ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-61

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
一握りの才ある者にだけ許された享楽。
それに耽っていた彼女の意識が無粋なノックで引き戻される。
『どうぞ』と不快感を感じさせない声で応対する彼女に、
扉の向こう側から用件が伝えられる。
「ミス・シェフィールド、クロムウェル様がお待ちです」
「分かりました。準備が出来次第、すぐに向かいます」

淡々と返しながら、彼女は『遠見の鏡』に布を掛ける。
そして、普通の姿見にて身嗜みを整える。
知らぬ内に浮かべていた酷薄な笑みを隠して、
彼女は『クロムウェルの秘書』としての仮面を被り直す。
既に手馴れた作業だが、それ故に次第に飽きてくる。
権力者を背後から操るのも楽しかったが、
主演が大根役者では折角の脚本も生かせない。
用が済めば廃棄される王様気取りの哀れな人形。
僅かな憐憫を感じつつ、彼女は本人の下へと赴いた。

「お待たせ致しました」
「おお…! 待ちかねたぞミス・シェフィールド」

クロムウェルの歓迎を受けながら、彼女は下げた頭を戻す。
見据えた視線の先には、負傷したワルドと手紙を見るクロムウェルの姿があった。
その手にある手紙は恐らく『例の物』で間違いないだろう。
彼の表情に浮かぶ笑みが何よりもその証明。
何度も読み返され褪せた手紙を食い入るように見つめている。
それを遠めで見つめながら彼女は嘲笑を浮かべた。

(本当に…可愛らしい事を)
自分が政略結婚に使われると分かっていながら、愛する人を一途に想い続ける。
一国を預かる立場にありながら、まるで王子様に憧れる女の子と何ら変わらない。
今頃は悲恋のヒロインを演じる自分に酔い痴れているのだろうか。
そして、それは彼女に拒絶を示さなかったウェールズも同様。
結局、国の安定も互いの恋愛もどちらも選べなかった半端者達。
為政者としては軽率で、愚かで、恥ずべき行為だろう。
しかし、だからこそ彼女は彼等の純粋さが愛しく思える。
彼女の内に沸くそれは、知性の劣る愛玩動物を愛でるかのような感情だった。

「『手紙』は奪取しましたが、『虚無の力』とウェールズの遺体は回収できず…」
「いや、君は実に良くやってくれた。
これさえあればトリステインとゲルマニアの同盟は破綻する。
それに王党派の中枢を暗殺し、連中を壊滅状態に追い込んだのだ。
賞賛こそあれ罰などは有り得んよ、そうであろうミス・シェフィールド?」
「はい、勿論です。これだけの功績を上げたのですから、
その褒賞として彼に直属の竜騎士隊を一つ任せてはどうでしょう?」
「なるほど。トリステインの魔法衛士隊に代わる私の部隊という訳だな」

ワルドの謝罪にクロムウェルは満足そうな笑みで応え、
そして自分の指輪を撫でながらシェフィールドに視線を送った。
秘書の意見を求めるのは不自然な事ではない。
しかし、盗賊として身に付けた人間観察力の賜物だろうか。
その場に同席したフーケだけが違和感に気付いた。
ラ・ロシェールでの戦いの後、追っ手から逃れる為に彼女はアルビオンまで来ていた。
ワルドの送った竜騎士の迎えが無ければ魔女宜しく火炙りの刑にされていただろう。
そのフーケの眼には、彼女に対するクロムウェルの態度はどこかおかしく映る。
秘書というよりも、まるで主人に対してお伺いを立てているみたいだ。

(…まさかとは思うけど、こいつら)

疑惑の篭った視線を彼女は二人に向ける。
彼女の脳裏に浮かぶのは、主従が逆転したクロムウェル達の姿。

“ほら! 自分が何様なのか言ってみなさい!”
“ぶひぃ! 私めは卑しい牡豚でございます女王様!”

薄暗い、牢屋を思わせる密室の中で鞭の音が響く。
裸体を晒したまま縛られて床に這い蹲るクロムウェルを、
ボディラインを露にした黒い衣装を纏ったシェフィールドが踏み躙る。
剥き出しとなった彼の素肌には痛々しい痣や傷跡が残されている。
しかし悶える彼の表情に浮かぶのは苦悶ではなく喜悦の色。
こうして彼等は夜な夜な歪んだ肉欲に身を委ねるのだった…。

「どうかされさましたか?」
「…い、いや、何でもないさね」
怪訝な表情で見つめられたシェフィールドが訊ねる。
それに慌てながら曖昧な返事を返して両手を動かす。
まあお偉いさんだから色々と鬱憤の溜まる事もあるだろう。
本人達の特殊な性癖について口を挟むつもりはないが、
ノーマルの自分まで巻き込まれたら堪ったものじゃない。
顔を引き攣らせる彼女に、首を傾げるシェフィールド。
しかし、そんな二人を余所にワルドはクロムウェルへと詰め寄る。

「そんな事よりも、閣下! あの怪物を一体どうなさるおつもりですかッ!?」
「…………」

語気を強める彼にクロムウェルは沈黙せざるを得なかった。
それに対する答えを彼は持ち合わせていなかったのだ。
国政や軍事に関わる事ならまだしも、バオーに関しては無知も同然。
ましてやシェフィールドの思惑など彼には知る由も無かった。

危険な敵がいるのならば排除するまでだ。
しかし、その程度の事で何故ワルド子爵が取り乱すのか。
尋常ならざる彼の様子に対し、あえてクロムウェルは安易な返答を避けた。
お飾りだと思っていた男の好判断にシェフィールドが思わずほくそ笑む。
そして彼の代弁をするようにワルドに答える。

「どう…と言いますと?」
「今も奴によって我が方は甚大な被害を受けているのだぞ!
城の内外に配備した地上部隊を見捨てるつもりか!?」
「撤退命令は既に出しています。
しかし前線は乱戦状態にあり、指揮系統が機能しておりません」
「それまでの間に出る犠牲はどうする!?
連中は怪物の正体も弱点も知らされていないのだぞ!」
「それでも敵が出れば戦うのが兵の務めでしょう?
命令も届かない現状では指示した所で無駄ですし」
「話にならんッ!」

彼女の返答にワルドは吐き捨てるように話を切った。
シェフィールドの考えなど知った事ではない。
最後に判断を下すのはクロムウェルなのだ。
『レコンキスタ』を率いる彼にとって戦力の損耗は避けるべき事態。
ならば理解してもらえると意気込んだ彼の提案は容易く却下された。

「その申し出は受け入れられぬ。
怪物といえどアレはガンダールヴ、伝説の『虚無』への手掛かりなのだ。
それを無闇に殺める訳にはいかん!」
「ですが! 今、この瞬間にも奴は成長し続けているのです!
これ以上、放置すれば完全に手がつけられなくなります!」

天敵と思われた竜さえも奴は克服した。
『ライトニング・クラウド』と同質にして、それを凌駕する電撃。
もはや対空戦闘さえも身に付けた奴に死角は無い。
遠距離からの魔法も剣に吸収されるだけだ。
最後に残された手段は艦隊総力を上げての艦砲射撃のみ。
如何に凄まじい力といっても本物の雷には及ぶべくもない。
空気中で分散される奴の電撃は頭上の艦隊にまでは届かない。
しかし、戦艦からの砲撃は届く。
散弾を詰めて雨霰のように奴に向けて斉射する。
それも一隻や二隻ではなく、アルビオン艦隊の全てを投入してだ。
逃げ場も与えず、奴のいる地形を変えるほどに砲弾を撃ち込めば葬れる。
逆に言うなら、そこまでせねば奴を滅ぼす事は叶わない。
味方にも被害は出るだろうが、皆殺しにされるよりは遥かにマシだ。

「それは最後の手段に取っておきましょう。
しかし、まだ貴方には取れる策があるでしょう」
「何の事だ…?」
「ガンダールヴは主人を守るのがその務め。
なら彼女を人質に取れば、自らこちらの手に落ちるかと」
「何だとッ!!?」

割って入るように告げたシェフィールドの言葉。
その内容に、ワルドの目が驚愕に見開かれた。
“アレ”を自軍に引き込むなど狂気の沙汰もいい所だ。
制御できない力ほど恐ろしい物はない。
だが、ワルドは彼女の真意がそこにあると勘付いた。
思えばルイズに薬を飲ませた時点からおかしかった。
他に幾らでも手段はあったにも関わらず、洗脳という強硬手段を彼女は取った。
てっきり自分の忠誠を試す為かと思われたが、実は違う。
あの時点から、彼女は“あの怪物”を支配下に置く事を目論んでいたのか。

そして今の状況はどうだ?
彼女とガンダールヴは引き離され、
駆逐されながらも地上戦力は奴の足止めに成功している。
それに城から脱出するとすれば船だが、一度出航すれば奴にはそこまで来る術が無い。
そして地下空洞の出入り口を知っている自分には追撃も容易い。
孤立した彼女を奪い去るには格好の条件が揃っている。
まるで、自分にそれをさせる為にお膳立てをしたかのように…。

ワルドの背筋に戦慄が走った。
これが彼女の策謀から生まれたのだとしたら、その智謀演算は人の域を超えている。
自らの意志で動いたつもりで全てが彼女の掌の上。
彼女が演出する脚本の上での劇を演じさせられているのかもしれない。

「おお、それはいい考えだ。
では至急、ワルド子爵に向かって貰おう。
既に予備の風竜と竜騎士隊を待機させてある。
彼等を率いて、任務に当たってくれたまえ。
余の親衛隊としての働き、期待しておるぞ」
「はっ、御期待に沿えるよう努力します」

クロムウェルに会釈して彼は引き下がる。
疑念に心を囚われながら、彼はそれを噛み殺す。
自分が利用されているのは確かだろう。
手駒の一つだというのならそれも認めよう。
だが、僕はそこでは終わらない。
貴様を超える力を得て、必ず盤の外へと手を伸ばす。
この身に潜む野心は誰にも抑えられない。
制御出来ぬ“怪物”を抱えているのは奴だけではない。
貪欲に力を追い求める飢えた獣は、いずれ世界さえも呑み込む。

“誰にも渡さない。ルイズも世界も全て僕の物だ”



「…隣国の友人達よ、貴方がたの厚意に心より感謝します」
そっとウェールズの遺骸に白い布を被せながら副長は告げた。
その眼に悲しみを湛えながらも涙は見せない。
きっと心のどこかで彼は主の死を認めていたのだ。
それに船員達の前では示しをつけなければならない。
艦長が倒れた時、跡を継ぐ副長が威厳を見せねば船は動かない。
歯車を入れ替えるように、依然変わらぬ事を自ら証明する。
例え、それが国王だとしても…。

ウェールズ陛下を助けられなかったアニエス。
ルイズの心身を案ずるキュルケ。
そして、この場にいない彼の事を不安に思うタバサ。
皆が沈痛な面持ちで沈黙する中、副長は自分の胸を叩いた。

「今度は我々がその厚意に応えましょう。
必ずや貴方がたをトリステインまで連れ帰る!
アルビオンの船乗りに二言はありませぬ!」

ウェールズを失ったばかりとは思えない、威勢のいい声が港に響く。
彼の背後には、皆一様に声を上げて応える船員達の姿。
彼等はその手を休める事なく今も出航の準備を整えている。
城を失い、王を亡くし、帰る場所さえも失おうとしている彼等に不安の色はない。
失った物は戻らない、だからこそ彼等は先に進むのだろう。
それが倒れた者達の遺志を引き継いだ者の務め。
悲しみや怒りにただ打ち震えるだけの僕達には無い、彼等の強さだ。
僕達を逃がそうとする彼等の尽力を無駄には出来ない。

避難船『マリー・ガラント』号の甲板から、
ギーシュは同様に出航準備に入っている『イーグル』号を見上げる。
非戦闘員がこちらに全員いる以上、あの船の役目は間違いなく殿だろう。
敵の大半を引きつけて囮になる、つまりは乗組員には死が確定している。
そんな様子も見せずに働く彼等の姿をギーシュは己が目に焼き付けた。
自分が犠牲にした人間達の姿を、そして自分が引き継ぐべき魂の持ち主達を。

「…なんとか間に合ったようだな」

廃材や木箱で組み立てたバリケードを背にし、騎士は呟いた。
今より少し前、隠し港での攻防は熾烈を極めていた。
ただでさえ寡兵なのに、出航の準備にも手を割かなければならない状況。
一緒に連れてきた衛兵も応急処置を施しただけで動員された。
精神力は尽き、道中で拾ってきた銃も弾切れ。
もはやこれまでかと諦めかけた時、奇跡は起きた。
底無しと思われた敵の侵攻は止まり、今では気配さえも感じない。
陥落を目前にして敵が撤退するなど有り得ない。
あまりにも都合の良い逆転劇に、
最中に現れたアニエス達が勝利の女神に見えてくる。

しかし、隣に座る衛兵からの返事は無かった。
銃を抱えて俯いたまま、彼はその場を微動だにしない。
揺り起こそうと触れた身体は氷のように冷たくなっていた。
もはや彼が謝罪の言葉を口にする事は無い。
もう必要の無くなった銃を取り上げて、静かに彼の身体を床に寝かせた。

戦争に救いなどない事は承知していた。
だが、いつまで経っても一向に慣れはしない。
未だに他人の死を引き摺る自分の未熟さが恨めしい。

ふと顔を上げると、そこには自分が捨てた銃を拾う武器屋の親父。
見れば、束になった小銃が小脇に抱えられている。
戦闘中に不要になった物を拾い集めていたのだろうか。
視線が合った瞬間、びくりと親父の身体が震えた。

「あ…あの、これは、違うんでさ!
皆さんの為にピカピカに整備して差し上げようかと…!」
「別に構わないさ。じきに船は出航する、ここを守る意味も無い。
どうせ『レコンキスタ』の連中に奪われるんだったら、
アンタが持ってってくれた方が死んだ連中もまだ浮かばれる」

親父に合わせて言葉遣いを崩して答える。
海賊の真似事が続いた所為か、
今では堅苦しい喋り方よりもしっくり来る。
困惑する親父の顔を窺いながら、
腹の中では交渉を持ちかける機を見ていた。

「へ? 頂いても宜しいんですか?」
「ああ。その代わり、剣を一本売ってくれ。
俺のはもう使い物にならないんでね」

そう言って差し出したのは血脂と刃毀れでガタがきた鉄屑。
玉が無ければ、鉄砲を持ってても役に立たない。
それに銃が真価を発揮するのは集団戦だ。
一人で動くなら狭い通路でも取り回しが利く剣の方が良い。
渡された剣を不思議そうに眺めながら親父が尋ねた。

「そりゃあ構いませんが、もう戦う必要はないんでしょう?」
「他の奴はな。だけど城に忘れ物しちまってな。
これから取りに戻んなきゃなんねえのさ」
「戻るって…敵がわんさといる城の中にですかい!?
そんなの無理に決まってまさあ! 」
「かもな。だけど、そいつとは“死ぬ時は一緒だ”って約束した仲だからな。
何があっても、ここに置いてく訳にはいかねえんだよ」

アルビオンの騎士に二言はない。
例え冗談半分で口にした言葉でも誓いは守る。
やがて親父も呆れ返って説得を諦めたのか、
自分の商売道具の中から一振り取り出し、それを放り投げた。
鞘から抜き出された刃が明かりに照らされて鈍く光る。

「…悪くないな」
「当たり前よ。二級品の中じゃ飛び切りの品さ。
“売った物が悪かったから殺された”なんて、
あの世で言い掛かり付けられたら堪んねえからよ」

喧嘩を売るような親父の口調。
しかし、それが本人なりの景気の付け方と解釈し、
渡された剣を腰に差しながら、その厚意に心から感謝した。

去り際に一度だけ港へと視線を送る。
そこには正に出航せんと繋留索の外される、
『イーグル』号と『マリー・ガラント』号の雄姿があった。
これで副長から言い渡された任務は終わりだ。
自分が果たすべき事は全て果たした。
後は、自分の好きな様にやらせて貰う。

「…どうやら、碌な死に方しないのは俺の方になりそうだな」

交易船で自分が言った台詞を思い出し、苦笑いを浮かべる。
足は既に前へと動き出し、城内へと通じる通路を駆け出していた。


絨毯は幾重にも引き裂かれ、玉座は半分に切り落とされている。
傍に控える侍従も無く、城主の身を守る近衛は影も形もない。
そこに、かつて栄華を誇ったニューカッスルの面影を見出せる者はいない。

「バリーよ、地下より響くあの音が聞こえるか。
アレはウェールズ…ウェールズの船だ」

若かりし頃より辛苦を共にした重臣に話し掛ける。
彼は命を捨てて守り通した主の腕の中で永久の眠りについていた。
しかし、命が尽きようとも彼には判る筈だ。
希望を載せた船が旅立とうとしている瞬間が…!

この世に不滅の物などない。
それは長き歴史を持つアルビオン王国とて同じ事。
しかし託された想いが次代に繋がるのならば、それは終焉ではない。

「往けいアルビオンの仔等よッ!
我等は決して滅びたりはしないッ!
諸君等の胸の中で永遠に生き続けるッ!」

彼等は果てしない航海へ漕ぎ出そうとしている。
辿り着くべき場所を示す地図も無く。
進むべき方向を教える羅針盤も無く。
ただ荒れ狂う波に逆らい続けるように、
生き延びた彼等には辛く険しい日々が待ち受けているだろう。
しかし、どれほど残酷であろうとも人はこの世界で生きていくしかない。
そこに栄光へと繋がる道があると信じて…!

叫び続けた喉から血が溢れ出る。
まるで赤絨毯のように足元を染める血を眺め、
彼は“アルビオン王国”の滅亡を静かに受け入れた。


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