ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-67

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
足を引き摺りながらアニエスは地面を踏み締める。
不安定な船上とは違い、痛みと共に返ってくる確かな感触。
まるで大地に受け入れられたような安心感がそこにはあった。
死が間際にまで迫っていたからこそ一層そう思えてくるのかもしれない。

振り返れば、そこには避難を終えたアルビオンの人達で溢れかえっていた。
生き残れた事を喜び合う家族、先の戦闘で親しい者を亡くした者達、
そして、これからの事を危惧する者など様々な人の感情が飛び交う。
その感情とはいずれ折り合いをつけるか、時と共に忘れていくしかない。
それが出来なくなった時、人は自分の手で決着をつける事を余儀なくされる。
復讐という血塗られた道を歩む事で…。

アニエスの目に一人離れて座る少女の姿が映る。
家族を亡くしたのか、側には誰も寄り添う者もない。
天涯孤独となった彼女の姿が昔の自分と重なる。
だが、少女はアニエスとは違う道を辿った。
近付いてきた老婆が彼女の手を両手で握り締めた。
戸惑う少女に、老婆は優しく微笑むと彼女を抱擁する。

「あ……」
その温もりが安堵を与えたのか、少女の口から息が漏れた。
瞬間。彼女は堰を切ったかのように大声で泣き始めた。
それは内に溜め込んだ感情を吐き出すのも似ている。
老婆は少女が泣き止むまで何も言わずに包み続けた。

知らずアニエスの頬を涙が伝う。
彼女は誰にも出会わなかった。
誰も愛さず、誰にも愛されずアニエスは一人で生きてきた。
もし、あの少女と同じ様に自分の感情を受け止めてくれる人がいたならば、
果たして私は全てを投げ打って復讐を誓っただろうか…?

それは心の弱さが生んだ迷いだったのかもしれない。
以前の彼女ならば、そんな事を考えたりはしなかった。
ただ燻り続ける憎悪の火に身を委ねていれば、それで良かった。
そんな彼女を多くの出会いが変えつつあった。
否。かつての少女だったアニエスを取り戻しつつあるのだ。

老婆に手を引かれ、群集に戻っていく少女を見送る。
そして、かつての自分の幻影を振り切るようにアニエスは背を向けた。
少女は少女、私は私だ。それに、もはや戻るべき道さえない。
もしも私が他の道を選ぶ時が来るとするなら、
それは復讐を遂げて自分の過去と決別した後だ。
そうしなければ私は前に進む事さえ出来ないのだから…。

思い耽るアニエスの肩を誰かが叩く。
見れば、そこには沈痛な面持ちの『マリー・ガラント』号の船長がいた。
その手に握られているのはアルビオン王国の国宝『風のルビー』。
礼を言うアニエスを無視し、彼は手の内にあった指輪を受け渡す。
困惑する彼女に、船長はただ一言こう答えた。

「……それは、私には重たすぎます」

ウェールズ陛下から代価として受け取った指輪。
だが、それを受け取る資格が自分にはないと考えたのか。
例え私が言おうとも聞き入れず彼は受け取るのを拒んだ。
『火の秘薬』で多くの人間を死なせた罪。
それは、この航海を以ってしても償い切れはしない。
許される事も罰せられる事もなく生涯彼は罪を背負って生きる。
その彼に、この指輪は重荷でしかないのだ。

「……分かった。では後日、改めてトリステイン王国から謝礼を届けさせよう。
せめて船の修繕費でも受け取って欲しい。貴方はそれだけの仕事を成したのだ」

私の言葉に俯きながらも頷くと船長は立ち去る。
そして避難民から逃れるように街の中へと姿を消していった。
今は感謝の言葉にも非難の声にも耳を傾けたくはない。
そう彼の背中が静かに語っていた。


「アンタも行くのか?」
「ああ。一応は追われてる身だしな」

デルフの声に振り返った武器屋の親父が答える。
懐は例の剣を売った金で温まっているし、肩には何挺もの銃が掛けられている。
これなら当分は逃亡資金に困る事もないだろう。
そもそも偶然再会しただけに過ぎない。
縁があればまた会えるだろうとデルフは割り切った。

「それに今回はちっとばかし運が良すぎだ。
幸運に見放されない内に、とっとと手を引かせてもらわぁ」
「そうだな。アンタの運の無さは俺の保証済みだからな。
俺的には明日辺り馬車に轢かれて死んでてもおかしくないぜ」
「何だとコラァ!?」

平然と悪態をつくデルフを親父が怒鳴る。
別れであろうとも二人はいつもと変わらない。
人前で着飾る自分にとって自然体で話せる相手などそうはいない。
カチャカチャと鍔元を鳴らしながら話すデルフの声を耳にしながら、
彼を背負ったギーシュがそんな関係を羨ましくも思う。

「それじゃあ嬢ちゃん達によろしくなデル公」
「おう。ちゃんとアニエスに伝えておいてやるよ。
『容疑者が国外からの逃亡を図ってる』って」
「……それは三日後ぐらいにしておいてくれや」

冗談めかして言ったにも係らず、親父の顔色が蒼白に変わる。
たった数日で随分と深いトラウマが刻まれたようだ。
だが、それでも口元には微かな笑みが浮かんでいる。
色々あったけれど、この旅は楽しかった。
デルフ達は互いの心境を共感し合っていた。

「………お疲れ」
(シルフィ、もうクタクタなのね)

疲労困憊の使い魔の頭をタバサが優しく撫ぜる。
アルビオンの往復に加えて慣れぬ空戦もこなしたのだ。
当分は筋肉痛で羽ばたくのさえ困難だろう。
精神力の限界まで使い果たした彼女と同様、
シルフィードも死力を尽くして戦ってくれた。
その彼女の忠誠に心の底からタバサは感謝を示す。

ルイズが舞い降りた場所を見回す。
そこは旅立った時と同じラ・ロシェールの港町。
何が待ち受けているかも知らずに過ごした時間を思い返す。
それは過去となった記憶。決して戻りはしない。
失われた物を求める私の眼はどこかワルドに似ていた。
もし、この街で彼の気持ちを理解出来ていたなら結末は変わっていたのだろうか…?

何も言わずに静かに彼を抱き留める。
……止めよう。それは考えちゃいけない。
過ぎ去った過去に目も向けても何も変わらない。
今はしなくちゃいけない事が残されている。
まずは姫殿下に任務の事を…ウェールズ陛下の事を伝えないと。
ズキリと癒えた筈の傷口から痛みが走る。
足が縫い付けられたように一歩も動かせない。

私は怖がっているんだ。
アンリエッタ姫殿下に会うのを恐れている。
任務に失敗し、ウェールズ陛下も死なせてしまった。
怒られるのがじゃない、彼女の悲しむ顔を見るのが怖くて堪らない。

幼き日に力になると約束した。
旅立つ日に任務を果たすと誓った。
……だけど、私達は余りにも無力すぎた。
そして何一つ守れず、色々な物を失いながら逃げ延びた。
そんな私が一体どんな顔をして姫殿下に会えばいいと言うの…?

彼女の手には未だに確かな感触が残っている。
振り下ろそうとしたウェールズの腕を掴んだ、あの感触。
薬の支配下にあっても尚、鮮明に思い出せる記憶。
そう。ウェールズ陛下を死なせたのは私の所為。

それを打ち明ける勇気を持てないまま、彼女達の耳に早馬の駆ける音が届く。
ルイズの予想通り、彼女の前にトリステイン王国の伝令が姿を見せた。
説明をする間もなく伝令から姫殿下よりの命令が告げられた。
それはルイズとアニエス、そしてその使い魔に王宮への即時出頭を促すものだった。

全速力で駆ける馬車に揺られてルイズが辿り着いた王宮。
そこはアルビオン侵攻の噂に浮き足立ち、本来の機能を失っていた。
戦争が終結しても軍備の拡張を続ける貴族派。
否、今やアルビオンの正当な支配者である神聖アルビオン共和国。
頼みの綱であったゲルマニア帝国との同盟も破綻した彼等に縋る物はない。
モット伯が提唱した脅威を笑い飛ばした者達が各々蒼白となった面持ちで顔を突き合わせる。
何故耳を貸さなかったのかと悔いても時既に遅し。
中には全面降伏も止むなしとの声さえも聞こえてくる。

騒然となった王宮の中をルイズ達は謁見の間へと通された。
そこにはアンリエッタ姫殿下の他にマザリーニ枢機卿も同席していた。
それは、この一件がただの失敗で終わらない事を示すのに十分だった。

厳かに顔を上げたルイズの目が仰天に見開く。
アンリエッタの手元にあるのは『風のルビー』だった。
そして自分を見下ろす彼女の寂しげな瞳が告げていた。
ルイズが伝えるまでもなくウェールズがどうなったかを知っている、と。

「あ……」
「良いのですルイズ。ワルド子爵の裏切りを予期出来なかった、こちらの失態です。
その渦中にあって貴女が無事に戻ってくれただけでも喜ぶべき事なのですから」

声を失い喉を振るわせるルイズに、アンリエッタは静かな声で許しを告げた。
それは感情を押し殺したような機械じみた声色。
その言葉を耳にして再び胸元の傷がじくりと痛む。
彼女の、こんな声を聞かされるぐらいなら罵倒された方がマシだ。
激しい感情を打ちつける事さえ出来ずに苛まれる彼女の胸中に思い馳せる。

声も出せなくなったルイズに代わり、アニエスが詳細を口頭で伝える。
空賊に変装したウェールズとの出会い、晩餐会での作戦会議に続いての王位継承、
そして礼拝堂での戦いで散ったウェールズの最期。
それを何の感情も込めず客観的に事実だけを淡々と述べていく。
無論、ルイズがウェールズの妨害をした事は伏せられていた。
彼女への配慮と同時に、アンリエッタを刺激するのを避けたのだ。
それ故にアニエスは自分の感情を言葉には込めない。
短い間とは側にいたアニエスから見れば、姫殿下が無理をしているのは明白だった。


「……そうですか。任務ご苦労様です」

全てを聞き終えたアンリエッタが応える。
ウェールズの遺体を確認しても彼女は心のどこかで信じられずにいた。
瞳から涙が溢れ出ようとも現実と認めたくなかった。
だがアニエスから彼の最期を聞かされた瞬間、
彼女の中に居たウェールズは本当に死を迎えたのだ。
直後、蓋をした筈の感情が再び込み上げてくる。
行き場を失った想いが彼女の内で渦巻く。

アンリエッタとて子供ではない。
ウェールズの性格を鑑みれば亡命を断り、
王国と運命を共にするかもしれないと想像ぐらいはしていた。
もし自分の出した手紙を受け取り、その上で決めた事ならば彼女は従った。
自分では死に逝く彼を止める事は出来なかったと諦めもついただろう。

……だけど彼は殺された。
生き延びようと、私と共に生きようとしたのに無惨に殺された。
憎むべきはワルド子爵と、その背後にある『レコンキスタ』。
しかし、それだけでは彼女の気持ちは収まらない。
罪の所在を誰かに求めて彼女は顔を上げた。
その視線の先にいるのはルイズに寄り添う彼の姿。

「……何故ですか」

ポツリと呟くようにアンリエッタの唇から言葉が漏れる。
幾百もの兵を打ち倒した彼の力は正しくオールド・オスマンが伝えた通りだった。
そして薬に操られたルイズさえも助けて見せた。
なのに、それなのに。

「何故ウェールズ様を救えなかったのですか…?」

一国の軍事力に匹敵すると云わしめた力を持ちながら、
何でたった一人の人間を守る事も出来なかったのか。
彼ならば死中においても血路を切り開けた筈だ。
城を取り巻く貴族派を悉く殺してウェールズ様を連れ帰れた。
それをしなかったのは彼が相手を殺すのを躊躇したからに他ならない。
……ウェールズ様を死なせたのはルイズの使い魔だ。


激しい憎しみと悲しみが入り混じったアンリエッタの眼。
それを受け止めながら彼は何も答えられずにいた。
何一つ否定など出来る訳が無い、彼女の言葉は正しい。
ワルドが怪しいのは最初から判っていた事だ。
その彼の誘いに乗って守るべきルイズとウェールズの傍を離れた。
自分の力を過信して策に嵌まり水底へと沈められた。

きっとウェールズは助けられたと思う。
ワルドが城内へと入る前に倒していれば、こうはならなかった。
だけど自分には出来なかった。
……ルイズに嫌われるのが怖かったから。

だけど、それは自分勝手な理屈だ。
自分にとってルイズがそうであるように、
彼女にとってウェールズこそが掛け替えの無い存在だった。
どんなに謝ろうとも決して許されたりはしない。
失われたものは決して戻らない。
…そして自分が手に掛けた人達の中にもいたのだろう。
彼等を掛け替えの無い存在として想う人々が。

「姫殿下! 使い魔の責任は主である私の責任です!
彼を罰するというなら、その罰は私が甘んじて受けます!」

咄嗟に立ち上がったルイズが叫ぶ。
しかし、その口から本当に伝えるべき言葉は出なかった。
ウェールズを死なせた責任は自分にあるのだと彼女は言えなかった。
時が経ようとも、立場が変わろうともアンリエッタはルイズにとって無二の友だった。
それを失うのが怖くて彼女はその一言を発せられなかった。


「戦争になるというなら私も戦います!
姫様を、トリステインを一命に代えても守ってみせます!」
「……ルイズ」

懸命に使い魔を庇うルイズの姿に胸が痛む。
そこまで大切にしていようとも彼女達には悲しい別れが待っている。
そう。私がウェールズ様と死別したように。
しかし、それを理解しながらアンリエッタの胸中に蠢く暗い感情が囁く。
ウェールズ様の復讐を果たせ、と。

「貴女の言葉、何よりも頼もしく思います。
ミス・ヴァリエール。私を必ず守ってくださいね」
「杖にかけて!」

高々と手に持った杖を掲げる。
ルイズが顔を上げたそこにはアンリエッタの微笑みがあった。
それがどれだけ彼女の心を救ってくれただろうか。
命を捨ててでも、その笑顔に応えたいとルイズは思った。
何よりも、それがウェールズを死なせた自分の償いだと信じている。


松葉杖を付きながらアニエスが王宮を出て行くルイズ達を見送る。
貴重な水の秘薬を使ってもズタズタに断裂した神経や筋肉は治りにくいらしい。
それでも彼女はきっと前線に立つのだろう。
短い間だったけど共に戦った仲間として彼女の事を理解できる。
無言で差し伸べられたアニエスの右手。
それを固く握り締めて私は彼女に応じた。
掌から伝わってくる互いの熱。

「アニエス! 色々あったけど、私…!」
「皆まで言う必要はない、私も楽しかった」

王宮から少し離れた場所で振り返ってルイズは声を上げた。
それにアニエスは笑いながら全てを承知した上で応える。
辛くて、悲しくて、悔しくて、胸が張り裂けそうだった。
けれども、この旅には楽しい事も沢山あった。
それを全て嫌な記憶だけで埋め尽くしたくはなかった。
世界は残酷なのかもしれない。
でも、それが世界の全てじゃない。
そう信じられるからこそ私達は前へと進めるんだ。


「本当にあれでよろしかったのですか?」

アンリエッタの傍らに立つマザリーニが口を開いた。
姫殿下の意向を人前で否定する訳にはいかず、彼は沈黙を保ち続けていた。
既に謁見の間には誰の姿もなく気兼ねする事なく彼は問い掛ける。

「彼女を戦場に連れていけばヴァリエール家の反発を招くでしょうな」
「ですが本人の意思であれば仕方ありません」
「……そうまでして彼女の使い魔を戦場に駆り出したいのですか」
「それ以外にアルビオンに勝つ術が有るというならお聞きしますわ」

視線を向けられた枢機卿が溜息を漏らしながら首を振る。
艦隊戦となればアルビオン軍を相手にして勝てる筈も無い。
頭上の制空権を抑えられれば地上戦も絶望的。
この戦局を覆す圧倒的な力がトリステインには必要なのだ。

しかしマザリーニの気は進まない。
オールド・オスマンが伝えた脅威が実現すれば世界が滅ぶ。
それは自分達の保身の為、世界を危険に晒すのに等しい。
人は扱いきれない力を振るうべきではない。
そして彼にはもう一つ気掛かりな事があった。

「ですが次の日食を過ぎれば彼は元の世界へと帰ります」
「その心配は要りません。彼は帰しませんから」
「な……!?」

平然と言い放つアンリエッタに、マザリーニの背筋が凍った。
その表情には些かの変化もなく真っ向から枢機卿を見据える。
帰さないとなれば残された手段は実力で彼を排除するのみ。
だがアルビオンとの戦争を控えている中、それだけの戦力を投入する余力はない。
動転している彼を可笑しそうにアンリエッタが笑う。

「彼とアルビオン軍を戦わせます。
どちらが勝とうとも疲弊した相手ならば討てるでしょう」
「しかし侵攻軍の規模は数千との予想です。
とてもオールド・オスマンが言われた戦力には程遠いかと」
「ならばアルビオン本土まで侵攻して本隊を出させればいいのです」
「……何故そこまでなさるのですか」

困惑から立ち返ったマザリーニが姫殿下に訊ねる。
最初は勝利を得る為の方策だと思っていた。
だが違う。彼女の言葉には明らかに別の意思が感じ取れた。

「決まっています。これしか道がないからです」

マザリーニの問いに迷う事なくアンリエッタは返答した。
渦巻いていた悲しみは憎悪と狂気に変わり、彼女の胸の内を満たす。
この感情を受け止めてくれる者はもう誰もいない。
全てを吐き出さねば、いずれ毒に冒された心は腐り落ちる。

『レコンキスタ』だけでは憎み足りない。
彼等に踊らされた貴族達も、それに当然のように従う民衆も許せない。
全てを奪われた人間に出来る事は奪う側に回る事だけだ。
そして、その矛先はアルビオンへと向けられていた。

トリステインに残された道が一つしかないのではない。
アンリエッタという少女に残された道が一つしかないのだ。
“ウェールズの復讐”それだけが今の彼女に残されたものだった…。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー