ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アンリエッタ+康一-29

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皆が踊り、語り、ワインを飲んで笑い合う。
そんな舞踏会の主役の周りには、やはり人だかりができてしまった。
出席した者はほぼ全員が彼女に挨拶をし、変わらぬ忠誠の言葉を述べる。
それが内心はどうあれ、言葉にするだけで充分でもある訳だが。

「それでは姫さま、これにて失礼させていただきます」
「はい。それでは今宵は良い夜となりますようにお祈りしておりますわ」
アンリエッタは舞踏会が始まってから、あらかたの貴族と言葉を交わしていた。
多少時間は掛かったが、これで自分の仕事は大体は終了。

目の前の貴族と別れの言葉で離れて、誰にも見られぬ角度で小さく、少しだけ安堵の溜息を付いた。
(本当に面倒なお仕事ね…。マザリーニ卿が代わってくれないものかしら?)
もちろん思うだけで、アンリエッタはそんな事を言うつもりはない。
ちょっとした意趣返しで言ってもいいが、その場合はマザリーニの溜息が増えるだけだ。

色々心労も溜まっているようだし、今度肩たたきでもしてあげようかと思う。
見た目は結構イイ歳のお爺ちゃんに見えなくもないし、泣いて喜んでくれるかもしれない。
こんな事を考える自分もやはり、少ないが歳を重ねてきた証なのだろうか。
いつの間にか時間は、あっという間に過ぎ去っているものだ。

「め…さま……?…姫さまっ」
ハッとして、現実がアンリエッタを呼び覚ます。
考え事をしていたら、自己の内面深くに落ち込んでいたらしい。
慌てて表情を繕って声の主に向かう。

「失礼をいたしました。…あら、アナタは」
「お久しゅうございます。今宵もお美しいですわ、姫さま」
流れる金糸のような髪に、ベージュ色の派手ではないが華麗なドレス。
眼鏡を掛けたいかにも知的そうな美人は、アンリエッタの親類にあたる公爵家の長女。

「エレオノール殿っ。本当にお久しぶりですわ!」
「はい。姫さまはご機嫌いかがでしょうか?」
エレオノールは相貌を僅かに崩して、美しく微笑む。

エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。
ラ・ヴァリエール家といえば、トリステイン屈指の大貴族である公爵家だ。
彼女はその公爵家の長女。しかもラ・ヴァリエール家は王家とも血を連ねる者達でもある。
その家柄は王家にも等しいとも言える程の歴史を持った一族。

アンリエッタも彼女の家とは幼少の頃から親しくさせてもらっている。
エレオノールとも小さな頃から見知った仲だ。
「本日はお招きに預かり光栄です。しかしまず今宵は始まりの刻限に間に合わず。
姫様へのご挨拶が遅れてしまった事、深くお詫び申し上げます」

深く礼をして律儀に自分の非を晒す彼女に、アンリエッタは困ったような顔になる。
「エレオノール殿やめてくださいまし。貴女さまにそんな事をされる程、わたくしは偉くなったつもりはございません。
あの子にも貴女にそんな事をさせたとあっては会わす顔がありません。どうぞ面をお上げになって」
エレオノールは顔を上げて、何も言わずにアンリエッタを見つめる。

少しだけ震えるような瞳のエレオノールに、アンリエッタは尋ねた。
「それで、エレオノール殿。あの子はどうでしょう、何か変わりはありませんか?」
「はい。特に何も、変わりありません。普段どおりだと聞いております」
アンリエッタもエレオノールも表情は変わらない。

「そうですか。…あまり王宮にいると話が伝わってこないので。特に変わりはありません、か」
アンリエッタは沈黙した。その瞳は宙を浮き遠くを見つめている。それは何処か、寂しげな瞳だった。
「姫様が気になさる事ではありません。それよりもお体の具合はいかがですか。
ついこの前。姫さまに仇を成す賊が城に押し入り、寸でのところで捕らえられたとお聞きしましたが?」

エレオノールの変えた話題は、もうアンリエッタにとっては聞き飽きた話題であった。
それは顔を合わせる貴族から口々に「お体は?」「ご無事でしたか?」などと聞かれれば、聞き飽きもするだろう。
「それは大丈夫です。魔法衛士隊の方々が城を守ってくださってますし、今は心強い使い魔もいますから」

安堵の表情を浮かべて、エレオノールは続ける。
「それは何よりです。ところで今…使い魔と仰いましたが、姫さまは使い魔を召喚なされたのですか?
姫さまと最後に会ったときには、使い魔は連れていなかったように思えるのですが」

これも今夜、大体の貴族が同じような事を聞いてきた。
普段城にいない舞踏会に来た貴族達は、どうしても城の新しい話には少し疎い。
何人かはアンリエッタが使い魔を召喚した事を知ってその事を聞いてきたが、さすがに召喚したのが人間であることまでは知らなかった。
まだ康一を召喚してから二週間も経っていないので、それも仕方の無い話だが。

しかしアンリエッタにとっては多少都合のいい話ではある。
平民(もちろん異世界人というのは内緒)だろうとなんだろうと、康一は自分の最高の使い魔だ。
その康一が貴族達から偏見の目で見られる事など許容しがたい。
暫くはまだ康一の事を知られる事もないだろうし、もう少しは城の中で話を止めておきたい。

その方が康一の為になるだろうし、ちょっぴりだが人に知られていない優越感も楽しめる。
その旨マザリーニにも手を打ってもらった方がいいかもしれない。
決めた。またマザリーニの仕事が一つ増えるな、と思いながらも止めはしない。
(今度本当に肩たたきでもしてあげた方がいいかもしれないわね…)

「はい、本当についこの間召喚しました。わたくしには勿体無い程の使い魔です」
「ちなみにどのような使い魔なのです?種族は?」
笑って話すアンリエッタに、エレオノールはどんな使い魔を召喚したのか聞いてみる。

大体の貴族にどんな使い魔なのかも聞かれたので、話さないでかわす引き出しは幾つもある。
さてどの引き出しを使おうか、と考えるアンリエッタだがその必要も無くなった。
「おやおや。お美しい花が二つも咲いておりますとは、今宵の宴は贅沢ですのぉ」
二人の間に割って入る声。公爵家の長女と一国の王女が話している時に声を掛けるなど、
不敬もいい所だが声の主はそんな事は全く気にしないタチだった。

「オールド・オスマン!」
長い髪の毛と髭を垂らした、老いてなお伝説の魔法使い。
しわがれた声の主は悪びれる様子も無く、眉尻を下げて笑っている。

「お久しぶりですじゃ、殿下。そちらの方はヴァリエール家のエレオノール殿ですな。
アカデミーの優秀な研究員だそうで、お噂はかねがね聞いておりますぞ」
ほっほっほ、と年寄りっぽく笑うオスマンにエレオノールは頭を下げる。
これでもオスマン氏は魔法学院の学院長を任されるほどの伝説級のメイジなのだ。

全くもって偉そうに見えないオスマン氏だが、王宮や大貴族とも個人で渡り合えるほどの実力を持つ。
そうでなければ貴族の子弟を預かる魔法学院で学院長などやっていられない。
アンリエッタやエレオノールとて敬意を払わねばならない、一角ならぬ人物である。
そんなオスマン氏の足元に白いハツカネズミが跳んできて、その老魔法使いの直立した足を垂直によじ登り始めた。

「おや、モートソグニル。何か美味しいナッツでも貰ってきたのかね?」
そのままオスマン氏の肩までよじ登り、顔の掃除を始めるモートソグニル。
実にノンキなハツカネズミの顎をオスマンは軽く撫でてやる。
そんなオスマン氏の視界の端から男が一人近寄ってきた。

「お久しぶりです、オールド・オスマン」
声を掛けてきた男の顔を、オスマン氏が見る。
「これは枢機卿!こちらこそ久しいのぉ」
男の名はマザリーニ。トリステインの枢機卿を務める男である。

彼がオスマン氏に声を掛けてきたのは他でもない、本日の用向きを話す為だ。
オスマン氏もタバサから今夜は用事があると伝え聞いてる。
それゆえアンリエッタとエレオノールとの話は短いがここで切り上げる事とした。
女の子二人と分かれなければならないとは、オスマン氏は本気で正気で残念極まりない。

「失礼ですが、ちと行かねばなりませぬ。お二方とも今夜は良い夜を」
そう軽くオスマン氏は別れを告げ、マザリーニも小さく礼をして広間の端の方へ向かっていく。
そんなあっという間の出会いと別れに、エレオノールは少し目をパチクリさせている。
アンリエッタは何だかここ何日かで、こーいう展開に少々慣れた感じだった。


「まったく!酷くないかね、女性と話しておる時に仕事をさせようとは。年寄りへの敬意が足らんよ」
オスマン氏は広間から張り出したテラスで愚痴を漏らした。
ここなら人はあまり来ないので、秘密の話をするには向いている。

「それでワシに何をさせたいんじゃね?ミス・タバサから用向きがあると聞いたのじゃが」
仕事はさっさと済ませるに限る。オスマン氏は話を切り出した。
「まずはこれを」
マザリーニはそう言って、懐から件の古書を取り出し、オスマンに手渡す。

「これは?」
古書を手に取ったオスマン氏は読んでもいいのか、とマザリーニを見て、
そのマザリーニが一つ頷いたのを確認し古書のを開いてページを捲る。
そしてページを読み進めると共に、だんだんと元から細い目が更に細まってゆく。

読み終わった古書を閉じたオスマン氏は、マザリーニを見た。
「なるほどの。これをワシに解読させるか、誰か解読できる者を探している、といったところかの?」
的確な判断だった。実に頭の回転が速い。マザリーニはオスマンにそんな感想を抱いた。

「ご明察です」
「とりあえず事情を説明してもらえるとありがたいんじゃがの」
事情も分からない事をするほどオスマン氏はバカではない。
そんな事はマザリーニもとっくに承知している。

マザリーニはオスマン氏に事情の説明を始めた。


「ふぅむ。随分ミス・タバサは色々やってくれているようじゃの~」
事情を聞いてオスマン氏が最初に発した声は、実に楽しそうな笑い声だった。
オスマン氏がタバサを紹介したのは、彼女の事情を多少なりとも知っていての事であった。
複雑な事情を抱えてトリステインに留学してきた彼女には味方が必要だ。

そう考えたオスマン氏はタバサをアンリエッタに紹介して、王家に恩を売らせてあげようと思った訳である。
オスマン氏はそれだけで充分だと思っていた訳だが、当のタバサは何だか色々頑張っているらしい。
しかも自ら望んでやっている様子であり、彼女にとっては実に良い経験を積ませてあげられているようだ。
あれほど大変な事情を抱えた生徒が、自分の心が臨む事を自分からしているというのは学院長として本当に喜ばしい。

「これだから学院長は辞められんのぉ」
様々な感慨が混じった呟きをオスマン氏が漏らした。
「は?」
「いや何でもない。それでミス・タバサが学院から探し出した、
この古書に記されたルーンを殿下の人間の使い魔が持っているというのかね?」

人間の使い魔、恐ろしく珍しい存在だ。そのような者をアンリエッタが召喚するとは尚更衝撃である。
「はい。正確には、その使い魔の少年とよく似たルーンですが」
「確かにそれは調査が必要になるかの。だがその使い魔の少年。
記されたルーンと自身のルーンの違いの『順序が逆になった矛盾』によく気が付いたものじゃなぁ」

それはマザリーニ自身も同意するところだ。確かに『順序が食い違った』事に気が付くなど、非情に観察力が優れている証拠だろう。
姫殿下の使い魔が人間というのは多少対外的に問題があるかもしれないが。
使い魔としての能力的には申し分、ない……人材で……あ…る……………?



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今のは、何だ。今の、引っかかりは、何だ?
そうだ『順序の食い違い』だ。そこに何かが引っかかる。
しかもこの感覚、前に一度あった。前にも一度同じ感覚があった。
しかも極最近。……そうだ。アレは。確か。

ミス・タバサが、この古書を持ってきた話し合いの晩に感じた、引っかかり。

そう、あの時感じた引っ掛かりは、何か大きな意味があると感じた。
あの時も『順序が食い違っている』事に対して、大きな引っ掛かり、閃きを感じた。
それと同じ感覚が今の自分に重大な事を知らせている。

重大な事。それは何だ?今の自分が抱えている案件に関する事か?
自分が今抱えている最も大きな案件は何だ?
それは姫殿下を狙う者の調査だ。調査は現在行き詰っている。ならこの閃きは現状を打破する閃きなのか?
最大の手がかりとなりそうなのは、今追っている件の『書類』に関する事か?

そもそも何故、書類の件の調査は行き詰っている。
それは姫殿下の触れる書類を調べたが、改ざんなどの形跡が見つからなかったからだ。
何故改ざんの形跡が見つからない。普通は改ざんすればどこかに歪みが生じるはず。
しかしソレが今回の事案には無い。姫殿下に触れられては不味い書類では無いのか?

ひょっとすると、考えるべき方向性を見誤っているのか……?
それが……もしや『順序の食い違い』という事なのか……!
それなら何処の順序が食い違っている!一体何の順序なのだ!

いや、待て。そもそもどうして、姫殿下は、狙われねばならなかったのだ?

どうして、姫殿下を狙う者は書類の処理をしようとしたのだ?

姫殿下と書類。どちらか二つが終わればそれで済む話。
しかし姫殿下を狙った暗殺が失敗し。しかたなく書類の方を処理せざるをえなくなった。

そういう単純な話では無いのか?そう『思い込んでいる』だけなのか?
そうだ、思い込みだ。何処かで自分は思い違えているのだ。
何処かで順序を思い違えているのではないか。

『敵の狙い』の順序が違っているのではないのか!


そこまでたどり着いたとき、マザリーニの頭の中で話が一本に繋がった。
最もしっくりとくる、敵の狙い。それが何なのかを読みきった。
しかし証拠は無い。ならば探すまで。今ならまだ証拠は残っている筈だ。
そこまでの時間的余裕は敵には存在していない。

「オールド・オスマン!」
「ひょっ!い、いきなりなんじゃね?」
突然叫ぶマザリーニに驚いて、オスマン氏は素っ頓狂な声を出す。
「ありがとうございました!申し訳ありませぬがっ、急用ができましたのでこれにて失礼をいたします!」

そう言って、マザリーニは脱兎の如くオスマンに背を向けて駆け出した。
「ありがとう、とは。まだ礼を言われるような事はしておらんのじゃがのー……」
呆気に取られるオスマン氏がテラスから広間に戻って、マザリーニの背中を見送りながら言った。
そこを丁度良く通ったウェイターが、銀盆に載せたワイングラスを持っているのを見取る。

「ああ、君。すまんがワシにも一つ貰えるかね?」
「かしこまりました。どうぞ」
そつなく仕事をこなすウェイターがオスマン氏にワイングラスを渡した。

そのワインを軽く口に含んだオスマン氏が、また驚いたような顔をする。
「これはまた、変わった口当たりじゃなぁ。しかし癖になる。まったくもって良き酒じゃて」
シュワリ、とオスマンが持ったグラスの中で、ワインが細かな気泡を吐き出す。
オスマンはワインをグビッと飲み干し、ウェイターに御代わりを告げた。
どうにもこうにも、今宵の酒は体に回る。


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