ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十話 使い魔の決闘④

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++第十話 使い魔の決闘④++

 花京院は驚いていた。
 剣を握ってからの自分の変化に。
 左手に刻まれたルーンが光っている。
 体が羽のように軽い。空を飛べそうなほどに、軽い。
 その上、左手に握った剣が体の一部のように馴染む。
 ……不思議だ。剣を使ったことはないのに。

 眼前に立つギーシュが、ゆっくりと剣を振りかぶった。
 右足で踏み込み、そのまま振り下ろすつもりだ。
 右肩から左脇にかけて、いわゆる袈裟切りというやつだ。
 そんな推測する余裕さえあった。

 相手の剣の軌道上に自分の剣を構える。
 剣と剣がぶつかる瞬間、剣を傾ける。
 攻撃を受け流され、力んでいたギーシュはバランスを崩した。
 その隙に足を引っ掛ける。
 ゆるやかに過ぎていく視界の中で、ギーシュの体が大きな弧を描く。
 ギーシュは仰向けに倒れた。
 状況が理解できていないようで、ぽかんとした表情で花京院を見上げている。
 花京院は無言で剣を突き立てた。
 ギーシュの頭……ではなく、そのすぐ横に。

「続けるか?」
「……僕の負けだ……完全…敗北だ」

 剣を放り投げ、ギーシュは両手を上げた。
 それを見届けると、花京院は剣から手を放した。

 ――あの平民、やるじゃないか!
 ――ギーシュが負けたぞ!
 などと見物していた連中から歓声が巻き起こる。
 戦いが終わったからか、急に全身に疲労を感じた。
 騒がしい観客たちに背を向けて、花京院は歩き出そうとした時、

「何やってんのよ!」

 歓声を割くような一声が、その場に響いた。
 全員の視線が一点に注がれる。花京院も目を向ける。
 そこには怒気をまとったルイズが仁王立ちしていた。

「ルイズ……」

 花京院は続いて何を言おうか迷った。僕は勝ったぞ、と言いたいわけではない。迷惑をかけたな、……そうでもない。ただ一言、言いたいだけだ。
 足を引きずりながら花京院はルイズの前に立った。

「……すまなかった」

 ルイズは目を引ん剥いて花京院を見た。
 花京院は小さく微笑むと、歩き出そうとした。
 しかし、花京院はまさに満身創痍、限界ぎりぎりの状態だった。
 足がもつれ、体勢を崩してしまった。
 倒れる寸前に花京院は何かにしがみつき、体勢を維持することに成功した。
 ほっとしたのは一瞬だった。

「……こ、こここ」

 ルイズの声が耳元で聞こえる。
 朦朧とする意識の中で、花京院は事情を理解した。
 どうやら倒れそうになった自分は思わずルイズに抱きついてしまったらしい。
 いくら疲れていてもどうなるかはわかる。
 花京院は脱力しながら次の絶叫を聞くことにした。

「こ、ここ、このバカー!!」

 花京院の右の頬に鋭い痛みが走る。
 見事な平手打ちだった。
 今の一撃がとどめとなり、花京院は完全に意識を失った。


       +    +    +


 朝の光で、花京院は目を覚ました。
 体中の包帯を見て、思い出す。
 ……そうだ。僕はギーシュと決闘をして勝った後、気絶したんだ。
 起き上がろうとすると、身体の節々が痛んだ。
 どれぐらいの間寝ていたのかはわからないが、傷はまだ完治してないらしい。
 なんとか起き上がって、周囲を見回す。
 ルイズの部屋だった。どうやらルイズのベッドで寝ていたようだ。
 視線を落とし、左手のルーンを見る。
 決闘の最中にこのルーンが光り出したら、体が羽のように軽くなり、体の一部のように剣が動いたのだ。
 今、左手のルーンは光ってはいない。
 ……なんだったんだ、あれは。
 そんなことを考えながら左手を見つめていると、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 花京院が答えると、ドアが開いて一人のメイドが入ってきた。
 ここでは珍しい黒髪とその顔には見覚えがあった。

「シエスタじゃないか」
「お目覚めですか? カキョーインさん」
「ああ。ところで、あの後……?」
「あれから、ミス・ヴァリエールが、ここまであなたを運んで寝かせたんですよ。先生を呼んで『治癒』の呪文を、かけてもらいました。大変だったんですよ」
「『治癒』の呪文?」
「そうです。怪我や病気を治す魔法ですよ。ご存知でしょう?」
「いや……」

 花京院は小さく首を振った。ここでの常識は異世界から来た花京院には通じない。
 それにしても、魔法とは随分種類が豊富なようだ。治療するのもあれば、土人形を動かしたり、炎や風を操ることもできる。
 もしかすると、そんなメイジと戦うことがあるかもしれない。そのために対策を立てておいたほうが良いかもしれない。

「あ、でも、治癒の呪文のための秘薬の代金は、ミス・ヴァリエールが出してました。だから心配しなくていいですよ」

 黙っているから、お金の心配をしていると思われたらしい。

「秘薬の代金ってやっぱり高いのかい?」
「まあ、平民に出せる金額ではありませんね」

 また一つ借りが出来てしまったようだ。
 ここに召喚し、命を救ってくれたこと。
 そして、秘薬の代金を払い、怪我を治してくれたこと。
 いずれこの世界を去るときには返すつもりだが、今はまだ借りておこう。
 花京院は立ち上がろうとして、顔をしかめた。

「ぐっ……」
「まだ動いちゃダメです! あれだけの大怪我では、『治癒』の呪文でも完璧には治せません! ちゃんと寝てなきゃ!」

 手を貸そうとするシエスタを制して、花京院はベッドに座った。
 体はまだ本調子ではないので、無理は控えておく。

「お食事をお持ちしました。食べてください」

 シエスタは銀のトレイを花京院の枕元に置いた。

「ありがとう。僕はどれぐらいの間寝ていたんだ?」
「三日三晩、ずっと寝続けていました。目が覚めないんじゃないかって、みんなで心配してました」
「みんな?」
「ええ。厨房のみんなです……」

 シエスタはそれからはにかんだように顔を伏せた。
 花京院はその不思議な行動を見つめる。

「どうしたんだ?」
「いえ、あの……、すいません。あのとき、逃げ出してしまって」
「謝るほどのことじゃないだろう。それに、平民と貴族の立場を考えれば仕方ないとも……」
「い、いえ!」

 花京院の言葉をさえぎり、シエスタは大きな声を出した。
 きょとんとして見つめる花京院に照れるようにシエスタは赤くなる。

「確かに前は怖かったです……けど! もう、そんなに怖くないです! 私、感激したんです! 平民でも、貴族に勝てるんだって!」

 興奮するシエスタを見て、花京院はふと思う。
 なぜ、あの時勝てたのだろう。僕はあの時既に限界だった。しかし、剣を握った瞬間、何かが起きたんだ。剣を握った瞬間……?
 ふと視線を落とし、花京院は左手のルーンを見つめた。

「……ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」

 シエスタに答えながら花京院はもう一度左手を見た。
 剣を握った瞬間、光を放ったルーン文字。それがわずかにではあるが、薄くなっているような気がした。注意して見なければ気付かないほどの違いだ。
 あの時もこれが影響したのか? それで、何かの力を使ったから薄くなった……?
 考えてみようにも情報が足り無すぎるので、今は深く考えないことにした。
 何気なく頭を掻いて、右腕も治っていることに気付いた。痛みは残っていたが、折れた骨はくっついているようだった。

「この腕も魔法で?」
「ええ、そうですよ」
「たった三日で……」

 複雑な気持ちで包帯を撫でて、花京院は呟く。

「カキョーインさん。魔法に驚くのもいいですが、ミス・ヴァリエールにお礼を言っておいた方がいいですよ。看病してくれていたのは彼女なんですから」

 シエスタは視線を机の方に向ける。
 ルイズは椅子に座り、机に突っ伏して眠り込んでいた。

「ルイズが?」
「はい。包帯を取り替えたり、顔を拭いてあげたり……。ずっと寝ないでやっていたから、お疲れになったみたいですね」

 静かな寝息を立てながら眠っている。長い睫毛の下に隈が出来ていた。
 相変わらず、寝顔は可愛らしい。年相応の可愛さがある。

 ふと、ルイズが身じろぎした。

「ふぁああ」

 大きなあくびをして、伸びをする。それから、ベッドの上の花京院に気付いた。

「あら。起きたの」
「あ、ああ。色々とすまなかった。それと、看病ありがとう」
「怪我は?」
「痛みはあるが動けないほどでもない」
「そう。だったら……」

 ルイズは頷くと、顎の先で机の上を示した。
 机の上には籠があり、洗濯物の山が積まれている。
 訳がわからず、ルイズに視線を戻すと、「洗濯」と一言言った。
 要するにそれを洗えという意味らしい。

「ミス・ヴァリエール! カキョーインさんはまだ――」
「黙りなさい」
「そんな……」
「ギーシュを倒したからって待遇は変えないわよ」

 シエスタの言葉をあっさり切り捨て、ルイズは花京院を睨みつける。
 今にも噛み付かんばかりのルイズの形相に花京院は内心苦笑する。
 ……優しいのか、厳しいのか。よくわからないな。
 どうやら、それは表情に出ていたようだ。

「何笑ってるのよ!」
「いや、なんでもない」

 慌てて、花京院は首を振る。
 一見険悪にも見えるその二人の様子に、シエスタはおろおろしながら花京院を見た。
 大丈夫、というように花京院が頷くと、シエスタはルイズと花京院の顔を交互に見てから部屋を出て行った。

 部屋にはルイズと花京院だけになった。
 なんだか興奮しているルイズにどう対処すべきか花京院が考えた時、ルイズが言った。

「いい? 忘れないで! あんたはわたしの使い魔なんだからね!」

 指を突きつけ、勝ち誇ったように胸を張っている。
 子供が背伸びしているようなその光景に、花京院はやはり苦笑するしかなかった。

『わたしの使い魔』。彼女はそう言ったが、それはいつまでのことなんだろう。明日までか、一週間後なのか、それともこのままずっとか。予測することすら難しい。
 けれど、それまでは彼女の使い魔でありたい。
 密かに花京院はそう思った。

To be continued→


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