ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-56

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匿名ユーザー

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一方、ギーシュ達は水路内を一路ニューカッスル城を目指していた。
丘を包囲された彼等はヴェルダンデの開けたトンネルへと潜り込んだ。
本来なら水で満たされたそこは通り抜けなど出来る筈がない。
しかし、湖底で水の精霊とも戦った事のあるタバサには可能だ。
あの時と同じように、空気の玉を作り出して自分達を保護する。
そうやって彼等は水路へと侵入を果たしたのだ。

しかし周囲を壁に囲まれた水路の中では方向感覚も危うい。
城を目指しているつもりが、全然違う方へと向かっているかもしれないのだ。
胸中に沸く疑心を振り払いながら、彼等は自身の感覚を信じ突き進む。

そして彼等の前に巨大な水門が現れた。
異常な厚みを誇る鋼鉄の壁が行く手を遮る。
しかし、同時に彼等は確信した。
この先は必ず城内へと繋がっている。
恐らくは水路を伝って進入してくる敵を警戒しての物だろう。
無言でタバサが壁に触れた。
所々に破壊を試みた痕跡が残されている。
それに水圧で掛かる負荷の後押しもある。
今なら私でも壊せるかもしれない。
そう思い至った直後、彼女が動きを止める。

この水路、今まで歩いただけでも相当の距離があった。
まだ入り口さえも見ていないのだから、まだ続いているのだろう。
どれぐらいの貯水量か想像するだに恐ろしい。
ヴェルダンデの開けた孔から幾分抜けたといっても未だ危険。
ここは新たに小さな孔を開けて水を抜くのが先決だ。
しかし安全を優先するタバサに対し、キュルケはもう限界だった。
元より他人の視線を集めるのが好きな彼女である。
それが敵の包囲を掻い潜ったり、身を潜めたりなど性に合う訳がない。
ましてや出口を前にしてまどろっこしい真似など出来はしない。
二人の制止を振り切り、彼女は溜めに溜めたストレスを炎に乗せて解き放つ。


城門を潜り抜け、中庭を中心に兵士の一団が展開されていた。
それを指揮しているのは貴族派の士官。
率いられている兵士達の手には新式の小銃が握られている。
城内から響く銃声や断末魔、それに彼は呆れたように溜息を漏らす。
ワルド子爵が内より城門を破って後、貴族派の軍勢は電光石火の勢いで城内に踏み入った。
迎撃どころか防衛の準備さえも許さない完全な奇襲作戦。
瞬く間に彼等はニューカッスルを制圧できる筈だった。
しかし、半刻を過ぎても未だに王党派の抵抗が続いている。

頭数ばかりで実の伴わない軍隊に頭を悩ませる。
やはり無駄に兵を損耗させまいと傭兵を使ったのが仇となったか。
いかに戦闘慣れしているとはいえ、奴等は正規の兵ではない。
今頃、私掠に走って城内で金目の物か女子供でも物色しているのだろう。
だからといって、これ以上の兵を送り込んでも混乱を招くだけだ。

だが、ただここで手を拱いているつもりはない。
それに、傭兵達の暴走を差し引いても抵抗が長引き過ぎているのが気になる。
衰えたとはいえ、王党派にはバリーを初めとする数多くの優れたメイジ達がいる。
それは前もって王族と共にワルド子爵が排除しておく計画になっていたが、
もしも彼が討ち漏らしていたならば、魔法も使えぬ傭兵共では相手にさえなるまい。
かといって、真っ向からぶつかり合えば犠牲が大きすぎる。
故に傭兵達がその数を減らし、メイジが精神力を消耗させた所で正規兵を突撃する。
漁夫の利を狙うような形だが、元より使い捨ての駒。
誇りも持たぬ連中に掛ける情けなど無い。
いや、それさえも利用する我々貴族派も同じ事か。

突如、中庭に響き渡る轟音。
それに隊列を整えていた兵達も俄かに騒ぎ始める。
雄叫びに似た異音は水門の方から聞こえてきていた。
包囲するように兵達が辺りを取り巻く。
「これは一体…!?」
完全に封鎖した筈の水路から何故音がするのか。
一部の兵士達からは、水圧に耐え切れなくなったのでは?との声も上がる。
もし、そんな事になったならば全員助かるまい。
押し寄せる濁流に城を包囲した兵達も一瞬にして流される。
下手すればニューカッスル城とて倒壊する恐れがあるのだ。
崩壊の脅威に怯える彼等の前で水門に亀裂が走る。

「た、退避ィィーーー!!」
指揮官に言われるまでも無い。
その光景を見た兵達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
我先にと互いを押し退けあいながら走る彼等の背中に水流が迫る。
人の足で鉄砲水から逃れられる筈など無い。
あっという間に彼等は水流の中に飲み込まれていく。
溢れ出した水は中庭一杯に広がり、ようやくそこで留まった。

「むう…全員無事か?」
泥沼化した地面から士官の男が身を起こす。
辺りには自分同様に泥塗れになった兵士達の姿。
予想よりも小さな被害に胸を撫で下ろす。
恐らく何処かより水路の水が漏れていたのだろう。
自分の手元に目をやると、杖が失せている事に気付いた。

「おい。誰か私の杖を知らないか?」
「……あ。ここに落ちてましたよ」
自分の問い掛けに誰かが答える。
目の前には差し出された自分の杖。
若干、汚れているが折れたわけではなさそうだ。
「おっと済まないな」
杖に手を伸ばそうとした瞬間、ふと顔を上げる。
そこにいたのは金髪の好青年。
見覚えの無い顔に首を傾げながら彼の服装に目がいく。
身を包むのは軍服ではなく私服。
つまり、彼は貴族派ではなく……。


「王党派か!?」
その一言にギーシュが凍りつく。
彼等が王党派ならば、そんな事は聞かない筈だ。
既に城内に敵が入り込んでいたのか。
最も安全と思われた城内は最も危険な場所と化していた。
それは自ら怪物の口の中へと飛び込むに等しい愚行だった。

混乱していた周りの兵達も一斉に彼等に銃口を向ける。
それも十や二十程度じゃききやしない。
離れ離れにならずに済んだタバサ達は旋風の守りを張って防ごうとする。
しかし、彼女達から離れてしまった僕までは庇い切れない。
助けを求めるギーシュの瞳にタバサが何事か呟くのが映った。
何かの助言かと僅かに動く彼女の唇を必死で読み取る。
(…ガンバ)
「無理に決まってるだろォォー!? あ、わ…ワルキューレ円陣隊形!」
瞬時に四方を囲むように展開される青銅のゴーレム。
しかし全弾を防ぎ切るのは不可能…というか半分も防げるかどうか。
それだけでも人間一人挽肉にするのには十分すぎる。
横殴りの雨の如き鉛の玉を想像しギーシュの顔が青ざめる。

「っ撃ぇ…!」
号令一下、一斉に下ろされる小銃の撃鉄。
しかし弾丸は飛ばず、着火点から気の抜けた炸裂音がするのみ。
突然の故障に兵士達が困惑する中、ギーシュははたと気付いた。
そういえば父上が言っていた事だが、未だ銃や砲といった物は完成品とは程遠いらしい。
特に、銃口から水が入ったりすると中の火薬が湿気て撃てなくなる為、
大雨の日や渡河などでは大いに悩まされると聞いた。
恐らくは先程の濁流に浸かってしまったのだろう。

「…………」
「…………」
ギーシュと士官の男が互いに顔を見合わせる。
隙を突いて自分の杖を取り返そうと伸ばされる手。
サッとそれを躱し、ギーシュは杖を奪られないように上へと掲げる。
それに合わせて背後から襲い掛かったワルキューレが男を羽交い絞めにした。

「動くな! お前達の指揮官がどうなってもいいのか!?」
襟の階級章を確認したギーシュが叫ぶ。
その恫喝に銃を捨てて剣を抜こうとした連中は牽制された。
狼狽する兵達を前にしても、士官の男は余裕の笑みを浮かべる。

「フッ…無駄な事を。我が軍には敵の脅しに屈する弱卒など…痛たたたッ!!
やめんかッ! お年寄りは大事にしろと親から習わなかったのか!?」
ギチギチと締め上げられていく関節の痛みに泣き言が入る。
一瞬にして態度を急変する指揮官に、ギーシュも兵達も困惑を示す。
「え? だって脅迫には応じないんだろ?」
「ばかもんッ!! あんなの建前に決まっているだろうがッ!
兵士達の手前、ああ言わざるを得んのだ! それぐらい判れ!
退役を前にして持病の腰痛が悪化したらどうしてくれる!?
今、辞職したら軍から年金貰えんのだぞ!?」
「…あ、はい。済みません」
男の気勢に思わずギーシュが飲まれそうになるが、
それでも男を離さず盾にしたまま中庭から一目散に逃走した。
後から兵士達が自分に付いてくる様子はなかった。
そして少し距離を取った所で、喚く男を木に縛り付けて猿轡しておく。
連れて歩くには邪魔だし、無事で返すには危険すぎる。
ここに隠しておけばまだ人質に取っていると思って下手には動けまい。

「さて、これからどうするべきか?」
何とか窮地から脱出を果たしたものの、危機に変わりはない。
しかしもう二度と水路は使えないだろう。
中庭には兵士達が大挙してるし、制圧された丘にも戻れない。
シルフィードでの脱出も不可能だとすると……。
“あれ? ひょっとして逃げ場がない?”
新たに判明した真実を前に僕は立ち尽くした。
直後、自分の後頭部に容赦なく響く激痛に振り返る。
「そんな事、後で考えればいいでしょ! 今は行動あるのみよ!」
「だけどルイズ達がどこにいるかも判らないのに…」
背後に鈍器じみた石を持って立つキュルケに非難じみた目で反論する。
場所も判らずに動き回れば、敵に発見される確率が高まる。
戦場の中を無策で行動するのは、あまりにも危険すぎる。

「……多分、あそこ」
突然のタバサの発言に二人が視線を向ける。
彼女の指差す先には、ステンドグラスの割れた礼拝堂らしき建造物。
タバサは彼の性格を熟知している。
彼ならば他に一切目をくれずルイズへと向かう筈だ。
そして丘を駆け下りた方向の先にあったのが、あの建物。
少し根拠に欠けるが他に当てもない。

タバサの進言通りに、礼拝堂を目指す彼等の目に不吉な影が過ぎる。
それは礼拝堂より立ち上る黒煙。
他の建物からは火の手が上がっていないというのに、
戦術的に価値もない礼拝堂が何故燃やされているのか?
“あそこで何かが起きている!”
口には出さずとも三人は直感した。
一刻も早く合流しなければと不安に胸を掻き立てられながら、
彼等は一路、礼拝堂へとひた走る!


「御無事ですか?」
猿轡を外されて男が激しく咳き込む。
同時に後ろ手に回されていた手の縄も解かれる。
ギーシュ達が去った後、秘密裏に数人の兵士が追跡していたのだ。
そして解放されたのを確認し、彼は部下に救出された。

「追いかけますか?」
「バカを言うな。たかが三人相手に予備戦力を動かせるか」
目先の事に囚われる部下を一喝して、男はゆっくりと自分の身体を解す。
今更、数人の増援が何になるというのか。
まさか、この包囲から抜け出せると本気で信じてる訳ではあるまい。
どうせ敗れるのならば、仲間と共に死のうと決めたのだろう。
自分の命さえ顧みない無謀ともいえる勇気に、無用となった人質を殺そうともしない誇り。
明日のアルビオンを担うべき若者の命が失われていく事に、悲しみを通り越して憤りさえ覚える。
こんなやり方で本当に新しい時代がやって来るのか?
その時、一体誰がアルビオンを導いていくというのか?

「せめて、あのような者達が我が軍に十人といたならば…」
「は? 今、何と仰いましたか?」
「独り言だよ、歳を取るとやたら多くなるものさ」
部下にそう返事しながら背筋を擦る。
それほど窮屈に縛られなかったものの、
冷え込んできた所為か、腰骨にやたら痛みが走る。

「…寒いな」
「深夜ですからね。兵士達に暖を取らせますか?」
「そうだな。ついでに銃の点検も済ませておくように伝えろ」
「はっ!」
指揮官の命を受けて部下が引き下がる。
その背中に、男は聞き取れないような小さな声を掛けた。

「夜だからではない、アルビオンに寒い時期が訪れようとしているのだ」

展望さえ見えないまま、戦線を広げようとする上層部。
自国民を無視し、軍事力だけが肥大化していく軍隊。
それに協力する何処かよりの強力な支援。
陽の光さえ差し込まない、どこか冬の到来に近い感覚を彼は肌で感じていた。

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