ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

一章一説 ~星屑は違う空に流れる~

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匿名ユーザー

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「チクショウ、まずい。まずいぞッ! これは!」
夜、フリーウェイを一台のオートバイが疾駆する。
まるで、暴走族のそれのような速度が出ているにもかかわらず、ハンドルを握る男はヘルメットをかぶっていない。『個人の自由は尊重されるべき』と、法定でその着用が義務付けられていないというのもあるが、彼の場合、そんなことを気にする余裕がないといった体だった。
むき出しの顔は筋肉が強張り険しい表情で、左目のまぶたが下がっている。上げようとはしているが上がらない。小刻みに痙攣するまぶたが、そう主張しているようだった。
「なんでこんな日に限ってバスが止まるんだ。コッチに来てからようやく手に入れたバイト、初日だっつーのによォ、クビになっちまうじゃあねえか! バイクなんか乗りたくないってのに、ヘッドライトも壊れちまってるしよォオオッ」
悪態をつくが、その表情と激しくなっている動悸、だらだらと流れ出ている汗からそのあせりようが見て取れる。ひとりごと然とした悪態も、あるいはそんなあせりを無意識に抑えつけようとしてのものか。
「ハッ、今のはァ―!」
しかしそれも無駄だったようで、不慣れなせいか、左目が開いていないことも手伝ってか、彼は降りるべきインターチェンジを見過ごしてしまった。
焦りがピークに達し、軽いパニック状態に陥った彼は正常な判断ができず、フリーウェイを逆走しようとした。減速もせずにである。
「お、おお、うおおおおお!」
このときの時速は、百と少し。当然曲がりきれず、彼のバイクは安っぽい特撮映画で使われる、怪獣の吼え声のような耳障りなスリップ音をたてながら分離帯に猛スピードで突っ込んだ。州立病院行きは免れないはずだった。
「なんだ? なんなんだあこれはぁあああ!」
衝突の瞬間、突如として彼の眼前に銀色に光り輝く鏡らしきものが現れ、バイクと彼はそれに頭から突っ込んだ。鏡は割れることなく、寧ろ彼を飲み込んでゆく。
どうやら鏡ではなかったらしい、などと彼が考える間もなく、
「うおああああぁぁああ! ……ッ……ッ!」
絶叫を最後に、彼は消えた。静寂だけが残る。

それからしばらく。彼の絶叫を吸い込んだ夜空で、闇に染まった空高くで、きらめく星々の合間を縫うようにして、
二つの星屑が長い軌跡を描いた。

一章一説 ~星屑は違う空に流れる~

時は春。
所はトリステイン魔法学院。
堅牢堅固な城郭を思わせ、普段は見るものに厳かな雰囲気を与える校舎も、今は陽気にあてられたようで、どことなく穏やかな空気に包まれている。空には綿菓子の食いかけのような雲がひとつふたつ浮かんでいたが、逆にそれが透き通るような青を引き立てている。快晴だった。
そしてそんな晴ればれとした空の下では、轟音を伴った爆発が断続的に発生していた。
「これで53回目か!? つ、次はいつ、どこが爆発するんだ!?」「ゼロのルイズが何度失敗するか、賭けてみるのも悪くね――――ッ」「賭けてる場合かァ――! もう少し離れなきゃあやばい!」「成功のないまま終わり。それがルイズ・フランソワーズ・ヴァリエール……」
罵声と悲鳴のない交ぜになった野次が、集まっていた生徒達の方々から飛ぶ。
爆発の原因であり、『ゼロ』と呼ばれた少女、ルイズ・フランソワーズ・ヴァリエールは、十分に美人――というよりは美少女か――といえるだけの器量を備えているが、今はその顔を怒りの朱で染め上げ、いかにも気の強そうな形の整った眉は吊り上がり、鳶色の目には角が立っている。
「あんた達さっきからうるさいわよ! 集中できないじゃない! それに、そんなに沢山失敗してないわッ!」
彼女が言うように、失敗の回数そのものは二十に迫る程に留まっていたが、しかしその度に爆発である。どこがそうなるかもわからないうえ、いつ終わるかもわからないのだから、罵声はともかくも悲鳴を上げるのは仕方のないことだった。
だが当のルイズにしてみれば、それらの声によって集中が途切れることが、今は何よりも鬱陶しい。
何故なら今日は。

『使い魔召喚の儀式』

ルイズにとって、いや、ルイズ達全員にとって春の使い魔召喚は重要な儀式である。何せ進級がかかっているのだ。未だに成功していないのはルイズただ一人だったが、野次を飛ばしていた者達の中にも、少なからず今日のこの儀式に不安を抱えていた者はいる。
「まったく……!」
ルイズは度重なる爆風で顔にかかった、その特徴的な、ブロンドがかった桃色の髪を掻き揚げ、集中を取り戻すため、この儀式に臨む際に固めた意思と決意を改めて心に刻み付ける。
(予習復習は怠らず、日々の授業も欠かさない。立派な貴族に、立派なメイジになるために。召喚を成功させるため、徹夜でイメージトレーニングもしてきた。始祖ブリミルにお祈りも捧げたし、昨日の夜に偶然見つけた流れ星にも、きかっり三回お願いした。絶対に成功する。成功させるわッ!!)
努力している。神頼みもした。後は自分の力を信じればよい。それしかなかった。
目を閉じ、息を整え、杖を構える。
「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、うったえるわ! だからいい加減に、応えなさいッ!」
地鳴りがおき、風が吹き荒れ、本日累計二十回目の爆発で、半径30メイルほどが砂煙に包まれた。

「げほ、けほ、また失敗か! ここまで砂煙が届くとは、これじゃあ本当にこっちの身が危う
いぞ!」「いつもいつでもうまくいかないんだから! あんたこそいい加減にしなさいよ、ゼロのルイズ!」「言っても――痛たたた目に砂が! ――無駄さ。諦める気までゼロなんだからな!」
口々にルイズを非難する生徒達だったが、ふと、奇妙な感覚に包まれた。
「……」
 ルイズが固まったまま動かない。
ルイズは生来の負けず嫌いであり、また、名門公爵家ヴァリエールの生まれであることを誇りにしている。ので、からかいや侮蔑に対しては、たとえそれがほんの冗句であったとしても過敏に反応する。とりわけ、『ゼロ』という単語をルイズは嫌っており、耳にするなり内容も聞かずに食って掛かるほど
だった。
ルイズを馬鹿にする者達の大半は、そうやって食って掛かってくるルイズを見て面白がるのだ。それはルイズの高名な家柄を伴って、既に学院中に広まっており、皆の習い性のようにまでなっていた。
だからこそ不自然だった。これほど自分たちがゼロ、ゼロ、と連呼しているのに何も言わず、あまつさえ顔色ひとつ変えないルイズは、有体にいえば不気味である。
 しかし、何人かの生徒は気づいていた。ルイズは反応しないのではなく、別のものに意識を奪われ放心しているのである。反応できていないのだ。
 舞い上がった砂煙が、春独特の穏やかながらも力強い風に巻き込まれ、掻き消えてゆく。
 砂煙が晴れるに連れ、生徒達は皆、ルイズの意識を奪ったものに気づきはじめた。
「なにィィイイイイ!?」
「今起こった事をありのままに話したいが、こればっかりは本当に信じられないぞ」
「『召喚』は『成功』……していたのかよォ~」
 何かが、爆発でえぐられた穴の中に横たわっていた。

 ◆ ◆ ◆

「ぐうぉッ! うおァァアアアアア!?」
 激痛が、彼の意識を無理やりに覚醒させた。
熱したアイロンを押し付けられたうえにスチームを吹きかけられたような痛みと熱さだ。もちろん実際にそんな体験をしたことはないが、少なくとも、炎天下に駐車してあった黒の乗用車に、以前ウッカリ手をついてしまったときとは比べ物にならない。突然のことでもあり、その痛みがどこからくるものなのかも、彼にはよくわからなかった。
「ぐぅ、う、ううッ!」
それが左手であると認識した途端、また新たに、じりじりとした痛みが左手を襲った。見れば、奇妙な記号が浮かび上がってきている。
と、混乱する間もなく唐突にその痛みが治まった。
傷みの余韻でぼんやりとする頭をめぐらすと、城や塔、奇妙な出で立ちをした集団、月面のようにクレーターだらけの風景が目に入った。自分の乗っていたバイクを、何者かは知れないが、これまた奇妙な出で立ちの男がいじくっているのも見える。
そこで、周りの喧騒にも意識が向くようになった。
「見ろよ、やっぱりどう見ても平民だ!」
「しかもなんだ? あの服は。乳牛の皮でも被っているのか?」
「あんなに時間かけて召喚した使い魔が平民とはな。さすがはゼロだ!」
 ドッと笑いがおこり、そんな笑いをかき消すように、実際本人はかき消すつもりで、桃色髪の少女が顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「あんた達しつこいわよ! なんか恨みでもあるわけ? それに今ゼロって言ったの誰よ! 三歩前へ出なさいッ!」
 恨みといえば二十回分の爆発の恨みだろうが、怒鳴り散らすルイズの剣幕に、笑い入っていた彼らの声も多少控えめなものになる。控えめになった分、内容の質は悪くなった。
当然ルイズは気がおさまらないようで、ボーっと座り込んでいた男に向かって、ズイっと足を踏み出すと、怒り顔で、八つ当たりのように言った。
「それよりもあんた誰!?」
「なんだ? オレか?」
「会話が成り立ってないわ。質問をしているのは私。誰かと訊いてるのよ、あんたの名前!」
「……リキエル」
 いまだ状況が掴めず思考の処理が追いつかない彼は、聞かれるまま、唸るように自分の名前を口にした。
 しかし聞いたわりに、当のルイズはそんなことは特にどうでもよいのか、顔を赤くしたまま、なにやらぶつぶつと呟いている。よくよく見れば、どういうわけか涙目だ。
「馬鹿にしてッ! 私だってやり直したかったわよ。なんで平民なのよ……。しかもその平民相手に私のファ、ふぁ、ファ~~~スト……うううっ! 飛びたいわッ」
 そんな呪詛を吐くルイズと座り込んだままのリキエルのもとに、ツカツカと歩み寄ってくる中年の男がいた。どこか疲れたような表情と生え際の後退した頭髪とがあいまって、だいぶ老けた印象を与える。バイクをいじっていた男だった。
彼はリキエルの左手をひとしきり観察すると、憤懣やるかたなしといった風情のルイズに向き直り、笑いかけた。人の心を落ち着かせるような、穏やかな笑みである。
「ふむ、珍しいルーンだが、召喚も契約もうまくいったようだね。ミス・ヴァリエール、おめでとう」
「……ありがとうございます。ミスタ・コルベール」
 ルイズはやはり納得がいかないようだったが、それには気づかないのか、あえてそういうふりしているのか、コルベールは満足気に頷くと、その場にいた者達に教室へと帰るよう促しはじめた。どこかそわそわしているようにも見受けられる。
「はは、がんばれよゼロのルイズ、お前は徒歩だァ――ッ」「飛んでみなよ、さ、あんたにできるならね!」「ゼロが? まさかだろ! 『フライ』も『レビテーション』もまともに使えないんだぜ?」「成功のないままおわ――」「お前それさっきも言ったろう」
 彼らはマントを一様に翻し、口々にルイズを嘲りながら空を飛び、去っていった。
 その光景はリキエルにとって異常なものだったが、立て続けに強い衝撃を受けた彼の脳は、混乱する間もないを通り越し、考えることそのものを拒否していた。だから彼は冷静で、見上げた空に薄っすらと浮かんでいた月がふたつあったことにも、心が動かされることはなかった。
「と、ところで君。ああ、あのき、奇妙な道具――だろうか? あれをその、しば、しばらくの間このわたしに預けてはくれないだろうか。いやなに! 悪いようにはしないよ少しばかり解たゲフンゴフン細部を調べたりするかもわからないが固定化もかけるしなんなら料金を払うにもやぶさかではないよしかしあれは一体何なのだねいやはやあんな金属の感触は初めてだしああ早く研究してみたいが今取り掛かっている研究も捨てがたくておっとまだ拝借の許可を得ていなかったねというわけでやはりあれをわたしに預けて欲しいのだがかまわんねッ!」
「はあ……どうぞ」
 自分の乗っていたバイクを指差しながら、興奮気味を少しばかり通り越した勢いでコルベールが詰め寄ってきても、気の抜けたような返事を返すばかりである。
地団太を踏んでいたルイズが怒声を浴びせるまで、リキエルはぼんやりと、ただ空を見上げているだけだった。


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