ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-69

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匿名ユーザー

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賑やかで活気に溢れていたトリステインの城下町。
だが、それも今では打って変わって静かに佇むのみ。
戦争を前にして、街の誰もが脅えているのだろう。
初めて見る街の一面にルイズは驚愕を隠し切れなかった。
その隣では、自分の記憶と合わぬ風景に首を傾げる一匹の犬。

ここに来ようと言い出したのはルイズだった。
学院に戻って来てからの彼女は塞ぎ込んだ様子で、少しでも気が紛れるならと彼も賛同した。
どうして彼女がそんな事を言い出したのか、その理由も何となく察していた。
だけど決して口に出したりはしない。
言葉にすれば終わってしまう、それが判っているから言えない。

「やっぱり潰れてるわね」

『閉店』と書かれた看板が掲げられ、武器屋の入り口には侵入を阻むよう十字に板が張られている。
窓から覗いた店内は以前訪れた時よりも閑散とした空気に拍車が掛かっていた。
出会うのが少し遅れていればデルフも端に詰まれた安物と同様に、
ここで何時帰るとも知れない主人を待ち続ける事になっていただろう。

デルフと出会ったあの頃、何も知らずに過ごしていた平穏な時間。
それを取り戻したくて、思い出したくて、彼女はそれを望んだ。
……でも時の流れは始祖ブリミルとて逆らえない。
起きてしまった悲劇も、これから起こる戦争も無かった事には出来ない。

だから、これは『ごっこ遊び』。
何もかも忘れて、あの頃に戻ったつもりになってはしゃぐ。
……ただそれだけの子供じみた遊び。

「何だかお腹空いちゃったわね、何か食べよっか?」

トンと人気のない大通りを踊るみたいに、ルイズはステップを踏んで振り返る。
振り向いたその顔は笑顔だったのに、どこか切なくて悲しかった。
悩んでいたってお腹は減る、小さく吠えて彼女に賛同を示した。
それに頷きながら彼女は駆け出した。

「さあ行くわよ。早く付いて来ないと置いていくからね」

彼女の言葉に慌てて短い足を動かす。
傷だらけになったソリが石畳に擦れて音を立てる。
道の真ん中を駆ける彼女達を注意する者は誰もいない。
まるで街の皆が眠りについた様に寂しい世界。
それでもルイズがいればそれで良かった。
ルイズと一緒なら何処でも良かった。
たとえ、この一時が永遠に続かないとしても…。

「悪いけど、もう店じまいだよ」
「え? だって、まだこんな時間なのに」
「見ての通りさ」

街に来た時にいつも立ち寄った店で聞かされた意外な言葉。
クックベリーパイの美味しい甘味処では片付け作業が行われていた。
まだ陽も傾いていないというのに店員は椅子を奥へと運んでいた。
それはただの閉店作業などではない、この店を畳む為の準備。
戦乱の予兆を敏感に感じ取り、この国から離れようとする者は少なくない。

「そこを何とかなりませんか…?」
「そう言われてもねぇ」

そこを曲げて店員に頼み込んだ。
困惑に頭を掻きながら店員は返答に詰まった。
いつ戦争が始まるか分からない状況下、
たった一人の客の為に店を開いている余裕はない。
そんなのはルイズにだって考えれば判る。
だけど二度と味わえないなら、尚更彼にもあげたいのだ。
こんな些細な事でも何かを共有したい。
二人で幸せな気分を分かち合いたい。

「いいから焼いてやんな」

のそりと店内の奥から野太い声と共に年配の男性が現れた。
そして顎で店員に促すと自分は私達の前に来て紅茶を差し出した。
礼を言う間もなくそれを受け渡すと彼は続ける。

「人間なんざ何時くたばったって可笑しかねえ弱い生き物だ。
戦争どころか馬車に轢かれて死ぬ事だってあらあ。
そんな時によお、この店の味を覚えてる客がたった一人でもいたなら、
まんざら悪かねえ生き様だったって笑って死ねらあ」

がははと豪快に笑い飛ばす店長に呆れ顔を浮かべながら店員がオーブンに再度火を点す。
淹れたばかりの紅茶が冷えた身体を温める。
パイが焼き上がるまでの間、穏やかな時間が流れる。

そういえば、この街に来てから初めて人と話した気がする。
街は静かだけど、人々は今もここで息衝いている。
きっと街の人達も恐怖と戦っているのだろう。
いつも通りに振舞うのか、逃げるのか、彼等も自分達なりの答えを出そうとしている。
私だけが答えを出さずにいるなんて出来ないんだ。

「じゃあな。戦争が終わったらまた来てくれよな」
「ええ。約束するわ」

渡された焼き立てのクックベリーパイを手に店を後にする。
私の振る手と、その足元で小さく下げられた頭。
それにくすぐったそうな笑みを浮かべて店長は応えた。

歩きながら食べるクックベリーパイは格別の味だった。
エレオノールお姉さまがいたら厳しく躾けられるだろうけど、
今はこの食べ方が一番美味しいと思える。

千切ったパイの一部に齧り付くように彼は口にする。
よほど美味しかったのか、催促するみたいに振れる尻尾。
そんな彼の仕草に微笑みつつ、残りのパイを全て差し出す。

「どう? 美味しい?」

口の中にパイを押し込みつつ彼女の問いに頷いて応える
ルイズから貰った甘いお菓子はとても優しい味がした。
考えてみればルイズと一緒に何かを食べるなんて初めてだった。

向こうでは何を食べても味はしなかった。
まるで燃料を流し込むみたいな、そんな作業だった。
誰かが傍にいてくれる、それだけで美味しいなんて知らなかった。

この世界に来なければ何も判らなかった。
マルトーさんの作ってくれる美味しい食事も、
シエスタが掛けてくれるブラシの気持ちよさも、
タバサ達が持つ強さやフレイム達との友情、
命が奪われる悲しさ、大切な物を奪われる憎しみ、
ルイズの温かさも優しさも、全て。

全てを受け入れて彼は答えを出した。
それは最初の誓いを貫き通す事。
自分を助けてくれた彼女を守ろうと、
この力を彼女の為に使おうと立てた誓い。
あの時の温もりは今もこの身を包んでくれている。

きっと後悔するだろう。
また力を振るって人を殺めれば苦しむ。
後悔しない選択肢なんて無かった。
何かを選べば必ず自分は悔いる。
それでも心の底から思った、ルイズを助けたいと。

そんな決心を知ってか、知らずにか、
ルイズの手がゆっくりと自分の身体を撫ぜる。
お腹が一杯になった所為だろう、
暖かな陽だまりがウトウトとまどろみへと誘う。
見上げれば、そこには自分を見つめるルイズの眼差し。

彼女の微笑みに安堵して彼は目蓋を閉じた。
きっと日が暮れる前にルイズが起こしてくれると、
彼女が見守っていてくれると信じ、穏やかな眠りについた。


それから彼は眠り続けた、
静かに寝息を立てて、彼女が起こしてくれるのをずっと待ち続けている。
縁まで水を湛えた水槽の中で、ずっと。

「嬢ちゃん、本当にこれで良かったのか?」
「………………」

デルフの問いに言葉を返さずルイズは筆を走らせる。
いつものように日記を書いているのではなく誰かへの手紙を認める。
返事が来ないと諦めて吐いたデルフの溜息と重なるようにノックが響く。
それに筆を止めて、彼女は扉の前へと飛び出した。
そこにいたのは同様に沈痛な面持を浮かべたコルベールだった。

「……では彼を預かります」

ルイズの決意を揺るがせぬ様にコルベールは淡々と告げた。
同意を得ぬままに部屋へと踏み込み、彼の入った水槽を浮かべる。
直後、去り行く彼の背が後ろに引っ張られた。
振り向けば、そこには自分の服を掴むルイズの姿。
俯いたままのその表情は窺い知る事は出来ない。

「これで、良かったんですよね……?」

ポタリポタリと彼女の手の甲に零れ落ちる涙。
喉を震わせながら搾り出した声に彼は答えられなかった。
彼女が同意を求めているのは分かっていた。
そうだと言えば彼女も僅かに救われるだろう。
しかし、それを口にする勇気が彼には無かった。

コルベールは彼女に嘘を吐いた。
彼がこちらの世界では治せぬ死の病にかかっている、
治す為には元の世界へと送り返すしかないと告げたのだ。
寄生虫の存在を明かさずに、ルイズに協力を求めるにはそれしかなかった。

思惑通り、彼は完全にルイズに気を許していた。
自分がやったのでは決して捕まえる事は出来なかっただろう。

同意なく彼を連れて帰るのに酷い罪悪感を覚える。
だけど、私が何と言おうとも彼はここに残ろうとしただろう。
それはミス・ヴァリエールの為、アンリエッタ姫殿下への贖罪の為、
そして私を含めた学院の人間を守る為に……。

「何が正しいのかは分かりません。
ですが、貴女は最善の選択をしたと私は思います」

口から出てくるのは本音であって本心ではない。
私はただ自分の手で彼を殺したくないだけに過ぎない。
罪なき者達を焼いたあの炎は今も私の内で燻り続けている。
私達を守ろうとした彼を焼き尽くす、そう考えるだけで火勢は増していく。
誰がが代わってくれるというのなら私は恥知らずに飛びつくだろう。

だからこそ、私は彼の気持ちを黙殺した。
誰も傷付かない道だと己を偽り、その場をやり過ごそうとしている。

彼女から逃げ出すかの如くコルベールは扉を閉ざした。
泣き崩れたルイズの声が木製の扉越しに響き渡る。
彼女の声に耳を傾けながら、コルベールも力なくその場に腰を落した。
気が付けば自分の瞳からも涙が零れ落ちていた。
涙を覆い隠すように両手を顔へと押し当てる。
口から零れるのは自分を呪う言葉だけ。

「……コルベール、この薄汚い卑怯者め。
貴様などあの日、村と共に焼け死ねば良かったのだ」

少女を助ける為だと、自分の魔法を人々の役に立てる為だと、
ずっと言い訳をしながら私は逃げ続けてきた。
これからも逃げ続けるのだろう……逃げ切れないと判っていながら。

互いに扉を挟んで二人は涙を流し続けた。
悲しみだけが込み上げてくる世界の中、
『彼』だけが穏やかな時間を夢見たまま眠りについていた。


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