ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

味も見ておく使い魔-23

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匿名ユーザー

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太陽がもっとも高い位置に鎮座まします時刻。
ルイズたち一行を乗せた『マリー・ガラント』号は、雲海の上をすべるように疾走していた。
現在は海の上を飛行しているらしいが、雲が切れ目なく続いているので、海上を見下ろすことはできない。
水夫たちが機敏に帆を操作している。今は、追風。船は順調に航行していた。


「見えたぞ! アルビオンだ!」
見張りの鐘楼に立った男が叫んで、前方を指差した。
そこにはひときわ高く、巨大な入道雲があった。
その雲の切れ目から、水分ではない物質の白色が垣間見えている。
「どう、驚いた?」
「ああ、こいつはすごい…」
ルイズとブチャラティがそのような会話を交わしているときも、船は積乱雲の塊の方に行き先を進めていた。
だが、よく見るとその直立した雲の固まりは積乱雲ではなかった。
とてつもなく濃い『霧』だ。

さらにその霧の視界の先には、この高度にして陸地があった。

浮かぶ陸地。
飛翔する白壁。
大いなる霧を纏う巨人。
まさにこれこそが、浮遊大陸アルビオンである。


ルイズ一行がその大陸を見とれているとき、一人鐘楼に立つ船員は太陽の位置に別の存在を確認していた。
「せ、船長! 黒い旗をした船が右舷上方より接近中! 空賊船です!」


露伴がその先を見ると、なるほど、片舷に二十門程も大砲を積んだ戦列艦が、『マリー・ガラント』に接近してきている。メインマストに翻る旗には、黒字に白で髑髏マークが描かれており、その髑髏の下方には長い骨が二本、交差した格好でデザインされていた。
「なんだよあの旗。イギリス人並みのダサいセンスだな。ありきたりすぎる」

暢気してる露伴を尻目に、船長は矢継ぎ早に各部署に確認した。
「逃げ切れるか?」
「こちら風石室。無理です、これ以上は増速できません」
即座に伝令管からくぐもった声が返される。

船長は、破産した男がたった一つ残された宝くじを見る目つきでワルドを仰ぎ見た。
「僕の魔法で船の速度を上げても、ここからではアルビオンまで逃げ切れることは考えにくい。逃げた後で追いつかれたらそれこそ殺されかねない。むしろ停戦して機を見定めるべきだ」

そうこうしているうちに、どんどん空賊船はこちらの方向に近づいてくる。
今では、ルイズの目からでも、海賊船の甲板で忙しく動き回っている空賊の顔の表情までわかった。
「いやだわ……貴族派の手の物かしら……」
ルイズはアンリエッタから預かった手紙を服に隠したままぎゅっと握り締め、手紙の存在を確認した。

海賊船の、二つの門から同時に発射煙が上がる。
ひとつの玉は船の前方へ、もうひとつは船の後方へ、船を掠めるように飛翔していき、虚空へと消え去っていった。
後から『ポン』というなんともいえない音の波が『マリー・ガラント』の甲板を襲った。
『マリー・ガラント』船長は空賊船の意図を完全に理解した。
彼らはわざと砲をはずしたのだ。彼らの砲術は並大抵のものではない。
それは、いつでも撃沈できる、という彼らの合図でもある。
船長は、観念した態で部下に停船を命じた。彼はこの後、一人、愚痴をこぼす程度の自由さしか与えられなかった。
「クソッ。何でこーいう航海に限って保険を組んでないんでぇ……」


空賊船は、『マリー・ガラント』が停船したのを確かめると、次第に速度を落とし、併走する形で平行に船の位置を置いた。
そこで、海賊船から幅三メイルほどもある大きな木の板が『マリー・ガラント』に渡された。
そこから、十名ほどの武装した男たちがニヤニヤと笑いながらやってきた。
彼らの持つ武器は、ククリ、マスケット銃、半月刀とさまざまであったが、いずれの男も皮膚が真っ赤になるまで日焼けをしていた。


輸送船に降り立った賊の中で、もっともえらそうにしていた黒髭の男が、船長から積荷の中身を聞き出した後、すべての硫黄を空賊船に積み替えさせた。その上機嫌な様子から見ると、船員の命をとるつもりはないらしい。

「まずいわ。どうしましょう」
おびえながら、賊の視界に移らないように身を隠そうとするルイズに対し、ワルドは彼女の肩をやさしくつかんだ。
「大丈夫だルイズ。君は僕が守る」

「おかしらァ、この船、乗客に貴族様がいやすぜ」
賊の一人が、ルイズと目があった。その男は下卑た笑いを浮かべながら、即座に黒髭の男に呼びかけた。


「そうか、ならばそいつも連れて行け。身代金になるだろうからな」
「露伴、ワルド。この場合はルイズを守ることを最優先すべきだ」
そういいながら、おかしらと呼ばれた男に近づこうとするブチャラティを、意外な人物が制止した。
岸辺露伴である。
「待て、ブチャラティ。僕に任せてもらおう。安心してもらって良いぞ」

結局、ルイズたちは空賊船に乗せられる羽目になった。
二つの船をわたる板を通ったが、実際にわたってみると、ルイズにはその板がとても狭いように感じられた。
「やい、とっととわたりな」
男の掛け声にもかかわらず、思わず立ち止まってしまったルイズは、つい板の下を覗き込んでしまった。
高さ三千メイル下に、雲の隙間から青い海面がその表面に穏やかな波を垣間見せている。
その間に、幾重にも重なる雲の層がはかなげに浮かんでいた。
ルイズは気が遠くなりそうになりながらも、ワルドの励ましによって、かろうじてわたることができた。

「なんでぇ、あの船。薄情だなぁ、逃げやがった」
デルフリンガーのいうとおり、『マリー・ガラント』は、ルイズたちと空賊が空賊船へとわたり終えると、脱兎のごとく、アルビオンとは反対側の方角へと逃げ出していた。

その様子を、空賊たちはまったく気にしていない。むしろ、その存在を忘れたかのように、完全に無視していた。

ルイズたちは、空賊船の船長らしき黒髭の男の前に引き立てられた。
ルイズを引き立てた男が、多少乱暴に彼女の頭を押さえつける。
「おう、おかしらの前だ。挨拶しな」
「死んでもイヤよ。大使としての扱いを……」
そうわめき散らすルイズの口撃を制し、露伴は一歩、黒髭の男の前に進み出た。

しかし、岸辺露伴の態度は、自身のおかれている立場と対比して何かしらおかしい。
まるで、どこかの社交場で貴婦人と小洒落た会話を楽しんでいる感である。

彼は、海賊の船長に対して御辞儀をおこなった。この上もなく最高級に優雅に。
「船長殿、我々はアンリエッタ王女の密使として、ウェールズ公に直接お目通りを願うつもりでここまで参ったのでございます。そのような私めが『変装した公の顔』が分からない、というようなことがあるでしょうか?
ましてや『公の顔を知らない』とでも?」

黒髭の男があっけにとられた顔で露伴を見た。
一瞬後、その男は先ほどまでとは打って変わって、人懐こい顔つきで露伴に話しかけていた。
「…フフフ、参ったね。せっかくの演技が台無しだ。」

船長と名乗る男は自分の黒い口ひげをつかむと、引き剥がしにかかった。どうやら変装のようで、
内側から本来の顔がうかがえる。
黒髪黒髭は、あっという間に金髪の美男子に変身した。
「確かに私がアルビオン王国皇太子『ウェールズ・テューダー』だ」

ルイズとブチャラティはあっけに取られた様子で見た。
「こいつ、いえ…この方が?」
「観察力……か?」
「おでれーた。俺様でもまったくわからなかったのによ」


自分を『ウェールズ』と名乗ったその男は、本来の口調であろう、高い位にいる者特有の、気高いが親しみやすい話し方で露伴に質問していた。
「しかし、私の記憶が正しければ、君と私とは初対面のはずだが?」

露伴はこれまたバカ丁寧なお辞儀を返し、答えた。

「アンリエッタ王女に、殿下の御尊顔の特徴を、詳細に伺いましてから参ったのでございます」
(アンリエッタの本に、御前のスマイル挿絵が、大量に観察できたからだぜ舌入れキス男君?)

「なるほど、君達はそれほどアンリエッタに信頼されているわけか」
「Exactry (その通りでございます…なんちゃって)」

金髪の美男子に変貌した男はルイズたちに一礼を返して見せた。
同時に、その周りにいた空賊たちが、先ほどと打って変わった礼儀正しさで敬礼を行った。
海空軍に特有の、肘の角度を引き締めた敬礼を、一斉に見事なまでのタイミングで一致させていた。
「なるほど。それでは改めて、『アルビオン王国にようこそ』。歓迎する」

「それで、君たちはアンリエッタの密使といったね? 用件の向きを伺いたい」
「その前に……恐れながら申し上げます。あなたがウェールズさまであることを証明できますでしょうか?」
「なるほど、ルイズ君……といったね? 君がそう思うのももっともだ」

ウェールズはそういいながら、自分の右手にはめた指輪を、ルイズのはめた指輪に近づけた。
二つの指輪の間に、小さな虹が出現する。
「トリステインの『水のルビー』とアルビオンの『風のルビー』。この二つの王家の至宝は互いに干渉しあい、虹を作り出す。両国の信頼と友情の証さ」
「大変失礼をばいたしました」
ルイズはそういってお辞儀をしながらも、思い切りあわてた様子で、アンリエッタから言付かっていた手紙をウェールズに渡した。


「うん……あのいとしのアンリエッタから私に手紙か……」
うれしそうに手紙の封印をといたウェールズであったが、文面を途中まで見たとき、彼の表情に影が差したのをブチャラティは見逃さなかった。
「そうか、ゲルマニア皇帝と結婚するのか……」
だが、彼の表情の変化も一瞬のこと。ウェールズ公はルイズたちに対し、申し訳なさそうに告げた。
「大使殿。用件の向きは了承した。だが、残念なことに君らが求めてやまない手紙はここにはない。ご足労だが、われわれとともに、本拠地までご足労願いたい」
「それはよいのですが、一体どこまでご一緒すればよろしいのでしょうか?」
ワルドの言葉に、ウェールズは笑って答えた。
「ニューカッスル城だ。手紙はそこで君たちに譲渡する事としよう」

その後のウェールズたちの航海は、まったく問題なく順調に進んだ。
「イーグル級軽戦列艦。この級のネームシップである本艦が現在残存している唯一の王党派の軍船だ」
ウェールズが露伴の質問に多少辟易しながらも答えている。
そうこうしながらも、三時間ばかり、アルビオン浮遊大陸のふちを沿って、縫うように飛行していた。
そのとき、ルイズは『イーグル』号の船首のはるか先に、黒い雲がたなびいているのを見た。

彼女は気づいた。
いえ、雲じゃないわ。あれは、煙……
黒煙が、前方の岬からほのかに立ち上っている。
あたりの空気が、いつの間にか刺すように冷たくなっていった。
その先に、城がひとつ、はかなくも健気に岬の先端に建ち上っていた。
城のところどころから白煙や黒煙が昇っている。どうやらそれがニューカッスル城であるらしかった。

だが、『イーグル』号は城が見えた時点で、舵を下方に下げた。
城と煙が、アルビオンの地平線に隠れていく。
「どうしたんだ?」
そう聞くブチャラティに、ウェールズは城の近くの空域を指し示し、つぶやくようにいった。
「叛徒どもの、船だ」

ルイズが見ると、なるほど、彼の指し示す先に、城を見下す様に一艘の船が城に砲打撃を与えていた。
「元は、『ロイヤル・ソヴリン』といって、我々アルビオン王国最強の戦列艦なのだがな。あの娘は、今は貴族派によって、『レキシントン』という名に変えられて、あのように元気よくやっている」
船の全長がイーグルの二倍はあろうかと思われるその船は、ニューカッスルの城を、大陸がない方向、外の空側から城を砲撃していた。砲撃の衝撃が遠くの『イーグル』号にまで伝わっていた。
ルイズはあたりに立ち込め始めた硝煙の臭いを不快に感じながら、聞いた。

「この船ではあの船に勝てないのですか?」
「まあ、仮に勝ててもこちらの損傷が洒落にならないだろうね。船員の錬度はこちらが上だが、何にせよ火力の差が圧倒的だ。こちらは両舷合わせても砲は三十門。あちらは片方だけで五十四門。そんなばかばかしい戦いはしないに限る」
ウェールズそういいながら、ニューカッスルには大陸の下方に秘密の港があることを説明した。
「だから、回り込んでそこにたどり着くのさ」

「あの船にもっと近づけないか?」
露伴が聞いている。スケッチを手に持ちながらだ。どうやらこの男、『レキシントン』をスケッチしているらしい。

「これ以上は危険だ。発見される恐れがある。それは勘弁してもらいたい」
ウェールズがそういっている間のうちに、すべての光景が雲海の中に消え去っていった。
そのうちに、雲を包み込んでいた光までなくなっていく。
大陸の下に完全にもぐりこんだのだ。

「副長。舵を預ける」
「ハッ、たしかに舵をいただきました」
元気のよい掛け声とともに、王子の隣にいた男が王子と入れ替わりに船の舵を握る。
「いくぞ野郎共、機関微速に落とせ、風力嚢ちょいブロー。取舵二十度、アップトリム十度」
各方面から、元気のよい声で了解の声がかけられる。

霧と暗闇で船の周りはよく見えない。
「訓練されたアルビオンの兵ならば、この暗闇を、海図と風読みの才だけで渡ることなどたやすいのだ」
副長によって矢継ぎ早に発せられる命令を背に、ウェールズはルイズたちのいる甲板中央にやってきていた。
時々暗闇の霧の中から、時折突き出した巨大な鍾乳石が見えては背後の暗闇に消え去ってゆく。
それらの障害物を、『イーグル』号は音もなくするりと抜けていった。

「ならばなぜ君自身が舵を握らない?」
「僕が空軍指令に着任したのがつい一月前だからね。艦の操縦にはまだあまりなれていないんだ」
露伴の詰問に、ウェールズは歯切れ悪く答えた。
ウェールズの弁では、彼はもともと空軍の竜騎士隊を率いていたらしい。
しかし、このたびの叛乱で、平民出身の空軍高級士官の多数が軒並み中立を表明し、戦闘に介入するのを嫌がったのだった。
それを解消するために、貴族派は外国から傭兵を雇い、王党派は他科の空軍兵士を転科させることで空軍力を補っているとの事である。


「機関後進一杯! よし、機関停止! 風力嚢全ブロー!」
そうこうしているうちに、イーグルは船の速度を完全に停止していた。
「みんな、上を見ろ!」
露伴の声があたりに響き渡る。声の反響がすぐに返ってくるあたり、かなり近くに壁があるようである。
そして上空には、四角く、明るい光があった。
船はそこに突入するように、少しずつ真上に上昇してゆく。
「風力嚢ブロー停止。惰性で浮上。舫の用意!」

副長の掛け声の下に船員たちが動き回る中、ルイズは気づいた。
「アレが秘密の港ね」
そう、そこの光はニューカッスル城の篝火であった。
船が光の地平線を超えると、とたんに視界が良くなる。霧がなくなったのだ。
一行の目の前に、白い石造りでできた埠頭が現れていた。
「なるほど、地下に作られた埠頭か……これなら誰にもわからないわけだ……」
ワルドが興味深そうにつぶやく。
船からロープが放たれ、城の人間がそれを舫杭に結びつける。そのうちに、船が完全に停止した。
ルイズたちは、ついにニューカッスルに到着したのだった。


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