ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-59

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「土くれのフーケ?彼女が?」
ウェールズが唖然とした表情のまま、ルイズに問いかける。
マチルダが土くれのフーケだという事実は、あまりにも予想外だったのか、アンリエッタもウェールズと同じようにきょとんとした表情で固まっている。

「どこから話そうかしら…そうね、私が『死んだ』時のことから話しましょうか」

ルイズは、呆然としている二人に、土くれのフーケとの馴れ初めを話し出した。
吸血鬼になったルイズが、魔法学院を自主退学しようとした日は、奇しくもアンリエッタが魔法学院に立ち寄った日だった。
ロングビルとしてオールド・オスマンの秘書をしていたフーケは、アンリエッタが来る日に宝物庫の警備が手薄になると気づき、ゴーレムを用いて物理的に宝物庫を破壊しようとしていた。
宝物庫にはヒビが入っており、そこを土に練金してしまおうと思ったが、固定化を崩すことができなかった。
そのためゴーレムを用いて物理的に宝物庫の壁を破壊した。
フーケは、集まってくる衛兵の目を誤魔化すためゴーレムを囮として走らせ、その隙に反対方面に逃げようとした。
その時偶然、馬車に乗って立ち去ろうとするルイズが、フーケの姿を目撃しており、すぐさま追跡を開始した。
人間よりはるかに鋭敏な吸血鬼の五感を用いて、ルイズはフーケを追跡し、隠れ家を発見した。
そしてルイズはフーケと戦った、土くれのフーケがロングビルだったのには驚いたが、それ以上にルイズの心を支配したのは『喜び』だった。
情報収集のための手駒を欲していたルイズは、フーケをやんわりと説得し、協力を約束してもらった。

「ちょっと待ちなよ、どこが説得だよ、あの時アタシ本気で怖かったんだからね」
ルイズの説明を聞いていたマチルダが口を挟む、それを聞いてルイズはすこしむっとした顔で言い返す。
「何よ、あなた無抵抗な私を鉄で押しつぶすわ火で焼くわ、殺そうとしてたじゃない。私はぜんぜん手出ししてないわよ」
「よく言うわ、あんな殺気ぷんぷんさせて見つめられたら誰だって身を守るために攻撃するわよ」
「そう?」

ウェールズは「ははは…」と力なく笑った、苦笑と言った方がいいかもしれない。
アンリエッタを見ると、彼女もウェールズと同じように驚いていた。
ワルドは既にフーケのことを知っているので驚きはしなかったが、ルイズが楽しそうに喋っているのを見て、ほんの少しだけ嬉しそうにはにかんでいた。



「コホン……ルイズは私のこと騙してらしたのね。ずるいわ、もう」
アンリエッタがぷいと横を向いて拗ねてしまったが、どこかかわいらしい。
フーケのことを黙っていたのが気に入らないのか、演技がかった仕草で顔を逸らしている。
ルイズは「ごめんね」と言ってアンリエッタの手を取った。
「ごめんなさいね、アン。クックベリーパイの食べ方なんて、そんな細かいクセまで覚えていてくれて、私は嬉しかったわ…でもフーケの事まで言って良いのか、その時はまだ判断できなかったの」
アンリエッタはルイズの謝罪を聞いて、ふぅとため息をつき、一呼吸置いてから呟いた。
「仕方ありませんわね。土くれのフーケと言えばトリステインを騒がせた大盗賊ですもの。それにあの時の私は単なるお飾りでした…フーケのことを黙っていたのは、むしろ英断だったかもしれません」
ふとマチルダの表情を伺うと、アンリエッタを値踏みするような目で見つめていた。
一瞬だけ視線が交差すると、マチルダはふぅとため息をついてルイズに視線を移した。
「ルイズ。そろそろちゃんと説明してくれないかい。アタシをこの二人に紹介して何をしようってのさ」
「そうね、じゃあ説明をするけど…その前に仕掛けをしておかないとね」
ルイズが腕を前に出すと、腕に仕込んだ杖が筋肉によって押し出され、手のひらに三分の一ほど露出した。
それを握りしめ、静かにルーンを唱えていく、詠唱時間の長さからそれが『虚無』のルーンであることが予想できた。
ルイズは、屋根裏部屋の窓際に移動し、部屋の入り口である小さめの扉に向かって杖を向けた。
周囲から霧のようなモノが集まり、ぐにゃりと景色が歪むと、ルイズは杖を腕の中に収納してため息をついた。

「フーーっ……『イリュージョン』を使ったわ。衛兵が来ても音が漏れなければ大丈夫よ。無人の部屋に見えるわ」
そう言ってルイズは部屋床に座り込む、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「ルイズ、大丈夫?疲れたならベッドで横になった方が…」
アンリエッタがルイズの身を案じてくれたが、ルイズは首を横に振った。
「これぐらい大丈夫よ。ちょっと疲れただけ。気にしないで。……それじゃあマチルダを引き込んだ理由を、王子様から説明して頂こうかしら」

ウェールズはこくりと頷いてから、マチルダの方に向き直った。
「ミス・マチルダ。アルビオンから亡命・疎開した者は、確認されているだけでも二千人。そのうち540人が既に死亡している」
マチルダの眉がピクリと動いた。
「君を襲ったのは、私の部下達だ……だが彼らはニューカッスルと運命を共にし、僕を逃がすために皆死んでいったはずだ。生きているはずがない」
ウェールズの視線が、ワルドに移る。
「ラ・ロシェールで君を襲った連中の顔を、彼にも確認してもらったよ」
マチルダもワルドの顔を見る、偶然ワルドが通りかからなければ、今頃自分は死んでいた。
ワルドはちらりとマチルダに視線を移すと、おもむろに口を開いた。
「僕はニューカッスル城で、クロムウェルが死者を蘇らせるのを目の当たりにした。あの時生き返った近衛兵と同じ顔をしていたんだ。クロムウェルはアルビオンの衛士を操り人形にし、脱走者狩り、亡命者狩りをしている。
リッシュモンの元に出入りしている商人は、レジスタンスにも接触しているとアニエスから報告があった。それ以外のカネの流れを見ても、リッシュモンがアルビオンと繋がっているのは間違いない。」

「リッシュモンね…そいつ、ヘドが出るわ」
マチルダが呟く、その言葉はこの場にいる一同の思いを代弁していた。
ルイズが膝に手を置き、ゆっくりと立ち上がる。
首を左右に振るとゴキゴキと骨の鳴る音がした。
「ここからが大事なところよ。逃げ延びた者の話によると、レコン・キスタはレジスタンス狩りと称して、都市部だけでなく農村部にも捜索の手を伸ばしたと言っていたわ」

「……!」
マチルダの目が強く見開かれる。
ティファニアが危ない…そう思うと、居ても立っても居られなくなる。
マチルダはルイズに向き直ると、内心の焦りを隠そうともせず、強く言い放った。
「まどろっこしいね、アタシに何をして欲しいのか、見返りは何なのかとっとと言っておくれよ!」

ルイズは笑みを見せることなく、こくりと頷いた。
「ワルド共に街に出て、リッシュモン狩りを手伝って貰いたいの。これが私からの要求よ」
「見返りは?」
「リッシュモン狩りが終わり次第、私とワルドは『虚無』の魔法を駆使してアルビオンに潜入する予定なんだけど……そこに、貴方を追加してあげる」
「アタシをアルビオンに連れて行ってくれるのかい?アルビオンに到着した後は、アタシは何をすればいいのさ」
「ティファニアを守ってあげて」
「…それなら、言われるまでもないよ」
「交渉成立ね」
「何が交渉よ、はじめからアタシをハメる気じゃないか…」
「ごめんね…貴方の家族を引き合に出したら、確かにフェアじゃないわよね」
「フン…ああ、そうだそうだ、折角だから今ココで質問させて貰おうかね」

マチルダは、ウェールズとアンリエッタを睨み付けた。
とうの昔に貴族の立場を追われた身だが、心の何処かで『無礼だ』と自分に言い聞かせている気もする。
「ティファニアの身の安全は、保証して貰えるんだろうね? でなければ…今度こそアンタを殺す」
殺気を隠さずに話すと、いつになく低い声が出てしまう。
マチルダは本気で、ウェールズに殺意を向けていた。
「始祖ブリミルに誓って。そして彼女の従兄妹として、約束する」
ウェールズはマチルダの殺意に怯えることもなく、力強く頷く。
「私も約束いたしますわ、ミス・ティファニアは私にとって従姉妹にあたります。彼女が日の目を望むのならそれを、望まぬのならそのままに彼女を守りましょう」

二人の言葉を聞いたマチルダは、身をかがめ、恭しく跪いた。

小一時間後、ワルドの遍在とアニエスは、リッシュモンの家の近くで身を隠し、機会をうかがっていた。
アニエスは馬に乗ったままじっとリッシュモンの邸宅を見張っており、ワルドはその傍らに立っている。
アニエスに背負われているデルフリンガーも、こんな時に無駄話をするほど野暮ではない。

体の冷えを感じた頃、リッシュモンの屋敷に動きがあった、静かに扉が開かれると、年若い小姓が顔を出していた。
年の頃は十二、三歳ほどだろうか、頬の赤い少年がカンテラを掲げて、恐る恐る周囲を見渡している。
辺りに人の気配がないと思ったのか、小姓は門の中に姿を消し、すぐに馬を引いて姿を現した。
小姓は馬に飛び乗ると、カンテラを持ったまま馬を走らせ、繁華街の方角へと走り出した。
アニエスはそれを見て、薄い笑みを浮かべると、小姓の持つカンテラの明かりを目指して追跡を開始した。
ワルドはアニエスの馬に飛び乗ると、自身とアニエスに『レビテーション』をかけ、馬の負担を減らした。

小姓はかなり急いでいるようで、後ろからでも必死に馬に掴まっているのが解る、アニエスは気取られぬ程度に距離を保ち、ひたすら小姓を尾行していった。

しばらくすると小姓の乗る馬は高級住宅街を抜け、繁華街へと入っていった、繁華街と言ってもその奥にはいかがわしい店もある、いくら急いでいるとはいえ、リッシュモンの小姓が繁華街の裏通りに入っていくのは怪しすぎた。
途中、女王を捜索する兵士達や、夜を楽しむ酔っ払いの脇をすり抜けて、目的の場所にたどり着いた。
アニエスは少し前から馬を下り、ワルドの『サイレント』で足音を消しながら小姓を追いかけている、裏路地をいくつか曲がったところでアニエスは、小姓がある宿屋に入る瞬間を目撃した。

「小姓はメッセンジャーだ、あれが出て行ったら中に入ってくれ」
「わかった」
アニエスはワルドに指示すると、宿屋に入り小姓の後を追った。
ワルドは宿屋の前を通り過ぎ、別の角度から入り口を見張る。
魔法衛士であったワルドは剣状の杖を愛用していたが、剣状の杖は目立つので今は所持していない、義手に仕込んだ杖を取り出して、右手で杖の重さを確かめつつ待つこと五分。

ワルドは、宿屋から小姓が出てくるのを見届けると、ルーンを唱えて義手を外した。
その間に小姓は馬に跨って、夜の街へと消えていく。
それを見送りながら、ワルドは外した義手を鞄の中に入れると、ローブを脱ぎ捨てて腕を露出させた。
レビテーションの応用で頭に布を巻き付けると、そのままゆっくりと宿屋の中に入っていった。

隻腕の傭兵など珍しくない、ワルドが宿屋に入ると、店の者はワルドを一瞥しただけで、特に興味も示さなかった。
ちらりと二階に続く階段を見ると、階段からアニエスがワルドに視線を向けていた。
ワルドとアニエスが二階へと移ると、アニエスは小声で客室の番号を呟いた。
「203…そこに間者がいる。合図をしたら扉を吹き飛ばしてくれないか、時間をかけて鍵を開けていたら逃げられてしまうからな」
「扉を吹き飛ばすのは簡単だが、証拠まで吹き飛ぶぞ」
「そのときは自白させる」

ワルドはアニエスの言葉を聞き、にやりと笑みを浮かべた。
腰に差した杖を握りしめると、短く一言『エア・ハンマー』のルーンを口ずさむ。
瞬間、木製のドアが粉々に砕け散った。
間髪いれず、剣を引き抜いたアニエスが中に飛び込む、中では商人風の男が、驚いた顔でベッドから立ち上がり杖を握りしめていた。
男は部屋に飛び込んできたアニエスにも動じることなく、素早く杖を突きつけルーンをつぶやいた、それによってアニエスの体が空気の固まりに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
商人風の男がアニエスにとどめの呪文を打ち込もうとしたとき、不意に自分の腕が視界から消えた。
ワルドの『エア・ハンマー』が、商人風の男の、杖を持つ手に直撃したのだ。
男はあらぬ方向に曲がった手を見て、ほんの一瞬呆気にとられたが、すぐさま逆の手で床に落ちた杖を拾おうとした。
だが、立ち上がったアニエスが、杖を取ろうとした男の腕を剣で貫いた。
「うがあっ!?」
そのまま床に転がった杖を蹴飛ばすと、アニエスは捕縛用の縄を掴んで男を捕縛する。
商人のようななりをしている中年の男だが、目には戦士のような眼光が宿りぎらついている、それなりの実力を持った貴族なのかもしれない。
「動くな!」
アニエスが男を捕縛して猿ぐつわを噛ませたところで、何人かの宿の者や客が集まって、部屋を覗き込もうとしていた。
「手配中のこそ泥を捕縛した。見せ物ではないぞ」
そうワルドが呟くと、宿の者はとばっちりを恐れて、顔を引っ込めた。

リッシュモンからの手紙を見つけると、アニエスはその内容を確かめ笑みを浮かべた。
他にも机の中や、男の服の中、ベッドの下などを洗いざらい確かめていくと、いくつもの書類や手紙が見つかった。
アニエスはそれらを纏めると、内容を確かめるため、一枚ずつゆっくりと読み始めた。
「なるほど、この男か」
商人風の男を見て、ワルドが呟く。
「知っているのか?」
アニエスがワルドに問うと、ワルドは鞄から取り出した義手を装着しつつ答える。
「いや、見たことはない。僕に接触したアルビオンの間諜とは別の奴だ」
「そいつは?」
「一昨日始末したよ」
事も無げに言うワルドに、アニエスは「ほう」と簡単の声を漏らす。

「さて…親ネズミと落ち合う場所は…」
アニエスはいくつもの書類の中から、一枚の紙を見つけた。
それは建物の見取り図のようであり、いくつかの場所に印がついている、座席数から見て城下町の劇場に間違いはないだろう。
「貴様らは劇場で接触していたのだな? そしてこちらの手紙には『明日例の場所で』と書かれている…ならば例の場所とは、この見取り図の劇場に間違いないか?」
アニエスの問いにも、男は答えない。じっと黙ってアニエスから目をそらしている。
「答えぬのか。ふん、貴族の誇りとでも言うのか」
アニエスは冷たい笑みを浮かべると、床に突き刺した剣を抜いた。
そのまま男の足の甲に剣を突きたて、床に縫いつける、すると猿轡を噛まされた男がうめき声を上げ、体を硬直させて悶絶した。
そして、男の額に拳銃を突きつけ、静かに言い放つ。
「二つ数えるうちに選べ…生か、誇りか」
商人風の男は、額に汗を浮かべて狼狽えた。
ガチッ、という音が響き、撃鉄が起こされる。

ワルドはその様子を見て、何か思うところがあった。
『石仮面』の正体がルイズだと知らず、全力を以て石仮面を殺そうとした、あの時の自分とよく似ている。
石仮面を殺すことこそが自分の存在意義だと思いこんでいたあの時と、とてもよく似ている。
アニエスは、リッシュモンと、ダングルテールの虐殺に関わったすべての人間を殺すために、生きているつもりなのだろう。
だからこそアニエスは、復讐のためならどこまでも残酷になれる。

涙を流しながら、アニエスの尋問に答える商人風の男を見て、ワルドはやれやれと首を振った。

そして夜は明け、昼が近づく。
サン・レミの聖堂が鐘をうち、十一時を告げると、申し合わせたようにトリスタニアの劇場前に馬車が止まった。
馬車から降りた男は、タニアリージュ・ロワイヤル座を見上げた、リッシュモンである。
御者台に座った小姓が駆け下りて、リッシュモンの持つ鞄を持とうとしたが、リッシュモンがそれを制止した。
「よい。馬車で待っておれ」
小姓は一礼して御者台に戻った、リッシュモンはそのまま劇場の中へ入っていき、切符売りの姿を見た。
切符売りはリッシュモンの姿を認めると一礼し、そのままリッシュモンを中へと通してしまう。
高等法院長の彼にとって、芝居の検閲も職務の一つなので、彼の姿を知らぬ者は劇場にいないのだった。
中にはいると、客席は若い女の客ばかりだったが、席はほとんど空いている。
開演当初それなりの人気があった演目だが、役者の演技がひどいため評者に酷評され、その結果客足が遠のいたらしい。
リッシュモンは彼専用の座席に腰掛け、じっと幕が開くのを待った。





続いて劇場の前にやってきたのは、アニエスと、ワルドの遍在だった。
劇場の前でしばらく待っていると、二人の前にもう一人のワルドと、ウェールズ、そしてアンリエッタが姿を現した。
アンリエッタとウェールズは平民の服を着ていたが、その気品は見間違えようもない。
その姿を確認すると、ワルドの遍在はポン!と音を立てて煙のように消えてしまった。

アニエスとワルドは、アンリエッタの前で、地面に膝をついた。
「用意万端、整いましてございます」
アニエスが呟くと、アンリエッタがにこりと笑顔を見せた。
「ありがとうございます。あなたはほんとに、よくしてくださいました。そして子爵も…よくつとめて下さいましたね」
アンリエッタは、アニエスとワルドを労った。
辺りに気をつけていたウェールズが、遠くにグリフォンとマンティコアの姿を確認した。
獅子の頭に蛇の尾を持つ幻獣にまたがった、魔法衛士隊の隊長は、劇場の前に居た者達を見つめて目を丸くした。
「なんと!これはどうしたことだアニエス殿!貴殿の報告により飛んで参ってみれば、陛下までおられるではないか!」
苦労性の隊長は慌てた様子でマンティコアから降り、アンリエッタの元に駆け寄った。
「陛下! 心配しましたぞ! どこにおられたのです! 我ら一晩中……」
声を張り上げる隊長に向けて、アンリエッタは口を塞ぐジェスチャーをした。
口を閉じた隊長の前で、アンリエッタはフードを深く被り、必要最低限の声で呟いた。
「心配をかけて申し訳ありません。それより隊長殿に命令です。貴下の隊でこのタニアリージュ・ロワイヤル座を包囲して下さい。蟻一匹漏らさぬようにです」
隊長は一瞬、怪訝な顔をしたが、アンリエッタが姿を隠さねばならぬほどの重大な事件であると悟り、すぐに頭を下げた。
「御意」
「尚、事情はそちらのワルド子爵がご存じです。子爵、隊長殿に説明をした後、『彼女』に合流しなさい」
「御意に」
「な、子爵殿…!?」
ワルド子爵と聞いて、隊長は目を丸くした。
魔法衛士隊の中では、彼はトリステインを裏切ったなどと噂されているのだ。
事実、彼はトリステインを裏切り同胞を手にかけていたし、その事実も報告されている。
そんな彼が陛下の元でアニエスと行動を共にしていた……隊長は驚きと疑いのあまり、ワルドの顔をまじまじとのぞき込んでしまった。

「それでは、わたくしは参ります」
アンリエッタは、ウェールズと共に劇場へと消えた。
アニエスは別の密命があるのか、馬にまたがりどこかへ駆けていく。
隊長とワルドは立ち上がると、部下に劇場を包囲するよう命令を下した。
「…ワルド子爵、その、説明をして頂けるか?」
「長くなるぞ。まあ細かいところは後にしよう……さてどこから話そうか」
マンティコア隊隊長の問いに、ワルドは笑顔で答えた。

劇場の中で、幕があがり、芝居が始まる。
女向けの芝居なので、観客は若い女性ばかり。
役者たちが悲しき恋の物語を演ると、それに合わせてきゃあきゃあと黄色い歓声が上がる。

リッシュモンは眉をひそめていた、役者の演技が悪いからではない、若い女どもの声援が耳障りなわけでもない、約束した時刻になったのに待ち人が来ないのだ。

リッシュモンは、女王の失踪について、さまざまな考えを巡らしていた。
アルビオンからの間者が自分に何の報告もせず女王を誘拐したとは思えない。
トリスタニアにアルビオン以外の、第三の勢力があるのか、それとも単に自分を通さず行ったアルビオンの工作なのか……。
「面倒なことだな」
リッシュモンは、小声で呟いた。

そのとき、自分のすぐ隣に客が腰掛けた。アルビオンの間者だろうかと思ったが、そうではない、深くフードを被った女性がそこに座っていた。
その隣にも男が座っていた、どうやら二人組らしい。

リッシュモンは、小声で隣に座った二人組にたしなめる。
「失礼。連れが参りますので、よそにお座りください」
しかし、二人組は立ち上がろうとしない、リッシュモンは苦々しげな顔で横を向き、再度口を開いた。
「聞こえませんでしたかな? マドモワゼル」

「観劇のお供をさせてくださいまし。リッシュモン殿」
フードの中から覗く顔を見て、リッシュモンは目を丸くした。失踪したはずのアンリエッタがそこに居たのだ。
「せっかくの演劇です、相伴させて頂きましょう」
更にその隣に座る男は、よくよく見てみれば、ウェールズ・テューダーである。

アンリエッタは、舞台を見つめたまま、リッシュモンに問いかけた。
「これは女が見る芝居ですわ。ごらんになって楽しいかしら?」
リッシュモンは内心の焦りをおくびにも出さず、落ちつきはらった態度で、深く座席に腰掛けた。
「芝居に目を通すのは私の仕事です。そんなことより陛下、そして殿下…。お隠れになったと噂がありましたが。ご無事でなによりでございます」

「劇場で落ち合うとは、考えたものですわね。あなたは高等法院長ですし。芝居の検閲も職務のうち。あなたが劇場にいるのを不審がる人などおりませんでしたわ」
アンリエッタの言葉に、ウェールズが続く。
「今までは、ね」

リッシュモンの目つきが、ほんの少しだけ厳しいものに変わった。
「さようでございますかな。それにしても、私の何をお疑いで?私が、愛人とここで密会しているとでも?」
リッシュモンが笑う。しかし、アンリエッタは笑わず、まるで狩人のように目を細めた。
ウェールズは腰に差した杖を握りしめ、いつでも魔法が発動できるように心を落ち着けていく。

「お連れのかたをお待ちになっても無駄ですわ。切符をあらためさせていただきましたの」
そう言って、手に持ったメモを取り出す、それはリッシュモンが小姓に持たせた手紙だった。
「この切符、劇場ではなく牢獄の切符のようだね。この切符を受け取った商人は今頃チェルノボーグの監獄だよ」
ウェールズが皮肉たっぷりに言い放った。

「ほほう!なるほど、お姿をお隠しになられたのはそのためですか。私をいぶりだすための作戦だったというわけですな!」
「そのとおりです。高等法院長」
「私は陛下の手のひらの上で踊らされたというわけか!」
リッシュモンの口調が強くなると同時に、劇場の声が一斉に止んだ。
「まったく……、小娘がいきがりおって……。誰《だれ》を逮捕するだって?」
「なんですって?」
「私にワナを仕掛けるなど、百年早い。そう言ってるだけですよ」

気がつくと、今まで芝居を演じていた役者たち、男女六名ほどが、上着やズボンに隠していた杖を引き抜いていた。
アンリエッタとウェールズの二人に杖を向けると、若い女の客たちは、突然のことに驚き、わめき始めた。
役者の一人が観客に向かって叫ぶ。
「静かにしろ!顔を伏せていれば、殺しはしない」
劇場の中で風が舞う、メイジが脅しをかけるために風を作り出したのだ。
それに驚いたのか、観客は萎縮し、そのまま身を伏せてしまった。

だが、そんな状況にあっても、アンリエッタは毅然とした態度を崩さないで、リッシュモンに言い聞かせるように言葉を放つ。
「……信じたくはなかった。あなたが、王国の権威と品位を守るべき高等法院長が、かような売国の陰謀に荷担しているとは……」
「陛下は私にとって、未だなにも知らぬ少女なのです」
「貴方は、私が幼い頃より、わたくしを可愛がってくれたではありませんか、わたくしを敵に売る手引きをしたのは、私を未だに少女だと思っているからでしょう」
「その通り。貴方は無垢な、いや無知な、少女。それを王座に抱くぐらいなら、アルビオンに支配されたほうが、まだマシというものですな」

ウェールズは内心は怒りに燃えているが、多数のメイジに囲まれたこの状況では何もできなかった。
「私を可愛がってくれた貴方は、偽りだったのですか?」
「主君の娘に愛想を売らぬ家臣などおりますまい」

アンリエッタは、自分の信じるべき家臣がまた一人減ってしまったのかと、悲しみに目を閉じた。
信じていた人間に裏切られるのは辛いが、裏切られたわけではない、この男は出世のために自分を騙していたのだ……と自分に言い聞かせた。
この作戦を発案したアニエスと、それを実行に移す決意をしたウェールズがいなければ、自分はリッシュモンの正体に気付かぬまま過ごしていただろう。
リッシュモンの言うとおり、自分は子供なのかもしれない。

でも、もう子供ではいられない……アンリエッタは毅然とした口調で、リッシュモンに告げた。
「あなたを、女王の名において罷免します、高等法院長。おとなしく、逮捕されなさい」
「ははは!野暮を申されるな。これだけのメイジに囲まれて、逮捕されるのは貴方がたでしょう。陛下だけでなく殿下の命もこの手に握れるとは、いやはや私の日頃の行いはよほど良いと見える」
「外はもう、魔法衛士隊が包囲しておりますわ。さあ、貴族らしいいさぎよさを見せて、杖を渡してください」
「まったく……、小娘がいきがりおって……。かまわん、痛めつけてやれ」
リッシュモンがそう言うと、次の瞬間、ドォン!と、何十丁もの拳銃の音が轟いた。
音響を考慮された劇場の中で、まるで雷鳴のようにも聞こえ、皆の鼓膜を叩く。

拳銃の黒煙が晴れると、役者に扮したメイジたちが、舞台の上で無惨な姿をさらしていた。
体中にいくつもの弾を食らい、呪文を唱える間もなく撃ち殺されているのだ。
リッシュモンの顔色が変わる、余裕の笑みは消えており、目を丸くして客席を見ていた。

客席に座っていた女性達は、実は皆銃士隊の隊員たちだった。
銃士隊は、全員が若い平民女性で構成されているため、リッシュモンにも、役者達にもその正体が見抜けなかった。

ウェールズが立ち上がると、アンリエッタに杖を手に持つよう促す。
そしてリッシュモンに冷たい声で言いはなった。
「リッシュモン殿。 銃声は、終劇のカーテンコールだ」

リッシュモンは、ふらふらと立ち上がると、高らかに笑った。
銃士たちがいっせいに短剣を引き抜き、ウェールズが杖を向ける。
気がふれたかと思えるほどの高笑いを続けながら、リッシュモンはゆっくりと舞台に上る。
その周りを銃士隊が取り囲み、剣を向けていた。何か怪しい動きを見せれば、即座に串刺しにする態勢だった。
「往生際が悪いですよ! リッシュモン!」
アンリエッタが叫ぶ、だがリッシュモンは笑みを崩さない。
「ははは…まったく、ご成長を嬉しく思いますぞ、陛下! 陛下は実に立派な脚本家になれますなぁ!この私をこれほど感動させる大芝居……くくくく」
リッシュモンは大げさなな身振りで両手を開くと、周りを囲む銃士隊を見つめた。
「さて陛下……陛下が生まれる前からお仕えしている、私からの、最後の助言です」
「おっしゃい」
「昔からそうでございましたが、陛下は……」
リッシュモンは舞台の一角に立つと、足で、どん!と床を叩いた。
ウェールズが即座に『エア・カッター』を唱えようとしたが、それよりも早くリッシュモンの足下が落とし穴のように開かれた。
「詰めが甘い!」
リッシュモンはそう言い残すと、身をかがめてまっすぐに落ちていった。
銃士隊が駆け寄り落とし穴の中を見ようとするが、即座に床が閉じてしまい、押しても引いても開かない。
「銃士隊!離れろ!」
ウェールズがそう叫び、エア・ハンマーを床に打ち込む。
ドン!と音がして床板が弾けたが、床板の下から出てきたのは頑丈そうな鉄板であった。
ガーゴイルか、ゴーレムか、何らかの強固な魔法技術で作られた仕掛けのようだ。
「出口と思わしき場所を捜索!急いで!」
アンリエッタはそう叫ぶと、悔しさに唇をかみしめた。

リッシュモンが逃げた穴はいざという時の脱出路であり、リッシュモンの屋敷まで地下通路で一直線に繋がっている。
屋敷まで戻れれば何とでもなる、集めた金を持ち、アルビオンから送られてくる間者に協力を求めれば、アルビオンで再起も可能だ。
リッシュモンは杖の先に魔法の明かりを灯しつつ、亡命計画を反芻していた。

「しかしあの姫にも、王子にも困ったものよ」
リッシュモンは亡命した後のことを考えて、顔を醜く歪めた。
クロムウェルに願い出て、一個連隊預けてもらおう。
そして今度は、アンリエッタを捕まえて、ウェールズに見せつけるように辱めてから殺してやる。

そんな想像をしながら、地下通路を歩いていると、あるはずのない人影が見えた。
リッシュモンは思わず後ずさり、人影に向かって杖を向け身構える。

「おやおやリッシュモン殿。変わった帰り道をお使いですな」
暗闇の中から姿を現したのはアニエスだった、薄い笑みを浮かべてリッシュモンを見据えている。
「貴様か…」
リッシュモンは笑みを見せて答えた。
この秘密の通路を知っているのは痛いが、メイジではない、ただの剣士ごときに待ち伏せされても何のことはない。
リッシュモンは他のメイジ同様、剣士というものを軽く見ていた。
「ふん、どけ。貴様と遊んでいる暇はない。この場で殺してやってもよいがな」
リッシュモンの言葉に、アニエスは銃を抜いた。
「…私はすでに呪文を唱えている。あとはお前に向かって解放するだけだ。二十メイルも離れれば銃弾など当たらぬ。命を捨ててまでアンリエッタに忠誠を誓うか?そんな義理など、平民の貴様にはあるまい」
「陛下への忠誠ではない」
アニエスが殺意を含んだ声で答えた。
「なに?」
「…ダングルテール」

アニエスの言わんとしていることに気付き、リッシュモンは笑った。
リッシュモンの屋敷を去るとき、わざわざダングルテールの事をアニエスが問いかけていたが、その理由がわかったのだ。
「なるほど、貴様はあの村の生き残りか!」
「貴様に罪を着せられ、なんの咎もなかった、わが故郷は滅んだ」
アニエスは、唇をかみしめ、腹の底から絞り出すような声で言いはなった。
「貴様は、わが故郷が『新教徒』というだけで反乱をでっちあげ、焼き尽くした。その見返りにロマリアの宗教庁からいくらもらった?」

リッシュモンは、にやりと唇をつりあげ、笑った。
「金額など聞いてどうする、教えてやりたいが、賄賂の額などいちいち覚えておらぬわ。聞いたところで貴様の気など晴れまい?」
「浅ましい奴だ。金しか信じておらぬのか。”元”高等法院長」
「ハハハ!おまえが信じる神と。私愛するカネと、いかほどの違いがある?……ああ、卑しい身分の信じる神など、貴族の愛するカネと比べれば塵芥にも等しいわな」

すぅ、とアニエスの頭が冷めていった、怒りで熱くなるのではなく、怒りが体から温度という感覚を失わせている。
これ程の怒りがかつてあっただろうかと、アニエスは思った。
「殺してやる」
「お前ごときに貴族の技を使うのは勿体ない、が、これも運命かね」
リッシュモンは短くつぶやき、呪文を解放させると、杖の先端から巨大な火の玉が出現してアニエスに向かって飛んでいった。

リッシュモンは、アニエスが苦し紛れに拳銃を撃つかと思ったが、アニエスは拳銃を捨ててマントを翻した。
バシュウ!と音がしてマントが燃える、アニエスは水袋を仕込んだマントで炎を受け止めたのだ。
だが火の勢いは弱くなるだけで、消えたわけではない、残った火球がアニエスの体にぶつかり、身に纏った鎖帷子を熱く焼いた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああッ!」
しかしアニエスは倒れない。
体が焼け付く痛みと恐怖を乗り越え、剣を抜き放ちリッシュモンに向かって突進した。
自分が絶対優勢だと信じて疑わなかったリッシュモンは、思いがけない反撃に慌て、次の呪文を放った。
風の刃がアニエスを襲う、鎖帷子と板金で作られた鎧が致命傷を防いでいるが、体に無数の切り傷を負ってしまう。

更に次の魔法をリッシュモンが唱えようとした瞬間、アニエスはリッシュモンの懐に飛び込み、リッシュモンの体ごと地面に転んだ。
「うお……げぷっ」
リッシュモンの口からは、呪文ではなく、赤い血が溢れた。
アニエスの剣がリッシュモンの体を貫通し、柄まで深くめり込んでいたのだ。
「貴様は、剣や銃など、おもちゃだと抜かしたなっ……これは、これは武器だ、我等が貴様ら貴族に一矢報いんと、磨き続けた牙だ、このまま、死ね…!

アニエスは全身に火傷と切り傷を負い、気絶しそうな痛みの中で、剣をねじり込んだ。
ごぼごぼと、リッシュモンが大量の血を吐き、手に持った杖が地面へと落ちるた。

バシュゥ!と音が鳴って、リッシュモンの姿が、木目の浮かぶ人形に変わる。
「!?」
アニエスが驚くと、アニエスの体に空気の固まりが衝突した、アニエスは地下通路の壁に叩きつけられてしまったが、辛うじて頭を打ち付けずに済んだ。
だが、あまりの衝撃に呼吸が乱れ、声が出せない。

通路の奥に目をやると、そこには、無傷のリッシュモンが杖を翳していた。
「ふん、アルビオンを脱出した『騎士』が平民のフリをしていると聞いたが…どうやら貴様ではないようだな」
リッシュモンはそう言って、人形の胸に突き立ったアニエスの剣を引き抜く。
「詰めが甘い、主君に似て貴様も詰めが甘いな、これは『木のスキルニル』という魔法人形だ。血を垂らせばメイジでも平民でもまったく同じ姿を取り、身代わりになってくれるのだよ、言うなれば魔法で動く影武者だ」
そう言うと、リッシュモンはアニエスに近づき、眼球の寸前で剣をちらつかせた。
「目か?鼻か?耳か?お前の牙でお前を削いでやりたいところだが、時間もない。スキルニルを倒した手並みに敬意を表し、心臓を突いてやろう」
「……が………貴様ァ……!」
アニエスがリッシュモンを睨んだ、だがリッシュモンはそれに笑みを返すほど、余裕の態度を見せている。
「新教の神とやらに”なぜ助けてくれないのか”と恨み言でも言うがいい」
リッシュモンは、ゆっくりと剣を振り上げ……

瞬間、土煙が舞った。
慌ててリッシュモンが剣を突き刺そうとするが、なぜか剣が動かない。
リッシュモンは、すぐさま剣から手を離し、後ろに飛び退きつつルーンを詠唱した。
先ほどより一回りも二回りも大きい火球が杖の先端に現れ、土煙に向かって放たれる。
だが、その火球は、土煙の中からゆらりと姿を現した、片刃の大剣に飲み込まれ消滅してしまった。
「な、なん……」
リッシュモンが狼狽え、更に後ずさる。
轟々と音がして土煙が消えていく、よく見ると、天井に穴が開き、そこから土煙が逃げていた。

土煙が貼れると、一組の男女がリッシュモンの前に立ちはだかっていた。
一人は茶色の髪の毛を靡かせた少女で、不釣り合いなほど大きな剣を持っている。
もう一人はリッシュモンのよく知る男、元魔法衛士隊グリフォン隊隊長の、ワルド子爵であった。
「アニエス、生きてる?」『よう、大丈夫かねーちゃん』
「………?」
やっと呼吸が落ち着いてきたアニエスは、激痛に絶えながらルイズの顔を見上げた。
よく見ると、ルイズの降りてきた穴の向こうで、マチルダが地下通路をのぞき込んでいる。

「ばかな!土のトライアングルでもこの通路は破れんはずだ!」
リッシュモンが狼狽えて声を荒げたが、ルイズはそれを聞いて笑みを浮かべ、上を見上げた。
「トライアングルじゃ無理みたいだけど、ホント?」
「こりゃ手抜き工事だね。トライアングルがライン程度の仕事しかしてなかったんじゃないかい?」
ルイズが問いかけると、穴の上からマチルダが答えた。
「ま、深さだけはそれなりだと認めてやるけどね」

マチルダはそう言って腕を組んだ、地下通路は二十メイル以上深くにあり、土くれのフーケと呼ばれたマチルダでも探すのは困難だった。
だがひとたび探り当てれば、そこまで練金で穴を掘ることぐらい容易い。

「裏切り者のワルド子爵までご一緒とはな、驚かされる」
「裏切り者か、お互い様だな」
ワルドが氷のような笑みを浮かべて答えると、リッシュモンは恐ろしさのあまり体を震わせた。

ルイズが上を見上げて、マチルダに呟く。
「アニエスの怪我が酷いわ、水のメイジを呼んで」
「アタシが呼ぶのかい?」
「メイジじゃなくて銃士隊の隊員に言えばいいでしょ」
「わかったよ」
マチルダの姿が見えなくなると、ルイズは改めてリッシュモンを見た。

リッシュモンもまた、ルイズを見ている。
「…その剣…まさか貴様が『騎士』か」
「答える義理はないわね」
ルイズが両手を左右に広げ、わざとらしいジェスチャーをすると、リッシュモンが杖を向けてルーンを唱えた。
ルイズの持つ剣は、魔法を吸収するマジックアイテムだと考えたリッシュモンは、その長さを見て地下通路で振り回すには大きすぎると判断した。
もう一度スキルニルを使えば逃げ切れるかも知れない、そう考えて牽制のために魔法を放ったのだが、それよりも早くルイズが一瞬で間合いを詰めた。
次の瞬間、地下通路の壁ごとリッシュモンの腕を斬り飛ばした。

ぼてっ、と腕の落ちる音を聞いて、リッシュモンが悲鳴を上げる。
「……ああ あああああああああああああうわああああああああああああああ!!」

「次は僕の番だな」
ワルドがそう呟くと、レビテーションを唱えてリッシュモンの体を浮かせた。
ゆっくりとリッシュモンの側に近寄ると、ワルドは小声で囁く。
「リッシュモン、僕の母の味はどうだった?」
「ひぃ、ひいい……」
「リッシュモン、僕の母の味はどうだった?」
「ああ、あああうううう」
「リッシュモン、僕の母の味はどうだった?」
「ひっ……ああ、あの、何のことだ」
「リッシュモン、僕の母の味はどうだった?」

ワルドはリッシュモンから視線を外さず問いつめていく、リッシュモンは全てバレていると思い、観念したのか、震える声でこう答えた。
「か、彼女は、とても聡明で、わ、私は彼女を気に入っていた」
「リッシュモン、僕はそんなことを聞いているんじゃない、おまえは僕の母を抱いたんだろう?どうだった?」
「とても、そうだ、とても美しかった、はは、はははは…」
「なら未練はないな」

脂汗を浮かべ、渇いた笑いを出したリッシュモンだったが、不意に『レビテーション』が解かれて背中から地面に落ちた。
うぐ、とうめき声を上げ、無防備になったリッシュモンの股間を、ワルドは勢いよく踏みつぶした。
「       ひ 」
ぶつっ、と何かが潰れた音が、地下通路に響いた。

「悪趣味な問いをするわね」
ルイズがそう呟くと、ワルドは苦笑して答える。
「自分でもそう思うよ」
ワルドは、アニエスの剣を拾い上げると、アニエスの腕を掴んで立ち上がらせた。
「うっ…」
アニエスは、体を走る痛みに耐えようとしているが、こらえきれずに声を上げてしまう。
「僕は両親を殺されたが…君は故郷ごと滅ぼされたそうだな。止めは君が刺すんだ…君にはその権利がある」
そう言って、ワルドがアニエスに剣を手渡すと、アニエスはワルドの手を振り払い、剣を杖代わりにしてゆっくりとリッシュモンに近づいていった。
口を開き、ヨダレを垂らして硬直しているリッシュモンに近寄ると、アニエスは剣を胸に突き立て、ゆっくりと力強く差し込んでいく。
リッシュモンは体をよじらせて、逃げようともがくが、既に剣は心臓を貫いている。
「ごぼっ、ごあ、あぶっ」
今度こそ本物のリッシュモンが、血を吐き出して悶え苦しみ、体を震わせた。
しばらくすると、白目を剥いて背を逸らし、リッシュモンは息絶えた。

「…ハァッ……ハァ…」
アニエスは息を荒げ、リッシュモンの亡骸を見つめた。

あっけない。

何の達成感も、なんの感動もない。

ただ、虚しいだけだった。

アニエスは、虚脱感に襲われると同時に、その意識を手放した。



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