ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-59

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匿名ユーザー

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ルイズが倒れていく。
糸が途切れた人形のように、力なく自らの血溜りに沈んでいく。
彼女に遅れ、宙に舞ったネックレスが落ちていく。
それは彼がルイズに贈ったプレゼント。
二人の絆の証はワルドの杖に断ち切られていた。
石床に落ちたネックレスが乾いた鈴のような音を立てる。

それを耳にした瞬間、彼の中の何かが終わりを告げた…。


「っ……!」
自らの偏在に斬られ倒れ伏すルイズの姿。
正気に立ち戻った彼は自身の蛮行に凍りついた。
ワルドとて彼女を傷付けるつもりは無かった。
しかし、歯止めの利かない何かが彼の身体を突き動かしたのだ。
杖を握り締めたまま、ワルドは呆然と立ち尽くす。
しかし、微かに聞こえたルイズの呼吸が彼を現実に引き戻した。

彼女はまだ生きている。
出血の割に、それほど深手ではなかったのか。
彼女に手を上げた事実は変わらないが、
起きてしまった事は取り返しがつかない。
今はこのアクシデントを最大限に生かすべきだ。
使い魔の意識は完全にルイズへと向けられている。
この隙に逃げ果せるかもしれない。
既にフライの詠唱は終わっている。
後は、この杖を振り下ろすだけでいい。

ワルドが杖を振り上げた刹那、
礼拝堂に雷鳴にも似た音が響き渡った。

どさりと重い音を立ててウェールズの遺体が落ちる。
その顔の上に朝露のように滴り落ちる鮮血。
それはだらりと垂れ下がったワルドの腕から垂れていた。
彼の肩口には大きな穴が穿たれていた。
そこから止め処なく血が溢れる。

「チィ…! 外したか!?」
声のした方向にワルドが視線を向ける。
そこには壁に背を預けたまま、銃口を向けるアニエスの姿。
最初に捨てた銃を拾って再装填したのか。
「貴様ッ…!!」
武器を失い、動けないと思っていた相手からの逆襲。
油断していたとはいえ、平民に手傷を負わされたのだ。
屈辱に彼の怒りは沸点に達した。
アニエスの身を八つ裂きにせねば気は収まるまい。
しかし直後、彼はウェールズの遺体を置いて全力で飛び去った。
冷静に戻ったのではない、引き戻されたのだ。
頭に上った血さえ凍りつくような恐怖を彼は体感した。
それは訓練や実戦で得られた勘などではない。
生物が持つ、純粋な生存本能が彼を死より遠ざける。

「ウォオオオオオオオム!!」
ルイズの傍らに寄り添い、気が狂わんばかりに叫ぶ。
胸元から首筋まで断ち切られた傷跡。
それを前にして彼は吼え続けた。

「落ち着け! 彼女は無事だ!」
彼を落ち着かせようとアニエスが伝える。
致命傷と思えた一撃は彼女の命を奪うに到らなかった。
大量に血を失った所為か、顔色は悪いが自発的な呼吸もある。
それに心臓の鼓動も脈もしっかりしている。

安堵した直後、彼女は我が目を疑った。
切り開かれたルイズの傷が見る間に塞がっていく。
奇跡と呼ぶに相応しい現象を前に、彼女は驚愕するより他になかった。
彼が分け与えたバオーの分泌液は未だルイズの体内で作用し続けていたのだ。
これが偶然だったのか、必然だったのかは判らない。
確かなのはルイズが助かるという事実のみ。
放心状態にあったアニエスの顔にもようやく喜色が浮かぶ。
そうして振り向いた先に彼の姿は無かった。
気が付けば彼は既に礼拝堂の出口へと歩みだしていた。
繋ぎ合わせた前足が動くのを確かめると、彼は疾風の如く駆け出して行く。

「待て!」
その背に声を掛ける間などありはしない。
火勢の衰えぬ礼拝堂の中は灼熱と化している。
このまま放置すれば一命を取り留めたルイズとて危ういのだ。
そんな事はアイツだって判る筈だ。
なのに、守るべきルイズを放り出して何処に行くのか。
痛む足を引き摺りながらアニエスは彼女を運ぼうとする。
歯を食いしばって上がりそうになる悲鳴を押し殺す。
大丈夫だ、痛いのは神経が繋がっている証拠だ。
ならば、まだ足は動かせる。動かなくとも気合で動かす。

「……、………!?」
痛みで意識の飛び掛ける中、彼女は誰かの声を聞いた。
それが誰かを思い出そうとしても頭に靄がかかる。
ここにいる筈がないと、彼女が無意識の内に自覚していたからだろう。
聞き覚えのある声は更に大きく、鮮明に聞こえてくる。

突如、脚に走っていた痛みが和らぐ。
感覚を失ったのかと危惧し、彼女は自分の脚へと目をやった。
そこには地面より離れて浮き上がる両足。
気が付けば、自分の身体は誰かに抱え上げられていた。
顔を上げた瞬間、アニエスはアレが誰の声か思い出した。

「ギーシュか…! お前、どうしてここに!?」
「勿論、追って来たに決まってるじゃないか」
「バカか! ここは敵に囲まれているんだぞ!」
「なら、尚更アニエスを置いていく訳にはいかないさ」

笑顔で応えたつもりが、ギーシュの顔は引き攣っていた。
女性一人を持ち上げる腕力など貧弱な彼にある筈がない。
それでも男らしい所を見せようと彼女を抱き上げているのだ。
その証拠に今も彼の脚はプルプルと震えている。

唇が触れ合うような距離で二人が向かい合う。
その事に気付いたアニエスの顔が瞬時に赤く茹で上がる。
まともに男性と付き合った事がないどころか、女性らしい扱いもされなかった彼女だ。
こうしてお姫様抱っこされるなど初めての経験だった。

「い…いいから降ろせ! 自分で歩ける!」
「わ、た、頼むから暴れないでくれ!
どう見たって、その脚じゃ無理に決まっているだろ!」

まるで子供が駄々をこねるように腕の中でワタワタと暴れ回る彼女を、
ギーシュは足を踏ん張って懸命に押さえ込む。
しかし、アニエスも何とか離れようと必死だった。
ドキドキと高鳴る心臓の音を聞かれやしないかと気が気ではない。
こうして男性に身を任せるなど彼女には考えられない。
唯一、自由になる両手で必死にギーシュを叩く。
ちなみに本人にとってはポカポカ叩いているつもりでも、
ギーシュにとっては内臓に響くボディーブローの連打である。
プルプルと震えていた膝は遂にガクガクと上下に揺れだす。

「…………」
そんな二人をタバサが冷めた目で見つめる。
ルイズは自分に任せて、ギーシュに彼女を運ぶように自分は頼んだ。
だけど何故あの男は怪我人を抱き上げているのだろうか?
それも、見ているこっちが恥ずかしくなるようなお姫様抱っこで。

ギーシュが助けを求めるようにタバサへと視線を向ける。
その彼女の横には、レビテーションで浮かべたルイズの姿があった。

「と…とにかく早くここから脱出しないと」
気を取り直したギーシュが口を開く。
余計な事で時間を食ってしまったが事態は深刻だ。
既に城内は敵に包囲され、いつ殺されてもおかしくない状況にある。
もはや強行突破しかないのかと本気で考える。
ルイズ達と合流した今ならあながち不可能ではない。
しかし頼りにしている彼の姿は何処にも無かった。

「アイツなら外に飛び出していったぞ」
「外にってルイズを置いてかい?」
ギーシュの疑問に答えたのはワルキューレに抱えられたアニエスだった。
思わずギーシュが聞き返す。
まださっきの事が尾を引いているのか、未だに顔を赤らめたまま彼女は頷いた。
加えてワルキューレに抱き上げられている事もあるだろう。
レビテーションを使っている間は他の魔法は使えない。
それでは敵と遭遇した際に応戦さえも出来ない。
そこでルイズとアニエスの二人をワルキューレに運ばせる事にした。
放置しておく訳にもいかず、同様にウェールズの遺体も持っていく。

ギーシュとアニエスが顔を見合わせる。
二人とも考えている事は同じだった。
いや、恐らくはキュルケ達も同意見だと思う。
彼が怪我したルイズを置いて何処かに行く筈がない。
誰もがそう考えている。
しかし、現に彼はここにはいない。

「…敵を撹乱しに出たのかもしれない」
タバサがポツリと呟く。
彼女とてそれが正しいのかどうか判らない。
ただ、そうあって欲しいと思っただけかもしれない。
まるで私達から逃げ出すかのような彼の行動。
そこにタバサは微かな不安を感じていた。
どちらにせよ、ここでこうしていても答えは出ない。

「この城に脱出路は?」
「地下空洞に繋がる隠し港がある。
そこから非戦闘員を載せた避難船が出航する手筈だ」
簡潔なタバサの問いにアニエスも的確に答えを返す。
それに頷きで返すと彼女に道案内を頼んだ。
先陣を切ってキュルケが前へと歩み出る。
敵で溢れかえった城内で、戦闘を回避するのは不可能。
図らずも初陣となった彼女に怯えは無かった。
しかし、いつものような高揚も無い。
ただ静かに彼女は振り返らずアニエスに訊ねた。

「…ねえ、貴方アニエスって言ったわね?
道すがらでいいから教えてくれるかしら。
ここで何が起きたのか、どうしてこの子が巻き込まれたのか、
そんでもって何処のどいつが、この子をこんな目に合わせたのかを…!」

顔は見えずとも語気だけで怒りが伝わってくる。
身に纏う空気だけで肺が焼かれそうな気迫。
“微熱”は礼拝堂を焼く炎の如く“灼熱”と変わっていた。


礼拝堂から少し離れた城内の廊下。
そこを息を切らせながら少女が駆ける。
着慣れたメイド服が今は鉛のように重たい。
スカートの端を摘み上げても走るのには向かない。
それでも彼女は懸命に脚を動かし続けた。
振り返りもせずに、背後から迫る恐怖から逃れようとしていた。

直後、彼女の身体が縫い止められた。
振り向けば、そこには自分の三つに編んだ髪を掴む男の姿。
雑多な武装で身を包んだ山賊紛いの粗野な風貌。
明らかに貴族派の正規兵とは違う。
獣臭のする荒い吐息を掛けながら男が歓喜の声を上げた。

「戦利品だァーー!!」
髪を乱暴に掴まれて泣きじゃくる少女の事など気にも留めない。
それは男が宣言した通り、人ではなく物を扱うかのような振る舞いだった。
そのまま少女を組み伏せようとする男の背後から、数人の男と頭目と思しき人物が現れた。
どこかで拾ったワインの瓶を片手に持ち、それを煽りながら男に注意を促す。

「遊ぶのは構わねえが、さっきみたいに壊しちまうんじゃねえぞ?
そいつらは後で商品として売りに出すんだからよ」
「へへ、分かってまさあ」
目線だけを送りながら会話していた男が、懐から短刀を取り出す。
そして、まるで撫でるかのように彼女の襟に刃を這わせた。
表情に嫌悪を浮かべるも恐怖に硬直した身体は動かない。
助けてくれる騎士様は何処にも居らず、屈強な傭兵達にメイドが敵う筈も無い。

「いい子だ、さっきの嬢ちゃんみたいに暴れてくれるなよ。
手が滑って中身まで裂いちまうからよ」
「ひっ…!」

その一言に彼女は完全に凍りついた。
それに下卑た笑みを浮かべながら男は刃を引き下ろす。

刹那。男の視界に血飛沫が飛び散った。
身体を刻んだつもりはないが、刃が何処かに当たったのか。
目の前の女は目尻に涙を浮かべたまま、こちらを凝視している。
死んでないなら問題はない。少し傷が付いても値が下がるだけだ。
愉しむ分には何の障害にもならない。

だが、男にある違和感が走った。
少女が見ているのは自分ではない、その隣だ。
不意に、彼は視線を移した。
そこにあったのは短刀を握った自分の右手。
本来あるべき場所からは血が溢れ出していた。

「ッッァァァアーー!!?」
思い出したかのように走る痛みに蹲る。
俯いた彼の目が床に落ちる自分とは別の影に気付いた。
見上げた瞬間、それは張り付いていた天井から舞い降りる。

見た事も無い蒼い獣。
その前脚が男の被った鉄兜へと当てられる。
叩き付けたのでもなく、引っかいたのでもない。
ただ、ぽんとそこに置かれただけの脚。
しかし、それは死神の鎌そのものだった。

頭目の手から滑り落ちた瓶が音を立てて砕け散る。
彼は今、ありえない物を見ていた。
飴のように溶けた兜と頭蓋骨がドロドロに入り混じる。
それが、ぐにゃりと粘土のように捻じ曲がり潰れていく。
倒れた男の顔は、もはや人間としての原型を留めていなかった。

傭兵の頭目として生きてきた彼は死を恐れてはいなかった。
生と死の狭間にあって、幾度も人の死を目撃してきた。
運が無ければ人は容易く死ぬ、いずれは誰しもがくたばる。
ただ感覚が麻痺していたのかもしれないが、いつ死んでも後悔は無かった。
そう思うからこそ、自分の欲するまま悪行の限りを尽くして生きてきた。

だが…今は違う。
許されるならば惨めに頭を地面に擦りつけ、
群集から罵倒され石を投げつけられようとも生きたい。
あんな無惨な死に方だけは絶対にしたくない。
しかし、そんな都合のいい願いが目の前の物に通用する筈が無かった。

逃げ出そうとした脚は糸を引くように断たれた。
床に這いつくばるように転倒した男の背に掛かる確かな重み。
それがあの獣の前脚だと確信して、男は恨めしそうに声を上げる。

「…化け物め」

その言葉を最後に、男の心臓は他の臓器と共に溶け落ちた。
空洞となった男の胴体を見下ろして、バオーは屍に問い掛ける。

“ならば、お前達は何者だ?”

ここに到るまでに彼は何人もの屍を見てきた。
自らの身体を盾にした老婆ごと赤子を貫く幾本もの槍。
腹と衣服を割かれて息絶えていた少女。
壁に貼り付けにし銃の的にされた衛兵。

何故、殺すのか。
何故、奪うのか。
何故、悲しまないのか。
ひとつとして彼には理解できなかった。

彼は知らなかった。
同族を戯れで殺す種族の存在を。
何の意味も無く命を奪う生物の存在を。
この地上で最も残忍で、最も恐ろしい物の事を。

新たな敵意の臭いを嗅ぎつけて、彼は駆ける。
ルイズが倒れた今、ルーンの束縛も心の歯止めも無い。
彼は完全に“バオー”として覚醒を果たした。
全ての敵意を刈り取り、己の命を守るだけの存在。
それが今の彼だった。

だからこそ彼はギーシュ達から逃げ出した。
自分を愛してくれた仲間だからこそ、彼等には見せたくなかった。
殺戮を繰り返す化け物に成り果てた今の自分の姿を…。


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