ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

サブ・ゼロの使い魔-50

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
翌日の天気は快晴だった。明けきったばかりの文字通り雲一つ無い蒼穹から、
暖かな陽光が降り注いでいる。絶好の探検日和、と言えるかもしれない。
まだ授業も始まらない早朝、ギーシュは自室で向こう数日分の大荷物をパンパンに
詰めた鞄を手に唸っていた。
「ぬぬっ・・・どうにも重い・・・今までレビテーションに頼りすぎてたな」
手に持った瞬間から苦しげな顔を見せながら、それでも魔法を使わないことには
無論訳があった。今回の小旅行――と言ってしまってもいいだろう――の目的は、
まず第一に探検であるわけで・・・つまりは人跡未踏の森林や遺跡の奥深くに
まで足を踏み入れる可能性がある。となれば、そこを根城にしているであろう
オーク鬼やゴブリンといった好戦的な化物に襲われることも覚悟しなければ
ならない。よって、ここは出来る限り無駄な魔法の行使は控えるべきである
――ということがその理由であった。

両手で鞄を吊り上げて、ギーシュはよたよたと正門へ向かう。寮を出た所で、
「ギーシュ!」
待っていたようにそこに立つモンモランシーと出会った。
「モンモランシー!どうしたんだね、今朝はやけに早いじゃないか」
「ま、まあね・・・」
問い掛けるギーシュに、モンモランシーは何故か眼を逸らしながら答える。
「・・・ねえ、明日は虚無の曜日でしょ」
「確かそうだね それがどうしたんだい?」
「・・・・・・こ、香水の材料が切れたのよ それで、明日城下に買い物に――」
「おっと、すまない僕のモンモランシー そろそろ待ち合わせの時間だ」
「え?」
「ちょっと数日ほど旅行に行ってくるよ 君と会えないことを思うと胸が
張り裂けそうだが、どうか泣かないでおくれモンモランシー きっとこれは
始祖の与え賜うた試練なのさ」
「な、ちょっと・・・」
「名残惜しいがしばしのお別れだ 僕の無事を祈っていておくれ それではね」
「待っ――・・・!」
相変わらず人の話も聞かず、ギーシュは薔薇をかざしながらそれだけ言うと
荷物を抱き上げてそそくさと走り去ってしまった。一人この場に残されて、
モンモランシーは豊かな金糸を震わせながら呟いた。
「何よ、バカにして・・・!」

大荷物の人間を6人も乗せては、いかに風竜と言えど長時間の飛行は出来ない。
ましてシルフィードはまだ幼生である。必然、近場から順々に潰して行くことに
なった。
一行が最初に向かったのは、打ち捨てられた寺院だった。もはや村であったこと
すら判らない程に荒廃した廃墟にあって尚形を失わないそれも、しかしかつての
荘厳さはとうに消え失せ、今はただ物悲しい静寂だけが満ちている。
永久に続くかとすら思われたそのしじまを、突如響いた爆裂音が消し去った。
ルイズの爆破に、この村を廃墟に変えた魔物――オーク鬼の群れが寺院の中から
眼を血走らせて飛び出した。
「んだァ?豚の化物かありゃあ」
長らく手入れされず伸び放題に成長した大木の枝に悠然と腰掛けて、ギアッチョは
興味深そうに眼下を眺める。その横で、化物が怖いかはたまた落下が怖いのか、
シエスタがひしと幹に抱きつきながら応じた。
「オ、オーク鬼です 獰猛で人間の子供を好んで食べる・・・私達の天敵みたいな
存在ですね」
プリニウスやプランシーがこの場面に遭遇すればさぞかし眼を輝かせることだろう。
巨大な棍棒を手にし、申し訳程度に毛皮を纏い二本足で立つニメイルを越す豚の
魔物。妖異と非現実の極致。彼らで無くとも、ギアッチョの世界の人間ならば
誰もが眼を釘付けにされるであろう光景だ。
最初に出て来た数匹が、ギョロギョロと辺りを見回す。十数メイルの正面に一人の
人間を確認するや否や、
「ぶぎィいいぃいいィィイいいぃィッ!!」
耳障りな鳴き声を上げて突進した。その背後を、次から次へと現れる仲間達が
土煙を舞い上げながら追い駆ける。だが彼らのターゲットであるところの少女は、
逃げも隠れもせずにただ一人その場に棒立ちしていた。
そう、ルイズは囮であった。寺院の中に恐らく十数匹単位で潜んでいるであろう
オーク鬼達をギリギリまで引きつけて、両脇の茂みに隠れるキュルケ達が
一網打尽にする。それが彼女達の作戦であった――のだが。
「ワ、ワルキューレ!突撃だ!!」
実物の食人鬼に恐怖したか、ギーシュがはやった。先頭のオーク鬼目掛けて
七体のワルキューレが一気に攻撃を仕掛ける。七本の長槍がオーク鬼の腹を
突き刺したが、厚い脂肪に阻まれて致命傷には至らなかった。
「ぴぎぃいぃぃいいッ!!」
「あっ!?」
狂乱したオーク鬼が棍棒を滅茶苦茶に振り回し、七体の騎士はあっと言う間に
粉砕されてしまった。そのまま槍を拾いワルキューレが出てきた方向へ突進
しようとするオーク鬼を、空を切って飛来した炎が焼き尽くす。一瞬遅れて
出現した氷の矢が、崩れ落ちた魔物の背後に控える数匹の身体を貫いた。

「・・・で?どーするのよ」
茂みから姿を現して、キュルケが投げやりな口調で言う。先の攻撃に警戒を
強めたオーク鬼達は、再び寺院の中へと隠れてしまっていた。
「と、突撃あるのみだよ!」
「バカ、メイジだけで敵陣のど真ん中に突っ込めばどうなるか解るでしょ!」
「うっ・・・」
本来護衛とするべきワルキューレを使い果たしてしまったギーシュは、ルイズの
指弾に反論出来ずに呻いた。
「寺院ごと燃やすわけにはいかないし・・・このまま篭られちゃあ打つ手が
無いわよ」
小さく溜息をついて、キュルケが意見を求めるようにタバサを見た瞬間、
「・・・来る」
いつもの無表情にほんの僅か警戒を滲ませて、青髪の少女は静かに杖を構えた。

その刹那――鋭い破砕音を上げて、寺院の三方に設えられた窓が同時に破られた。
「なッ!?」
扉を含む四箇所から、潜んでいたオーク鬼達が一斉に外へ飛び出す。集まっていた
ルイズ達を、先程の七倍はいようかという魔物の群れが見る間に包囲して
しまった。
「し、しまった・・・!」
「・・・形勢逆転」
「飛ぶわよッ!!」
一瞬の機転で、キュルケはルイズを抱き寄せて叫ぶ。同時に唱えたフライで、
必殺の間合いに入る寸前に彼女達は間一髪上空へ脱出した。
そのまま十数メイルの距離を開けて着地するルイズ達目掛けて、オーク鬼の
群れが猛然と走り出す。
「ルイズ、足止めをお願い」
タバサは顔をオーク鬼の集団に向けたままそれだけ言うと、間髪入れずに詠唱を
開始した。
「分かったわ」
自分を信用し切ったその行動に、ルイズは逡巡無く答える。小さな杖を突き
出して、次々と爆発を放った。

「ぶぎぃいいッ!!」
眼前で前触れ無く起こる爆発に、オーク鬼の足が鈍る。致命傷を与える程の
威力は無いが、足止めには十二分に効果を発揮した。
最短のコモン・マジックで、壁を作るようにルイズは休むことなく弾幕を張る。
クラスメイト達心無い者が見ればそれは失笑を誘うような光景だろう。しかし、
――・・・それが何だって言うのよ
今のルイズに恥ずかしさや後ろめたさは微塵も無かった。たとえ失敗であろうと、
自分の魔法が仲間の役に立っているのだ。化物の大群を前にしても、その事実
だけでルイズの心には無限に勇気が湧いて来る。
やがて、ルイズの横で二つの魔法が完成する。オーク鬼の群れ目掛けて、
タバサのウィンディ・アイシクルが空を裂く音と共に驟雨の如く降り注いだ。
無数の氷柱に貫かれ、数匹のオーク鬼は声も上げずに絶命する。怯んだ魔物達に
畳み掛けるように炎の渦が押し寄せ、更に数匹を焼き払った。

「あっ・・・お三方とも凄いです」
老木の枝からおっかなびっくり身体を乗り出して言うシエスタに、ギアッチョは
仏頂面を変えずに応じる。
「いや」
「えっ?」
「いいセンいっちゃあいるが・・・間に合わねえな」
よく解らないながらも、シエスタはギアッチョに向けた顔を荒れ果てた庭に戻す。
その僅かな時間の内に、そこは様相を変じていた。

「――――っ!!」
ルイズ達は思わず耳を塞ぐ。残る十匹余りのオーク鬼の怒りの咆哮が、彼女達の
鼓膜を破らんばかりに廃墟中に響き渡った。
仲間を倒されたオーク鬼達の怒りは、今やルイズの爆破への怯えを完全に
上回っていた。手にした木塊を振り回しながら、聞くに堪えない叫び声と共に
怒涛の勢いで突進する。もはや一匹たりともルイズの爆破に気を留める者は
いなかった。

「くっ・・・」
倍近く速度を増して迫り来る魔物の群れに、キュルケは僅か眉根を寄せる。
見誤っていた。敵が予想外に強靭で想定の七割程度しかダメージを
与えられなかったこともあるが、それにも増して埒外だったのは――
オーク鬼達のこの速度だ。逃走しながら呪文を唱えてはいるが、この距離と
速度では魔法は撃てて後一度――しかしその一度で殲滅出来る可能性は相当に
低い。だが、かと言ってレビテーションで逃げることは出来ない。「風」の
フライと違い、コモンであるレビテーションは物を浮かせるというだけの単純な
魔法である。フライのような瞬間的な加速の出来ない性質上、高く浮かぶには
時間がかかる。今から方針を変えていては間に合うものではない。そして
フライによる脱出もまた、系統魔法であることとキュルケとタバサしか使用
出来ない現状では難しいと言わざるを得ない――結局の所、望みに賭けて
このまま攻撃することが最善の、そして唯一の手段であった。
「・・・イス・イーサ・・・」
タバサも同じ結論のようだった。小さな口から迷わず紡がれる呪句で、彼女の
無骨な杖に再び冷気が集まり始め、
「・・・ウィンデ」
冷たく小さな声が止むと同時に、無数の氷の弾丸が一斉にオーク鬼へと撃ち
出された。それを確認してから、キュルケは小さく杖を振る。氷柱の軌跡を
追いかけて、業火の螺旋が続けざまに忌むべき魔物の群れを襲った。
氷と炎が爆ぜて巻き起こる黒煙と砂埃が、オーク鬼達をその断末魔ごと覆い
隠す。しかし、油断無く後退を続けるルイズ達が僅かな期待の視線を煙幕に
向けるよりも早く――オーク鬼の残党が四匹、憤怒の咆哮を撒き散らしながら
姿を現した。
生き残った四匹の人喰い鬼達は、更に速度を増してルイズ達に襲い掛かる。
「く、くそっ!」
なけなしの魔力で作り出した青銅の槍を構えて、ルイズ達の前にギーシュが
飛び出した。しかし、その力の差は誰が見ても歴然である。血走った眼を
ギーシュに向けると、オーク鬼はまるで路傍の石を排除するが如き気安さで
棍棒を振りかぶった。

「ミ、ミスタ・グラモンが・・・ギアッチョさん!!」
シエスタは悲痛な声でギアッチョを振り向く。だが数秒前まで彼が座って
いた場所から、ギアッチョの姿はいつの間にか消えていた。

三匹のオーク鬼達は、一体今何が起きたのか理解出来なかった。自分達と先頭の
仲間との間に、「何か」が落ちた――次の瞬間、仲間の首は見事に胴体と泣き
別れていたのだ。必死に情報を整理しようとする自分達を嘲笑うかのように、
仲間の首を刎ねた「何か」はゆっくりとこちらに向き直る。その正体が人間で
あると気付いた時には、更に二つの首が宙を舞っていた。

「ぶぎィィイイイイッ!!!」
最後の一匹になった化物が、あらん限りの咆哮で大気を震わせる。男が一瞬
眉をしかめた隙を逃さずその脳天に人の胴体程もある棍棒を振り下ろしたが、
男は身体を半身にずらして難無くそれを回避した。同時に剣を握った左手では
無く何も持たない右手を突き出すと、静かにオーク鬼の胸に押し当てる。理解の
出来ない行動にオーク鬼は思わず動きを止めたが、すぐに棍棒を持つ腕に再び
力を込めた。理解は出来ないが、殺すことに問題は無い。
「・・・・・・?」
オーク鬼は漸く気がついた。拳に力を込め、手首に力を込め、腕に力を込め。
男の頭を粉砕するべく腕を振り上げる――常ならば意識することすらしない、
単純な動作。ただそれだけのことが、どう意識しても「出来ない」。まるで
彫像にでもなったかのように、己の腕はピクリとも動こうとしないのだ。
…いや。腕だけでは無かった。気付けば腰も、足も、そして首も――
五体全てが、凍ったようにその動きを止めていた。
「・・・・・・!!」
凍ったように?
否。
オーク鬼の身体は文字通りの意味で、いつの間にか完膚無きまでに凍結
されていた。そしてそれに気付いた瞬間。原因や因果を考える暇も無く、
オーク鬼の身体は粉々に砕け散った。

「あ、ありがとう・・・助かったわ」
血糊を拭いた木の葉を投げ捨てて、ギアッチョは少しばつが悪そうにして
いるルイズ達に向き直った。
「そんな顔すんな おめーらに落ち度はねぇよ 悪ィのは・・・」
つかつかと歩み寄ると、ギーシュの金髪に容赦無く拳を振り下ろす。
「あだぁあっ!!」
「こいつだ」

「このマンモーニがッ!おめー一人のミスでよォォォ~~~~、全員殺られる
とこだったじゃあねーか!ええ?」
「うう・・・すいません・・・」
地面に正座するギーシュの頭上から、ギアッチョの叱責が降り注ぐ。長らく
使われなかったマンモーニという呼称がショックだったのか、ギーシュは肩を
がっくりと落とすが、ギアッチョは一切容赦をしない。
「フーケとアルビオンの時ゃあちったぁ見所があるかと思ったが・・・
おめーは追い込まれねーとマトモに戦えねーのか?ああ?」
「い、いや・・・それは」
「それは何だ」
「そ、」
「うるせえ!」
「酷ッ!」
ギアッチョは両手でギーシュの頭をぎりぎりと掴んで立ち上がらせる。
「あだだだだだ!」
「よォーーく解った・・・おめーには度胸と根性が足りねえ!」
「そ、それは追々身に着けていこうかと・・・」
「やかましいッ!帰ったら一から叩き直してやっから覚悟しとけッ!!」
「えええええ!?」
ギーシュが物理的に地獄に落ちることが決定した瞬間だった。

へなへなと地面にくずおれるギーシュに眼を向けて、三人の少女は同時に
溜息をつく。
「ま、これでちょっとは成長するかしらね」
「因果応報」
「・・・あれ?ところで何か忘れてない?」

「ギアッチョさーん・・・」
古木の幹にしがみつきながら、シエスタはか細く悲鳴を上げる。
「み、皆さーん・・・下ろしてくださいぃー・・・」
彼女が救出されたのは、それから十分後のことであった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー