ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-58

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匿名ユーザー

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ニューカッスル城に投入された数多の傭兵団。
指揮系統も別々に、任務そっちのけで略奪や殺戮に走るものまでいる。
時には傭兵団の間で同士討ちが出るなど城内は混迷を極めた。

その中に王族や高級貴族などの大物を狙う連中がいた。
彼等は他の物には一切目をくれず、玉座を目指し突き進んだ。
しかし、そこに続く廊下で彼等の進軍は停止した。

彼等の誤算は二つ。
一つは両側から追い詰めた所為で、思いがけず挟み撃ちの形となってしまった事。
主武装が剣や槍ならば有利に働く形だが、小銃となれば話は別だ。
流れ弾や貫通した弾を恐れて迂闊に発砲が出来なくなる。
しかも道幅も狭く、一人ずつ斬りかかるのが精一杯という場所の悪さ。
一旦退こうにも後ろの連中が邪魔となって満足に動けない。

そして、もう一つにして最大の誤算…彼等は王党派を嘗めていた。
壊滅寸前で、兵の数も数百を残すのみとなれば士気も低い。
そんな連中に負ける筈が無いと高を括っていた。
その甘い見通しの代償がこれだ。
未だに抵抗を続けるメイジの足元に転がるのは幾多の仲間の屍。

王党派に残されたのは敗残兵などではない。
圧倒的な劣勢にありながらも、アルビオン王家の正統に忠誠を誓う勇士達だ。
しかもウェールズの演説に心打たれた彼等の士気は高い。
衰えたりといえども彼等は王国の精鋭。
それを相手にしている事を彼等は自覚していなかったのだ。

雄叫びと共にメイジが斬り掛かる。
気迫に圧されながらも傭兵が銃を盾にそれを防ぐ。
風を纏った杖が鉄で出来た銃身に深々と突き刺さる。
そのまま鍔迫り合いをしながらメイジが傭兵を階段まで押していく。
それを好機と判断し、逆方向より迫る傭兵達が銃を捨てて剣を抜いた。
敵が背を向け、しかも杖を取られている。
これならば容易く討ち取れると確信したのだ。

背後より迫る来る敵。
それを横目で見ながら、彼は眼前に立つ傭兵の剣を引き抜いた。
そして両腕が塞がった相手の喉を一閃し、振り返りざま詠唱を終えていたエア・ハンマーを放つ。
圧縮された空気の塊に吹き飛ばされ、敵兵達が窓から空へと叩き出されて地に堕ちる。
直後、まるで熟れたトマトを落としたような音が辺りに響いた。
先行した仲間が呆気なく殺された事で背後の一団の足が完全に止まる。
下手に踏み込めば次に死ぬのは自分かも知れないという恐怖。
目前の死に思考が束縛され、足が微塵も動かせないのだ。
背後からの攻撃が無い事を悟り、メイジはありったけの力を込めて切り伏せた相手を蹴り飛ばす。
それに押された連中が背後から来た一団と揉みくちゃになりながら階段を転がり落ちていく。

混戦を制した男が階段を上り、その場から走り去る。
背後を振り返り、追っ手がない事を確認してから男は一息ついた。
彼はウェールズの作戦に名乗りを上げた騎士だった。
状況さえも判らぬまま、彼は突然敵兵に襲わされた。
いかに地の利があるといっても休息も無しで戦えば、いずれは倒される。
ここは相手を足止めしつつ、長期戦に備えるべきだと彼は判断した。
剣を使ったのも精神力の温存の為だ。
両手に持った剣と杖を眺めながら彼は思い耽る。
普通のメイジならば、こんな形振り構わぬ戦い方はしないだろう。
だが、この命はウェールズ陛下に捧げると誓った。
ならば、彼の許し無くして死ぬ事は許されない。

決意を固めるように彼は手の内の武器を握り締める。
誰かが走る足音を聞き取り、曲がり角で息を殺し待ち伏せる。
数は三、四人程度。不意を打てば確実に仕留められる。
角に影が映りこんだ瞬間、彼は飛び出して杖を突き出した。
それに気付いた敵も杖をこちらに向けて突き出す。
交差する杖と杖。そこで彼は相手の顔を初めて認識した。

「副長殿!?」
彼の突き出した杖の先にいるのは『イーグル』号の副長だった。
海賊さながらの風貌を見間違えようも無い。
副長の背後には『イーグル』号の船員達もいた。
咄嗟に杖を引き戻して彼は無礼を詫びた。
しかし、そんな事は気にも留めず、副長は彼の健在を喜んだ。

「良くぞ生き延びていてくれた。それで、お前の部下達はどうした?」
「はっ。各自、城内にて非戦闘員の避難に当たらせています」
「そうか。では、これより出航の準備に入る。
それまでの間、お前達は港までのルートを死守せよ」

淡々と言う副長の顔は苦渋に満ちていた。
まだ城内には逃げ遅れた者達もいるだろう。
だが、全てを助け出す事など出来る筈も無い。
それを見捨てて脱出しなければならないという過酷な選択。
だが、指示を下す者が迷いを見せてはいけない。
その迷いは部下を戸惑わせ、不要な死を招く。
たとえ非道と呼ばれようとも誰がやらなければならないのだ。
副長の想いを余す所無く理解し、男は頷いた。

「…しかし、こうも容易く進入を許すとは」
「獅子も身中の虫には勝てん。
ワルド子爵が敵と内通していたのだ。
城門とて内から破られてはどうしようもあるまい」
答えながら副長は口惜しさに奥歯を噛み締める。
思えば交易船を接収した時から不審さはあった。
見抜けなかったのは自分の未熟。
ルイズやアニエスが信頼できる人物だっただけに、
一行の中に敵が紛れ込んでいる可能性を否定してしまったのだ。

ふと男は気付いた。
副長の背後にいるのは船員達のみ。
そこにはジェームズ一世やウェールズの姿はない。
咄嗟に聞き出そうとした彼を遮り、副長は真実を告げた。

「玉座にワルドの偏在が現れて襲撃を仕掛けてきた。
ジェームズ様は重傷、バリー殿もワルドと刺し違いに…」
「…! では、ジェ-ムズ様は今どちらに!?」
「もはや助からぬ自分よりも臣下達の避難を優先せよ、と。
そのまま一人玉座に残り、最期を迎えるおつもりであろう」
「では! ウェールズ様は!?」
「…………」

騎士の問い掛けに副長は沈黙せざるを得なかった。
ウェールズはワルドと共に礼拝堂にいると判っている。
しかし、護衛も連れずにいた彼がワルドの凶刃から逃れられたとは思えない。
あのバリー殿ですら偏在を道連れにするのが限界だった。
仮に生き延びていたとしても礼拝堂に向かうには敵陣を突破するより他にない。
そこから陛下を連れて撤退するなど、どれ程の犠牲を払おうとも不可能。
それに『イーグル』号の副長として共にいた彼には判る。
ウェールズならば“助けに来るな”と自分に命令するであろう事を…。

質問に口を噤む副長の姿。
それが何よりも雄弁に、ウェールズの生存が絶望的である事を語っていた。
行き場の無い怒りを堪えて騎士は唇を噛んだ。
今すぐ階段を駆け下りて敵兵を手当たり次第に殺して回りたい気分だった。
だが、それは許されない。
今は敵を倒す事よりも生存者の救出が最優先される。
それがジェームズ一世の命であり、彼の最期の願い。
主の願いに応えられずして何が騎士の誇りだ。
決意を新たにする彼を見据えたまま副長が続ける。

「この事は他言無用だ。
この事が知れ渡れば全軍の士気に影響が出る。
それに王の後を追おうとする者もいるだろう。
全てを打ち明けるのは無事に脱出してからだ」

それには彼も頷いて同意を示す。
生き残った者には辛い道程かもしれない。
正統な血筋は絶え、国さえも追われたのだ。
他の国が避難民を受け入れてくれるかどうかさえ知れない。
だが、それでも人は生きていかなければならないのだ。
守るべき者達の姿を脳裏に焼き付けて命令を復唱する。

「では、隊の者達に非常召集をかけ、総員で退路の確保に当たります。
それと副長。トリステインからの客人達はどうしますか?」
「ギリギリまでは待つ。それでも来ないようならば致し方あるまい」
少し残念そうな顔を浮かべて副長は背を向ける。
アルビオン王国最後の客となれば守りたいのは当然の事。
しかし彼等としても自分達の命で手一杯なのだ。

隠し港に向かって走り去る副長達を見送りながら、
彼は懐から紐のついた笛を取り出した。
それは隊内で使われる呼び笛。
平民ならまだしも貴族がそれを使うのは珍しい。
だが万が一、魔法が使えない状況になっても連絡が取れるように、
隊長である彼は常日頃からこれでの指示を徹底していた。
今は魔法での連絡は精神力の浪費になる。
零れ落ちる水の一滴さえも掬うような境地で大きく息を吸い込む。
直後、吹き鳴らされた笛が城内に響き渡った。
ただの音ではない、その鳴らし方で複雑な命令さえも伝達可能となる。
刹那。それに応えるように、あちこちから呼び笛の音が帰ってくる。
しかし、それでも隊全員の分には程遠い。
連絡も取れない状態にあるのか、それとも既に…。
疑念を振り払いながら彼も副長の後に続こうとした。

しかし、床に散った鮮血が彼の足を止めた。
それも戦闘の跡のような夥しい血ではない。
血の雫が点々と窓から一室へと続いている。
彼は確信を持って、その扉を開け放つ。
月光の差し込む小さな部屋の片隅、そこに男はいた。
その身形から王国の衛兵だと一目で判別が付いた。
恐らくは窓際で敵兵に狙撃されたのだろう。
肩からの出血は浅くはないが死に至る物ではない。
しかし一人で港に辿り着くのは不可能だろう。

肩を貸そうとする騎士に、衛兵は拒否を示す。
ここにいても死を迎えるだけだと言っても聞こうとはしない。
困惑する彼に、衛兵はぽつりぽつりと懺悔するように呟く。

「…全部、自分の所為なんです。
あの時、彼女はワルドが怪しい事に気付いていた。
なのに…、それなのに自分は耳も貸そうともしなかった。
それどころか彼女を取り押さえて…」

もし、彼女の言葉を信じていたならば結果は違ったかもしれない。
言われた通りにウェールズに護衛を付け、アニエスに加勢していれば。
この国が生き残る最後のチャンスを自分の手で摘んでしまった。
そう考えるだけで男から生きる気力は喪われていく。
もはや彼女にも仲間にも合わせる顔など無い。

「廊下に落ちてる自分の銃を持ってきてください。
自分はここで連中の足止めをします。その間に貴方は…」
「黙れ」
その騎士の一言で、衛兵の舌は凍りついた。
まるで射抜くかのような鋭い視線と鬼気迫る迫力。
それを前にして、男は何も口に出せずにいた。
張り詰めた沈黙の中、騎士が吐き捨てるように告げる。

「ハッキリ言ってやる、貴様は最低の屑だ。
そんな奴がアルビオン王国の兵として華々しく散るだと?
貴様如きにそんな事が許されると思っているのか!」

腹の奥まで響き渡る騎士の怒号。
やはり許されざる失態だったと、衛兵はこの場で殺される事を覚悟した。
瞬間、男の身体が力づくで引き上げられた。
横には騎士の顔が間近に迫っている。
胸倉を掴まれたのではない、騎士は彼に肩を貸したのだ。

「やるべき事を果たせ!
生き延びて必ず彼女に謝罪しろ!
許されるまで勝手に死ぬ事は認めん!」
「ですが! 自分は…」
「忘れたのか、王命は絶対だ!
ウェールズ陛下は死ねと命じたか!?
違うだろう! ならば無様だろうと生き延びろ!
それがアルビオン王国の臣下の最後の勤めだ!」

叫びながら騎士は思い浮かべる。
あのウェールズの姿を生涯忘れる事はないだろう。
どんな窮地にあろうとも、星の瞬きのような希望を掴もうとする彼を。
そして、それを奪った『レコンキスタ』への憎しみも。

彼が割れた窓から夜空を見上げる。
そこには視界を埋め尽くさんばかりの大艦隊。
それを憤怒に満ちた眼差しで見ながら呟く。

「…そうだ、逃げるのではない。
俺は必ず貴様等を倒しに戻ってくる。
一人残らずアルビオンから叩き出してやる…!」

まるで捨て台詞だなと自嘲の笑みが浮かぶ。
そして衛兵を引き摺るようにして彼は退路を歩む。
その姿は、敗走と呼ぶに相応しい無残な姿。

それでも彼等は選んだ。
死ではなく『生き残る』という戦いの道を…。


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