ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-57

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シエスタは馬車の中で、眠れぬ夜を過ごしていた。
暗闇の中で目を開けて向かい側の椅子を見ると、モンモランシーが椅子の上でに横になりすぅすぅと寝息を立てている。

カリーヌは、水の精霊に危害を加えるメイジを一人で相手すると言っていた。
ラグドリアン湖の湖底にいる水の精霊、それに危害を加えるだけでも大変なことなのに、水の精霊を手こずらせるのだから、襲撃者はかなりの手練れなのだろう。

カリーヌの手伝いをしたいと申し出たシエスタだが、「客人を危険な目に遭わせるわけにはいかない」と言われ、申し出を断られてしまった。

オールド・オスマンからカリーヌ・デジレは『烈風カリン』だと聞かされていたが、貴族の世界に仲間入りを果たしてまだ間もないシエスタには、いまいちその強さや伝説がピンとこなかった。

シエスタは暗闇の中で、今からでもカリーヌを手助けに行くべきだろうかと悩んでいた。




「きゅいーーーーーーーーーっ!」


「!」
シエスタが飛び起きる。
突然聞こえてきた、何かの叫び声に聞き覚えがあった。
シエスタは馬車から出ようと、内側にかけてある鍵を開けようとしたが『ロック』の魔法がかけられており鍵が開かない。
「開かないっ、何で?どうして!?」
「な、なに?どうしたの?」
モンモランシーがシエスタの声に驚き、飛び起きる。
「モンモランシーさん、この扉鍵がかかってるんです!魔法で鍵を開けて下さい!」
「え?え?でもカリーヌ様が…」
「お願いします!」
「わっ、解ったわよ、ちょっと待って」
モンモランシーは懐から杖を取り出すと、馬車のドアノブに向けて『アンロック』を唱えた。
しかし、何の反応もない。
モンモランシーは再度杖を向けると、先ほどよりもゆっくりとした動作で『アンロック』を使った。
「……駄目ね、きっとカリーヌ様が『ロック』をかけて出かけらしたんだわ、私の『アンロック』じゃ太刀打ち出来ないみたい」
「そんな…」

そうこうしているうちに、馬車の外からドスン、と音がした。
馬車の窓を開けて外を見ると、月明かりに照らされた一匹の竜が地面に横たわっていた。
「シルフィード!?」
シエスタの叫びに気がついたのか、シルフィードは首を上げ辺りを見渡したが、シエスタの姿は見えない。
「シルフィード!シルフィード!」
力一杯シエスタが叫ぶと、シルフィードは「きゅい!きゅい!」と鳴いて、馬車の方を見た。

「シルフィードって、タバサの使い魔?そういえば最近タバサを見てなかったけど…なんでこんな所にいるのよ」
モンモランシーが訝しげに呟いて、外を見る。
「きゅーん…」
シエスタとモンモランシーの姿を見たシルフィードが、助けを求めるような鳴き声を出した。

「きゅっ! きゅい…」
苦しそうに鳴くシルフィード、そこに突然風が舞い起こり、シルフィードの体を地面に押しつけた。
そして、シルフィードと馬車の間に、『フライ』で飛んできたカリーヌがふわりと着地した。
数秒遅れて、黒づくめのローブに身を包んだ二人の人間が、シルフィードの側にゆっくりと降ろされた。
「カリーヌ様!その竜は私の知り合いです!」

シエスタが馬車の中から叫ぶ、するとカリーヌは馬車を一瞥して杖を降った。
ガチャリと音がして馬車の扉が開くと、シエスタは一目散に外に出てシルフィードの側に駆け寄ろうとしたが、風で作られた障壁があって近づくことができない。
ぶわりと風が舞う、シエスタの目の前で黒づくめのローブがはぎ取られ、二人の顔が顕わになった。

「キュルケさん!それに、タバサさんまで、どうして」
「お知り合いですか?」
カリーヌが問うと、シエスタはカリーヌに振り向き、叫ぶような声を上げた。
「二人は、魔法学院の友人です!魔法を解いて下さい!」
「この二人は、先に魔法で手を出しました。貴方の同級生であっても油断はできません。……手足だけは拘束させて頂きますよ」

カリーヌがキュルケ達を覆っていた障壁を解く、と同時に二人の両手両足は風によって拘束され、地面に大の字に寝かされた。
倒れている二人の肩を叩いて、シエスタは二人の名を叫んだ。
「キュルケさん!タバサさん!」

何度か揺さぶってみたが、二人とも返事はない。
そこにモンモランシーが駆け寄り、二人の容態を確認した。
「…大丈夫みたい、二人とも気絶しているだけだわ」
「本当ですか!?」
「ええ。それにしても…シルフィードは翼を痛めてるわね。波紋で手伝ってくれないかしら」
「はい!」
シルフィードは強く体を打ち付けたせいか、体の至る所に青あざのようなものを作っていたが、二人が協力して治療を施したため、みるみるうちに青あざは消えていった。
「きゅい…」
「もう大丈夫よ、シルフィード」
シエスタがシルフィードの頭を撫でると、シルフィードはまるで猫のように顔をこすりつけた、目には涙も浮かんでいる気がする。

カリーヌはモンモランシーに近寄り、呟いた。
「ミス・モンモランシー。この二人が湖面に向けて魔法を唱えていました。それを目撃した私に殺傷能力のある魔法を私に向けたことから、十中八九襲撃者でしょう…ただ、確認せねばなりません。お疲れの所に頼むのは心苦しいですが、今から水の精霊を呼んで頂けますか」
「わ、解りました」
モンモランシーは頷き、早速ロビンを呼びに行った。

「うっ…」
「キュルケさん?大丈夫ですか、キュルケさん!」
キュルケが目を覚まし、苦しそうにうめいた。
それに気づいたシエスタが屈み込んで、顔をのぞき込み、声をかける。
「……あ、れ? シエスタ?」
「キュルケさん、大丈夫ですか?どうしてこんな所に…」
「どうしてこんな所にって、私の台詞よ、それは……あ、タバサは?タバサは!?」
「ミス・タバサは眠っています、大丈夫です、怪我もありません」
「そう…よかった」
キュルケが安堵のため息をつくのを見て、シエスタも安心を得たた。
友人を、タバサの身を心配して、何か危険な任務に巻き込まれたのだろう、水の精霊を襲撃したのがこの二人だとしても、そこには何か理由があるに違いないと思ったのだ。

「水の精霊に引き渡す前に、事情を説明して頂けませんか」
「…こちらのめっぽう腕の立つご婦人は誰かしら」

「ひとに名を訪ねる前に、名乗るのが礼儀です」
つん、と見下したような口調でカリーヌが言うと、キュルケは少しむっとしたが、すぐに気を取り直し名を名乗った
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。『微熱』のキュルケと呼ばれておりますわ」
つんとした態度で名乗ったキュルケだが、カリーヌはそれを気にすることなく淡々と答えた。
「運命的な物を感じますわね。私はカリーヌ・デジレ。在学中は私の娘ルイズがずいぶんとお世話になったようですね…以前は『烈風』と呼ばれておりました」
「…!」
キュルケが目を見開き、首を動かしてまじまじとカリーヌを見る。
ルイズの母親というだけでも驚きなのに、二つ名が『烈風』だと聞くと、たちの悪い冗談だとしか思えなかった。
だが、キュルケもタバサも、この人物を殺して逃げる覚悟で魔法を放った、それなのに傷一つ追わせることもできなかった。
キュルケもタバサも自分の魔法に自信があったが、これ程までに手も足も出なかったのは生まれて初めてかもしれない。

キュルケは、この人物が『烈風カリン』なのかと納得し、心中でため息をついた。
不意に、キュルケの拘束が解かれた、タバサとシルフィードの拘束も解かれ、体が自由になる。

上体を起こしたキュルケがカリーヌを見つめる、するとカリーヌは先ほどまでの厳しい目つきではなく、どこか寂しそうな雰囲気を纏わせた。
「火傷をした娘を介抱して下さったと、ミス・シエスタ、ミス・モンモランシーから聞き及びました。ここから逃がすことはできませんが、拘束だけは解かせて頂きます」
「…お心遣い、痛み入りますわ」

そう言ってキュルケは立ち上がり、タバサの隣に移動すると、静かに座り込んでタバサの顔をのぞき込んだ。
「ふう…参ったわね。どうしよっか」
キュルケは優しくタバサの頭を撫で、呟いた。

「あの…キュルケさん、水の精霊を襲おうとしていたのは、本当ですか?」
シエスタがキュルケの顔をのぞき込む、
「ええ、本当よ。……ラグドリアン湖の水位が上がって、被害が出てるからってね。水の精霊を退治しないといけなくなったの」
「そうなんですか…じゃあ、お二人が水の精霊を怒らせた訳じゃないんですね。でも、そうだとしたら、水の精霊はなんで水位を上げたんでしょう」
「私に聞かれたって解らないわよ、ところであんた達は何でココにいるの?モンモランシーまで居るなんて」
「それなんですけど、今、ある人を治療するのに『水の秘薬』がどうしても必要なんです。水の精霊を怒らせた人のせいで秘薬が入手できないと聞いて、直接交渉しに来たんです。そうしたら水の精霊は、襲撃者を退治したら願いを聞くと言って…」
「そうなの…でも、こっちだってそう簡単には引き下がれないわよ、これは、ホラ…タバサの」
シエスタは、キュルケが言いたいことを悟った。
『タバサに与えられた任務』だと言いたいのだ。
タバサの母を治癒したときに、だいたいの事情は聞いているので、この任務を失敗したら何らかの制裁がタバサと、タバサの母、もしくは数少ない召使いにも与えられるだろう。
ここ数週間、魔法学院でもキュルケの姿が見えなかったのは、タバサと行動を共にしていたからだと難なく想像できた。

どうすればよいのか、シエスタは悩んだ。
そもそも、ラグドリアン湖の水位が上がらなければ、二人が差し向けられることも無かったはずだ。
なら、水の精霊に交渉してみるしかない、とにかく水位を上げ続ける理由だけでも聞かなければならない。
シエスタは拳を握りしめて、ゆっくりと立ち上がった。

「参っちゃったわね。あなたたちとやりあうわけにもいかないし、水の精霊を退治しないとタバサの立つ瀬はないし……」
「キュルケさん。水の精霊を襲うのは中止してください。そのかわり、私が水の精霊に、どうして水かさを増やすのか理由を聞いてみますから。水かさを増やす原因に対処すれば、戦う理由なんて無くなるはずです」

キュルケが驚いたように目を見開き、シエスタを見た。
「水の精霊が、聞く耳なんかもってるの?」
「私達は、襲撃者をやっつけるのと引き換えに、秘薬をもらうって約束したんです…水浸しになったこの土地が、元に戻ればいいんですよね?」
キュルケは少し考えて、タバサを揺すった。
タバサはしばらくすると目を覚まし、身じろぎをした。
キュルケに抱きかかえられて立ち上がると、シルフィードがタバサに顔を近づけた。
「大丈夫」
タバサはそう言ってシルフィードの頭を撫でると、今度はキュルケに向き直った。
カリーヌの姿を見たタバサは複雑そうな表情でキュルケを見た、もっともタバサの表情の変化は極めて乏しいので、タバサが困っていると解るのはキュルケとシエスタぐらいのものだ。
「水かさが元に戻れば良いんでしょう?」
「………」
タバサはこくりと頷いた。




しばらくすると水の精霊が現れたのか、湖面が輝きはじめた。
シエスタはカリーヌと向き合うと、怯えることなく、堂々とカリーヌの目を見た。
「カリーヌ様、二人を水の精霊に引き渡すのは待って頂けませんか。水の精霊に水を引いて貰うように頼みたいんです。水かさを増した原因に対処すれば、二人も水の精霊を退治せずに済みます」
力強くもなく、怯えたようでもなく、シエスタはひたすら冷静にカリーヌの目を見つめていた。

「……よいでしょう。ただし水の精霊を怒らせる真似は決して許しません」
「ありがとうございます。」
シエスタはカリーヌに礼を言って、モンモランシーの側に駆け寄った。

ちょうど水面が盛り上がり、水の精霊が姿をあらわした所だった。
人間のような形を取らず、不定形のままでうねうねと動いている。
「水の精霊よ。もうあなたを襲う者は、もう貴方を襲う気はないと話しているわ」
モンモランシーがそう言うと、今度はシエスタが口を開いた

「水の精霊さん、水かさを増やす理由を教えて貰えませんか。できれば、水かさを増やすのは止めて欲しいんです。私たちにできることなら、なんでもしますから、お願いします」
水の精霊は、ゆっくりと大きくなっていき、モンモランシーそっくりの姿を取った。
「お前たちに、任せてもよいものか、我は悩む。しかし、お前たちは我との約束を守った……『太陽』よ、お前がいるのならば、我はお前を信じることにしよう」

モンモランシーは「まただ」と呟いた。
太陽という名の者は聞いたことがない、話の流れからすると、シエスタを指しているようだが…なぜシエスタが水の精霊に知られているのかが解らいのだ。

そうこうしているうちに、水の精霊はモンモランシーの姿から、20年代前半の美しい女性の姿に変わっていき、シエスタの目の前にまで近づいてきた。
「太陽よ。人間どもが流した汚れた水を浄化し、我に波紋を与えたリサリサの血を引きし者よ。我はそなたを信用しよう」
「!」
シエスタの目が驚きに見開かれる。リサリサ、つまりシエスタの曾祖母は、水の精霊を助けた過去があるようだった。

「数えるほどもおろかしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ」
「秘宝ですか…」
「秘宝?」
モンモランシーが「秘宝」と聞いて首をかしげる、モンモランシーは水の精霊が何かを守っていたなど知らなかった。
「そうだ。我が暮らすもっとも濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど交差する前の晩のこと」
小声でモンモランシーが「おおよそ二年前ね」と呟く。

「我はその秘宝を探すため、大地を水で浸食しているのだ。水がすべてを覆い尽くすその暁には、我が体が秘宝のありかを知るだろう」
「…………」

ハルケギニアを水が覆うまで何年かかるだろう、数百年、いや数千年か。
あまりにも気が長い話に、シエスタは絶句した。
秘宝を取り返すためにハルケギニアを水没させるつもりだとは思っていなかったのか、モンモランシーも多少驚いている。

「き、気が長いんですね…」
「我とお前たちでは、時に対する概念が違う。我にとって全は個。個は全。時もまた然り……今も未来も過去も、我に違いはない。いずれも我が存在する時間ゆえ」

どうやら水の精霊に寿命という概念は無いらしい、ずっと長い間、気が遠くなる昔からこの湖で暮らしてきたのだろう。
その途中でリサリサに会ったのかと思うと、シエスタは胸に何か熱いものがこみ上げる気がした。

「水の精霊さん、私たちがその秘宝を取り返してきて来ます、その秘宝はいったいどんな物なんですか?」
「『アンドバリ』の指輪。我が共に、時を過ごした指輪」
モンモランシーは秘宝の名に聞き覚えがあったのか、そういえば…と口を開いた。
「なんか聞いたことがあるわ。『水』系統の伝説のマジックアイテム。たしか、偽りの生命を死者に与えるとか…」

「そのとおり。誰が作ったものかはわからぬ、単なる者よ、お前の仲間かも知れぬ。ただお前たちがこの地にやってきたときにはすでに存在した…」
水の精霊はモンモランシーの言葉を肯定し、話を続ける。
「死は我にはない概念ゆえ理解できぬが、死を免れぬお前たちにはなるほど『命』を与える力は魅力と思えるのかもしれぬ。しかしながら、『アンドバリ』の指輪がもたらすものは偽りの命ゆえ。
単なる者よ、偽りの命に動かされた、自我を持たぬ者にしかならぬ。指輪を使いし者にしか従わぬ、操り人形よ……」

「とんでもない指輪ね……水の精霊よ、誰がそれを盗んだのか、名前や、背格好とか、手がかりになりそうなものを教えて」
モンモランシーが問うと、水の精霊はしばらく体を震わせてから答えた。
「風の力を行使して、我の住処やってきたのは数個体。眠る我には手を触れず、秘宝のみを持ち去っていった。姿形はわからぬ…だが個体の一人が『クロムウェル』と呼ばれていた」

水の精霊の言葉にキュルケが答えた。
「…聞き間違いじゃなければ、アルビオンの新皇帝の名前よね」
カリーヌが静かに頷く。

モンモランシーは後ろを振り向き、キュルケに異を唱えた。
「ちょっと待ってよ、クロムウェルなんて名前、何人もいるじゃない」
だが、カリーヌは水面に近づき、モンモランシーの隣に並び、こう呟いた。
「ほぼ間違いはないでしょう。神聖アルビオン帝国の皇帝を名乗るクロムウェルは、神より授かった虚無の魔法を用いて死者をも蘇生させ、それによって多くの貴族を掌握したと言われています」

「え…」
モンモランシーが絶句する、それはこの場にいる皆の総意でもあった。

だが、一人、カリーヌだけは凛とした表情を崩さず、水の精霊に向き合って口を開いた。
「水の精霊よ、約束しましょう。その指輪を何としてでも取り返します。ですがすぐに取り返すことは出来ません。しばらくの間水かさを増やすのを待って頂けませんか」
 水の精霊はふるふると震え、答えた。
「わかった。お前たちを信用しよう。指輪が戻るのなら水を増やす必要もない…お前たちの寿命がつきるまでの間に、指輪が戻らぬのなら、我はまた大地を浸食するだろう」

「永劫の長き時を生きる水の精霊よ、貴方のご判断に感謝致します」
カリーヌは静かに呟き、感謝の意を表した。

水の精霊はまた震えだすと、今度は片手を前に出して、シエスタの前に手のひらを見せた。
「約束の通り我が体の一部を渡そう、太陽よ、リサリサの血を引きし者よ、ここへそなたの波紋を流すのだ」
シエスタは恐る恐る水の精霊の手を取った。

そして次の瞬間、シエスタの体に、電撃のようなものが走った。
「――!」
「新しき盟約、リサリサの盟約に基づき、我は我の体の一部とともに、そなたの体にリサリサの波紋を渡そう。波紋戦士が訪れたとき、リサリサから預かりし記憶を渡す盟約は、これで果たされる…」

シエスタは自然と、波紋の呼吸をしていた。
両手に集まった波紋が水の精霊の体に通り、水の精霊はそれに応じて球体を作り出す。

「ちょ…」
モンモランシーが、言葉にならないほど驚き、慌てる。
シエスタの手に渡された『水の精霊の涙』は、涙と呼べるような量ではないのだ、洗い桶一杯分はありそうな『水の精霊の涙』に、モンモランシーは背筋が寒くなる思いだった。
「そなたの力は我等精霊にとって命そのもの、太陽を木々が受け、木々が土地を豊かにし、土地は水を浄化する。だがそなたの力は、波紋は、我等精霊に絶大なる力を与える」
そう言って水の精霊は姿を変え、今度はモンモランシーの姿を取った。

「古き盟約の者よ、我はそなたに感謝しよう、太陽を我が元へ導いたのはそなたならば、我は今ここで新たに盟約を結ぼう」
「ほ、ほんとうですか、わわわ、わかりました!」

モンモランシーは緊張しつつ、腰に下げた袋から針を取り出し、指先に軽く突き刺した。
慌てたせいか、ダラダラと血が流れてしまったが、そんな事を気にしている余裕はない。
水の精霊が差し出した手の上に、モンモランシーが血を垂らすと、水の精霊は体を震わせて不定型な形に戻った。

「これ新たに盟約は結ばれた。単なる者よ、我はそなたと力となろう…」

そう言って水の精霊は、ごぼごぼと姿を消そうとした。
その瞬間、タバサとシエスタが水の精霊を呼び止めた。
「「待って」」
タバサが他人を呼び止めるところは、皆見たこともない、キュルケですら少し驚いている。
シエスタはタバサを見ると、静かに頷いた。先に質問してくれと言う意味だ
「水の精霊。あなたに一つ聞きたい」
「なんだ?」
「貴方は『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由を知りたい」
「単なる者よ。我とお前たちでは存在の根底が違う。ゆえにお前たちの考えは我には深く理解できぬ。
しかし察するに、我に決まったかたちはない故に我は変わらぬ。お前たちが世代を入れ替える間も我は水と共にあった。
移り変わる者よ、おまえ達は、おまえ達にないものを欲するのであろう、祈りという形で……」
タバサは頷き、目をつむって手を合わせた。
いったい、誰に何を約束しているのだろうか解らないが、キュルケがその肩に優しく手を置いたのを見て、シエスタは「母を必ず治療する」と約束しているのだと気がついた。

シエスタは両手に波紋を流し、水の精霊から渡された体の一部を球体に保ちながら、水の精霊に質問した。
「水の精霊さん、私は、心を壊す毒を治す術を知りたいんです、さきほど私の心に触れたようにして、心を病んだ人を治すことはできますか?」

「太陽よ、体を治すことはできよう。だが心は我にも治せぬ。先ほどそなたの記憶から、心を病んだ者が見えた。そこにいる蒼髪の単なる者に近しい者であろう」

シエスタが「しまった!」と心の中で呟いた、モンモランシーとカリーヌに、タバサの身内が心を病んでいると知られてしまったからだ。
しかし、水の精霊に質問するチャンスなど、今ぐらいしか無いと思うと、質問せずにはいられなかったのだ。

「古き者。エルフを頼るが良かろう。彼らは精霊と共に自然と共にありし者。故に体の組成にもさることながら精神の組成にも関わる。
彼らは毒を作り出せる、それ故に解毒にも彼らを頼るがよい。我が体の一部が必要ならば、その時またそなたらの前に姿を現そう……」

水の精霊はそう言うと、今度こそ静かに湖底へと消えていった。

早朝、太陽が登り始める頃、シエスタ、モンモランシー、カリーヌの三人は竜の引く馬車でラ・ヴァリエール領へと向かっていた。
キュルケとタバサは、シルフィードに乗ってガリアに報告し、それから魔法学院に戻るらしい。
水面を引かせたのだから、任務はこれで完了だろう、と笑っていた。
モンモランシーは夕べほとんど寝ていないためか、椅子に座ってすぅすぅと寝ている。
シエスタは自分のマントを広げてから蔓草を巻き付け、袋状にし、その中に水の精霊の涙を入れていた。
これが無ければ、ラ・ヴァリエール領まで波紋を流し続けることになっていただろう、液体を両手に保ち続けるのは、かなり疲れるのだ。
多機能マントを作ってくれたコルベール先生に感謝しながら、シエスタはカリーヌの表情を伺った。

「……何かしら?」
「あ、いえ、何でもありません」
「貴方、さっきから私の顔をじっと見つめているわ」
「すみません…」

シエスタはカリーヌから視線を外し、俯いた。
その手は固く握りしめられ、ぷるぷると震えている。
今にも泣きそうな、それでいて何かに怒っているようなシエスタの雰囲気に、カリーヌは首をかしげた。
「ミス・シエスタ、言いたいことがあるのならば言ってご覧なさい。平民として育ったとしても、今の貴方はもう貴族なのです。堂々としなければなりませんよ」

シエスタはツバを飲み込んだ、その音がやけに大きく体の中で響く。
「……悔しいんです、私」
「悔しい?」
「もっと早く、波紋が使えていれば、ルイズ様を…」

「ミス・シエスタ。貴方にとってルイズはどんな貴族でしたか?」
「私にとって、ですか?私がメイドとして働いていた時…ルイズ様から料理の感想を何度か聞きました」
「感想?」
「はい。あれは…二学年になられて間もない頃でした」

シエスタは、ルイズとの馴れ初めを話した。

包帯を借りに来た時のこと…

食事を美味しいと言ってくれたこと……

給仕の最中に水をこぼしてしまった時は、謝るときでも自信を持ちなさいと励ましてくれた。

「今思えば…ルイズ様は、自分に与えられた仕事を、役目を、その立場における責任を全うしろと、仰っていたのかもしれません」


「そう、ですか」
カリーヌは一言呟くと、それっきり黙ってしまった
ふと窓の外を見ると、遠くに羊飼いらしき少女が見えた。
少女の被っている麦わらの帽子が風に飛ばされると、帽子の中からピンク色の髪の毛がふわりと広がった。

「…!」
だが、それは見間違いだった。
よく見れば、よくある茶色の髪の毛で、しかも背格好もルイズより大きい。

カリーヌの頬を、自然と涙が伝った。

ルイズは、顔に火傷を負って、どこかで生きているかも知れない。
しかしそれ以上にカリーヌの心を揺さぶったのは、シエスタの言葉だった。
ルイズの言葉はシエスタに受け継がれ、『活きて』いる。

母としての悲しみと、貴族としての喜びが混ざり合い、カリーヌの瞳からとめどなく涙が流れていった。



そして少しの時が流れ、場面は魅惑の妖精亭。

「なんだ、これは」
アニエスは、テーブルに置かれた豪華な料理と珍しい高級酒に、どう反応すれば良いのか解らずにいた。

「アニエス様!この間はありがとうございました、どうぞ気の済むまで食べて下さい!」
魅惑の妖精亭で働いている店員一人が、アニエスに駆け寄り礼を言う。
「この間?何のことだ?」
「格好良かったです、いけすかないチュレンヌの取り巻きを一網打尽にして…私達みんなアニエス様のおかげで助かったんですから」
「……記憶にないな、私はこの店に食事をしに来たことしか無いが」
「ああん、もうそんな謙遜するところが素敵ですぅ」
「あー、その、何だ、とにかく。こんな豪華な料理は食べきれない。この皿だけでいいから後は皆で食べてくれ…」

「えーっ!」
驚く店員に、店長の娘ジェシカが近寄って耳打ちした。
「ほら、駄目よそんなことじゃ。接待するのもサービス、知らんぷりするのもサービスなんだからね」
「そ、そうですね。それじゃあアニエス様。ごゆっくりおくつろぎ下さいね」

そう言って二人は、アニエスのテーブルから離れていった。
アニエスは自分の頬をつねって、痛みを確認した。
「夢じゃないな。だとすると…」

アニエスが店内を見渡すと、一人の女性が目についた、ルイズである。
ルイズはアニエスの視線に気づいて、アニエスのテーブルに近寄った。
「おい、どういう事だこれは」
「格好良かったわよ。賄賂を強要して私腹を肥やすチュレンヌに、剣だけで渡り合う女シュヴァリエ・アニエス。女王陛下も喜んでくれるわ」
「やっぱりお前の仕業か…」
ため息をつくアニエスを見て、ルイズはくすくすと笑った。

「ところで、明日、二人組がここに来る。護衛を頼むぞ」
「二人組?」
「あぶり出し…いや、ねずみ取りを明日行う。念のため王宮から出てくる馬車のうち、酒樽を三つ積み込んだ馬車を護衛してくれ」
「…二人って、あの二人か。まったく無茶な作戦を考えるわね」
「発案者はそのお二人だよ」
「まあ!」
ルイズが大げさに驚くと、何人かの店員と客が、ルイズの方を見た。
それに気づいたアニエスは気まずそうに顔をしかめたが、ルイズはあえて大きな声でこう続けた。
「お酌できるなんて光栄ですわ」
「え?あ。ああ」

アニエスは思わずグラスを手に取り、ルイズの前に差し出した。

ルイズは差し出されたグラスは細く、縦長のものであった。
ルイズは悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべると、グラスにワインを注ぎ、アニエスの手に自分の手を重ねた。

そのままアニエスの唇にワイングラスを運び、ルイズはグラスの反対側にキスをした。

「「「「「「キャー♪」」」」」」
店内から黄色い声が上がる。
他にも「やれやれ!」とか「もっと!」とか「おおお!」とか、驚きの声が上がっていた。

グラスが見えぬ位置からでは、ルイズがアニエスにキスをしたと勘違いするであろう。
事実、何人もの人が勘違いをして、二人に向けてヒューヒューと口笛を鳴らし、はやしたてていた。


魅惑の妖精亭から少し離れた宿屋では、ワルドとロングビルが、情報交換をしている所だった。
今、魅惑の妖精亭で皿洗いをしているのは、ワルドの遍在である。

「……って事は、やっぱりアタシを助けたのは、アンタだったのかい?」
「僕が助けたのは偶然だが、ルイズの意志でもある」
「まいったね…あの嬢ちゃんにも、あんたにも恩を作られちゃったか」
「返せとは言わないさ、裏切りさえしなければな」
「裏切り者のアンタがそれを言うと、なかなか皮肉だね」
「フン」

ラ・ロシェールで起こった出来事や、アニエスに連れられてトリスタニアに戻ってきた事を話したロングビル。
彼女は近々ウェールズと接触し、今後のことを話し合うらしかった。
「トリステインにもアルビオンにも協力はしないさ、でも、嬢ちゃんには協力するつもりだよ」
「ルイズが話していた、ティファニアという娘のためか」
「…アタシの家族さ。神聖アルビオン帝国とやらを頬って置いたら、いつティファニアに危害が加えられるか解らないからね」
椅子の背もたれに体を預けて、ロングビルが大きな欠伸をした。

「ふわ……今のままじゃアルビオンに密航もできないしねえ、嬢ちゃんを手助けするのが一番の近道だろうと思ったのさ」
「かも、しれないな」

ワルドは薄笑いを浮かべた、嫌みたらしい笑みではなく、同感だと言いたげな笑みであった。


「む? 店が騒がしいな」
「ああ、そういえばアニエスが店に立ち寄るとか言ってたよ。ルイズとの関係を悟られるのは困るから、アタシはごめんこうむったけどね」
「何!何だと!」

ワルドが珍しく、狼狽えたような声を上げた。
「ちょっ、ちょっと、どうしたのさ」
「………フーケ、一つだけ聞こう。ルイズに何かされたことはあるか?」

「はあ? まあ、抱いてくれって言われたことはあるけど(母性的な意味で)」

ワルドは天を見上げてから、その場にがっくりと項垂れた。
「どうしたんだい」

ロングビルがワルドの顔をのぞき込むと、ワルドは少し渋い顔をしていた。
ワルドは偏在を通して、ルイズとアニエスがキスをしているのを目撃してしまったのだ。
「フーケ、そうだな、仮に、だ。 最愛の妹がレズビアンだったら、君ならどう接すべきだと思う?」

ロングビルの顔が、瞬間沸騰して真っ赤に染まる。
「何想像してんのさ!」

ロングビルの腰の入った平手打ちが、ワルドの頬に命中した。










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