ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

22 滴る命、染み出る命

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22 滴る命、染み出る命

思考に卑しいものが一片も混じってないとは言い切れない。自分本位な気持ちが無いわけがない。
言いつけは聞く。そして、私を守ってくれる。命を賭して。何故? だから殺したくないのか? 見下した憐憫の情?
初めて成功した魔法の、サモン&コントラクト・サーヴァント。その証。だから失いたくないのか? 己自信のプライドのため?
幼い頃、父親の書斎から持ち出した本を思い出す。今は禁制の、惚れ薬の本。
人の感情は複雑に絡み合い、連動している。恋心だけでなく、他の関連づけられた感情をも昂ぶらせる必要がある。
揺れる吊り橋の上で出会った二人は恋に落ちる。そんな例をあげていた。今の自分はどうだ?
わからない。それらも多分あるのだろう。でもそれだけじゃないはずだ。強い感情が私を動かす。
故に、ルイズは首を横に振る。一種の甘えであることに気付くほど、論理性を許す場面ではない。


仕事の終わりは確実に近づいてきている。空き地を取り囲む森の木陰に身を潜めながら、フーケは思う。
半泣きのメイジ。にらみ合う、顔のないゴーレム。その後ろに立つ一人の男。すぐにみんな消えてなくなる。後に残るは一本の魔杖。
森中に響く割鐘の大音声。わざわざ使い方を丁寧に教えてくれるとは。これで誰も生かしておく必要はなくなる。
頭をほんの少し動かし、空を見上げる。旋回する風竜。
なに、竜といってもほんの幼生だ。乗っている人間だって大差ない。地を見下ろす頭二つ。一人の長い豊かな髪が風に流れている、その様が見て取れる。逆はない。少なくとも、この森では。
待つだけだ。あの意外なしぶとさを見せた男は、じきに倒れて冷たくなる。
世にも珍しい人間の使い魔。世にも珍しい能力を持つ。ゴーレムを乗っ取り、喋らせるだと? それも終わる。私のゴーレムは自由になる。
後は簡単だ。彼と、彼の主人と再開させる。一体どこで? 知ったことか。
フーケの口に笑みが浮かぶ。初めは淑やかに。そしてそれを恥じ、かき消すように口の端をひくりと吊り上げる。


道を閉ざされた思いで口論を続けて――続けさせて?――いるうちに、頭が少しは冷えてきた。これだけ温かな血を流せば当然か。筋肉が引きつる。
帰り道を自分で塞ぎ、真正面にはだかるのは己が主人。息が荒い。おれもか。
どちらも良かれと思っている。たちが悪い。いや、少なくともおれの本意ではなかった筈だ。今となってはどちらでもいい。あの時はそう思った。「やらねばならない」と。
それだ。道幅を狭めている原因。
その気持ち。痛む右腕を抑えつつ、デーボは考える。その義務感、恨みとは程遠い。
ゴーレムの背中を見上げる。顎から首に冷や汗が流れる。土の右手を失ったゴーレム。土は肉より脆い。おれの右手はここにある。
多少はいびつだが、これだけの人間の相似。人形。誰かの操作が介在しようと、動かせないはずがない。恨みを持つおれならば。
力が入らない。意思とも違う、スタンドの力が。寝起きの肉体のように。火のような焦りの一方で、「そっち」はまるで腑抜けている。
誰か。誰だ。なんとかいう盗賊だ。それを見つける。それを恨む。それを叩く。その方がいい。
探して歩くわけにもいかん。相手はこっちを見ているはずだ。道が塞がっている。車はガス欠だ。だったら向こうから来ればいい。ガソリンを両手に抱えて。
盗賊は何を欲している? 何を釣り餌にすればいい? 警戒させないように、どうやってそれを垂らす?
落ち着きを取り戻しつつある。ロケットを撃たなかったルイズに感謝か。いや、それを庇ってこの傷だ。自業自得か。わからない。軽い混乱。
くそ、冷静かどうかも怪しいもんだ。考えが纏まらない。失血に伴う意識の散漫? 終わりが来ないうちに足を進めないといけない。雑な仕事か。いつものことだ。

生まれ持った下品さを損なうことなく――フーケにはそう見えた――、ゴーレムは少女に罵言を浴びせる。言葉の質が段々と悪くなる。話法の柄が徐々に悪くなる。
少女もそれに応えるように、態度を激昂させる。二本の杖を握る手に力がみなぎっている。
互いの生死を決定付けるはずの口論は、いつしか只の罵りあいに堕している。
フーケは呆れる。死出の汽車を待つ間を、ひたすら喧嘩に費やすのか? 一人はどうやらそのつもりらしい。
哀れな少女は状況に屈している。現実を正しく捉えられないか。出来るが故に、そこから逃げ出そうとしているのか。
意識してかどうか、無邪気な遊びに夢中になっている。
ゴーレムも同様だ。表情こそないが、それでも悪意が伝わってくる。相変わらずの大声は憎憎しげ。少女を貶めるその言葉の端々に、喜びさえ感じ取れる。
迫り来る破滅から目を逸らす。弱い人間のすることだ。さっきまでの主従関係は幻だったのか? 主人を守る使い魔、使い魔を気遣う主人。

ああそうだ、使い魔はどうしたんだ? わめき散らすゴーレムの後ろにその姿。上を向いている。ゴーレムを見上げている? 違う。もっと上だ。
短剣を持った左手を強張ったように持ち上げる。頭上で振り回す。何かを指す。少女はゴーレムと終わりなき口論。気付いていない。
釣られるように男が刺す方向を見る。森への入り口。ここまで来た道。はるか向こうには魔法学院。

従者の麗しき献身は続いていた。刃を己の身で掴み、その隙に応援を呼ぶつもりか。君、君足らずとも。
ゴーレムは動けない。トライアングルメイジといえども、一度に複数の魔法は使えない。目的のものは手中にある。あとは無力な賊の殲滅か。あるいは、尻尾を巻いて逃げ帰れ、か?
ゴーレムの大声は上空でも聞こえるだろう。悪態は目くらましか。大した演技力。
空を見る。竜の姿はすでに見えない。制限時間は、もはや彼らだけのものではない。
風竜の速度。手の内を晒した自分。来るであろうメイジ達の数。状況が行動を促す。
そう、応援の数。多数来るだろう。逆に考えれば、今は二人だけだ。
計算し損ねたな。向こうは「フーケ」の顔を知らない。こっちは向こうを知っている。魔法の使えないメイジ、満身創痍の平民。盗賊にすら劣る。
フーケは動き出す。


ルイズの後ろの森から、御者がまろび出る。余計なものが釣れた。デーボは苦々しく思う。怯え、取り乱している。それはいい。本命が動かない。
御者はルイズに駆け寄る。ルイズが気付き、呼びかける。ミス・ロングビル! ああ、そんな名前だった。縋るような声。先ほどまでの罵りあいとは打って変わった声。
敵を欺くには味方から。そのつもりだったが、見抜かれて、上手く調子を合わせていたのか? だったら見方を変えるべきかもしれない。
「お願いします! デーボに、あの、使い魔に『治癒』を…!」 ルイズの懇願する声が聞こえる。答える声、わかっています。でもその前に…。
ああ、そういう手もあるか。恩恵を受けた身でありながら忘れるとは。縁のない生活をしているせいか。いや、そもそも計算に入れるべきではないのだ、善意の他人の力など。
それでも、ともかく今は利用させてもらう。限界は近い。デーボは多少大っぴらに四囲を見回す。動くものはない。気配も窺えない。
不利と見て逃げ出したか? ゴーレムを捨て駒に。だとしたら飛んで逃げるか。また空を見る。緑に囲まれた青空。もうすこしで太陽が天頂に到る。
「な……」 ルイズの呻く声。視界が少しぼやける。視線を戻す。ロングビルに抱きかかえられるルイズ。地面に投げ捨てられる。乾いた音。意識を失っている、多分。
生きるには残り少なくなった血液、その圧が今日三度目の上昇をはじめる。
何か、単純な法則に支配されている。他人のことで激情に駆られるなど珍しい。短時間で三度ともなれば、理由の推測もつくというものだ。
脳の一部が高熱で高圧。原因は目の前で伏している。これが魔法の力か?だとしたら空回りだな。
今のおれに力を与えてくれるのは、目の前で妖艶に微笑む盗賊だけだ。猛禽類の目。命を奪うものの目。腹立たしい。こうでなくては。

「残ったのはあんただけよ」 と言っても、二人だけなんだけど。倒れたルイズの手から、破壊の杖を拾い上げる。
ゴーレム越しに杖を肩に構え、フーケは言う。男は右肩を押さえ、無言。
「驚かないのね」 つまらなさそうに言ってから気付く。男がじりじりと移動していることに。
逃げるように、ゴーレムの影に隠れるように。摺り足。それすらもふらついている。
驚かないんじゃない。そんなヒマもないほどに、追い詰められているのだ。フーケの笑みが深くなる。
気絶した少女から離れ、殊更ゆっくりと回り込む。ゴーレムの正面から、残った左手へ。
フーケはゴーレムを見上げる。右手で杖を振り、ゴーレムに新たな命令を下す。やはり動かない。大したものだ。やっぱり殺さなくては、ね。
男が血糊で塗れた草に足を滑らせる。肩膝を付き、荒い息を吐く男。観念したか、立ち上がろうとしない。お遊びもここまでにしよう。
「――聞きたいことがある」 さよなら、と言いかけたフーケに被せて、男が尋ねる。
「時間稼ぎのつもりかい? 残念だったね。その手には乗らないよ」 照準の中心に男を捉える。
「すぐに終わるさ」 そうだな。見れば判ることだった。そう呟く男。
「じゃあ今度こそ、さ」轟音と衝撃、そして暗黒。



急激な覚醒。何だこれは。体を動かそうとする。四肢に激痛。全身に激痛。思わず悲鳴。声が出ない。かすれ声が搾り出される。動けない。
視界には土の茶色と森の緑。生き埋め? 違う。これは――
森がぐるりと回転する。頭が下になる。逆さまの視界。男と目が合う。悪魔の目。人を殺すものの目。
何を言う間もなく、フーケはゴーレムに握りつぶされる。ゴーレムの左手が水分で黒く染まった。


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