ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-68

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「……よって本日を以ってトリステイン魔法学院は無期限休校とする」

厳かな口調でオスマンは学院の決定を明らかにした。
『アルヴィーズの食堂』に集められた生徒達がざわめく。
彼等もきな臭い噂の一つや二つは耳にしていた。
親元から実家に帰って来いという手紙が届いた者もいる。
しかし、このような決断が下されるほどに危機的状況に陥っているのか。
これからどうするかを話し合う生徒達の中で、キュルケは一人溜息をついた。

「はぁ……」

彼女にもゲルマニアの両親から手紙が来ていた。
それも早急に戻って来いという内容だ。
見合いの件については一言も触れられていない。
それが娘の反発を招きたくないが故とキュルケはすぐに理解した。
軍人の家系であるツェルプストー家にゲルマニアの動向が判らぬ筈がない。
トリステインが危険地帯だと告げるかのような手紙の内容は、
ゲルマニアにトリステインを守る気がない事を証明したも同然だ。

そうなればトリステインは単独で軍事強国アルビオンと対抗しなければならない。
“トリステインに勝ち目はない”実際に彼等を目の当たりにしたキュルケには判る。
それでも戦場に向かおうとするのは自殺行為にも等しい。
だけど、それがどうしたというのか…?

ワルドはルイズの気持ちを踏み躙った。
彼女の身体にも心にも深い傷を負わせた。
しかも今度は自分の母国へと戦争を仕掛けようとしている。
友を傷付けた者を、貴族の誇りを嘲笑う者を、彼女は決して許さない。
わざわざ向こうから戦場に出向いてくれるなら手間は省ける。
たとえ倒れる事になろうともワルドは討ち取る。
喧嘩を売った相手が悪かった事を連中に思い知らせよう。
ぐしゃりと手の中の手紙を押し潰しながら、隣に顔を向ける。
そこには彼女と同様に、手紙に視線を落すタバサの姿。

「……………」

タバサはその内容が意図する所を理解できなかった。
本国から告げられたのは“待機命令”だった。
戦争について何も書かれていないどころか戻って来いとも書かれていない。
つまり私の意志に任せるという意味なのか。

その結果、戦場で死んだとしても国が責任を取る必要はない。
公然と私を処分できる良い機会とでも捉えたのか、
あるいは私を試そうとでもしているのか、いくら考えようとも答えは出ない。
だけど取るべき行動は既に決まっていた。

こちらに顔を向けるキュルケと目を合わせる。
“心配だから”と付いていったあの時から気持ちは変わらない。
彼女は間違いなくこの戦争に首を突っ込む。
なら最後まで守り通そう、彼女は私にとって掛け替えのない友なのだから。
ううん、キュルケだけじゃない。ルイズも彼も……ついでにギーシュも。
守るべき者が増えた分だけ、負ける訳にはいかなくなくなった。
それがきっと強さを支える力なのだと彼女は思う。

そして、この戦争の裏に“あの男”が存在するというのなら逃げる訳にはいかない……!

「答えは……訊くまでもないみたいね」

真っ直ぐに自分を見据えるタバサの視線に迷いはない。
言葉を交わす必要もなく、キュルケは彼女の覚悟を悟った。
しかし逆に、タバサはこちらへ心配そうな目を向ける。
彼女の目線の先を追えば、握りつぶした手紙の端に突き当たった。

「……ああ、コレね」

手紙の文末には、サインと共にこう付け加えられていたのだ。
“もしも、これに背くような事があれば勘当し、二度とツェルプストー家の名を名乗らせない”
そうなれば名門貴族どころかただのメイジにまで落ちぶれるだろう。
没落した貴族がどうなるかは子供でも知っている、彼女はそれを案じているのだ。
だが、こんな脅しで今のキュルケは止められない。

キュルケは握り潰した手紙を上へと放り投げる。
直後、フレイムの吐いた炎が手紙を瞬時にして焼き尽くした。
唖然とするタバサを前に、笑顔を湛えながらキュルケは言った。

「手紙なんて届かなかったわ。きっと風に飛ばされたのね」

たとえ家柄を失ったとしても私は何も変わらない。
取り巻きの男子連中に擦り寄っていれば生活に困る事もない。
彼女とて何の後ろ盾もなく、ただのタバサとして生きているもの。
でも、ここで逃げれば私は私でなくなる。
名前や家柄以上に大切な何かを確実に失ってしまう。
それは死ぬのよりもよっぽど怖い。

タバサの手からするりと手紙が離れる。
しかし慌てる事もなく、彼女は杖を掲げてルーンを紡ぐ。
瞬間、それは天井まで舞い上がり千々に千切れて散った。
粉雪のように舞い落ちる手紙を見上げながら彼女は平然と言う。

「……風に飛ばされた」
「ぷっ。あははははは、やるじゃないタバサ!」

腹を抱えながらキュルケが吹き出す。
時折口にする、彼女の冗談は本当に楽しい。
おかげで無意味に緊張していた身体が解れた気がする。
その笑い声を聞きつけた級友が彼女に話しかける。

「随分と楽しそうじゃないかキュルケ。
君はこれからどうするのか決めたのかい?」
「ええ。もう決めたわ」
「それは良かった。実は僕は悩んでいてね。
出来れば参考までにどうするのか聞かせてくれないか?」

溜息をつきながら憂鬱そうな表情を浮かべる男子生徒。
そんな彼の問い掛けにキュルケは笑いながら、こう返した。
“きっと参考にはならないけれどね”と前置きをつけてただ一言。

「私達、戦争に行くの」

男子生徒はその言葉に我が耳を疑う。
それも当然の事かもしれない。
だって、そんな台詞を口にする彼女の表情は、
今までにないぐらい御機嫌に見えたのだから……。

物陰に隠れながらシエスタは厨房の様子を窺った。
既に学園長の命によりシェフやメイドには暇が出されている。
それなのに彼女が所用を思い出して向かった先、
誰も居ない筈の厨房では確かに何者かが蠢いていた。

(まさか……泥棒!?)

厨房といえども貴族の子弟を預かる学院内の施設だ。
皿一枚、ナイフ一本でもそれなりの値は張るだろう。
戦争を目前に控えての混乱を狙い澄ました犯行だとすれば納得もいく。
先にあったフーケの盗難騒動もその推理に拍車を掛ける。
誰かを呼びに行っている間に逃げられるかもしれない。

こっそりと彼女は厨房に忍び込み、置いてあったパイ生地棒を手繰り寄せる。
棍棒じみた得物を肩越しに構え、彼女は泥棒の挙動に気を配った。
野生の熊を思わせる屈強な肉体に太く逞しい二の腕。
恐らく格闘戦になればメイド如きでは相手にさえならないだろう。
しかし背後から近付くシエスタに気付いた様子はない。

「ていっ!」

ありったけの勇気を振り絞り彼女は手にした武器を振り下ろす。
ごすんという鈍い打撃音と同時に響き渡る男の断末魔。
前のめりに倒れ込んだ男が動かなくなったのを確認し、
シエスタが恐る恐る泥棒の顔を覗き込む。
その瞬間、彼女は思わず息を呑んだ。
そこにいたのは泥棒ではなく、白目を剥いたマルトーの姿だった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「まあ、厨房も暗かったし仕方ねえよ」

必死に頭を下げて謝罪するシエスタ。
それにマルトーが痛む頭を擦りながら応じる。
頑丈なパイ生地棒にヒビが入っているというのに、
その程度で済んだのが不思議なぐらいだ。

「それにしてもどうして厨房に?」
「ああ。学院長に頼み込んだのさ。
もう少しだけここで待たせて貰えるようにな」

本当に盗みに入ってたんじゃないかと、
シエスタは若干疑惑の篭った目線をマルトーに向ける。
しかしマルトーから返って来たのは意外な答えだった。

彼は確かに自分の仕事に誇りを持っている。
だけど、それと一緒に貴族の子弟達を嫌っている節があった。
好き好んで学院に居残りを選ぶような人物ではない。
そんな彼女の困惑を感じ取ったのか、マルトーは頭を掻きながら続ける。

「別に貴族連中の為じゃねえよ。ワン公は今日帰ってくるんだろ?
ならよ、誰かが出迎えてやらなきゃ可哀そうだからな」

以前、デルフに聞いた話ではアイツの故郷は遥か遠くにあるらしい。
それは戻れるかどうかさえ定かではない場所。
なら今はここだけがアイツにとって唯一帰るべき家なのだ。
だから温かい食事と笑顔で迎え入れてやらなければいけない。

それだけ口にするとマルトーは再び料理の支度に取り掛かった。
呆然と見上げるシエスタの目に彼の背中が大きく映る。
何も言えず立ち尽くす彼女をマルトーが注意する。

「シエスタ。そこに突っ立ってると邪魔になるぜ」

言われて気付いた彼女が厨房から出て行こうとする。
しかし、振り返る事なくマルトーが彼女に声を掛けた。
その一言がシエスタの足を止める。

「だけどよ、もし手が空いているなら手伝ってくれねえか?
とてもじゃねえけど一人じゃ手が足りねえ。
それに、その方がきっとアイツも喜ぶだろうからな」
「あ、はい。喜んで!」

それは彼女が待ち望んでいた言葉かもしれない。
彼女もマルトーと同じ気持ちだった。
“きっと汚れて帰ってくるだろうから、いつもみたいにブラシを掛けてあげよう”
そんな事を考えながらシエスタは食器を取り出す。
喜ぶ彼の姿を心に描きながら……。


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