ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

狭間に生きるもの-1

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匿名ユーザー

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 暖かな陽射しが射し込む中庭で色とりどりの花が咲き誇り、花弁から沸き立つ芳香に頬を緩ませて
 目的地へと歩いていると、程なくして薄桃色に包まれた小さな宮殿に辿り着いた。
 門を守護する衛兵に小宮殿の主への取次ぎを願い、許可を得る間もう一度中庭を眺める。
 美しい花園に蝶が舞い、小鳥たちが楽しげに囀る中で静かに本を読めたらどれだけ幸せだろうか。
 そうして暫しの間空想に耽っていると、近寄ってきた衛兵から許可が出た事を告げられる。
 少々名残惜しいが、衛兵に案内されて私は宮殿内へと足を踏み入れた。

「まったくつまんないねぇ、ガーゴイルだってもう少し愛嬌があるよ」

 相変わらずのつまらない嫌がらせした張本人が、捻じ曲がった古木のような眼つきを向け嘆息する。
 髪の色よりやや深い、青を基調とした品のあるドレスに身を包んだ端正な顔立ちの目つきの悪い宮殿の主が
 軽く手を振ると、周りに控えた従者たちが申し訳けなさそうな顔で、卵や泥に汚された服やマントを脱がし、
 彼女たちの為すがままに真新しい服へと着替えさせられる。
 着替え終わったのを見計らい、目の前の宮殿の主が足元に今回の任務について書かれた書簡を投げつける。
 そして何かを言おうとしたのを無視して足元にある書簡を拾うと、そのまま踵を返して部屋を後にする。
 廊下に出て暫くすると、閉じた扉から何か重たいものが叩きつけられ部屋の中から口汚く罵る声がした。

「どうしてイジワルな従姉妹姫をやっつけないのね!きゅいきゅい!」

 幼い竜の使い魔が怒りながら喚くのを聞き流し、広げられた書簡に目を通し内容を確認する。
 今回の任務はとある寒村に現れた吸血鬼を退治するようだ。
 吸血鬼とは人の血を啜りオマケに魔法まで使う厄介で恐ろしい怪物だ。
 面倒な事だと思いながら、竜の背に横になると雲ひとつない青空を見上げる。
 昔、鳥になって空を飛びたいと思った事があるがこんな形で現実になるとは思ってはいなかった。
 かなりの速度で飛んでいるが、魔法で風を遮っているので風圧は殆ど感じない。
 そうやって空を眺めていると不意に睡魔が襲ってきた。
 飛行は安定しているので落とされることもないだろう、私は目を瞑るとそのまま深い眠りへと落ちていった。
 心地よく眠っていると、やや大きめの振動を感じて眼を覚まし、私は竜の背から飛び降りて周りを見渡す。
 そこは森の中だった。
 まだ寝ぼけている頭を軽く振り、伸びをして空を見上げると日が傾きかけていた。

「人になるのきらい!うまくあるけない!きゅいきゅい!!」

 嫌がりながらも人に化けた使い魔の後に着いて、できれば今日中に終わるといいな、などと希望的観測を
 抱きながら私は目的地の村へと向かった。
 村の中を観察しながら歩いていると一人の村人に出会い、吸血鬼退治に来たことを告げる。
 すると、その村人は疑いの眼差しをこちらへと向ける。
 やはり、こんな子どもでは頼りにならないと思っているのだろう。
 私もこの村人と同じ立場なら間違いなくそう思うが、やはり魔法を使えない者よりも使える者の方が
 強いに決まっている。
 村長の家へと案内をするように命じると、村人は何事かを呟きながら前を歩き始めた。
 やがて、他よりも多少はマシな二階建ての家に辿り着き村人が扉を叩くと、扉を少し空けて外を覗き込むように
 来訪者を確認してから扉を開け、家の中から一人の老人が姿を現した。

「四人襲われて、その内のふたりが吸血鬼に攫われた。間違いない?」
「ええ、そうなのです。マゼンダと言う占い師とその息子のアレキサンドルのふたりが……」

 回りくどい言い方をする村長と根気よく会話をするも、大した情報は得られなかった。
 日が暮れるまえにその親子の家を捜索しようと部屋を出ると、扉の外で可愛らしい少女に出会った。
 その少女は近づいて耳元で何かを呟き、花のように笑うと二階へと登っていった。
 彼女はエルザという名前で、一年前に野党に襲われて家族をを無くし、命からがらこの村に逃げ込んだのを
 村長が保護してそのまま引き取って育てているそうだ。
 身体が弱くあまり外にも出られないというの事を、村長が涙ながらに語るのを聞きながら二階を見上げる。
 一瞬の事ではあったが彼女の犬歯が人よりも遥かに長かったのを私は見逃さなかった。
 私はこの任務が希望的観測の通りに早く終わる事を確信した。

 夜の帳が下り、薄暗い森の中を少女の姿をした怪物と並んで歩く。
 本当ならさっさと始末して休みたいところだが、なぜ彼女が自分から危険を冒してまで正体を明かし、
 そして、どこに連れて行こうとしているのか気になったので、こうして案内されるままに森の中を歩いている。
 使い魔が震えながらも相変わらずお喋りをしているので、その口を塞いでやりたくなる衝動に駆られるが、
 それを何とか堪えていると茨が壁のように生い茂る森の行き止まりでエルザの足が止まる。 
 この先は樵や猟師すらも立ち入らない危険な場所と聞いている。

「この先よ」

 そう言ってエルザは茨に手をかざして何かを呟くと意思を持ったように茨が割れて道ができる。
 茨のトンネルを暫く進み、そこを抜けると小さな広場の中心に大木が聳え立っていた。
 何より驚くのは、その木の中ほどから家が生えていた事だ。
 まるで御伽噺に出てくる魔法使いの家のようだと思い、呆然とそれを眺めているとエルザが家の中に入り、
 こちらに向かって手招きをする。
 私も注意しながらその奇妙な家の中へと足を踏み入れた。
 家の中は思っていたよりもちゃんとしていて、食器棚の中には趣味の良い皿やグラスが並べられ、
 壁には誰が描いたものかわからないが、見た者に暖かさを感じさせる絵画が掛けられている。
 部屋の中には心を落ち着かせるような香りが漂っていた。
 エルザは部屋を通り抜けて奥へと向かい、私もその後を追う。
 そして、ひとつの扉の前で立ち止まり、決して驚かない事、危害を加えるつもりはない事を告げると
 その扉を開けて中へと招き入れた。

「ふたりはそれでも生きているのよ。ふしぎな事だけど」

 ベッドの上に横たえられたふたつのミイラ、マゼンダとアレキサンドルをエルザは生きていると言った。
 そのふたつのミイラを見た使い魔が悲鳴を上げて喚きたてるのを無視し、間近でミイラを見てみると、
 とても信じられないが、その干からびた身体からまるで泉のように滾々と血液が流れ出していた。
 そして、エルザは事の始まりをポツポツと話し始めた。

 翌日、村長に吸血鬼は昨晩退治し、その際にエルザが吸血鬼の犠牲になってしまった事を告げる。
 そして、悲しそうに泣く村長を宥めながら森の奥は吸血鬼を倒した際に呪われてしまったので
 決して立ち入らないように約束させると、使い魔の背に乗って村を後にした。
 エルザの話を聞いて、マゼンダとアレキサンドルは人ではなく今まで知られていなかった生物と
 いう事を知り、そして、彼女がもう人を襲わないという言葉を信じ彼女に協力する事となった。
 吸血鬼の食料である人の血液に不自由しなくなった彼女が、危険を冒してまで人を襲うことはないと
 彼女は考え、それに彼女のマゼンダとアレキサンドルの世話をしているのを見ると、どうやらエルザは
 あのふたつのミイラを家族のように思っているようだ。
 もしそうなら、あのミイラどもに危険が及ぶような事をすることはないだろう。
 もっとも、エルザが人を襲おうと私にとっては別にどうでもいい事だ。
 使い魔の背に揺られながら流れていく風景を楽しみ、少しだが私は幸福を感じた。

「ほら、報酬だよ」

 つまらなそうな顔でイザベラが金貨が詰まった袋を足元に投げ、シャルロットは杖の先にそれを
 引っ掛けて手元に寄せて、袋を懐に仕舞うと何も言わずに小さな背中を私に向けて部屋を出て行った。
 そして、イザベラは従者を全て部屋から追い出すと窓辺に腰掛けている私に語りかけた。

「ヨシカゲ、あの子は吸血鬼に何もされなかったんでしょうね」
「ああ…別に何かされた様子はないな」

 私がそういうと、イザベラはホッと息を吐き椅子に深く沈みこんだ。
 この陰険な雇い主とはそれなりに付き合いが長いが、未だに何を考えているのか理解できない。
 いや、この雇い主が何を考えているのかは薄々わかってはいるのだが、どうにも信じられない。
 この女の父親はこの国の王で、次期国王と目されていた弟を殺し王位を簒奪したのだという。
 そして、その殺された男がシャルロットの父親であり、彼女の母親はヤバイ薬を飲まされて頭がイカレてしまい、
 それでも飽き足らずに娘であるシャルロットを謀殺しようと、汚れ仕事専門の騎士団に入れて
 危険な任務を与えていると従者たちが話しているのを聞いたことがある。

「ねぇヨシカゲ、幸福ってなんだと思う?」

 表情は見えないが、指先で髪のいじっているのを見ると真面目に答えた方が良さそうだ。
 この女は天邪鬼で、どうでも良さそうに聞いてくるときこそ本心から答えてほしいと思っている。
 それが仕草となって現れることに本人は気づいてないだろうが。

「私にとっての幸福は…何者にも脅かされず、心の平穏を保つ事だと思っている」
「そう…そうなの、じゃあわたしは……」

 この女の理解できないところ、それは、暗殺者に脅え私がいなければ夜も眠れないほど臆病なのに、
 そのくせシャルロットに殺される事を望んでいることだ。
 そして、シャルロットに危険な任務を与え、私に監視と護衛を命じている。
 理解できない矛盾した行動だ。
 私がこの女の立場なら脅威と成る者は持ちうる全ての力を使ってこの世から消し去ってしまうんだがな。
 もっとも、私のように幽霊に成ってしまうかも知れないが。

「ヨシカゲ…勝手に成仏しないでよ……」

 私の名は吉良吉影。
 なぜ…この世界に呼び寄せられたのかはわからない。
 だが、ひとつだけ言えることは、ここでの生活が悪くないという事だ。
 結界に包まれた私だけの部屋。
 本を読み、絵を描き、宮廷楽士の奏でる曲に耳を傾ける。
 そして、理解できないが私に仕事をくれる女。
 もう少し、この場所に留まろうと思う。


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