ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-45

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「アルビオンが見えてきたぞー!」
船員の一人が前方を差し声を張り上げる。
それに反応を示したルイズの後を追って彼も船室を飛び出す。
しかし、そこにあったのは白い雲の塊。
足元には国どころか何も見えない。
「どこ見てるのよ、あっちよ」
ルイズの指差す先も同様に白一色。
だが、その色合いが微妙に違う。
周りにあるのが雲なのに対して、そこは霧に覆われていた。
そして、その切れ間から見えるのは見渡す限りの大地だった。
「……………」
圧倒されて声が出ない。
天高く聳える山の上流から大陸の端まで流れる川。
そこから降り注ぐ水が空に散り霧へと変わっている。
その幻想的な光景が作り物や幻などではないと彼の鼻が告げていた。
「あれが『白の国』アルビオン。その由来である霧の幕が雲になって雨を降らせるの」
見入っている彼に説明するようにルイズが語りかける。
聞こえているのか分からないが、ぴこぴこと振れる尻尾。
どうして雨が降るかなど彼は考えた事も無かった。
自分のいた世界にも雨はあった。
もしかしたら、その時にも空に大陸があったのかもしれない。
そう思うと見ておきたかったという後悔が少しだけ沸く。


楽しげな彼を見ながらルイズは笑みを浮かべる。
気が付けば自分自身の表情も若干和らいでいた。
さっきまでは緊張していたのだが彼のはしゃぐ姿が嬉しかったのだろう。
一時ではあるが任務の事を忘れていた。
普段なら気の弛みと自戒する所だが今はそんな気分になれなかった。
こんなにも喜んで貰えるなら、どこかに旅行するのも悪くない。
この任務が終わって詔を完成させてキュルケ達も連れて出掛けるのだ。
それはきっと楽しい時間になるだろう。

私はきっと忘れていたのだと思う。
自分の事だけに手一杯で何も見ようとしなかった。
だけど彼が思い出させてくれた。
世界はこんなにも美しく光に満ちている。
生きているだけで人生は素晴らしいものだと。

キュルケやタバサ達とも深く分かり合おうとはしなかっただろう。
生まれたての雛の気分に近いのかもしれない。
殻を自分の手で壊して私は外の世界へと飛び出した。
実感している、私は今『生きて』いるのだと…。


「ん?」
アルビオンへと視線を向けていた乗員の一人が違和感を感じた。
大陸以外は白に覆われた世界の中で蠢く黒い何か。
それは徐々にこちらへと迫り、その全容を明らかにした。
黒塗りの船体、その左舷から突き出ているのは数十もの砲。
掲げられるべき旗は無く、それ故にその存在を明確にしていた。
「海賊だァァーー!!」
船員の言葉に船内がどよめく。
その最中にあってワルドは表情を変えようとしない。
(…やはり、きたか)
それは彼の想定の範囲内の事だった。
貴族派からの報告によれば、
この空域でしばしば補給物資を狙った襲撃が行われているらしい。
だが、それは海賊の仕業などではない。
被害者の事情聴取において偽装した王党派の行動と判明している。
愚かな事だ。色を塗り替え旗を降ろそうとも船の形状は誤魔化せない。
船名は『イーグル』号。船籍はアルビオン王国。
その船長はウェールズ・テューダー皇太子。
わざわざ御自らお迎えに上がるとは恐悦至極といった所か。


「取り舵一杯、雲の中に突っ込め! 振り切るぞ!」
向こうより小回りは利いても積荷が重い。
逃げられるかは半々だが積荷が目当てなら撃沈はしない筈だ。
そう判断した船長の耳に望遠鏡で海賊船を窺っていた船員の声が入った。
「海賊船、発砲!」
「っ…!?」
白煙を上げて放たれた砲弾が『マリー・ガラント』号の進路の先に撃ち込まれる。
それはこちらの動きは読めているという意味ともう一つ、
逃げようとすれば撃沈するという意思の表明だった。
積荷と船を奪われれば確実に破産するだろう。
だが命には代えられない。
ましてや多くの船員の命を預かっているのだ。
もっとも生き残れるかどうかなど相手の裁量次第。
それでも無謀な勝負に出るよりは可能性がある。
彼は決意し俯きながら全乗組員に指示を出した。
「…ただちに停船せよ。以降は向こうの指示に従おう」


「ちょっぉぉぉと待てぇぇ!! どうして止まるんだよ!?」
急に停船した船に困惑を隠せないのは武器屋の親父。
相手はどう見ても海賊。捕縛されれば間違いなく略奪が行われるだろう。
彼の手元に金貨の詰まった袋。
そして、それは彼の全財産と言ってもいい。
これを失えば待っているのは身の破滅だ。
「まあ諦めろ。命には代えられねえだろ」
「バカ野郎! 今死ぬか後で死ぬかの違いじゃねえか!」
あっさりと言い放つデルフを怒鳴りながら親父は辺りを見渡す。
どこか金を隠せる場所はないか探す視線の先にはワルドの姿。
その腰には戦闘用の杖と襲撃の最中にも動じない態度。
「そうだ! 貴族様なら連中をなんとか出来ないですかね!?」
「それは無理だな。私の魔力では足りない風石を補うので精一杯だ」
ワルドのにべもない返答にガックリと肩を落とす。
そして親父が顔を向けた先にはルイズと彼女の使い魔がいた。
「はぁ……」
彼女達を一瞥し背を向けて溜息をつく。
オムツが取れたばかりの貴族の嬢ちゃんに犬っころとお喋り鈍ら。
どう考えても無理に決まっている。
「何よ! その顔は!?」
ルイズにはどうしようも出来ないのは事実。
だが明らかに落胆する親父の態度に怒りを露にする。
まあまあと彼女を落ち着かせる彼とデルフ。

「……………」
そんな寸劇を眺めながらアニエスは考える。
まず迎撃は不可能だろう。
そんな事をすれば即座に砲撃で船は沈められる。
となれば向こうに乗り込んで制圧するか?
それは不可能ではない。
ワルド子爵、私、ミス・ヴァリエールの使い魔。
これだけの手勢で掛かれば出来るだろう。
だが犠牲は避けられまい。
それに操船は私達には不可能だ。
船員を失えばアルビオンを目の前にして漂流する事になるだろう。
いつ貴族派に見つかるかもしれない状況で無茶は出来ない。
同意するように彼とワルド子爵からも戦意は感じられない。


仮に捕縛されても手紙を没収される事はない。
せいぜい奪われるとしたら銃と旅の資金ぐらいだ。
貴族を人質にして身代金を請求するというのもあるが手間が掛かる。
これだけ迅速に行動する連中なら無駄な面倒は避けるのが常だ。
元々、無くして困るような物など持ち歩く筈も無い。
うんうんと頷くアニエスの目に止まったのはルイズの嵌めた指輪。
「……………」
そういえばすっかり忘れていたが彼女に預けた指輪は国宝『水のルビー』。
奪われたらどうなるかなど考えるまでも無い。
良くて一兵卒に降格、悪ければ牢獄行き。
わたわたとアニエスがどこか隠せる場所を探し回る。
落ち着け、落ち着くんだアニエス。
こんな時こそ自分の経験を生かすのだ。
密輸を取り締まるのも自分の任務の一つ。
こういう時どこに隠せば見つかりにくいかなど分かる筈だ。
うーんと唸っていた彼女の顔が一瞬にして真っ赤に茹で上がった。
(いや…それは、しかし…それ以外に方法は無い)
もうパニックに陥っている彼女にまともな判断など出来る筈も無い。
ええい、と何の説明も無くルイズに掴み掛かる。
「ちょっ…! 何するのよアニエス!?」
「許せ、水のルビーを隠す為だ!」
「隠すってどこに!?」
「それは…! そんな恥ずかしい事、言えるか!」
「口に出せないような場所に隠そうとするなァー!!」
二人がもみくちゃになりながら船室の床を転がり回る。
ルイズ達が絡み合う光景を船員達が好色と奇異に満ちた瞳で見入る。
ワルドが止めに入ろうとした瞬間、大きな音を立てて扉が開け放たれた。

「てめえら全員動くんじゃねえ!!」
海賊の頭目と思しき男の声と同時に部下が展開される。
その手には小銃を持ち横一列に並び前方へと構える。
もし何か怪しげな動きがあれば即座に斉射を浴びる事になる。
それは一片の無駄も無い洗練された動き。
しかし、その彼等の動きが止まった。
目の前で繰り広げられる異常な光景。
年端もいかぬ少女を押し倒し馬乗りになる金髪の女。
どれほどの経験を積もうとも予想さえ出来ない事態に、
彼等の思考も完全に停止していた。


「あー、こっちの目的は船と積荷だけだ。
大人しくしててくれりゃあ危害は加えねえ。
もっとも自殺志願者がいるなら話は別だがな」
船名と積荷を確認した男が気を取り直して告げる。
ちらりと目を向けた先には“いっそ撃ち殺してくれ”と言わんばかりの表情の二人。
顔を真っ赤にしながらプルプルと震えて涙を堪えるルイズ達。
それを痛ましそうな目で見ながら他の人間へと視線を外す。
否。正確に言えば男は常にワルドを警戒の内に置いていた。
杖を没収したにも拘らずに変わらぬ余裕に満ちた態度。
あのメイジは危険だ。一瞬たりとも気を抜いてはいけない。
そう思わせるほどの空気を彼は漂わせていた。

「信じてくだせえ、こちとら一文無しなんでさ!」
船室に響き渡る大声に一同が振り返った。
そこには海賊に銃を突きつけられる親父の姿。
武器を隠し持ってないかという警戒だったが略奪行為と勘違いしたようだ。
背後に積まれた武器も剣や弓といった代物。
銃火器の類は扱っていなさそうだ。
ならば拳銃を隠し持っている可能性は低いだろう。
「見てくださいよ、この怪我! 押し込み強盗にやられて…!」
「そうか。そいつぁ災難だったな。強盗の次は海賊なんてよ」
親父の身の上話を聞き流しながら海賊は身体検査する。
武器は持ってない上、骨も本当に折れている。
怪我の跡を見れば殴られたものだとすぐに分かった。
経営資金を全部奪われてアルビオンまで行商に来たという話は納得できた。
ただ周囲の目線が白々しい者でも見るかのようなのが気になる。
見れば親父の目はチラチラと自分の荷物へと向けられている。
仲間の一人との話に気を取られている間に男はそこを探ってみた。
「うう…これで商売道具まで持っていかれたら…」
「分かった、分かった。向こうに着いたら頑張って商売しろよ」
「ありがとうごぜえます、本当に感謝のしようが……」
その口上の続きは船室中に響き渡る甲高い音に遮られた。
音のした方に振り向けば床いっぱいに広がった金貨の山。
その傍では袋を逆さまにして持つ頭目らしき男の姿。
彼は荷の中に隠した袋を容易く見つけ出していたのだ。
あわわ、と顔が青ざめていく親父に海賊が呆れたように声を掛ける。
「親父…。俺が言うのもなんだが…アンタきっと碌な死に方しねえぞ」
「へ…へへ……」
返す言葉など何もない。
それが今日でない事を祈る事しか親父には出来なかった。


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