ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-53

最終更新:

familiar_spirit

- view
だれでも歓迎! 編集
ヴェルダンデの前足が地面を抉り取る。
地上を駆ける馬と変わらぬ速度で、アルビオンの地下を掘り進む。
どれほど進んだのか、残りはどれほどか等と考えたりはしない。
城の地下に到るまで穴を掘り続ける、その覚悟だった。

しかし、自慢の爪が突如として前方の土に弾かれた。
どうやら埋まっていた岩か何かにぶつかったらしい。
それがどれほどの大きさがあるのかは判らない以上、
迂回は致命的なロスに繋がりかねない。
故に、強行突破を決断する。
今の自分を止める事は誰にも出来ない。
シャベルのように揃えられた爪がギラリと輝く。
そして、そのまま渾身の力を込めて振り下ろした。
だが、鈍い音を立てて尚も障害は爪を弾く。
その頑丈さに唖然としつつも、ヴェルダンデは諦めない。
こうなれば気力が尽きるのか先かの根競べである。
いつもの三倍の回転を加えたり、前足を光って唸らせたりと執拗に攻撃を繰り返す。
そして遂にその努力が実ったのか、目前の障壁に亀裂が走った。

おおっ!と自分の勝利に沸くヴェルダンデ。
だが、その目前で自壊するかのように亀裂が広がっていく。
見れば、岩だと思っていたそれは人工的なブロックの集合体。
破裂する寸前の風船というべきか、自分が付けた小さな傷をキッカケにして、
内側からの圧力に耐え切れなくなった外壁が崩壊しようとしているのだ。

この壁の向こうに何があるのか判らない。
しかし直感的に危機を察知したヴェルダンデは即座に土を掛けて埋め戻す。
まるで“見なかったことにしよう”と言わんばかりに。
イタズラを隠す子供のような姿だが、本人は至って真剣だ。
だが壁の崩壊を防ごうとする、その行動も無駄に終わった。
壁を打ち砕いて吹き出したのは荒れ狂う濁流。
洪水ともなれば家屋さえも容易く飲み込む勢いの前では、
ヴェルダンデであろうとも例外なく無力。
元来た道を倍以上の速度で流されていく。

「な…なんだ、何が起こったんだ!?」
地下から響き渡る轟音と振動。
それに驚いたギーシュが咄嗟に穴を覗き込む。
浮遊大陸のアルビオンで地震など起こり得ない。
考えられる要因は唯一つ。
「ヴェルダンデ! 無事かい!?」
自分の使い魔からの返答は無い。
何が起きたか判らず不安に揺れるギーシュの前に、
『言葉通り』ヴェルダンデが飛び出してきた。
それも波濤を伴って砲弾の如き速度で!


トンネルから凄まじい勢いで吹き上げる水柱と、
ぽーんと宙に打ち上げられるヴェルダンデの巨体。
それに弾き飛ばされてギーシュも空を舞う。
主従が地面に叩き付けられると同時に、
吹き出した水が雨となって降り注ぐ。

「…多分、水道に穴を空けた」
「まあ無事に済んだだけでも儲けモノよね」
コートで雨を防ぎながらタバサが冷静に分析する。
キュルケは気にも留めず、腰に両手を当てて溜息をついている。
見れば、水に濡れたブラウスが肌に張り付いて透けている。
そんな裸にも見える格好を隠そうともしない彼女に、
何故かタバサの方が恥ずかしく思えてしまう。
止む無くギーシュが起きる前に、荷物の中からタオルを取り出して彼女にそっと掛ける。
それにキュルケが感謝の笑みで応える。
他に人がいたら仲のいい姉妹だと思うだろう。

「痛たたた…」
腰を擦りながらギーシュが身を起こす。
不測の事態に『レビテーション』さえ使えなかった。
見渡せばヴェルダンデも起き上がり、濡れた体を振るって水気を飛ばしていた。
唯一の救いはヴェルダンデが無事だった事ぐらいか。
今の異変に兵士達も気付き、こっちにむかって一団が移動しつつある。
迎撃するのは容易いが、それでは騒ぎを大きくするだけだ。
次から次に敵に押し寄せられては壊滅は火を見るより明らか。
焦るギーシュの視界の端で何かが蠢く。
敵かと警戒する彼の目の前に現れたのは、地面に横たわる見慣れた犬の姿。
“何で彼がこんな所に…?”
その疑問を口にする間もなく彼は跳ね起きた。
そして辺りを見回して城の位置を確認すると、
落ちていたデルフを拾って丘を凄まじい勢いで駆け下りる。
突如現れた獣に困惑する敵の合間を抜けて、一目散に走り去る。
それを見送りながらギーシュも続こうとした。
「よし! 今なら敵陣も乱れている! 敵中突破できるかもしれない!」
しかし、走り出そうとするその襟にタバサが杖を引っ掛ける。
鶏が絞め殺されたような声を上げるギーシュに彼女は説明する。
「私達はこっち」
彼女が指差す先にあるのは、今も水を湛えるヴェルダンデのトンネルだった。


ニューカッスル城内の礼拝堂。
そこには始祖ブリミルの像の前に立つウェールズの姿があった。
彼が着ているのは皇太子の礼服。
本来は国王の礼服を着るべきなのだが、
ウェールズ用に仕立て直した物など準備できる筈も無い。
それでもパーティの際にも軍服を着ていた彼だ。
礼服に着替える事自体が、この式に掛ける彼の想いの表れだった。
そのウェールズの前に立つのは、式を挙げるルイズとワルドの両名。
二人とも緊張しているのか、無表情なまま壇上に立つ自分を見上げる。

「それでは、これより式を始める」
ウェールズの厳かな宣誓が礼拝堂に響き渡る。
そして僅かに咳払いし、古くからの伝統通りに続ける。
「この式に異議のある者は今すぐに名乗り出よ。
それが出来ぬというならば永久にその口を閉じよ」
自分で言いながら呆れてしまう。
今、この場にいるのは自分を除けば二人だけ。
一体、どこの誰が異議を申し立てるというのか。
儀礼の決まり事とはいえ無駄な手順に苦笑いを浮かべる。

だが、両者の意思を確認する次の段階へ進もうとした瞬間!
礼拝堂の扉は大きな音を立てて開け放たれた!

三人の視線が、突然の侵入者へと向けられる。
そこには小銃を構えるアニエスがいた。
その銃口の先にはワルドの姿を捉えている。
背にはもう一挺の銃を背負い、腰には剣を帯びていた。
まるで戦にでも赴こうかという重装備。
とても仲間の門出を祝うような格好ではない。

「アニエス! 冗談なら今すぐ止めるんだ!」
「無礼は承知の上! ですが陛下に聞いて頂きたい事があります!」
それを証明するように、彼女の指先は引き金に掛かっている。
アニエスの気迫に飲まれて、ウェールズの言葉が詰まる。
追い払ったと思った彼女の登場に、ワルドが苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。

「ワルド子爵は水の秘薬を用い、彼女の心を操っています!」
「下らん世迷言を! 陛下、耳を貸してはなりません!
そして神聖な儀式を妨害した彼女にこそ処罰を!」
アニエスの言葉をワルドは否定する。
突然の乱入から始まった口論にウェールズも困惑していた。
しかしアニエスの言う事にも一理ある。
それほどまでに彼女の態度の急変化は異常だった。
たとえ、結婚式や決戦を後に控えていたとしてもだ。
だが、それも薬の所為というのなら頷ける。
感情を失ってしまったかのような少女を見据える。
彼女の姿を見て、ウェールズは何か引っ掛かりを感じた。
心を狂わせる薬ならば惚れ薬の類だろう。
けれども彼女の様子はそういった者達とはどこかが違う。
その上、ウェールズには確かな覚えがあった。
彼女と同様、虚ろな表情をした人間の姿に。

「ならば『ディテクト・マジック』を!
疑いが晴れたならば私は喜んで罰を受けましょう!」
「減らず口を…!」
奥歯を噛み締めたワルドが杖に手を掛ける。
このままアニエスを殺すのは容易い。
だが、彼女を殺せばウェールズに警戒されるだろう。
いっその事、彼女に従いルイズに『ディテクト・マジック』を掛けるか?
虚無の魔法だというのならば、簡単に探知出来るとは思えない。
しかし、例え僅かであろうと露見する危険があるなら避けるべきか。
ちらりとワルドが視線を背後に向ける。
そこには何の危機感も無く立ち尽くすウェールズの姿。
それを見て口元に僅かな笑みを浮かべた。
(殺るなら…今か)

「いいだろう! ならば我が手で無実を証明しよう!」
ワルドが大仰に杖を掲げる。
口元で呟くルーンは小声で聞き取れない。
二人の視線がルイズに向けられた瞬間、彼の杖を中心に風が巻き起こった。
彼女に向けていた杖が一転、ウェールズへと突き出される。
刹那。ウェールズとワルド、両者の間に鮮血が飛び散った。
抉られた脇腹を抑えながらウェールズの身体が壁際に吹き飛ばされる。
獲物を仕留め損ねたワルドの口から舌打ちが漏れる。
彼が狙って弾き飛ばしたのではない。
斬りかかる直前、危機を察知したウェールズが背後に飛んだのだ。

「ワルド子爵。君は…『レコンキスタ』の手の者か?」
苦悶の声に混じってウェ-ルズが問い詰める。
彼にはルイズの様子に思い当たる物があった。
それはアルビオンを裏切った重臣達の態度だ。
他者の意のままに操られる人形と化した者達の姿。
それに気付けたからこそ、ワルドの不意打ちにも対応できた。

だが、ワルドは答える必要はないとばかりに風を纏い突進してくる。
体勢を崩したウェールズに避ける術はない。
そして傷付いた身体では満足に杖も握れない。
ワルドの猛攻を前に、彼の杖は弾かれ床の上を滑っていく。
武器を奪い、勝利を確信したワルドが杖を突き出す。
しかし、直前で彼は攻撃の手を止めて背後に跳躍した。
その直後、彼の眼前を一発の銃弾が通り抜ける。
ワルドが忌々しく睨む先には、白煙を上げる銃口を向けるアニエスの姿。
彼女は即座に撃ち終わった銃を捨てて、背に負った銃を構え直す。

「動けば…撃つ」
それで脅しのつもりだろうか、彼女の言動にワルドは苦笑いする。
どこから来るのか分かっている銃など恐れる必要はない。
何の苦も無く風で弾道を曲げられる。
ウェールズが杖を失った今、僕を止められる相手はいない。
もはや何の脅威も感じず、ワルドはウェールズを始末しようとした。
しかし、次にアニエスが告げた言葉が彼の動きを止める。
「勘違いするな、貴様ではない。
私はミス・ヴァリエールを撃つと言ったのだ!」
「何だと…!?」
彼の目が驚愕に見開かれる。
見れば、銃口は確かにルイズへと向けられていた。
ウェールズを討ちにいったが為に、彼とルイズとの距離は離れている。
今からでは助けに向かう事さえ出来ない。
たとえ、アニエスを討とうとしてもルイズと刺し違えるだろう。

「貴様、正気か!?」
「彼女とて売国奴に従うぐらいならば死を選ぶ!」
アニエスはそう確信していた。
短い間だったが共に過ごしてきた仲間だ。
彼女の誇りは痛いほどに理解できる。
時には不愉快に感じた事もあったが、それでも彼女はルイズを認めていた。
だからこそ今の彼女の姿は見るに忍びない。
元に戻らないというのなら、せめて自分の手で楽にしてやりたい。
そんな気持ちが胸の内より込み上げてくる。

何故ワルドがミス・ヴァリエールにそこまで執心するのか。
その理由は判らないが、利用できるならなんでも利用する。
杖を下ろし、ワルドは抵抗する素振りを見せない。
それでもアニエスは注意を払い続ける。
もし、僅かでも隙を見せれば自分が死ぬと判っているから。
膠着状態が続く中、不意にワルドが口を開く。

「売国奴…? それは違う、僕は誰よりもあの国を愛している。
父が愛し、母が愛した、美しきトリステインを…!」
「戯言を…! それが国を裏切った者の言う事か!」
「僕は取り戻したいだけだ! あの誇り高き貴族の時代を!
偉大なる王と勇敢な騎士達が集う、あのトリステインを!
宮廷に蔓延る、利権を貪るだけの寄生虫共からッ!!」
激昂するワルドの雄叫びに彼女は怯んだ。
それは本心からの言葉だったのだろう、
いつの間にか彼の表情からは仮面が剥がれ落ちていた。
ハァハァと荒い息を吐きながらワルドは睨み続ける。
アニエスではなく、彼女の背後に見えるトリステインの重臣達を。

彼にとって心の支えは貴族としての誇りだった。
母親を失ってからは彼に残されたものはそれだけとなった。
幼き日より憧れ、ずっと理想を追い求め続けた。
その果てに辿り着いたのは落胆だった。
誰も国の明日など考えもせず享楽に明け暮れ、
餌に群がる豚のように利益を奪い合うだけの宮廷。
そして、それを咎める事さえ出来ない無力な姫。
彼がトリステインに絶望するのは時間の問題だった。
衛士一人が現状を変えられる筈も無い。
そんな宮廷に染まる事も出来ず、純粋だった心は醜く歪んだ。
そして彼は願ってしまった、全てを犠牲してでも取り戻したいと。

「君ならば判るだろうアニエス!
あの国の中枢が腐り切っている事を!
二十年前のダングルテールの虐殺を生き延びた君ならばッ!」
「っ……!」
びくりと彼女が体を震わせる。
自分の過去が知られていた事に僅かに動揺を示す。
しかし、ワルドはそれを見逃しはしない。
畳み掛けるように彼はアニエスに手を差し伸べた。

「もし君が『レコンキスタ』に来るというなら受け入れよう。
わざわざ信頼を得て登りつめる必要も無い。
君が仇を討とうというのなら最善の道だろう」

ワルドの誘いに彼女は揺れた。
確かに今のままでは仇を討つのに、
どれだけ時間が掛かるか知れたものではない。
ましてや『レコンキスタ』相手にトリステインが勝てる保証はない。
少しでも早く同胞の無念を晴らしたいというなら、
トリステインから『レコンキスタ』に鞍替えすべきだと判っている。
それなのに彼女は頷けずにいた。
その迷いがどこに起因するのか判らずに戸惑う。

不意に、彼女の掌に痛みが走った。
目をやれば、そこには血に染まった布が巻かれていた。
それは割れた硝子を握り締めた傷跡。
(ああ、そうだったな…)
ぎゅっと小銃を握り締めて構え直す。
動揺に震えていた照準が再び平静を取り戻す。
そして、高らかに返答を告げた。

「断る」
「な、に…?」
ワルドが思わず聞き返す。
彼はアニエスが受けると確信していた。
復讐に囚われた者は、目的の達成しか目に入らなくなる。
それなのに彼女は誘惑を断ち切ったのだ。
予想を裏切られた彼が何故だと呟く。
それに笑みを浮かべて彼女はハッキリと答えた。

「知らなかったのか?
私は“おまえのような貴族”が大っ嫌いだと」


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー