ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

味も見ておく使い魔-24

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匿名ユーザー

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 そのとき、埠頭を眺めていたルイズは、この場では信じられない声を耳にした。
「あら、遅かったわね。あら? っていうか、あなたたちいつの間にウェールズ公にあったの?」
埠頭には、何故かキュルケとタバサがいた。
「あ、あんたたち! なんでこんなとこに! っていうか、いつの間に!」

「私たちはラ・ロシェールからまっすぐ直行したせいか、貴族派の方々には何度か捕まったけど、『私達はゲルマニアの特使で、王党派に国交断絶を伝えに行く』と騙ったら、ご丁寧にも『レキシントン』とか言う船でここまで送ってくれたわよ。なぜかしつこく持ち物を検査されたけど」


驚くルイズを横に、見るからに年老いたメイジが、着岸したばかりの『イーグル』号に乗り付けてきた。
「お帰りなさいませ陛下。今回は大漁のようですな」
そのような出迎えを、ウェールズは不可解そうな表情で受けた。
「パリー、僕は『殿下』だ。国王代理に過ぎない」
「いえ、やはりあなた様は閣下にあらせられます」
老メイジが淡々と話を続ける。涙は流していなかったが、目は赤く充血していた。
彼は話を続ける。叛乱軍共の使いがジェームズ前陛下の崩御を知らせて参りました。
「また、明日の正午にこの城に総攻撃を仕掛ける、との由にございます」

「なるほど、つまりはわれわれ自身がアルビオン王国と同義になったのか」
老メイジは力なく同意した。
ウェールズは自分のうちに発生した感情を他人に読み取られないように苦労した。父上が……

彼はあからさまに明るく、その報告を行った哀れな老人に語りかけた。
「それでは間一髪というところか。今回の獲物は硫黄だ。
 これで、叛徒共に名誉を示しながら敗北することができるだろう」
ウェールズはこの老人に、トリステインからの密使が来たことを告げ、その応対として指示を発した。
パリーと名乗るこの老メイジはルイズたちに向かって自らを簡素に名乗ると、城の奥の方に駆け去っていった。

ルイズは敗北という単語列が事もあろうに王族から発せられたことに愕然とした。

負けてしまうというの?
つまり、死ぬっていうこと?
彼女はおずおずと、だが、はっきりとした口調でウェールズの背中に語りかけた。
「あの……勝ち目はあるのでしょうか?」
「まあ、無いな。こちらは三百、あちらは五万。
味方が全員虚無の使い手だったら話は別だけれどね」
振り返り、今度こそさわやかな笑顔を返すウェールズと、憂鬱そうなルイズが、顔のコントラストを明確にしていた。
殿下はどうして死ぬとわかっているのにこうも明るく振舞えるのだろう?


なぜ?

どうして?

死ぬのが怖くないの?

ルイズは思わず叫んだ。血を吐くように。
「殿下、お願いがございますっ! 亡命なされませ!
 私達と共に、トリステインについてきてくださいませ!
 きっとアンリエッタ王女もそれを望んでいる筈でございます!」
彼女の姿はもはや半狂乱と言ってよい。ルイズはとめどなく流れる涙を不幸ともしていない。
むしろ泣いていることに気づいていないようである。

だが、ウェールズはその申し出をやさしく拒絶した。
「無理だ、それは。私に最も忠実な部下達を見殺しにすることはできないよ」
彼のはっきりとした物言いに、その場にいる誰もがそれを嗤うことはできなかった。
見事なまでに明るい表情で言い放つウェールズの元に、先程の老人が小走りにかけてくる。

「大使殿の応対の準備が整いました」
「まあ、現状はそういうわけだ、大使殿。わが陣営はこのような有様だ。すまないが、お世辞ではなく、本当にお粗末な応対しかできない事を許してくれ」
「それと、パリー。君はいい年なのだからそのように走るのはやめてください。
 このようなことで怪我をしたらまことにくだりませんぞ」
「さて諸君。僭越ながら私が城の道案内をさせてもらおう」
ルイズは、ウェールズの後に続いて桟橋を降りていった。
その後にブチャラティたちが続く。
ルイズ達は城方の硫黄積み下ろし作業を邪魔しない様に、かなり迂回した道を通って城内に入っていった。

 ニューカッスル城内には、様々な香水の匂いが立ち込めていた。
何百もの香水が混ざり合って、もはや不快の域に達している。
高、低の価値に関わらず、城に残っている全ての香水をぶちまけているようであった。
「何なの? この匂い。センスも何もないじゃない」
ルイズは前にいるウェールズに聞こえぬようにつぶやいた。
だが、鼻を自前のスカーフで覆っている。自分が後ろにいるので、王子には見えない。
彼女は、それくらいは失礼にならないと思っている。

ブチャラティは、この匂いの中に、別の意図を感じていた。
彼は誰にも気づかれない程度に歩調を落としながら、後続にいる露伴にささやいた。
「ロハン、この匂いの中には……」
「ああ、まだ鉄の匂いがする。それに焦げた臭いもわずかだが消せていないな」
人肉の腐敗臭、硝煙の臭い……それらを知る二人には、察するものがあった。
「そーなんか?俺にゃ鼻がついてないんでわかんねーな。
 だが、主賓にゃばれてねーよーだし、いいんじゃぁねーか?」


「あんたたち、早く来なさい。おいてくわよ」
かの主賓はウェールズ公の横に、涙で腫れぼったくなった目をしながら、廊下の端にいる使い魔をどなりつけていた。

ルイズたちはウェールズの私室に案内された。
そこは白で統一された清潔感のある調度品に囲まれており、清潔に保たれている。
断続的に聞こえてくる砲音がなければ、とても戦場下にあるとは思えないほどであった。
ウェールズは部屋の隅にすえつけられた木製の宝箱に歩み寄ると、そこから一通の古ぼけた手紙を取り出した。
彼は愛おしそうに文面を目で読み上げると、何度も折り返したであろう折り目をたどり、封筒にいれルイズに手渡した。
「これが彼女の手紙だ」
手渡された手紙は、すばやくブチャラティの手により、ルイズの体内に保管された。

「ところで、君たちはどうやってここから脱出するつもりかい?『イーグル』号はすぐに出航するから、それに乗るならば、饗応ができないのが残念だが、それに乗ってすぐに帰るといい」

「タバサの風竜にのって脱出する、とういう手もあるわよ」
キュルケはそういったが、同時にタバサはぽつりと言った。
「私の乗ってきた風竜は疲労している。夜半まで、長時間の飛行は無理」
どうやら、タバサの竜は体を休める必要があるらしかった。

「じゃあ、私たちもタバサの竜で帰ります」
ルイズはそういった。ルイズはウェールズの明るすぎる態度に不満をやり切れぬ切なさを心に抱いていた。
それならばと、ウェールズは自分音部屋をルイズたちに自由に使ってくれといった。彼はこれから忙しいらしく、
「すまない。これから重要な会議を始めるんだ。しばらくこの部屋でゆっくりとしていってくれ」
ウェールズがそういいながら部屋を出て行った。
また、キュルケとタバサも、タバサの竜の様子を見てくるといって、部屋を後にした。
彼女たちには別に部屋が用意されているらしい。

部屋の持ち主がいなくなると、沈鬱な沈黙がこの部屋内を支配していった。
それを自らの意志の力で破るかのごとく、ルイズは自分の許婚者に話しかけた。
「ねえ、ワルド。ウェールズ様は死ぬおつもりなのかしら?」
「そのようだね。あのお方は戦の先頭に立って全軍の模範となり、真っ先に死にに行くような人と見た。まさに尊敬すべき貴族の鑑だね」
その返答に釈然としないルイズは、わらにもすがるような心地でブチャラティに話を振った。
ルイズの両手は、硬く握られている。
ワルドは、露伴となにやら話をしているようである。時折デルフリンガーの声が聞こえるが、今のルイズにはそれに聞き耳を立てる気分にはとてもなれなかった。
「ねえ、ブチャラティ……どうして、ウェールズ殿下はあんなにも明るく振舞えるのかしら?
 明日は必ず負けるってわかっているのよ? 死ぬしかないと分かっているのに、どうして……?」
ブチャラティは困ったようにルイズを静かに見つめると、静かに口を開き始めた。

「俺は、あちらの世界でギャングをやっていた……」
「ギャング?」
初めて聞く言葉に、ルイズは目を白黒させる。それよりも、この話とウェールズに関係があるのだろうか?
「いわゆる、ごろつきだな。店からショバ代を徴収して町のチンピラから守ったり……麻薬を売ったり」
「つまり、シティシーフのギルド構成員だったってこと?」
「よく分からんが、たぶんそんな感じじゃないかと思う」
「もしかして、あなたも暴力を振るったことがある?」
「…ああ」
「…人を……殺したことは?」
「………ああ……ある」

ブチャラティの顔は完全に強張っていたが、いまさら後には引けない。
ルイズはためらいがちに先を続けた。
「……麻薬を売っていたことは?」
「いや、それに関してはおれ自身なりの考えがあった。特に子供対して売ることは、どんなに言い訳しても許されないと思っていた。だから、間接的だが、それが原因でボスに反逆した」
「そんなことして大丈夫だったの?」
「まさか。普通は反逆した時点で抹殺される。だが、俺の場合は仲間が助けてくれた」
「あいつらは、俺が何の相談もなく組織を抜けたことに関して、愚痴をこぼしつつも俺についてきてくれた。自分 たちの命を、俺に預けてくれた。俺の信念を、守るべきと信じたものを、彼らは受け継いでくれたんだ」

ブチャラティは手近な椅子を引き寄せ、腰掛けながら話を続けた。
ルイズもつられて近くの椅子に腰掛けたが、彼女の顔は納得がいっていない風である。

「これは俺の思い出なんだが……
 思い返すと、俺はあちらの人生で回り道ばかりしていたような気がするよ…
 『あちらで生きてきた人生に後悔はないか?』と聞かれれば、正直『ある』と答えるしかない…
 だがな…そんな俺でも…自分では到達できなくても…
 自分を理解してくれる人がいれば…
 俺の意思を受け継いでくれる仲間がいれば…
 その仲間が自分の人生の目標を達成してくれるかもしれないだろう?
 その仲間が到達できなくても、そのまた仲間が俺の目指した道を歩んでくれるかもしれない…
 そういったことで、俺は人の意思を、彼等自身では目指せなかったものを、目指したいと考えている…俺は、人の関わりをそういう風に考えている…」

露伴とワルドも、いつのまにか二人の話をやめ、ブチャラティの話を聞き入っていた。
「おそらく、ウェールズ公には自分の命に換えてでも守るべきものがあるんだと俺は思う」
「そして、自分の意志が誰かを通じてきっと『目的地に到達できる』と考えている。
 俺は彼の目にそういう瞳の光を感じた」
「そういうものなのかしら? 命よりも大切なものがあるって……いえ、私も貴族の名誉が命よりも大事って事は頭ではわかるわ……でも、そうやって守ることで、悲しい思いをする人がいるんじゃないかしら? いえ、今回の場合は、姫様が絶対にお悲しみになるわ。ウェールズ様の守るべきものって、そんなにまでしてまでも価値のあるものなのかしら……」
ルイズはわけもわからず、悲しそうに首を振った。

そこに突然、岸辺露伴が口を挟んでくる。
「残念だが、そーいう考えは僕の最も嫌いな物のひとつだな」
「どーせ、愛しのアンリエッタを助けるために亡命しないつもりなんだろうよ。
 残されたものの感情などお構いなしに行動して…勝手に死にやがって……
 身代わりのつもりか? フンッ! それは単なる自己満足なんだよ!
 僕はやつの考えを肯定しないぞっ! 何が何でも否定したくなってきたぞ!」
露伴は怒りというよりも、むしろ意固地な駄々っ子のような幼い激情を自身の顔に抱いていた。
だが次の瞬間、彼は感情を表に出したことを恥じるように、いたずらな笑みを浮かべる。
「……だが、やつの考え方は読者にモテることは間違いないな」
「ロハン! どうしてあなたはいつもそんな茶化したことしか答えられないの?」


「気にすんなルイズ。ロハンはこいつなりに気を使っているつもりなのさ」
「デルフ! ルイズに妙なことを吹き込むんじゃない!」

「こいつの性格はちとアレだが、根はいいやつだ…と思う。本音はウェールズの言うことが理解できるが、そのために失うものの大切さも知っている。だから、ブチャラティの考えも、ルイズの気持ちも素直に認められないんだな……イデッ! 蹴んなッ!」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ

アルヴィーズの食堂の1/3程の大きさの部屋に、二十名ほどの貴族が集まっていた。
長さが十五メイルほどの楕円形の机を囲んでいる。
円卓の上座に座ったウェールズが口を開いた。彼の椅子の背後には、アルビオン王国の国旗が飾られている。
「私の父上、ジェームズ一世が先日処刑されたのは皆も聞いてのとおりと思う」
「まことに御無念にございます」
「我々が不甲斐ないばかりに……」
「よい、そのような泣き言は聞きたくない。重要なことは、ここで抗戦を続け、条件付の講和を引き出す理由がなくなった事実だ」

「そこで今後の計画であるが、私の考えを聞いてはくれないだろうか?」
 ウェールズはあえて命令の形を取らなかった。
「まず、ガリアの援軍の件であるが、現在においても何の動きもないところをみると同盟を履行する気はないらしい」
「あれは口約束だったのでございますな。二ヶ月前の大使の約束は」
「おのれ!ナメタまねを!」
貴族が義憤のあまり騒ぎ立てる。会議場の気分は一気に沸点に達した。

ウェールズがその様子を眺めながら、ある決意を己のうちに下した。
王党派のうち、ウェールズに率いられていた軍組織はいままでに、避難民などに対しては積極的に支援をしていた。
だが、ウェールズ自身は亡命することをためらっていた。
なぜなら、もしウェールズが他国に亡命する場合、トリステインの港、ラ・ロシェールを必ず経由する必要がある。物理的にはガリアの港を利用することも可能だが、あまりに政治的リスクが高すぎる。
彼は自分がラ・ロシェールを経由して亡命をした場合のシミュレーションを幾通りにも渡って考察していた。
おそらく、『レコン・キスタ』が主導する貴族派がアルビオンを統一した場合、トリステインに対し、それを理由に宣戦を布告することは確実だった。

しかし、あの密使がもたらした情報によって、状況は変わった。
アンリエッタ王女からの、あの手紙……
彼が亡命することは、トリステインを戦争に危険にさらすことを意味する。
この前まで彼は、愛する彼女のために、いっそこの地で討ち死にをしたいという気持ちになりかけていた。
しかし、彼女の手紙を見て気が変わった。三年前は恋する乙女そのものだった可愛いアンリエッタ。
その彼女が、一国の長にふさわしい冷徹な手紙を書いてきている。この手紙からは、彼女の本心は全く見えない。完全にトリステインの国益のために書いたと思われる文書だ。
この様子なら、彼女はトリステイン国民にとって、最も賢明な判断を下すに違いない。
三年前のアンリエッタは違った。限りなく甘ちゃんで、世間知らず。どこか守ってやらなければすぐに転んでしまいそうな、純粋な恋する乙女。
大人になったな、アンリエッタ……ウェールズはそう感動しながらも、一瞬だけ、何故だか恋人を失ったような虚しい気持ちにとらわれたのだった。

ウェールズが自身のそんな気持ちを振り払うかのように、落ち着いた様子で話を続ける。

「そこで、われらはアルビオン王家に長年伝わる、伝統的な戦争をやろうと思う」
「『逃げる』……つまり、亡命するというわけですな」

ゲルマニアと軍事同盟を結んだトリステインならば、十分な兵力をそろえることができる。
アルビオンの貴族派の連中も、ゲルマニアの陸軍に対しては不用意に開戦できないはずだった。

ウェールズは会議室を見回した。
今の彼の発言で、少しはこの場の喧騒が落ち着いてきた。皆ウェールズの紡がれる次の言葉を待っている。
「そうだ。で、相談したいのは亡命政権を打ち立てる場所だが……」
「トリステインが一番妥当でしょうや?」
「いや、私はゲルマニアが適当と思う。今から理由を説明する」

ウェールズは深呼吸を一回した後、無機質な口調で一気に報告を行った。
「このたび来訪したトリステインからの使者によると、このたびゲルマニア皇帝とトリステイン王女が結婚するそうだ」
周囲からどよめきとも感嘆ともつかぬ声が漏れ出でていたが、彼はそれを無視して、ただひとつの質問にのみ答えた。
「つまり、トリステイントゲルマニアが同盟すると?」
「その通り。婚姻の内容からいって、同盟の盟主はゲルマニアだろう。
 僕がゲルマニアを選んだのはそういうわけだ」
つまり、防衛の面から言えばトリステインでもかまわないが、同盟を積極的な味方につけるにはゲルマニアのほうが有利なのだ。ただ、彼は『ゲルマニア帝妃』の力添えも得られる、とまではさすがに言わなかった。
彼の密やかな恋心が、それを許さなかったのだ。

「ほう」
「ガリアはどうです?」
血気にはやった若いメイジがそう発言したが、すぐさま年長の貴族に発言を返される。
「彼らは天性の機会主義者だ。彼らの力を借りると、たとえ国を取り戻したとしても極めて厳しい譲歩を要求されるだろう。いや、現在においてすでに貴族派と手を握っているやも知れぬ」
「なるほど、了解いたしました」
ウェールズは、この会場にいるすべての人間が、自分の意見をいいやすい雰囲気を作り出すことに成功していた。

あらかた意見が出揃ったところで、ウェールズは傍らに立つ老人に、気さくに語りかけた。
「ところでパリー、避難民の輸送はどの程度はかどったかな?」
「はい、輸送は順調です。閣下が海賊行為を行っていただいたおかげで、貴族派は例の航路から姿を消しました。後一回、明日の朝出港予定の便で最後となります」
彼の持つリストは膨大な量であったが、ほとんどの人物名が赤線で消されていた。
その名簿には、近隣の住民を含む、平民・貴族の名前が記載されている。
ウェールズはあらかじめ、城下周辺一万メイルの平民に対し、城に避難するように命じていた。彼らを、叛乱軍達の暴力や強姦の類から守るためである。
「わかった」
ウェールズはうなずき、彼の隣にいる空軍の将官に命令を発した。
「艦長、命令を発す。重傷者や戦えないものを『イーグル』にのせ、輸送船に随行させろ。行き先はここから最も近いトリステインの港、ラ・ロシェールに変更だ」
「はッ!」
「その後、『イーグル』はできる限り早期にこの城へと帰ってきてもらいたい。
 だが、敵に見つからずにだ。よろしく頼むぞ」
新任の艦長、『イーグル』の元副長は空軍式の、肘をやや締めた敬礼で返した。
「風石を満載すれば、五十時間あまりで往復できます」
 艦長は部屋を出て行った。扉が閉まると同時に、向こう側で駆足の音が響き渡る。

「よし、われらはここで『イーグル』の帰還を待つ。『イーグル』が帰還後はそれに乗り脱出する」
会議室にいるすべての面々がうなずいた。
彼の計画に対して、他の人間からはまったく反対の意見は寄せられなかった。
「現在の状態で明日の総攻撃を何とかしなくてはならない。コンスタブル伯、敵情の報告を頼む」
円卓の中央には、ニューカッスル城周辺が詳細に描かれた地図が置かれていた。
城の前面の平原に、チェスで使われるような駒が大量に並んでいる。
また、そのそのそばに、なにやら数字が細かく書き込まれていた。

 サー・アイクマン・コンスタブルがウェールズの横に立ち、敵の概要を説明する。
「敵地上軍はおよそ総勢5万。うち、2万は輜重団列の警護に当たっています。
 どうやら連中、王都ロンディニウムから輸送している様子ですな」
「この周辺での徴発が不可能なのだ。だが、警備にそれほど回すとは……
 彼らも平民に好かれていないらしいな」
ウェールズが近隣の住民を避難させた理由は、純粋に人道的なものであったが、結果的に、『レコン・キスタ』が現地で兵糧を調達することを不可能にしていた。
しかしこの策は諸刃の剣である。避難民の輸送を優先させたため、この時点で既にウェールズ達、王党派主要メンバーが撤退する時間的余裕がなくなっていた。
喋っている男が、自分の杖で、地図の場所をなぞりながら説明を続ける。
口には火のついた葉巻を咥えていた。
このアルビオンで、王族の前で、許可も取らずにそのようなまねをするのは、貴族派か『稲妻の騎士』である彼しかありえない。
「また、われらの砲の射程範囲ぎりぎりの線上に敵の第一戦が配置されております。
 そこに一本塹壕が張られていますが、その規模、形状から、敵軍の主力は平民の傭だと断言できます」
ひとつ、半島を分断するような線を書いた後、それの線を四分する点を、三つ指し示した。
土系統のメイジであれば、『錬金』魔法の応用で豪を掘る事は容易い。しかし、塹壕は人力で掘られていた。そのために敵陣営にはメイジが少ないと判断したのだ。
「ただ、この三点には塹壕は掘られておりません」
おそらく攻城塔の通路でしょう。彼は付け加えた。
「こちらからの逆襲を考えていないようですね」
若い参謀が応じる。彼は伯の認識について完全に理解していたが、彼は質問の形式をとることで、参加者全員が共通の理解を得られるようにしていた。
伯はそれを把握し、肯首した。うむ、恐ろしくいい加減な陣地だ。
塹壕間では通路になっていないと、隣の豪の兵と連携が取れない。それは、防衛局面になったとき、戦況の把握が困難になる。指揮を執ることが不可能に近い程に。
それは士官にとって、もっとも恐るべき事態であるはずだった。

「敵の内訳二万はこの前線に張り付いとります。堂々たる横隊陣ですな」
「重武装は、攻城塔が十二。バリスタ六。破城槌二十であります。火砲はすべて空軍で運用している模様」
彼らの攻城兵器は、すべて塹壕線の『孔』周辺に、均等に配備してある。
「また、その背後二百メイルの丘に敵司令部があり、銃兵五個及び予備と思われる最低一個旅団規模の隊、計六個旅団に護衛されております」半島の付け根にある
低い丘を指し示し、その周りに円を描いた。
「その予備旅団、兵科は?」
「残念ながら、不明であります。また、この旅団が敵兵站の管理をしているものと思われます」
その隊は敵司令部の後方に布陣しているため、ニューカッスル城からの観測では詳細はわからない。
「敵司令部の規模はおよそ六百名」
大隊の規模だ。それだけで国王軍の倍はある。が、司令部要員自体は戦力としては当てにならないのはこの時代の常識である。司令部のみであれば、現状の戦力でも十二分に撃破できるだろう。

「それから、これは私の推測ですが」
「国王……いえ前国王陛下の篭られるウィンザー城攻略を担当していた軍、二万がこちらにまわされてくる可能性があります」コンスタブル伯は、俺ならそうする、という顔をして見せた。彼は傲岸不遜そのものといった形の顔をしている。
 ウィンザー城からの連絡が途絶えたのが七日前。その直後に陥落したと仮定するならば、この一両日中に援軍としてニューカッスル城攻略軍に援軍として到着できていても不思議ではなかった。
「輸送船で空輸される可能性は?」
「いや、ないな。連中にとっても風石は貴重だし……空軍の、平民と貴族の間の反目は、皆もご承知のとおりだ」
決して健康的とはいえない笑いがウェールズによってもたらされた。

「了解した。では我が軍は?パリー」

「はい、報告を始めます」
返事をしたパリーが進み出る。
「敵に比べて単純ですな。部隊に分けて説明するほどではございません」
まず、砲兵が九十八名。
メイジが百二十六名、銃兵が四十九名、槍兵が三十三名、工兵が十二名。
「まあ、隊に分けて報告する数ではありませんな」
この数は軽症者も含めている。文字通り戦えるものすべてだ。
また、使う者がいない為、必要以上に馬・砲があまっている。
「閣下の奮迅により、火薬もこの部類に入ります。以上」
老メイジの態度には、彼の立場にしては許されざるべき、ある種の諦観が芽生えていた。

「ご苦労。下がってよい」
ウェールズはパリーにのみ命じた。
コンスタブル伯は相も変わらず国王の隣でタバコをふかしている。

「さて、この状況で五十時間稼ぎたい」
「篭城も厳しいでしょうな。おそらく、明日正午の総攻撃で陥落するでしょう」

「通常ならそうだな。それでは少しばかり面白くない。そこで、ここはひとつ空軍式の戦争をやろうじゃないか」
「『見敵必戦』……野戦ですか!」
「そのとおり」
ウェールズは作戦を皆に説明した。その過程で、将軍たちと細かい点を修正していった。
一時間後、作戦の全体が決定する。
皆の士気が明らかに向上している。自分達が助かる可能性が出たこともさることながら、全員、終わりの見えない篭城戦に嫌気が差していたのだ。

「この中で……いや、全軍で風の『偏在』を使えるものは何名いる?」
全軍で三十名程であると判明した。
「では、その者らに『偏在』を作らせろ。そして今夜中に、このあたりに潜ませろ」
敵司令部の両側面、ちょうど茂みで隠れている地点を指し示した。
「敵の第一線は『フライ』で空中を迂回して……いや、そのあたりは責任者に任る」
この後、全軍に作戦を下命した。

「よし。まあみんな、軍隊としてはこういった感じで頼む」
ウェールズはわざと砕けた口調に改めた。
彼ら自身の中に張り詰めた、心の糸が弛緩する。
「あとは、よく食べ、寝よう。トリステインの使者殿が来ていることだし、多少の宴を張りたい」
「その準備はわたしにお任せください」
パリーが進み出た。彼はこの場で、自分のみが下げられた理由を理解したようであった。
ウェールズは彼に任せることにした。

ルイズはウェールズの部屋で、一人悶々としていた。
ワルドはその様子をいとおしげに眺めている。
その様子に隙を発見した露伴は、ブチャラティに小声で話しかけた。
「僕は、ルイズの隙をついてワルドに『天国の扉』を仕掛けたんだ……」
「で、どうっだった?」
「それが……信じられないことに、『彼は本にならなかったんだ』」
「どういうことだ?」
「わからない。だが、途中まで本になりかけていたのだが……その状態の変化が急に元に戻った感じだった。まるで『スタンドを発動したと思ったら発動していなかった感じ』だった……」
「なるほど……やはり彼は警戒する必要があるな……」


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