ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

24 揺れる誇り、折れる正義

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匿名ユーザー

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24 揺れる誇り、折れる正義

自分の部屋に帰ってきた。心なしか安らぐ。人が生きるには自分の世界が必要だ。例えどんなに小さくても、だ。
人形が二つ、置きっぱなしになっている。可愛らしい白磁の少女。精悍で豪奢な青年。廊下を挟んだ反対側の壁にもたれかかって、無表情にルイズの部屋を眺めている。
ここの廊下に西に開いた窓はない。薄暗い廊下に佇む人形に、いつ動きだすとも知れぬ不気味なものを感じる。
このままにしておくのは気が引ける。既に今日も、他の生徒が部屋の前を通ったはずだ。不審に思われただろうか。まず間違いないだろう。
剣を机の上に投げ出す。ルイズは廊下に出て、人形を部屋に入れる。小さい方は剣の横へ。そちらは片手ですんだが、大きい方はそうはいかない。持ち上げようとして倒れる。やたらと重い。木じゃなくて金属製か。
体勢を崩した人形の下から這い出る。裏返して肩の下から手を回し、ひきずって部屋に入れる。誰かに見られはしないかと見回す。誰もいない。みんな授業中か。キュルケもか?
苦労して運び入れ、ドアの横に座らせる。ベッドに腰掛ける。静かだ。体の疲れを実感する。

しばし、何も考えずにぼんやりと過ごす。気付けば異物に目がいっている。首が少し垂れ、薄ら笑いの相。見ていて落ち着かない。
立ち上がり、歩み寄る。人形の首と姿勢を直す。戻る。まだだ。知らない顔があるのがいけないのかと思い、首を180度捻って後ろを向かせる。ひどい違和感。ルイズは顔をしかめる。
結局元に戻す。目を閉じて溜息。ベッドに身を投げ出す。たかが人形一個で、なにをドタバタしているんだろう。組んだ手を枕代わりに、天井を見ながら考える。
男の形をしているのがいけないのか。だったら使い魔はどうなる。そこまで考えて気付く、こんなことは使い魔に任せればよかったのだと。
「あー…あ」 大きく伸び。デーボなら自分で歩かせるぐらい出きるだろう。勿論、それ以上の事も。伸びがぎくりとこわばる。
置いてある剣を見る。学院長室での説明。掴んで、「絞って」、捨てる。想像がつかない、したくもない。
起き上がり、また人形のもとへ。やっぱり外へ出そうか。ルイズは腕を組む。
その時、何かがカタカタ鳴った。机の上だ。剣が身を震わせている。手にとって、鞘から抜く。
「どうしたの?」 錆びた刀身に話しかける。低い音。なんだ?
「いや、おめえが行ったり来たりするのが面白くってな。…すまん」 半笑いの釈明。震えの正体は、声を殺して笑っていた反動らしい。
人形に気を取られている一部始終を、人以外のものに見られていた。自分はそれに気付かない。なにか、今の自分にとって象徴的な気がした。

ドアが鳴った。今度はなんだ? 剣を睨み、鞘に収める。ドアを開ける。
くたびれたローブを着た、頭の禿げた中年教師が杖を片手に立っていた。「炎蛇」のコルベール。訳のわからない道楽を授業に持ち込むせいで、生徒からの評判は芳しくない。
そして、それよりも。ルイズにとっては使い魔との契約を強いられた方が問題だ。土くれのフーケが死んだのも、元をただせば先生のせいと言えなくもない。
さらりと出てきた考えに、我ながらげんなりする。事件に対する半端な関与のせいか、どうにも現実感がわかない。
死体を見ていないからかもしれない。ルイズは思う。まるでゴーレム自体が盗みを働いて、暴れまわったような印象だ。
「何か御用ですか?」 不埒な考えを頭の隅に追いやって、ルイズは聞く。まさか個人的な用事ではあるまい。
「ああ、うん。ミス・ヴァリエール、学院長がお呼びだよ。話があるそうだ」 心なしか憔悴した顔で答えるコルベール。声にも張りがない。
ルイズの持っている剣に目を落とす。それはインテリジェンスソードかい? そうです。どうかしましたか?
「それも一緒に持ってくるように、とのことだ」 ああ、使い魔の彼が起きられるなら、彼も一緒につれて来てくれ。頼みたいことがある。
それじゃ、準備が出来たらすぐに来てくれたまえ。言うだけ言うと、コルベールは踵を返す。キュルケの部屋のドアをノックする姿が見える。ルイズはドアを閉める。
頼みたいこと。一体なんだろう? 剣に聞く。何か心当たりある?
「さあな。けど他の剣じゃなくて俺なんだ、喋れか黙れかだろうよ」 そういうと剣は口をつぐんだ。考えてもわからない。ルイズは部屋を出る。

本塔に向かう途中でデーボを見つけ――歩道の敷石を無視して、芝生の上を歩く大男は目立つ――、剣を持たせて学院長室へ向かう。
日は傾き、もうすぐ西の山へかかる。デーボがそれを指差し、あっちが西かと訪ねた。ルイズは呆れる。当たり前じゃない。
「月が二つあるのも当たり前か」 そうよ、当然よ。頭の上から溜息。使い魔の顔を見る。傷だらけの顔。眩しげに顔をしかめている。人間臭い表情に、ルイズはなんだかホッとする。
あとは二人ともだんまりだった。ルイズには苦にならなかった。得体の知れない安心感。夕日に照らされ、二人の影が長く伸びる。

昼に来た時と違い、今は不思議と落ち着いている。観察眼にも若干の余裕。西日が差し込むその部屋はガランとして見えた。
「何度もすまんのう、ミス・ヴァリエール」 少し座って待っててくれ、まとめて話がしたいんじゃ。穏健そのものの口調でソファを勧めるオールド・オスマン。
遠慮すべきかどうか迷っている内にドアがノックされ、コルベールに引きつられたキュルケとタバサが入ってくる。
キュルケがこっちを見る。なんだ、無事だったんだ。そんな表情。睨み返す。
おほん、と空咳をするオールド・オスマン。これで全員そろったようじゃ。始めるとするか。にっこりと笑う。

途中まではさっき聞いた話だった。学院長には悪いと思いつつも、退屈を紛らわせるために視線をさまよわせる。
学院長の座する机の横にコルベール先生。なんだろう、苦痛に耐えるかのような表情。ああ、もしかして? いや、止めよう。下司の勘繰りだ。
机の前にルイズと並んで立つ、キュルケとタバサ。横目で窺う。
フーケの正体と彼女の死を聞いた時の、二人の反応が印象に残った。大袈裟に口を開け、両手でそれを隠すキュルケ。虹彩を絞る以外に、微動だにしないタバサ。
そして、デーボ。部屋の隅でソファの背に寄りかかっている。自分が手にかけた人間の話にも、眉一つ動かさない。

「――という訳で杖も戻ってきた、多少汚れたがの。一件落着じゃ。そう、学院にとっては一件落着じゃが――」 歯切れの悪い言葉。視線を戻す。
「君たちの『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう」 何だ? 話が見えない。
学院長は穏やかに続ける。君たちの功績を考えたら当然のことじゃ。大の大人がしり込みするなか、破壊の杖を取り戻したのじゃからな……。
「フーケを取り逃したとはいえ、な」 え? 取り逃がした? 死んだんじゃなくって? デルフリンガーは死んだと言った。嘘をついた?
ルイズは混乱する。こちらを窺うオールド・オスマン。
「ああ、といっても、ミス・タバサは既に爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」 だめだ、理解不能のままに話が進む。
「あの「そして、もちろんミス・ロングビルにもじゃ。爵位だけでなく、勲章もな」 質問の声は遮られた。そしてその内容。意味がわからない。
「彼女は勇敢に盗賊と戦った。ゴーレムに潰されるその瞬間まで、いや、死んでも杖を話さなかった。彼女こそ『シュヴァリエ』の名にふさわしい。そうは思わんか?」
理解可能。嫌悪感で血が冷える。保身だ。
宮廷にはそう報告したのか。質問する。
「そうじゃ」 学院長は重々しく言う。まさか、ありのまま言うわけにもいかないからのう。
ありのまま。ルイズはやっと気付いた。責任の一端は自分にもあるのだと。
まんまと宝物庫に侵入され、杖を盗まれた。当直は寝ていたという。事件を王室に隠し、子供に盗賊を追わせた。罠にかかっているとも知らずに。
そのとどめに、殺してしまった。尋問もなし、裁判もなし――あればあったで、まず確実に死刑だろうが――。国を軽んじ、面子を潰す行為。
ありのまま報告すれば処罰は免れまい。学院も、たぶん自分も。使い魔の功績は主人のもの、咎は使い魔のもの。口ではそんな風に嘯くが、現実はそうはいかない。

使い魔を切り捨てるような真似はしたくない。王室を裏切るのも、自分を裏切るようで嫌だ。自分が罰せられれば、学院長の手管も無意味なものになる。学院全体に責が行く。
どちらかを選ばなくてはならない。悩む耳に声がする。
「それで構わないと思う」 タバサが部屋に入ってきて、初めて口を開く。顔は相変わらずの無表情。彼女も、腹の底で何か計算しての発言だろう。
「そうね、タバサが言うなら私も構いませんわ」 キュルケが言う。生きてるだけでも儲けものだしね。そう小さく呟き、こちらに目を向ける。
キュルケにも思惑があるのだろうが、それよりも気になるものがあった。タバサが言うなら。他人など蔑ろにしていそうな彼女にも、信頼できる友人がいる。
自分には友人は、いない。いるとすれば使い魔か。魔法が使えないことを心底恨めしく思う。
ふと思いつく。デーボには叙勲は無しか? 即座に却下。聞くまでもないことだ。使い魔は平民だし、なにより犯罪者じゃないか。
キュルケの視線。学院長の視線。デーボは。見ようとしてこらえる。主人は自分だ。使い魔は手足だ。手に意見される頭などいない。
真実と憂鬱な未来か、嘘と爵位のついた生活か。
「……謹んで、お受けいたします」 たっぷり1分も考えただろうか。ルイズは首を縦に振った。満足そうに頷くオールド・オスマン。
「これで本当に一件落着じゃ」 学院長はうれしそうにそう言って、ぽんぽんと手をうつ。この話はこれでおしまい、とでもいうように。

「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。事件も解決したし、予定通りに執り行う」 何事もなかった。その宣言。間断なく続く日常への回帰。
キュルケが歓声を上げる。切り替えが早い。責任を負わなければ、自分も顔を輝かせていたか。
難しいだろう。『シュヴァリエ』。その称号に足る成果を、自分達は確実にあげてはいない。仮に学院長の嘘の通りだとしてもだ。
それでも通った。通したのだろう。偉大なるメイジの力だ。何のために? 決まってる。口止め料代わりだ。それを理解してなおも笑えるのか?
笑えるのかもしれない、彼女なら。自分はどうだ。気分が落ち込む。


「今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしてきたまえ」 せいぜい、着飾るのじゃぞ。髭の長い年寄りが言う。なんの地位にあるかは判らないが、まあ、偉いのだろう。そんな風貌だ。
白々しい。とんだ茶番に付き合わされた。何故、おれまで呼ばれなくてはならない。
その疑問はすぐに解決した。生徒達が部屋を出る。暗い表情のルイズに続いて自分も出ようとすると、その年寄りに呼びかけられる。君に話があるんじゃ。
ルイズがふりかえり、不安げな目で見上げる。迷惑げな目で見返す。睨まれる。デーボは目を逸らす。小さな唸り声と足音。扉が閉まる音。
「で、話ってのは」 机に向き直る。正面から相対。柔和な笑みは消え、表情の読み取れない顔。太陽は山の向こうに沈み、空は茜から紫色に。

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