ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-51

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匿名ユーザー

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閉ざした水門を見張る偏在を残しワルドは立ち去った。
あの状況で脱出できるとは到底思えない。
だが最悪、誰かが助けに来る可能性を見越しての事だ。
使い魔がいなくなった事はすぐにルイズに気付かれるだろう。
その前に事を済ませる必要がある。
(まずはルイズ…彼女を手に入れる)

その頃、ルイズはアニエスと手分けして彼を探していた。
捜索に当たる彼女の心中は穏やかな物ではない。
何故、気付いたやれなかったのか。
私はただデルフの言葉を鵜呑みにして安心していた。
その表情から暗い影を感じ取れていたというのに。

本心では私を戦いに巻き込みたくなかった。
戦いを嫌っているくせに参加する決意をしたのは私の為。
…いつもそうだった。
決闘の時もフーケの時も彼はいつも私の所為で傷付き、
何度も死にそうな目に合わされてきた。
それなのに彼はまだ私を守ろうと、私の役に立とうとしてくれる。
私はそれを当然だと思っていた。
使い魔は主人に絶対服従するものだと決め付けていた。
だけど、それは契約によるものなんかじゃない。
友達や仲間を想う気持ち、それが彼を動かしているんだ。

決闘のあったあの日、抱き上げて彼の無事を感謝した。
これからは自分が彼を守ろうと誓った。
胸の中の小さな命を守り通そうと決めたのだ。
それなのに、私は彼の事を見失った。
彼の実力を知ってからは、その強さに甘えていた。
私が守らなくても大丈夫だと考えていた。
だって強いから…私よりも強いんだもの、必要ないに決まっている。

だけど違った。
自分を殴り飛ばしたくなるほどの嫌悪に襲われる。
フーケのゴーレムと戦っていた時には判っていた。
どんなに姿が変わってもアイツはアイツだった。
彼は呼び出された時と変わらぬ小さな犬なんだ。
例えどんなに力を持っていても怖いし寂しいんだ。
一人でいるのは辛いし悲しい。
そんな事はずっと前から知っている。
それなのに私は一度も彼の胸の内を聞こうとしなかった。
何故一度も私が守るとは考えなかったのか…!?

それは信頼なんかじゃない。
私は何も知ろうとしなかった卑怯者だ…!

目から大粒の涙が零れ落ちる。
悔しくて悔しくて、そしてとても悲しい。
もし見つけ出したなら彼に謝ろう。
『ごめんなさい』って言おう。
恥ずかしくても構わない。
これは言わなくちゃいけない事なんだから。

壁に額を押し当てて泣く彼女の背を見つけ、ワルドは声を掛けた。
「大丈夫かい、ルイズ?」
「あ…ワルド様」
振り返りながら袖で涙を拭い取る。
熱くなった頬をごまかしワルドに向き合う。
こんな姿は見せたくないという彼女の精一杯の虚勢だった。
嘆く彼女の姿にワルドは困惑した。
(まさか使い魔を捕獲した事に気付かれたか…?)
だが、行方不明になった事は判ってもどうなったかは知るまい。
平然を装いながら彼はハンカチを取り出して彼女の頬を拭う。
「泣かないでおくれ、僕のルイズ。
初陣を前に緊張するのは仕方ない事さ」
「違うんです…私、アイツを利用していた!
アイツは道具なんかじゃない! それを知ってたのに…」
喚きだすルイズの姿にワルドの眉が跳ね上がった。
涙の理由が彼女の使い魔と知って不意に嫉妬に駆られた。
思わず言うべきではない反論がワルドの口から漏れる。

「何を言っているんだルイズ。
たかが使い魔じゃないか、メイジにとっては手足に過ぎない。
自分の手足を気遣ってどうするというんだ?」
「そうじゃないの…。
私は彼を守りたい、彼が私を守るように。
契約なんかじゃない、私の意志で」
見上げるルイズの目には静かな力が篭っていた。
それにワルドは言葉を失った。
まるで母親が子供を思うかのように、
恋人同士が互いの事を想う様に彼女は告げた。
この主従には決して裂けぬ絆があるとワルドは確信した。
もはや彼女の使い魔を捕らえた今、説得する事は不可能だろう。
せめてルイズを先に説き伏せていればガンダールヴも従ったかもしれない。
脅迫する事も無理だ。そのような手段に出れば彼女は自決する。
懐にハンカチを戻すワルドの手に硬い感触が当たる。
それはミス・シェフィールドから渡された魔法薬。
その瞬間、彼は息を呑んだ。
脳裏に浮かぶのは別れ際に告げた彼女の言葉。

“飲んだ人間の心は永遠に失われ貴方に従属する。
ある意味では婚約者を殺す事になるのかしら”
「戦いたくないなら戦わなくてもいいってアイツにそう言ってやりたいの。
ウェールズ陛下は私が説得するわ、だから!」
「ルイズの気持ちはよく判ったよ、僕も一緒に探そう。
でも、その前に気持ちを落ち着かせた方がいい」
そうルイズに言ってワルドは城内に駆けていく。
そして戻ってきた時には手に杯を持っていた。
中にはホールで出された高級ワインが満ちている。
それを彼女に差し出しながら、彼は語った。
「はい、どうぞ。飲めば少しは気が楽になるよ」
「え…ええ、ありがとうございますワルド様」
一瞬、躊躇を見せたが彼女は杯に手を伸ばした。
ワルドの言う通り焦っても仕方がない。
気分転換も必要かもしれないと彼女は思ったのだ。
そして受け取ろうとした瞬間、ワルドの手がびくりと震えた。

「ワルド様…?」
「あ、ああ。済まない、どうやら少し酒が回ったらしい」
そう弁明しながら彼女に杯を手渡す。
“いつも余裕ぶった子爵にもお茶目な所があるんですね”と、
彼女は笑いながらそれを一息に煽った。
喉を鳴らして彼女の中に流し込まれる赤い雫。

刹那。彼女の手から杯が滑り落ちた。
カランと乾いた音を立てて地面を転がる。
ワルドの視線の先、そこに立っているのはルイズではない。
桃色の髪を靡かせる彼女に良く似た『人形』。
その瞳は意思の輝きを失い何も映さない。
彼女が彼女足り得る『決定的な物』が欠け落ちた姿。

「お…おお……」
それを前にして初めてワルドは己が罪を知った。
彼の手元から零れ落ちた瓶が地面に砕けて散った。
自分の婚約者だった、愛くるしかったあの少女はもういない。
僕が殺したのだ、自分の手で、彼女を!
まだ取り返しがついたかもしれない。
あの使い魔の危険性を伝えて彼女を説き伏せる。
彼女を一番に想うならそれだって出来た筈だ。
否、『レコンキスタ』より袂を分かち彼女を守る道もあった。
それを選ばなかったのは…僕には彼女以上に大切な事があったからだ。
先に進みには何かを切り捨てていかなければならない。
トリステインを裏切り『レコンキスタ』に身を寄せたように、
今度はルイズを、愛する者を切り捨てた。

何故、こんな事になってしまったのだろうか。
いつの間に自分はこんな生き方しか出来なくなったのか。
何かを得ようと足掻く度に、大切な何かを失っていく。
…そして失った物は二度と戻る事はない。

「ルイズ…」
その名を呼んで彼女を抱き留める。
しかし、それにも何の反応を示さない。
彼女への想いを流し切るように涙が溢れた。
小さな体を抱き締めながら無くした物の大きさに咽び泣いた。
自分にそんな資格などないと分かっていながら。

「…もう君はこれ以上苦しまなくて済むんだ。
それに君の使い魔も戦わないでいい。
誰も傷付かなくていい、これが最良の選択なんだ」
弁明じみた独り言を囁きながら彼女を頬を撫でる。
流れ落ちた涙の跡は既に乾いていた。
彼女の泣き顔も笑顔も思い出せない。
残されたのは霞みがかった思い出だけ。

「さあ行こう。二人で世界を手に入れよう」
彼女の手を引いて歩き出す。
もう後戻りは出来ない。
全てを得る為には前に進むしかない。
それがトリステインを、ルイズを裏切った僕に出来る償い。
犠牲にした者達の為にも、僕は大義を成さなければならない。
そうでなければ彼女達の犠牲が無駄になる。
それだけは決して許されない。

生命を感じさせない冷たい手を引きながら彼は呪った。
どうせやるならルイズと共に自分の心を壊して欲しかった。
気が狂いそうになる自責の念と後悔に押し潰されながら思う。
しかし、はたと気付いて彼は笑った。

「は…ははは…」
壊す心はどこにある?
人形のように言われるがままに国を裏切り、ルイズを壊した僕のどこに?

既に僕の意思などどこにも無かった。
ミス・シェフィールドは知っていたのだ、薬を渡せば僕が必ず使うと。
彼女惜しさに裏切る事も警戒する必要は無いと。
だから僕は連中に操られない。
そんな事をせずとも既に彼の手中の手駒なのだから。

ワルドは知った。
彼が最初に切り捨てた物は“自分の心”だったと…。


「……なんという事だ」
建物の陰で息を潜めていた影が呟く。
その視線の先にはワルドとルイズの姿。
まるで信じられない物を見るかのように二人を見据える。

月明かりを浴びて輝く金髪。
使い魔を捜索する為に分かれたアニエスがそこにいた。
彼女は聞き込みでワルド子爵と共に行動していたという情報を得ていた。
そこで先にワルドを探して彼の行方を聞こうと思ったのだ。
そして中庭へと出て行くワルド子爵の姿を見つけて後を追った。
だが、そこで驚くべき物を目撃してしまったのだ。

「まさか、こんな事が…」
アニエスの顔が赤く染まり震え上がる。
彼女の手は傍らに置いた小銃に掛かっていた。
いつでも撃てる様にしておいたそれを退かす。
そして再び顔を出して、彼女達の姿を追う。

彼女が見据えるのは、しっかりと握られた二人の手。
まるで『俺に付いて来い』と言わんばかりの強引さ。
それを前にしてアニエスの心臓がドキドキと高鳴る。

「二人の逢引の瞬間に出くわすなんて…」
百戦錬磨のアニエスと言えど、恋の方は訓練生。
突然、ワルドがルイズを抱き締めた時は心臓が破裂するかと思った。
そりゃあ生きて帰るか分からない決戦前だ。
愛する者がいるなら思いの丈を伝えたいと思うのは当然。
『戦場から帰ったら結婚しよう』ぐらいの事は言うだろう。
もしルイズが拒否したのにワルド強硬手段に出ようものなら、
アニエスは発砲してでも彼を止めるつもりだった。
年端もいかない少女を押し倒す背徳な光景を思い浮かべ、
込み上げる怒りと鼻血を堪えながら彼女は建物の影で銃を構えていた。
(しかし、まさかルイズの方も悪からず想っていたとは)
抱きすくめられたにも拘らず微動だにせずワルドを受け止めた。
それは愛ゆえに成せる事だと彼女は解釈する。

前後の経緯から彼女はこう推測した。
①ルイズが杯を煽る瞬間、ワルドがプロポーズした。
②その発言に驚き杯を取り落とすも、彼女はそれを受けた。
③それに感激してワルドは感涙しながらルイズを抱き締めた。
④ここから先はアニエスの妄想、よって記す事さえ憚られる。

顔を真っ赤に染めながら城内に入っていく二人を見届ける。
ようやく二人がいなくなった事に安堵の溜息を漏らす。
しかし恥ずかしがりながらも彼女は二人を好奇と羨望の目で見ていた。
自分にもああいう相手が出来るのだろうか。
思えば軍務に感けていて、そういった経験は無いに等しい。
しかし、まるで興味が無いかといえば嘘になる。
だが、自分の周りにいる男は軟弱な連中ばかりだ。
アニエスを見る彼等の視線に恐怖以外の物はない。
貴族であるギーシュとて例外ではない。

何人もの人間を思い浮かべては消していく、
そんなアニエスの脳裏に突如として浮かぶ一人の姿。
それはモット伯の侍従を務める、あの桃色の髪の少年だった。
瞬間。熟れたトマトの如くアニエスの頬が赤く染め上がる。

「違ァァう! 私はノーマルだァァーー!!」

アニエスが重なり合う月に向かって吼える。
必死に否定する雄叫びもアルビオンの風に飲まれて消えた。
同時刻、城門を警備していた衛兵達の断末魔と同じように。

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