ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アンリエッタ+康一-33

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
これ、一体、何なの?
そんな切れ切れな真っ白い言語が、アンリエッタの脳裏を過ぎ去り、埋め尽くす。
言語に埋め尽くされた脳内の片隅で、眼球から取り込んだ現在の映像が放映される。
本当にこの映像が現実の物なのか。アンリエッタには判断し難い。

異常。それほどにまで異常。
異常事態により凍結した脳細胞は、しかしそれでも、僅かずつに現実へと復帰してくる。
その度にアンリエッタは現状にしこたま打ちのめされそうになった。

「……う…っ」
呻きが零れた。
指が震えて跳ねる。
呼吸は小刻みに、浅く、速い。

これはこの場のほぼ全ての者に共通している状態だ。
アンリエッタも、来賓も、ギャラリーも。今、絨毯に頬を寄せて倒れている者達も。
死屍累々。未だ倒れている者達は呼吸をしている事から、死人ではないだろうが、それが最も近い表現に思えた。
着飾った貴族達も、地面に這いつくばるというのは初めての経験だろうか。

何人倒れているのだろう。五人。十人。十五人?
否。違う。もっと、多い。
もっとたくさんの貴族達、この広間にいる殆んどの貴族達がこの場に倒れていた。
倒れていないのはアンリエッタに城の奉公人や衛士、それに僅かに残った立ちすくむ貴族。

最初に女貴族や壮年の貴族が倒れた後、ほんの一分やそこらで殆んどの貴族達が死んだように倒れた。
本当に死んだようだった。誰も彼も起き上がる事さえできない。
そして倒れていく者達を見ながら、誰も身動きできない。
あまりに深く、重く、沈殿した空気だったからだ。

時の止まった世界とは、このような全てが静止で統べられた世界なのかもしれない。
妙に思考だけが冷静なアンリエッタはそう思った。
次いで、立ちすくんでいた貴族がまた一人、小さく音を立てて床に沈む。
最高級の絨毯が敷いてあるお陰で、あまり派手な音は立たない。

だがアンリエッタの呼吸を深くするには、充分の衝撃であったようだ。
「ーーーーーっ゛!!」
人が倒れた事で、世界は静止を解除する。
周囲の奉公人や衛士等も、時の縛りから開放された。

と、同時に今度はざわめきが世界を統べる。
まだ状況を飲み込めない者等は、視線をあちこちに向け、不可解な言葉を独りごちる。
最初に誰が言ったのだろうか?医者を呼べ、と。

アンリエッタの耳にその言葉が届いた瞬間、彼女は叫んで言った。
「誰か医者を呼びなさいっ!水の使い手の医者をっ!早く…っ。誰かっ!」
ざわめきを破る一際高い姫の一声。
その声に反応するよう体に染み付いた奉公人達が、堰を切ったように扉を開けて廊下へと飛び出していく。

広間に残った奉公人や衛士等も、倒れた貴族達に駆け寄って声を掛け始める。
だが沈んだ者達は黙して語らず。何も反応は無い。
ただ顔色が悪いだとか、呼吸が異常に荒いだとか、危険な症状が出ている者はいないようではある。
これは不幸中の幸いと言っても構わないのだろうか?

そんな事を考えてアンリエッタが倒れ伏す者達を見ていると、その倒れた間を縫って一匹が駆け抜けていった。
白い、小さな、しっぽのある獣。
それは先ほど出て行った奉公人達が、開けっ放しにした扉を通って広間から出て行ってしまった。
アンリエッタには見覚えがある。あれは、確か。

「オールド・オスマンの使い魔の…ハツカネズミ?」
一体何故に廊下へ走っていってしまったのだろうか。
かなりのスピードで走っていったが何か身の危険でも感じたのか。
これだけの人数が倒れているのを考えれば、使い魔のネズミなら危険と感じたのかもしれない。

だが、それでも使い魔が、召喚主のメイジを放ってどこかに行ってしまうものだろうか?
自分の使い魔の康一ならば何処へも行く事はないだろう。
しかし理由があって離れるという事はありえる。
理由。何かあのハツカネズミにも理由があって行ってしまったのか。

アンリエッタはテラス付近にて、長い白髪を振り乱し、倒れるオスマン氏を見た。
他の者と変わらず、たまにピクリとするがそれ以上の動きはない。
そのうち廊下からドタドタと幾つかの足音が響いてくる。
どうも先ほど出て行った奉公人達が、水系統の使い手達を呼んできた足音らしい。

今はオスマン氏の使い魔の事より、皆の治療が先決だ。
思考を切り替え、自身も杖を構えていつでも治療のできる体制に入る。
アンリエッタもトライアングルの水の使い手だ。
代々伝わる王家の杖も水の力を蓄えており、強力な水魔法を行使する事を可能とする。

そうしてアンリエッタは先ほどのネズミの使い魔の事は頭から追いやり、
それに次いで自身の使い魔の事さえ一時的に頭から抹消してしまった。
自分の警護に当たっていた筈の康一が、何故このような事態になっても姿を現さないのか。
今、彼は何処で何をしているのか。異常事態での動揺が、それを失念させた。


「エコーズACT2ッ!」
操ろうとする意思のままに、像をもったエネルギーが疾走する。
ACT2で周囲の偵察を行っていた康一が、スタンドの射程距離に入ったメイジ三人を捕捉したのだ。
つまりもう自分達から50mにまで近づいてきたという事。
ただちにしっぽ文字が形状を変えて、丸い砲弾のような形になる。

刻まれたしっぽ文字は『ベゴォッ』の打撃音。
遠隔操作スタンドの特徴としてACT2のパワーはそれほどでもない。
それ故、この打撃音の文字では対象を死に至らしめる効果は得られないだろう。
この文字を康一が選択した理由はこの為だ。人殺しは遠慮しておきたい。

「喰らわせろ!ACT2ッ!」
そしてACT2が捏ね上げたしっぽ文字は、砲丸投げのように投擲ッ!
スタンドはスタンド使いにしか見ることは出来ない。
つまり回避をする選択肢というのはメイジに存在し得ない。

しっぽ文字は狙い通りに、間違いなく目標へ直撃するッ!
「グボッ!」
メイジの胸に直撃したしっぽ文字は、その効果を遺憾なく発揮。
『ベゴォッ』の打撃音によって血反吐を吐いたメイジは、後方へと吹っ飛ばされていった。

「よしッ、一人なんとかなりました。でも後二人に同じ手が通用するかどーか」
「ですが三人が二人になったのは大きい。これで逃げ切れる可能性がかなり高まりましたな」
攻撃の結果を報告した康一に、現状の好転を喜ぶマザリーニ。
しかし康一の言う通り、今の攻撃で遠隔操作の攻撃は警戒され、
防御をしながら進行してくるだろうから、これ以上この攻撃で人数を減らす事は難しくなった。

事実、ACT2の目で捉える残った二人は、腕で体を防御しながら康一達の方へ進んでいる。
「……え?」
否、三人だった。ACT2は人間がするように、自分の目を擦ってみる。
しかしスタンドにそんな事は意味が無い。つまり目の錯覚とかではない。

進行しているのは三人。先ほど攻撃を受けて倒れた筈の一人が、いつの間にか歩いている。
口から血反吐を吐いている為に間違えようが無い。
「スイマセン。マザリーニさん訂正しときます。三人ともこっちへ向かってきてます。
異様に打たれ強い奴なのか、それともダメージを魔法で治療したのか分かりませんけど三人とも来ますッ」

マザリーニ、あからさまに顔色が曇る。
確かに捕らえたメイジの中には水の系統の者がいた筈だ。
その者が治療をしたと考えれば、人を気絶させる程度の攻撃では効き目が薄い。
他の二人も火と土の系統の筈で、攻撃に防御と役割分担が出来る。

対してこちらは魔法の使えず、逃げるしか出来ない自分。
そして康一は遠隔攻撃は可能だが、それでは倒す事が出来ない。
彼は近接攻撃の方が攻撃力が上らしいが、それでは三対一になり圧倒的不利だ。
メイジ三人相手に一人で突っ込むなど無謀の極み。

現在マザリーニは康一に支えられて廊下を逃げている真っ最中。
遠隔攻撃で足止めしつつ、何とか逃げ切るという作戦はどうやら難しい情勢になってきている。
そもそも射程50mという距離は走ればそう長くも無い距離だ。
このままでは後一分足らずで追いつかれる事になるだろう。

無謀。しかし残る手がこれしか残っていない。
沈黙するマザリーニがチラリと康一を見た。彼の様子を伺う程度の行為だったが、康一もマザリーニを見ていた。
「僕は大丈夫ですっ。マザリーニさんは行ってくださいッ!」
そう言って、康一は普段と変わらずに笑った。

死にに行くような行為である筈なのに、彼は笑った。
これが無謀なのか、それとも勇気なのか。
マザリーニは両方に思えた。『無謀な勇気』、意外とピッタリかもしれない。
康一の足が止まった。だがマザリーニの歩みは止まらない。

生きて、守る為に戦う。もう決めてしまったのだ。
だから足を止めるのは康一への侮辱に思えた。
勇気を侮辱するのはどんな事があろうと、人間として、生命として許されない。
だから止めない。止めたくない。

後ろ髪引かれる思いを胸の奥に封じ込めて、歩く。
ゆっくりではあるが確実に歩いていく。それが生きるという事だ。
背後から康一が逆方向へ走っていく足音が聞こえた。敵を足止めしに向かったのだろう。
それでもマザリーニは前に歩いた。ただし、心の中で無力を嘆いた。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー