ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第三十四話 『Do or Die ―1R―』

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 深夜の路地に足音が二人分響く。
「ハァハァッ・・・ハァ・・・ちくしょうッ!ちくしょうッ!」
「落ち着け!大丈夫だ!逃げ切れる!」
 場所に相応しいみすぼらしい恰好をしている二人だが、それを差し置いてもボロボロだった。所々切り裂かれ、血が滲んでしまっている。
「ようやく尻尾掴んだと思ったのに・・・・・・逆に罠に嵌められるたぁなッ!クソッ!」
「ああ、完全にやられた。早くこのことを隊長に伝えなくては。"あの噂"は本当だった・・・街が火の海になる前に・・・・・・」
「追っ手は?」
「大丈夫、完全にまいたぞ」
 しかし角を曲がったところで先頭を走っていた男がいきなり立ち止まってしまい、ぶつかってしまった。
「どうし・・・・・・」
 いきなり固まってしまった相棒に疑問を持ちながら脇から前を覗いた。そこには男が一人立っていた。
「よお、またあったなぁ。魔法衛士隊のお二人さん」
「クソ・・・・・・先回りされたか。だが・・・」
 魔法衛士と呼ばれた二人は静かに目配せをした。こちらは手傷を負っているとは言え、腐っても戦闘のエリート魔法衛士隊だ。対して相手は杖も持たない平民が一人。辺りに他の気配はない。勝機は十分すぎた。
「一人で追ってくるとはなッ!オレ達をナメるんじゃねえぞッ!」
 瞬時に二人は跳んだ。二人の詠唱はすでに完成している。戦闘特化の魔法衛士隊はグダグダと敵の前で詠唱などしない。杖を敵に向けたときが、敵の最後である。
 そして二人は杖を向ける。微妙なタイミングのずらしが敵を惑わせる――――はずだった。
「くだらねえ」
 キラッキラッ、と何かが瞬いたかと思った瞬間、二人の杖は地に落ちていた。それを握る手ごとだが。
「うおおぉおぉぉっ!な、何が・・・・・・ギィ!」
 何が起きたのか理解できない二人に追い打ちをかけるように、今度は背中に衝撃が走った。触れてみると生暖かい液体が肩から流れていた。
「二人もいらないな・・・」
 男はすでに再起不能の二人を前にして心底楽しそうな声で言った。「どちらにしようかな、天の・・・・・・」などと二人を交互に指差して遊びだしたのだ。そして、それが片方の前で止まった。男は加虐的な笑みを浮かべる。
「オメデトー。お前に決定」
 ふざけた調子にいきり立つ二人だったが、それも指名された方の頭が切り裂かれるまでだった。不幸にも選ばれた隊員は、顔面の全ての穴から赤い涙を流して倒れ、二度とは起き上がらなかった。
「不幸?いいや、幸せだぜぇ、オメーは。何せ今ここで楽に死ねたんだからな」
 そう呟くと男はもう片方に近づいてくる。出血と混乱によりすでに立ち上がることも出来ない隊員は、ずるずると這って後退ったが、それ以上は壁に阻まれてしまった。男がゆっくり、ゆっくりと近づく。
 『魔法衛士隊の隊員はベッドの上では死ねない』だなんて子供でも知ってることだ。オレだってそんなことくらい覚悟の上で入隊したんだ。魔法で死ぬ。剣で死ぬ。銃で死ぬ――言い出せばきりがないが、それでもこんなのは知らない。
「う・・・うああぁぁぁ・・・くるな・・・来るな、来るなアアアアァァァァァッ!」
 男の絶叫は路地裏の闇に吸い込まれていった。

『Do or Die ―1R―』

 首都トリスタニアの表の顔ブルドンネ街と裏の顔チクトンネ街を隔てる通りには多くの店が立ち並ぶ。繁華街と言うほどゴテゴテした風はなく、清楚な感じが粋だと評判の通りだ。
 トリステインの味を堪能できる料理屋、靴から服の修繕まで担う『ムカデ屋』、さらには最近人気の『カッフェ』も見受けられる。カッフェといっても、軽食や宿と一体となっているのがほとんどだし、酒も出す。
 そして、その通りのチクトンネ側の一角に、そのカッフェはあった。小粋な文字で"CAFE"と書かれた看板を下げている。
 静寂を軋ませて扉は開かれた。薄暗い店内に差し込む外の日差しが、まだ朝も早い時間であることを教えてくれる。
 中はそう広くはなく、カウンターとテーブルがいくつかといった程度だ。店にいるのも店主が一人きりのようである。
「・・・・・・ウチは昼からだよ」
 店主は視線だけを入り口に向けてそう言い放った。だが、それまできょろきょろと店内に視線を巡らせていた男はその言葉を聞いてゆっくりとした足取りで店内に踏み込み、カウンター席――それも店主の正面に陣取った。
「ふぅ・・・ったく、ここにくるまでに時間くっちまったな。道に迷うわ外は暑いしで最悪だぜ。まあ、結果としてここにこれたからとりあえずは良しとするがな」
 男はカウンターに両肘を着いて手を組み、その上に顎を乗せた仕草で愚痴るようにこぼした。しかし店主はそれに答えないし文句も言わない。ただ黙したままグラスを磨いている。かと言って男がそれに不満を漏らすこともなかった。
 本当にただ口から漏れた呟きだったのだろう。だが次にその男の口から発せられた言葉は間違いなく店主に向けられたものだった。
「ああ、そうだマスター。準備中悪いんだが、ちょいと人と待ち合わせしてるんだ・・・こう、緑がかった長い髪と切れ長の目、筋の通った鼻に眼鏡を乗っけた別嬪なんだけど、見なかったかい?」
「・・・・・・あんたの名前は?」
 やはりグラスから視線を動かさずに尋ねてくる。
「ウェザー」
 男はそれに短く答えた。すると、店主の手が止まった。ウェザーと名乗った男を見て、それから店の奥の階段を見た。行けと言うことらしい。
「二つ目の扉だ」
「ありがとよ」
 階段を上り二階のつくと、扉がいくつか見受けられた。ここは生活空間らしい。そして二つ目扉の一つを開ける。
 朝陽が差し込む室内のベッドの上に目的の人物を見つけると、取り敢えず近づく。しかしまだ夢の中らしい。
「ふむ・・・・・・」
 部屋を見渡すと、暑さをしのぐためか水の張った桶と手拭い。
 さてどうするか。
 取り敢えずは手拭いを水に浸してから――――
「とう」
 女の顔に張り付けた。最初こそ気にはならなかったようだが、通気性の著しく悪い布のせいで息苦しくなってきたのだろう。唸りながら手をばたつかせ始めた。ウェザーはその様子を眉一つ動かさずに眺める。
「ぶっはあーっ!」
 と、女が勢いよく起き上がり、毛布も手拭いも吹き飛ばしてしまった。スタンドを使い咄嗟にそれを隠す。
「起きたか?」
「うー・・・・あれ?・・・なんであんたが?」
「呼び出したのはお前だろうが。って、お前起きてるのか?目が半開きだぜ」
「あ・・・ちょいまち。ん・・・う~~~っ!」
 体を反って伸びをする。夏とはいえ、毛布をいきなり剥いだせいか身震いしていた。
「着替えなきゃ・・・」
「手伝ってやろうか?」
「なに?あんた自殺志願者?」
 睨みつけてくる目はすでに眠気を感じさせない。ただ、やはり起き抜けでは自分の状況をよく把握できてはいないようだった。
「下で待ってっから早く準備しろよ」
 それだけ言って部屋を去ろうとするが、扉の所で一度止まった。
「ああそれと、いくら暑いからってシャツ一枚で寝るのはいただけねーな」
 死ねッ!と言う叫びと共に飛んできた枕は、それよりも先に閉じられた扉に当たって落ちた。

「おはようロングビルちゃん元気かい?」
「はあい、いい天気ね」
「やあロングビルちゃん、買い物かい?」
「ええ、市場に買い出し」
「ロングビルさん、その、もしよかったらいっしょに食事でもいかがですか?」
「ごめんなさい、買い物を頼まれているの。また今度誘ってね」
 道行けば人が声をかけ、笑顔でそれに答える。温かい街の一コマだ。だが、それを横で見ていたウェザーは呆れたような顔をしている。
「大した猫かぶりだな、ロングビルさんよ。天下を騒がした大盗賊が王宮のお膝元で朝市と洒落込んでいるたぁ神様でも気づかねえな」
「寝てる人の顔に布張り付けて楽しむ外道がここにいることにもな。ま、他にも偽名はあったんだけどね、お気に入りだからさ、これ。ちなみにあたしの偽名は百八まであるわよ」
 軽口を叩きながら市場を回る二人。当然ながらウェザーが荷物持ちになる。
「そもそもなんで俺はあの店の買い出しを手伝わされてるのかって話だよ。俺はお前に呼び出されて話しに来たんだぜ?」
「それはマスターが『ロングビル、食材が切れてやがる。話は買いながらしろ』って言うからだろ」
「食材より先にこっちがキレそうだぜ」
 愚痴りながらも一通りの買い物をすませた時、初老の女性が二人駆け寄ってきてフーケを呼び止めた。
「ロングビルちゃん、ロングビルちゃん聞いとくれよ」
 白髪の目立つ方はいかにもおしゃべりが好きそうな感じで、後にもう一人女性を引き連れていた。
「まったくどうなってるんだろうねぇ・・・・・・・・・彼女はわたしの親友なんだけど、彼女の息子が彼女を殴るんで困ってるんだよ・・・」
「まあ、それは大変ね・・・何か他に、最近息子さんの周りで変わったことはないの?」
「それが・・・ガラの悪そうな人たちとつるんでるみたいで・・・怪しげな"薬"を持ってたのよ」
「・・・っ!」
「あたしはこの界隈に40年住んでいる・・・でも最近何か不安でしょうがない・・・あたしゃ恐ろしいんだよ・・・噂じゃ変な組織がこの辺りの店や土地を牛耳ろうとしてるって言うじゃないか・・・どうなってるんだい?
 薬もそいつらが撒いてるって言うし、この前はまだ幼い女の子が襲われたって言うし・・・もし本当ならロングビルちゃんも気をつけるんだよ。でも本当、何とかならないものかねぇ~~~~・・・・・・」
「・・・ええ・・・・・・きっと何とかなるわ・・・」
 おばあさんたちと別れた後で、フーケは絞り出すようにこぼした。
「・・・・・・これが今のトリスタニアの現状だよ」
「また"薬"か・・・・・・」
「少し座って話そう」
 途中、手頃な広場のベンチを見つけ、腰掛けることにした。一息ついてからフーケが口を開く。
「率直に言って今のトリステインはヤバイ」
「トリスタニアじゃあなくてトリステインが・・・か」
「そうさね、まずは『組織』について話しておこうか。そもそも、『組織』があるのはトリスタニアだけじゃあない。トリステイン中にその傘下とおぼしきものがあるのは確認済みだ。
 『組織』自体は新参者なんだけど、どうやったのかあっという間に組員を増やし、各地に拠点を置くに至っている。頭がいいのか、後ろ盾が強力なのか・・・。何にせよ厄介って事なんだけどね。
 大抵どこの街にも、街と共生している組織はある。酒屋・武器屋・宿屋――見回りや厄介事の仲介を引き受けることで回護料を貰うのが基本収益。もちろん賭博の仕切もやるし、"薬"のあがりだって大きな収益さ。
 けどね、街を壊しちゃ意味がないんだよ。そういう組織にとって縄張りの街は家と同義だからね。流す薬のルートの取り締まりや量の調整。だからこその共存共生なんだよ。
 ところがだ、この街の『組織』はいきなり現れたかと思ったらあっという間に元々この街を縄張りにしていた組織を叩きのめして頂点に君臨しやがったのさ。それからが酷い。回護と称して暴れる、逆らう店は潰す。
 しかも"薬"をやたらめったらばら撒くもんだから街中が薬臭くなっちまいやがった。ただでさえ王宮が近くて貴族臭いってのに、この上辛気くさくなられちゃあ3Kで女王陛下に文句言わなきゃならなくなる」
 朝飯代わりに買った果物に八つ当たりするかのようにかじりついた。そうとうお怒りらしい。
「まあ、流石というか何というか、しっかり情報集めてたんだな」
「あたしが何でカッフェなんかで給仕の真似事なんかしてると思ってるんだい?あそこはね、昼はカッフェ夜は酒場、真の姿は情報屋さ。あんたがスカロン所で働いてるのも、初日にスられたのも知ってるよ」
 だから店の裏に手紙が置いてあったわけかとウェザーは納得した。そして、これは思ったよりも早く事が片づきそうだと期待もしていた。
「当然敵の本拠も見つけたんだろうな?」
「・・・・・・それは一度帰ってからだね。あんたを呼んだ理由もそこで話すよ」
 と、
「あれ、ロングビルさんじゃないですか!」
 後から若い女の声がかかった。足を止めて振り返ると、事実年若い女性が籠を下げてこちらに歩み寄ってきていた。
「リュリュじゃない!」
 リュリュと呼ばれた少女は二人の前で足を止めた。長い髪を背中に垂らし半ばで結んでおり、優しい笑顔が印象的だ。
「えと、お連れの方は・・・?」
「こっちはウェザー。まあ、店の新しい下働きみたいなもんだよ。」
「リュリュです。わたしも来たばかりなんですけど、いい街ですよね、ここは!」
 と、満面の笑顔で言われては「いいえ」と言えるわけもなく。もっとも、ウェザーもそれには同意だった。ある一点を除けばだが。
「ウェザーだ。こっちに来てまだ日が浅いんでね」
「そうなんですか。あ、わたしブルドンネ街に住んでるんですけど、困ったことがあったら遠慮せずに来てくださいね。ちょっとした工場みたいになってますからすぐにわかりますよ」
 親切にもそう言うと、すすすとフーケにすり寄った。そして肘で小突きながら小声で話しだした。
「でもロングビルさんも隅に置けませんねえ。誰に声をかけられても平然とお断りしていたロングビルさんが男の人と歩くなんて・・・・・・」
「はあ?からかわないでよリュリュ。ただ街の案内をしてただけよ。だいたい、それを言うならあなたの方が隅に置けないんじゃないの?」
 意地の悪そうな笑みを浮かべたフーケはリュリュの持つ籠を指差した。
「大方、試作品をあの人に試してもらうつもりなんでしょ?」
 すると途端にリュリュの顔が赤くなってしまった。それを見て取ったフーケは追い打ちをかけていく。
「いつも試作品はあの人にしか食べさせないじゃない」
「そ、それはあの人が食に精通しているからで・・・・・・や、やっぱりどうせならプロの人の意見を聞きたいし・・・・・・」
「ふーん・・・でもさあ、みんな言ってるわよ。"リュリュが愛妻弁当を運んでいるぞ"ってさ」
「そ、そんな!愛妻弁当だなんて・・・・・・まだ早いですよぉ・・・・・・」
 その瞬間、フーケの目が光ったのをウェザーは見逃さなかった。蛇が獲物の尻尾を見つけたときのそれだ。
「へえ・・・"まだ"早いんだ。じゃあいつくらいからならいいのかなあ?」
「あ、や、ち、違いますよ!」
 赤くなって必死に否定するリュリュだが、焦れば焦るほど、赤くなればなるほどフーケはますます面白がって笑うのだ。だが、いかんせん人の目が集まりだしてきてしまっている。
「ロングビル、そろそろ・・・」
「んー、そうだね。まあちょうどいいや、帰る前によってくわ。一緒に行きましょうか、リュリュ」
「へ?」
 どういうことかとウェザーとリュリュが尋ねる前にフーケはリュリュの手を引いて歩き出してしまった。頭上にクエスチョンマークを浮かべたまま引きずられるリュリュ。ウェザーも目的地くらいは聞きたかったが、
「まあ、実際に見れば早いか・・・・・・」
 と、黙って二人の後に続くことにした。目の前では、二つの長く綺麗な髪が規則正しく左右に揺れていた。

 しばらく通りを歩き、大通りからは少し中に入ったところにその店はあった。清楚な雰囲気のする木製のテーブルと、外に張り出されたテラスがオシャレだ。
 ウェザーが外装をしげしげと眺めている間に女性二人は中に入っていってしまったらしく、後に続くことにする。
「いらっしゃいませ」
 中にいたのは、コック衣装に身を包んだ青年だった。ガタイはデカイが、その表情からは優しそうな雰囲気を醸し出している。
「はあい、トニオ。景気はどう?」
「ど、どうもです、トニオさん!」
「ああ、リュリュさん、ロングビルさん。それに・・・」
「ウェザー」
「初めましてウェザーさん。いらっしゃいませ」
「おいおいー。先に声をかけたのはあたしだろ?なーんでリュリュが先なのよ」
「あ、いや、別に変な意味デハ・・・・・・」
 耳ざといフーケのつっこみに頭をかいて困っている。話を逸らすためだろうか、リュリュが割ってはいるように籠を差し出した。
「あの、これ、作ったんで試食してもらえますか?」
「おお、そうデスカ。これはこれは・・・デハ早速」
 トニオはそう言うと、厨房に引っ込んでしまった。手持ちぶさたになったウェザーがリュリュの籠の中身について尋ねる。
「試食・・・って、お前料理人なのか?」
「んーっと、そうねえ・・・、この子は食材研究科とでも言えばいいのかな」
「食材研究科?」
「そんなたいそうなモノじゃないですよ。そうですね・・・食べてもらった方が早そうですし・・・」
 リュリュが籠の中から骨付き肉を取り出すとウェザーに差し出した。ウェザーも訝しみながらそれを受け取る。
「・・・食えと?」
「ええ。野性的にワイルドにガブッとやっちゃってください」
 野性的もワイルドも同じ意味だと思うのだが、要するに勢いよく食えと言っていることだけは理解できた。一瞬だけ逡巡したが、すぐさまかぶりついて噛み切った。そして租借する。
 が、いきなりの違和感に思わず吐き出しそうになってしまった。
「なッ!こ、この肉、リンゴの味がするぞッ!」
 思わず肉とリュリュを交互に見やってしまった。と、そこで二人がニヤニヤしていることに気が付いた。
「・・・・・・おい」
「驚いたでしょう?それがリュリュの研究よ」
「ですです。それは『練金』で豆を基にリンゴの果汁を混ぜてですね、作り出した実験用のドッキリ肉なんです。普通の代用肉も作ってはいるんですけれど、こちらの方がわかりやすいかと思いまして」
 ウェザーは素直に驚いていた。代用肉などと言ってはいるが、この肉は間違いなくリンゴの味がしたのだから。しかし食感は肉で、傍目にはわかろうハズもない。匂いも肉のそれと、ちぐはぐではある。
 だが、そのちぐはぐを捻り潰してしまうだけの凄味があった。リアリティという名の凄味。
「で、トニオさんに協力してもらってこの代用品に栄養を付け加えようと思ってるんです」
「そんなことまで出来るのか?」
「栄養というモノを理解できれば、出来るハズなんですけど・・・・・・、こればっかりは食べればわかるというモノではないので・・・」
 それはそうだろう。一口食べて「あ、これはビタミンB1がすごいね」とか言われてもドン引きするだけだ。
 そんな風に感心していると、リュリュが口を開く。
「その点、トニオさんはお詳しいので、実際に料理してもらったりして勉強してるんです。
 そもそも私の仕事はですね、食べ物の味を再現した代用品を作ること。私は元貴族なんですけど、本格的に料理を学ぶために家を出たんです。そして各地を放浪しているうちにある事実に気が付きました。
 世の中の多くの人は美味しいものを食べられない!ということに!食事は万人が持つ平等な行為です。だから、そこに差があるのはおかしいことだと思うんですね。だからわたしはこの代用品を考えつきました。思い立ったが吉日です。
 早速作業にかかったはよかったんですけど、初代の出来は実に衝撃的でした。第一に見た目が全く肉ではなくて、そのくせ匂いだけはしっかりと肉になっていて、でも一口かじったら丸二日は何も口にできなくなってしまいましたけど・・・。
 でもですね、この失敗はある教訓に繋がりました。『練金』をただ呪文を唱えてハイお終い程度で片づけてしまう人たちもいますけど、わたしたち『土』のメイジに言わせればとんでもありません!
 そもそも『練金』というのは、呪文を唱える前のイメージの段階から始まっているのでして、鉄を練金するのであればその物質の固さ、冷たさなどをイメージします。そのイメージが近ければ近いほどに、練金される物もリアルになってくるんです。
 そしてそれは肉の場合でも同じ。ちなみにわたしは最初、味と匂いを嗅いだだけでやっていたんですけど、それだとそこにばかりイメージが集中しちゃって形は悪いわ食感は似ないわで、どうしても限界が来るんです。
 そこで気が付いたのが、"実際に現物を食べてみる"と言うことだったんですけど・・・家を飛び出したわたしには結構厳しかったですよ。農家で取れるものには限りがありますからね、それじゃあ食の貴賤は無くなりません。
 ひどい話ですよね、食事会と銘打ってしまえば、余るほどの料理が出るんですから。わたしなら勿体なくて、無理しても全部食べますよ、ホント!で、そのことに気が付いて以来は、料理の勉強以外にも各地の特産物なんかを食べることが目的になってきました。
 アルデンの森では食べると巨大化できるという伝説のキノコ『ハイカンコー』を探しましたし、ラグドリアン湖では珍獣『デッテイウ』の背ビレを探しましたよ。まあ、伝説とか幻とか言っても食材である以上は食べましたけど。
 で、そのキノコの調理がまた大変なんですよ。そもそも、このキノコには赤と緑があるんですけど、緑はしょっぱいんで捨てちゃっても良いです。
 そのままでは毒があるのでまずは茹でて灰汁を抜くんですけど、ただつっこんでるだけじゃ完全には取れなくてですね、――で、そこで『デッテイウ』の背ビレの出番です。魔法ではダメなんですよ。
 これは多分キノコの菌糸の部分がですね、――で、この料理を基にした派生系が次々と――が作った伝説の宮廷料理『ニンテンド』の主役を飾るに至ったわけです。
 そうそう、そこには"極楽鳥の卵"っていうのがあるんですけど、わたしは以前これを取りに火竜山脈にですね――で、真の食に目覚めたわけです。・・・・・・・・・あれ?」
 身振り手振りを交えて大演説を終えたリュリュが視線を上げると、呆れた表情のフーケとウェザーが映った。
「え、あ、ああ!す、すいませんわたしったら!食のこととなると・・・つい興奮してしまって」
「イエイエ。リュリュさんの考えハとても素晴らしいデス。食事は生き物全てニとって大事な事ですカラ。わたしもぜひ、見習いたいデス」
 包丁とまな板など色々持ってきたトニオは、そう言って籠から食材を取り出して並べた。料理の実演会でもしてくれるというのだろうか。
「せっかくデスカラ、食べていってクダサイ」
 そう言って、まずはトマトの代用品をまな板の上に乗せる。
「そう言えバ、ロングビルさんハ最近疲れで凝りがヒドイと言っていたノデ、肩凝りに効く料理をお出ししまショウ」
 だが、包丁がトマトに触れる瞬間に、ウェザーの腕がトニオの腕を掴んだ。正確にはスタンドの腕で不細工なカブも掴んでいるのだが、それは二人には見えないだろう。ウェザーとトニオ"以外"の二人には。
 ハッとした顔をしてトニオがウェザーを見る。ウェザーは鋭い視線でトニオを牽制しながらも、その腕を放しはしなかった。
 二人の異様な雰囲気にリュリュはオロオロしているが、フーケはウェザーの様子から只ならぬモノを察知したのか、油断無く二人の様子を見ている。
 長く感じられた一瞬の後、トニオが顔を伏せながらウェザーに言った。
「・・・・・・厨房の方へ来てください・・・」
 それだけ言って厨房に消えたトニオに、ウェザーも無言で後を追う。だが、その手にはもがくカブが握られたままだ。
 厨房にはいると、まずトニオは帽子を取った。
「驚きました・・・、この世界にワタシ以外にもスタンド使いがいたナンテ。でも少し安心しまシタ。友達は出来ましたけれど、やはり少し寂しかったカラ・・・」
「やっぱりテメー、俺の世界のスタンド使いか・・・・・・。この不細工なカブの能力は何だ?何が目的だ?」
 ウェザーがカブを握りつぶそうとするのを、トニオが慌てて止める。
「待ってクダサイ!ワタシはただの料理人デス!そのスタンドは不細工なカブではなく『パール・ジャム』と言って、能力はその子を使った料理で病気を治すことデス。戦闘能力はありマセン」
「ハッ・・・随分と穏やかな能力だな。ただの料理人?フン、大方このスタンドが体内に入ると腹が爆発するとかそんなところだろうが」
「そんなッ!食べてもらえばわかりマス!」
「誰が食うかよ。取り敢えず・・・再起不能にはなってもらおうか」
 ウェザーが構えても、トニオはただ悲しそうに頭を振ることしかしなかった。
 油断無くウェザーが距離を詰めていく。射程距離まであとわずか・・・・・・、という所で店の扉が開く音が聞こえた。
「トニオさん、トニオさんや、おらんのかえ?」
 しわがれた声が厨房まで届いた。その声に心当たりでもあるのか、トニオは急いで厨房を飛び出す。逃がすまいとウェザーもその後を追うと・・・・・・。
「おお、トニオさんその節はどうも」
「イエイエ。おじいさんこそ、その後の調子はどうデスカ?」
 高齢の老人とトニオが親しげに話をしている光景が目に入ってきた。
「お陰様で。トニオさんの料理を食べて以来、持病の腰痛も治って調子もいいですわ!不思議なもんですなあ!はっはっは」
 そこでリュリュの姿に気づいたのか、おじいさんがリュリュに歩み寄った。
「おお、リュリュちゃんもいたのかい!リュリュちゃんのお肉のおかげで、孫の誕生日が華やかになったよ。まったく、ありがたいねえ」
「そ、そんな・・・わたしなんかよりもトニオさんの方が何倍もスゴイですよ!」
 頬を染めながら否定するリュリュと朗らかに笑うトニオ。そして爽やかな笑顔のおじいさん。牧歌的な光景だ。
 おじいさんは一通りの挨拶を終えると、帰るようだった。
「それじゃあ、またお世話になるよ」
「お体にお気をつけてクダサイ」
 そう言いあって、別れた。だが、トニオはすぐに悲しそうな表情をするのだ。そして、ウェザーの方を振り向き何かを口にしようとした矢先に、胸に何かを押し付けられてしまった。
 トニオの腕には、不細工なカブが踊っていた。
「これは『パール・ジャム』・・・、ウェザーさん!」
「あー・・・なんだ、その・・・すまなかったな。何か勘ぐっちまったみたいで。まあ、あのじいさんの笑顔見てまだあんたを疑えるほど、俺は人間ひねくれてないってことでさ。本当に悪かった。お前は料理人なんだろ?」
「ハイ」
「そんじゃまあ、俺の敵になるはずもないからな。それと、寂しいなんて思う必要はないだろ。その嬢ちゃんがいるじゃねーか」
 指差されたリュリュが、わたしですかッ!、と真っ赤になっていた。
「勝手な話だけどよお、それでも寂しいって言うなら、まあ話し相手くらいにはなってやるよ、トニオ」
 気恥ずかしげに頬をかきながらウェザーは言った。そろそろいいかと頃合いを見計らっていたフーケがフォローを入れる。
「で、どうだった?職人の手は。職人や達人の腕っていうのは意外に柔らかいって話だからね」
「へえ、そうなんですか?知らなかったです」
 フーケの話にリュリュはいい具合に食いついてくれたので、これでさっきの状況の説明も何とかなるだろう。ただこいつに貸しを作ると取り立てが怖そうだな、などとウェザーは思った。
「さ、そろそろ戻ろうぜロングビル。買い出しの途中だろ、俺ら」
「おっと、そうだったね。どやされる前に戻ろうか。あ、そうそう。何だか最近物騒だから気をつけなよ?結構な迷惑被ってるところもあるみたいだからさ」
「わかりました。お客さんにも注意を促しマス」
 ただ・・・、と続ける。
「ワタシの故郷にも似たようなモノがありましたよ」
「それは、大変だっただろうな」
 荷物を持って扉を開ける。フーケを促しながら外へ出ると、背中から声がかかった。
「次の機会にはぜひワタシの料理を食べてクダサイ!『お友達』のために腕を振るいマス!」
「楽しみにしてるよ!」
 ウェザーは背中越しに手を振って返した。トニオもきっと振っているのだろうと思ったからだ。


 帰り道を歩きながら、ロングビルが話しかけてきた。
「もしかして、トニオってスタンド使いなの?」
「ああ、そうだ。だが戦闘能力は無いと言っていたな」
「そんなスタンドもあるんだねえ。あたしはてっきり戦闘のための力がスタンドなのかと思ってたよ」
 あながち間違いでもないが、スタンドはあくまで『無意識の才能』だ。記憶を欲した結果DISCに行き着く男がいれば、料理に特化した能力を持つものもいる。
 もしかしたらリュリュにもその系統のスタンドが発現するのではないかと不安になってしまった。
 この世界に来てからスタンド使いに良い思い出はないために、トニオを疑ってかかってしまったのだが、何も戦うだけがスタンドの使い道ではないのだ。だがそれは『ウェザー・リポート』にも言えるのだろうか?
 この能力は復讐を望んだ心の具現。自分は結局最後の仇を討ち逃したが・・・、仲間に繋ぐことは出来た。だが、復讐自体が何かを生むとはどうしても思えなかった。
 若かったな・・・などと自嘲してみる辺り、年をとったのかも知れない。
 と、いきなり尻を蹴られた。いい角度で、鋭いのが。思わず飛び上がってしまった。
「何しやがるッ!テメー!」
「こんな美人の隣を歩けるっていうのに、さっきからボーっとしてっからだよ!一人で喋って、あたしがバカみたいじゃないかい!」
 どうやらフーケは今まで喋り続けていたらしいのだが、ウェザーがそれに無反応なのでそれに怒ったらしい。自分で美人って言うなと言ってやりたかったが、次はローキックが飛んできそうなので止めた。
「す、すまん・・・・・・。で、何の話しをしてたんだ?」
「だからぁ、魔法衛士隊のことさ――――」

 トリステイン王宮――会議室。
「―――何ということだ・・・」
 室内にいるのは魔法衛士隊隊長二名。王宮でも屈指の実力を誇る二人でさえ目の前の光景に息を呑むしかなかった。
「今朝方王宮の門前にいくつも小包が積んであったそうだ。宛先は我々魔法衛士隊。
 危険物ではないかと探知魔法をかけると、『固定化』の反応があり、慎重に開けてみたところ中には額縁のついた絵のようなものが入っていた。
 だが『絵』ではなかった。ガラスのケースに立体の何かが収められているだけ。何かも、用途も、送り主も不明。結果全部で三十六個あった小包全てを開封して初めて全容が見えてきたんだ。
 だが美術品でもなかった。額縁を外してひとつひとつ並行に、順番に『それ』を並べてみると・・・・・・」
 ゼッサールはそこで視線を眼前に並ぶ『それ』の端から端へと送った。
 『それ』とは――――『固定化』された・・・・・・『輪切り』の魔法衛士隊員のソルベだった。
「これも一緒に入っていたぞ」
 そう言ってゼッサールは杖を二つ渡す。血のこびりついた、折れた杖。
「警告のつもりらしいな、どうやら。ジェラートも路地の裏で死体が見つかった。囮捜査は失敗・・・・・・だな」
 ゼッサールの言葉にヒポグリフ隊隊長は杖を強く握りしめることしかできなかった。
「ソルベ・・・ジェラート・・・」
 繋げたソルベの顔は恐怖に歪み、この所業の恐ろしさを物語っていた。
 二人に怪しいと睨んでいた貴族の身辺調査を任せたのはヒポグリフ隊の隊長。最後に二人を見たのも隊長だった。隊長は力無くソルベの頭の前に膝をつくと、抱き締めるように抱え込んだ。
「お前もいつまでもしゃがんでいないで自分の隊を動かせるようにしておけ。死体は働いてはくれんぞ」
 ゼッサールはそれだけ言うと机の上に置いた衛士隊の羽付帽子を被った。
「くっ!」
 コイツ・・・・・・いくら自分の隊じゃないとは言え、仲間が死んだというのにこの態度!・・・と、若い頃の俺ならば殴りかかっているところだが・・・・・・、
「ゼッサール・・・・・・帽子の前後ろが逆さだぜ・・・」
「ハッ・・・!」
 ばつが悪そうに帽子を直してゼッサールは部屋を後にした。残された隊長はもう一度ソルベの顔を見つめる。
「もうしばし待っていろ。お前の魂の安らぎはクソッタレ共の命で払わせてやる。完膚無きまでに叩きのめしてやる」

 カッフェの扉が開かれる。射し込んでくる陽の光は先ほどのものよりも暖かくなってきているようだ。
「・・・・・・うちは昼からだよ。」
「済まないが客ではない。店主に聞きたいことがあって訪ねさせてもらった」
 人影はそう言うと店内に足を踏み入れ、やはり店主の目の前に立った。短く切った金髪が目を引く。
 なんとなくデジャヴを感じる店主だった。
「やれやれ・・・・・・うちはいつから聞き込みセンターになったんだか。迷子は交番に行ってくれ」
「そうもいかない。時間がないんでな」
 やけに頑なな言い方に、店主はグラスを磨く手を止めた。
「開店前だがここはカッフェだ。注文していきな」
「じゃあ、『お茶』とやらを一杯いただこう」
 そう言って席に着く。だが、ゆっくりする暇はなかった。
「表まで声が駄々漏れだよマスター。こんな早くから酔っぱらいかい」
 フーケが耳を押さえて五月蝿いとアピールしながら入ってきた。その手には紙袋が抱えられており、買い物帰りだとわかる。
「ん?ロングビルか・・・買い出しは終わったか?」
「ちゃんと買ってきたよ。でもあたしらが買い出しに行ってる間にマスターは酔っぱらいの喧嘩を買ったのかい?」
 酔っぱらいという単語に客は立ち上がろうとしたが、
「あれ?なんだよ客取ってるじゃねーか」
 そう言ってフーケの後からウェザーが顔を出したとき、立ち上がりかけていた先客と目があった。お互いが一瞬固まったが、なんとか言葉にはできたらしい。
「む?ウェザーじゃないか」
「ア、アニエスか?」

 役者が静かに舞台に集まり始めている事に、この時気が付けた者などいるはずもなかった・・・・・・



   To Be Continued…


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