ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-54

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匿名ユーザー

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「ここまでだ! 杖を捨てろ!」
狼狽するワルドに尚もアニエスは詰め寄る。
全てを失い、ぽっかりと空いた心の空洞。
復讐を遂げるまで決して埋まるまいと思っていた空白。
いつの間にか、そこには共に過ごしてきたルイズ達の存在があった。
それが彼女をトリステインに繋ぎ止めたのだ。

彼女自身も気付かぬ内に、アニエスは過去の自分を取り戻しつつあった。
憎悪に満ちた復讐者ではなく、軍人としての彼女でもない。
村の仲間達に囲まれて、楽しげに笑う少女としての自分を。
もし仇を討った所で、彼女に残されるのは空虚な日々だけだ。
そこには何も残らない筈だった。
しかし、今は違う。きっと彼女は取り戻せる。
いつか新しい仲間達と笑い合える日が来るだろう。
勿論、ルイズと一緒にだ。

「ワルド子爵! ミス・ヴァリエールを元に戻して貰おう!」
「…それは出来ない。もう手遅れだよ」
「何だと…?」
俯くようにして告げられた言葉に、アニエスが揺れる。
走馬灯の如く、彼女の脳裏をルイズとの思い出が巡った。
本心を隠す自分とは逆に、思った事をそのまま口と表情に出す、
太陽のように明るかった少女の姿。
それがずっと無機質な人形と化したままだというのか。
アニエスの困惑する様子を窺いながら、
まるで過ぎ去った過去を想う様にワルドは続けた。
「彼女に飲ませたのは“虚無”の力を宿した魔法薬だ。
誰がどのような手段を取ろうとも、彼女は決して元には戻らない」
「…嘘だ」
「それが例え僕自身であろうともだ」
「デタラメを言うなァ!」
絶叫と同時に、彼女の銃身が激しく揺らいだ。
心の動揺は直接、筋肉に伝わって照準を乱す。
制御できない身体の作用、その一瞬をワルドは逃さなかった。
アニエスが裏切らなかった理由。
それはアンリエッタやルイズ達に起因する物と、彼は看破していた。
だからこそ事実を知れば必ず動揺する。
ワルドはそう確信していたのだ。
非情に徹せぬアニエスの甘さをせせら笑いながら。

照準が外れた事に気付いた彼女が立て直しを図る。
だが、そうはさせじとワルドが床を蹴って飛び掛かった。
その瞬間、彼は背後へと力強く引き寄せられる。
何事かと振り返る彼の眼に飛び込んできたのは、
自分の外套を掴むウェールズの姿と迫り来る拳だった。
「ワルドォォーーー!!」
雄叫びと共に放たれた一撃を受け、視界に火花が散った。
頬に減り込んだ拳に激しく脳を揺さぶられる。
死に掛けのどこにそんな力が残されていたのか。
殴り飛ばされたワルドが踏鞴を踏む。
しかし堪えきった瞬間、続け様に拳が叩き込まれる。
今度は腹部を貫く打撃に、ワルドの背がくの字に曲がる。
肺から吐き出された空気に呻きが入り混じる。

「アンリエッタを! ミス・ヴァリエールを!
信頼を裏切り利用した貴様だけは決して許さん!」

ワルドは完全に油断し切っていた。
戦場を経験しているとはいえ自分より格下の相手だ。
更には杖を失い、手傷をも負っている。
それが王としての振る舞いも投げ捨てて、
自分に殴り掛かって来るなど予想も出来なったのだ。
だが、彼我の実力差は歴然。
死ぬ前の無駄な抵抗だと判りきっている。
それを証明するように、激しい動きにウェールズの傷口が開く。

「ぐっ……」
苦悶を噛み殺してウェールズは傷口を抑える。
だが手で塞がるような傷ではない。
溢れた血液が指先の合間から流れ落ちていく。
手を当てた場所を中心に赤黒く染まる礼服。
もはや放置しても出血多量で助かるまい。
止めを刺そうと詠唱を始めた直後、
ウェールズは逆に自分の傷口を己の手で押し広げた。
そして噴き上げる血を掬い上げて、ワルドの眼に叩き付ける。

「ぬ…!?」
今度はワルドから苦悶の声が上がった。
視界を奪われたばかりか、異物が眼に入り込む痛みが彼を苦しめる。
だが、それも一瞬の事。すぐさまワルドは体勢を立て直そうとした。
しかし、その機を逃さずウェールズは彼に掴み掛かった。
互いが縺れ合うようにして床へとワルドを押し倒す。

「刺し違えてでも貴様だけは!」
圧し掛かったウェールズの手が杖を抑え、
もう一方の手でワルドの首を締め上げていく。
ワルドは人間の精神力を侮っていた。
それは魔法を使う為の力を意味するのではない。
杖が無くとも常識では計り知れぬ力を発揮するのだ。
ワルドへの怒りが、彼に残された最後の力に火を点した。
そして天の配剤というべきか、倒れた燭台が彼の手元に転がり落ちる。
蝋燭を立てる為の台の先は鋭利に尖り、突き立てれば首をも貫く。
それを手に取り、ウェールズは吼えた。
「貴様の思い通りにはならん! 私は生きてアンリエッタと…!」
「止めろ…止めろォォー!!」

その直前。振り下ろされる筈だった腕が止まった。
何が起きたかも判らずにウェールズが静かに背後へと振り向く。
そして、信じられない物を目にするように彼女を見上げた。
自分の手を掴む人形じみた少女の姿を。
「…ミス・ヴァリエール」
突然現れたルイズに気を取られた一瞬、
ワルドは彼の腕を振り解いて杖を突き上げる。

刹那。ワルドの顔に鮮血が散った。
既に血を流し切っていたのか、返り血は霧のように薄い。
ウェールズの体を貫く杖を押し込みながら彼は謝辞を述べる。
「ありがとうルイズ。やはり僕の味方は君だけだよ」
最後に叫んだ言葉を命令と受け取っただけだが、
ワルドには彼女が自分の意思で助けてくれたように思えたのだ。

「………!」
ウェールズの口が大きく開かれる。
だが悲鳴を上げる力さえ残されていなかったのか、
打ち上げられた魚のように口を開閉するのみ。
それでもワルドを睨む眼は健在だった。
眼を合わせているだけで激しい怨嗟の念が伝わってくる。
それに不快を示しながら、肉を裂きながら杖を下ろしていく。
想像を絶する激痛に、ウェ-ルズの瞳孔と唇が大きく開かれた。
更なる苦痛を与えながらワルドは囁く。
「ウェールズ陛下。陛下のその執念に敬意を表し、良い事を教えてあげましょう。
僕の目的の一つは貴方の死…正確に言えば、その遺体なのです」
「……!?」
憎しみに満ちたウェールズの目に困惑の色が混じる。
自分が死に逝く今、そんな事を明かして何になるというのか。
だが、元より身動き一つ出来ぬ身。
それを理解できぬまま、彼はワルドの言葉に耳を傾けるしかなかった。

「人を操る“虚無”の力、それは何も生者に限った話ではありませぬ」
「!!?」
「お分かり頂けたようですな。
今度は貴方自身が愛しきアンリエッタ姫を傷付けるのだ。
己の意思とは無関係にな!」
ワルドが死の間際に告げたのは呪いだった。
最期まで己を貫き通したなどという誇りは与えない。
その為に、一縷の望みさえない絶望的な未来を告げた。
自分が死して尚も敵に利用されるという事実。
それも愛するアンリエッタを騙す為と知れば、
このまま朽ち果てていく事がどれほど口惜しい事か。

「……ワルドォ…!!」
悲鳴さえ上げなかった喉が声を絞り出す。
掠れきっているにも拘らず、その迫力にワルドは気圧される。
だが、彼へと伸ばされた手は届く事無く宙を掻いて落ちた。
振り絞った力はウェールズの命と共に尽き果てた。
やがて糸が切れた操り人形のように彼の両腕が垂れ下がる。

「貴様ァァー!!」
アニエスの絶叫と銃声が礼拝堂に木霊した。
ウェールズに当たる事を恐れ、彼女はワルドを撃てなかった。
だが彼が殺された以上、引き金を引く事に躊躇はない。
放たれた弾丸はワルドの額めがけて飛んでいき、
当然のように突風によって弾道を捻じ曲げられた。
その直後、放たれた『エア・カッター』が入れ違いに彼女を襲う。
それを受け止めた鉄の銃身が二つに切って落とされる。
役に立たなくなった銃を捨てて、彼女は剣を構えた。
一息で距離を詰め、彼女の目前に迫るワルド。
肩口から切り下ろす『エア・ニードル』の一撃を受け止める。
そこから反撃に転ずるアニエスの剣を背後に飛んで躱す。
既に詠唱は終わっていたのか、着地と同時に『ウインド・ブレイク』が放たれた。
破城槌の如き圧力に、彼女の身体が壁に叩き付けられて沈んだ。
口からは唾に混じって血反吐が吐き出される。
絶え絶えになった意識と呼吸で、彼女は落とした剣へと必死に手を伸ばす。
しかし、その直前で剣をワルドが蹴り飛ばす。
残された最後の武器が床を滑りながら彼女の視界から消えていく。

「……殺せ」
ワルドを見上げながらも蔑むような視線を向ける。
どう足掻こうとも、もはや勝ち目はない。
どの道、ワルドも遅かれ早かれ終わりだ。
敵陣のど真ん中で暗殺を決行したのだ。
騒ぎが起きれば兵士達も気付いて駆けつけて来るだろう。
この城から奴が生きて帰れるとは思えない。

口元に嘲笑を浮かべた瞬間、腿に激痛が走った。
言葉にならない悲鳴がアニエスの口から洩れる。
見下ろす先には、自分の脚を深々と貫く杖の存在。

「殺せ? “殺してください”の間違いだろう」
何の感慨も感じず、ワルドは突き刺さった杖を捻る。
瞬間、巻き込まれた筋肉や腱が鈍い音を立てて引き裂かれていく。
アニエスが耐え切れぬ痛みに再び絶叫を上げる。
それに一切関心を寄せる事無くワルドは続けた。

「とっくに城門は落ちている。今頃、城内は地獄と化しているだろう」
「っ…!?」
「つまり、ここには誰も来ない。少なくとも君の味方はな」
言い終わった直後、血に染まった杖が引き抜かれる。
その苦痛にアニエスが苦悶を浮かべる。
外套で血を拭き取りながら、赤黒く染まった傷跡をワルドが眺める。
そして彼は満足そうに笑った。
醜悪な笑みにワルドの口元が歪む。

「その傷では足も動かせまい。
わざわざ僕の手を汚すまでもない。
下衆な傭兵連中にせいぜい可愛がってもらえ。
存外、下手に抵抗するより生き残れるかも知れんぞ」
「……っ!!」
ワルドの言葉に吐き気を覚えた。
そして反抗さえ出来ない無力な自分にも。
ただ敗れるだけならば、ここまで屈辱を味わわずに済んだ。
しかし、彼はそれを許さなかった。
ウェールズの誇りも魂の安息も、全てを奪った。
“敗れた者は全てを失え”そう言わんばかりに…!

倒れ伏したアニエスが見上げる先には、
始祖ブリミルの姿を模ったステンドグラスが月明かりに輝いていた。
あの日…村が焼かれて以来、彼女は信仰を捨てた。
毎晩祈っていた始祖様は村を包む炎から誰も守ってくれなかった。
だからこそ自分の手で復讐を果たそうとした。
大罪人に下される始祖の天罰などに期待する事もなく。

だけど、もし本当にハルケギニアの大地に貴方様の加護が届くというのなら…。

助けてください。
純真な心を奪われ人形に変えられた友を。
死後も愛しき者を傷付ける為に利用される王を。
城内で抵抗も許されず無残に踏み躙られる者達を。

「は……」
手を合わせて祈りを捧げるアニエス。
それを見てワルドが鼻で笑った。
そんな弱者の祈りなど始祖は聞き届けない。
始祖が力を貸すのは何かを成すべき者にのみだ。
その資格がない者など見向きもされないのだ。
そして、それは僕達をおいて他にない。

「さあ、行こうかルイズ」
彼女の手に肩を回し『フライ』を唱える。
しかし、ふと彼女の視線が自分以外に向けられている事に気付く。
その見上げる先には、始祖の描かれたステンドグラス。
まさか彼女も奇跡が起きると信じている訳ではあるまい。
奇妙な行動に違和感を感じながら立ち去ろうとした瞬間!

甲高い悲鳴を上げてステンドグラスが砕け散った。
雨のように降り注ぐ色取り取りの硝子。
その最中、外套でルイズを庇いながら彼は凝視した。
ステンドグラスを突き破って舞い降りた一匹の蒼い獣の姿を…。


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