ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-44

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『マリー・ガラント』号の甲板に出来る人だかり。
しかし、その興味のほとんどは傾いた世界樹と押し流されていく巨人に集中している。
もはや飛び乗ってきた彼の事など眼中にない。
それに元の姿に戻った今、蒼い怪物がどこに行ったかなど誰にも分かるまい。
その彼に接近してくる人影があった。
「よう。やっぱりテメェかデル公」
「また会ったな、親父……だよな?」
親父の声に振り返る彼とデルフ。
その二人の目前に立っていたのは体中を包帯で覆うミイラ男。
片腕は折れて首から布で吊り下げられている。
何があったのか?と問うデルフに、思い出したくもないと親父は返した。
まあ大体の見当は付いているのでデルフも詳しく聞こうとはしない。
「しかしこれから戦場に行くってのに、もう戦場帰りみたいな姿になってるな」
「ほっときやがれ! それに俺は戦場までは行かねえよ、しばらく港町で療養だ」
「は? 何言ってんだ、金もねえのにどうやって…」
頭を打たれすぎたのかと心配するデルフの前に親父がずしりと重たい袋を差し出した。
その中身は眩いぐらいに輝く金貨の山。
「例の剣が言い値で売れてな、こいつはその代金って訳だ」
おおっ!と驚く二人を前に自慢げに親父は語った。
もっとも高く伸ばそうとしても親父の鼻はへし折られている。
だが、これだけあれば良い水のメイジの医者にもかかれるだろう。
城下町に拘らなければ店の再建だって夢ではない。
しかし、そうなってくると湧いてくる疑問が一つ。

「なら何でアルビオン行きの船なんかに乗ってんだ? 
もう無茶して稼ぐ必要もねえんだし、その気も無いんだろ?」
「ああ、それなんだがな…売った相手が、ちょっとな」
そう言うと親父は荷の中から一本の剣を持ち出してきた。
なんでも『あの剣』を買った奴が前に使っていた物を引き取ったらしい。
それをデルフの前で刃を引き抜いて見せる。
「なるほど…。こりゃヤバイな」
「俺も売った後で気付いてな、今更取り消しも出来ねえし」
それは染み付いた血脂の痕跡。
手入は行き届いているのだがそれでも全ては消し切れない。
デルフも得物を見る機会は多い方だが、これだけ人を斬った物も珍しい。
まず軍人でもそうはない、あるとすれば山賊ぐらいなものだろう。
加えて、剣の腕も並の剣士とは一線を画している。
斬り合いになれば普通は刃筋が乱れるものだ。
お稽古事のように綺麗に剣が振れる筈も無い。
その為に斬れなくても相手を叩き殺せるだけの重みを剣は持っている。
だが当然それで刃がガタガタになる事も多い。
しかし、この剣はそれがほとんど無い。
それはこの剣の持ち主が技量と胆力共に秀でている事の証明である。

「こんなのに追われたら命が幾つあっても足りねえな。それでとんずらか?」
「ああ。ほとぼりが冷めた頃に戻ろうかと思ってな。
念には念を入れてトリステインじゃなくてゲルマニア辺りにでも」
「ああ、そうした方がいいな。何なら貴族のお仲間入りするか?」
「へっ…バカ言うな。貴族様なんて柄じゃねえよ」
親父と笑い合いながらデルフは僅かに安堵の吐息を漏らした。
もし賊の中にその剣士が混じっていたらギーシュ達は危険だった。
しかし、あの剣を振るっているなら問題無い。
鋼鉄も断ち切るシュペー卿の鍛えた剣って触れ込みだが、実際の所は飾りも飾り。
「何しろ大根も切れねえ代物だからなあ……」
「ま、物の価値を決めるのは買う側って事さ」
「ほう? 詳しく聞かせてもらおうか」
「いや大した事じゃねえですが。
鈍らをシュペー卿の剣だって言ったら高く買ってくれた客がいましてね…」
ちゃりちゃりと金貨の感触を指で確かめながらニシシと笑う。
背後に人が立つ気配を感じるものの恐怖はない。
親父がアルビオンに発つ決心をしたのは二人の人間から逃れたかったからだ。
勿論その一人は暴利を吹っかけた相手の剣士。
もう一人は彼を生死の境に追いやった悪魔のような女。
そのどちらもこの船には乗り合わせていないのは確認済み。
だから親父は何の躊躇いも無く全てを話した。
背後にいる人物が誰かも考えずに。

「…そういえば私の勤務している町でも報告があったな。
ある貴族が名工の逸品と偽られ出来の悪い剣を売りつけられた、と」
「まあよくある話ですからね、ところでお嬢さんはどちらから?」
声の感じから若い女性と判断した親父が振り返る。
そして、そのまま彼の時間は止まった。
親父の振り向いた先には短い金髪を揺らす女性の姿。
途端に怪我が熱を持って痛み出した。
それと同時に忘れようとしていた恐怖が甦る。
「…もう忘れたのか? ならもう一度言ってやろう。
私はアニエス。所属は城下町の警備隊、その隊長だ」
それを聞いた瞬間、言葉にならない悲鳴を上げて親父は走り出した。
そして手近な船員を捕まえると必死に懇願する。
「船を…船を戻してくれ! 早く! お願い!」
「む…無理ですよ。第一、戻るにも桟橋があの状態では…」
乗っている筈の無い悪魔の存在に親父は発狂寸前だった。
どうやって乗ったのかなど想像も出来ない。
一刻も早くこの場から離れようと縁に足を掛けて親父は飛び降りようとする。
それを必死に食い止める船員達。
そんな光景を眺めながらアニエスは溜息を漏らした。
「そこまでトラウマになるほど手酷く痛めつけた覚えは無いのだが…」
その彼女の足元では一匹と一振りが恐怖に震えていた。


「…なんという事だ」
コルベールの説明を聞いたオスマンの口から驚愕の声が漏れる。
この事実を聞かされた所で誰も信じるまい。
だがオスマンはコルベールに深い信頼を置いていた。
そして彼の行動全てがそれを裏付けている。
彼を疑う余地はどこにも無かった。
「では彼の力の源は脳に住む小さな寄生虫だと?」
「…はい。それが自分の身を守る為に彼に力を与えているのです」
彼の資料に混じって出てきた小さな虫の情報。
最初はその関連性を見出せなかったが遂にコルベールは気付いたのだ。
その虫こそがパズルの最後のピース…否、最初のピースだという事に。
「だが、その寄生虫もやがては成虫となり卵を産み付け……」
そこから先をオスマンは言えなかった。
宿主の体を突き抜けて出て来た幼虫が世界中に伝染する。
そうなれば人間のみならず全ての生命が滅びる事になるだろう。
重い…あまりにも重過ぎる事実だ。
口にする事さえも憚られる。
それをコルベールは一人で背負っていたのだ。

「…済まぬ。儂は救いようの無い愚か者であった」
「そんな! 学院長は悪くありません!」
コルベールの弁護も耳には届かない。
異世界より現れた彼と書物、そして“光の杖”
それが危険である事は“破壊の杖”を知る自分には想像出来た筈だ。
その解析を急ぐあまりコルベール自身の事を考えるのを忘れていたのだ。
もしかすれば世界の命運をも揺るがす事実に遭遇するかも知れない。
それに彼の心が耐えられるかどうかなど判らなかったのに。
しかし彼は耐え、そして真実を胸に秘めたまま隠そうとした。
“竜の羽衣”なら彼を元の世界に帰せるかもしれない。
彼が来た異世界ならば虫を摘出する術もあるだろう。
しかしそれが成せない場合、世界を救う方法は一つしかない。

「誰にも話さず自分一人で決着をつけるつもりだったのか」
「……………」
ミスタ・コルベールは火のメイジ。
他人には決してその実力を見せようとはしないがオスマンは知っていた。
彼の魔法はスクエアメイジにすら匹敵し得る物だと。
あるいは炎を苦手とする“彼”を倒せるとコルベール自身も自覚していた。
だからこそ誰にも言わずに黙っていたのだ。
倒すにせよ、救うにせよ彼女の使い魔はこの世界には居られない。
全ての事実を押し隠したまま彼は終わらせるつもりでいた。
たとえ、それでルイズ達から責められようとも…。


「もはや儂等だけではどうしようもない。
姫殿下にこの事を報告し指示を仰ぐしかあるまい…盗難の件も含めてな」
「ミス・ルイズには?」
「彼女には知らせぬ方がいい。事実を受け止めるには彼女は幼すぎる」
「…分かりました」
俯いたまま一礼しコルベールは部屋を後にした。
その姿を見送りながらオスマンは天井を見上げた。
どのような結果になるにせよ誰もが傷を負う。
使い魔を失うミス・ヴァリエールと、その友人達とその使い魔。
真実を隠したまま教え子から使い魔を奪い取り、
自ら禁じた炎の魔法を使う事になるかもしれないミスタ・コルベール。
そして再び主を失うデルフリンガー。
その他にも彼の友人といえる者達は皆悲しむだろう。

だが何よりも哀れなのは彼自身。
生の喜びを見出し主の下で懸命に生きる彼を、
他人の手で望まぬ姿に変えられ命の期限を定められた彼を、
どうしてこの手に掛けなければならないのか…!?

「偉大なる始祖よ。
この世界に生きる者達に遍く差し伸べられる貴方様の御手も、
あの小さな異世界からの来訪者には届かぬというのですか…?」

それとも、これは罰なのか。
六千年もの永き時を掛けて尚も聖地を奪還できず、
同じ人間同士争い殺し合う我々への警鐘だとでもいうのか。

幾ら問おうとも始祖は答えてくれない。
見守っているのか、それとも見放されたのか。
そのどちらであろうとも答えを出すのはいつも自分達自身なのだ…。


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