ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-55

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匿名ユーザー

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城壁を飛び越えた瞬間、彼の触角が城内に満ちる敵意を感じ取った。
そして、次々と掻き消されていく生命の臭いに、
抵抗さえ許されずに消えていく悲しみの臭いまでも。
彼の鋭敏な感覚は末期の瞬間さえも明確に伝えてくる。

我が身を引き裂かれるような思いで、彼はその惨劇を黙殺する。
全てを差し置いても、彼はルイズを優先した。
後で彼女に咎められる事になっても構わない。
嫌われたとしても後悔はない。
一刻でも早く、彼女の元に駆けつけたかった。
悲鳴も断末魔も振り切って、彼は走る。
ただ彼女を守りたいが故に。
そして、礼拝堂に辿り着いた彼を待っていたのは、感情のない瞳で見下ろす主の姿だった。

「離れろ嬢ちゃん! そいつは裏切り者だ!」
彼女の傍らに立つワルドを見たデルフが叫ぶ。
しかし、彼女は何の反応も示さない。
それどころか話し掛けられている事さえ判らないのか、
デルフの姿さえも瞳に映そうとはしない。
「無駄だ…。彼女に声は届かない。魔法薬で心をやられている」
返答さえ返さない彼女の代わりに、苦悶交じりにアニエスが告げた。
脚に深々と穿たれた傷を外した外套で縛り上げる。
しかし溢れ出す血は容易く白地の生地を赤黒く染め直し、留まる事を知らない。
更に、それ以上に筋や腱の断裂が酷い。
ワルドが宣言した通り、ここから動く事さえままならない。
あるいは二度と思い通りに動かせないかもしれない。
護衛と言いながら何一つ出来なかった悔しさに、彼女は唇を噛んだ。

彼は目の前の光景を認めたくはなかった。
だが、アニエスの言葉以上に“バオー”の触角が真実だと告げる。
ルイズから感じる臭いは、あの船団から感じた物と全く同質。
そして何よりも、今の彼女は彼の知っているルイズではなかった。

「ルイズ。どうやらまた僕達の邪魔者が来たようだ。
だけど一人では心許ない。…手伝ってくれるね?」
「……はい」
耳元で囁くような命令にルイズは前へと進み出る。
倒れ伏すウェールズの遺体を、まるで雑草のように踏み付けながら歩く。
そしてワルドを庇うようにして、ルイズは彼と対峙した。

叫びたかった、“これはルイズじゃない! 彼女の名で呼ぶな!”と。
彼女は誇り高く在り続けようとした。
たとえ、それで死ぬ事になろうとも悔いは無かった筈だ。
それなのにワルドは彼女から誇りを奪った。
生きる意味さえ失った、ただの操り人形に貶めた。
許されざる冒涜に、彼が低い唸り声を上げる。

彼女の杖が振り上げられる、その瞬間。
疾風の如き動きで“バオー”は彼女の懐へと飛び込んだ。
魔法を使う隙さえも与えまいと一息で距離を詰めた。
彼の力を以ってすれば昏倒させるのは容易い。
それからワルドを倒せばいい、治療法は後で必ず見つけ出す。
しかし、彼の目論見はワルドに見透かされていた。

ルイズへと近付いた瞬間、ワルドのエア・カッターが放たれた。
その狙いは彼ではなく、その背後にいるアニエスに向けられていた。
足の動かせない彼女には避ける術がない。
咄嗟に彼は身を投げ出してアニエスを庇う。
吹き抜ける風の刃の直撃を受けて脚に裂け目が走った。
そこから溢れ出す血に視線もくれず、着地と同時に再び駆け出す。

しかしルイズの杖が振り下ろされた瞬間、視界が爆風に覆われる。
それは感じ取るべき臭いも巻き上げ、彼の感覚を奪った。
身の危険を感じ横に飛んだ直後、エア・ハンマーが床を粉砕する。
舌打ちしつつもワルドは尚も追撃し続ける。

ワルドの魔法とルイズの爆発。
それらが互いの欠点を補い合ってルイズに近付く隙を与えない。
恐らくルイズが魔法を使ってきたならば、これほどの苦戦はなかった。
彼女の爆発が起こる場所は、まるっきりデタラメなのだ。
狙い通りに起きる事もあれば、見当外れな箇所が吹き飛ぶ事もある。
それが相手の敵意を感知して行動する彼の判断を惑わせている。
そして、飛来してくるのではなく何の前触れも無しに起こる爆発は避けられない。
ランダムに起こる爆発に巻き込まれない事を願うしかないのだ。

だが、運は彼に味方しなかった。
遂に至近で起きた爆発が彼を飲み込んだ。
爆風に弾き飛ばされた体が投げ出されて床を転がる。
同時に千々に砕けて飛び散った破片が皮膚を貫いていく。
痛みを堪えつつ身を起こし、自分の負傷を確認する。

その光景に彼は戦慄を覚えた。
見れば、前脚が吹き飛ばされている。
彼の脚は外ではなく、内部から爆裂していた。
それも皮膚を覆う装甲も全て無視してだ。
爆心地は自分の前脚の中にあったのだ。
受けたダメージの大きさ以上に、より重大な事実が彼に衝撃を与えた。
彼女の爆発はどこでも起こり得る。
そこが他人の体内だろうとも一切の例外はない。
…もし万が一、自分の脳内で爆発が起こったならば。

刹那。彼の身体を異常な量の分泌液が巡る。
止めろと心で叫びながら、彼は必死にそれを抑え込んだ。
分泌液が増えたのは怪我の治療の為だけではない。
爆発を脅威に感じた寄生虫“バオー”が力を与えているのだ。
自分を守る為に、その発生源であるルイズをも殺そうとしている。
衝動に押し流されそうになる自我を、彼は必死に繋ぎ止める。
彼女が貴族でありたいと思ったように、彼も“バオー”ではなく自分でありたかった。

「諦めたまえ。君は彼女に捨てられたのだ。
そんな使い魔のどこに生きる場所…いや、生きる意味がある?
これ以上苦しむ事はない。主の望むままに甘んじて死を受け入れたまえ」

ワルドの嘲笑に交じって響く爆発音。
巻き起こされた爆発に彼が身を伏せる。
それでも雨のように降り注ぐ破片は容赦なく彼を傷付けていく。
頭を上げた彼の目前には、顔色一つ変える事なく杖を振るう彼女の姿。
一体これは何の悪夢だろうか…。
必ず彼女を、ルイズを守ると誓った筈なのに、
今、自分は彼女の手によって殺されようとしている。

もう彼女を殺すか、彼女に殺されるか。
それしか道は残されていないというのか…?

ならば何故、自分は目覚めたのか。
あのままなら、こんな悪夢を見なくて済んだ。
それが生きる事の放棄と取られようとも、
こんなにも辛いのならば永遠に眠り続けていたかった。

いっそ出会わなければ良かった。
ルイズと出会わないまま、研究所で最後を迎えるべきだった。
そうすれば彼女はきっとこんな姿にならずに済んだ。
自分とは無関係に、彼女は自身の生涯を謳歌できた筈だ。

何故だ、どうして彼女だけを操った?
そんな魔法薬があるなら、何故自分に使わなかった?
研究所の人間のように、自分を利用する気だったのだろう?
ならば、あの水道に流せば飲ませる事だって出来た筈だ。
彼女と共に心を壊してくれば一緒にいられたかもしれない。

瞬間。彼の脳裏に閃きが走った。
もし自分に“使わない”のではなく“使えない”のだとしたら…。
その予測が正しいかどうかなど判らない。
しくじれば今度こそ窮地に追い込まれる。
一縷の望みを乗せて彼は最後の賭けに出た。

倒れ伏したまま、彼は蒼い飛針“シューティング・ビースス・スティンガー”を放つ。
だが、それはワルドを狙った物ではない。
射線上にいるルイズを迂回して命中させるのは不可能。
彼が放ったのは彼女の手前の床。
横一列に突き刺さった毛から次々と上がる火の手に、瞬時にして目前が炎に包まれる。
「ちっ……!」
ワルドが飛び散る火の粉を外套で払い除ける。
火勢に押された程度で退きはしない。
しかし、手紙やウェールズの遺体は別だ。
それが燃えてしまっては元も子もない。
だが、奴自身も炎が弱点なのだ。
いずれ向こうから我慢し切れずに飛び出してくる筈だ。
そこを迎え撃てばいい、ただそれだけの事。

炎の壁に遮られ、陽炎のように揺らめく向こう側。
そこにワルドは三本脚で駆ける彼の姿を見つけ出した。
向かう先にあるのは彼の千切れた脚。
なるほど、炎を目隠しにして取りに行くつもりだったのか。
だが、甘い。狙いさえ判ってしまえば、こちらの物だ。
動き回る相手を狙わずとも、脚の方を撃てば当たるのだ。
どんな狩りよりも遥かに容易い。

ワルドが詠唱するのは『ウインド・ブレイク』
放たれたそれは周囲の炎を巻き込んで彼を焼き尽くす風の砲弾となる。
詠唱を終え杖を振り上げたまま必殺の機を窺う。
それは彼が脚を目前にした瞬間だった。
勝利を確信してワルドの杖が振り下ろされる。
しかし、その直前で彼は直角に曲がった。
「何だとッ!?」
方向転換した彼の視線の先にはルイズの姿。
初めから彼女に近付く事が目的だったのだ。
速度を落とさずに、加速した身体を足を失った状態で制御する。
いや、無理な急制動が筋肉と腱をズタズタに引き裂いていく。
それを彼は力と意思で真っ向から捻じ伏せる。
そして、彼は自ら炎の中に飛び込んでいった。

皮膚と体毛に燃え移る炎。
火傷よりも炎そのものを恐れ、寄生虫“バオー”が騒ぎ立てる。
本能に匹敵する支配に逆らいながら、彼は炎の壁を突破した。
勢いのままに、彼はルイズへと圧し掛かり床へと倒す。
残された前脚で彼女の腕を押さえつけながら見下ろす。
その自分を見上げる硝子玉のようなルイズの瞳。
それを見据えながら牙を彼女へと近づけた。

「止めろォォーー!!」
ワルドの詠唱も間に合わない。
彼女へと迫る確実な死に、喉が裂けんばかりの絶叫を上げた。
アニエスも眼前の光景に目を背ける。
彼女も同じくルイズを殺そうと銃を向けた。
だが引き金を引く事は出来なかった。
たとえワルドの揺さぶりが無くとも撃てなかった。
ルイズの笑顔が脳裏に浮かび、彼女を躊躇わせたのだ。
大切に想う人を自分の手で殺さなければならない。
それは身を引き裂かれるよりも遥かに苦しい。
今の彼は苦痛の中で、選択を迫られているのだ…。

彼とルイズが向かい合う。
こうして互いの顔を見合わせるのは何度目だろうか。
彼女が着飾った夜の舞踏会の時。
惚れ薬騒動でタバサの事を任された時。
そして船に飛び乗って再会した時。
幾つもの思い出が頭の中を駆け巡る。
いずれは平凡な日常に融けていく記憶。
だけど、その始まりを忘れる事は生涯ないだろう。

彼女と出会った陽だまりの中庭。
その時と同じように、彼は顔を近づけてルイズに口付けした。
口内の血が牙を伝って彼女の体内へと入り込んでいく。

あの瞬間、彼は思い出したのだ。
自分の身体には魔法薬が効かない。
それは惚れ薬を飲んだ時から判っていた事だった。
なら、この身に流れる力…あらゆる傷をも癒す回復力、
それを含んだ血液なら彼女を治せるかもしれない。
その閃きに彼は全てを賭けたのだ。
そして寄生虫“バオー”自身も彼に力を貸した。
彼にとってルイズは生きる目的であり意味。
それが彼の生きようとする意思を強めるなら、
ルイズを助ける事は運命共同体である自分にとっても大きな意味を持つ。

「あ…う…」
嗚咽のような声が彼女の口から漏れる。
詠唱でもなければ、ワルドに命令されたわけでもない。
それは魔法薬を飲まされて以来、初めて彼女が口にした言葉だった。
色彩を失った瞳に意思の光が戻っていく。
同時に、目元に湛えていた雫が頬を伝って零れ落ちた。

「そんなバカな…! こんな事が…!?」
抵抗する力を失ったルイズを見てワルドは狼狽した。
この世界において『虚無』の力は絶対だ。
彼等にとって始祖は神に等しい。
『虚無』とは神の力そのものなのだ。
だが、それさえもあの怪物は覆すというのか!

ルイズが正気を取り戻した喜びは“バオー”の恐怖に掻き消された。
世界を滅ぼす獣の力を彼は目の当たりにしていた。
その怪物が今、ワルドを殺意に満ちた視線で射抜く。
それは抵抗を排除するといった受身の物ではなく、排除を目的とする漆黒の意思。

彼はずっと気付かない振りをしていた。
本当は前から気が付いていたのに自分を騙していた。
ルイズを守ると誓った時から、彼女に悟られまいと隠し続けた。
だけど、もうそれも終わる。
彼女を傷付けられた時、ハッキリと理解できた。

多くの仲間達の命を弄んだ研究員達。
戯れで自分の命を奪おうとした学院の生徒。
己の野望を叶える為に、平然と命と誇りを奪う『レコンキスタ』。
今も快楽交じりに無抵抗な相手を殺し続ける貴族派の傭兵達。

自分は“人間”に確かな憎悪を感じている…。

そう自覚した彼は心の中で何かにヒビが入る音を聞いた。
それは“バオー”という獣を繋ぐ“理性”という名の鎖から響く悲鳴だった。


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