ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

味も見ておく使い魔-25

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匿名ユーザー

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ルイズたちがニューカッスル城に到着した日の、太陽が落ちた後……
生き残った、王党派の主要な面々は、全員城の謁見の間に集合していた。
戦時にもかかわらず、その大きな部屋には、テーブルの上に豪華な肉料理が並べられている。
野菜料理はどこにも見当たらなかったが、それにしてもテーブルからはみ出るほどの肉の量だ。
どう見てもこの間にいる人数で食べきれる量ではない。
「まさに、在庫一斉処分。食物の総出撃でありますな!」
壮年の男性が、豪快にルイズに話しかけていた。
このような状況でも、みな清潔に折り目をつけた軍服を着ていた。
どうやらこのような事態のために、特別に保管していた服であるらしかった。
彼らにとっても、この宴は意味のあるものなのだ。もしかしたら、これが最後の楽しみになるかもしれないのだから……
そう考えたルイズは悲しくなった。
だから、話しかけられた貴族に対しては適当にお茶を濁した返事しかできなかった。
「え? ええ。そうですね……」
その返事で、貴族はすべてを察したのか否か、ルイズを暖かく見つめると、では失礼するといって彼女の元から優美に立ち去っていった。

ルイズは華やかな宴の中、物思いにふける。
楽師など、とうの昔にいなくなっているため、今宵の音楽は人々の話し声のみである。
そのなかから、ワルドの声がだんだんと大きく、近づいてくることに、ルイズは気がつかなかった。
「ルイズ、いい事を考えた。この場で結婚しないか?」

結婚という単語でようやくわれに返ったルイズは、まともな反応ができなかった。
あっけに取られた様子で、ワルドのなすがままに手をとられて、そのままウェールズ公の下に連れて行かれた。

そんな様子のルイズを気にかけるでもなく、ワルドはウェールズに丁重に話しかけた。
「殿下、お願いがございます。私、ワルドとルイズは許婚なのでございますが、このたび、殿下の御武勇に預かりたく、殿下御自身に正式な婚約の誓約の証人となっていただきたいのです」

「面白いな。よかろう、その話、私は引き受けたぞ」
「ほう、それはめでたいですな」
ワルドの申し出に快諾するウェールズ。その隣に傅いたパリーがうれしそうに目を細める。
ルイズは一連の流れにまったくついていけていなかった。

「え、ちょ、ちょっとワルド様?」
「へえ、なかなかやるじゃないルイズ。ワルド様って言うの? 彼、なかなかのいい男じゃない」
いつの間にかいたのか、キュルケがはやし立てる。だが、彼女の表情は友人の祝福を願うおだやかな表情をしていた。

だが、その場の話の流れに逆らう男が二人。
「お前は何を言ってるんだ? 式を挙げる?この状況で?」
「まだ任務中なのに?
 君は『家に帰るまでが遠足です』って言われた事がないのかい?
 っても遠足自体ないのか…」
ルイズの使い魔達だ。
その言葉にわれに返ったルイズは、両手と首を大げさに振りつつ、ワルドに返事をした。
「そ、そうよ! 私達は任務中だし、それに……」

「それに、なんだい?」
ルイズは一瞬だけ息を呑んだが、改めてかつての許婚者に向かい、はっきりと言い放った。
「それに、私。あなたと結婚するつもりはないわ」

その言葉に、ワルドは笑顔をまったく崩さない。と、いうよりも、表情が笑顔のまま凍りついていた。
ワルドの口が、ぎこちなく開かれる。まるでさび付いた城門を力任せに押し開くようだ。
「何だって?」

「ごめんなさい、ワルド様。私はあなたの事好きよ。でも、それは結婚したいとかじゃあないの。単なる憧れなのよ、魔法がとても優秀なあなたに対する……」

「……ちがう……」
ワルドが笑顔の表情を崩し始めた。徐々に狂相を帯びていく。

「違うんだルイズ! 君は自分の力に気づいていないだけなんだよ!」
ワルドはルイズの肩をつかみ、揺さぶりながらわめくように語り掛けた。
「何のことをいっているのかさっぱりわからないわ!」
(痛い、話して。ワルド様)
ルイズはそう目で訴えたが、今のワルドにはまったく通じていない。
むしろ、ルイズの肩をつかむ力をいっそう強くしていった。

「ルイズ! 君の魔力は僕達なんかのスクウェアクラスよりも偉大だ。君なら世界を手に入れることすらできる!」
「……わたし、世界なんかいらないもの」
そういいながら、ルイズは人が違ってしまったようになったワルドを見上げた。
何が彼をこのように変えてしまったんだろう?
昔のワルドは、このような目をする人じゃなかった。ちゃんと私の話を聞いてくれた。

「さあ、『うん』といってくれ僕のルイズ! 僕には君の存在が必要なんだ!」
「ワルド、あなた……」

だれもがワルドの剣幕に押され、動けない中。
たった、たった二人だけ、動く影があった。

そのうちのひとり、岸辺露伴が静かに口を開く。
彼にしては珍しく、その目は静かな怒りがこめられていたのがルイズにだけは見て取れた。
「いや、ワルド……お前は『ルイズ』を必要としていない。
 貴様が必要としているのはルイズが持っているかもしれないという、『ルイズの能力』だ。
 お前はルイズではなくルイズの力と結婚したがっている。
 貴様にとってルイズは一本の杖でしかない。ひとつの意思持たぬ凶器でしかない!」

ブチャラティが露伴の後を力強く続ける様に、言った。

「いいかッ!
 吐き気をもよおす邪悪とはッ!
 なにも知らぬ無知なるものを利用する事だ…
 自分の利益のためだけに利用する事だ!
 婚約者が何も知らぬ許婚を!! てめーの都合だけでッ!

 ゆるさねえっ!
 あんたは今ッ!
 ルイズの心を『裏切った』ッ!」

空気が奇妙に歪んだ。
「『裏切った』? 僕が? ハハッ、それは違うね。まったく持って誤解だよ、それは」
ようやくルイズの肩を話したワルドが振り返り、投げつけるように叫んだ。
その瞳は、憎しみにとらわれた漆黒の炎を宿している。
「わが父が死んだとき、トリステインの王国がなにをしてくれた? 何もだ!
 僕らの血の代償を何も支払わず、ただただ、無意味に死を強要するだけ……
 僕が裏切った? 違うなルイズ、ブチャラティ。裏切ったのはトリステイン王家のほうだ。
 トリステインが、僕を裏切ったんだ!」

「ワルド、あなた、まさか……」
まさか、トリステインまでも、姫様までも裏切るの?
ルイズがひねり出した、か細い疑問の声は、ワルドが会場全員に話しかけた大声にかき消された。

「聞け、全てのメイジ達よ。この内戦はやがて終わる。
 だが貴族派が勝利し、内戦が終わったからといって平和が訪れるわけではない。

 アルビオン王家の支配から解き放たれ、これまで押さえ付けられていた平民の政治意識は活発化するだろう。
 そして理不尽なまでの貧富の差が、貴族と平民の互いの憎しみを煽る。
 それはハルケギニア全土に波及する。金で貴族の位が買えるゲルマニアとて例外ではないだろう。

 平民のなかに、超常の力が使えるものが少数ながら出現しつつある今、貴族と平民の能力の差は限りなく薄い。
 国家の管理からはずれ、暴走する力。
 それらがいつどこから飛んでくるか分からない時代がくる。
 たとえ同盟国であろうがいつ敵になってもおかしくない。
 それどころか、同じ国の人間どうしが殺しあう時代が訪れるだろう。今のお前達のように。
 昨日までの隣人が、戦友が、家族が! お前に杖を向けるかもしれない。お前を殺すかもしれない!
 お前たちはそれでいいのか? お前は本当に祖国に必要とされているのか?
 お前達の国は、本当はお前を殺してやりたいと思っているのではないか?」

ワルドは余裕の笑みすら浮かべ、ウェールズに宣告した。
「ウェールズ公。いや、今は国王陛下だったか? われらが主、クロムウェル殿から伝言だ」
ウェールズ公の表情が驚愕にとらわれた。
ワルドは貴族派の一員だったのか!
それにしても、いったいこの期に及んで、あの反逆の首魁が何の様だ?

「あの世で革命の成就を御覧あれ、だ」
そういった瞬間、ワルドは杖を引き出し、ウェールズに投げつけるように突き出そうとしていた。
彼はいつの間にか魔法を唱えていたようで、その杖の先は光り輝いている。

『ヘブンズドアー』!

いつの間にかウェールズのそばにいた露伴がそういった瞬間、ワルドの動きが一瞬停止した。
同時にウェールズが後方にすっ飛んでいく。
しかし、ワルドは身動きひとつしていない。


しかも、驚くべきことに、吹き飛んだはずのウェールズまでもが元の立ち位置に戻っていた!
驚愕した顔のウェールズの懐に、再度ワルドの杖が差し込まれる。
だがしかし、今度はウェールズの体に『ジッパー』が取り付けられていて、ワルドの差し出した杖に沿ってウェールズのジッパーが開いていく。
その現象のおかげで、ウェールズ自身に肉体的ダメージはまったくない。

露伴が用心深く距離をとりながら、ワルドに話しかける。
「やはり、何らかの対策を取っていたというわけか……」
「君のスタンド能力は知っているよ。むしろ、僕が『レコン・キスタ』の一員であることにいつ気がついた?」
「まさにその点さ。僕のスタンドの対策をしている時点で、君は真っ黒なんだよ」

ブチャラティがウェールズを護衛する位置についた。
それを見ながら、ワルドはなおも涼しげに語っている。
「まったく、これで僕の三つのたくらみはすべて失敗という可能性が出てきたね。これから、『レコン・キスタ』内での僕の肩身が狭くなりそうだよ」

ウェールズの元にキュルケとタバサが駆け寄っていく。
だが、彼女達は、先日のラバーソールとの戦闘で、あらかた魔法力を喪失している。
それではまともな攻撃を行うのは難しい。
彼女達は、ウェールズの護衛に専念することにした。
ほかの貴族達も、次々に事の事態を把握し、懐から各々杖を取り出していく。
そのなかで、一人、場違いもはなはだしく、ルイズがほうけたように口を開いた。
「三つのたくらみ?」
「そうとも。ひとつはルイズ、君を手に入れること。もうひとつは、アンリエッタの手紙の奪取。最後はウェールズ閣下、あなたの御首だ」

「なるほど、でが、この状況で逃げられるとでも?」
「そうだな、『一人』では難しいな」
ワルドはそういいながら、新たに杖を振った。
彼の影がいびつにゆがむ。そこから、四体のワルドの複製が、這い出るように出現した。
「『偏在』か……」
「その通りだウェールズ閣下。しかもそれだけではない」

「僕のスタンドを打ち破った力か……」
「そのとおりさ露伴君。君にはまったくわかるまい?」
ワルドはそういいながら、偏在と本体が、同時に魔法を唱え始めた。
そして、一斉に『エア・ハンマー』を放つ。狙いはすべて、ウェールズその人に向けられていた。

貴族達は一斉にワルドに向けて攻撃をかけた。
すさまじいまでの魔法の本流がワルドを襲う。
しかも、ウェールズが露伴の手により再度ふっとばされたため、ウェールズに向けられた魔法は完全に空振りしていた。
薄れ行く意識の中、ワルドは飛び去っていくウェールズの方角を確かめた。
そして彼は、意外なことに、この状況下で自身が身につけた腕時計を操作した。

「い……ま…だ…『マンダム』!」
時空がゆがむ。


「僕のスタンドを打ち破った力か…………?」
露伴がそういいつつ、自身が何を言っているのか理解できないでいた。
「僕が何をやったか、君にはまったくわかるまい?」
ワルドはそういいながら、再度同じ時空で、偏在と本体が、同時に魔法を唱え始めた。
そして、今度は一体の偏在のみ『エア・ハンマー』を放った。
残りの偏在は、『エア・ストーム』を唱え、貴族達の魔法の軌道をそらす。

わけもわからないまま、露伴は自分のスタンド『ヘブンズ・ドアー』をウェールズに発動させ、「後方に吹っ飛ぶ」と書き込む。

ワルドは吹っ飛ぶその軌道を予想していたかのようにワルドの一体がフライで飛翔して近づいた。
そして吹っ飛んだ状態のウェールズにむかって、『エア・ニードル』をまとわせた杖を突き出す。

だが、その杖は誰の肉体をもかすることなく、会場の地に落ちた。
ワルドの右腕ごと。

その現象を作り出した男が、静かに語りだした。
「お前は時間を幾分か操ることができる。違うか?」

ブチャラティのその言葉に、王党派の面々が一様に、固まったように立ち止まった。
「その通りさ。よくわかったね」
「ああ、俺は、時空を操作された環境を『体感』して知っていたからな」
ワルドはしばらく沈黙を守った後、フフフ…と笑い出した。
「正確には、僕は時をきっかり『六秒』だけ巻き戻すことができる。私がクロムウェル殿からいただいたスタンド。名は『マンダム』だ。よろしく……そしてさよならだ」

ワルドの左手が、この場にふさわしくない、奇妙に動作を示した。
手首を半ば無理やりひねり、彼がはめていた腕時計の突起を押したのだ。
時が再び巻き戻る……
今度は、ワルドがブチャラティの攻撃を完全によけた。
「これでチェックメイトだ! 死ね! 使い魔!」
一瞬無防備になったブチャラティの腹部に、ワルドの魔法『エア・ニードル』の凶刃が吸い込まれるように貫かれた。
「グッ!」
ブチャラティの口から嘔吐ともつかぬうめき声が発せられる。
攻撃の直前、彼の攻撃を予期していたかのようにブチャラティは体をひねっていた。
そのおかげで、彼の傷は幸い致命傷ではないようだが、かなりの重症だ。

「ちぃ、はずしたか!」
ワルドは再度同じ魔法を唱えようと、小さく詠唱を始めながら自分の杖に力をこめた。
ブチャラティとウェールズ。どちらを攻撃するか悩んだが、一瞬でブチャラティを先に攻撃することにした。
だが、スタンドを熟知しているのであれば、一瞬にしてもそのような隙をブチャラティに見せるべきではなかった。
「だが! 貴様はこれ以上攻撃できまい!」
ブチャラティは自身の、今にも吹き飛びそうな意識を闘争心で補いながら、ワルドの杖を体のジッパーで固定していた。
ワルドがどう引っ張っても、ブチャラティを貫いた杖はびくとも動かない。

そのような間にも、彼ら二人をメイジの人の輪が締め付けている。

ワルドはスタンド使いとしてはまだまだ未熟であった。
その隙はわずか一瞬。だが、その僅かな時間を許したことで、ワルドは背後の露伴の行動に気づくことができなかった。
「いいぜ相棒! 俺様の真の姿をみんなにお披露目だ!」
「奇襲してんのにしゃべんなコンほでなすっ!」

デルフリンガーを通し、露伴の腕に伝わる確かな手ごたえ。
彼の左腕は、肩から魂の本陣と切り離される。
手首につけた腕時計が床と衝突し、奇妙な金属音を立てた。
「くそ!」

ワルドが自分の窮地を察し、その場から後ずさる。
彼の後頭部から、銀色の円盤が出現し、地に落ちた。

「だが、残念だったな諸君! この城はどう足掻いても我々『レコン・キスタ』と貴族派によって落とされる! 聞こえるだろう! この大地をとどろかす砲声が、血みどろの阿鼻叫喚が!」

彼の言うとおり、城の正門がないやら騒がしい。銃声や罵声が浴びせられている。
どうやら敵の攻撃が始まったようだ。
「ド畜生がッ!」

一人の若いメイジが放った氷の魔法を、ワルドは笑ったまま眺めた。
薄笑いを浮かべ、その攻撃をよけようともしない。
「多少痛いからこの方法はとりたくなかったんだが……」
『ウインディ・アイシクル』の槍がワルドを貫こうとする瞬間、彼の肉体は空気の塊で上方に吹き飛ばされた。
そのまま大広間の天井付近のステンドグラスを突進で墓石、外に出て行った。
「待て!」
だが、今の王党派にはワルドを追う術は持ち合わせていない。
彼らは、ワルドが窓の枠越しに、外で貴族派の紋章の戦闘服をあつらえた風竜に乗り込むのを黙った見過ごしていくしかなかった。

「報告いたします! 敵一部勢力による奇襲により、われらの防衛線が破られました!」

並み居る貴族達が無力感を感じいているその場に、いまさらながら見張りの兵が駆け込んできた。
「馬鹿者が! どうして気づかなんだ!」
「そ、それが…攻撃してきた敵は一部の兵でして…傭兵が六百名ほどでしょうか。敵陣形の変更が一切なかったために見張り役は気がつきませんでした!」
「おろかな! で、味方の防衛はどうなっている?」
「わかりません! みんなバラバラで、それにもうすぐ敵がこちらに来ます!」

背後に交わされる会話と、あわただしい足音を背に、ルイズは今にも力尽きそうな自分の使い魔に駆け寄った。
彼は足元すらおぼつかない様子だったが、まだ目的がある風に、まっすぐにウェールズの元に向かっている。
ルイズは思わず自分の肩をブチャラティに貸しながら話しかけた。
彼を召喚する前のルイズであれば、平民にそのような真似などするはずもないのだが。今のルイズにはそのような発想だの微塵も浮かばなかった。
「ブチャラティ、大丈夫?」
その場にはキュルケたちも集まっていく。

「まだだ、ルイズ。俺よりも自分のみを優先しろ。みんな、気を抜くな。この貴族派の攻撃をどうにかしてやる必要がある」
「そんなこといって、ダーリン。あなたが一番傷ついているのよ!」
キュルケが切なそうに傷口を見ながら言っていた。
「その通りだ。君は休んでいたまえ。我々の名誉にかけてでも、命に代えても君たちの身柄は保証しよう」

「いや、そんなことをせずにも、この攻撃は撃退できる」
ブチャラティの息は絶え絶えだったが、その瞳には確固とした意識があった。



「こんなところに地下港があるなんてよう」
突入した傭兵隊の隊長、マーク・ワトキンはニューカッスル地下の埠頭を見下ろし、つぶやいていた。
城に突入した貴族派の兵共は、あたりを用心深く伺っている。
彼らは、城壁を越えて坑道を掘りつつ、城の地下倉庫にまで侵入することに成功していた。
王党派の連中に気づかれることなく城内部にまで入れたのはいいが、結果的に、一度に侵攻できる兵士の人数が限られてしまっている。
彼は今までの状況を反芻していた。
敵の見張りを黙らせ、防衛線の兵を背後から攻撃したので、王党派の指揮系統は混乱している。
が、それも一時的なもの。今のところ、侵入できた兵のうち、自分の指揮できる人数は百にも満たない。
貴族派総数で見積もっても、三百人には届かないだろう。
兵の絶対数で言えば、王党派のほうが有利な状況なのだ。このまま指揮系統が混乱した内にウェールズたちを縊り殺してしまうほかない。そう考えた彼は、自分の傭兵たちに、ウェールズの居場所を最優先に探すように命じていた。
そのとき、上のほうから男の声が遠くのほうから響き渡った。
「ウェールズがいたぞ! 聖堂だ!」
彼は全滅の危機を克服したと重い、ほっと一息をつきながら、自分の傭兵団、『ブース・ボクシング』に命じた。
「やろうども! 全員ウェールズを殺れ! 殺った奴には褒賞金を分けてやる!」
その一言により、一握りの兵共が全員階段を上っていく。
その途中、不思議なことに一度も王党派の兵士とすれ違わなかった。
運がいい。マーク・ワトキン葉そう多いながら、城の中庭に出ていた。
城壁には王党派の連中が張り付いていたが完全に混乱しているらしく、まったく統率が取れていない。
しかも、こちらを味方と思っているらしく、しきりに応援を頼む旗信号を送ってきている。

そんな事柄を無視し、彼らの一団は駆け足で聖堂に突入した。
彼らの成功の有無が、今回の奇襲を左右する。彼らがウェールズら幕僚を殺害しそこねれば、今回の攻撃はまったくの失敗に帰するのだ。
平民の傭兵である彼らは聖堂の扉を蹴り開け、中に荒々しく立ち入った。
この仕事を終わらせれば、ウェールズの首を貴族派に売り渡せば、俺たちは金持ちになれる。幸福になれる!
そんな思いを受かべていた者達に、冷静な判断を下すことを期待できるはずもなかった。

「誰もいない?」
傭兵の一人が、聖堂の中心で素っ頓狂な声を張り上げた。
おかしい。なんだろう、この違和感は?
マーク・ワトキンは血眼になった兵をなだめながらも、辺りをうかがっていた。
今にして思えば、そもそもあの男の声は俺の隊のものではなかった。
いや、それ以上にこの場所は何かおかしい。
なぜ、礼拝などの椅子が取り除かれている? まるで、大量の兵士を招き入れるかの様だ……

突如彼は気づいた。
「全員! この場を出ろ!」これは罠だ!
だが、彼の声が響き渡ると同時に、聖堂の天井にひび割れが幾重にも張り巡らせていた。
そこから、夜空が垣間見える。

ああ、今日はいい天気なんだな。
マーク・ワトキンの最期の意識は、戦闘とは無縁の、そんなのんきなものであった。
そのような感想は、彼の肉体とともに、かつて聖堂であった瓦礫に埋められていった。


「今のが敵の主力のようだな」
露伴がデルフリンガーを構えたまま、聖堂の跡地から這い上がっていた。
彼のいた場所は、聖堂の天井が崩落していない。

「露伴、お前の声に疑問を持つような奴はいなかったようだな」
ブチャラティは露伴の傍らにいるウェールズの『レビテーション』の力で聖堂の天井から降りてきた。
「大丈夫、ブチャラティ!」
その彼に、ルイズはとび脱すようにブチャラティのもとにかけていく。
「だから、大丈夫だ。君は自分の身を守っていろ」
彼はそういっているが、その本人が一番消耗しきっている。
彼の受けた傷は致命的ではないが、疲労も手伝って息も絶え絶えだ。

「脱出するなら、今しかない」
その奥、聖堂の崩れていない闇の区画から、風竜とその主人たちが姿をあらわした。
ブチャラティはうなずた後、ウェールズに告げた。
「ウェールズ公。俺たちはこのままトリステインに帰る。君たちに最期までつきあえないことを許せ」
「そんなことはない。ありがとうブチャラティ君。今回の攻撃は何とか食い止めたようだ。損害も軽い。すべては君の功績だ」
ウェールズ公がそういいながら、ブチャラティに近寄っていった。
彼は心底ブチャラティに敬意を抱いたようであった。
「これは僕の気持ちだ。このようなものでしか君を評価できない僕のほうこそ許してくれ」
ウェールズが自分の指にはめた指輪を抜き取り、ブチャラティの指にはめた。
「風のルビー……始祖ブリミルの財宝」
キュルケが驚いた目をしてつぶやく。彼女はルイズと一緒にブチャラティの体を支えていた。
「そうだ。今となっては、トリステインにあったほうがこの指輪も喜ぶだろう」

おおい、はやく乗れよ。
デルフリンガーと露伴の声を受けつつ、ブチャラティはウェールズと別れを告げた。
彼はタバサの風竜の元へと足を運んでいく。その足取りはルイズとキュルケが支えている。
「では、さらばだ!」
ウェールズが、今まさに飛び立たんとする風竜に向けて声を張り上げた。

ルイズはウェールズの笑い顔に向かって叫んだ。
「どうかご無事で! どうか、どうか生きて姫様の下へいらしてください!」
「努力はするが、あまり期待しないようにとアンリエッタに伝えてくれ」


ルイズの意思とは裏腹に、無常にも竜は飛び立っていく。
「タバサ、もうちょっとだけここにいられない?」
「無理」
それでも、といいかけたルイズに、ブチャラティがはなしかけた。
「そうだ。君の気持ちは痛いほどわかるが、今は姫殿下の命令を優先させるべきだ」

「わかったわ」
ルイズはそういって、今度はタバサに一刻も早くトリステインに行くように催促した。
タバサは半ばあきれたが、彼女は何も王女の命を重要視したのではなかった。

ブチャラティはそれを聞くと安心したかのように目をつぶった。
疲労したのか、眠っているようだ。頭をルイズの肩に乗せている。
ルイズは一瞬、その頭を押しのけようと思ったが、やめた。
その代わりに誰にも聞こえないように、そっとつぶやくのだった。
「ブチャラティの傷、一刻も早く直さなくちゃ……」


レコン・キスタ陸軍ニューカッスル方面軍集団の総司令官は本営のテントの前に立ち、攻略計画を話す副官の言葉に耳を傾けていた。
「ワルド氏の奇襲計画が失敗に終わった以上、当初の計画通り、明日正午の攻撃で一気に攻め落とします」
ふん。と鼻をうならせ、傍らに立つ隻腕の青年に話しかけた。
「こんな小細工を擁すなど、最初から大群で押しつぶしてしまえば良いのだ!」
彼の元には、奇襲作戦の計画が実行直前まで耳に入らなかった。
要するに、彼はその点が不満なのだ。
ワルドと名乗る隻腕の男は微笑を隠さずに返答した。
「これは中央部、『レコン・キスタ』の意向です」
彼はそういいながら風竜に乗り込んだ。
「まて、どこへ行くつもりだ?」
「私は王都……もとい帝都へ戻ります。報告することがありますのでね」
「わかった。好きにするがいい」
この青二才目が。卿は内心毒付いた。
彼の竜裁きは、素人見にもすばらしいらしいことが伺われる。
ワルドの姿は、あっという間に司令官の視界からいなくなってしまった。
彼はニューカッスルの方角をかえりみた。
その方角の空には、二つの月がその位置をわずかにずらしながら重なった位置で天頂にたたずんでいる。
また、城の近くの空に、一匹の風が飛行している姿が、月光に照らされているのが見えた。
何者だろうか? あのあたりは城に近すぎるだめに飛行を禁じているというのに。
「おい、竜騎士共に飛行禁止区域を再徹底させろ」
彼は副官にそういいながら、白い息を手の平にはき掛け、不機嫌そうに天幕の中に入っていった。
天幕の上空には、ワルドの乗った風竜が、傲岸な風を撒き散らしながらロンディニウムに向かって飛翔する姿があった。


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