ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第三十話 『惚【だいめいわく】』

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第三十話 『惚【だいめいわく】』

 トリステインの王宮の謁見の間には絶えず人が出入りする。特にアンリエッタが戴冠式を終えて女王となってからは、国内外の客が挨拶に来て、アンリエッタ自身もそれに答えねばならず、彼女は一日の大半をそこで過ごしているのではないかとさえ思わせるほどだった。
 何かしらの訴え、要求、あるいはただのご機嫌伺い。戦時と言うことも手伝い問題は山積みである。
「・・・でありますので、貧民街の浮浪者たちの救済処置としては――――」
 今もこうして傍らのマザリーニが実務で補佐してくれてはいるが、いかんせん緊張しっぱなしで肩の凝る仕事ではある。
「―――いか、陛下!聞いておられるのですか?」
「聞いているわ。ここ最近の浮浪者の増加とそれに伴う治安の悪化。救済処置として王宮が経営する農場への就職、でしょう」
「それに伴う利点は?」
「浮浪者の減少と社会不安の根絶」
「戦のための兵糧確保もですよ、アンリエッタ女王陛下」
 マザリーニとは対になる位置にいたウェールズがアンリエッタの答えに訂正を入れる。
 ウェールズもまた、アンリエッタには欠かせない存在であった。内外を問わずやってくる客の目当てのもう一つがウェールズであり、今勢いに乗るウェールズに今のうちから恩を売っておけばアルビオン奪回の暁には旨い汁が吸えるとスポンサーが後を絶たない。
アンリエッタはそう言った欲丸出しの客を快く思ってはいないが、マザリーニに「なに、『へそくり』はいくつあっても困りませぬよ」と言われて渋々目を瞑っている。
「この措置はあなたが言い出したものでしょうに。やれやれ、戴冠式も無事に終わって一安心かと思いましたが、まだまだこの老いぼれの教育が必要なようですなあ。これでは私もいつ隠居できるかわかりませぬ」
 そのマザリーニにそう言われ、アンリエッタは拗ねたように唇を尖らせた。
「ふんだ。心配なさらなくともしっかりご隠居させて差し上げますわよ。老後の生活も心配しなくていい国を作って見せますから」
「口だけは頼もしい限りですな」
「あなたって本当、毒舌家ね。ズバズバものを言うんですもの」
「あなたが幼い頃より横着でしたので私が口を酸っぱくしておったからでしょうな」
「まあ、口が酸っぱくなりすぎて毒を持つだなんて初めて聞いたわ!」
 三人で笑っていると、部屋の外に控えた呼び出しの声が。
「入りなさい」
 アンリエッタの一声から一拍置いて豪奢な扉が開かれる。そして中に幾人かの人影が入ってきた。
 マンティコア・ヒポグリフ両隊長を先頭にしてルイズ、ウェザー、アニエス、ギーシュ、キュルケ、タバサの八人だ。やってきた八人は女王陛下であるアンリエッタに礼を取る。
「ようこそ、王宮へ。さっそくだけれど本題に入ります。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、タバサ、ギーシュ・ド・グラモンの三名はこの度のタルブ村での先頭における功績を認め、シュバリエの称号を授与します」
「ほ、本当ですか!」
「ええ、もちろんです。元々あなた方は『土くれ』討伐の際にシュバリエを与えるかどうか考えられていましたが、戦地にて敵と戦い村人を救った働きを加えれば申し分ありません」
 ガッツポーズするギーシュ、髪をかき上げるキュルケ、直立するタバサ。三者三様だが喜んではいるのだろう。一応。
「授与の詳しい内容については追って学園長を経由させますわ」
 そう言ってアンリエッタは今度は隊長達の方を向いた。
「では、調査の報告をお願いします」
 両隊長は恭しく前に進み出て話し出す。まずはマンティコア隊。
「犯人の使用していた銃はやはり新型のモノでした。街の技術士に何とか復元させましたが、飛距離も精度も装填時間も、我々のモノとは比べ物にならない程です。ただ試作型なのか威力に拘りすぎて耐久力がなく、一発で粉々です。復元はもう不可能かと・・・」
「アルビオンの技術でもないようだしね。あちらにはよっぽど腕のいい技術者がいると見える。ただ、素材などから何かわかるかもしれない、保管しておいてくれ」
 ウェールズの指示に敬礼で答えてさがると、次はヒポグリフ隊。
「火薬の出所も鋭意調査中でありますが、調査の副産物でここ最近の治安悪化の裏が少し見えましたな。なにやら薬臭そうですが・・・。それと、隊員の取り調べは、あまり大仰に進めては隊内の不信感が高まってしまいなかなか・・・・・・」
「こちらも似たようなものですわ。大臣達は良くも悪くも底を見せませんから・・・・・・」
 事態は一刻を争うが、なかなか好転してはくれそうにない。と、そこでウェールズがウェザーを呼んだ。
「ウェザー、君はあの凱旋パレードの事件の時、ただ一人狙撃に気付いていた。ほぼ真上から降ってくる銃弾にだ。こう言っては何だが、あの場には僕や彼ら衛士隊もいたにもかかわらず誰も気付けなかった。もしかして君の力と関係があるんじゃないのか?
 それに君たちもウェザーの友達なら知っているだろう?今後こういったことに対処するには事前知識が必要になるだろうし、もしよければ・・・話してはくれないか?」
 すでにスタンドの話を聞いているルイズ達は心配そうにウェザーを見つめ、知らない隊長達は怪訝そうに見ている。そんな視線を浴びながら、少しの間を空けてウェザーは答えた。
「・・・・・・いいだろう」
 そしてウェザーは話し出した。
「――――と言うわけだ。わかったか?」
「ううむ・・・『スタンド』とは・・・俄には信じられんな」
 案の定隊長やマザリーニは疑いの目を向けている。
「とは言ってもなあ・・・・・・」
 体験して貰えば話は早いが、そういうわけにもいかない。どうするかと考えているところに声がかかった。
「ふふふ・・・面白い!ならばこの私が相手をしてやろう!陛下!どうか陛下の御前での決闘をお許しいただきたい!」
 そう言ったのはヒポグリフ隊隊長である。やおらマントを剥ぎ、体中に力を入れて服を破いてしまった。
「す、凄い筋肉だ・・・」
 ギーシュがそうこぼすのも頷ける。筋骨隆々の体はボディービルダー顔負けな程である。
「アイツ・・・・・・古式にのっとった決闘の装束・・・ヤツは間違いなく本気だな。決して今・・・ヤツはこの闘いを楽しんだり甘く見たりしてはいない!」
 マンティコア隊の隊長がニヤリと言う。
「いくぞ!」
「いや、くるな。誰も頼んでない」
「う~~ううう、あんまりだ・・・・・・H E E E E Y Y Y Y!あァァァんまりだァァアァ!AHYYY、AHYYYAHY、WHOOOOOOOHHHHHHHH!」
「お前もう帰れよ!」
 いきなり大男が泣きじゃくりだして引きぎみの一同だったが、気を取り直してウェザーが水差しを用意させた。
「よく見ておけよ」
 そう言うといきなり水差しをひっくり返した。一同があっと息を呑むが、中身の水はいつの間にか生みだしておいた雲に吸い込まれ零れることはなかった。そして今度は空になった水差しを雲の下に置き、雨を降らして水差しを満たす。
 さらには拳をかるく振るい風を起こし、遠くのマザリーニの丸帽を飛ばしてみせる。おおぉー、と感嘆の声が漏れた。
「ざっとこんなもんか。スタンドの本体で打撃や天候操作も可能だが、さすがにここじゃできないからな」
「いや、十分だよ。どうかね、隊長?」
 腕を組んで神妙な顔をしていた隊長達もこれには頷かざるを得なかった。
「本当に魔法とも先住魔法とも違うな・・・・・・我々では感知出来ないのでは如何ともしがたいが」
 スタンドはスタンド使いにしか見えない以上は対策の立てようもない。行動はどうしても後手に回らざるをえないのだ。
「・・・・・・まあ、スタンドという概念が解っただけでも収穫と言えるさ。当面の問題は軍の調整と編成か。ああ、そうだアニエス。アンリエッタ女王陛下から通達があるそうだよ」
「ハッ!何でありましょうか」
 アニエスがアンリエッタの正面で敬礼をする。
「タルブでの活躍は聞いていますよ。よく働いてくれました」
「いえ、私などは微力でしか報いることができません」
「謙遜はいりません。あなたの実力は多くの者が認めるところですよ」
 その言葉にウェールズと両隊長が頷く。
「勿体なき御言葉でございます」
「その実力と功績を認め、あなたにシュバリエの称号を与え、この度新設することになったわたくしの近衛兵隊、『銃士隊』の隊長に任命します」
「私が・・・・・・陛下の?」
「そうです。現在は二隊ですが魔法衛士隊と銃士隊。その二つがわたくしの直轄となります。軍の主導は衛士隊がとり、銃士隊は小回りの利く部隊として様々な事態に対応してもらうでしょう」
「ですが、私などが・・・」
 嬉しい報せのはずが、アニエスの歯切れは悪かった。
「君を推薦したのは僕だよアニエス」
 アニエスの心中を察したようにウェールズが声をかける。
「今回の戦闘で君たち平民の力は証明された。魔法がなくとも戦えるんだとね。君が抜ける穴は大きそうだが、なに、あれ以来軍への志願者が増えている。だからこれはお願いだ。僕が手の届かない所でアンリエッタを守ってくれ」
「お、お願いだなどと・・・そんな勿体ない!」
「では受けて下さるかしら?」
「ハッ!この不肖アニエス、銃士隊長の任、確かに拝命いたしました!」
 アニエスが再び敬礼すると室内に拍手がおこった。他人のことであっても喜ばしいことにかわりはない。そしてそれも収まったとき、ギーシュが挙手をして注目を集める。
「えーと・・・・・・一区切りついたみたいだから、そろそろいいかな?」
 そして咳払いを一つして息を深く吸うと、
「何でこの状況でウェザーとアニエスは手を繋いでいるんだァーーッ!熱々なのはともかく理由を言えーッ!」
 全力で捲し立ててゼイゼイと肩で息をしている。
「女王陛下の手前話しには割り込まなかったけど明らかにおかしいじゃないか!なぜ誰もツッコまないんだ!」
「「「「「「「いや、誰かがツッコムかなって・・・・・・」」」」」」」
「おいー!なんだこの他力本願はッ!他人を頼るなー!もっとアクティブに行こうよ!流される人生なんてつまらないよ!」
 さらに息を荒くするギーシュにタバサが親指を立てて見せた。よくやった、と。
「うるせーッ!!」
「あんま叫ぶと血圧上がって血管切れるぞ」
 ある意味で職務に徹しているギーシュをウェザーが諫めた。
「だいたいウェザーもウェザーだ。いい大人がこんなところで手を繋ぐなんて・・・」
「繋いでねーよ」
「へ?」
「よく見ろ」
 言われた通りにウェザーとアニエスの繋がっている部分を見ると・・・
「ゲェー!アニエスがウェザーの手を物凄い力で握りしめている!」
 血管が浮き出るほどの力で握られたウェザーの手は指の先が変色していた。
「こ、このアマだてに剣なんぞ振ってやがるから握力が尋常じゃないんですけど・・・」
 脂汗を垂らしながら悲鳴をあげるウェザー。しかし悲鳴の理由はそれだけではないようだった。
    ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
 背中をチリチリと焦がすような圧力。首筋に刃を突きつけられたような危機感。えもいわれぬ圧倒的な絶望感。そう、

    ル イ ズ だ

 ウェザーとアニエスを文字通りに視線で殺さんばかりの勢いで睨んでいた。
 しかも今のアニエスはウェザーしか眼中にないらしく周りの視線を華麗なまでにスルーしているから、結果ウェザーがルイズの異様に熱烈な視線を一身に受けるはめになってしまっている。
 非常にマズイ。ウェザーは静かに焦り出していた。
 今のルイズは話しかけた瞬間に爆発するのは確実。そう、コーラを飲んだらゲップをするくらい確実!セイロガンを飲んだら息が臭くなるくらい確実!
 かといってアニエスの手を振り払うこともできない。力ずくでは自分が悪者になってしまい、後味が悪すぎる。
 俺はどうすれば・・・
 その時、頭の中に声が響いた。
 何?この修羅場から抜け出したい?それは修羅場を楽しまないからだよ。逆に考えるんだ。『やったね!俺モテモテじゃん!』と考えるんだ・・・
 ありがとう名も知らぬ紳士。全く役に立たねーよクソッタレ!ん?待てよ、どうするもなにもアニエスに頼んで放してもらえばいいんじゃん!善は急げだ。
「あー・・・もしよかったら手、放してくれないかな~なんて・・・ははは・・・」
 ウェザーは何とか言いくるめようとアニエスに向き合った。身長の関係で少し見下ろす形になる。そして目が合った瞬間、
「繋いでいたいんだ・・・ダメか?」
 ズキュゥゥン
 アニエスに下から見上げられたウェザーの胸に衝撃が走った。
 ここで離したらもの凄い罪悪感に襲われそうだ。雨に打たれる捨て犬を見つけたら拾うだろう?誰だってそうする。俺だってそうする。
「あ、あれは『潤上眼』!」
「知っているのかウェールズ様!」
「う・・・うむ」
 『潤上眼』。それは古来より護りの固い宮中には男の間者を送り込むのは困難であり、ゆえに女の間者が衛兵や皇室の気を緩めるために生まれた房中術。
 その潤んだ瞳で下から甘えるように見上げられて耐え抜いた男はいないという雄の本能に訴える技であり、『魅了』と違い探知魔法に反応しないことから歴史上数多の場面で使われたという。
 ちなみに今日いい意味で使われている『純情』は、元々この『潤上』が由来であり、「表面上素直そうに見せているが腹の中はドス黒い」という皮肉であることはあまり知られていない。
 ミン=メイ著『女たちの処世術』より抜粋
「うおーい!無いよそんな本も事実も!何書房出版ですか!?」
「いえ・・・多分彼女は本当に純粋な状態・・・そう、無意識だわ」
「僕の話を聞けよ!」
「ま・・・まさか『無我の境地』!」
「知っているのかウェールズ様!」
「そのパターンはもういいっつーのッ!」
 話が進まないことにギーシュがついにキレた。
 いい加減にしろと説教するギーシュを余所に、ウェザーは何とか理性を保っていた。
 こうなった以上はこいつらの友人であり上司であるアンリエッタに収集してもらうしかない。
 死中に活を見い出したウェザーは玉座に座る女王を見上げた。だがその目は冷たく、あるものを想起させる。
(あ、あのヤローまるで火サスの情事の果ての修羅場を見るかのような冷たい視線で見つめやがった!『・・・かわいそうだけど、明日の朝には家政婦さんに死体として見つけられる運命なのね』って感じの!)
「サスペンスならふなはs・・・」
「タバサ!僕の説教中に余所事を話すことは許可しないィィィィィ!」
 味方はもういないかと諦めかけていたウェザーだったが、ようやくアンリエッタが口を開いた。
「さて、楽しいお話はここまでです」
 全然楽しくねーよ!と心中で叫んだ者が二名。
「調査に関しては我々が進めますので皆さんは学生としてしっかり学んでください」
 一同は隊長たちに先導されて謁見の間から出ようとしたが、
「ルイズは残りなさい。そう、ウェザーさんも一緒に」
 二人だけが呼び止められた。ルイズを呼び止めたと言うことは恐らく『あの光』の事だろうとウェザーはなんとなく気づいていたが、当然他の者たちでは気づきようもない。
「いったい何の話しだい?」
 案の定ギーシュが尋ねてきた。ここは適当にあしらえば大丈夫だろうと、ウェザーが答える。
「さあな。なんにせよ女王陛下の命令なんだ、お前らは先に帰ってな」
 だが予想に反してギーシュは引かなかった。
「いや・・・本当は薄々わかっているよ。タルブでの事だろう?君たちだって功労者のはずなのに、シュバリエの受賞がないのもその事と何か関係があるんじゃないかって・・・」
「・・・わかってるなら―――」
「わかっているからこそだよ!僕たちは――」
「その辺にしときなさいなギーシュ」
 キュルケが静かにギーシュを抑える。
「いいじゃない、別に。秘密なんて誰にでもあるでしょ?友達だって言うなら、言ってくれるまで待つものよ。まして男は待たされる生き物でしょ」
 そう言われてはギーシュも鼻白んでしまうほかない。
「それがどんな内容でも、受け止めてあげるわよ、あたしは」
 そしてほんの少しだけルイズを見て、
「友達だもの」
 ギーシュを引っ張るように出ていった。扉の閉まる音が聞こえた。
「いいお友達をお持ちね」
「別に・・・あんなのは友達って言うか・・・なんて言うか・・・」
 ルイズはそっぽを向いてもごもごと何か言っているが、その頬の赤みはまるで隠せていないのであった。そんなルイズを微笑ましく思いながら、アンリエッタは玉座を下りてルイズと同じ高さに立つ。
「そ、それでいったいどういったお話しでしょうか、姫さ・・・陛下」
「無理して陛下だなんて言わなくてもいいのよ。ただでさえなれない呼び名で毎日毎日挨拶されてるんですもの」
「ですが・・・」
 ルイズはちらりとマザリーニの方を見たが、目が合ってしまい慌ててそらしてしまった。そんなルイズにアンリエッタが耳打ちをする。
「大丈夫よ。老化が早いのか、最近耳が遠くなってるみたいだから」
「聞こえてますぞ陛下」
 刺々しさの混じる声音でマザリーニが言うと、アンリエッタは水を被った猫のようにビクリとしてしまった。
「・・・まあ、精神的な休息も陛下の勤めの内ですからな。その方が落ち着けるというのであればしょうがありませぬ」
 話しに聞いていた枢機卿の印象とあまりに違うために、ルイズは少し面食らったが、本人でさえ自分の変化に少なからず戸惑いを持ってはいた。
「では改めて姫さま、お話しの方を」
「そうね。ではまず、この国を救ってくれてありがとう、と言うのが筋かしら」
 やはりなと言うのがウェザーの正直な感想だった。あの光が何かは解らなくとも、謎の飛行物体が戦場を飛んでいれば目立つだろう。
 少なくともウェールズ辺りは自分の存在にかなり初期から察していただろうし、そうなればルイズもセットであろう事は容易に想像が付く。もっとも、光の正体についてはウェザーも理解し切れていないのだが。
「城下では奇跡の光だなんだと騒いでいるみたいですけれど、わたくしは奇跡など信じていません。先ほどのウェザーさんの能力を鑑みてもあの空にいたのはあなた達でしょう?そしてわたくしはあの光の正体に心当たりがあります」
 アンリエッタに見つめられたルイズは隠し通せないと悟ったのか、最初から話す気だったのか、始祖の祈祷書のことについて話し出した。
「・・・・・・なるほど。やはり『虚無』でしたか・・・」
「始祖ブリミルがその三人の子に国を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を残し、それらは今の王家に伝えられていると聞いていたが・・・その始祖の祈祷書と『水のルビー』が鍵だったとは」
 王家であるアンリエッタとウェールズでさえお伽話程度にしか思っていなかったことが現実として今目の前に立っている。神妙な顔つきの一同にウェザーが疑問を投げた。
「でもそれって、誰が開いても読めるワケじゃないんだろ?そう言うのって普通はお前達王族の役目なんじゃないのか?」
「ラ・ヴァリエール公爵家の祖は王の庶子。トリステイン王家の血を引いているのならば資格は十二分でしょう。
 それになにより、ウェザーさんのその左手の印は『ガンダールヴ』ですね?かつて始祖ブリミルの『盾』となった使い魔の印。あなたの起こす風は、立ち向かう者にとってはまさしく盾となって立ち塞がるでしょう」
「では・・・・・・わたしは本当に『虚無』の・・・」
 ルイズは息を呑み、アンリエッタはそれに頷いた。
「これであなた方に勲章恩賞の類を授けることが出来ない理由が理解いただけたかしら?」
 しかし事態の大きさにテンパってしまっているルイズは顔中に『?』が張り付いているのが丸わかりだった。しかたなくウェザーが補足してやる。
「伝説の『虚無』が出たなんてスキャンダルは話がでかすぎて旨くねえってことだ。あの威力は敵にしてみればいの一番に無くしたい兵器だろうよ。だが、さらに頭を捻れば逆に手に入れようと考えるのは容易い」
「ああ、その通りだ。それに内部の人間でさえ私欲に使う可能性は十分にある。ただでさえ巨大な力だ。個人・・・いや、一国でさえその力は持て余すだろう程の・・・」
「だから『虚無』の事は忘れなさい。標的になるのはわたくしだけで十分。女王になって、少し欲張りになったのかしらね。守りたいと思うものが増えてしまったわ」
 そう言ったアンリエッタの肩にウェールズが手をそえて笑った。なんとも頼もしいツートップである。
「なら・・・ならばこそ、わたしの『虚無』を捧げたいと存じます!わたしはいつも守られて来ました!家に肩書きに規則に・・・そして友に!いつか誰かを守れる明日を目指して努力もしてきたつもりです!
 力のなさを嘲笑され歯痒く思う日々・・・けれどわたしはやっと力を、守れる力を手にしました!だから・・・姫さま!明日は今ですッ!」
 ルイズの目を見てなお、拒むことができるものはこの部屋も、どこにもいないだろう。アンリエッタはルイズの腕を取ると、優しく握った。
「ありがとう、わたくしの一番の親友・・・でもね、あなたは昔からわたくしを守っていてくれていたのよ」
 手を離されてルイズはその手に何かを握らされていたことに気付いた。開いてみれば、それは輝くルビーの付いた指輪。それも、
「『風のルビー』!そんな、これは姫さま達の大切な・・・」
「王家に伝わる指輪が『虚無』の鍵なら、それはあなたが持っているべき物。ささやかだけれど、これを恩賞の代わりとして受け取って、ルイズ」
 それでもまだ渋るルイズにウェザーが横から口を出す。
「いいじゃねーか、もらっとけもらっとけ。どうせこいつらはそのうち別の指輪をつけるんだからよ」
 そう言って左手の薬指を立ててみせる。
「もう!もっと言い方ってものがあるでしょう!」
 ウェザーの背を小突くが、しっかりと指輪は受け取っていた。
「では最後にあなたをわたくし直属の女官とし、許可証を発行します。魔法衛士隊、銃士隊でも解決できない事件が出た場合には極秘裏にあなたたちに相談いたします。そう言ったケースは稀でしょうけれど、件のスタンド使いなどは対策が無に等しいので」
 アンリエッタが紙に何かをしたためると、書面に花押を押してよこした。それは許可証であり、女王の権利を行使する権利書でもある。女王のお墨付きを貰ったに等しいのだ。しかしとうのルイズは、受け取った許可証に視線を落としたままである。
「・・・・・・あの、姫さま・・・このことは・・・」
「それと、あなたが本当に信を置く者にのみ、援助を許可します」
 ルイズがみなまで言う前にアンリエッタが口を開いた。驚いて視線を上げたルイズをアンリエッタは微笑んで見ていた。
「さあ、あまり遅くなってもまずいでしょうから、今日はここまでにしましょう。『虚無』の使い手とは言え、一学生であることに変わりはありませんからね」

 ルイズは思いっきり頭を下げて礼をし、ウェザーと部屋の外に出ていった。並んで歩く二人は色々と話をして意見を交換したりと穏やかな雰囲気が続いていたが、王宮の門を出るところでアニエスと出くわした。
「な、おまっ・・・まさか待ってたのか?」
「ああ、そうだが?いつ終わるかもわからなかったしな」
 さも当然だろうとばかりに話しているが、正直勘弁願いたかった。いや、女が寄ってくる分には問題ない。問題ないのだが、ルイズのいるこの状況は勘弁して欲しかった。この局面を逃げ切れなかったらやばそうなのは直感で理解できている。
 チラリとルイズを見たが、漆黒のオーラを放っているため正視も出来ない。そして案の定アニエスはルイズなど眼中にないらしくウェザーの腕を掴ん出来た。必然的に胸が当たるが、アニエスに他意はない。
「ウェザー、少し私に付き合ってくれないか?」
「いや・・・あ、ホラお前、例の銃士隊で忙しいんじゃないのか?」
「ああ、それなら陛下が『これからはもっと忙しくなるでしょうから編成が完了する間だけ休養につかいなさい』と」
 女王陛下が裏で暗躍してるんじゃないのか?タイミング良すぎないか?
「いや、でもほら・・・俺ってルイズの使い魔だし・・・なあ、ルイズ?」
「別に。いいわよ好きにしても。帰るだけなら一人で十分だから」
 助け船をルイズに求めたが、生憎とルイズ港は只今大時化で船が出せませんとばかりにスッパリ断られる。
「よし、許しも出たところでさっそく行こうじゃないかウェザー!」
 引きずられるウェザーは最後にルイズに助けを請う視線を送ったが、養豚場の豚を見る目で返されて撃沈した。しかしそこに再び紳士が光臨した。
 何?この女から解放されたい?それは悪い方にばかり考えるからだよ。逆に考えるんだ。『労せずして美人ゲットだぜ!』と考えるんだ・・・
 もうそれでいいや・・・・・・

「やあ、ウェザーじゃないか」
「・・・・・・よお、ギーシュ・・・」
 王宮に出向いた翌朝、学園でギーシュはウェザーと出くわした。しかしその様子はどうにも憔悴しきっている。
「朝帰りかい?うらやましいね、この色男!」
 ギーシュがふざけて囃し立てるがウェザーの反応は鈍く、溜め息を吐くだけだ。
「とは言え、肩のキスマークくらいは隠しておかないとまたぞろルイズに噛みつかれるよ」
「・・・・・・・・・」
 するとウェザーはいきなりその場で上着を脱ぎだした。止める間もなく半裸になると、その体中に赤い斑点がついていることに気が付いた。
「全身にキスマーク・・・・・・い、いや違う!こ、これは痣だ!体中に痣が出来ている!一体どんなプレイをしたんだ君たちはァーッ!」
「プレイじゃねえ・・・『デート』という名を借りて『特訓』という皮を被った『拷問』だ。あの女が行きたいところがあるからって付いていったら山を登らされて、わけのわからん内に木剣渡されて、『私の特訓に付き合ってくれ(はあと)』だぞ!」
「そ、それは・・・木剣で『突き合う』と男女として『つき合う』をかけた彼女なりの告白なんじゃないかな?」
「無理してオチつけなくていいぞ。さすがに俺も剣は素人だからな、めった打ちだよ。しかもそのあと山中走らされて、滝に打たれて、崖から落とされかけて・・・崖の上から見下ろしていたアイツの顔は何か楽しそうだし・・・誇張抜きに死ぬかと思ったぜ・・・」
「う~ん、彼女はもしかしたらピクニックのつもりだったんじゃないかなあ?」
「ピクニックね・・・確かに、アイツの手料理は食えたよ」
「おお!それはよかっ・・・」
「その山で捕ってきたイノシシやらヘビやらの丸焼きをな。オール現地直送の山の幸だ」
「わ、ワイルドな食卓だねえ・・・」
「しかも一晩山で野宿ときた。このままじゃ確実に殺られる。だから殺される前に逃げてきたんだよ」
 今にも泣き出しそうなウェザーにギーシュは同情を禁じ得なかった。なにか声をかけてあげようかとも思ったその時、遠くから声が聞こえてきた。
「・・・ザー・・・ェザー!おーい、ウェザー!」
 その声が耳に届いた瞬間にウェザーが硬直した。それだけであの声の主が誰か解ろうというものだ。
「俺はそこの草むらに隠れるから、お前はアニエスに俺がどこか訊かれたら適当にあしらってくれ。いいな」
「まあ、それくらいは協力しよう」
 言うやいなや飛ぶようにしてウェザーは草むらに潜り込んだ。しばらくしない内にアニエスがギーシュのもとへやってくる。
「ああ、君は確かウェザーと一緒にいた・・・」
「ギーシュ、ギーシュ・ド・グラモン。以後お見知り置きを、シュバリエのアニエスさん」
 気取ってみせるギーシュの顔をアニエスは一見ただ見ているだけだが、その実はおかしな挙動はないかと探っているのだ。しかしギーシュはもともと浮気性だったので、こと演技に関してはいささかの自信がある。
「それで、ミスタ・グラモン」
「ギーシュで構わないよ」
「そうか、ではギーシュ。君はウェザーを見なかったか?こちらに行ったと他の生徒にきいたものでな」
「さあ?見てませんよ、まったく。影も形も見あたらない」
 ギーシュの演技は完璧だった。しかし、数多の女を騙せし妙技だがこの時ギーシュは唯一つの読み違えをしていた。この日のアニエスが正気でも曖昧でもなく、平民であろうと貴族であろうと間合いに入った人間には脅迫してでも吐かせる魔人へと変貌を遂げたこと。
「ふむ・・・訊き方が悪かったか?」
 そう言うと腰から小銃を取りだしギーシュの眉間とキスさせた。
「ウェザーはどこにいるのかな?かな?」
「そこにいます」
 即答したギーシュが指差した垣根がビクリと揺れた。そこへアニエスが満面の笑みを浮かべながらにじり寄る。
「オンドゥルルラギッタンディスカー!」
 ウェザーが叫びながら飛び出し、脱兎のごとく逃げ出した。
「ギーシュテメー覚えてやがれ!オレァ、クサムヲムッコロス!」
「あ、待って!」
 アニエスは竜巻の如く後を追って走り去っていった。あとに残されたのは静寂とギーシュだけ。
「すまないウェザー。けれど、今の彼女は人なのかい・・・・・・?」
 人か魔かアニエス・シュバリエ・ド・ミラン!恋心か、それ以外か!Sか、それ以上か!

 ウェザーは必死に逃げ、隠れた。しかしそれでもアニエスは追いかけ、いたるところに現れる。
 中庭でも。
「ウェザー!」
「ぎゃー!」
 廊下でも。
「ウ・ェ・ザ・ア」
「ぐわー!」
 物置でも。
「ウェザウェザ」
「変なアダ名つけんな!」
 広場でも。
「ジャーン、ジャーン!」
「げぇ、アニエス!」
 トイレでも。
「ウホッ!イイ男!」
「アッー!」
 見つかるたびに逃げ続け、何度目かの鬼ごっこでようやくウェザーはアニエスを振り切れたのだった。

「へえー。それはよかったですねえ」
 逃げ込んだ先は厨房。隅のスペースにへたり込みながら事の顛末をシエスタに愚痴ったところ、今の返事が返ってきたのだ。
「いいですねー。アツアツですねー。ウェザーさんも隅におけませんねー」
 しかしなぜか棒読みだった。しかも作業中らしく背中を向けたまま声だけ聞こえる。
「アニエスさんでしたっけ?」
 シャーコ
「ちょっと男っぽい感じしますけど、美人ですよね」
 シャーコ シャーコ
「そんな人といい年して鬼ごっこですか?」
 シャーコ シャーコ シャーコ
「見せつけてくれますねー」
 シャーコ シャーコ シャーコ シャーコ
「・・・よし」
 作業の手を止めた。しかしその異様な雰囲気に思わず生唾を飲んでしまった。
「あ、あの・・・シエスタ・・・さん?」
 ウェザーの呼び掛けに体を少しだけ向けてくれた。ただし、その手によく研がれた包丁を光らせながらだが。
「所でこの包丁を見て、どう思います?」
「す、すごく・・・鋭いです」
 口調は柔らかくなったが目がまったく笑っていないシエスタ。包丁を揺らしながらにじり寄る。
「すいませんけど今準備で忙しいんです」
「あ、ああ・・・じゃあ何か手伝おうか?」
「ありがとうございます。ではそこのゴミを捨ててきてください。ちなみに帰ってこなくていいので」
「・・・はい」
 シエスタの迫力にウェザーはただ頷くしかなかった。

 唯一とも言えるオアシスから追い出されてゴミ置き場に向かうウェザーは三歩歩くたびにため息を漏らしている。
 タバサとキュルケはどこかに行ってしまった。ギーシュには裏切られた。シエスタは不機嫌だし、ルイズはもっと不機嫌だ。今この学園の中に安息の地はないのかと嘆いているうちにゴミ置き場に到着してしまった。
 「戻ってくるな」と言われている以上、ほとぼりが冷めるまでは外れで隠れていようと決め、ゴミをおこうとした。と、ゴミ置き場に相応しくない日に輝く物が目に入って思わず取り上げてみる。
「これは・・・」
 その時、ザリッ、という足音が背後でし、ウェザーは思わず緊張した。
 中庭も廊下も物置も広場もトイレでも見つかった・・・・・・つ、次はどこに隠れればいい?ヤツはどこから来るんだ?
「俺のそばにちかよるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――ッ!」
 思わず思考がヘタレの方向に向いてしまったウェザーが見たものは金髪ではなく桃髪だった。
「なんだ、ルイズか・・・」
「何だとはずいぶんね。あ、あ、朝帰りの使い魔さん」
「はあ?別にお前の思ってるようなことは何もなかったよ。むしろ俺の生還を褒め称えろ。で、お前はこんなところで何の用だ」
 と、ルイズの手に杖が握られているのを見て気付く。
「魔法の練習よ。わたしのは他の誰かに見られたらまずいでしょ」
 それはそうだろう。一目で『虚無』だと気付けるとは思えないが、それでも人目を避けるに越したことはない。
真面目にやってるんだな、と娘の成長を見る親のような気分だったウェザーだが、魔法と聞いて少し気になった。そしてそれをルイズに聞いてみる。
「なあ、魔法に人の心を操る魔法って、有るか?」
「あるわね。例えば―――そう、『魅了』とか・・・」
 言い終わる前にウェザーは駆け出していた。

 あちらこちらを走り回ったウェザーだったが、ついにある扉の前で止まった。ゼーゼーと息をしながら追いついたルイズが声をかける。
「も、モンモランシーの部屋?」
 言うやいなやウェザーは扉を蹴り破る勢いで蹴飛ばした。中には驚き顔のギーシュと―――背を向けたモンモランシーが。
「ウェザー?な、何の用だね!ノックもしないでレディーの部屋に勝手に上がり込むなんて!」
「用?決まっているだろうギーシュ。今から今回のアニエスに惚れ薬をの飲ませた犯人を摘発するのさ」
「惚れ薬?禁制の?」
 ギーシュをどかして押し入り、一点を指差す。その先には、
「犯人は・・・・・・お前だ」
 モンモランシーがいた。しかし彼女はまったく動じてはいないようだ。
「何を世迷い言を・・・よりにもよって私が犯人だなんて。あなた達だって知っているでしょう?私は一度もあの人とは接触していないのよ・・・。私が現場に追いついたときにはすでにその状態だったわ」
 その状態とは今まさにウェザーにくっついている状態のことだろう。何だか悔しい。
「だからお前にはアニエスに惚れ薬を飲ませることはできない・・・それはそうだ。なぜならお前が飲ませたかった相手はアニエスではないのだから」
「な、なんだってー!」
「そもそもお前のシナリオでは話がここまででかくなることはなかったはずなんだ。シナリオに必要な物は『飲ませたい相手』と『飲ませる状況』が揃っていれば事は足りた。
 お前はその二つ名の通り香水を作って街や学校で売り捌いているようだが・・・さっきその学生から借り受けた物だ」
 そう言って香水の小瓶を取り出す。わたしも見たことがあるそれは、確かにモンモランシーがよく使っている小瓶だ。
「聞いた話だとお前は自分の作る物にポリシーでも持っているのか、特注の小瓶を使っているらしいじゃないか」
「・・・・・・・・・」
「た、確かにそれは彼女が街の職人に作らせている物だけれど・・・」
 黙りこくるモンモランシーの代わりにギーシュが答える。彼女は背を向けたままこちらを見ようともしない。
「そうか・・・。そして・・・さっき厨房のゴミ箱を探ったら、ホラ、同じ瓶が出てきたぜ?中に少し液体が残っているが、検査すれば惚れ薬だとわかるはずだ」
 モンモランシーを除く全員がウェザーの手元に注目する。
「手順はこうだろう。ギーシュとデートをしていたお前は飲み物を二つ用意し、まずは自分の容器の方に惚れ薬をいれた。そして二人きりになれる場所に誘い込み・・・飲み物に文句でも付けて入れ替えてしまう」
「じゃ、じゃあ彼女はまさか・・・ぼくに惚れ薬を飲ませようとしたのか?」
「効果は下手したら一年以上続くぞ」
 う・・・、と喜びかけていたギーシュは黙ってしまった。
「いたって簡単な手順だ。頭を捻らなくても考えつく。事態は何事もなく運ぶかと思われた・・・・・・が、そんなタイミングで事件は起きた。アンリエッタ王女暗殺未遂事件だ。
 あの時ギーシュはすでに入れ替えられた飲み物を持ったまま事件に絡み、そして結果としてアニエスが飲んでしまった」
 確かにアニエスがおかしくなったのはあれを飲んでからだ。
「まあ、交通事故のような物だったとは言え、ご禁制の薬を作った・・・」
「・・・もういい」
 初めてモンモランシーが口を開いた。
「ほう・・・もういいってことは、認めるんだな?あっさりと自分の罪を」
「モンモランシー・・・なぜそんなことを・・・・・・。ぼくは常々君の永久の奉仕者だと言っているじゃないか!」
「ふん・・・別にあなたじゃなくてもかまわなかったのよ。おつきあいなんて暇つぶしでしょ?でもね、だからって目の前で浮気されたら溜まったもんじゃないわよ」
 モンモランシーはそう言いながらもグラスにワインを注いでいく。こんな状況だというのに、まるで国賓の客がいるパーティーのように上品な仕草でだ。
「・・・なぜあっさり自白したのかわかるかしら?私には確実にあなた達全員から逃げる自信があるからよ!!」
 そう言うとモンモランシーはワイングラスを手に取り――――
「数え切れない魔法・薬物を精密なバランスで配合し超高級なワインで寝かすこと七日七晩!!探知魔法では決して露見せず、なおかつ全ての魔法・薬物の効果も数倍!鼻から飲むことでさらに数倍!!」
 なんと鼻から流し込んだのだ。モンモランシーの瞳孔は完全に開き身体に変化が現れる。
「これが・・・長年にわたる研究の結果辿り着いた・・・私の究極の秘薬!!」
 これではまるで・・・・・・
「ドーピングロマネコンティだ・・・・・・さぁ諸君、私が逃げられるのを止められるのかな・・・?」


「化け物じゃねーかッ!」
 そう叫んで跳ね起きた。・・・跳ね起きた?
「やあおはようウェザー。ずいぶんうなされてたけれど悪い夢でも見てたのかい?」
 夢・・・・・・そうだ、夢だ。俺は眠っていたんだとようやく思い出した。それはそうだ。所々にありもしない事実が述べられているのだから当然か。
 落ち着いてきたところで事態を整理しておくと、モンモランシーの部屋に押し入ったところからが夢だ。モンモランシーを問いつめれば特に抵抗もなく白状し、謝罪したのだ。
 禁制の薬を作ったこともギーシュの必死の説得もあり、アニエスを元に戻せれば今回ばかりは目を瞑ると言うことになった。二人にとってもいい薬になるだろう。
 しかし解除薬の調合に必要な『あるもの』は市場では手に入らず、こうして大きな幌馬車に乗って採りに行く途中なワケである。
「あー・・・まったく嫌な夢だったぜー。モンモランシーが『フゥ~・・・フゥ~・・・クワッ』とか言いながら俺達をクシカツする夢だった・・・・・・」
「何それ・・・全然内容がわからないよ」
「ちなみにギーシュだけはゴシカァンされてたな」
「何かレベル上がってるし!なんでぼくだけ!」
「さあ。浮気でもばれたんじゃねえの?」
「え?う~んキャシーとのことかな・・・それともスザンヌ・・・」
「へぇ・・・あなた私の他にもそんなにお付き合いしてる女性がいたのね・・・」
 いつの間にかギーシュの後に立っていたモンモランシーがギーシュの頭を掴んでいた。ギーシュはもうこれでもかと言うほどに汗を流して真っ青になってしまっている。
「い、いやあ・・・これは違うんだよ・・・」
「私が何のためにあの薬を使ったのかおわかりかしら?」
 次の瞬間にはギーシュは頭を床に叩き付けていた。もちろん聞こえてきた音はゴシカァン、だ。
「おお、正夢。取り敢えず裏切ってくれた分は返すぜ」
 そして再びゴロリと横になったが、頭に何か柔らかい感触があった。何だろうと目を開けると、逆さのアニエスが視界に入った。逆さのアニエスと柔らかい何か。
「・・・アニエスさんはいったい何をしてるのかな?」
「膝枕だ」
 キッパリという様は凛々しいが、そんな真顔で言われても困る。何が困るって、結局ルイズの不機嫌オーラをウェザー自身が全て受けとめなきゃならないことがだ。
 痴話喧嘩真っ最中のバカップルに不自然にべったりな騎士と不機嫌なご主人様。この一行では徐倫の父でなくともついついこうこぼしてしまう。
「・・・やれやれだぜ」

     To Be Continued…

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