ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-65

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匿名ユーザー

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「……見事な物だ」

次々と落とされる自軍の竜騎士と寡兵で奮戦する敵軍の竜騎士。
取り乱す艦隊総司令のジョンストンを余所に、それを眺めながらボーウッドは呟いた。
さすがはアルビオン王国の誇りと讃えられし国王直属竜騎士隊。
その腕も在り様も正しく英雄と呼ぶに相応しい。
だからこそ、これからのアルビオンには不要な存在なのだ。
必要なのは英雄ではなく優れた指揮官の統率の下で動く兵士。
勝敗を決するのは兵力と火力、いずれは魔法さえも戦場では無価値となるだろう。

「竜騎士隊を艦隊の射線軸から下がらせろ。
各砲に散弾を装填し、艦隊の砲門を敵竜騎士隊に向けるのだ」

怒鳴り散らすばかりのジョンストンを無視しボーウッドが小声で部下に命令を下す。
どうせ聞こえてはいまい。仮に文句を言われたとしても手柄さえくれてやれば落ち着くだろう。
このまま無駄な犠牲を出し続けるよりは遥かにマシだ。
彼の視界の端に、前面へと押し出された砲門に仰角が付けられていくのが映る。

「さらば誇り高き騎士の時代よ。これからは砲火と鉄の……血の通わぬ冷たい時代だ」

散り逝く者達を悼むかのような言葉は大気を揺るがす砲声に掻き消された。
ボーウッドの耳にはそれが旧き時代が上げる断末魔に聞こえた。


「備えろ! 次が来るぞ!」

隊長の指示に遅れて細かな砲弾が再び迫り来る。
既に精神力の限界にあった彼等に全てを防ぐ事は出来ない。
騎竜の翼を穿たれて墜落する騎士の腕を掴む。
しかし次の瞬間、飛来した砲弾が掴んだ腕の付け根ごと吹き飛ばす。
大地に吸い込まれるように、その騎士は自分の騎竜と運命を共にした。
それに続いて次々と竜騎士が撃墜され、空に消えていく。

「隊長! 『マリー・ガラント』号は…!?」
「案ずるな! 既にトリステイン領に入っている筈だ!」

千切れた仲間の腕を放り投げながら隊長が答える。
怒りで心乱す事も涙を流す事も許されない。
判断を鈍らせれば、より多くの部下を死なせる事になる。
憤りに固く結んだ口を抉じ開けて彼は叫んだ。

「最後の命令を伝える! 全騎、この戦場を離脱して生き延びろ!」

突然の隊長の言葉に騎士達はざわめく。
死をも覚悟した彼等だ、護衛の役目を果たしたならば最期に一矢報いるつもりでいた。
それなのに彼の口から出た言葉は真逆だった。

「これは陛下の勅命でもある! 最期の瞬間まで生き足掻け!」

降り注ぐ散弾の雨の中、隊長は叫び続ける。
あの晩餐で演説するウェールズに彼は一握りの希望を見出した。
起死回生の策が潰えたとしてもそれは変わらない。
討ち死には戦いに負けた者がする事だ。
まだ負けていない、戦いは今も続いている。
戦いは『マリー・ガラント』号に乗船した避難民と彼女達に引き継がれた。
今日を生き延びて、いつの日かアルビオンを取り戻す為に…。

「我が誇り、腐れ縁の戦友達よ! 何処かの空でまた会おう!」

隊長が杖を掲げると同時に、竜騎士達は一斉に方々へと散っていく。
“死ぬべき場所は此処ではない”隊長の想いは部下へと言葉を介して伝わった。
何人生き残れるか判らない、それでも再会する日を夢見て己が騎竜を駆けさせる。
背を向け合いながらも触れ合うかのように伝わってくる互いの心。
隣を飛ぶ竜が落とされようとも彼等は振り返らずに突き進む。
それは敗走と言うにも余にも雄々しく、その姿を目撃した貴族派の竜騎士達は口々にこう語った。
“彼等は逃げ出したのではない。きっと新たな戦場へと向かったのだ”と。


「む、無茶です! まだ安静にしていないと…」
「完治するまで待ってられるか! 治る頃にはその首が切り落とされているわ!」

自分の袖を掴む秘書を引き摺りながらモット伯は診療所を後にする。
秘書が手配した密偵からの情報では既にニューカッスル城は陥落したとの事。
内戦が終われば次の目標はトリステインかゲルマニア…いや、間違いなくトリステインだ。
今は一刻も早く対策を練らねばならんというのに、ゆっくり寝てなど居られる筈がない。

「だからってマザリーニ枢機卿に直談判なんて…下手したら処刑されます!」
「敵の刃に掛かるよりはまだ味方にやられた方がマシだ!
それに、いざとなったら我が身を投げ打って減刑を申し出てくれる友人の一人や二人…」
「いませんよ! ただでさえ伯は友人が少ないんですから!」
「何だと!? 人が気にしてる事をそうハッキリと…!」

ぎゃあぎゃあと喚きながら連れ立って歩く二人の前に衛兵達が立ちはだかる。
自分の醜態に気付いたのか、掴んでいた袖を離し秘書が姿勢を正す。
モット伯も乱れた着衣を整えて、オホンと小さく咳払いをして気を取り直す。

「私はジュール・ド・モット伯である!」
「はい。それが何か?」
「……………」

衛兵の反応の悪さに思わず閉口する。
城下町や国境での周囲の反応に比べれば雲泥の差がある。
確かに王宮内での地位は高い方ではないが、それでも敬意はあってしかるべきだ。
どうせリッシュモン高等法院長ぐらいになれば腰を低くして、おべっかを使っているに違いない。
“戦争が始まったら真っ先に最前線に送られるように手を回してやる”
内心でそう思いながら、平静を装いモット伯は用件を口に出した。

「火急の用があって馳せ参じた! マザリーニ枢機卿との面会を希望したい!」
「事前に約束のない方を通す訳にはいきません。
それに卿は今、オスマン氏とお会いになられており誰も通すなとの御命令です」
「枢機卿が、オールド・オスマンと…!?」

衛兵の返答に、モットは雷に打たれるのにも似た衝撃を感じた。
恐らくは衛兵自身も自分が口にした言葉の重大さを認識していないだろう。
それを理解出来るのは王宮の勅使を務めるモット伯だけだ。
単に用があるのなら自身を介せばそれで事は足りる。
実際、幾度かオールド・オスマンが王宮に連絡を取った時にはそうしていた。
しかし、今回は何も自分に知らせず直接出向いて来たというのだ。
これを異変の予兆と言わずして何と言うのだろうか。

もはや一刻の猶予とて無い。
ちらりと人の行く手を妨害する衛兵達の顔を流し見る。
向こうも険しい顔つきで警戒しつつモット伯を観察する。
睨み合うように向かい合う彼等を心配そうに秘書が見つめる。
その緊張を打ち破ったのはモット伯の一言だった。

「あー、ところで君達、喉が乾かないかね?」

ちゃりんと音を立てて彼等の掌に金貨が落とされる。
目を丸くする彼等の手に尚もモット伯は金貨を乗せる。
秘書の目の前で繰り広げられるあからさまな買収工作。
その光景に頭が痛くなった彼女は思わず自分の額に手を当てた。

「こんな所に立っているとお腹も空くだろう?」

ちゃりちゃりと兵士の手に積み重ねられていく金貨の小山。
最初は馬鹿にしているのかと憤っていた彼等も今や手元の金貨に目を輝かせている。
後一押しという所でモット伯の財布から重さが完全に消えた。
横に視線を向ければ、きょとんとした顔でこちらを見つめる秘書の顔。
顎で指示するモット伯に首を振って彼女は拒絶を示した。
だが、それも伯の一睨みで呆気なく打ち崩された。

「はあ……」

俯いて溜息を零しながら差し出された彼女の財布を引っ手繰ると
モット伯はそのまま逆さまに持ち、彼等の手の平に金銀入り混じった中身をぶち撒けた。
それが決め手となったのか、彼等は外聞も構わず床に落ちた金貨を拾い集め始める。
そこにモット伯は優しく衛兵達に声を掛けた。

「ん? なんだか顔が熱っぽいようだな。
風邪かもしれないな、今すぐ診療所に行った方が良いな。
私が代わりにここを見張っていてあげよう」
「はい、仰るとおりです。
持ち場を離れるのは極めて遺憾ですが急病では仕方ありません。
それでは後の事はお任せします」
そう告げて一礼すると、そそくさと衛兵達は立ち去っていった。
自分の観察眼に感心すると共に、トリステインが内包する腐敗にモットは顔を顰めた。

「…モット伯」
「そう恨みがましい目で見るな。全部、私の懐から出た物だろうが」
「それはそうですけど……私だって欲しい物の一つや二つあるんですから!」
「大事の前の小事だ。少し黙っていろ」

そもそも戦争に負けたら財産どころか命さえも危うい。
それどころか彼女には更に凄惨な運命が待っているだろう。
秘書の冷たい視線を背中に受けながらモット伯は扉に手を掛ける。
そして僅かな隙間を作りそこから耳を欹てる。

「マ……マズイですよ! それは絶対にダメです!
マザリーニ枢機卿やアンリエッタ姫殿下にバレたら大問題ですよ!」
「声を立てるな! 我々は無実だ!
我々は『偶然』衛兵が留守にしている間に訪れ、
『偶々』扉が僅かに開いていた所為で中の話し声が聞こえてしまっただけだ!
身の潔白は証明されている! 何ら恐れる事など有りはしない!
いざとなったら先程の衛兵達に職務怠慢の罪を擦り付ければいい!」

横目で秘書に目配せしながらモット伯は扉の向こうを覗き込む。
錚々たる顔触れが居並ぶ中、皆の表情は深刻そのものだった。
(……少なくとも楽しい茶飲み話ではなさそうだな)


オールド・オスマンが齎した事実はトリステイン……否、ハルケギニア全土を揺るがせる物だった。
もし彼以外の人間が口にしていたならば只の世迷言と聞き流していただろう。
しかし今は亡き先王でさえも、その助言に従ったという偉大なる老賢者。
その彼の言葉を疑う者はこの国には誰もいない。
性質の悪い冗談だと笑い飛ばす事も出来ず、二人は突き付けられた現実に恐れ戦く。
蒼白となり言葉も出せぬアンリエッタに代わり、マザリーニが彼等に問う。

「……オールド・オスマン。その悪夢が現実の物となるのは何時ですかな?」
「早ければ一月。それが我々に許される猶予です」
「そんな…! たったそれだけの時間しか残されていないと言うのですか!?」

オスマンの言葉にアンリエッタは思わず立ち上がり叫んだ。
取り乱す姫殿下を窘めるようにマザリーニが咳払いする。
彼とて全く動揺しなかった訳ではない。
しかしオスマンの見せる態度に焦りは感じられない。
事前に何らかの対策が行われていたとそこから察したのだ。
そのマザリーニの視線に応えるようにオスマンは続ける。

「御安心を。既に彼を元の世界へと帰す手筈は整っております」
「ならば何故帰さぬのですか? 時間が経てば経つほど手に負えなくなるのですぞ!」
「日食を待っているのです。その時でなければ彼を帰す事は不可能です」

尤も異世界に災厄を押し付けるつもりなど有りはしない。
あの寄生虫を生み出す技術があるのならば彼を助ける方法も必ずある筈だ。
そう信じてコルベールはオールド・オスマンに提案したのだ。
半月後の日食。それが彼に残された最後の機会。
これを逃せば二度と彼は元の世界に帰る事は出来ない。
次の日食まで彼が生き続ける事など叶わない。

「ですが最悪の事態も考慮し、こうして知らせに参った次第です」

オールド・オスマンが深々と頭を下げる。
『戦闘機』という乗り物が故障する危険や日食の話がデマという可能性は十分に有り得る。
賭けに失敗した代償に世界が崩壊するというのは、あまりにも無謀。
その時に次善の策…いや、最後の手段を決行する為にオールド・オスマンは宮廷に赴いたのだ。

「最悪、我が国の総力を上げてその使い魔を討つと。
そうまでせねば勝てぬ相手なのですか?」
「……はい。彼の急成長を鑑みれば、それでも十分足りえるかどうか…」

オスマンの返答にマザリーニの頬を冷たい汗が伝う。
一国の軍事力に相当する生物など彼の知識には存在しない。
それどころか空想の中に姿を思い浮かべる事さえ出来ない。

「どちらにしてもミス・ヴァリエールは使い魔を失ってしまうのですね」
「…………」
恐怖に竦むマザリーニの横でアンリエッタがポツリと呟く。
オスマンには返す言葉など思い付かなかった。
どのような言い訳を並べようと事実に変わりはない。
あと半月、それが彼がここに留まれる時間なのだ。

彼女の脳裏に浮かぶのはルイズと共にいた小さな犬。
容易に会えなくなってからも人伝に彼女はルイズの様子を聞いていた。
しかし、魔法も使えず学院で一人きりだったルイズは、
周囲との溝を深めて友達も作れず孤立していくばかりだった。
それは彼女が知る、明るかった少女とは別人。
だけどあの夜に再会した彼女は記憶の中のルイズと合致していた。
彼女に笑顔を取り戻したのは、きっとあの小さな使い魔だろう。
それを失うのが、どれほど辛く悲しい事なのか。
考えるだけでアンリエッタの胸ははち切れんばかりだった。


「…むう。全然聞こえんではないか」

やはりというべきか、三人の周囲にはサイレンスが掛けられており完全に音を遮断していた。
判ったのは、それほどまでに重要かつ深刻な事態だという事だけか。
情報の割に手痛い出費だったが、その半分は私の金ではないので良しとしよう。
それにしても一体、オールド・オスマンは何の話に来たのだろうか。
例えトリステインで戦争が起きたとしても彼は学院から離れようとはしない。
まさかアルビオン以上の脅威が他にもあるというのか…?

ふと遠くから響いてくる靴音にモット伯が身を硬くする。
足音は一つ、先程の衛兵達の物ではない。
向こうから見えるのは小走りに駆けて来る伝令。
ワタワタと慌てふためいても姿を消せる筈もない。
しかし、その伝令は衛兵の振りをする二人に気付く事なく、
扉を大きく開け放ちながら叫んだ。

「交易船『マリー・ガラント』号が入港!
乗り込んだアルビオン避難民達が入国を希望しています!
またミス・ヴァリエール他数名の貴族とウェールズ皇太子も同行しているとの事!」

「ウェールズ様が…!」
その言葉にアンリエッタは杖を取り落とした。
窘めるマザリーニの声も届かない。
叶わないと諦めていた願いがルイズ達の手によって実現したのだ。
彼女達への感謝とウェールズとの再会にアンリエッタは打ち震えた。
制止するのも聞かずに飛び出す彼女をマザリーニが追い掛ける。
目の前の事に囚われる二人の視界にモット伯の姿など映らない。
立ち去っていく彼女達の姿を眺めて安堵したのも束の間。

「…何をやっておられるのかな?」

掛けられた声に振り向いた先には部屋から出てくるオスマンがいた。
突然の事に凍り付いたまま見つめ合う顔と顔。
何とか取り繕おうと必死に喉を震わせて言葉を紡ぎ出す。

「いや、その、これは…日頃から世話になっている衛兵の仕事を体験し、
その苦労を知る事で彼等への感謝を忘れないようにしようという…」
「ほう。成程、実に素晴らしい心掛けですな」
「そ…そうだろう、そうだろう」
「では、そのモット伯の立派な姿を姫殿下にもお見せせねば」
「待ちたまえぇぇぇーーー!」

告げ口しようとするオスマンを必死に袖を掴んで引き止める。
元々、誤魔化しようなど有る筈もない。
完全に開き直ったモット伯は得意の方法に打って出た。
…すなわち買収である。
持ち合わせがなくとも問題はない。
オールド・オスマンの性質など知り尽くしている。
モット伯の眼が猛禽類の如くギラリと光る。

「ちょうど良かった。実は貴方を招いて読書会を開こうと思っておりまして」
「ほう?」
「最近、特に珍しい本を手に入れたばかりでして。
ご存知でしょう? 例の『異世界の書物』。その全三巻なのですが…」
「ほうほう」
ぐいぐいと引き込まれるように鼻の下を伸ばしながら乗ってくるオスマンに、
悪そうな面構えでモット伯が顔を突き合わせて内緒話を続ける。
片やトリステインの未来を担う人材を育てる魔法学院の学院長。
そんな光景に、天を見上げて秘書は心よりトリステインの安寧を始祖に祈った。
(本当にトリステインは大丈夫なのでしょうか…?)
彼女がそう思ったのも無理からぬ事だった。


モット伯等が立ち去った後、一人の伝令が主のいない部屋へと踏み入った。
彼の任務は情報に訂正がある事を伝える事だった。
先程の情報には避難民から聞いた情報も入り混じっていた。
副長の指示で、不安にさせぬよう彼等にはウェールズの死は伏せられていた。
それ故に、今も彼が生存しているかのような誤報が届いてしまったのだ。
結局、彼はその情報をアンリエッタ姫殿下に伝える事は出来なかった。

彼女が真実を知ったのは、冷たくなったウェールズの亡骸と再会した時の事だった…。


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