ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-61

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
夜。

トリスタニアの宮殿、アンリエッタの居室に、窓から淡い月光が差し込んでいる。

すぅすぅと聞こえてくる寝息は、この部屋の主アンリエッタのもの。
窓際でワイングラスを片手に、もう一人のアンリエッタが椅子に座って月を見上げていた。

アニエスの手でリッシュモンが死んでから、今日で丁度三日目の夜になる。
リッシュモンの屋敷から押収された手紙や調度品から、リッシュモンとロマリアの繋がりが白日の下に晒された……かに見えた。
しかし、リッシュモンを取り巻く賄賂の動きや、漏洩した情報の動きを調べていく内に、この事件がとても公表できぬものになってしまった。
表ではアンリエッタを褒め称え、裏ではロマリアやレコン・キスタに接触しつつ、財産を溜め込み、保身を計っていたリッシュモン。
報告書を受け取ったマザリーニも呆れたように「みごとなものだな」と呟いていた。
この事件のすべてを公表すると、トリステインという国家の運営に著しい停滞を招きかねない。
アンリエッタは、汚職を働いた貴族達に厳しい罰を与えるとしながらも、事件の全容は公開せず、内々で処理することを決めた。

それを聞いたルイズは、納得いかないと言った顔でアンリエッタを見つめたが、アンリエッタがルイズの視線に気づき申し訳なさそうに目を伏せたので、ルイズもまた仕方ないといった顔でため息をついた。

「何が政治よ、何が貴族よ……。 貴族らしさにこだわって、名誉に餓えていた私がバカみたいじゃない」
ルイズが小声で呟く。
ちらりとベッドに視線をやると、アンリエッタは相変わらずすぅすぅと寝息を立てて熟睡していた。
まるでトリステインの貴族を否定するような言葉だったが、ルイズはその言葉を、アンリエッタにも聞いていて欲しかった。




アンリエッタは女王となってからほぼ休みなしで働いている、女王として貴族達に見せる姿は凛々しいが、居室に戻ると着替えるのも忘れてベッドに倒れ込むことも多い。
今日は特に疲れがひどく、居室に戻ったアンリエッタはルイズの姿を見た途端倒れてしまったのだ。
水系統のメイジが呼ばれ、アンリエッタを診察したところ『過労』という診察結果が出た。
アンリエッタを明日の昼まで休ませて欲しいと、ルイズが進言したところ、マザリーニは二つ返事でそれに賛同した。
スケジュールの調整を侍従に命じると、マザリーニはルイズにこう言った。
「陛下は、生まれる前から王家に仕えていたリッシュモンが裏切ったと知って、心を痛めております。自分がもっと女王として相応しければ、こんな事も起こらなかった……そう思って公務に打ち込んでいるのです」
「そんなの、後の祭りよ。それにどんな女王だって一人で何でもできる訳じゃないわ、アンは自分を責めすぎるのよ」
「その通りですな…。ですがその責任の一端は貴方にもあります、ご存じでしょう」
「……」
ルイズは、何も言い返せなかった。

月明かりに照らされたルイズの手から、ワイングラスが離れる。
指先だけの力で無造作に投げられたワイングラスは、ルイズの背丈よりもずっと高い天井すれすれまで跳ね上がった。
グラスの中に残っていた一口分に満たないワインが、空中で逆さになったグラスから零れて、ルイズの顔にぽたぽたと付着した。
天井と、顔に付着したワインを血に見立てて、ルイズは自虐的な笑みを浮かべた。
吸血鬼でありながら人間に味方し、トリステインとアルビオンの戦争を優位に導き、そして今回リッシュモンを狩った。

あまりにも都合の良すぎる存在、それがわたしだ。
どんな女王だって一人で何も出来る訳じゃない。
でも、ルイズは一人で戦い、一人でウェールズを助け、一人でフーケとワルドを味方に付けてしまった。

アンリエッタは、ルイズのもたらしたものに憧れを抱いている。
子供の頃から孤独感にさいなまれ、吸血鬼になってすべてのしがらみを捨てようとしたルイズの気持ちを知らず、アンリエッタはただただ憧れている。
アンリエッタは人間としてルイズに近づきたいと思っている。
子供の頃に聞かされたトリステインの誉れ『烈風』や、祖父のような偉大な貴族になり、理想的な女王になって、ルイズと肩を並べたいとアンリエッタは考えている。


ルイズが窓辺の席を立つ、ゆっくりとした動きで、静かに、足音を立てずにアンリエッタに近づく。
布団をめくりあげると、アンリエッタの手は腹を包むように置かれていた、まるで腹に我が子がいるかのようで、それがとても愛おしい。

「……アン。私はただの化け物よ…。 私に憧れちゃ、だめ」

ルイズはそう呟いて、眠っているアンリエッタの頬に軽い口づけをした。
顔に浴びたはずのワインは、いつの間にか跡形もなく消え去っていた。

同じ頃、王宮の地下室で、一人の男が寝息を立てていた。
木の板に粗末な布を敷いただけの簡素なベッド、石造りの壁、鉄格子ののぞき窓がはめられた扉。
この部屋は、王宮で不正を働いた者を一時的に拘置する牢獄であった。

ルイズと共に魅惑の妖精亭から戻ったワルドは、杖を取り上げられこの部屋に案内されたが、ワルドは怒りもせず悪びれもせず、居眠りの準備をしだした。
左腕の義手を外して、頭の下に敷いて枕代わりにする。
もう何度見つめたか解らない左腕の切断面を、確かめるように見つめてから、右手で切断面をゆっくりとさする。
ふぅ、とため息をついて目を閉じると、疲れが溜まっていたせいか、ワルドはあっさりと眠ってしまった。
それ以来やく三日間、光もろくに差し込まない牢屋で、ワルドは自分への罰を待っていた。


カツン、という金属の音とともに扉が開かれる。
ワルドが薄目を開けて音のした方を見ると、開かれた扉の前に、銃士隊の隊長であるアニエスの姿があった。
「僕の処遇は決まったか」
寝そべったままの姿でワルドが呟くと、アニエスは腰に下げた筒の中から一枚の羊皮紙を取りだし、ワルドに見せつけた。
「ジャン・ジャンク・フランシス・ド・ワルド。貴公は『レコン・キスタ』への諜報任務のため、タルブ戦役に於いてトリステインに公然と反旗を翻した。
その被害は甚大であり、国家反逆の罪が当然ではあるが、貴殿の『諜報活動』によってトリステインが有益なる情報を得たのもまた事実である。
この度、リッシュモンをはじめとする反逆者の捕縛、処刑に成功し、貴殿の反逆行為は作戦上やむを得ないものとして認めるに至った。
よってジャン・ジャンク・フランシス・ド・ワルド子爵に、新たにアルビオン潜入任務を下す……」

そこまで言うと、アニエスは手に持った羊皮紙をワルドに渡した。
ワルドは寝たままの姿で、無造作にそれを掴むと、字も読めない牢屋の中で羊皮紙をまじまじと見つめた。

「よく読めるな、こんな暗い部屋で」
「読めるわけがあるか。暗記しただけだ」
ワルドが感心したように呟くと、アニエスがそれを否定した。
「それにしても、諜報任務か…僕はトリステインからの命令で『反逆』した、ということか。これは枢機卿の発案かな?」
「ああ、殿下(ウェールズ)も驚くほどすんなりと、その案を受け入れていた。どうやらワルド子爵には、まだ死なれては困るようだな」

アニエスが、どこかあざ笑うような雰囲気を漂わせて語る。
それに触発されたのか、ワルドは「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……僕は処刑されると思っていたんだがな。拍子抜けだ。リッシュモンの言葉ではないが……この国は詰めが甘い」
「ルイズから伝言だ。処刑より酷くこき使ってやるから覚悟しておけ、だとさ」
がばっと音を建ててワルドが上体を起こす。
「ほう、ルイズがそんなことを言っていたのか? 嬉しいな、彼女に使われるなら本望だ」

そう言ってワルドは右手で顔を覆い、クククと笑い出す。
その様子を見ていたアニエスが、音もなく腰に下げた剣を引き抜くと、落ち着いた動作でワルドに切っ先を向けた。
「気に入らないな…本当に気に入らないな。なぜそんな笑っていられる?」
質問というより、尋問のような態度でアニエスがワルドに問いかける。
ワルドは杖を取り上げられているというのに、なぜか楽しげにしていた。

「なぜリッシュモンを殺さなかった、なぜ私にリッシュモンを殺させた! 哀れみのつもりか」
「哀れみではないよ、ただ、君にはその権利があると思ったまでのことだ」
「権利だと?復讐に権利があるのなら、貴様にもその権利はあったろう、なぜそれを放棄したのかを聞いているんだッ!」
ワルドは顎に手をやり、ふむ、と呟いた。
「ふむ…なるほど、君にとって『復讐』は何にも優先するのか。 ははは!」

がつん! という音が石造りの部屋に響いた。
アニエスが剣を握った手で、ワルドを殴ったのだ。
「ふざけるな!カタキを討とうともせず、なぜそんなに飄々としているんだ貴様は!答えろ、答えろ!」

ほお骨に響く痛みに、ワルドは顔をしかめたが、それすらどこか楽しそうだった。
余裕があると言うべきか、ワルドにはアニエスにはない『安心』があるように見えた。
「……からかったと思われたのなら、謝罪しよう。だが今のは本心でもある。ミス・アニエス、君は昔の僕そっくりだ」
「なんだと…?」
アニエスが忌々しげにワルドを睨んだ。
「丁度、魔法衛士隊の隊長になった頃だ、僕はこの国に見切りを付けていた。僕の思うままに動かない貴族どもは生きる価値がない…とまで考えていた」

ベッドに手をついて身体の向きを整え、座り直しつつ、ワルドが言葉を続けた。
「あのころ僕は、父と母に教え込まれた『貴族としてのふるまい』が崩れていくのを感じていたよ。半ば公然の秘密になっていた賄賂といい、汚職といい、僕を絶望させるには十分だった」

ごそごそとポケットを探ると、中に絵の仕込まれたロケットが出てきた。
ワルドはロケットの感触を確かめると、中に入っている母の絵を思い出し、微笑んだ。
「解るかい?絶望していた僕に、彼女が、ルイズが現れたんだ、気高いままに、誇り高いままに、信念を持ち、そして僕を導いてくれた! ……そのとき気付いたのさ、僕は仕えるべき主を欲していたとね。その喜びに比べれば敵討ちなど霞んでしまう」

アニエスが剣を突き立てる。
ほとんど光の差し込まない空間だというのに、アニエスの剣は正確に、ワルドの喉元に狙いを付けていた。
「ワルド…貴様、敵討ちなど、どうでもいいとでも言いたいのか?」
殺気を込めた言葉が、アニエスの口から紡がれたが、ワルドはそれを意に介す様子はなかった。
「そんなはずはない。僕も敵討ちをしたいと思ったさ、だが僕の場合は、僕自身の不甲斐なさが原因でリッシュモンに付け入れられたんだ。僕がもっとしっかりしていれば母が自殺することも無かったろう」

アニエスは黙ってワルドの言葉を聞いていた。
ワルドは、アニエスの剣を右手でやさしく掴むと、切っ先を喉元から逸らした。

「僕は仮にも『貴族』だ。リッシュモンの横暴に対処すべき立場でありながら、横暴に屈した『堕落した貴族』だ。君は違う、君はダングルテールの虐殺の時なんの力もない子供だったそうじゃないか、僕は君を前にしてカタキを横取りするほど無粋ではない」

「ッ…」
アニエスは小さく舌打ちをすると、剣を鞘に収めた。
「後ほどルイズがここに来る。指示は彼女から下されるはずだ」
そう言って、踵を返し地下牢を出て行くアニエスを、ワルドは『やれやれ』と言いたげな瞳で見送った。

ワルドがしばらく待っていると、誰かの足音が聞こえてきた。
ギィ…と音をたてて扉が開かれ、アンリエッタそっくりに変装しているルイズが牢屋に入ってきた。
「アニエスに何か言われた?」
ルイズが扉を閉めつつ呟くと、ワルドはベッドの上に座ったまま、苦笑して答えた。
「彼女は、僕がリッシュモンを殺さなかったことに不満らしい」
「まあ、でもアニエスらしいといえば、アニエスらしい考えかもしれないわね」

懐から金属製の短い棒を取り出す、それは長さ30サントに満たない短剣のような作りであったが、刃はなくニードルのような形をしている。
ワルドがそれを手渡されると、重さや、握りの加減を確かめはじめた。
手の中でクルクルと回転させていると、不意にワルドが「見事だ」と呟いて、ほほえみを見せた。
「盗賊の使うような、無骨なナイフに見えるわね」
ルイズがそう呟きつつ、ワルドの隣に腰を下ろす。
「余計な飾りはいらないさ、ある程度の剣なら受け止められる強度が必要なんだ。これは一応戦いの中で使われる『杖』だから」

ワルドが手に持った短剣は、魔法衛士隊の使う剣状の杖を切りつめて、装飾を廃したもの……平たく言えば、ナイフ状の杖だ。

「ねえ…ワルド、アルビオン行きのめどが立ったわ、明日の深夜、火竜を一頭借りて出発する予定よ」
「そうか。……もしかして僕と、マチルダと、君の三人で乗るのか?」
「そう言うことになるわね」
「明日、明後日か…となるとアルビオンはガリア寄りになるな。火竜で三人を運ぶのは辛いんじゃないか」
「貴方の『フライ』に期待してるのよ。風のスクウェアならアルビオンまでひとっ飛びでしょう?」
「買いかぶり過ぎさ、僕は火竜を補助しかできないよ。風向きが味方してくれればそれほど苦にはならないと思うがね」
「期待しているわ」

すこしの間、沈黙が流れた、ワルドもルイズもじっと黙って、暗い部屋の中でお互いの呼吸音だけを聞いている。

不意に、ルイズが口を開いた。
「…ねえ、ワルド」
「なんだい」
「納得、してる?」
「任務にか?」
ルイズが首を横に振り、否定を表した。
「それもそうだけど、もっと大事なことよ、貴方は死ぬつもりだったのに……死を覚悟していたのに……処刑されるつもりだったのに」

ワルドはルイズの言葉を聞いて、苦笑した。
この少女はあれだけ人を殺しておきながら、自分の身を案じてくれているのだと理解したからだ。
確かにワルドは死ぬつもりで王宮に戻った、だが死ぬために戻ったのかと聞かれれば、それは違うと言える。

「ルイズ、僕は感謝している。復讐も、処刑も、僕にとっては選択肢の一つに過ぎない。大事なのは…君が僕に命令してくれることだ。君が死ねと命令してくれるのなら僕は喜んで死ねる」

ルイズは肩を縮こまらせて、夜目の利く瞳でワルドの顔をのぞき込んだ。
「ねえ、ワルド……私のこと、今でも婚約者だと思ってる?」
夜目の利くルイズの瞳は、とても真面目な表情をしているワルドの顔を捕らえている。
「以前は、婚約者でもあり、妹のようなものだと思っていた。だが今は違う、君は僕の主君だ」
「………そう、貴方の気持ちは分かったわ。アルビオン出発前の準備は、ウェールズ皇太子の指示を仰いでね。それじゃ私は仕事に戻るわ」

ルイズはそう言って立ち上がると、無言で牢屋を出て行った。
ワルドはルイズが部屋を出て行った後、短剣のような杖をかざすと、先端に魔法の光を灯した。
先ほどのルイズの態度に、気になるところはあったが、具体的に何が気になったのか自分でもよく解らい。
ワルドは義手と、アニエスから渡された羊皮紙を手に持つと、着替えを済ませるべく、古巣である魔法衛士隊の宿舎に向かって歩き出した。

「僕は『二重スパイ』か、やれやれ……部下達にどんな蔑みの目で見られることやら」
苦笑混じりに呟いて、ワルドは自分の置かれている状況を鑑みた。
意外にも、自分はこの状況を楽しんでいるのだと、自覚した。

アンリエッタの居室に戻ろうとしたルイズは、窓の外がうっすらと明るくなっているのに気づいた。
このまま居室に戻っては、眠っているアンリエッタを起こしてしまうかもしれない、そう考えたルイズはアンリエッタの居室ではなく、別の方向へと足を進めた。

ルイズの目の前には大きな扉がある、人間が並んで四人は通れそうな幅があり、高さも3メイル以上はあるだろう。
扉の上半分は半円を描いており、壁との隙間は髪の毛一本ほどもない。
その扉の前には一人の衛兵が待機しており、ルイズの姿を確認すると必要最低限の動作で目礼をした。

ここは王宮で扱われた資料を保管する資料室であり、トリステイン魔法学院や、アカデミーから届けられる書類も最終的にはこの部屋に保管されることになっていた。

ルイズがアンリエッタから渡された羊皮紙を取り出し、衛兵にそれを見せると、衛兵は無言で資料室の扉を開けた。

資料室の中に入ったルイズは、ぺらり、ぺらりと紙をめくる音に気付き、先客の姿を探した。
魔法学院の図書室に負けぬ大量の本棚、その間をくぐり抜け、人間には聞こえないほど小さな本をめくる音を探していく。
いくつかの本棚の脇を通り過ぎたところで、アニエスの姿を確認した、よく見るとアニエスは紐で綴られた報告書の束を手に持ち、何かを探している。
ルイズはわざと本棚を軽く小突き、コツンと音を出してからアニエスに近づいた。

「……? 影武者か」
ルイズの姿に気付いたアニエスは、一言呟いてから手元の資料に視線を戻し、また資料を一枚一枚めくり始めた。
「捜し物?」
「まあ、そんな所だ」
ルイズの質問に素っ気なく答えるアニエス、資料を見つめるその視線は、真剣なものではあったが、時々困惑の色が見えた。
ルイズが本棚を見る、いくつかの資料の背表紙には、魔法アカデミーの紋章が描かれている、おそらくこの本棚はアカデミーに関する資料が収められているのだろう。
「困惑しているのね」
「…!」
ルイズは当てずっぽうで言ったつもりだが、アニエスは意外にもびくりと身体を硬直させて目を見開いた。
何に困惑しているのか解らないが、困惑していること自体図星だったようだ。
ほんの一分にも満たない静寂の後、アニエスがふぅー…と長いため息をついてからルイズ顔をにらみつけた。
「…当てずっぽうで言ったな」
「あら、解っちゃった?」
「だが驚かされたのは事実だ、心を見透かされたかと思ったよ」
「でも私の当てずっぽうって、よく当たるのよ、まあ何に困惑していたのかは知らないけれど」

ルイズがそう言うと、アニエスは手元の資料をルイズに手渡した。
開かれたページにはある下級貴族のプロフィールが書かれており、治癒に熟達したメイジとして高い評価を得ているのが解った。
「これは?」
「ダングルテールを焼き討ちした、アカデミー実験小隊の一人だ。……そいつの事なら風の噂で聞いている、平民にも治癒を施すメイジだそうだ」
「へえ…なら、アニエスはこの人も殺すの?」

アニエスは黙って本棚を見つめていたが、まるで自分に言い聞かせるように、小声で呟きはじめた。。
「わからない。殺す…かもしれない」
「かもしれない?」
「正直、私はあの事件に関わったすべての人間を殺してやりたい、だが、その中には他にも、領地を守って死んだ者や、平民の見方をする者もいる。殺してやりたい…殺してやりたいが…」
「決心が揺らいだの?」
ルイズの呟きに、アニエスは辛そうな目をして、視線を床に向けた。
「あのワルドのせいだ、なぜアイツは敵を私に譲ったのか、それが解らないんだ。答えてくれ『石仮面』。貴族は誰かに仕えたがるものなのか?人に仕えるというのは、復讐心を忘れ去れるほど甘美なのか?」
「…ごめんなさい、貴方の質問に答えられるだけのものを私は持っていないわ」
「そうか…」
アニエスはあからさまに落胆し、目を伏せたが、すぐに視線をルイズに向け直した。
ルイズの持っている資料を再度自分の手に持ち直すと、ぺらぺらと音をたててページをめくり、無造作に破られた痕のあるページを見つけ出した。
「このページだ、順番からいくとこのページが小隊の隊長だろう。なぜかこのページだけが破かれている。おかしいと思わないか」
ルイズはアニエスが持つ資料をのぞき込み、破られた痕をまじまじと見た。
「復讐を恐れたんじゃないの?」
「いや、いくつかの資料で、この小隊がアカデミーによって組織された下級貴族の部隊だと解った、この資料庫に入れるような立場の者は一人もいない」
「なら、このページを破いたのは…」
「ダングルテールの虐殺に間接的に関わった誰か…おそらくアカデミーの者か、リッシュモンのように賄賂を受け取っていた者だろう。この男の身柄が拘束されれば、そこから関係者の名前を聞き出すことが出来るからな」
ルイズがアニエスに視線を移す、するとアニエスの瞳は、何の感情も読み取れない空虚な雰囲気を漂わせていた。
怒りでも悲しみでもない、機械的に復讐を遂げようとする、束縛にも似た決心がアニエスの瞳から伺えた。
「コイツだけは…絶対に殺す、他の奴はともかく、こいつだけは絶対に殺してやりたい!なぜ私を生かしたのか、その理由がどんな理由であれ、絶対に後悔させてやる……!」

アニエスはふと顔を上げて、資料を閉じて本棚に戻すと、隣に立つルイズに顔を近づけて小声で囁いた。

「アルビオンで、首に火傷の痕を持った火のメイジを見つけたら、私に教えてくれないか」
「首に火傷の痕?どれぐらいの?」
「かなり大きい範囲だったと思う、私が唯一覚えている敵の姿だ……生け捕りにできなくてもいい、ただ、どんな奴だったのかだけでも教えて欲しい」
「約束するわ…もっとも私に可能な範囲でだけど。万が一、あなたの敵が首の火傷痕を治癒していたら、私にも解らないわよ」
「それはそれで仕方ないさ、私も私で調査を進めさせて貰うしな。 …さて、そろそろ私は宿舎に戻りたいが…そっちは、なぜここに来たんだ?」
「私は、ちょっと気になることがあって。貴方に比べたら大したことじゃないわよ」
「そうか」
アニエスは興味なさげに答えると、ルイズの脇をすり抜けて本棚の間を通り、資料庫を出て行った。

人の気配が無くなった資料庫で、ルイズは一人天井を見上げる。
ルイズの二倍はありそうな本棚の上には、本棚に収まらないサイズの箱がいくつも並べられていた。
膨大な資料を見渡して、ため息をつくと、ルイズは誰もいない部屋で呟いた。

「アニエス、私は誰に復讐すればいいのかしら。私をこんな身体にした仮面、それとも、それを呼び出した自分にかしら」

先ほど、ワルドに言われた言葉を思い出す。
『以前は、婚約者でもあり、妹のようなものだと思っていた。だが今は違う、君は僕の主君だ』

「みんな吸血鬼の私を慕ってくれる。虚無の使い手である私を慕ってくれる。でも、裏を返せば『ゼロのルイズ』には誰も慕ってくれない……」


「お母様、なんで私を産んだの?」




ルイズの呼び声に答えるかのように、この日の昼頃、ある人物が王宮を訪れる。
その人物は、シエスタとモンモランシーの手によって得られた、大量の『水の秘薬』と、水の精霊とトリステインの『関係改善』を手みやげに、ラ・ヴァリエール家の紋章が描かれた豪華な馬車に乗って来訪した。

その人物の名を、カリーヌ・デジレという。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー