ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-72

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匿名ユーザー

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アンリエッタ姫殿下の御前にてルイズは傅く。
深く下げた頭は彼女への敬意と謝罪の意を表していた。
ルイズは全てを明かした上でアンリエッタの言葉を待つ。
自身の背信行為が許されるなどとは思っていない。
罰を言い渡されれたのならば甘んじて受け入れよう。

謁見の間での姫様の口振りは彼の実力を知っているようだった。
きっと助力として望まれたのは私ではなく使い魔の方。
以前なら屈辱と受け取ったかもしれない。
だけど今は違う。あるのは望まぬ力を与えられた悲しみだけ。
でも圧倒的な不利を覆すには彼の力は不可欠。
そうと知っていながら私は彼を元の世界へと逃がしてしまった。
それは真にトリステインの事を案ずるならば犯してはならない過ち。
……なのに私は一国の安全よりも彼の命を優先した。

かつてワルドが語った事を思い出す。
『どちらが正しいのかなんて誰にも決める権利はない』
あの時は意図さえも理解できなかった言葉が重く響き渡る。
裏切り者。その刻印はワルドだけではなく私にも刻まれたのだ。
国も使い魔も裏切って私は自分の心に従った。
それが私の罪。守るべき貴族としての責任を放棄した罪。

何も告げぬまま、そっとアンリエッタの手がルイズの肩に添えられる。
びくりと肩を震わせる彼女にアンリエッタは静かに顔を寄せる。

「いいのですルイズ。私に貴女を責める資格はありません」

ぎゅっとルイズの肩を抱き締めて彼女は告げた。
それは口先だけの言葉では断じてない。
合わせられた胸を伝ってアンリエッタの温かな気持ちが流れ込んでくる。
一人の少女として振舞う事が許されなかったのは彼女も同様だった。
アルビオンに付け入る隙を与えたのもウェールズに宛てた恋文のせい。
貴族としての生を課せられた少女の、たった一度だけのわがまま。
同じ想いを抱えた親友をどうして彼女が裁けるというか。

ウェールズ様を喪って独りぼっちになったと思っていた。
だけど違う。私にはまだ心強い友と臣下がいる。
復讐に命を捧げるなどあってはならない。
このトリステインと彼女達を守る為にも私は生きる。
……たとえ、それが愛しい人のいない明日であろうとも。

言葉を交わす必要はない。
無邪気に遊び回った頃のように二人の心は通じ合っていた。
込み上げてくる感情と涙を堪えながらルイズは懐に手を入れた。
そこから取り出した『始祖の祈祷書』と『水のルビー』を彼女に差し出す。

「これはお返し致します」
「いえ、それは貴方が預かっていてください。
少なくとも私の気持ちに整理がつくまでの間は」
「……分かりました。ではお預かりします」
「ええ、いつの日か必ず貴方の手で返してください。
それまでは決して死んではなりません、これは命令です」

にこりと笑みを浮かべてアンリエッタは告げた。
ルイズなら命を賭して自分を守ろうと無茶をするだろうと予期していた。
それに釘を刺す意味で彼女は国宝を持たせたのだ。

「ではルイズは私の傍に」
「はい!」

隣に寄り添うようにルイズは自分の馬を引いてくる。
魔法が使えずとも優秀な指揮官でなくとも今のアンリエッタには彼女が必要だった。
誰よりも安らぎを与えてくれる親友。
それこそが復讐に身を焦がす自分を止めてくれる最後の砦。

(……いつまでも私の傍にいてくださいねルイズ)



「これでどうかな? 急拵えだから見栄えは悪いけどね」
「いやいや、こいつぁ立派な物ですよ。十分すぎるぐらいでさあ」

人一人隠れられるぐらいの深さを持った穴が線の如く延びる。
それは紛れもなく彼のいた世界で言う塹壕だった。
ヴェルダンデの手際の良さにニコラ軍曹は思わず感嘆を漏らす。
そして同時に自分の助言を何の抵抗もなく聞き入れたギーシュにもだ。
本来、中隊長を務めるべき人物は勝ち目のない戦いを前にして逃亡した。
ここにいるのは士官の教育も碌に受けていない傭兵上がりだというのに。
戦場を知り尽くしているが故に、如何にして銃撃や砲撃を防ぐかを彼は知っていた。
だが並の貴族であれば、このような場所に身を隠すなど誇りが傷付くと拒否しただろう。

(大物なのか、ただの臆病者なのか、判断がつきかねる人だな)

まあ、どちらにせよ自分が生き残る確率が上がったのには変わりない。
一見すれば頭上を大艦隊に抑えられ数でも負けている絶望的な戦だ。
だが、まるっきり勝ち目がないかというとそうではない。

あれだけの艦隊を維持するには相当な補給が必要となる。
それこそタルブ、ラ・ロシェールを制圧し橋頭堡でも作らなければ賄えない。
加えて『スヴェルの月夜』を過ぎた今、時間が経つほどにアルビオンはトリステインより離れていく。
そうなれば艦隊とを繋ぐ補給線も延びざるを得ず、断ち切る事も不可能ではなくなる。

逆にこっちは奇襲に面食らって準備が整わなかっただけで、
この場を持ち堪えれば大国に相応しい陣容で相手を追い返せる。
傭兵は端金で命を捨てるような真似はしない。
勝算があればこそ戦争を仕事とする彼等は付き従うのだ。

「他に必要な物はあるかい?」
「そうですな。後は運がありゃあ完璧なんですけどね」

ギーシュの問いに彼は笑いながら答えた。
結局、勝負はやってみなければ分からない。
そんな時に一番頼りになるのはツキしかないのだ。
だけど幸運を用意できる指揮官などいる筈もないと思っていた。

「それなら問題ない」
「へ?」
「魔法の腕はドットクラス、戦場に行った事もない僕が、
何万って数のアルビオン軍に包囲されたニューカッスル城から逃げて来れたんだ。
強運でもなきゃそんな奇跡起こせるわけないだろ?」

ぽかんとニコラは口を開けたまま立ち尽くす。
冗談めかしたように言うギーシュに言葉も出ない。
こんな状況でよくそんな大法螺が吹けるものだと、むしろ感心を覚える。
彼の嘘に乗っかるつもりでニコラは返した。

「ああ、そりゃ頼もしいんですがね。
そん時に運を使い果たしちまったかもしれませんぜ?」
「……怖い事言わないでくれ。
ただでさえ戦場に立っているだけでも膝が震えてくるんだから」

そう答える上官の膝を見れば
嘘でも冗談でもなく本当に震え上がっていた。
沸き上がる疑念を振り払いながらニコラは溜息をついた。
あの戦場から帰ってくるなど有り得ない、と。
もし、そんなのがいるとしたら、そいつは始祖の生まれ変わりに違いない。


「姫殿下、お呼びに従い参上しました」

アンリエッタ姫に呼び出されたアストン伯が片膝をついて挨拶を述べる。
僅かに頬を伝う冷や汗は抗命罪を問われる恐れから来ていた。
しかしアンリエッタは冷静に現状報告を促す。
村を見捨ててまで得た情報は余す所なく彼女に伝えられた。

「敵はタルブ村を強襲、竜騎士隊によって村は焼かれ艦隊の上陸地点を作り出したようです。
村人は事前に森の中へと避難させてあった為、犠牲者はおりません。
私めは手勢三十騎を率いて姫殿下との合流した次第です」
「御苦労です。ところで邸宅の警備はどうしていましたか?」
「は? 我が屋敷ですか? フーケ騒ぎの際に衛兵の数を増やしたぐらいで他には……」
「番犬は使っていましたか?」
「え、ええ。それが何か?」
「では急ぎ屋敷に引き返して犬を数頭連れて来るのです。
事は急を要します。直ちに取り掛かってください」

アンリエッタの命を受けて出て行くアストン伯の首は傾げたままだった。
命令の意図を理解出来ぬまま彼は邸宅へと馬を走らせる。
その背中を眺めながらマザリーニは姫に訊ねるように呟く。

「上手くいきますかな」
「いってもらわねば困ります。
幸い、こちらに彼がいないのを向こうは知りません。
どんなに小さな手であろうと打っておくに越した事はありません」

密談するように話す二人の前に慌てた様子で伝令が飛び込んできた。
彼の口頭報告を聞きながらアンリエッタ達は即座に空を見上げた。
まるで蓋をするようにアルビオン艦隊がその高度を下げていく。
その行動が意味する所はただ一つ。

「各隊に連絡! 艦隊からの砲撃に備えなさい!」


トリステイン陣地に向けられた砲門が次々と火を噴く。
大気を震わせる砲声に、大地を揺るがす弾着。
巨人の合唱ともいうべき轟音がタルブ周辺に響き渡る。
さすがに本陣は風メイジ達が直撃を逸らしているが、
他の各所では凄まじい土煙と共に並みいる兵達が吹き飛ばされていく。
その光景を後方の艦で眺めるクロムウェルは呟いた。

「所詮はこの程度か。いや、我が軍が強すぎたのか」
「ならば『レキシントン』で御覧になればよかったのでは?」

護衛として隣に控えたフーケが尋ねる。
無論、意見するつもりなど毛頭ない。
彼女にしてみれば、クロムウェルのこの気まぐれは僥倖だった。
如何に強大な戦艦といえどバオーの力を知っているフーケの気は休まらない。
あの怪物と戦えと言われていたなら、とっとと妹を連れて逃げ出すつもりだった。
しかし戦場から離れた艦であれば空を飛べない奴と交戦の恐れはない。

「艦長と艦隊司令、皇帝が同じ艦に揃ったのでは指揮系統が混雑する。
それに中からでは『レキシントン』の勇姿を見れないのでな」

見下ろすのは砲撃の為に降下した入道雲の如き巨艦。
その砲声は離れて尚、彼等の耳を劈く。
陶酔するように艦隊を見下ろすクロムウェルに、フーケは溜息をついた。

(こいつには過ぎた玩具だね。軍隊も……アレも)

心中を悟られぬように彼女は仮面を被り直す。
警戒すべきシェフィールドは同席していない。
それが何を意味するのかは判らないが、
親から解放された子供みたくはしゃぐ上司に愛想を尽かしたのではとそんな事を考えてしまう。

砲声が止む。弾着の煙が地上と敵兵を覆ってしまったが為の中断。
しかし地形さえも変えてしまうのではないかという砲撃を浴びて、
有象無象のトリステイン軍に反抗する気力は残されている筈がない。
そう考えたクロムウェルは満足げな笑みを見せた。

しかし、それは響き渡る鬨の声に掻き消された。
吹き抜ける風が煙を洗い流し、その姿を現していく。
晴れ渡った地上には杖や銃を手に健在を示すトリステイン兵の姿。
数で勝るアルビオン軍さえ、その気迫の前に踏み止まっていた。

まるで効力を示さぬ砲撃に、噛み締めたクロムウェルの歯が軋みを上げる。
戦局の変化に一喜一憂するクロムウェル。
その姿に皇帝としての器があるとは到底思えない。

クロムウェルはアンリエッタをお飾りと呼んだ。
しかし、それはこの男も同様なのではないかと疑わずにはいられなかった。


「何をやっておる! 砲撃手はちゃんと敵を狙っているのか!?」
「敵の痩せ我慢だと思いたいものですな」

がなり立てるジョンストンの横でボーウッドは冷静に感想を口にした。
多少時間が掛かるとも、このまま砲撃を続ければいずれは打ち崩せる。
だが、血気に逸る総司令や皇帝はそれを望むまい。
力押しででも敵軍との短期決着を図ろうとするだろう。
その彼の予想通り、竜騎士隊や地上部隊に突撃命令が下された。
直ちに艦に搭載された竜騎士達が飛び立っていく。
その中、ワルドは命令に背いてただ黙って戦場を観察していた。
船員の一人がそんな彼を見咎めて声を荒げた。

「ワルド子爵! 出撃の命令が出ています!
従わない場合は抗命罪として処分される事も……」
「黙っていろ」

ワルドの一言に船員は凍りついた。
僅かにこちらを睨む視線はそれだけで人を殺せる。
もし僅かにでも声を出せば喉を掻き切られていただろう。
静かになった彼にワルドは淡々と告げる。

「私の隊は先程出撃して休ませている所だ。
それにあの怪物を仕留める為、皇帝直々に自由行動も許されている。
何の問題もないと総司令官にも伝えておけ」
「はっ!」
「それともう一つ。艦隊の高度を上げるように伝えろ」

怯えを隠しながら彼は敬礼して応える。
一刻も早く立ち去ろうとした彼をワルドは呼び止めた。
頼まれた総司令官への言伝に彼は恐る恐る聞き返す。

「ですが、これ以上高度を上げると風の影響で砲の命中精度が……」
「構わん。この程度の高さならば奴は飛び移ってくるぞ」

ラ・ロシェールでの光景が未だにワルドの目に焼きついている。
この戦の勝敗などワルドにはどうでもいい。
バオーを打ち倒す事だけが今の彼の全てだった。

「鬨の声を! 杖を掲げて我等の健在を示すのです!」

アンリエッタの号令に合わせて兵達が雄叫びを上げる。
その周りでは負傷した兵達が次々と後方へと運ばれていた。
砲撃による被害は甚大だった、だからこそ敵に悟られてはならない。
もし、こちらが弱っていると知られば敵は一気呵成に攻めてくるに違いない。
ならば虚勢であろうとも張り続けて敵を食い止めるべきだ。

あれだけの砲撃を浴びてもトリステイン軍の士気は衰えなかった。
象徴でもあるアンリエッタ姫に率いられている事に加え、
目の前で燃やされたタルブ村の惨状が彼等の義憤に火を点けたのだ。

「迎撃の用意を! これ以上トリステインへの侵攻を許してはなりません!」

砲撃が止み、動きを見せる敵軍にアンリエッタが指示と檄を飛ばす。
迫り来る竜騎士隊を迎撃すべくグリフォン隊と竜騎士達が飛び立っていく。
彼等を送り出した後で、ずしりと彼女の両肩に重みが圧し掛かった。

遂に戦いの火蓋は切られてしまった。
気丈に振舞おうとも彼女はまだ初陣も果たしていないのだ。
大軍を指揮する重責は彼女を押し潰そうと更に重みを増していく。

そんな彼女の手を隣に控えたルイズが握り締める。
その暖かな感触だけが今のアンリエッタにとって唯一の救いだった。


「いい報せと悪い報せが二つずつあるんですが、どれから聞きたいですか?」
「それじゃあ交互に頼む。知っての通り心臓が強い方じゃないんで」
「まず良い方から。艦隊が砲撃を止めました」
「なるほど。確かにそれは良い報せだね」

長玉で敵軍の様子を窺っていたニコラの軽口にギーシュが応える。
ヴェルダンデの掘った塹壕は砲撃の嵐に対しても効果を発揮していた。
多少、負傷者は出たがそれでも他の部隊に比べれば微々たるもの。
何とかなるかもしれないとギーシュは思い始めていた。
だが続くニコラの報告がそれを砂糖菓子みたいに打ち砕く。

「ですが、それは地上部隊を突入させる為の前準備のようです」
「それが悪い方か。じゃあ次の良い報せは?」
「敵さんの動きから次にどこを狙ってくるか判りました」
「なら援護に向かう必要があるな」
「いえ、その必要はありません。此処です」
「………え?」
「敵軍が狙っているのは此処の突破です、指揮官殿」
「はは、ははははは」

敬礼するニコラを前に、ギーシュの顔に乾いた笑みが浮かぶ。
何が良い報せと悪い報せだ、全部悪い報せだったじゃないかとギーシュは一人毒づいた。
彼の淡い期待は押し寄せる敵軍の足音によって瞬く間に消し飛ばされたのだった。


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