ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-62

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匿名ユーザー

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「左舷より竜騎士二騎接近!」
「『イーグル』号の姿はまだ確認できないのか!?」
「この濃霧の中では何も分かりません。あるいは逸れた可能性も…」
「引き続き捜索を続けろ! 動ける者は消火に当たれ!」

次々と齎される状況報告を耳にしながら、船長の顔を冷や汗が伝う。
地下空洞を抜けた『マリー・ガラント』号を待ち受けていたのは、
空において比類なき戦力を持つアルビオンの竜騎士隊を率いるワルドだった。

霧に視界を奪われた上に、周辺に浮かぶ岩礁が船足を殺す。
ましてや交易船に竜騎士を相手する力などはない。
甲板は炎に包まれ、砕かれた船体の一部が無残に内部を晒している。
乗組員の中にも負傷者が続出し、板を打ち付けるだけの応急修理が精々。
そんな、いつ撃沈されてもおかしくない攻勢を受けながら船は突き進む。

『マリー・ガラント』号が沈められなかった理由は二つ有る。
一つは、この船に乗ったルイズの存在だ。
ワルドにとって彼女を奪取する事が何よりも優先される。
その為、間違っても彼女を殺さぬように艦橋や船室を避け、
舵やマストに集中して攻撃を仕掛けて来ているのだ。
ただ皆殺しにするだけならば壊れた外壁から炎を吐き掛ければ事は済む。

そして、もう一つ。
竜騎士隊を妨害する者がそこにはいたのだ。
青い風竜を駆り、炎と風の魔法を操る二人のメイジ。
しかも彼女達はこちらの意図を把握し、要所の守りだけを固める。
彼女達がいなければワルドは船へと乗り込んでルイズを確保していただろう。
赤と青、風に靡く二人の髪の色がワルドの眼に苦々しく映る。


(もう! ここ凄く飛びにくいのね!)
(……我慢)
(嫌! 嫌なのね! シルフィの羽に傷が付いちゃうのね!)

船外を取り囲む岩礁を巧みに避けながらシルフィードが愚痴る。
それを何とか宥めながらタバサは周囲の敵を警戒する。
自分の使い魔は嫌っているが、この霧と岩礁が助けとなっている。
竜騎士の本領は他の竜騎士との連携によって発揮される。
だけど岩礁で思うようには動けず、霧の所為で互いの姿が目視出来ない。
故に、『マリー・ガラント』号に向かってくるのは主に単騎。
集団行動が取れていない相手ならば、彼女達でも防ぐ事が出来る。
そして何よりもキュルケの活躍があってこそだ。

『微熱』の二つ名に相応しくないほど、烈火の如く怒りに猛る彼女の炎。
それは術者の心を反映するかのように激しい物だった。
精神力の消耗さえも考えずに竜騎士隊に炎が降り注がれる。
視界も利かない中、突如として襲い来る猛攻に彼等も二の足を踏まざるを得ない。
下手に飛び込んで直撃を受ければ無事では済まないと分かっているからだ。
加えて、火竜であれば誘爆の危険性だって考えられる。

「居るんでしょう、ワルド! 隠れてないで出てきなさい!
あの子にした事への落とし前、ここでキッチリ付けさせて貰うわ!」

彼女の麗しい顔立ちとは裏腹に、荒々しい言葉が口を突いて出る。
感情の高ぶりが、キュルケの力を一時的に底上げしているのだろう。
あれだけの魔法を放ち、まだ余力を残す彼女の姿に驚きを隠せない。
先の見えぬ脱出行にタバサは僅かな希望を見出していた。


「……下らんな」
キュルケの見え透いた挑発を聞き流し、
たった一騎で奮戦する敵を具に観察する。
閣下より与えられた兵達が火竜なのに対し、相手は機動力に勝る風竜。
体格的に見て成体ではないだろうが、それ故に小回りも利く。
主人とよほど深い信頼で結ばれているのか、
その巧みな機動には自分をして眼を見張る物がある。
これでは個々で仕掛けた所で意味はあるまい。

この戦況を変えるには、自分から打って出るしか無いだろう。
だが、僕にはそんなつもり更々無い。
騎乗の腕に掛けては右に出る者がいないと自負しているが、
負傷した今の状態で十全の実力は出せはしないだろう。
それに奴との戦いで精神力の大半を損耗した。
ともすれば万が一という事も有り得る。
それに、そんな事をしなくても自分は既に勝っているのだ。

もうすぐ『マリー・ガラント』号は岩礁と霧の中から抜け出す。
だが、そこに広がるのは一面の星空などではない。
その先には貴族派が誇る大艦隊の包囲網が待ち受けている。

確かに僕の竜騎士団は船の確保には失敗した。
しかし、連中の気付かぬ内に誘導させる事には成功していた。
岩礁や竜騎士の攻撃によって脱出路を限定させて追い込む。
所詮、相手は戦闘経験も無い交易船。
危険を察知する本能に劣る分、狩りよりも遥かに容易い。

「チェックメイトだ」

自分の意思とは関係なく口元に浮かぶ笑み。
薄霧の中を往く『マリー・ガラント』号を見据え、ワルドは楽しげに呟いた。


「霧を抜けるぞ!」

次第にその濃度を薄めていく霧を見て、マストの上のギーシュが叫ぶ。
彼は倒れた船員に代わり『マリー・ガラント』号の“目”の役割を務めていた。
何度も折られかけたマストは錬金とワルキューレで必死に持ち堪えている。
標的と定められている場所に彼は震える足を堪えながら立ち続ける。
次々と襲い掛かってくる竜騎士を前に何度逃げ出そうとしただろうか。

それでもギーシュは退かない。
見上げれば、そこには多数の竜騎士を相手に戦う少女達の姿。
自分がいるマスト以上に危険な最前線に彼女達はいる。
女性に戦いを任せて、自分は船室でブルブル震えていて良いのだろうか。
否。断じて許される訳が無い。
彼が信じる貴族の誇りはそんな無様を許さない。
出来る事ならば、自分が先陣に立って戦うべきなのだ。
だけど、それだけの実力が今の自分には無い。
だからこそ自分が出来る事を全うしようと心に決めた。

自身の心中と同様、澄み渡っていく空。
そこには彼等の行く末を祝福するかのように、二つの月が輝いていた。


「バカな…!」

目の前の光景を信じられないのはワルドだけであった。
此処には確かに艦隊が布陣している筈だった。
しかし、そんな物は影も形も見当たらない。
濃霧で方向を見失う等という失態は犯していない。
指示した場所には間違いは無かった。
だとすれば艦隊に何かあったというのか?

「ワルド隊長ッ!!」

先行した艦隊との連絡役が帰還する。
その様子からして不測の事態である事は分かっていた。
だが、艦隊の足を止めるほどの大事が起きるとは思えない。
事の真相を聞きだすべくワルドは部下に話を促す。

「目下、艦隊は敵の反撃を受けて応戦中!
とても包囲には間に合いそうにありません!」
「反撃だと? 敵の戦力など高が知れている。
相手は竜騎士隊か? それとも、まさか奴が…!?」
「敵勢力は『イーグル』号一隻のみ!
こちらの砲撃には一切構う事なく、旗艦『レキシントン』に向かっています!」

部下からの報告にワルドが舌打ちする。
もはや『レキシントン』を制圧する力も残されていまい。
進退窮まっての特攻か、見苦しいにも程がある。
されど相手は一隻、その程度の抵抗で遅れが出るだろうか?
それとも『イーグル』号以外の伏兵を警戒しているのか。
他の無能共ならいざ知らず、少なくともミス・シェフィールドは違う。
彼女は『イーグル』号に何かしらの危険を感じているのだろう。
それが何なのか、彼には理解できなかった。

瞬間。ワルドの脳裏に閃きが走った。
ウェールズの立案では城門は爆破される予定だった。
しかし彼が城門を制圧した際、終ぞ火の秘薬を発見する事は出来なかった。
『マリー・ガラント』号から奪取した硫黄を元に、彼等が火の秘薬を合成していた事は間違いない。
結局は運び込まれなかったと見て放置していたのだが、
そこに使われる予定だった火の秘薬は何処に消えたのだろうか。
符合する二つの事実が彼に危険を告げる。

「直ちに旗艦の援護に向かう! ここは任せたぞ!」
「はっ!」

踵を返し本陣へと帰還していくワルドの背を見送った後、
敬礼していた男が唾を吐き捨てた。

彼はワルドの事が気に入らなかった。
最強と謳われたアルビオン国王直属竜騎士隊にこそ選ばれなかったが、
自分の実力はそれに匹敵する物だという自負がある。
それを認められたからこそ精鋭を集めた竜騎士隊の隊長を任されたのだ。
しかし、その座は後から現れたワルドに容易く奪われた。

確かに功績自体には目を見張る物がある。
だが、それも裏切りという恥ずべき行為があってこそだ。
その程度の事ならば奴でなくても誰にでも出来ただろう。
ましてや大した兵もいないニューカッスル城で手傷を負うなど、
精強を誇るアルビオン貴族派のメイジにおいては考えられない事だ。
そんな人間の下に就かなければならない不遇を、彼は呪った。

これはそんな自分に訪れた千載一遇の好機と確信した。
未だに交易船一隻沈める事さえ出来ずに現場を放棄したワルドに代わり、
自分が部隊を指揮して戦功を上げれば自ずと評価は逆転する。
そうすれば自分が隊長に成り代わる事とて夢ではないだろう。

「余所者に好き勝手やられてたまるか…!
アルビオンの空は俺達の物だ!」

男の手が高々と上げられる。
それは竜騎士隊の総攻撃を示すサイン。
交渉する相手もいないのに、わざわざ非戦闘員を捕虜にする意味はない。
そう判断した男は早期に決着をつけるべく指示を飛ばした。
ワルドが指揮する事を前提にしていた為、彼には知らされていなったのだ。
この船を沈めてはならないという重大な命令を。


撃ち込まれた砲弾が外壁を砕き、船内に破片を舞わせる。
足に刺さった木片を引き抜きもせず、船員は尚も艦隊に撃ち返す。
それは砲撃戦というには、あまりにも一方的だった。
こちらが一度撃つ間に百を超える砲撃を浴びせられているのだ。
ここまで撃沈されずに来れたのは『イーグル』号の性能と、
それを生かす優れた船員達の腕と、何よりも僥倖があればこそだった。

「もう撃ち返す必要はない。
我々は艦隊の戦列に踏み込んだ…我々の勝ちだ」

船内に副長の言葉が静かに響き渡る。
圧倒的な火力を誇る彼等にとって真に恐れるべきは、
『イーグル』号の砲撃ではなく艦隊の同士討ちである。
竜騎士の攻撃も残存している王党派の竜騎士が防いでくれている。
全ての状況を把握し彼は勝利を確信した。

だが、そこに歓喜の声はない。
作戦が成功しようとも彼等が生きて戻る事はない。
元より戻るべき港も主も失われた。
これが『イーグル』号にとって片道にして最後の航海となるのだ。

「…すまんな。出来ればお前とはもう少し冒険したかったんだが」

まるで長年連れ添った親友に話し掛けるように、副長は舵に優しく手を触れた。
そして同様に、自分に付き従った船員達に謝罪の言葉を述べる。

「お前達にも貧乏クジを引かせてしまったな。
もう引き返す事は出来んが…」
「副長、何を言われるかと思えば…。
諸悪の根源を討ち滅ぼせる大任、他の誰に譲れましょうか」
「左様。主の仇討てずに何を以って騎士を名乗れというのですか」
「それに、船と運命を共にするのは船乗りの宿命ですよ」
「このまま引き返して本当の海賊になるのも悪くないですがね」

口々に副長に反論する朗らかな声があちこちから聞こえる。
今から死にに往くとは思えぬ輝いた瞳。
中には手傷を負いながらも笑い飛ばす者もいる。
長年苦楽を共にしてきた戦友達の頼もしい姿に、
緊張に固くなっていた副長の頬も綻ぶ。

そして決意を込めた眼で彼は見上げた。
自分達の直上に存在している敵を…!

「『ロイヤル・ソヴリン』! 王権の名を冠する船よ!
我等と共にあるべき御方の元へ逝こうぞ!」

『イーグル』号の舵が大きく切られる。
遺された者達に受け継がれたウェ-ルズの作戦が決行される…!


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