ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

忘れえぬ未来への遺産-4 前編

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 最近、昔の夢を良く見る。
 自分の生涯において決して忘れることの出来ない、大切な家族や友人達との思い出の数々。
 激しい戦いの日々にあって、大勢の仲間達と出会い、共に戦い抜いたあの日々のこと。
 その経験は自分にとって掛け替えの無い思い出であり、そして何物にも勝る誇りだ。

『若返ったことは我にとって至上の幸福だったぞ……ジョジョ!』

『オレだってなんかしなくっちゃあな…カッコ悪くてあの世に行けねーぜ……』

『悔いはない……心からおまえの成長が見れてよかったと思うよ……』

 今日もこうして、懐かしい人達の夢を見ている。
 共に戦った戦友や、敵として相見えながらも尊敬に値する魂を持った、誇り高き戦士達との別れ。
 それは確かに悲しい思い出だが、彼らは皆、自らの生命の全てを賭けて戦い、散って行った。
 だが、彼らから受け継いだ精神は、今もこうして自分の中に息衝いている。
 去ってしまった者達が遺したものは、生きている者が更に未来へと進めねばならない。
 それこそが、彼らの記憶を持つ自分が果たさねばならぬ運命だと信じられるからだ。

 だが今の自分は、課せられた運命を果たすべき場所にはいない。
 そのことに対する戸惑いと焦燥が、自分の中で澱のように横たわっている。
 ここは自分のいるべき場所では無い。そして、本来あるべき場所にて為さねばならぬことがある。
 自分はそれを知っているのだ。果たさねばならない運命が、自分にはあるということを。



「波紋疾走(オーバードライブ)!」
 今日も我がヴァリエール公爵家にやって来たジョセフ・ジョースターが、『波紋』と呼ばれる不思議な光を私の妹カトレアの体へと流し込む。
 波紋とは、独特の呼吸法によって体内に生命エネルギーを生み出す技術。
 今、ジョセフの体内で生み出された生命エネルギーが彼の手を通してカトレアの体へと伝わり、それによって一時的にではあるが、病弱な妹の体内に生命力が満ち溢れて行く。
 どことなくカトレアの顔がほんのりと上気しているように見えるのも、ジョセフの生み出した生命エネルギーが順調にこの子の全身を駆け巡っていることの証左なのだろう。
「……体の具合はどうかしら、カトレア」
 相も変わらず、何処からか拾って来た大小様々な動物達に囲まれた妹の自室で、壁際に寄り掛かる形で二人の様子を見守っていた私は、カトレアの体に波紋のエネルギーが染み渡った頃を見計らってそう尋ねる。
 ジョセフと向き合う形で椅子に座るカトレアは、普段よりも少し明るい感じのする笑顔を浮かべながら私の方へと顔を上げて答えた。
「はい、大丈夫です、エレオノール姉様。とてもいい気分ですわ。
 うふふ…何だか自分の体では無いみたい。これもジョースター先生のおかげですね」
「ニヒヒヒ、お褒めに預かり光栄の至り。ま、この俺様に掛かればざっとこんなモンさ」
「本当にありがとうございます、先生。病院の方もお忙しいでしょうに、わざわざこちらにまでお越し頂いて」
「なーに。美人の妹さんの為ともなりゃあ、そりゃあ一肌脱がせて頂きましょう。
 それに、妹さんがマジで病気で困ってるっつーなら、それこそ俺みてーな医者の出番だしな。
 俺の波紋が役に立つんだったら遠慮なく使ってくれて構わねーぜ?」
 カトレアの言葉にジョセフが、相変わらずの調子の良い笑みを浮かべて鷹揚な口調でそう言った。

 ここ最近、王都トリスタニアにおいて評判を得ている医者であるジョセフ・ジョースターに、私の妹カトレアの定期往診を依頼してから既に一月以上。
 彼が患者の治療に用いている波紋の力と、我がヴァリエール家が古くからお世話になっている係り付けの先生と相談しながら調合した魔法薬を併用することで、生まれ付き病弱なカトレアの体調は、ほんの僅かではあるが回復の兆しを見せていた。
 例えば、それまでのカトレアには、ごく普通に歩いているだけでも何時よろけてしまうのかわからない危うさが常に付き纏っており、実際にそのまま倒れ込んでしまったことも一度や二度では無い。
 しかし今では、少し長い時間を歩いた所で、以前のように倒れたりするようなことは殆ど無くなったし、一日に咳き込む回数も随分と減ったようだ。
 それに、出された食事をあまり残さなくなったことから、食欲の方も少しずつ増進しているらしい。
 日を追う度に、少しずつではあるがカトレアの体は少しずつ健康へと近付いている。
 この子の様子を傍で見ている私にも、その実感がはっきりと伝わって来ていた。

「……では、今後も遠慮なくこき使わせて貰おうかしら?」
 私は少し意地の悪い口調でそう言って、カトレアと向き合う形で椅子に座っているジョセフの許に近付いて、そのまま彼に向けて小さな皮袋を放り投げる。
 ジョセフは片手で器用にそれを掴み取り、中身を確かめるように何度かそれを軽く宙に浮かせる。
 その度に、チャリチャリと金属同士が擦れ合う音が部屋の中に響いて来た。
「ヒュウ、結構入ってんな。っつーても、まーだイマイチこの国の金に関しちゃよーわからねーんだが…
 ま、食うに困らねー量があんなら問題ねーか。いや毎度どーも、エレオノールの姐さん」
 何度かその動作を繰り返してから、やがてジョセフは金貨の詰まったその袋を懐へと収めた。
「言ってくれるわね。こちらとしては、充分な金額を支払ってるつもりなのだけれど?」

 そう。この男は軽く言ってくれたが、袋の中には結構な量の金額が入っている。
 少なくとも、一ヶ月程度ならば平民であるこの男が楽に暮らせるぐらいの量はある筈だ。
 ジョセフに対する一月分の診察料として、私が決めて支払っているのがそれだけの金額だった。
 週に一、二度の往診と言う労働時間を鑑みれば、破格の報酬と言っても良いだろう。

「らしいな。っつーかコレ、どーやら俺が思ってる以上に大金みてーだな。
 この前も妖精亭の連中に見せたんだが、皆思いっきり腰を抜かして驚いてたっけか。
 いやあ、あん時は皆からプライドが傷付いたー!だの、何か奢れー!だのと喚かれて大変だったぜ」
「こちらにとっても決して安い金額では無いわ。平民の貴方達ならば尚更でしょうね」
「おやま。っつーことは何カナ?どーやら姐さんってば俺のコトを相当高く買ってくれちゃってるワケね。
 ひょっとして俺に惚れちまったのかい?ナハハハ、いやまったく、モテる男は辛いネ!」
「……貴方を正当に評価していればこそよ。医者としての、貴方をねぇッ!」
「あ、そーなの?」
 冗談として聞き逃すにはあまりにも悪趣味に過ぎるジョセフの言葉に、私は声を荒らげて反論する。
 しかし当のジョセフは私の怒りなど柳に風とばかりに、相変わらずの調子の良い笑顔を崩さずに続ける。
「そりゃー残念な話だね。妹さんの診察を始めてから結構経ったが、今でもこーしてあんたが同伴してるっつーコトは姐さんが愛しの俺様に会いたいからだと思ってたんだケド」
「誰が!貴方のような平民如きにッ!私はカトレアが心配だからここにいるのよッ!
 何処かの誰かさんのような女ったらしのお医者様がこの子の部屋に入り込んでいるからねぇッ!」
 目の前に置かれていたテーブルに手の平を叩き付けながら、威嚇するような形で私はジョセフに向けて吼える。
 その衝撃で、使用人達に運ばせておいたティーセットの類が派手な音を立ててテーブルから浮き上がり、部屋の中で飼われているカトレアのペット達の何匹かが今の音に驚いたように身を竦める。

「オイオイ……最初に妹さんの容態を見てくれっつって来たのは、姐さん、あんただろ?
 だから俺も遠慮なく、美人でナイスバディな妹さんのお部屋にお邪魔させて頂いてるってワケなんだが」
「意味が違うわ!貴方のような男と二人きりにしていたら、妹が何をされるかわかったものじゃないと言いたいのよ!」
 私は眉根を寄せて、目一杯にジョセフの顔を睨み付けてやる。
 この男の魂胆はわかっている。どうせあれこれと心にも無い冗談を口にすることで、こちらの反応を見て楽しんでいるだけなのだろう。
 自分がこの男のペースに乗せられていることは自覚しているのだが、しかしそうした冗談の全てを黙って見過ごせる程、私は心の広い人間という訳でも無い。
 結果として、疲れるのはいつも神経を逆撫でされ、怒鳴ってばかりのこちらの方。
 しかし、だからと言ってここで退く訳にはいかない。
 下手に彼を放ったらかしにしておいたら、それこそカトレアが何をされるかわかったものでは無い。
 何しろこの男は平民の分際でありながら、初対面の私にさえ、あんな真似をするような男なのだから――

「………むぅぅ」
「ン?姐さん、何だかまた顔が赤いぜ?風邪には気をつけろっていつも言ってるじゃないか。
 もういい加減若くないんだし、下手に無理してあんたまで倒れちまったら本末転倒だろーが」
「ち…違うわよ!そっ、それに今何と言ったぁ!?だぁれがもう若くないですってぇぇぇ!?」
「ありゃ、思ったより元気だな?しかし姐さん、そーやってカッカしてばっかだと本気で早く老け込んじまうぞ。
 そうなりゃ折角の姐さんの美貌もダイナシだぜ。お肌の曲がり角を過ぎた今こそ、こーゆーコトはもっと気を使わにゃあならねーんじゃねーの?」
「一体誰のせいだとお思いなのよッ!!貴様という男はぁぁぁぁぁッ!!!」
 ええい、まったく以って腹立たしい。
 いちいち私の怒りを触発するような一言一言も不愉快だったが、何よりもこの男が私の目の前で、こうやって平然とした態度で軽口を叩いていられるという事実が何よりも許せなかった。

 人の唇を一方的に奪っておいて――よくもそんな真似が出来るものだ。

 私など、今でも初対面時に受けたあの仕打ちを思い返しては、やり場の無い感情に振り回されることも珍しくは無いというのに、この男にとって私とのキスは何と言うことの無い、些細な出来事に過ぎないというのだろうか。

 多分、本当にどうでもいいのだろう。
 このジョセフ・ジョースターと言う稀代の助平男に掛かれば、貴族との接吻などと言う大それた真似も、初対面の客に対するちょっとしたコミュニケーション程度の認識にしかならないに違いあるまい。
 だがこれでは、未だにあの出来事を気に病んだままでいる私一人が馬鹿みたいではないか。
 こんな平民の男などに、この私がこうまで翻弄される羽目になるとは、まさに一生の不覚と言う他は無い。
 カトレアの治療の為にわざわざこうして出向いてくれることだけは感謝しているが、そうでなければこんな無礼極まりない平民風情などを我がヴァリエール公爵家の邸内に入れたりする筈も無かった。

「それにッ!!」
 再びテーブルに手の平を叩き付けて、私は少しわざとらしいくらいの口調で一喝する。
 これ以上ジョセフの顔を見ていたら、また余計なことばかり思い返してしまいそうだった。
 私は感情の矛先をこの男に対する怒りに転化することで、逆に落ち着きを取り戻すべく言葉を続ける。
「いちいち貴方なんぞに言われなくとも、美容にはしっかりと気を遣っておるわ!
 もしこれが無駄になるとしたら、無駄に私の神経を逆撫でする何処かの誰かさんのせいでしょうよ!
 えーもう、おかげ様でここ最近、私の血圧は下がることを知らなくなりましたからねぇ!!」
「む、そりゃあいけねーな。どうやら姐さんにも俺の波紋が必要みてーだな…。
 どれ、お手を拝借。この俺様に掛かりゃあ、今の姐さんが抱える問題も全部スッキリ、キッカリバッチリ、パーフェクトに解決してみせちゃうぜ?」
「ほほーう、それは夢のあるお話だわねえ?……いい加減、お調子に乗るのも大概になさいな。
 これ以上つまらないことを言うつもりなら、この場でそっ首刎ね落としてやるわ」
「オーケイ。わかった姐さん、だからその手に持った鞭だけはカンベンな。
 俺別にソッチ系の趣味はねーし、何よりソレで打たれたらこっちの方が病院送りになっちまわあ」
 そこでようやく、ジョセフは両手を挙げて降参のポーズを取る。
 これまた口先ばかりで、心の底から反省している素振りなど欠片も見られなかったが、それもいつも通りのことなので最早いちいち指摘する気にもなれなかった。
「うふふ……」
 得も言われぬ疲労感すら覚えて来た所で、不意にカトレアが口を挟んで来る。
 何だかやけに嬉しそうなこの子の表情が私の心に引っ掛かって仕方が無い。
 それが私の単なる気のせいで無かったことは、果たして次にカトレアが口にした言葉によって証明される。
「お二人とも、いつも仲がお宜しいんですのね。もしかして、私ってばお邪魔虫なのかしら?」
「……カトレア。一体何をどう見たら、そういう意見が出て来るのか聞かせて貰いたいものだわね……」
 実に不穏当極まりない発言を言ってのけるカトレアに、私は頭を抱えながらも言い返しておく。 
 カトレアはいつも通りの穏やかな物腰で、しかし今の言葉には一片の冗談も滲ませてはいなかった。
 要するにこの子は、先程までの私とジョセフの応酬を見た上で、なお私達の仲が良好であるという結論に達した訳である。
 何だか物凄い勢いで私の頭が激痛を訴えて来ている気がするのは、決して私の錯覚ではあるまい。

「大体、お邪魔虫とは何よ。こうしてわざわざ、この不埒千万な女ったらしのお医者様を呼び付けているのも、元はと言えば貴女の為じゃないのよ」
「オーノー、なんつーヒデェ言われよう。俺、レディには優しい紳士のつもりなんだけどなー」
「なぁにが紳士よ、そんな締まりの無い顔をしてッ!どうせ普段から若い女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしてるんでしょうが、このエロ医者!スケベ医者!」
 大袈裟な口調で肩を竦めるジョセフに向かって、私は即座に怒声を叩き付けて黙らせておく。
 彼の病院まで手伝いに来ているという近所の娘達だけでは飽き足らず、初対面の私にあんな真似をしておいて、その上患者であるカトレアにまでちょっかいを出そうとする男なんぞを、どうして紳士として認められようか。
 カトレアの姉として、ヴァリエール公爵家の一員として、そんな馬鹿な話を許すわけにはいかない。
「ふふ、そうでした。ジョースター先生に来て頂いているのは、本当は私のせいでしたわね。
 ありがとうございます、先生。私もエレオノール姉様も、先生には本当に感謝しておりますわ」
 ひたすら激昂する私とは正反対に、カトレアはあくまでも暢気に笑いながら、ジョセフに向き直って深々と頭を下げる。

 しかし、この子はこの子で一体何が言いたいのだろう。
 やけに持って回った言い回しのカトレアの言葉が気になって仕方が無かったが、その意味を深く考えて行くと、それはそれでまた何とも言えない不愉快な気分に陥りそうだった。
 毎回、おかしな誤解はするなと釘を刺しているつもりなのだが、悲しいことにこの問題についてカトレアが私の言葉を聞き届けてくれたことは一度たりとて無かった。
 まったくこの子ってば、お姉様のことを何だと思っているのかしら。
 昔から妙に勘が鋭く、他人の考えなど全てお見通しみたいな所もあるけれど、今回ばかりはそのお眼鏡も大外れのようね。
 先程のジョセフの冗談じゃあるまいし、貴女が思っているようなことなんて絶対にあり得ないんですからね。

「ニョホホホ、そうやって優しい言葉を掛けてくれんのは妹さんだけだぜ。
 エレオノールの姐さんってばいっつもこんなカンジだし、もォ少し妹さんを見習っておしとやかになってくれねーかなァ。
 まッ、とは言え姐さんの感謝の気持ちってヤツなら、コイツで充分伝わって来てるんだが」
 そう言って、先程私が放ってやった診察料を服越しに指差しながら、ジョセフは横目でこちらに視線を送って来る。

「なあ妹さん。この金って、確か平民の俺が貰える金額にしちゃあ、ものスゲェ大金なんだよな?」
「そうですね…生憎と私はこんな体ですから、直接お金を使う機会も殆どありませんでしたけれど……
 確かにそれだけの額になりますと、すぐに用意するのは少々難しいのではないでしょうか」
「やっぱりな。いや、姐さん程の偉い貴族サマともなれば、力尽くで俺を引っ張っても良さそうなモンだろう。
 あんた達の前でこんなコト言うのも何だが、この国の貴族なんて呼ばれる連中は、大概が魔法を使えねー平民を見下してる連中ばっかだしな。
 自分達が何か言やあ他人は皆従って当然、みてーに思ってる所があるもんな」
 ウチに来る貴族のお客にもそういう連中が多いんだ、とジョセフは肩を竦める。

 まあ、否定はしない。このハルケギニアにおいて、貴族と平民の身分格差は極めて厳格な物だ。
 両者を分け隔てる壁は『魔法』という能力の有無――この一点に尽きる。

 魔法とは平民には決して持ち得ない絶大な力。
 だからこそ、その力を持つ貴族は自らの能力と精神を研鑽し、大勢の民の前に立って力無き平民を守るべき義務がある。
 その代わりに平民は貴族を敬い、平時においてはその身を以って貴族に奉仕する義務がある。
 これも一種の共存関係と言っても良いだろう、我々ハルケギニアの住人は事実そのようにして今まで人間社会を構築・維持し続けて来たし、私とてこの社会構造が間違っているとは思っていない。

 とは言え、自らが持つ魔法の力を傘に着て平民を軽んじて見ようとする貴族が多いことも確かだった。
 相手が魔法という絶対的な力を持つが故に、平民は貴族に対して抵抗することが出来ない。
 貴族は生まれながらにして平民より圧倒的優位に立っているという事実が、貴族という人種を増長させていることは否定出来ない。

 今のジョセフの指摘も尤もなのだ。
 本来ならば、我々貴族は常にそれを自戒せねばならない立場にいる筈なのだが、それを実行に移すことの出来る貴族が、果たして今の世の中に何人いることやら。

 しかし、それでもやはり単なる平民に過ぎないジョセフが貴族に対してこんな口を利いている段階で、普通は打ち首にされても文句を言えない無礼極まりない行為に相当するのは否定出来ない所だ。
 ここが今、まさにその貴族の屋敷の一つであると言うのに、相変わらず口かさの無い男だ。
 自分が如何に恐れを知らぬ発言をしているのか気付いた風でも無く、ジョセフは更に言葉を続ける。

「だが、そーゆー貴族の皆サマ方の中でも特にプライドの高そうな姐さんが、よりにもよって平民のこの俺に頭を下げた挙句、こんだけの大金をポーンと渡して来るなんざ、どう考えてもよくよくのコトに違いねーわな。
 コイツは要するに、エレオノールの姐さんが妹さんのことをメチャクチャ心配していて、且つ妹さんの体を治せそうなこの俺に相当期待してるってコトでもあるワケだ」
「…この際、貴方の貴族評については聞かなかったことにしてあげるとして、姉が妹の心配をするのは当然のことでしょう。
 妹の体調が良くなる可能性があると言うなら、それに期待して何が悪いと言うの?」
 こうしてジョセフが回りくどい物言いをする時は、大抵何かろくでもないことを企んでいる時だ。
 次に彼が何を言い出しても即座に対応出来るように、私は手に握り締めたままの鞭を握る腕に少しだけ力を込める。
 だが、次の瞬間にこの男が口にした一言は私の予想の範疇を遥かに超える物だった。

「いんや、何も悪くねえ。姐さんの言う通りさ。だから俺もよ~くわかっちまうんだよネ。
 そーゆーことをサラリとやってのける姐さんが、本当は妹想いのスッゲエ優しい人だってことが、さ」
「………っ…!?」

 ジョセフのその言葉は本当に、あまりにも予想外で。
 私は一瞬、自分が何を言われているのかわからなくて、言葉に詰まったまま何も言い返すことが出来なかった。

「アレアレー?もしかして姐さんってば照れちゃってんのォ?」
「な!な、な、何を言っているのよ…!ひ…人をからかうのもいい加減になさいな!
 勿体付けて何を言い出すかと思えば、何よ、突然、いきなり……そんな…心にも無いようなことを……」
「からかうなんて、それこそ心外だぜ。俺は本気でそう思ってるんだがなー。
 あんたがどれだけ妹さんの身を案じているか、心の暖かい人なのか、そんなの見てりゃあすぐわかるさ。
 実際、今日もさっきから散々っぱら妹さんのことであーだこーだと釘を刺されまくってるワケだし。
 ま、普段の性格はキッツイけど、姐さんのそーゆートコロって俺は結構好きだぜ?」
 私の目をはっきりと見据えながらジョセフは迷いの無い口調で言って来る。
 彼の様子からは冗談を言っている様子など全く感じられない。
 だからこそ、たった今投げ掛けられた彼の言葉に、私はどうしても動揺を隠せずにはいられない。

 優しい?私が?
 なんということだろう。他人からそんなことを言われたことなんて初めてだ。
 私達の末の妹であるルイズや、我が父ヴァリエール公爵ですら、私に向かってそんな言葉を口にしたりはしなかった。
 父様は今でも私の気性の激しさを御しかねているようだし、魔法学院に入学するまでの間に厳しく躾けてやったルイズは私という姉の存在を敬遠し、家族の中で唯一あの子に優しく接していたカトレアにばかり懐いていた。
 依然として気は進まないが、あのバーガンディ伯爵様から一方的に婚約破棄を突き付けられたのも、私のこうした性格がそもそもの要因なのだと、いい加減に認めなくてはならない頃なのだろう。
 身内の評価ですらこうなのだから、ヴァリエール家の外部の人間に至っては言わずもがなである。

 それなのに、このジョセフ・ジョースターという男は。
 普段は軽口ばかり叩いていて、可愛い女の子と見ればすぐ鼻の下を伸ばしているようなお調子者の癖に、どうしてこんなことを言って来られるのだろう。
 まったく、本当にこの男は気に入らない。理解出来ない。
 だからこそ――意識してしまって仕方が無い。

「フフフ、そーやってうろたえてるトコロとかを見てると、普段はおっかねェ姐さんも可愛く見えるな。
 そんなカンジでもーちっとばっかし気の抜けた顔も見せておけば、もっと男にモテると思うんだケドね」
「う…うるさいわね!な、何よ、あ、貴方の言うことなんか、誰が真に受けるものですか…!」
「ホントにホントの話なんだがなー。俺って女に隠し事はしてもウソは言わねーモンネ。
 よっしゃ。姐さんがそこまで言うんだったら、肝心の妹さんの意見も聞いてみようじゃないか」
 そう言ってジョセフは、戸惑ってばかりの私を余所に、視線をカトレアの方へと向けて言葉を続ける。
「なあ妹さんよォー、妹さんは長年共に暮らして来た自分の姉貴についてどう思ってるんだい。
 俺としては、あんたやもう一人いるっつー末の妹さんにとって、このエレオノールの姐さんはかなりイイ姉貴なんじゃねーかと思うんだが?」
「ふふっ…ジョースター先生の仰る通りですわね。ええ、私にも良くわかります。
 エレオノール姉様のお優しさを、姉さまが私やルイズのことを本当に心配してくださっていることを。
 私達がどれだけ姉さまから愛されているのか…それを考えると、胸が一杯になりそうですわ」
「カトレア…!あなたまで、一体何を……」
「私は幸せ者ですわね。エレオノール姉様やジョースター先生、父様、母様、私達の小さなルイズ。
 それに他にも沢山の方々が……私一人なんかの為に、こんなにまで良くして下さっているんですもの。
 皆様のお気持ちに何もお返し出来ないことが、本当に心苦しいぐらいに」
「………カトレア」
 滔々と、まるで独り言のように呟かれるカトレアの言葉が、室内に広がっては消えて行く。
 普段通りの穏やかな微笑の端に、ほんの少しだけ、悲しさと悔しさの入り混じった歪みを見せながら、カトレアは静かに、しかしはっきりと次に続く言葉を紡いで行く。

「エレオノール姉様、ジョースター先生。私、皆様にお会いすることが出来て、本当に良かったと思っています。
 こんなに大勢の人達に囲まれて、私一人では抱えきれないくらいに沢山の物を頂いたんですもの。
 ……ふふ、出来ることなら、私のことを支えて下さった皆様の為に、何か恩返しをしたいのですが…
 私がそれを望むのは、欲張りなことなのかもしれませんわね。
 それさえ叶えることが出来たら、私にはもう、何も思い残すことなんて無いのに」
 この子の細い肩がほんの少しだけ震えている。
 あくまでも穏やかな口調で綴られたその言葉は、しかしこの子の心の奥底から搾り出されたかのような、強い意思を感じさせる何かが込められていた。

 ――ああ、そうか。今、この子はきっと怯えているんだ。
 自分が今口にした言葉を噛み締めるように薄く目を閉じているカトレアの姿を見て、私は不意にそんなことを思った。

 この世界に生を受けてから、常に死と隣り合わせの日常を送らざるを得なかった可哀想な私の妹。
 今までカトレアがそんな自分の運命とどう向き合って来たのかは、姉である私にすら知る術は無い。
 だが、この子の優しさは、そんな過酷な運命を背負っているからこそ手に入れた物なのだろうと思う。
 誰よりも死に瀕した場所に立っているが故に、他の生命に対する愛情を惜しみなく注ぎ、自分の代わりに最期まで精一杯生きて欲しいと願う。
 カトレア自身が自覚しているかどうかはわからないが、そうやって自分には叶えることの出来ない願い、生きることに対する希望を他者に託すことによって、この子もまた自らが生きた証をこの世界に遺したがっているのかもしれない。

 思えば、この子が浮かべる笑顔は子供の頃から何も変わっていない気がする。
 他の生命を心より慈しみ、愛しく思う慈愛に満ちた表情を、カトレアはずっと長い間浮かべ続けている。
 きっとその頃から、この子は既に自らの運命を受け入れる覚悟を決めていたに違いあるまい。
 与えられた猶予期間の中で自分に出来る精一杯のことをやり続けながら、ただ静かに最期の時を待つ。
 それこそがこの子がこの子なりに出した、自分の背負った運命に対する答えなのだろう。

 だが、今この瞬間、カトレアは確かに自分の背負う『運命』に恐怖しているのだと私には感じられた。
 それは恐らく、自分自身の『死』その物よりも、寧ろ皆を置いて一人だけ先に逝ってしまうことが、どれだけ後に残される人達を悲しませることになるのか。
 自分が運命を受け入れることによって、今まで自分のことを想ってくれた人達を他ならぬ自分自身の手で傷付けてしまうという、まさにその部分から生じる苦痛が、この子にとっては病魔に身を食い破られるよりも遥かに耐え難い痛みとなってしまうのだろう。

 今までにも、私や両親はそれこそ八方手を尽くしてカトレアの体を治療する為の方法を探し続けて来たのだが、結局ジョセフ・ジョースターに出会うまで、私達はこの子を救う為の方法を見つけ出すことは出来なかった。
 あの日々の中で、私はどれだけ悔しさと腹立たしさを覚えたことだろう。
 愛する妹が目の前で苦しんでいるのに、それを救ってやることが出来ないでいる自分自身への無力感と絶望に、私は幾度と無く苛まれて来たものだ。
 カトレアは多分、そんな私の姿を見るのが嫌だったのだと思う。
 人一倍勘が鋭くて、誰よりも他人の心情を慮ることの出来るこの子のことだ。
 私や両親が思い悩んでいる様を見て取った時、持って生まれたこの身体のせいで、逆に自分自身が家族を深く傷付けてしまっているのではないかと言う罪悪感を抱いたとしても不思議ではない。

 今まで、この子が私や父母達に対して、自らの抱える苦悩の感情を吐き出したことなど一度も無い。
 どんな形であれ、死を恐れるのは生命ある者としては当然のことにも関わらず、その恐怖をカトレアは今までずっと一人で抱え込んで、誰の手にも届かないように自分の心の中へと閉ざし続けて来た。
 例え自分がどうなろうと、皆が悪いんじゃない。皆が自分の体のことで気に病む必要なんて何処にも無いのだ。
 これは自分で受け入れることを決めた運命なのだから大丈夫なのだと言う風に、何時だってこの子は私達の前で微笑んでいた。


「……何を言ってるのよ」
「え?」

 そんなカトレアの強さと優しさを、私は誇りに思う。
 自らは死に瀕しているにも関わらず、あくまでも私達家族のことを案じるなんて簡単に出来ることでは無い。
 きっとカトレアは、私が考えているよりも遥かに強くて、そして誰よりも優しい子なのだ。
 この子の優しさに、私も含めてどれだけの人間が救われて来たことだろう。
 ただひたすらに皆を愛し、そして皆から愛されるこの子の存在が、私は愛おしくてたまらない。

 ――だからこそ私は思う。妹の分際で、この私にそんな気を遣おうなどと百年早いのだ、って。

 例えこの子自身が受け入れた物だとしても、愛する妹を勝手に奪い去ろうとしている『運命』の存在など、この私が断じて許さない。
 名誉あるヴァリエール公爵家に生まれながら、満足に魔法を使うことが出来ないという業を背負ったルイズのことだってそうだ。
 私がアカデミーの研究員という立場を手に入れたのも、そもそもは妹達をずっと苦しめ続けて来た『運命』と戦い、討ち滅ぼしてやる為なのだ。
 まだその戦いに決着は付いていない。絶対にカトレアとルイズを助けてやるんだ。
 例えこの子達が自らの運命にどのような結論を出したとしても、それでまたこの子達が辛い思いをすると言うのならば、黙って見ていることなんて出来はしない。

 私は最後まで足掻いてみせる。
 これはもう、私自身が背負うことを決めた『運命』なのだから。

「……もう思い残すことが無いなんて、そんな馬鹿なことを言うんじゃないの。
 貴女にだって、まだ沢山やりたいこと、やらなくちゃいけないことがある筈よ。
 それを見届けるまでは、姉さまは貴女の側を離れるつもりはありませんからね」
 私はカトレアの手を取って、自分の両手で優しく包み込んでやる。
 普段はひんやりと冷たい感触のする妹の手が、今はジョセフの流した波紋のせいか、ほんのりと暖かみを帯びている。 其処から伝わるこの子の確かな生命の息遣いを感じて、私は少しだけ自分の手に力を込めた。
「エレオノール姉様……」
「ほら、しゃんとしなさい。誇り高きヴァリエール家の人間ともあろう者が、そんな情けない顔をする物ではないわ。
 貴女がそんなことじゃあ、あのおちびのルイズにだって笑われてしまうわよ。
 折角体の具合も良くなって来ているんですもの、今度ルイズが帰って来る頃までには、今よりもっと元気になってあの子をびっくりさせてあげなさいな。
 ふふ……あの子が目を丸くして驚く姿が今からでも目に浮かぶようだわ」

 泣き虫で意地っ張りで、いつもカトレアに甘えていたルイズの顔が今は無性に懐かしい。
 最後にあの子と会ったのは何時の頃だっただろうか。
 何だかもう随分と長い間、ルイズの顔を見ていないような気がする。
 満足に魔法が使えないという事実と、それによって周囲の人間から与えられ続けて来たプレッシャーが、どれだけルイズの負担になったのかは想像に余りある。
 私もその一翼を担った人間だ。
 きっとあの子から見れば、私はさぞ意地悪で憎たらしい姉として映ったことだろう。

 あの子の為を想ってのこととは言え、ずっと厳しく接し続けてしまった私の分まで、ルイズに姉としての優しさをたっぷりと注いでくれたのはこのカトレアだ。
 ルイズが本当に辛い思いをした時、あの子の全てを優しく抱き止めて来たカトレアの存在が、どれだけルイズの心の支えになっているのかは、あの子がカトレアに懐いている姿を見れば一目瞭然だった。

 カトレアだってそうすればいいのだ。
 人一倍体が弱い癖に、他人のおせっかいばかり焼いているこの子に対して、姉として一種の腹立たしさすら覚える時がある。
 本当に辛い時、苦しい時には、誰かに縋り付いてその胸の内を思いっきり曝け出せばいい。
 私達は家族なのだから、自分の体のことで変に申し訳無く思う必要なんて何処にも無い。
 この子からすれば、私や家族に心配を掛けまいとして気丈に振舞っているつもりだろうが、それこそ余計なお世話と言う物だ。
 妹なら妹らしく、何も考えずにお姉様に甘えればいい。
 血を分けた家族の前でまで、そんな無理などしてみせなくてもいいのだ。
 まったく、普段は大人しくて聞き訳が良い子だと言うのに、こうやって肝心な所では精一杯に強がって見せる辺りは、やはりこの子も私やルイズと同じくヴァリエール公爵家の血を引く頑固者らしい。

「カトレア。もし貴女が何かを望むと言うなら、遠慮無く私に言ってごらんなさい。
 姉様がきっとその願いを叶えてあげる。何時だって姉様は貴女の力になってあげるわ。
 だからその分、貴女も姉様の言うことをちゃんと聞いてその体を治して行きなさい。
 いいわね?また何かおかしなことを言って、姉様を困らせたりしたら許しませんからね」
 カトレアの目を真っ直ぐに見据えながら、私はゆっくりと言葉を続けて行く。
 よくよく考えれば、こうしてカトレアに説教めいたことを言うのは初めてかもしれない。
 だが、たまには良いだろう。意地っ張りのこの子には頼るべき姉の存在がいることを、この機会にたっぷりと思い知らせておこう。
「でもね、姉様は貴女に無理をしろなんて言わないわ。辛い時には辛いってはっきりと言えばいいのよ。
 全部…とまでは行かないかもしれないけれど、姉様にだって多少なりとも貴女の負担を軽くしてあげることは出来る筈よ。
 まったく貴女って子は、昔から本当につまらない遠慮ばっかりするんだから。
 少し位なら欲張りになっても怒ったりなんかしないから、貴女もたまには姉様に頼ることも覚えなさいな」
「……っ…エレオノール…姉様…」
 私の手を握り返して来るカトレアの細い指先に、ゆっくりと力が込められて行く。
 こちらを見上げるこの子の顔が、今は何時に無く不安に怯えた頼りない物のように見える。

 それでいい。怖いことがあったのなら何でも姉様に言いなさい。
 姉様はどんな時でも貴女のことを守ってあげるんだから。
 そうこの子に言い聞かせるように、私は自信に満ちた笑顔を作ってカトレアに見せてやる。

「ほらほら、またそんな顔をして。折角の綺麗な顔が台無しじゃないの。
 笑える時はいつもみたいに笑っていなさい、姉さまは貴女の笑っている顔が一番好きなんですからね」
「……はい…はい、わかりました…エレオノール姉さま……」
 この子が握り返して来る方の手はそのままに、私はもう片方の腕を伸ばして、ほんの少しだけしゃくり上げながら私の言葉に応えるカトレアの頭をそっと撫でてやる。

 まったくルイズのことと言い、本当に私は妹を泣かせてばかりの意地悪な姉のようだ。
 カトレアにとって、自分の胸の内を曝け出すという行為が、どれだけ思い切りの必要なことなのかわかっていながら、それでもなお私はこの子にそれを求めているのだから。
 しかし、それでも私はカトレアが私の言葉にここまではっきりと感情を露わにしてくれたことを嬉しく思う。

 今はそれだけ聞ければ十分だ。
 きっとカトレアも、私の気持ちをわかってくれたのだと思うから。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー