ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-70

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
その日、ラ・ロシェール上空にはアルビオンの艦隊を出迎えるべく、
旗艦『メルカトール』を含むトリステイン艦隊が終結していた。
訪問の目的は、国外から逃亡した反逆者達とウェールズの遺体の引渡し交渉。
それが半ば脅迫じみた要求だという事は、相手の陣容からも一目瞭然であった。

予定の時刻よりも遅れて現れたアルビオン艦隊の威容。
それは数と質、どちらにおいてもトリステイン空軍を圧倒していた。
特に旗艦『レキシントン』の巨体は距離感が狂ってしまったかと錯覚するほどだ。

「戦場では会いたくない相手だな」
「本国の交渉手腕に期待するとしましょう」

ラ・ラメー艦隊司令の言葉に艦長が同意するように呟く。
しかもアニエスという兵士が持ち帰った情報では、
連中の砲の射程は我が軍より数段勝っているという。
見た所、あれだけの巨砲にそれだけの射程距離があるとは到底思えない。
だが、警戒するに越した事はないだろう。

(たかが交渉に赴くのに、こんなにも威勢を張らねばならぬとはな)

彼等の姿を嘲りながらラ・ラメーは礼砲の準備をさせた。
たとえ招かれざる客だとしても相手は国賓なのだ。
船体を揺るがしながら幾度か轟音が響き渡る。
しかし向こうから返ってきたのは返砲ではなかった。
アルビオン艦隊から一斉に砲火が上がり、次々とトリステイン艦艇を沈めていく。

「な……!?」

艦隊司令が困惑の声を上げた直後だった。
飛来してきた砲弾が側面の砲門に命中し誘爆を引き起こす。
上がった火の手は瞬く間に広がり、彼のいる艦橋を炎に包んだ。


「ははははは! 何とも呆気ない! 演習にもならぬわ!」

黒煙を上げながら地上へと消えていく敵艦艇を眺めながら、
アルビオン艦隊総司令官のジョンストンは高らかに笑い声を上げた。
突然の奇襲に抵抗も出来ずに次々と砲火の餌食となっていく。
旗艦も被弾し、統制を失った艦隊はもはや烏合の衆も同然。
もはや敵に成す術はなく勝敗は決していた。
ならば、これは戦いではなく虐殺と呼ぶべきだろう。

「敵は戦意を失っているぞ! 今こそ戦果を上げよ!」

それを嬉々として命令するこの男は正気を失っているのではないか?
『レキシントン』艦長として同席するボーウッドはそう思わずにはいられなかった。
だが、このような恥知らずな作戦を決行するには、こういう人物も必要なのだろう。

目の前の惨状から背を向けるように彼は艦橋を離れた。
そして竜騎士隊に撤退する竜騎士やグリフォンの追撃を命じた。
それはトリステイン王国に連絡が入るのを僅かにでも遅らせる為の処置。
逃げる敵を討つのは騎士道にあるまじき恥ずべき行為だ。
しかし彼はこう思う、最悪の戦争だからこそあらゆる手を尽くして早急に終わらせるべきだと。
敵でも味方でもいい、一人でも多く助かるのなら喜んで鬼となろう。
……そして、二度とこの悲劇が繰り返されない事を切に願う。

『アルビオン軍、急襲。旗艦艦隊は壊滅』
この報を知らせるべく、伝令に向かったトリステイン竜騎士が背後を見やった。
その目に映るのは、黒煙を上げて沈んでいく自分の母艦の姿。
躊躇いを捨て去るように彼は前へと向き直る。
最後の与えられた任務を果たす事だけを考えなくてはならない。
そう覚悟した直後、彼の両脇から黒い影が走る。
それはアルビオンの旗印を付けた二騎の竜騎士。
連絡線を断つ為に放たれた猟犬。

短い舌打ちと共に彼は振り切ろうと竜を駆る。
だが、それも無駄な抵抗に過ぎない。
練度においてもアルビオン空軍はトリステインを凌駕している。
瞬く間に追いつかれ、息吹の射程内へと捉えられた。
更には前方からも新たな竜騎士達が現れ、こちらに向かって来ている。

もはやこれまでか、と諦めかけた瞬間。
前方から突撃してきた竜騎士達が、擦れ違い様に背後の竜騎士を仕留めた。
旋回して戻ってきた竜騎士に、彼は歓喜を帯びた声で語りかける。

「友軍か!? どこの所属の竜騎士だ? 君達の母艦はまだ健在なのか?」

矢継ぎ早に繰り出される質問に、彼等は何も答えない。
ただ前を指差して急ぎ伝令に向かえとだけ伝える。
困惑する彼の隣で、もう一人の竜騎士がここは任せておけとばかりに胸を叩いた。
二匹の竜が連なるようにその巨体を翻し戦場へと舞い戻っていく。

彼らが一体何者だったのか、彼には知る由もなかった。
だが、これが始祖ブリミルの助けだというのなら応えなければ。
トリステインの為、戦場で散っていった者達の為、
そして自分自身の誇りの為にも……。


「メンヌヴィル殿! ここは危険です、お下がり下さい!」

大気を震わせる轟音に身動ぎもせず、彼は甲板で仁王立ちしていた。
未だ向こうからの反撃はないが、いつ砲火を交える事になるかは分からない。
そうなれば、ここにも砲弾が飛んでくるかもしれないのだ。
注進する船員を無視し、メンヌヴィルは恍惚にも似た表情を浮かべる。

「ああ、とてもいい。人が焼ける臭いだ」

その言葉に、ぞくりと船員の背中が震えた。
船員には砲口から漂う硝煙の臭いしか分からない。
だが、この盲目のメイジは噛み締めるように深呼吸する。
彼等の目の前でまた一つ敵艦が轟沈していく。
その間際、彼等の視線は炎上する甲板へと向けられた。
陽炎かと思われた影は焼け出された人の姿。
舞い踊るみたいに抗い、力尽きて炎の中へと消えていく。
惨状に嘔吐する船員の横で、メンヌヴィルは感動に打ち震える。

「コルベール、お前もどこかでこの光景を眺めているのか。
俺はここにいる。この戦場の篝火の下で、お前を待ち続けている。
ハルケギニア全土が炎に包まれれば、いずれはお前も出てきてくれるだろう。
……その日が、その日だけが俺の生き甲斐だ」

彼が思い浮かべるのはかつての上官であり、彼が唯一尊敬する人物の姿。
『炎蛇』と呼ばれた彼の魔法は強大で、何よりも美しかった。
一切の躊躇もなく住民ごと村を瞬く間に焼き尽くす炎。
名画を前にした見習いの絵描きがそうなるように、俺はただ立ち尽くすしかなかった。
だが、そんな俺の目の前でコルベールは『観察』していた。
常人であれば地獄絵図と表現するであろう世界。
それをまるでフラスコの中身を覗くかの如く眺めていたのだ。
自分の魔法が及ぼす効果を実際に確かめるだけに。
そこには歓喜も嫌悪もなく、その心は微動だにさえしない。

瞬間、メンヌヴィルの誇りは無残に打ち砕かれた。
自分は生涯この男に勝てないと悟った。
それは炎に全てを捧げた彼にとって死に等しい。
故に挑んだ。敵わぬと知りながらもその背に襲い掛かった。
唯一認めた『炎蛇』の炎に焼かれて朽ちるならば、それも本望だった。

だが生き残った。
戦いに敗れ、両の目は光を失い、死の淵を彷徨いながらも生き延びたのだ。
俺は始祖ブリミルに感謝した、これでもう一度あの男と戦う事が出来ると…。

いつの間にかメンヌヴィルの顔には笑みが浮かんでいた。
まるで見えない誰かに語りかけるように呟く男を前に、
船員はこの船に乗り合わせた不運を呪った。


一方、トリステインの王宮は議論に沸いていた。
アルビオンの要求に応じればトリステインの面目は丸つぶれとなる。
もはや国家としての体面は保てないだろう。
だが今のトリステインに要求を突っ撥ねるだけの力がないのも事実なのだ。

「やはり難民の受け入れを拒否すべきでは?」
「拒否した所で引き渡さねば連中は納得はしまい」
「かといって到底受け入れられる事ではない。
ここは再度ゲルマニアに同盟を申し込むべきだ」
「馬鹿を言うな! 同盟解消を申し出てきたのは向こうだぞ!
こちらの弱みを見せれば、いたずらに増長を招くだけだ!」

紛糾しようとも結論は一向に見出されない。
誰もが責任を逃れしか考えていないのに答えが出る筈もない。
いたずらに時間だけが過ぎていく会議を前にアンリエッタが眉を顰める。
その最中、ポツリとリッシュモンが呟いた。

「この状況……まるで二十年前のダングルテールを思い起こしますな」

ただ一言、高等法院長の発言に会議場は静まり返った。
彼の意図を理解出来なかったが故にではない。
逆に、その言葉が何を意味するのかを知っているからだ。
あの時と同様に、無辜の民にあらぬ罪を着せて消し去るしかないのか。
それも已む無しかと思われた瞬間、沈黙を保ち続けていたアンリエッタが口を開いた。

「……恥知らず。それでよくも貴族と名乗れるものです」

静かな口調でありながら、その声には確かな怒りが込められていた。
ざわめく高級貴族達を余所に、公然と侮辱されたリッシュモンが拳を震わせる。
王宮においてマザリーニに並ぶ権威を持った自分が恥知らず呼ばわりされたのだ。
相手が姫殿下でなければ即刻この場で首を刎ねていただろう。
彼にとってはアンリエッタは宮廷を華やかに彩るお飾りに過ぎない。
その程度の人間に貶められた事が何よりも腹立たしかった。

「恐れながら姫殿下。それでは僅かばかりのアルビオンの民の為に、
国民に多大な犠牲を強いる事になっても構わない、とそう仰っておいでか?」
「国は違えど民を容易く切り捨てる主に、誰が付いて来るというのです。
貴方が着ているその服も、口にしている物さえ民がいなければ手に入らないというのに」
「その民が生き残る為の手段なのです! アンリエッタ姫殿下!」
「民ではなく貴方がたが生き残る為にでしょう、違いますか!?」

ダンと力強く両手を叩きつけられた机が弾む。
彼女の言葉を否定できる者はなく、皆一様に視線を背けるばかり。
本当に国の事を考えている者など一人もいない。

「ならば姫殿下御自身はどうなのですか? 
命を捨てる事さえ厭わない、その覚悟がおありか?」

失望を浮かべるアンリエッタにリッシュモンが食い下がる。
彼の口元には嘲笑の笑みが浮かんでいた。
所詮は理想を語るだけの小娘だと信じて疑わなかった。
だが、彼女は平然とリッシュモンの問いに答えた。

「当然です」

私の復讐が果たされるのならば。
この身を焦がす憎悪が満たされるのならば。
ウェールズ様を死に追いやった者達が残らず報いを受けるのであれば。

「喜んで私は命を捧げましょう」

胸元で手を組みながらアンリエッタは告げた。
彼女の発言に、会議場に居合わせた誰もが息を呑む。
響いてくる声に入り混じった覚悟は、それが妄言でも虚言でもない事を知らせる。
挑発したリッシュモンでさえ硬直し言葉を失った。
シンと静まり返った会議場に、慌しく伝令が駆け込む。

「伝令! アルビオン軍の奇襲によりトリステイン艦隊は全滅!
アルビオン艦隊は領内へと尚も進軍を続けております!」

齎された凶報に貴族達は騒然となった。
誤報ではないかという淡い期待は、
遅れて届いた正式の宣戦布告の前に消し飛んだ。
それでも藁にも縋る思いで何とか講和を見出そうと彼等は議論を交わす。

「そもそもの発端は向こうの誤解でしょう。事を荒立ててはなりません」
「しかし礼砲に対して正当防衛などと言い掛かりも甚だしいのでは」
「だからこそ譲歩を引き出す余地があるかと」
「……………」
「姫殿下、どちらへ行かれるのですか?」

一向に実を結ばぬ議論を無視してアンリエッタは無言で席を立つ。
去り行くその背にリッシュモンが声を投げ掛けた。
内心では、事が運びやすくなるとほくそ笑みながら。
しかし彼女は毅然とした態度で彼等に言い放った。

「決まっているでしょう、私自ら兵を率いて敵を迎え撃ちます。
領地とそこに住まう臣民が侵されているというのに、貴方がたは何も感じないのですか?
いいかげん愛想も尽き果てました。議論がお好きならそこで延々と続けていなさい」

「何を馬鹿な事を…!? これはただの事故です! 
アルビオンとは不可侵条約を結んでいるのですよ!」
「衛兵! 何をしている、姫様をお止めせよ!」

制止の声も振り切って彼女は会議場を飛び出した。
慌てて追い駆けた高級貴族や衛兵達もそれに続く。
そして目の当たりにした光景に思わず息を呑む。
そこにはトリステイン最強と謳われる魔法衛士隊が彼女に傅き、その命を待っていた。
居並ぶ幻獣の迫力に、衛兵達は完全に呑まれて動けなかった。
不気味な沈黙の中、アンリエッタに一人の女性が恭しく報告する。

「既に魔法衛士隊を始めとする各連隊は準備を整えております。
また伝令を送り、各地の義勇兵も終結させております」
「ありがとうアニエス。貴女に任せた甲斐がありました」
「こちらこそ。一介の兵士に過分な御期待を寄せて頂き、感謝の言葉もありません」

アニエスの手から姫殿下直筆の書状が本人に返される。
そこには、火急の時にはアニエスの指示に従うよう書かれていた。
本来ならば、決して平民の兵士如きには許されない。
だがアンリエッタは、自身は手傷を負いながらも避難民を率いてアルビオンから脱出した彼女を深く信頼していた。
一刻も惜しむこの状況で、彼女の用意した保険は有効に働いた。

「では直ちに出陣します!」
「応ッ!!」

姫殿下の檄に、その場に集った兵達が大気を震わせて吼える。
唖然とする貴族達の横を通り抜けてマザリーニも外へと出て行く。
姫様に続き枢機卿まで会議を抜けるなど前代未聞。
声を荒げて大臣の一人が彼を呼び止める。

「待……お待ち下さい枢機卿! まだ会議は続いております!」
「では姫殿下お一人で行かせると?
末代まで笑われたければ、どうぞ我々に構わずお続け下さい」

彼の一言に貴族達が互いの顔を見合わせる。
直後、我先にと彼等は会議場を飛び出し彼女に続く。
自己保身と名誉。どちらに後押しを受けたのかは判らないが、
先程までの意見を覆して彼等もあたふたと準備を整える。
その光景に、マザリーニはやれやれと深い溜息をついた。

「艦隊は……他の艦はどうなった?」

燃え盛る『メルカトール』艦橋の中でうわ言のようにラ・ラメーは呟いた。
彼の腰から下は焼け落ちてきた天井に潰され原形を留めていない。
もはや助かるまいと考えた士官は艦隊は健在だと嘘をつこうとした。
だが真摯な彼の眼を前にして、それは躊躇われた。

「……艦隊はほぼ全滅。この艦を含めて残存艦艇数は十を切りました。
転進した艦も、敵の砲撃からは逃れられず真っ先に……」
「そうか。アニエスと言ったか、彼女の言は正しかったのだな」

騙し討ちの憤りも口惜しさもなく彼は言葉を連ねる。
万全の状態であれば敵わずとも敵に損害を与えられた筈だ。
なのに戦う機会さえも与えらずに一方的に蹂躙される。
積み上げてきた訓練の成果も何も発揮できぬままに散っていく。
それが悔しくて士官は思わず進言した。

「司令! 交戦の許可を!
残った艦だけでも突撃を敢行し奴等に一矢報いるのです!」

だが、彼は静かに首を振った。
虚ろな視線を漂わせながらも彼は明確に拒否を示した。
大量の血液が失われて震える彼の手を強く握り締めながら、
士官は彼に問い返す。

「何故ですか!? このままでは、ただ黙ってやられるのを待つだけです!」
「……敵に交戦の理由を与えてはならない。
我々が反撃すれば敵はそれを口実に領内に踏み込むだろう。
でっち上げの砲撃ではなく正当な防衛としてな」
「ですが!」
「行きたまえ。君が残った者達を指揮して脱出するのだ。
残った艦を全て放棄し、地上へと退避しろ。
ラ・ロシェールは天然の要害だ、そう易々と連中も手は出せまい。
そこで援軍の到着を待つのだ」

命令だ、と付け加えてラ・ラメーは手を振り払った。
看取る者もなく一人寂しく朽ちていく。
そんな彼の最期を想像し士官は居た堪れなくなっていた。
だが、勇気ある決断をした彼を、
何も出来なかった無能として後世の笑い者には出来ない。
零れ落ちそうになる涙を堪えて士官は艦橋を飛び出した。

(……それに私には最後の仕事が残されている)

士官には伝えなかった言葉を心の奥で反芻する。
誰かが王宮の腰抜け達に見せなければ……、
惨めな姿を晒して教えてやらねば分からないだろう。
―――戦って勝ち得てこそ我々は生き残れるのだと。

彼の目蓋が閉じられていく。
それはラ・ラメー艦隊司令が最後の任務を全うした事を意味していた…。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー