ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

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長く手入れされていないであろう羽扉の蝶番がぎいぃ、と軋んだ音を立てた。
武器屋の中は薄暗く、外の明かりなど少しも奥まで届かない。
その暗がりに、ぽつんとランプの明かりが灯るだけで、鬱蒼とした雰囲気が醸されていた。
ランプが少しだけ、揺れては動く。どうやら武器屋の店主がいるらしい。脚立らしき足台に上がってランプの油を注ぎ足すと、店主はまた店の奥へ引っ込んでいった。
ルイズが入ろうかどうしようか、少しだけ迷ったように足を止める。後ろの二人は先頭が動かないものだから、店の入り口で同じように突っ立ったままであった。
「入んねえのか?」
ジャイロが、ルイズに促すように聞く。
「い、いま入ろうとしてたんじゃないの」
意を決したようにルイズが中に踏み入る。ランプの明かりで店の奥が見えるところまで来たとき、店主がパイプを咥えながら、奥から出てきたところだった。
じろり、と店主はルイズと、才人とその後ろにいたジャイロを一瞥する。一通り顔を眺め回すと、ルイズの胸にあった五芒星の紋章を見据えた。
「こりゃ珍しい。今日はなんのガサ入れでやしょう? 生憎うちは衛士の兵隊さん方にも贔屓にさせてもらってますんで、怪しいこたぁ何一つしちゃいませんがね」
どうやら店主は、ルイズが捜査か何かで来た貴族だと思ったらしい。
ルイズは眉間に小さく眉を寄せると、ふぅ、と少しだけ呆れたように息を吐いたあと。
「客よ。買い物にきたの」
と言った。すると店主は目を大きくひん剥くとこう言った。
「こりゃあたまげましたぜ。貴族様がこんなところでお買い物になるたぁ、いや、本当に珍しい」
剣や槍、弓は兵隊が使うものというのが、この世界の定理である。杖を振って魔法をひけらかす貴族が持つには、剣は重いし雑把な無用の長物のはずだからだ。
しかも必要になるときは、屋敷や領地の兵隊分をそっくり買い求める。だからますますこんな街中の武器屋に、わざわざ買い物にくる貴族は珍しかった。
「別にわたしが使うわけじゃないわ。使い魔が使うの」
そう言って、ルイズが視線を動かす。店主もつられて視線を向けると、なるほど、いかにも剣を使いそうな男が一人。
「かしこまりました。それでは貴族様。少々見繕って良い品物をご用意いたしますので、暫くお待ちのほどを……」
そう言って、店主は揉み手のまま奥へと引っ込んでいく。
「なんだ? あのオッサン奥に行っちまったぞ?」
店の中に乱雑に並べられた剥き身の剣を籠から取り出して物色していた才人が、店主の行動を見て不思議がる。
「ここにあるヤツよりいいモンを取りに行ったんだろ。高価な品物は軒先に並べたりしねーもんだ」
「そっか……。まあ物騒なとこだもんな」
ショーウィンドウに高価な時計やブランド品を惜しげもなく飾って展示できるのが当たり前だと思っていた才人には、この世界の防犯意識が何処となくズレて感じられた。
「さて……。それじゃどれを見せてやろうか……?」
店主は腕組みしながら、貴族に売りつける武器を選ぶ。
生半可なものではいけない。なまくらを売りつけてもいいが、バレたらあとで首を飛ばされるかもしれない。ここはやはり、店一番の品物を買ってもらおう。なにせどんな兵士も高すぎて買ってくれないんだから、こんなときでなければ売れやしない。
やがて、店の奥から出てきた主人が持ってきたのは、長く、それでいて肉厚に鍛え上げられた両刃の大剣であった。宝石が埋め込まれ、見るだけでも吸い込まれるほどの美しさがある。さらに鞘と柄には、金で装飾まで施されている。
「これなど、いかがでやしょう? ゲルマニアの高名な錬金魔術師シュペー卿が鍛えた一品でございましてね。長さは1.5メイルの大業物でさあ。魔法がかかっておりますから刃こぼれもせず、固い鉄さえ一刀に切り離しますぜ。まあそうそう世に出るもんじゃございませんな」
自信たっぷりに、店主は剣を薦める。かなりの業物なのだろう。
「す……、すげえ。この剣すげえ!」
才人は一目見るなり気に入ってしまった。アクセサリーに夢中になる女の気持ちがわかった気がした。
「これほどの一品なら、貴族様のお連れ様にもお似合いでしょうなあ」
そう言って、店主は持ってみろとばかりに、才人……の後ろにいるジャイロに、剣を差し出す。
「え?」
「は?」
「ニョホ」
この時やっと、才人はこの剣が自分のために出されたものではないことに、気がついたのであった。

「あのね……。剣を使うのはこっちなの。こっち」
ルイズが、才人の頭を指差して言う。店主はなぜかがっかりしたように眉を八の字に曲げると、え~こっちなのぉ~と言いたげに才人を見た。
「……いいんだ。……どうせ、どうせ俺なんて……」
影薄いですよ。いつもジャイロの前の前座扱いですよ。空気ですよ。キン○マンの前のテ○ーマンですよ。
武器屋の薄暗がりに隠れるようにしゃがみ、のの字を指先でこねるように描いていた。
「あ~……。悪りィんだがよ。オレはな、剣は使わねェんだ。それよりもよ、そこにあるソレ、譲ってほしいんだがよ」
ジャイロは店主に突き出された剣を押し戻すと、店の隅っこに置かれていた、錆の浮いた古い金床を指差した。
「……あんた、うちを素材屋か鉱物商と勘違いしちゃいませんかい? 武器屋に来て武器も買わずに鉄くずよこせってなぁねえでしょう」
気分を害したように、店主が言う。
「ちょっと、武器ならちゃんと買うわよ。その鉄塊ももらうわ。……で? それいくらなの?」
ルイズが店主に、立派な造りの大剣の価値を尋ねた。それにまた機嫌を良くした店主は、揉み手をしながら。
「おやすかあありませんな。エキュー金貨で二千で。新金貨なら三千でございます。へえ。……あ、鉄くずの分ならサービスさせていただきますが」
そう言われて、この世界の価値観がどれほどのものなのかわからない才人は、のの字を描きながら聞いているだけだったが、それを聞いたルイズが、たかっ、と呟く。
「な……、なにそれ? ちょっと、高すぎるわよ!? 庭付きの屋敷が買えるくらいじゃないの!」
ルイズが慌てる。そんなに高い剣があるとは、夢にも思っていなかったようだ。
「こいつは紛れも無く名剣ですぜ。それほどの価値があると思っていただきませんと」
いかがでしょう、と店主がまた尋ねる。
「なあ……。オメー、一体いくら持ってんだ?」
ジャイロが小声で、ルイズに持ち金を聞く。
「あんな高い剣買えないわよ! 新金貨で百しか持ってきてないのに!」
なぜジャイロが小声で尋ねたのか理解できないルイズは、大声で手持ちの額をぶちまける。少々足りないくらいなら、上手いこと交渉してみようと思ったのにね。……まあ、百ではどの道無理だろうが。
その大声は店主の耳にも入り、店主はそそくさと大剣をしまった。
「まともな大剣なら、いくら安くても相場は二百でさあ。……ご用意できましたら、またお越しくださいよ」
「なんだよ……。買えないんだ」
のの字をまだ描いている才人が、部屋の暗がりから、がっかりしたような声をあげる。
「しかたないじゃない。買えるのにしましょ。こんなにあるんだし」
「貴族なんだろー……。貧乏だなー……」
「あ・の・ね! あんたと! こいつの! 治療代いくらかかったと思ってんのよ!」
そうなのだ。ギーシュとの決闘で負った傷を治した秘薬やら魔法の支払いがあり、ルイズのお小遣いは大分無くなっていたのだ。
「しゅ、しゅいましぇぇん……」
暗い部屋の片隅で、体育座りになって体を丸める才人であった。
「へっ! ガキがおもちゃねだるみてえに剣欲しがって、いい年こいた大人が鉄くず欲しがるたあ笑わせやがる!」
突然、暗い武器屋のどこからか、威勢よく悪態を吐く声が聞こえてきた。店主は、その声に苦い顔をする。
「おまけに、欲しがる剣は宝石いっぱいくっついたキンキラキンときたもんだ! どこのパーティで振り回すってんだ!?」
「おい! やめねえか!」
店主が大声で怒鳴るが、声はますます声を荒げる。
「うるせえ! 大体小僧! おめえの貧弱な体で剣なんか振り回せるか! おとといきやがれってんだ!」
「なんだと!」
いきなり罵詈雑言並べられて頭にきた才人が、声のする方へ向かう。しかし、そこには誰もいない。
「あ、あれ? ……おかしいな」
「どこに目ぇつけてやがる!」
自分の真下からいきなり声がしたので、才人はびっくりして後ろに下がる。そこにジャイロが近づき、ひょいと一本の剣を掴んで持ち上げた。形と拵えは立派な大剣だが、ずいぶんと古い剣なのだろう。いたるところに赤錆が浮かんでいる。

「よさねえかデル公! こちらはお客様だぞ!」
「へっ! 何がお客様だ! ものの価値も知らねえ貴族の娘っ子と貧弱な小僧! それと変なヤツの集まりじゃねえか!」
「ニョホホ。こいつは……」
ジャイロがおかしそうに笑う。
「け、剣が喋ってる!?」
才人もびっくりする。そしてルイズは、やや困惑したような顔で。
「それって……、インテリジェンスソード?」
「へ、へえ。さようです貴族様。どこの魔法使いが造ったんでしょうねえ。意思を持ち、喋る剣なんて。いや、こいつは喚くわ五月蝿いわケンカ売るわ馬鹿にするわで、買い手もつかずほとほと困っておりまして……」
店主が愛想笑いでそう説明すると、剣は再び騒ぎ出した。
「馬鹿野郎ふざけんじゃねえや! こちとらつまんねえ奴に使われるなんざ願い下げだ!」
「いい加減にしやがれ! 今すぐ黙らねえと明日の朝には溶かして鉄くずにしてやるぞ!」
剣と店主がいがみ合う。やれるもんならやってみやがれ。おう上等だやってやらあとお互いに荒れた声を上げる。そこに。
「なあルイズ。これ買おうぜ」
才人が、そう言ってきた。
「え~。こんなの買うの」
「いいじゃん。喋る剣なんて、面白いし。なあオッサン、この剣いくら?」
ルイズとしては、汚くて古い剣なので気乗りはしなかったが、その剣なら厄介払いで百で結構でさあ。ついでに鞘と鉄くずもお付けしますんで、と言われてしまい、ほかに買える剣も無かったから、この剣を買うことに決まった。
剣を買うための新金貨百枚、しっかりと勘定すると、店主はそっけなく毎度あり、と言った。
「なあジャイロ、その剣くれよ」
才人がジャイロから剣を渡されると、その剣をまじまじと眺めた。
「なあ、お前」
「ちがわ。ちゃんと名前がある。おりゃあデルフリンガーさまよ」
「そっか。俺は才人。平賀才人。よろしくな、デルフリンガー」
そう言われて、剣はしばらく黙った。まるで才人を観察するかのように。
「おでれーた。見くびってた。……さっきのヤロウは心得はあるようだったが、おめーには……無ぇな。……けど、そっか。おめ、使い手か!」
何故か嬉しそうに剣は声を上げた。
「使い手?」
「自分の実力もわかんねーのか。まあいい。ま、これからよろしく頼むぜ相棒!」
「ああ。こっちこそよろしくな」
「ついでによろしくな! 貴族の娘っ子! 相棒の相棒!」
「む、娘っ子……」
その言い方に気分を害したルイズが、ぴくぴくと瞼を痙攣させた。
「相棒の相棒だぁ?」
ジャイロも、なんで自分がそう言われたのかよくわからず聞き返す。
「おうよ! 俺を握るのが俺さまの相棒! おめーはそのまた相棒よ! よろしくな!」
こんな調子で、剣は武器屋を出るまでも、出てからも、暫く一振りで喚きまくっていた。
やがてその騒々しさが途絶え、武器屋の店主は一息つくと、また羽扉が開く音が聞こえた。

……以下の記述は、トリステイン城下を守護する衛士を勤めるA氏の証言を基に記録、作成したものである。

「――あの日、俺はまた折れてしまった剣を仕立て直しに、あの武器屋に向かったんだ。
いい加減、あの武器屋で買った剣ばかり折れるんで頭にきてたんだな。
とにかく一言文句を言ってやろうと思っていたんだ。まあ、随分腹を立てていたわけだ。大人げなくな。
そうしたら、……暗いんだ。店の雰囲気が、じゃない。
あの愛想笑いが気味悪い店主が、客が来たのにずっと後ろを向いて座っていやがるんだ。
口からはなにやら呪詛のようなものを吐きながら俯いて、俺は新手の呪いでも受けちまったのかと思ったぜ。
まあ、そんなことずっとやっててもらちがあかない。俺は店の親父に言ったんだ。
『お前んとこの剣がまた折れたぞ。これで三度目だ。どうしてくれる』ってな……。そしたらあの親父いきなり、
『うるせえええ! 今日はもう店じまいなんだよおおお! なに勝手に入ってきてんだこの○○○○がァーーー!!』
って喚きだしてな。椅子は投げるわパイプは投げるわ売りものの剣は投げるわ、大騒ぎさ。
俺は命からがら斧や槍をかわして外に逃げ出したんだが……運が悪いことに、ランプに投げた斧が当たっちまってな……。
古い店だったからな……。あっという間だったぜ……。
親父か? 焼け跡からは出てこなかったって言ってたからなあ……。
骨まで燃え尽きちまったのか……。それとも、うまいこと逃げ出したのか……。今となっては――、分からずじまいだがな」

――以上、某月某日に起こった、ブンドルネ街火災の目撃証言より、抜粋――

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