ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アンリエッタ+康一-32

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匿名ユーザー

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何とか三人の追っ手から逃れた康一とマザリーニは、一時近くの部屋の中に逃げ込んでいた。
薄暗くて部屋の中はよく見えないが、机と椅子に幾つかの本が納められた書棚があるだけのようだ。
当然ながら人は居ない。窓があるとはいえ、明かりもつけずにこんな場所にいる人間は怪しすぎる。
そして二人は追っ手に気付かれぬように明かりはつけられないので、充分怪しい人間であると言えた。

「あっぐァ…!」
「マザリーニさんッ、大丈夫…じゃあないですよね」
ピチャリ、と水滴の滴る音がした。そしてその水は赤黒い。
先ほどの氷の矢を、康一は致命傷になる分は防御できたが全てを防げた訳ではなかった。

康一も所々で学ランが引き裂かれ、地肌までも切り裂かれている。
しかしマザリーニはもっと酷い。ザックリと足が裂けて、傷口を押さえても血が止まらないでいるのだ。
これがこの部屋へ逃げ込んだ理由。足がこの状態で追っ手から逃げ切ることは難しい。
一旦落ち着ける場所が必要だった。

「くそっ、とりあえず何か包帯みたいなのでキズを押さえないと…!」
康一は窓に取り付けられたカーテンをACT2の『チョキン』のしっぽ文字で切り落とし、
それを長い布状に裂いてマザリーニの足の傷に巻きつけキズを圧迫する。
血を止める為でも、キズを圧迫しすぎるのは良くないらしいが、そんな加減は康一には分からない。
今は何とか血を止めて、早急に水魔法で治療するべきなのだ。

「痛いと思いますけど我慢してくださいよ、マザリーニさん」
「できる限りしますが、これは、我慢できる痛みを、超えてい、あづッ!」
明らかに苦悶の表情を浮かべて、カーテンをきつくキズに巻かれるマザリーニ。
痛みなのか、血を失った為なのか、多分両方だろう。その顔色はどんどんと青白くなる。

血が完全に止まった訳ではないが、巻き終わったカーテンの端をACT2がしっぽ文字で切り落とした。
「ひとまずはこれでいいと思います。でも早いトコ治療しないと不味いかもですよ」
「むぅ…いえ、それよりも大切なのは、この書類を姫様の元へ必ず届ける事です。
これを姫様へと届けるのが、今一番大切な事。それに比べれば、私の手当ては二の次。
いざとなれば私を置いていってでも構いません。何としてでも姫様にお届けせねば」

マザリーニの手にある書類の束。彼はキズを負いながらもこれを手放さなかった。
痛みを堪えて所々うめくような口調だが、マザリーニは誓った忠義を果たさんとする。
真に国を、アンリエッタを案ずる姿は、父性のように逞しい優しさを備えていた。

『S・H・I・T。シカシ一個問題ガアリマスネ』
いつの間にかACT3が宙に浮いている。マザリーニの話を聞いていたらしい。
「ああ、その通りさ。僕達は生きてアンリエッタさんの所へ帰ります。
マザリーニさんを置いてくなんて、僕は自分でムカついちゃって出来やしませんよ」

康一とACT3の顔が同時に、ニヤリと笑う。とても不敵な面構えになった。
「まず状況を整理しといた方がいいと思うんですけど。
僕達がやるべきことはその書類をアンリエッタさんのところに届ける事。
そして多分ですけど、これは他の人の手は借りられない」

「何故です。この騒ぎに気付いた衛兵や衛士が、誰かここへ向かってくる筈では?」
先ほどの爆裂音はかなりの大きさだった。夜の城では余計に響くだろう。
気付いて人が集まって来るのではないだろうか。しかし康一は首を横に振った。
「さっき曲がり角で攻撃を受ける直前に気が付いたんですけど。
資料庫へ向かう時に、あの曲がり角で衛兵の人とぶつかりそうになったの、マザリーニさん覚えてますか?」

「それは、覚えておりますが。それがどうされました?」
「僕達、もと来た廊下を戻ってた訳ですから、そのブツかりそうになった衛兵の人とは会わなくちゃいけないですよね?
でもその人はいなかった。そもそも他にも衛兵の人はいたはずなのに、その人達ともすれ違わなかった。
これってどう考えても、ありえないですよね」

マザリーニ、沈黙。言葉の代わりに一段と目つきが厳しくなる。
「つまり……人は少なくともこの辺りにはいない。敵に排除されたと、そういう事ですかな?」
一つ、康一が頷いた。それともう一つ。
「前にアンリエッタさんを襲ったヤツは、音を消す魔法を使ってたらしいじゃあないですか。
多分今回も隠蔽の為に、その魔法が使われてるんじゃあないかと僕は思うんですけど」

黙考するマザリーニ。サイレントを使われたなら、魔法が生み出す破壊音を人が聞きつけるのは不可能だ。
「恐らく奴らの狙いはこの書類とそれを知った私達二人を始末する事でしょう。
もう四・五分もすればこの部屋も見つかってしまう。早く行動を起こさねばなりますまい」
今頃奴らはディティクトマジックで自分達を探している事だろう。残り時間は少ない。

「とりあえず僕達にある選択肢は二つ。書類を届ける為に、敵を「倒す」か「足止め」をしとかなくちゃならない。
方法は二人で逃げるか、二手に分かれるかになります、けど。
この場合は……やっぱり二手に分かれた方が良さそうですよね」
康一はマザリーニの重症を負った足を見ながら、そう言った。

マザリーニの足のケガは重症だ。多少は布で圧迫しているためマシになったが、それでも二人で動くのには支障をきたしすぎる。
「……情けない。今の私では敵に背を向けるしかできませぬ。
何たる屈辱っ。コーイチ殿、真に面目の次第もありませぬ」
眼前の敵から、若い少年を盾にして逃げることしかできない。マザリーニの誇りが揺らぐ。

しかし康一はなんのそのってな感じだ。度胸はあるし意外と慣れたモンである。
「大丈夫ですって。ほら、僕って結構荒っぽいことするの向いてますし。それに僕達は仲間なんです。
今はドーダコーダ言う前に生きる事を考えるんです。僕たちはそれを必死でしなくちゃあいけない。
必死で、必死で、生きてこの事を伝えなきゃあならない。何よりもアンリエッタさんを守る為に」

以前、同じような場面があった。虹村億泰。康一の親友の一人。
彼は兄、虹村形兆を殺害したスタンド『レッド・ホット・チリ・ペッパー』に挑んで苦い敗北を味わった。
そのまま屈してしまいそうになる億泰を、康一は勝つ為でなく守る為に戦えと言った。
『チリ・ペッパー』を倒す為に、勝つ事のできる人を、守れと。

大きな目的のために、目の前を見るのではなく、その先へと向かう道を示した言葉。
今、期せずして康一はマザリーニに対して同様の事を伝えた。
正直に言ってマザリーニには僅かだが康一を軽く見ていた気がする。
本当につい先日現われたばかりの、特殊な能力を持つとはいえ平民の使い魔。

話をしてみると、見た目通りに結構気弱な印象を受けた。
だが今の彼はどうだ?そんな様子は微塵も無い。
否、彼にだって恐怖はあるだろう。しかし彼は恐怖を克服している。
アンリエッタを守る為にと、勇気を出して恐怖をねじ伏せた。

マザリーニは今までの自分のつまらない意地を恥じた。
恥じると同時に康一への尊敬が生まれた。そして更に心が生への渇望で沸騰する。
生きたい。生きて、あの寂しそうな姫を守りたい。
自分が本当の孫のように思える、可憐な女の子を、この手で守ってやりたい。

ああ、生きたいなぁ。生きていたいよ。
他の事など自分の全てから消えて、その単純な一つだけが残った。
「生きて…守る為に戦う……!」
マザリーニの心で熱い灯火が燃え盛った。




未だ終わらぬ舞踏会の広間。まだまだ夜はこれからと誰も彼もが浮かれている。
その中でアンリエッタは幾多のダンスの誘いは断り、一人静かに広間の端で宴の席を外れていた。
「やっぱりコーイチさんが傍にいないと、何だか落ち着かないわね」
独りごちるアンリエッタが自分でも意外そうに呟いた。

確かに意外と言えばそうだろう。この間だ二週間もない時まではこれが普通だった。
華やかな王宮の真ん中で、貴族のご機嫌取りを黙々とこなす毎日。
蝶よ花よと持て囃されて、しかし真に自分を思ってくれる者など僅か一握り。
その一握りでさえ、殆んどは政務や任務に忙殺され会える事など数少なかった。

だが今はどうだろう。自分が召喚した使い魔はいつだって傍にいてくれた。
彼はとてもイイ人だ。大抵の事には嫌な顔もしないし、あってもシブシブ付き合ってくれる。
しかも自らの意思とは関係なく、異世界から無理やり喚ばれて来たというのにだ。
「多分わたくしには出来ないわね」

自覚はあるが、自分は結構な世間知らずだ。
それが王族としては普通なのだが、それでは異世界に行くとかになったら通用しないだろう。
多分行ったなら、母や今は亡き父を想って女々しく泣くのが関の山。
彼のようにあっさりと適応する事は極めて難しいと言わざるをえない。

「コーイチさんは故郷に帰りたくはないのかしら?」
自分だったら帰りたい。この世界に置いてきてしまったモノの元へと何をしてでも帰りたい。
多分彼も自分の故郷へ帰りたいと望んでいるんだろう。
だけど今は召喚してしまった自分の為にと働いてくれているのだ。

こんなのは康一に対して凄く卑怯な行いじゃあないのか?
何だか後ろ指を指されたような、酷く後ろ暗い気分になった。
早く自分を狙う者を割り出して、康一の帰る方法を探さなくてはならない。
そもそも王宮の内部に通じている者が犯人だろうと目されているのだ。

もしかすると今この舞踏会に出席している中の誰かが犯人である可能性だってある。
アンリエッタは自分の想像に少しだけゾクリとした。思わず肌身離さず持ち歩く杖を強めに握り締める。
杖を持っていると少しだけ安心した。それでも傍に広瀬康一がいるのと、比べるのもおこがましいチッポケな安心感だが。
こんな事でも今は無いよりマシ。早く時間が過ぎてくれることをアンリエッタは祈った。

アンリエッタは広間を見渡す。何とも実の無い宴だが、ただ漠然と見ているだけよりは良いかもしれない。
今日は酒を飲む気分ではなかったが、少し杯をあおろうか。
自分も宴の中へ混じろうと考えて足を動かす、がピタリと歩みを止めた。
広間の端の方で全体が見えていたから分かったのだが、一人足元が覚束ない者が広間にいる。

グラグラと足が揺れて今にも崩れそうで、本当に足の中に骨が入っているのか疑わしい。
顔に覚えのある女性の貴族だが、顔が少し赤らんでいる。酒でも飲みすぎたのだろうか?
少々危なっかしいとアンリエッタは思って、さりげなく彼女の傍へと行って声を掛けた。

「もし、失礼ですが御気分が優れないのですか?よろしければ部屋を用意させますが」
しかしいつまで経っても、声を掛けた女性はアンリエッタの方を見ようともしない。
聞こえていなかったのか?酔っているのならそれもありえるだろう。
気を取り直してもう一度声を掛けようと思ったときだった。

グラッと彼女の体が揺れたかと思った時には、すでに自分の体は押し潰されていた。
「きゃあっ!」
どすんっ、と崩れ落ちた彼女の体に押されて、アンリエッタは床へと押し倒される。
そんなに痛くはなかったが少し衝撃が胸を打つ。

アンリエッタの悲鳴を耳にした周りの貴族等が、床に組み合って倒れる彼女等を見た。
突然見るとアンリエッタの上に女の貴族がのしかかって、いかにも鼻血もののヤバイ感じのアレだが、
非力なアンリエッタが床でじたばたしているのを見咎めて慌てて助けに入る。
「ご無事ですか姫さま!?」

「わたくしは大丈夫です、それよりもこの方が…!。
もしっ、もしっ!大丈夫ですか、お怪我はありませんでしたかっ!」
助け起こされたアンリエッタは、床に倒れ伏す女貴族の体を揺さぶって呼ぶ。
にわかに騒ぎを聞きつけた貴族達がアンリエッタの傍へと集まってきた。
それに気付いたアンリエッタはこれ以上騒ぎになるのは不味いかと杖を持った。

「…ううっ」
瞬間。アンリエッタを助けた内の一人、壮年の貴族がドスンと床に倒れこんだ。
目はやや白目気味で虚ろ。時々ピクピクと指先が動いている。
貴族が倒れた後の周囲の者達は、何が何だか分からない、といった表情。
そして沈黙の中で誰かが小さく悲鳴を漏らすと、ざわめきは打ち寄せる細波のように、広間全体へと広がっていった。


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