ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-52

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匿名ユーザー

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夜空を埋め尽くさんばかりの大艦隊。
その周囲を哨戒しているのは数多の竜騎士。
地上においても兵士が網の目のように張り巡らされている。
ギーシュが望遠鏡で覗き込むのは、何万という大軍によって包囲されたニューカッスル城。
自身の経験、知識と照らし合わせて城への進入経路を探す。
そして彼はそこから最適の結論を導き出した。
「……よし、帰ろう」

弱音を吐いた瞬間、彼の後頭部に鈍痛が走る。
ギーシュが振り返ると、そこには石を持ったキュルケの姿があった。
“何て物で殴るんだ、この女は”と非難めいた目線で彼が涙ぐむ。
それを気にする事も無く、石を捨ててキュルケは怒鳴った。
「バカ言わないでよ! ここまで来て引き下がれるものですか!」
ぴんと立てた人差し指でギーシュの胸を突付く。
彼女の覚悟はとっくに固まっている。
そうでなければシルフィードでアルビオンに行こうとは思わないだろう。
そして、キュルケに続くようにタバサも口を開いた。
「それにルイズが危ない」
彼女は既にワルド子爵が反逆者という事を嗅ぎ付けていた。
内と外に敵を抱えた状態では脱出さえも不可能。
今にも砲火を交えかねない両者を睨みながら焦りを押し殺す。


あの後、フーケ退治の祝いという事で彼女達は宴に招かれた。
連れて行かれたのは『女神の杵』という貴族専用の宿。
そこの主人が気前良く場所を提供してくれるという。
今すぐにでもルイズ達を追いかけたのは山々だったが、
さすがにフーケを相手にして心身共に疲労していた。
せっかくの厚意を断るのもなんだし、休憩を兼ねて彼女達は誘いを受けた。
そして辿り着いた高級宿は荒れ果てていた。
テーブルは倒され、幾重にも矢が突き刺さっていた。
同様に床もそこかしこに矢が刺さり、辺り一面が血に染まっている。
更に壁には弾痕。まるで戦場跡を思わせる光景に一同言葉を失った。

そして、その惨状の中心で酒を煽る一人の酔っ払い。
状況説明を求める店主達を無視し、そいつは酒を飲み続ける。
その態度に激昂した一人が襟首を掴むも引き剥がす。
「うるさい、うるさい、うるさーい!
僕は客だぞ! 好きに飲ませないって言うのか!?」
雄叫びを上げて酔っ払いが立ち上がり、そして転倒した。
支離滅裂な言動に主人達も呆れ果てる。
だが状況を見る限り、男が関わっている事は確かだ。
衛兵にでも突き出すかと相談する人垣から、ひょこりと二人が顔を覗かせる。
そして酔っ払いの寝顔に、彼女達の目が丸くなった。
そこにいたのはギーシュだった。
ルイズ達を追跡する為の手掛かりを発見し、猛禽類の如く目を光らせる。

しかし、このままでは確実にお縄となってしまう。
そして事情を話せないとなれば長期拘留は確定だ。
かといって知り合いだと言ったら弁償しなければならないかもしれない。
だがキュルケはそんな事で怯む女ではない。
むしろ障害が多ければ多いほど彼女は燃えるのだ。
人だかりを押し退けてキュルケはギーシュの下へとツカツカと歩む。
何事かとざわめく群衆の中、彼女はギーシュに爪先で蹴りを入れた。
無論、当たる直前で勢いを殺した上でだ。
しかし、痛がり屋のギーシュから漏れる嗚咽に一同が震え上がる。

「酒に溺れて暴れ回るなんて貴族の屑ね、ここで死んだ方がいいわ」
そう言いながらキュルケは倒れたギーシュを踏み躙る。
勿論、乗せた足に体重は掛けていない。
平民ならまだしも貴族を足蹴にするキュルケに彼等は完全に凍りついた。
「ねえ、そこの貴方」
「は、はい! 何でしょうか!?」
びくりと身を震わせながら主人はキュルケに応じる。
彼を見据える視線は冷酷で人としての情など感じられない。
逆らえば自分もどうなるか分からない。
ただひたすらに怯える彼にキュルケは言い放った。
「衛兵に渡す? 何を生温い事を。
他の貴族達の顔に泥を塗った彼には相応の罰が必要よ」
「と言いますと?」
「決まっているわ。私の家に連れて帰って拷問に掛けるのよ。
生皮を剥いで爪を毟り取って七日七晩塩に漬けるの。
自分から殺してくださいって口にするまで徹底的にね」
ぶるりと自分の身を震わせながらキュルケは告げた。
彼女の頬は興奮によって朱に染まっていた。
艶やかな唇を舐め取りながら浮かぶ妖しげな色気。
その姿を見た群集はギーシュを憐れみに満ちた眼差しで見下ろす。
まるで屠殺場に運ばれる豚を見るかのように。

「それじゃあ私はコイツを貰っていきますので、宴は皆さんだけで愉しんでくださいな」
そう言うなり、さっさとギーシュをレビテーションで運び去った。
残されたラ・ロシェールの人々はポカンと口を開けたまま、
酔っ払いを攫っていく赤い髪の少女達を見送る。
後に彼等はこの日の事を『正に嵐のような一夜でした』と語った…。

「さあ、もう大丈夫よギーシュ。
私のおかげで助かったんだから感謝しなさいよ」
宿から少し離れた場所でキュルケは彼を下ろした。
未だに群集に捕らえられる事を恐れているのか、
怯える彼を得意の笑顔で落ち着かせる。
我ながら完璧な妖精のような微笑み。
しかし、それは逆効果だった。

「ぎゃー! 生爪を剥がされるー!」
「だから、それはあの場を切り抜ける為の方便で…」
「塩漬けだけは! 塩漬けだけはお許しを!」
「人の話を聞きなさいよ!」
「い、命ばかりはお助けを!
学院に残した三人のガールフレンドが僕の帰りを待って…」
キュルケに土下座し喚き散らすギーシュ。
いつの間にか、その背後にはタバサが回り込んでいた。
そして一言だけ告げると彼を井戸へと突き落とす。
「うるさい」
あああぁぁぁ…という残響音の後に水柱が上がった。
その横で平然と読書に耽る親友の姿を目にし、
キュルケは空恐ろしい物を感じていた。

井戸から引き上げられたギーシュは完全に酔いを醒ましていた。
どうやらキュルケの言動が彼のトラウマに触れてしまったらしい。
だが、それも冷たい井戸水を浴びた事で戻ったようだ。
さっそく追跡を再開しようとする彼女達を彼は止めた。
「今行っても足手纏いになるだけさ。
だって彼に加えて魔法衛士隊の隊長までいるんだ。
精神力も使い切った僕達なんか必要ないよ」
アニエスを行かせたのは彼女の功績にする為だ。
大した実力も無いのに命懸けでアルビオンに行く気はなかった。
しかし彼の言葉にタバサは反応を示した。
『血で描かれた不名誉印』
『森の上空で見かけた不審な影』
そして『巨大な獣に引き裂かれたような痕』
もし、その隊長が裏切り者だとすれば全てが符合する。
突如としてタバサの背筋に走る悪寒。
幾度もの死線で鍛え抜かれた直感が危機を知らしていた。
口笛を吹き鳴らし、彼女はシルフィードを呼んだ。
もはや一刻の猶予も無い。
彼女達を乗せた竜はアルビオン目指し夜空を舞う。

それが丸一日前の出来事。
アルビオンに到着した彼等は貴族派から身を潜め、
ひっそりとニューカッスル城が一望できる丘に辿り着いた。
ここまで発見されずに来れた時点で奇跡。
そして城に入るにはもう一段階上の奇跡が必要となる。
そんな事、始祖でもなければ叶いはしない。
シルフィードだって瞬く間に撃墜されるだろう。
諦観したギーシュの顔を、キュルケが地面に押し付ける。
「何の為にアンタをここまで連れてきたと思ってるのよ!?
いくら敵の数がいても地下までは目が届かないでしょ!
アンタの使い魔にトンネル掘らせて地下から行くのよ!」
「それこそ無茶だ!」
ぷはっと土から顔を上げてギーシュが反論する。
彼だって自分の使い魔の事を忘れるほどアレではない。
地面の下から行く方法だって考えた。
しかし、アルビオンは内部に無数の空洞を持つ浮遊大陸だ。
もし運悪く掘削中にその空洞を掘り当てたらどうなるか。
当然、トンネルは崩壊し落下する事になるだろう。
空洞の大きさ次第では地面に叩き付けられて重傷、
最悪の場合は空に放り出される可能性だってあるのだ。
トンネルの距離が伸びれば伸びる程、その危険性は増していく。
何の障害にも当たらずに城まで辿り着くなど、
兵士の合間を縫って歩くのと何ら変わらないのだ。

「…ごめん」
激昂するギーシュに彼女は謝った。
そこから辛そうに彼は目線を外す。
もし危険性を知っていたとしてもヴェルダンデが彼女の使い魔なら行かせただろう。
だけど、他人のパートナーに命を賭けろとは言えない。
自分達だけが安全な場所から指示を飛ばすなど出来ない。
だから、彼女は謝罪を口にした。
全ての人間が自分と同じ考えではない。
それを押し付ける事こそ彼女は嫌ったのだ。

俯きながら彼は別の手段を模索する。
それ以外に方法は無いと分かっていても暗中に光を求めた。
ギーシュはヴェルダンデの事を良く知っていた。
ジャイアントモール、恐らく使い魔としては風竜にも劣らない。
城壁さえも地下から打ち崩せるし、トンネルを使った移動には何度も助けられた。
だが、唯一の欠点はその臆病な性格だ。
地面に潜り戦いを避ける事が多かった所為だろうか、
落とし穴を掘って戦えた筈なのにフーケの時も宿の時もそれをしなかった。
使い魔は主に似たものが呼ばれると言うが、
ヴェルダンデの心の弱さは僕が持つそれと同じだ。
例え、命令されても動かないだろう。
そう思っていた彼の前で一際大きな砂煙が上がった。

見ればヴェルダンデが土を掻き分けて穴を掘っていた。
主に命じられる事も無く、ひたすらに土砂を穿り出す。
地中で生涯を過ごしているのだ、当然ここを掘るのが危険だと知っている。
だけど行かなければ仲間達が危機に晒される。
振り絞った微かな勇気で恐怖を振り払う。
自分よりも小さな戦友、彼の姿が目蓋に焼き付いている。
土塊の巨人にも群がる傭兵達にも恐れる事無く、彼は立ち向かった。
そこにヴェルダンデは彼の内に秘めた勇気を見つけた。
そして、それは自分の主人であるギーシュにさえも変革をもたらした。
以前なら自ら進んで、フーケや傭兵達と戦おうとしなかっただろう。
だがギーシュは今、怯えながらも恐怖に立ち向かっている。
それに応えられずして何が使い魔だ!
主人が変われたというなら自分だって変われる筈!
いや、今こそ生まれ変わるのだ! 
この無駄に大きい体のどこかに必ず勇気が詰まっている!、

「ヴェルダンデ!」
文字通り暗中に道を切り開く己が使い魔にギーシュが叫ぶ。
それに驚いて舞い上がる砂煙はピタリと止んだ。
手の止まったヴェルダンデに歩み寄って、
彼はキツ過ぎない様に使い魔の体に縄を結んだ。
よく見れば、その端はギーシュの体に結ばれた縄に繋がっていた。

「命綱だ。もし君が落ちそうになったら僕が支える。
もし、君が助からないような状況だとしても君一人で逝かせはしない。
主は使い魔と運命を共にする者、契約は口約束なんかじゃない」

主の言葉を聞き遂げて再びヴェルダンデは地中を掘り進む。
地面を抉る前足に恐怖はない。
この先に繋がっているのは奈落なんかじゃない。
見えない闇に恐れなど感じない。
城に無事に辿り着くのは奇跡? それがどうした。
それ以上の奇跡を自分は知っている。
ギーシュと出会えた奇跡、それに勝る物など有りはしない。
そんな当てにならない確率なんかに惑わされない。
目の前の見えない栄光、それに向かってヴェルダンデは突き進んだ…!

縄をシルフィードに括りつければいいと、
彼等が気付いたのはそれから十分後の事だった。


「結婚式…こんな時にかい?」
「こんな時だからこそです、陛下。
生きて帰れるか判らぬ決戦だからこそ思い残さぬように」
突然のワルドの発言に困惑していたウェールズだが、確かにワルドの言う事にも一理ある。
しかし、二人がそのような仲だったとは知らなかった。
何しろルイズは自分の前でそんな素振りを見せなかったのだから。
まあ愛する者同士が結ばれるというなら、喜んで祝福しよう。
それが叶わない身だからこそ、彼は自分の事のように思えるのだ。
「おめでとうミス・ヴァリエール」
ウェールズは少女の決断に微笑みで応えた。
しかし彼女は何の反応も示さず、自分が見えているかも危うい。
快活であった少女の面影など何処にも無い。
不審に思うウェールズにワルドは弁明する。
「結婚式を前に緊張しているのです、心配ありません。
……そうだろう、ルイズ?」
「はい」
ワルドの問い掛けに彼女は応じる。
それに加えて、決戦を前にしている事もあるのだろう。
そして彼女の使い魔も未だに行方が知れない。
先行きが不安になるのも仕方ない事かもしれない。
彼女には誰か支える人間が必要なのだ。
それをワルド子爵が担ってくれるなら彼女にとっても幸いだ。

「分かった、私が立会人を務めよう。
アンリエッタの親友と客人からのお願いだ、無碍に断れまい。
他の者は手が離せないから少々寂しくなるが、構わないかね?」
「陛下さえいてくだされば、それで十分です」
「では準備に取り掛かろう。
しばらく時間が掛かるが、それまで彼女の気を和らげてあげるといい」
「数々のご配慮、痛み入ります」
礼を告げてワルドはその場を立ち去った。
彼も緊張しているのか、どこか態度が余所余所しい。
まるで劇を演じているかのようにさえ思える。
“支えが必要なのは、彼女だけはないか”
そう思いながらも二人の前途に幸せがあらん事をと祈る。

「待て!」
中庭を並んで歩くワルド達の背に声が投げ掛けられた。
振り返ると、そこには息を切らせたアニエスがいた。
まるで興味無さげに視線を向けるワルドを無視し、彼女はルイズに怒鳴る。
「結婚式とはどういう事だ! アイツを探さなくていいのか!?」
その言葉に彼女は何の反応を示さない。
アニエスを見る彼女の瞳は空虚なものだった。
答えようともしないルイズの態度に、アニエスが歯を鳴らす。
掴み掛かろうとする彼女とルイズの間にワルドが割って入る。
「いいかげんにしないか! 彼女は疲れているんだ!」
それは諭すような言い方だったが、彼の手は杖に掛かっていた。
近付けば容赦なく斬り殺すという明確な意思表示。
だが、構う事無くアニエスは歩み寄る。

「おまえにとってアイツは大切じゃないのか!?
一緒に戦ってきた仲間じゃないのか!?
それとも只の道具に過ぎないというのか!?
どうした! 違うなら違うと言ってみせろ!」
叫ぶアニエスの声が届いていないのか、ルイズは表情一つ変えはしない。
ワルドの口元で呟くように詠唱を始める。
しかし、彼等の前方から巡回中の兵達がやって来るのが見えた。
僅かに舌打ちすると、ワルドは彼等に向かって叫んだ。
「その平民を取り押さえろ!」
きょとんとする彼等の前には、貴族の淑女に掴み掛かる女兵士の姿があった。
それは伝統を重んじるアルビオン王国からは考えられない暴挙。
咄嗟に彼女を抑えつけて、その場に組み伏せる。
事が終わったのを見届けてワルドはルイズを連れて立ち去ろうとした。
しかし、アニエスは地面に這い蹲りながら叫び続ける。
「私の問いに答えろ! 
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」

ワルドの表情に苛立ちが浮かぶ。
平民の分際で煩わしい事、この上ない。
そんなにも納得できないというのならさせてやろう。
彼はルイズの耳元で何事か囁いた。
それを受けて彼女はアニエスの方へと振り返る。
そして彼女に向けてルイズは言い放った。
「使い魔は…只の道具よ。アニエス」

それをアニエスは聞き取れなかった。
ルイズがそんな事を言うとは思えなかったからだ。
だけど判ってしまった。
今の彼女は自分の使い魔の事など、どうでもいいのだと。

「さあ気が済んだだろう。二度と僕達には近付かないでくれ」
ワルドに肩を叩かれて彼女は去っていった。
その後姿を見上げるようにして見つめる。
遠くなっていくルイズの姿に、ただ悔しくて涙が溢れた。
この場にいない、彼の分まで彼女は泣いた。

何故、こうも彼女が変わってしまったのか。
その問いに答える者はいない。
だが、降り注ぐ月の光は彼女に味方した。
視線の先で月明かりを反射して輝く何か。
それは小さな硝子の欠片。
ただ歩いていたのでは気付かなかっただろう。
地面を這い蹲って初めて見えるようになる。
砕けてはいるが描かれた曲線は、それが瓶であった事を告げる。
そして、彼女は思い出した。
ワルド子爵がここで彼女に酒を飲ませた事を。

「っ……!」
腕を伸ばして彼女は破片を握り締めた。
手の内から流れ落ちる自身の血。
それに構う事なく彼女は拳に力を込める。
そうでもしなければ彼女は耐える事が出来なかったのだ。
胸中より溢れる、この焼き尽くすような怒りを…!

「ふぅ…」
ワルドは安堵の溜息を漏らす。
不愉快だったがアニエスを排除できたのは幸運だった。
もし、結婚式に参加するとしたら彼女ぐらいだ。
その場でウェールズを暗殺するつもりのワルドにとっては、
障害の一つと成り得る存在だった。

自分に風が吹いてきているのを感じる。
あの決断は間違っていなかった。
正しい決断には始祖の祝福というべき幸運が付いて回るのだ。
それを彼は自分の身で確信していた。
不意に、彼の隣に付き従うルイズが立ち止まった。
「どうしたんだい、ルイズ?」
ワルドが驚きながらも彼女の顔を覗き込む。

色を失った硝子のような彼女の瞳。
そこから一筋の雫が零れ落ちていた…。


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