ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第三十三話 『貴族の在処』前編

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匿名ユーザー

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「これは・・・・・・お前が一人で乗り越えなければならない『試練』だ」
 その言葉と共に、無情に床板は閉じた。だが、ルイズはその場所から目をそらすことが出来なかった。
 そして、どれほどの時間が経っただろうか。朝日が窓から差し込んできたとき、ルイズは初めて自分が泣いているのだと気づいた。
 だが、なぜ泣く?
 ウェザーに見捨てられたから?頬を叩かれたから?
 どれも違う。この涙は悔し涙だ。
「わたしは・・・・・・」
 わたしは一体何をしていたのだ。何が『虚無』のメイジだ、何が自分に相応しい任務だ、どこが汚らしい仕事だ!初めて手にした力の大きさに弄ばれて、自分は特別なのだと驕っていた。
 成長したと思っていたのに、
 気づけば振り出しに戻っていた。
 ルイズは唇を噛み締める。
 誰かの力になろうという気持ちが、貴族としてこうありたいと思い誓った心が、風に揺らめく火のように消えかけていた・・・・・・
 『破壊の杖』の時よりも、アルビオンの時よりも、タルブの時よりも・・・・・・。"信じている"と言われ、命を何度も救われて、その期待に応えるために強くなると誓ったのに、
「・・・驕っていた」
 最初に強くなりたいと思ったのはただ認められたかったから。二回目は大切な人の力になりたかったから。そして三回目は――――
「忘れていた・・・・・・」
 魔法が使えるから何だ!
 『虚無』が使えるから何だ!
 ヴァリエールがどうした!

『魔法が使える者を貴族と呼ぶのではない。敵に後を見せない者を貴族と呼ぶ』

 ならばわたしは貴族ではない。今のわたしなど、亀のクソにも劣るただのクソガキだ。この困難に背を向けて逃げ出した、ちっぽけなママッ子。強大な力を持った途端にこのザマだ。お笑いだ。チクショー。
「・・・・・・強くなりたい」
 魔法も身体も、精神も。もっともっともっと強くなりたい。でなければ、わたしは仲間と肩を並べて笑うことは出来ない。
「強くなるのよ・・・もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと」
 この涙は拭わない。驕りも慢心も、涙と一緒に流れてしまえ。でもこの惨めな気持ちは捨てない。この悔しさを忘れはしない。この頬の熱さを忘れるな。心に刻むんだ。深く深く刻むんだ。
 わたしは強くなる。『貴族』になるために!

第三十三話 『貴族の在処』

 涙が乾いたのは日もそこそこに高くなってからだった。この部屋には鏡がないので確認は出来ないが、きっと酷い目をしているのだろうとルイズは思った。
「それじゃあダメだわ、チップは貰えない。これは『試練』なんだもの。この仕事と任務、両方こなした時、わたしは――――」
 ルイズはすっくと立ち上がると、服を着替えて階段に向かった。頭の中で思ったときにはもうすでに行動は終了している。それが今の理想だ。
「あっ!」
「っと!」
 厨房の水を借りて顔を洗おうと思い、ホールに出たときにジェシカと鉢合わせてしまった。昨日のこともあって気まずい沈黙が流れてしまう。だが、昨日の件ではルイズに日があったのは明らかだ。謝ろうと視線を上げると、
「・・・・・・あなた、泣いてた?」
 ジェシカの目が赤くなっているのに気づいてしまった。頬にも涙の跡が見て取れる。そう言われてジェシカは慌てて腕で顔を隠してしまった。
「う、うっさいわね!だ、だいたいあんただって泣いてたんじゃないの?そんなに目を腫らしてさ!」
 ルイズはハッとなった。そう言えばここには顔を洗いに来たのだったと思い出し、ジェシカと同じように慌てて顔を覆った。
 はたから見れば奇妙きわまりない恰好の二人が、睨み合ったまま静止する。だが、以外にもジェシカはあっさりと視線をそらしてしまった。
 ルイズも意外に思ったのかジェシカの顔色を覗き見るが、ジェシカはその不安を弾き飛ばすかのように捲し立て始めた。
「そ、そうそう。あんたもいい加減にこの店に貢献してくれないと困るのよね。商売道具の顔ぐらいしっかり作っておいてもらわないと、あんた何も残らないわよ」
 少しばかりの棘が含まれていることに、ルイズは少し傷ついた。心配してやってるのに、何よと。確かに今までは足手まといだったかもしれないけれど、今日からわたしは変わるんだ。
「心配しなくても、今日からは真面目にこの仕事をこなすわよ。文句も言わない。チップだってしっかり稼ぐわ」
「へえ、言うじゃない。でも、企画倒れになるのがオチでしょう?」
「女に二言はないわ」
「ふうん・・・。じゃあ、丁度いいわ。明日から一週間、チップレースがあるの。文字通り、その週のチップの数を競うのよ。優勝者には賞品もあるわ。それで賭けましょう」
「賭け?不謹慎じゃないの?」
 自分は変わるんだ、自分は変わるんだと暗示し、あくまで大人な対応をとろうと心がけるルイズだが、
「あっそう。真面目になればチップ稼ぐのなんてわけないんじゃないの?それとも、やっぱり自信がないのかしら」
 心にも体にも、と続けた瞬間、元来の負けず嫌いの気がルイズの中から沸き上がってきた。
「おもしろそうじゃない。わたしがその気になれば楽勝よ!で、何を賭けるのかしら?」
 ようするに、この仕事でチップを貰うたびに自分は成長できるのだから、これはこれでオッケーよね。と自分の中で納得した。
「そうねえ・・・・・・それなら、ウェザーを賭けましょう」
「え?」
 面白いことを考えついたという風な笑みを浮かべてジェシカは続ける。
「そう。ウェザーを賭けるの。買った方は一日ウェザーを好きにできるってのはどうかしら?」
「そ、そんなの・・・・・・あなたにメリットはないでしょ。ウェザーなんか賭けたって」
「さあ、それはどうかしら?」
「どういう意味よ」
「さあね。でもさ、ルイズもしかして自信ないの?」
「ああああるわよ!バカにしてんのあんた!い、いいわよ、やったろうじゃない。ウェザーを賭けて勝負よ!」
「グッド!」
 本人のいないところで話は進んでしまっているのだが、二人にとってそれは些末な問題でしかないようだった。賭の対象は面白い方がいいのだ。
 ジェシカは不適に笑いルイズを挑発するので、ルイズはいよいよやる気が最高潮に達した。熱くなりすぎたせいでジェシカの異変に気が付けなかくもあったが。

 兎に角、ルイズは闘志に燃えて戦いに望もうとしていたのであった。スカロンの開店前の話もいつもより集中して聞いていた。そんな時、話の中でウェザーのことに触れる。
「で、ウェザーなんだけど、彼は用事でしばらく出てこれないから、その分をみんなで埋めあってちょうだい」
 一同はしばしざわめいたが、用事の内容などには深く触れてこなかった。ルイズも、これはウェザーがわたしに課した試練なのだと思っている。一人で乗り切らなければいけないと。もとよりそのつもりだが。
「じゃあ、今日も元気に開店――――なんだけど、ルイズちゃんは今日は厨房ね」
「な、なんでですか!」
 自分はまだ今日は何も失敗していないはずだ。なのになぜ外されなければならないのか。
「やる気があるみたいで申し訳ないんだけど、さすがにその顔じゃあねえ・・・・・・」
「ふえ?」
 言われて触れてみると、頬のところに山があった。いや、これはまさか・・・・・・
「は、腫れてる・・・・・・」

 今日も今日とて『魅惑の妖精』亭は繁盛している。陽気と猥雑な、酒と香水の匂いが交じる、まさに魅惑の空気の中、一人だけ不機嫌そうに皿を洗っている者がいた。
「・・・・・・なっとくいかない」
 作業の邪魔にならないように後で束ねた桃髪を揺らしながら、ガシガシと皿を擦る。ルイズの不機嫌オーラは明らかに店内で浮いていた。
「殴られるのもわかるけど、手加減ってものがあるでしょうが!あの使い魔はッ!」
 怒りを皿に向けて放ちながら片していく。不思議とそちらの方が作業効率はいいのだが、やる気を出したすぐにこれでは、出鼻を挫かれてガックリと来てしまうのも頷ける。
 あの後スカロンに湿布を貼って貰ったので明日には腫れは引くだろうが、大事な一戦の前にこうなるとは思わなかった。結局今日は一日ホールにはでられない。
 だが嘆いてばかりもいられない。勝負を受けてしまった以上は負けられない。ましてウェザーがかかっているとなればなおさらだ。負けてあの女にウェザーを好きにさせてみようものならば、ウェザーの貞操は哀れ花と散るだろう。
 怒りと焦りが思考回路を混乱させておかしな事を考えてしまっているが、深呼吸を三度して気を落ち着ける。
 自分の未熟さは百も承知だ。ましてここはアウェイ。今自分がすべきことは何か。それを考えれば自ずと道は見えてくる。
 ルイズは視線を皿から店の方に移した。ここから改めて見てみると、女の子たちが己の武器を持ち闘う、さながら戦場のように見えてきた。そして、戦場といえば兵法。『己を知り敵を知れば百戦危うからず』だ。
 女の子たちの手際を見て学ばせてもらうのだ。
 百戦錬磨の女たちの中でも、特に手練手管に優れ、『魅惑の妖精』亭の頂点に君臨する二人――ジャンヌとジェシカ――から学ぼうと決めた。二人の動作を見落とさぬよう、目を皿のようにして食い入る。

 ――ジャンヌの場合

 最初はただ普通にこなしているだけに見えたが、何回か目の前を行き来しているうちにあることに気が付いた。
 ジャンヌのやり方は仕込みから始まるのだ。
 と言っても別に料理を作るとかではない。自分の足に躓いたり、よそ見をしていて柱にぶつかったり、客とぶつかってメニューを取り落としたりするだけだ。
 初めはただじっと仕込みに精を出す。だが、これが後々に効いてくるのだ。まるで蛇の毒が体に回るかのように――――
「あ、あの、ご注文はおきまりですか?」
 弱々しげな女の子の役で客に接する。前の仕込みも手伝ってちょっと抜けた娘だなと思わせることに成功する。完全無欠の美女よりもどこか抜けたかわい子ちゃんの方が、手を出しやすく男の気持ちを動かすのだ。
「じゃ、いつものやつで」
「はーい、ただいまお持ちしますね」
 そして、料理や酒を持ってくるわけだが、その際にも躓く。だがすんでの所で料理は死守する。決して客に迷惑はかからないようにできているのだ。当然客はジャンヌを助け起こすのだが、ここで決め技が炸裂した。
「あ、ありがとう・・・」
 はにかんだような、恥じらいの笑みとでも言うものを浮かべ、頬を染められてはたまらない。そう言えばこの子いつも危なっかしいよなあ、と思い始めるのだ。保護欲を刺激される。仕込みがここで活きてくる。
「ほら、気を付けろよな。まったく、お前は本当におっちょこちょいだなあ」
「え、えへへ・・・・・・ごめんね?わたしったら、本当にそそっかしくて」
 客はまるで自分がジャンヌの彼氏にでもなった気になり、守らなければいけないという使命感が生まれ始めてる。ジャンヌの毒牙が皮膚に突き立てられた。
「で、でもいつもはこんなんじゃないんだよ?今日は、その・・・・・・あなたが来てるから気になって集中できなくて・・・・・・」
 そして一気に牙を食い込ませる。深く食い込んだ牙は客の体中に毒を送り込み、脳を麻痺させてしまう。普通ならお世辞と解るこの一言も、毒の回った男には本心に聞こえてしまうのだ。
「お前はしょうがないなー。まったく、そんな調子じゃチップが貰えねーだろ?」
 そう言ってチップを握らせる。
「でも心配すんなよ。オレはお前が頑張ってるのをちゃんと見てるからな」
「ぁ・・・うん!」
 涙まで浮かべて頷く。ドジッ娘が精一杯頑張っているんを認められた嬉し涙。客の目にはそう映っているのだろう。
「そ、それでさ、ジャンヌ。今度の休みに・・・・・・」
「あ、いけない!厨房の手伝いに呼ばれてるんだった!」
 そして引くのだが、ただでは引かない。
「その料理実はあたしが作ったんだ」
 ぼそりと囁いて手を振り去っていく。これでジャンヌの毒は完全に客を支配したのだった。さらに仕込みは他の客にも効いている。狙った"獲物"は決して逃さない。
 これが『魅惑の妖精』亭ナンバー2、『毒蛇』ジャンヌの戦法である。

 ――ジェシカの場合

 ジェシカはまずこれと決めた客に冷たくするのだ。
 怒ったような顔で料理を客の前に置く。そんなジェシカの態度に客は驚く。
「おいおいなんだよジェシカ。えらく機嫌が悪いじゃねえか!」
 だがジェシカは冷たい目で客を睨んだ。
「さっき、誰と話してたの?」
 その嫉妬が職人技だった。巧みを肥えた神技。いや、神さえ騙せ仰せるだろう。それほどなのだから、当然客はジェシカが自分に惚れていて、今激しくやきもちを焼いている、と勘違いをするのだ。
「な、なんだよ・・・・・・。機嫌直せよ」
「別に・・・・・・、あの子に酌して貰えばいいじゃない。好きなんでしょ」
「ばか!一番好きなのはお前だよ!ほら・・・・・・」
 そう言って客はチップを渡そうとする。しかしジェシカはその金を突っぱねた。
「お金じゃないの!わたしが欲しいのはあなたなの!この前言ってくれたこと、あれ嘘なの?わたし、すっごく本気にしたんだから!なによ!もう知らない!」
「嘘なわけないだろ?機嫌直してくれよ・・・・・・オレはお前だけだって。なあ?」
「みんなに言ってるんだわ。ちょっと女にモテるからってなによ」
 男はどう見てもモテる顔ではない。いつもならそんなお世辞は信じないだろう。だが、ジェシカはそのことを"褒める"のではなく"責める"のだ。しかも、つい言ってしまったと言う調子で。男はそれで騙される。
「モテないって!ほんとだよ!」
「そうよね。その唇にキスしたいなんて思うの、あたしくらいよね。よかった。でも、はう・・・・・・疲れちゃった」
「どうしたんだよ?」
「今ね、チップレースだなんて、ばかげたレースをやってるの。あたし、チップなんかどうでもいいんだけど・・・・・・、少ないと怒られちゃうの」
「なんだよ、そんなこと。オレがチップをやるから問題ないって」
「いいの!あなたはあたしに優しい言葉をかけてくれるから、それでいいの。その代わり、他の子に同じ事言ったら怒るからね?」
 トドメに上目遣いで見上げる。これで男はイチコロであった。
「はぁ・・・、でも、チップのためにおべっか言うのって疲れちゃうな。好きな人に、正直に気持ちをうち明けるのと、おべっかは別だからね・・・・・・」
「わかった。これやるから、他の客におべっかなんか使うなよ。いいな?」
「いいって!いらないわ!」
「気持ちだよ。気持ち」
 拒むジェシカに男はチップを握らせる。はにかんでありがとうと呟き、ジェシカは男の手を握る。気をよくした男はそんなジェシカからデートの約束を取り付けようとするが。
「で、今日店がひけたらなんだけど・・・・・・」
「あ!」いけない!料理が焦げちゃう!」
 もらうもんもらえば、用はない。ジェシカは立ち上がる。
「あ、おい・・・・・・」
「あとで、またね!他の女の子に色目使っちゃいやよ!」
 そう言い残して背を向ける。するとジェシカはぺろっと舌を出した。当然、全部演技である。
 ジェシカが去ったあと、客は仲間に、やきもちを焼かれて・・・・・・などと頭をかいていた。
 以上が『魅惑の妖精』亭不動のナンバー1、『女帝』ジェシカである。
 あのキュルケでさえ子供に見えてしまう、手練手管の演技であった。しかも恐ろしいことに、ジェシカは嫉妬を見せる技を何種類も持っており、それぞれの客の趣向にあわせて使い分けるのだ。人を見る目をフルに活用していた。

 なるほど、確かに二人がチップをかき集められるのも納得がいく。二人はプライベートでも仲がいいと聞くが、チップレースでは非情になるのだろうか。正直な話、拮抗した二人が遠慮しあったり潰しあってくれれば・・・・・・。
「・・・・・・無いわね。だいいち、他力本願じゃ意味がないのよ」
 その日の業務も終え、屋根裏に戻ったルイズはベッドの上で今日のことを反芻する。明日から始まるチップレースのための策を。だが、その前にやるべき事を思いだし、机に見立てた木箱の上の羊皮紙とペンを握った。
「っ痛!」
 ペンを握ろうとした瞬間、ルイズの指先を激痛が走った。見れば、慣れぬ水仕事によって赤く荒れ、あかぎれが痛んだ。
 その傷を見てまた思うのは自分の弱さだった。たかが一日見ず場にいただけでこの有様だ。今まで自分がどれだけのうのうと生きてきたのかが、痛みとなってルイズに教えている。
 シエスタはいつもこんな冷たい水で洗濯をして皿を洗っているのか。厨房の人たちは毎日あんなハードな仕事をこなしているのか。
「・・・・・・」
 ルイズは傷を見つめたままそこをなぞった。この傷が痛まなくなる頃には自分は成長できているんだろうか。そう問いかけるように。

「レディースエーンドジェントルメン!ご機嫌いかがかしらフェアリーズ?いよいよお待ちかねのこの週がやってきたわ!」
「はい!ミ・マドモワゼル!」
「ついに始まるアリスゲー・・・おっほん、失礼。はりきりチップレースの始まりよ!」
 拍手と歓声が店内に響き渡る。
「さて、皆さんも知っての通り、この『魅惑の妖精』亭は創立四百年を超えるわ。トリステイン魅了王と呼ばれたアンリ三世の治世にまで遡るわ。絶世の美男子で妖精の生まれ変わりと呼ばれたその王様は、ある日お忍びで街にやってきたの。
 そして恐れ多くも、開店間もないこの酒場に足をお運びになられたわ。といっても、当時は『鰻の寝床』亭なんていう色気もへったくれもない、生臭そうな名前だったんだけどね。
 ま、とにかく、そこで王様はなんとあろう事か出会った給仕の娘に恋をしてしまいました!」
 うっとりとしたり急に悲しげになったりと、表情豊かに語り進める。
「王様が酒場の給仕に恋するなど、あってはならぬこと・・・・・・。結局、王様は恋を諦めたの。でも王様はビスチェを一つお仕立てになって、その娘に贈り、せめてもにお恋のよすがとしたのよ。
 わたしのご先祖様はその恋いに激しく感じ入り、そのビスチェにちなんでこのお店のお名前を変えたの。美しい話ね・・・・・・」
「美しい話ね!ミ・マドモワゼル!」
「そしてこれがその話に出てきた『魅惑のビスチェ』!」
 ガバッとスカロンは上着とズボンを脱ぎ捨てた。その下から現れたのは、スカロンの体にピッタリとフィットする、丈の短い色っぽい、黒く染められたビスチェだった。
「このビスチェこそ我が家の家宝!このビスチェは着用者に会わせて大きさを変えてピッタリフィットする魔法と、『魅了』の魔法がかけられているわ!」
「ステキね!ミ・マドモワゼル!」
「んんんん~~~~!トレビアン!」
 感極まったあまりに、スカロンはレベル4のポージングを取ってしまった。そしてそのまま演説を続ける。
「今週から始まるチキチキチキンレースもといチップレースで優勝した妖精さんには、この『魅惑の妖精のビスチェ』の一日着用権と、魅惑の妖精の頂点の証である『東西南北中央魅了マスターフェアリー』の称号を与えちゃいまーす!
 もうすっごいわよ!この称号を持っているだけでチップがわんさか貰えちゃうわよ!想像するだけでもう!ムキがドネドネ!」
 いや、それはビスチェのおかげだろう。と誰もが思っているがここはあえてスルーした。
「そんなわけだからみんな頑張るのよ!」
「はい!ミ・マドモワゼル!」
「よろしい!では皆さんグラスを持って!」
 全員がグラスを掲げるのを待ってから、スカロンが口上を述べる。
「チップレース成功と商売繁盛と・・・・・・」
 こほん、と咳をするとスカロンは真顔になり直立する。いつものおネエ言葉ではなく、低く凛々しい中年男性の声で、
「女王陛下の健康を祈って。乾杯」
 と言って杯をあけた。

 チップレース一日目。
 店の女の子たちが各々カモを見つけて店内を駆けめぐる中、ルイズは未だ出撃していなかった。すでに何人かはチップを貰っているのだが、ルイズは落ち着いていた。
 フフフ・・・せいぜい焦るがいいわ。今日のわたしは今までとは違うわ。強力な武器をひっさげてこの戦場に帰ってきたのよ。今日からわたしのことを毒婦と呼んでもいいわ。男を騙す悪いお・ん・な。
 隅の方でニヤニヤと笑っていたルイズだが、ついに行動に出た。
 まず、目標の客を見つける。女の子がまだ付いていない客。そしてその後はいつも通り皿をかたしたりメニューを運んだりするのだが、その際にわざと躓いたり柱にぶつかったりするのだ。
 要するに、ジャンヌのマネである。パクリと言えばそれまでだが、ルイズはルイズなりに考えた上での行動だ。以前なら平民のマネなど誰がするものかと端から突っぱねるところだが、今は純粋にその技が羨ましかった。
 そして何度かそれを繰り返してから目当ての客の下に向かおうとしたとき、ルイズは信じられないものを見てしまった。
「あ、あの、ご注文はおきまりでしょうか?」
 なんとジャンヌがルイズが狙っていた客に付いていたのだ。さっきまで別の客に付いていたはずなのにいつの間に・・・・・・全く気づかなかったが、どうやらジャンヌも仕込みをしていたらしい。
 その後もルイズは客を変え手を変えて挑むが、ことごとくジャンヌに阻まれてしまったのだった。接客された方はみな幸せそうな顔で帰っていく。
 ようやくジャンヌが手を付けていない客を見つけるが、それは別の子が付いている。遅すぎたのだ。
 というか、
「普通の接客方法は最初から接触できる分話しやすいし素人から玄人まで幅広く使われているお水の基本接客。
 対してジャンヌの接客方法は最初の段階で客を取られやすいけど、あえて最初に距離を置く分、接触したときのトキメキと手放したくない独占欲をかなり増加させて、次からも長く指名して貰えることを目的とした玄人好みの扱いにくすぎる接客術。
 使いこなせないと単にスッとろい娘に見えるただの厄介者みたいなものだって言うのに、何であの子は?」
 吹き出しにして三個分くらいで言ってしまったが、要するに一朝一夕でできるものではないのだ。それほどまでに自然で、隙のない仕込み。そして獲物を見つける嗅覚。
 これがジャンヌ。
 ルイズは床に膝から崩れ落ちた。
「も、もう立つ事すらままならない・・・」
 一日目結果。一位:ジャンヌ(二十エキュー二十六スゥ)二位:ジェシカ(十六エキュー九十六スゥ四ドニエ)三位:ツキシマ(十エキュー二ドニエ)・・・・・・ビリ:ルイズ(0)

 チップレース二日目
「よし!」
 気合い十分のルイズはさっそく獲物を見つけて駆け寄った。そして怒ったようにメニューを叩き付けた。ルイズの態度に客は驚きを隠せないでいる。
「な、なんだよいったい・・・」
 ルイズは冷たい目で客を睨んだ。これは得意分野である。
「さっき誰と話してたの?」
 いきなり嫉妬しているように見せ始めたルイズ。ようするに今回はジェシカのマネをしようというのだ。前回は玄人ものに手を出して失敗したが、これはアレよりマシなはずである。
「な、何だよ・・・・・・機嫌悪いみたいだけど」
「別に・・・・・・あの子のことが好きなんでしょ?」
「はあ?・・・ああ、なるほど。違うよ、一番好きなのはお前だって。ほら・・・・・・」
 男がチップを差し出してきたとき、思わず手を伸ばしそうになってしまったが、何とか耐える。ここでがっつくのはいけないんだ。
「お金じゃないの!わたしが欲しいのはあなたなのに、あなたは他の子ばっかり見て。なによ!もう知らない!」
 本来ならここで男が食いついてくるはずだったのだが・・・・・・
「あ、そう?じゃあしょうがないね」
 と、あっさりチップをしまってしまったのだ。しかもあろうことか、
「ていうか、オレ君の名前知らないんだけどね」
「へ?」
 と言うことは、自分は名前も知られていないようなそれこそ赤の他人相手に芝居をしていたのか・・・・・・。は、恥ずかしい・・・・・・。
「おーい!ジェシカちゃーん!酌してよー!」
「はいはーい!」
 唖然とするルイズを腰で跳ね飛ばしてジェシカが割り込んできた。そして床に座るルイズの目の前であれよあれよという間にチップを男から手に入れてしまったのだ。そして戦利品を胸に挟んでルイズの正面に立つ。
「さあどうしたの?まだ客を一人逃しただけじゃない。稼ぎなさい!肌を晒して色気を出せ!脇を絞めて谷間を作れ!やる気を奮って立ち上がりなさい!チップをかき集めて反撃してみなさいよ!」
 ルイズを見下ろす形でジェシカは言い続ける。
「さあ夜はこれからよ!稼ぎ時はこれからよ!」
 言いたいだけ言うと、ジェシカは踵を返して去っていってしまった。
 常連にはそろそろ名前を覚えて貰っているかと思っていたのに、まだまだだったこと。ジェシカとの格の差。それらが一緒くたになってルイズにのしかかった。
 二日目結果。一位:ジャンヌ(四十二エキュー四十スゥ九ドニエ)二位:セラス(三十八エキュー九十スゥ四ドニエ)三位:ジェシカ(三十八エキュー二十六スゥ九ドニエ)・・・・・・ビリ:ルイズ(0)
 夜明けは遠い。


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