を乗り出すが、六号はイザベラを椅子に座らせると
 太モモに木箱を載せて頭をポンポン叩き、背中を向けて手を振りながら部屋を出て行った。
 呆けた顔でイザベラが六号を見送ると、からかわれたとわかったのか、今度は顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、
 従者たちにワインを保管するように命令する。
 その後、従者たちを部屋から追い出して私にブツブツと何かを言っていたが、適当に聞き流しながら
 相槌を打っておく。
 窓辺により空を見上げると、小柄な少女を乗せた、突き抜けるような青空と同じ色の竜が中庭に降り立っていた


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