ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-53

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匿名ユーザー

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「それで、この女性を宿屋に放り込んだ後、その男は煙のように消えてしまったんだな?」
「はい、金貨を渡されまして、『丁重に休ませておけ』と言われました」
「もう一度聞くが、顔は見ていないんだな?」
「はい、帽子を深く被っておりましたので…あ、ただ、薄いグレーの髭を蓄えておりました。声も低めでしたが、重々しい感じではなく、二十代そこそこの貴族様かなぁ…と」
「ふむ……」

ラ・ロシェールの宿屋で、女騎士が店主に質問をしていた。
剣と銃を携え、シュヴァリエのマントを着けたアニエスである。
昨晩、怪我をした女性がメイジらしき男に担がれ、宿屋に放り込まれたと聞いて、事情を調査するため駆けつけたのだ。
アニエスは、その女性が誰なのか知っていた、アルビオン出身の元貴族、マチルダ・オブ・サウスゴータ。


事情を一通り聞いたアニエスは、マチルダの眠っている部屋に入り、備え付けの椅子に腰を下ろす。
マチルダがぐっすりと眠っているのを確認すると、窓の外に目を向けた。
ラ・ロシェールの岩壁や建物は、『レキシントン』からの砲弾で所々が傷ついており、壁面には傷を修復する人夫とメイジの姿が所々に見えていた。

『練金』で修復される壁面や建物、メイジの便利さが羨ましくなって、アニエスは再度マチルダに目をやった。

彼女は腕と肩に包帯を巻かれ、寝息を立てている。
椅子の背もたれに身を預けて、アニエスは昨晩の出来事を思い返していた。

アニエス達銃士隊は、基本的に近衛か、親衛隊待遇で扱われている、だがそれ以外にも『情報収集』という役割が与えられている。
トリスタニアに亡命政権を構えたウェールズ・テューダーからの密命で、トリステインに亡命・疎開したアルビオン国民の調査に当たっていたのだ。
人数を確認するだけではなく、いまだアルビオン国内でレコン・キスタに抵抗を続けるレジスタンスと接触する目的もあった。

アニエスは、ある情報通の男に頼み、レジスタンスとの接触を試みた。
情報通の男から指定された場所は、ラ・ロシェールでは一般的な宿屋で、岩山の一角をくりぬいて作られた宿屋だった。
指定された時刻になると、ラ・ロシェールの丘が月明かりを遮り、宿屋の周囲はまるで月のない夜のように暗闇に覆われる。

宿屋の主人にチップを払い、目的の部屋に案内されたが……そこでアニエスは異変に気づいた。
血の臭いがする。

宿屋の主人に扉を開けさせると、主人が悲鳴を上げて腰を抜かした。
アニエスが中を見ると、そこに生きた人間は一人もおらず、死体だけが転がっていた。

壁をくりぬいて作られた石造りの二段ベッドが、部屋の左右に作られていおり、正面には跳ね上げ式の窓がある。
簡素な机の上には、飲み物が六つ置かれ、死体が三つ。

アニエスは主人に衛兵を連れてくるように告げて、部屋の中を調査した。

三つの死体はお互いに短剣で胸を突かれ、仰向けに倒れていた。
だがアニエスはメイジの仕業だと直感的に理解し、舌打ちをした。

傷口から流れ出るはずの血が少なすぎる上、三人とも口を大きく開いているのだ。
歯の裏を指でなぞると、歯垢…ではない、粘土らしきものが指先に付着した。
心臓を突き刺されているが、ナイフが根本まで深々と刺さっているため、思ったより血は出ていなかった。
体の中は血の海だろう。

アニエスは考える。
『レビテーション』で三人を宙に浮かせ、『練金』で動きを奪い窒息させつつ、ナイフを突き立てたのだろうか?と。
二人か、それか三人の、メイジを含む暗殺者がこの部屋にいたはずだ。

だとしたら急がなくてはならない、暗殺者らしき者の情報だけでも手に入れなければならない。
暗殺者に狙われるということは、後手に回るということでもある。

アニエスは駆けつけた衛兵に後を任せると、衛兵の詰め所で伝書フクロウを借り、暗殺者が潜入していると王宮に知らせた。

そのすぐ後、郊外でメイジらしき男四人の死体が発見された。
女がメイジに襲われているのを目撃した市民が、衛兵の詰め所に知らせてくれたのだ。
アニエスは衛兵に命じて死体を片づけさせると、メイジに襲われていたという女の行方を捜した。
朝日が昇る頃になって、ようやく女が担ぎ込まれた宿屋を探し出した。
いくらチップを貰ったのか知らないが、宿屋の主人は女が担ぎ込まれたことを話したがらなかった。

ようやく発見した女性を見て、アニエスは驚いた。
女性の名はマチルダ・オブ・サウスゴータ。
魔法学院での名はミス・ロングビルである。




「ふわ…」
窓の外を見ていたアニエスが、大口を開けて欠伸をした。
昨晩からずっと動き続けていたので、眠気と疲れが溜まっているようだ。
両腕を挙げて背伸びをし、もう一度欠伸をした。

「「ふわあ…」」

欠伸の声が重なったのに気づき、アニエスがベッドの方を振り向く。
マチルダは眠そうな目をこすりながら、包帯の巻かれた上半身を起こしているところだった。
アニエスは椅子を動かし、マチルダのすぐそばに座り直す。
「目が覚めたか」
「……ここは?」
「ラ・ロシェールの宿屋だ、怪我をして担ぎ込まれたそうだが…覚えていないか?」

マチルダが自分の体に目をやる。
顕わになった胸を隠そうともせず、包帯の巻かれた自分の体を見つめていた。
徐々に昨晩のことを思い出し、同時に鈍痛を感じて顔をしかめた。

「う……アンタが介抱してくれたのかい?」
「いや、私じゃない、この宿で働いている少女がやってくれたそうだ」
「そっか…後で礼を言わなきゃね。ところで何でアンタがここに居るんだ?」

アニエスは無言で部屋の扉を開け、廊下を見渡す。
誰もいないのを確認すると、扉を閉じて鍵をかけた。
「ラ・ロシェールではアルビオンから亡命、疎開する人間がどれだけいるのか調査しているが、私はその陣頭指揮を任されている。貴方を見つけたのは偶然だよ」
「偶然ね。 ……ふああぁぁぁ」

大あくびをしたマチルダを、アニエスが「やれやれ」と言いたげな目で見た。
「薬か魔法で眠らされたのか? 心当たりがあるなら話して貰わないと困ふぁぁ……ゴホッ」

アニエスは、あくびを咳で誤魔化したが、マチルダはそれを見逃さなかった。
ニヤニヤと笑みを浮かべてアニエスを見ている。
「ええい!そんな目で見るなッ! …とにかく、昨晩何が起こったかちゃんと話して貰うぞ、それと、後でメイジ四人の死体を見て貰うからな」

「メイジ四人?」
「そうだ、貴方はメイジに襲われていたらしいな。目撃者は、貴方が四人組に襲われ郊外に逃げたと言っていた。その四人が何者なのか調査している」
「ああ、そういえば、そいつらに眠らされたんだ。あいつらは何者なんだい?」
「それは私が知りたいさ。それと、貴方をここに担ぎ込んだメイジのことも話して貰わないとな」
「それこそ、こっちが知りたいよ」

マチルダは心の中で、あんたに教える気はないよ、と呟いた。

「「ふああ……」」

またも同時に欠伸をして、二人は恥ずかしそうに顔を背けた。
太陽の明かりが岸壁に反射し、ラ・ロシェールの町は戦時下とは思えぬほど穏やかな陽気に包まれていた。


一方少し時間は過ぎ…こちらは『魅惑の妖精亭』

ワルドが目を覚ますと、誰かの顔が見えた。
「………ん?」
「起きた?」

心配するような顔で、ルイズが顔をのぞき込んでいたようだ。
ワルドは自分がどんな状態に置かれているのか、周囲を見回して確認する。

ここは『魅惑の妖精亭』の一室、住み込みで働く者のために用意された部屋。
昨晩、ラ・ロシェールで活動していた遍在が四人組のメイジを倒した後、ロングビルを宿屋に預けた。
そこで精神力が底を突き、遍在は消失し、本体は気絶してしまった。

ワルドは上体をベッドから起こそうとしたが、風邪でも引いたような気だるさがあり、体の動きが鈍く感じられた。

「ふぅーっ……さすがに疲れたな」
「ラ・ロシェールに遍在を作り出すなんて、とんでもないわね。暗殺なんかお手のものじゃない」
「そうでもないさ、トリスタニアから馬で遍在を走らせたんだ、そうでなければラ・ロシェールまで遍在を維持できないよ」
「そうだったの…で、何で遍在なんかを使っていたの?」

ルイズはワルドの背中に手を回して体を支えた。
ワルドは平静を装っているが、体に疲れが溜まっているとすぐ解った。
この状態では『サイレント』を使うのも一苦労だと思い、ルイズはワルドに顔を寄せて、小声で話しをした。

「僕がレコン・キスタを裏切ったことは既に知られているだろう。だとすれば、何らかの動きがあるはずだ、それを調べていたんだ」
「……まあいいわ、信じてあげる」
「そうしてくれるとありがたいな」

「ところで、ロングビルはどうなったの?」
「彼女は無事だよ。ラ・ロシェール麓の小さな宿に頼んでおいたからね。金貨を二枚渡しておけば上手くやってくれるだろう」
「金貨なんて、よく持っていたわね」
「彼女を襲った四人は、もう金も使えないからな。懐から少し拝借して…」

ワルドが指を曲げ、懐からくすね取る仕草をする。それを見てルイズが眉をひそめた。
「まあ、それじゃ追い剥ぎじゃないの」
「君がそれを言うのかい? まあ、死人が使うよりも、ずっと有効な使い方さ。それに、あのままでは彼らも無念だろうしな」

ワルドはカーテンの下がった窓を見て、その向こうに広がる空を想像し、ニューカッスル城の惨状を思い出した。
死体、死体、死体、青空の下、ニューカッスル城は死体にまみれていた。
それを蘇らせ、反逆者狩りに利用するクロムウェル。
トリステインを裏切った自分も、クロムウェルも、非業な最期を遂げるべきだと、ワルドは思った。

「ロングビルを襲ったのは、アルビオンの近衛兵って言ってたけど、本当?」
「ああ、近衛兵か親衛隊か、ウェールズにごく近い者達だった…見覚えがあるよ。おそらく、アルビオンから亡命した者を探していたんだろう」
「つまり、レジスタンス狩りってやつ?」
「おそらくな」
「…やるせないわね」
ルイズが目を細めて軽く歯を食いしばる。それは怒りではなく、悲しみから来るものだとワルドは理解した。

「彼らを気遣っているのか? …君は、本当に優しいな」
「え? 何よ、急に」
「僕は彼らが二度と蘇らぬよう、奇襲して首をはねるのが精一杯だった。これも皆クロムウェルのせいだと、そう思いながら戦っていたんだ」



「けれども君は違う。彼らの名誉を思って君は悲しんでいる…違うかい?」
「………ワルド」

ワルドは、心底からルイズを羨ましいと思った。
トリステインの腐敗を知ったときも、母の死を知ったときも、ルイズが死んだと聞かされたときも、石仮面と戦ったときも、怒りしか無かった。

ルイズは違う、淡々と事実を受け止める強さと、悲しむだけの余裕と、そしてこれから何をすべきかを決断する力を持っている。

もっと早く、ルイズに仕えていれば、一人のメイジとして、充実した日々を送れたかもしれない。

そう思いながら、ワルドはごく近い距離で、ルイズの瞳を見つめた。


不意に、廊下の向こうからバタバタバタと足音が近づいてきた。
二人が振り向く間もなく、バン!と音を立てて勢いよく扉が開かれる。

「おふたりさーん!遅番の時間 だ よ ……」

扉を開けたのは、店主の娘、ジェシカだった。
ベッドの上で上体を起こしたロイド(ワルド)とロイズ(ルイズ)が、ごく至近距離で見つめ合っている。
その姿はどう見ても、キスをする直前か、はたまた事後かといった感じだった。

「えーと…………お邪魔だった?」
照れ隠しに後頭部に手を当てつつ、引きつった笑みを浮かべるジェシカを見て、ルイズは自分がどんな風に見られているのか気が付いた。
男と女が顔を接近させていると言えば……キス?


「うきゃあ!」
ルイズの顔が一瞬で真っ赤になり、ワルドを勢いよく突き飛ばす。
「ぐはっ!?」
突き飛ばされたワルドは『魅惑の妖精亭』を揺らすほどの勢いで壁に衝突した。

「あー、やっぱり兄妹ってのは嘘だったんだー」
ジェシカが笑みを浮かべつつ、ルイズに迫る。
「ちちちちがうわよ!こいつとは何でもないわよ!」
ワルドに恋愛感情を抱いている訳ではないが、それでも『キス』と言われると狼狽えてしまう。
既に何度か全裸まで見られているのに、ルイズの頭の中はまだまだウブだった。

「でもキスしようとしてたでしょ?あ、それともキスした後?」
「だから違うって言ってるでしょうがあああ!」
「同じ部屋じゃ危ないよねー」
「キーーーーーーーーーーーーー!!」


壁に激突したワルドが、痛む顔を押さえながらむっくりと起きあがる。
手玉に取られているルイズを見て、ワルドは静かに、だが心底から楽しそうにほくそ笑んだ。
「やれやれ、困ったお姫様だ」




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