ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-62

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匿名ユーザー

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「…ルイズ」
アンリエッタが謁見の間で呟いたルイズの名は、誰にも聞かれることなく、虚空に消えていく。
玉座に座り、目を閉じて心を落ち着かせる……そんなアンリエッタを見たマザリーニは、いつになくアンリエッタが緊張しているのを見抜いていた。
百人以上入れそうな謁見の間は、見事に磨かれた石の床に、真っ赤な絨毯が敷かれている。

マザリーニはこれから来るであろう、ある人物の姿を絨毯の上に幻視した。
先代の陛下に跪き、陛下から直々にお言葉を賜っていたある人物は、トリステインの貴族達の間で知らぬ者は居ないと言われるほど誉れの高いメイジだった。

烈風カリンと呼ばれたその人物が、実はルイズの母カリーヌ・デジレだったと知られたのは、皮肉にもルイズの死を聞いたその日であった。
土くれのフーケを追って、フーケ共々魔法の失敗により爆死したと聞き、カリーヌ・デジレは唯一の目撃者ロングビルを直々に尋問したのだ。
カリーヌ・デジレは自身が隊長を務めていたマンティコア隊から、水系統に優れたメイジを一人借り受けて、魔法学院に赴いたらしい。
公式な記録には残されていないが、水系統のメイジを使って、ロングビルに洗いざらい吐かせたであろうことは想像に難くない。

誰よりも規律を重んじていた英雄が、規律を破ってまで娘の死の真実を知ろうとしたのだ。
その事実はオールド・オスマンからアンリエッタの耳にだけ届けられるよう、マザリーニが手を回した。
マザリーニは、その他の貴族に情報が漏れぬよう徹底させた。特にオールド・オスマンは烈風カリンがカリーヌ・デジレであるという噂を拡散させぬよう、ヴァリエール家の権力をちらつかせて『説得』したおかげで、魔法学院の外にその情報が漏れることは無かった。


噂の火消しに勤めたマザリーニだからこそ、ラグドリアン湖近くの国境警備隊から届けられた一通の手紙に驚いた。
この手紙を王宮に届けるよう指図したのは、カリーヌ・デジレだとしたら問題がある、いくらヴァリエール家が大貴族だとしても、国家の直轄である国境警備隊の竜騎兵を私用で使うなどあってはならない。

しかし、手紙にはマンティコア隊の紋章と、ヴァリエール家の家紋の両方が並び描かれていた、これは暗に『烈風カリン』からの手紙であると言っているようなもので、すぐさま手紙はアンリエッタの下に届けられた。

手紙の内容は、『水の精霊とルイズに関する重大な話をしたい』…という至極簡単なものだったが、アンリエッタとマザリーニの背筋を寒くさせるには十分なものだった。



「カリーヌ・デジレ様がお見えになりました」
魔法衛士がマザリーニの脇にそっと近づき、耳打ちする。
「急ぎ陛下の御前に」
「はっ」
マザリーニは答えると、魔法衛士はすぐに踵を返し、音もなく謁見の間を出て行った。
玉座から少し離れた位置で、マザリーニがアンリエッタの表情を伺うと、アンリエッタはこくりと頷いてまっすぐ扉を見据えた。
ほんの数秒にも、十分にも感じられる奇妙な緊張感の中、謁見の間の扉が静かに開かれた。

「……………」
アンリエッタの影武者がルイズだと知る二人、アンリエッタとマザリーニが謁見の間にいる頃、ルイズは鏡の前に立ち、自分の顔つきを入念に調べていた。
ほお骨やアゴの形を調整し、髪の毛を切って髪型を変え、アンリエッタと瓜二つの顔をしているが、どうしてもウェールズには気付かれてしまう。
体型の調節も完璧だ、スリーサイズだってアンリエッタと同じになっている、姉と同じで劣等感を感じていた胸の大きさも、今は自由に変えられる。
それなのに、ウェールズには気付かれてしまう。

なぜルイズとアンリエッタの区別が付くのか、そう質問してもウェールズは「何となく、かな」と、はにかみながら答えるばかりだった。
ルイズは「愛の力かしら?」と言ってからかうのだが、二人はそれを真に受けて、頬を赤く染めてしまう。
ツェルプストーとは違って、とても初々しい二人に、ルイズはほんの少しの嫉妬と、大きな癒しを感じていた。


ルイズは鏡に映るアンリエッタを見る、どこからどう見てもアンリエッタの姿、これがルイズだと解る人間は居ないはずだ。
例外があるとすれば水系統のメイジだろう、ルイズの身体を流れる『水』の流れはルイズだけのものだ。
ヴァリエール家の主治医が今のルイズを調べたら、その正体がルイズであると気付かれてしまうだろう。

だが、ウェールズは『風』『風』『風』のトライアングルだ、ルイズを一目で見破るほど水系統の力に優れているとは思えない。
冗談で言った「愛の力」だが、今のルイズにとって、それは冗談でも何でもない。
カリーヌ・デジレが火急の用で謁見を望んでいると聞いた時から、ルイズは母に見破られるのを恐れ、アンリエッタの居室に引きこもっていたのだ。

鏡の前で全裸になって、顔も、体つきも、髪の毛も、アンダーヘアも、すべてアンリエッタと同じ形になっているのを確かめていく。

それでもルイズは不安だった。

(お母様に会いたい…)
(…でも、会ってどうするの?)
(もう会わないと決めたのに、死を偽装してまで決別したのに、今更どうやって会おうと言うの?)
(お姉様にも、お父様にも会いたい)
(虚無の使い手だと言えば、それをアンが保証してくれれば、私は胸を張ってみんなに会いに行ける)
(学院の皆を見返してやることもできる)
(みんなが私を認めてくれる)

(……吸血鬼で、なければ)


謁見の間では、アンリエッタを始め警護の任についている数名の魔法衛士までもが驚きに目を見開いていた。
カリーヌ・デジレがアンリエッタ女王陛下に献上したいと言って持ち込んできたのは、子供がすっぽりと収まるほどの革袋だった。
中には何か液体らしきものが入っているのか、重そうに揺れている。
それを運んできたのは、ついこの間シュヴァリエを賜った、シエスタとモンモランシーの二人。
革袋より一回り大きい水桶を用意させると、シエスタが水桶の上に革袋を乗せて、ゆっくりと革袋の口を開いていった。

「水の精霊から渡された、水の秘薬にございます」
カリーヌ・デジレの言葉に驚き、謁見の間は奇妙な沈黙に包まれた。


一番最初に気を取り直したのはマザリーニだった、背後に立つ魔法衛士に「…検査を」と一言呟くと、魔法衛士は水の秘薬に近づいてディティクト・マジックを唱えるなどして、本物であるかどうかを調査し始めた。
そして指先で直接水の秘薬に触れると、驚きのあまり手を震えさせて、後ずさった。
「確かに、確かにこれは水の秘薬でございます」
さすがの魔法衛士も驚きを隠しきれず、語尾が震えていた。

「このような大量の水の秘薬、目の当たりにしたことなどありませんわ、いえ、これからも目の当たりにすることができるか解りませんわ。いったいどうしてこのような量の秘薬を? 」
アンリエッタがそう質問すると、カリーヌは跪いたまま、静かに、しかしはっきりと聞こえることで呟いた。

「ルイズの姉に当たります、ヴァリエール家次女のカトレア、その病状改善のためにどうしても水の秘薬が必要だったのです」

「しかし、あの時はタルブ戦のすぐ後でしたわね…確か水の精霊を怒らせた者が居ると聞いて、ラグドリアン湖には不用意に近づかぬようおふれを出した覚えがありますが」

「はい、来るべき戦に備え、無用の混乱を避けようとする陛下のご深慮を、私はこの身勝手で蔑ろにしたも同然です。一縷の望みで、後ろに控える両名をラグドリアン湖まで連れて行ったのです」

「ミス・モンモランシーとミス・シエスタですね。顔をお上げなさい」

二人はおそるおそる顔を上げ、アンリエッタの顔を見た、その表情には怒りは見えなかったが、女王陛下という肩書きに、シエスタは無視できない畏怖を感じていた。
ぽつりと、マザリーニが呟く。
「あなた方は、ラグドリアン湖に近づくことで、水の精霊を刺激するとは思いませんでしたか」
「「…!」」

予想していた言葉だが、マザリーニの言葉には予想外の重みがあった、マザリーニの口調は静かなものだったが、そこに含まれる冷徹さが二人を貫いた。
「それについては私からの発言をお許し下さい」
「申しなさい。……面を上げて結構ですよ、カリーヌ・デジレ」
アンリエッタが発言を許すと、カリーヌは顔を上げ、まっすぐにアンリエッタを見据えた。
鋭い眼光を予想していたアンリエッタは、カリーヌの瞳からまるで慈しむような雰囲気を感じ、心の中で驚きの声を上げた。
カリーヌの瞳は、ゲルマニアに嫁ごうとする自分を案じてくれる、太后マリアンヌの瞳にそっくりだったのだ。

「カトレアの治癒に必要な水の秘薬を得るため、ミス・モンモランシーとミス・シエスタを連れて、独断でラグドリアン湖に赴きました私の、不徳の致すところでございます。
二人の協力の元、水の精霊はミス・モンモランシーと改めて盟約を結ぶことはできましたが、一歩間違えれば私は水の精霊とトリステインの間に修復不可能な亀裂を産むことになったでしょう」
「ミス・モンモランシー、新たに盟約を結んだとは…それは本当ですか?」
「はい」
「ならばそのときのことをお聞かせ願えるかしら」
「は、はい、光栄の至りですわ」

モンモランシーは緊張のあまり、声が少し上ずってしまった。
何とか緊張に耐えて、ラグドリアン湖で起こった出来事を話しだした…だが、タバサとキュルケの名前は口にはしなかった。
あくまでもモンモランシーの血と、シエスタの波紋の力で、水の精霊が自分たちを信用してくれたのだと話したのだ。

「なるほど…そのようなことがありましたのね。ではカリーヌ…いえ、トリステインの誉れたる『烈風カリン』に全幅の信頼を置き、この件は不問と致します。このように大量の水の秘薬、並びにトリステインとの信頼改善、よくぞやってくれました」
「勿体なきお言葉です」
「ミス・モンモランシー。ミス・シエスタ。お二人もまた大儀です。しばらく別室で休憩を取らせましょう…よろしいですね?」
「「はい」」

二人は、緊張のせいか、勢いよく返事をした。

王宮内、マザリーニの執務室。
ぎゅうぎゅうに押し込めば、大人が五十人は入れるであろうこの部屋に、今は四人の人間しかいない。

一人はこの部屋の主マザリーニ、もう一人は烈風カリン、そしてもう一人はアンリエッタ、最後にアンリエッタの警護を務めるアニエスであった。

アンリエッタはソファに座り、マザリーニはその斜め後ろに立っている、アニエスは扉の側で剣に手をかけてじっと黙っていた。
テーブルには紅茶も何も置かれていない、強いて言えば、対面に座るカリーヌ・デジレの姿が重厚な茶褐色のテーブルに映っているぐらいだろうか。

「…先ほどは話せなかったこと、ここでなら存分に語り合えますわ。あの手紙に書かれていたルイズに関することとは、いったい何なのですか?」

アンリエッタがそう口を開くと、カリーヌは静かに、しかし鋭い眼光でアンリエッタを見据えた。


「私の娘、ルイズが、生きているかもしれません」
「……ルイズが、生きている?」
アンリエッタは呆然とした様子を隠すことなく、呟いた。
「確証があった訳ではありません、ですが、許されるならばラグドリアン湖方面に捜索隊を派遣するつもりでした」
冷静なカリーヌの言葉に引き戻されたのか、アンリエッタは少し深く息を吸って、呼吸を整えた。


そもそもの始まりは、ラグドリアン湖に近いある貴族の別邸に、カリーヌが赴いたことにある。
ヴァリエール家とはとても比べられない小さな貴族だが、ラグドリアン湖近くに領地を構えるだけあって、この地に赴く水系統のメイジと積極的な交流をしている。
カトレアの治癒のため、その人脈から何人かのメイジを斡旋して貰ったこともあるのだ。
そのおかげでカトレアは今まで生きながらえてきた、カリーヌはその恩返しのため、時々その貴族が保有する騎士団に手ほどきをしていた。

タルブ戦が終わって間もない頃、ヴァリエール家は戦争に参加しないと決めていたので、いつものように騎士団に手ほどきをしていた。
帰り道、ガリアとの国境近くにある森林で、大きな火事が起こっていると聞いたカリーヌは、騎士団を引き連れて火事を鎮火する見本を見せようとしていた。

それはルイズ達がミノタウロスと戦った時に起こした火事であった。

カリーヌは『風』『風』『風』『風』のスクェアとしても規格外なその力で、火事の起こっている森林に巨大な渦巻き状の風を作り出した。
それはまるで、ろうそくの火を消すかのように、一瞬で燃えさかる木々を薙ぎ倒して炎を吹き消した。
呆気にとられる騎士団に指示を飛ばし、生存者の有無と原因の究明を徹底させる、これでカリーヌの仕事は終わるはずだった。

だが、カリーヌが従者として連れてきたメイジが、煤だらけになった男から、驚くべき証言を聞き出してしまった。

火事は、怪我を負い正気を失ったミノタウロスが、二人のメイジと戦った事で起こったと言う。
その上そのメイジは、ピンク色の頭髪を持ち、顔に大きな火傷のある女性で、しかももう一人のメイジらしき男から『ルイズ』と呼ばれていた……。

「火事の原因を目撃した男は、ミノタウロスに襲われる二人を目撃していたそうです。そのうち一人が顔に火傷を負った女性で…ルイズと呼ばれていたと証言しております」

「っ……ルイズが生きていると言うのですか?」
「あの爆発痕を見れば、生存が絶望的だとするのは当然です、しかし…しかし私には、ヴァリエール家はルイズを諦めることはできません」
「そうですか…。もしや、ラグドリアン湖に赴いたのは、ルイズを探すために?」
「…愚かな望みかもしれませんが、それを期待して居ないと言えば嘘になります。私は、烈風カリンでありつづけることはできませんでした、公私をはき違えた私は…私はただの愚かな母でしかありません」

マザリーニは、ううむと唸って、考え込んだ。
ルイズという少女は、ルイズが思っている以上に愛されている。魔法の才能など関係なく、いや、この様子では身を守る為に魔法を覚えさせようと、必要以上に厳しくルイズに接してきたのだと想像できる。
わざわざ手紙にマンティコア隊の刻印を用いてまで、謁見を望むなど、鋼鉄の規律とまで呼ばれた烈風カリンの伝説からは考えられない、公私混同を当然だと思う風潮はトリステインにも蔓延しているが、烈風カリンだけは違うという思いこみがあった。

だが、マザリーニは逆にそれを感心していた、カリーヌは公私混同を悔やみながらも、その手段に出た。
悔やんでいるという点が重要なのだ、悔やむことを止めてしまった人間は歯止めがきかない、歯止めがきかぬ欲で身を滅ぼしたリッシュモンという前例もある、
しかしカリーヌは失脚など恐れては居ない、罰を受けることも恐れては居ない、寂しく死んだ娘に会えるなら……と、淡い期待を抱いているに過ぎないのだ。

ちくり、と胸の奥が痛む気がした。


雲はいつの間にか太陽を遮り、窓から入り込む日差しがほんの少し柔らかくなった。


「これからもルイズを探すおつもりですか?」
マザリーニが呟く、カリーヌはそれを聞いて、こくりと頷いた。

「……ルイズのことは諦めたつもりでした。ですがミス・シエスタが魔法学院で、ルイズから貴族の振るまいをルイズから学んだと聞いた時、涙が溢れました。あの子は自慢の娘です。だから私は手段を問わず…ルイズを探し出したいのです」
「手段を問わず、とは?」
「ルイズが生きているのなら盗賊・土くれのフーケも生きているかもしれません。それを口実にヴァリエール家からメイジを各地に派遣します。ガリア・ゲルマニア・アルビオン・ロマリアにも派遣するつもりです」

マザリーニは表情には出さなかったものの、大胆なカリーヌの発言に唖然とした。
アンリエッタも同じ気持ちなのか、こちらは目を見開いて驚いている、心の中ではどうやってルイズを庇うのかを考えているに違いない。

アンリエッタはふと視線を逸らした、わざとらしく窓の外を見て、必死でルイズ達を庇う手段を考えた。
ふぅ…とため息をついてから、改めてカリーヌと向き合う。
「どのような形であれ、ルイズが生きているというのなら、友人として力を貸したいと思います…が」
アンリエッタが答えに窮していると、マザリーニが口を開いた。

「陛下、よろしいですか」
「申しなさい」
「フーケそのものではなく、フーケの足取りと、盗品売買の経路を探りましょう。土くれのフーケの件を今更掘り返すのは得策ではありません。フーケを名乗るニセモノも多数いると聞いておりますから、かえってそれらを調子づかせる事になります」
マザリーニの言葉を聞き、カリーヌが視線をマザリーニに移した。
「ヴァリエール家からメイジを派遣するにしても…ゲルマニア方面は避けた方が得策でしょうな。表向きはフーケの足取りを調査するということにすれば…」

マザリーニが言い終わると、アンリエッタはホッとした表情で、こう纏めた。
「では改めて…そうですわね。五日のうちに勅使をヴァリエール家に派遣し子細を纏めましょう。マザリーニ」
「はい、五日あれば人員の確保もできるでしょう」
マザリーニの言葉に、アンリエッタも満足げに頷いた。

アンリエッタはすっくと立ち上がると、カリーヌの前に手を差し出した。
カリーヌはその意図が分からなかったが、アンリエッタと同じように手を前に出すと、アンリエッタはその手を掴んで優しく包み込んだ。
「……烈風カリンといえば、私は子供の頃、まるでおとぎ話のように聞かされておりました。ですが今、母として私に相対した貴方は、やはり誰よりも優しく誇りに満ちていますわ…貴方がルイズの母で、良かったと、私は思います」

その言葉に、カリーヌは含みがあるのを感じていた。

ルイズが生きていると信じているような、淀みのないアンリエッタの態度。

それは王家の人間が備えている威厳なのだろうか、それともルイズの友達としてだろうか?

それとも両方なのろうか?

ここ数ヶ月間で、劇的に風格を備え始めているアンリエッタの姿に、カリーヌはどこか懐かしい貴族のにおいを感じていた。


夜。

既にカリーヌ・デジレはヴァリエール家に帰っている。
シエスタとモンモランシーも、今頃は久しぶりに魔法学院のベッドで寝ている頃だろう。
数日間間を置いて、改めてカトレアを治療するらしい。

アンリエッタの居室で過ごしていたルイズが、アンリエッタからそんな話を聞いていた。
窓際で椅子を並べて座り、とりとめのない話をする、アンリエッタにとってもルイズにとっても、心の安まるひとときだった。

ルイズは変装を解き、元の姿に戻っている、平民の着るような野暮ったい厚手のズボン姿が、アンリエッタとは対照的だが、月明かりに照らされた二人は、姉妹のようにも見えていた。

「ねえ、ルイズ。貴方のお母様ってとっても素晴らしい人ね」
「そうよ、だって、烈風カリンだもの、生きた伝説よ」
「違うわ、母としてよ。今でもまだルイズのことを諦めてないんですもの」
「まさかミノタウロスに襲われた時、あの男に名前を聞かれているとは思わなかったわ…失敗したわね」
「失敗だとは思わないわ。だって、貴方がどれだけ家族から想われているのか解ったんですもの」
「………私、ゼロよ? 魔法の才能ゼロってずっと言われてきたのに、今更私のことを探してるなんて言われても…駄目よ、実感がわかないわ」
「ねえ、ルイズ。貴方のおかげでウェールズ様と会うこともできたし、トリステインだって貴方のおかげで助かったのよ。今度は貴方が幸せになるべきよ」
「やめてよ、アン…私に釣り合う男なんて居るわけ無いじゃない。いつか、いつか寿命が来るのよ」
「まあ! 私、殿方のことだとは言ってないわよ、やっぱりルイズにも自覚はあるのね」
「………」
「ごめんなさい、冗談よ、でも、ルイズに幸せになって欲しいのは…本当よ」
「気が向いたら考えるわよ。そろそろ行くわね。今度会う時は…そうね、クロムウェルの首をお土産にするわ」
「……無茶、しないで」
「うん、わかってるわ」









王宮から少し離れた場所に、トリステインで最も大きな練兵場がある。
そこでは、人間を軽く五人は乗せられる成体の火竜が一頭、たたずんでいた。
その傍らで手綱を握るワルドは、練兵場の塀を跳び越えて入ってきたルイズを見ると、既に火竜の背に乗っているマチルダの前に飛び乗った。

のしのしと火竜が歩き、ルイズの元へと移動する。
「ルイズ」
ワルドがそう言って手をさしのべると、火竜はそれに会わせて身体をかがめた。
さしのべられた手を握り、ルイズが火竜の背に乗ると、火竜は大きな翼を広げて力強く空気をかき分けた。
ふわりと上昇する火竜の背から、少しずつ遠ざかるトリスタニアの風景、灯の点る窓の明かりを見て、ルイズはそこに人間の息吹を感じた。

思い出すのは、アルビオンのサウスゴータ。アンドバリの指輪により自我を奪われ、奴隷となった人間の住んでいた町。

トリステインを、そんな目に遭わせるわけにはいかない。
ルイズは月を見上げた。

「ねえ、フーケの足取りを調べるんだって?」
不意に、後ろから声がかかった。
ルイズはワルドに抱きかかえられるようにして火竜に乗っているので、最後尾に座るマチルダの顔はよく見えない。
「ヴァリエール家からも派遣するそうよ、本音は私の捜索、フーケの足取りは建前らしいわね」
「愛されてるねえ」
「やめてよ、愛されていると言えば聞こえは良いけど、ちょっとタイミングが悪いわよ」
「いいじゃないか、あたしなんて怖い人しか探してくれないんだ、家族に探して貰えるなんて、羨ましいよ」
「あら、私を探そうとしているのは、ハルケギニアで一番怖いメイジよ…そう、一番ね」

アルビオンには、驚くほどすんなりと到着することができた。
ワルドとマチルダが交代でレビテーションやフライを唱え、火竜の負担を最小限に抑えたため、二度目の日の出を見る頃にはアルビオンが見えていたのだ。
心配されていた竜騎兵による哨戒だが、それもルイズが『イリュージョン』を使えば誤魔化すことができる。
そもそも現在のアルビオンは、タルブ戦で多くの竜騎兵を失っており、以前と比べてその防御網も穴だらけと言っていい。

アルビオンに到着したルイズ達は、森林地帯から潜入し、ウェストウッド村へと進むことにした。
アルビオンから降り注ぐ川の水が雲になり、ルイズ達の姿を隠してくれたが、火竜はそれを嫌がったのかあまり乗り気ではなかった。
途中、ルイズが『イリュージョン』を用いて森を作り出し、火竜をその中に隠してアルビオンに着陸した。


マチルダの案内で、三人はウェストウッド村に徒歩で移動していた、鬱蒼と茂る森の中は薄暗く、トリステインと比べて背も高い気がした。
『なあ嬢ちゃん、そっちの男にもあの娘を見せちまうのかい?』
ルイズは、背中の剣から声をかけられて、少しだけ考えた後ワルドに向き直った。
「ええ。…そういえばワルドは、会うのは初めてよね」
「ティファニアという女性のことか? ウェールズ皇太子からハーフエルフだと聞いているが…正直なところ、不安はあるな」
『不安になることなんかねえよなあ』
デルフリンガーの軽口にマチルダが答える。
「まったくだね。裏で何やってたのか知らないけど、そっちの子爵サマの方がよっぽど怖いさ。正直言って、エルフが怖いだなんて思われてるのは信じられないね」
「そうなのか?まあ、僕は軍人だからな、エルフといえば戦力として驚異だとしか教えられていない」
ルイズは歩きながら、アゴに手を当てて考え込んだ。
「……確かにあれは驚異ね」
『ありゃ確かに胸囲だなあ』


ウェストウッド村に到着したのは、日が沈みかけた頃だった。
途中、疲れたと愚痴を漏らすマチルダをルイズが背負うなどのハプニングはあったが、特に問題もなく到着することができた。
「マチルダ姉さん!」
マチルダの姿を見て走り寄ってきたのは、ティファニアであった、フードを被り耳を隠してはいるが、その驚異的な身体的特徴は服の上からでも十分に確認することができる。
「みんな無事だったかい? アルビオンがひどいことになっているって、トリステインで噂になっててさ、ここまで来る間気が気じゃなかったよ」
「大丈夫、みなさんのおかげで何とか無事に暮らしていられるわ。でも、今いろんな村で人が駆り出されてるって噂になってるとか…あ、石仮面さん!」

「お久しぶり、ティファニア。元気だった?」
「はい、おかげさまで…あれ? 石仮面さん…ですよね?」
ティファニアは、ルイズの姿をまじまじと見た、茶色く染められた上着に、ズボン姿のルイズは、以前見た時と比べて背が低いように思えたのだ。
「?」
「身長ぐらい増えたり減ったりするわよ、気にしない気にしない」
誤魔化すようにルイズが呟くと、背後からデルフリンガーが呆れたような声を出した。
『そりゃー無理があるぜ』
「うるさい」
無慈悲にもルイズは、デルフリンガーを鞘ごと投げ捨てた。

ワルドはとりあえずデルフリンガーを拾うと、ベルトを肩にかけた。
ティファニアはワルドの姿を見ると、ルイズの袖を軽く引っ張って、小声で呟いた。
「こちらの人は?」
「紹介するわ、彼はワルド。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドよ」
「はじめましてお嬢さん。僕は彼女の…石仮面の部下を務めている。以後お見知りおきを」
「はい、よろしくお願いします」
ティファニアは両手を腰の前で重ねて、お辞儀をした。
その仕草でたわわに実った果実が腕に圧迫され、驚異的な柔らかさを見せつけた。
「ルイズの言うとおり、確かにこれは胸囲だ」
『やっぱ驚異だろ?』

ワルドの側頭部にルイズの蹴りが炸裂するのは、この一瞬後である。




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