ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

20 勇気と恐怖、保身と矜持

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20 勇気と恐怖、保身と矜持

ひどく冷静に、デーボはそれを見上げた。
「ゴーレム!」 キュルケが叫ぶ。あれがそうか。30メイル、予想より大きい。いや、今は仰ぎ見る形になっているから、実際はもう少し割り引くべきか。
タバサが真っ先に反応する。破壊の杖を小脇に抱え、もう片方の手で身長より大きな杖を振る。呪文を唱える。竜巻が部屋中の家具と埃を巻き上げながらゴーレムに挑む。
昨晩は肩に黒いローブを纏った人間がいたらしい。今は影も形もない。胴体上部、胸板にぶつかる竜巻。四散する。ゴーレムはその大質量を微塵も揺るがさない。
人形には違いない。だが、これだけの大きさだ。他人の意思が介在してもいる。操れるだろうか? キュルケが胸に差し込んでいた杖を引き抜く。素早い詠唱。杖から炎が伸び、ゴーレムを包む。
軽くのけぞるゴーレム。効いたのか? 違う。巨大な膝が小屋よりも高く持ち上がり、足の裏がよく見えた。
「退却」 タバサが呟く。言われるまでもなく、小屋の中の全員が駆け出す。全員が出たところを見計らったように、ゴーレムの足が沈む。
解体される廃屋。土煙が立ち昇る。
後ろも見ずに散る二人。デーボは一人に追いつき、声をかける。
「よこせ」 右手に自分の大きな杖を、左手に破壊の杖を持ち、走りづらそうにしていたタバサは素直に頷く。破壊の杖が手渡される。
それを手に持ち、デーボは走りながら考える。路地裏で手に入るSNSとは訳が違う。何故こんなものがここにある?
そして、何故おれはこれの使い方を知っている? 手に取った途端に、用法が頭の中に流れ込んできた。NAM戦はガキのころに終わってる。中東にミサイルを射掛けた時には、母国をとっくに脱出していた。
答えは出ない。出るはずもない。左手の甲、ルーンの輝きが増した。


混乱しつつも、ルイズは現状の把握に勤める。三人が小屋に入って、ミス・ロングビルが偵察に出かけた。そうしたらすぐにあのゴーレムが現れた。足音一つ響かせずに。
間違いない。奇襲を掛けられたのはこっちだ。偽の情報を流し、小屋におびき寄せて叩き潰すつもりだ。この分ではミス・ロングビルも危ない。もしくは、もう。
逃げずに罠を張った理由は? ここで叩いておけば、追撃の手と心が鈍るからだ。ここに隠れた理由は? 簡単だ。森に紛れれば相手からは見えない。ゴーレムは委細構わずに攻撃すればいい。
自分達が標的なのか? 読み誤りだ。王宮の衛士隊が差し向けられると考えていた筈だ。事実、院長以外のほとんど全員がその考えだった。
鶴の一声がなければ、自分達の出番はなかったろう。そしてこの地形。兵隊が集まれば集まるほど被害も増すだろう。それが狙いだったに違いない。
では何故、今自分達が襲われているのか。問題はそこだ。小屋の中から響いた声。破壊の杖はそこにあった。確実に追っ手をおびき寄せるつもりだったのだろう。だが、やって来たのは自分達だ。
そうだ。何もかもが上手くいく筈がない。誰だってそうだ。このゴーレムもだ。自分の誇りが、貴族としての誇りが駄目になるかならないかだ、やってみる価値はある。
ゴーレムは散り散りになった三者を眺め、どれを追うべきか迷っているように首を傾げている。
ルイズはゴーレムの背に向けて、気合のこもった詠唱を始めた。
これは武器だ。強力な武器だ。スタンドで喉笛を切り裂くよりよっぽど簡単で、大きな破壊力がある。それが今、自分の手の中にある。
これはチャンスだ。得がたいチャンスだ。周りに人は少ない。そしてそれらは混乱している。今こそ逃亡すべき時だ。人形はもったいないが、代わりにこれを手に入れた。使い方も知っている。
おれに掛けられた魔法の効果か、それともこれがこのなりで魔法仕掛けなのか。気色悪いがありがたい。デーボは叢に走りこむ。ゴーレムを操れるか、だ? そんな必要はなくなった。今すぐ脱出だ。
聞きなれた爆音が空き地から響いた。足を止め、後ろを振り返る。まさか。

果たして、ルイズはゴーレムの背に魔法を浴びせていた。失敗の爆発、土がはじける。ゴーレムが気付き、振り返る。たった一人で相対している。如来に喧嘩を売る猿のような無謀。
いや、予想できたことだった。最初に志願したのはあいつだったと聞いた。何か思うところがあったのか。やらなければならない理由があったのか。
どうでもいい。知ったことじゃない。今は自分のことで手一杯だ。ではなぜ目を逸らせない?なぜ一歩も遠ざかれない?
デーボはその場に硬直した。心臓が異常な速度で脈打つ。顔にまで汗が浮き出る。
「おい」 手に持った剣が言う。誰にでもわかることを言うにふさわしい、平坦な口調。
「あの娘っ子、死ぬぞ。」 いつものおれなら平静に答えただろう。そうだろうな、と。今はどうだ。聞いたと同時に足が地面を蹴りつける。両手にそれぞれの得物を掴んだまま、デーボは全力で駆け出す。

ルイズの唱えたファイヤーボールは失敗した。いつもの爆発がゴーレムを振り返らせる。パーツのない顔が、30メイルの高みからこちらを見下ろしている。しばらく考えるように固まった後、やおら足をあげた。
踏み潰すつもりだ。ひるみつつも再度呪文を唱える。間に合え、間に合って。そして成功を。

誰が言ったか、こんな諺がある。『必要のない奇跡は起きない』。ルイズの魔法はゴーレムの胸に小さな爆発を起こすに留まった。
ゴーレムは足を下ろす。死にゆく人間の錯覚か、やけにゆっくりと足の裏がせまってくる。めり込んだ小さな石までが見える。人生の最期にみる景色が、こんなにもつまらないなんて。
日の光が遮られ、全身が足の下に入る。瞬間、何も考えられなくなった。ルイズは目を閉じなかった。動けなかった。

すっかり観念したルイズ。かなりの速度で近づく足音。それも自分の死を告げる効果音にしか聞こえない。故に、何かの体当たりを受けて視界が回転した時はひどく驚いた。何が起こった? 状況判断が出来ない。
最初に認識したのは色と温度だ。浅黒く、温かい何かが体に巻きついている。本能的嫌悪感。振りほどこうとするが、その何物かは力強い。体当たりの勢いそのままに地面を転がる。痛くない。
ようやく誰かに抱きかかえられているのだと判った。意外なような、そうでないような人物。ルイズを放すと背を向け、ゴーレムに向きなおる。広い背中が頼もしく見える。錯覚だ。そうに違いない。
先ほどまで自分がいた場所に、ゴーレムの足がめりこんでいる。なにか、台座と柱のようだ。ルイズの使い魔は叩きつけるように斬りかかる。鈍い音を立て、土が抉られる。
それが何にしろ、自分のやったことが無駄足となるのは腹立たしい。斬りつけた足がうごめく。接した地面から土が流動し、傷口を塞ぐ。ものの数秒で元通りだ。
完治したゴーレムは土の拳を放つ。体重を乗せ、デーボは剣の腹でゴーレムの指先を打ち返す。土が弾け、指先を失ったゴーレムは手を引く。再び体がうごめく。
「土を切っても意味ねーぞ」 剣が言う。そうだろうな。さっきまでの狂おしい焦燥は消えた。ここは引くべきだ。後ろに立つ主人にそう言う。
「いやよ」 予想外の答え。思わず振り向く。ルイズは下を向いて震えていた。折れそうなほど杖を握り締めている。

「盗賊に、目の前で、盗まれて。また、ひっかかって、罠に、ひっかかって」 言葉が上手く出てこない。それでもなんとか続けようとするる。
「それで、ゴーレムに、殺されかけて、助けられて、それで、逃げ、逃げて――」 それではまったく無力ではないか。そう言いたいが、もう言葉にならない。ルイズは泣き出す。

デーボには何も伝わらない。ゴーレムに殺されかけたのが許せないらしい。が、なんで泣く? 逃げないならどうするんだ。無駄足か。
「おい、来るぞ」 剣が言う。これだけ短い言葉でも伝わるというのに。
敵の目の前で背を見せた自分を罵る。くそ、柄にもないことはするもんじゃない。おかげでこんな相手とやりあう羽目だ。
泣き声を背に、攻撃を受け止めようと向きなおる。ゴーレムが再び殴りかかる。デーボも再び体重を掛け――。あまり良い選択ではなかった。
まずい。握られた拳が金属光沢を放つ。杖を手放し、剣を腕に沿わせ受け止めようとする。これも良い選択とは言えなかった。
身長の半分ほどもある鋼鉄の一撃を受け、デーボは3メートルほど吹っ飛ぶ。
インパクトの瞬間に組成を変えた。完全にこちらを見ている。視界に入る所にいる。どこだ。体を吹っ飛ばされながらも脳は考える。
もちろん痛みのままに悪態をつくことも忘れない。無駄足どころじゃない。藪蛇もいいところだ。

後に残るは、泣くことを忘れ呆然と立つルイズ。その傍らに破壊の杖が転がる。M72対戦車ロケットランチャーが、66㎜成形炸薬弾をその身に備える。

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