ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

使い魔は刺激的-22

最終更新:

familiar_spirit

- view
だれでも歓迎! 編集
 『商品』を治療する貴族の姿を、男は物陰に身を潜めてじっくりと観察する。
 死角から覗いているので何をしているのか解らないが、おそらく治療を施しているのだろう。
 あの『商品』を見捨てるのであれば、とっくに逃げて出している筈だが、その素振りもみせない。
 致命傷には至らない場所に傷を与え、貴族の女に治療させる。
 精神力を消耗させる為の策だったが、正直なところ如何でも良かった。
 相手に恐怖を与えるのが本当の目的だったのだから。
 自分が置かれた状況を考えるなら、『商品』を傷つけた者が誰なのかは明白だ。
 そして、逃げてきた『商品』を追いかけて来ることも当然予測出来るだろう。
 大抵の人間は逃げる。あの女も脇目も振らずに逃げると、そう思っていた。
 だが違った。
 自分に危険が迫っているような状況にも拘らず、意外にもあの女は『商品』を助ける方を選んだ。
 彼女のように自らの身の危険も顧みずに弱き者を助ける者こそ、本当の貴族というのだろう。
 そうして暫く様子を窺っていると、精神力が切れたのか、貴族の女が服の袖を破って止血をしている。
 僅かに見えた顔は焦燥に駆られていた。
 芝居かもしれないと考えたが、此方に気付いているのなら、もっと別の反応をする筈。
 本当に治療に手一杯なのだろう。
 男は立ち上がり、天を仰いで運命に感謝した。
 暇潰しに平民を殺していた自分を父が怒り、家から追い出さなければ今日の出会いは無く、
 こんな素晴らしい貴族と出会い、その誇りと尊厳を汚し、嬲り尽す機会は訪れなかっただろう。
 口中より人差し指程の長さの杖を吐き出し、付着した胃液を拭って摘むようにそれを持つと、
 その無防備な背中に杖を向けて呪文を唱える。
 杖の先端に仄かな光が灯り、それが徐々に大きくなり拳大の大きさで膨張を止める。
 そして、男はゆっくりと狙いをつけ、それを撃ち出した。

 背後から迫る火球を身を翻して回避した女は、そのまま後ろを振り返ることなく
 守ろうとしていた『商品』を置き去りにして、一目散に逃げ出した。
 その背に男は幾度も火球を撃ち込むが、まるで後ろに眼がついているように、
 無様に何度も地面を転がりながらも、その全てを辛うじて避けて詰め所の裏手へと走る。
 男も物陰から抜け出し、その背を追って駆け出す。
 途中、倒れ臥した『商品』を人質に取ろうかとも考えたが、それを止めた。
 やはりあの女も『貴族』だった。
 見捨てられた『商品』を人質に取っても、あの貴族が戻ってくる事は無いだろう。
 男は、ほんの僅かだが憐憫の眼差しで『商品』を一瞥し、続けて火球を撃ち出す。
 火炎放射で焼き払っても良かったが、流石に焦げた死体相手には欲情できない。
 何度目かの火球を避けた女が、此方を僅かに振り返る。
 怯えた眼をしていると思っていた。だが、しかし、僅かに見えたその眼は決意に満ち溢れていた。
 誰かを守るために戦う事を決めた、勇気と僅かな恐怖を湛えた眼だ。
 最も好ましく、最も踏み躙りたい眼だ。
 男は背筋に電流が走るのを感じ、肉体を内から破って飛び出しそうな、混沌とした欲情を持て余し、
 押さえるように両手で自分を抱きしめ、女の後を追った。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
『次!左前方に飛べ!!』
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
『良し!そのまま転がって…今だ!立ち上がれ!!』
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
『そのまま走り抜けろ!!』
 頭上を、脇を、足元を、男が放った炎が身体を掠めて飛んでいく。
 揺れる髪が、マントが焼かれ、焦げた臭いが鼻を衝く。
 あの男をやっつけてジェシカ達を助けると自分に誓った。だけど…怖くて堪らない。
 喉の奥から込み上げる悲鳴を何とか押さえ込みながら、私は全力で走る。
 怖くて怖くて仕方が無いけど、あの角を曲がれば、ほんの少しの間だけど、コレから逃げられる。
 一呼吸分あるかないかの安息だけが、今の私を走らせている。
『そのままの速度で角を曲がるんだ!コケたりするなよ!』
 建物の角までもう少し、そこまで行けばという思いが、心を縛った恐怖という名の鎖を緩ませた。
 ジェシカの安否を確かめようとする、その心が鎖を緩ませた。
 ロビンには絶対に振り向いてはいけないと言われていたが、私は振り向いてしまった。
 そして見てしまった。あの男の眼を。様々な、考えたくも無い感情を湛えた眼を。
 身体の内側で、何かが折れる音が、聞こえた。

 角を曲がって少し歩いた所で、お嬢さんが突然立ち止まり、座り込んだまま泣きだした。
『どうした?どこかやられたのか?』
 私の呼びかけにも答えずに、地面に腰を下ろしたまま、子供のように泣いている。
 やはり思っていた通り、この状況に耐えられなかったか。 
 一時的な幼児退行を起こしているみたいだな。
 しかし、普段気の強い女がこうやって泣いているのを見るのも、中々にオツなものだ。
 もう暫く見ていたい気もするが、そんな余裕は何処にも無い。非常に残念だが。
 だが、今からする事を考えればこの方が都合が良い。
 今の彼女ならちょいと希望を見せてやれば何でも言う事を聞くに違いない。  
『大丈夫かい?随分怖い思いをしたね。でもあと少しだけ頑張ってくれないかな?
 このままだと、君も私もジェシカ達もみんな死んでしまうんだ。
 ホラ、あそこに小屋があるだろ?あそこに隠れよう。アイツをやり過ごすんだ』
 子供が考えそうな、その場しのぎで先を見ていない非常に甘い説得を受け入れたのか、
 お嬢さんが泣きながら、身体を震わせて立ち上がり、頼りない足取りで小屋へ向けて歩き出す。   
 扉を開けて中に入る。予想通りここは物置小屋だった。
 様々な雑貨があるが、この狭さがベリーグーだ。
『お嬢さん、ちょっと魔法を使ってくれないかな?アイツから逃げるには必要なんだ。
 ほら、覚えてるだろ?授業で習った『錬金』だ。私の言う物を作って欲しいんだ』 
 言うがままにお嬢さんが杖を振るい、残り少ない精神力が無くなって倒れこんだ。
 だが、目当ての物は出来た。
 思っていた通りだ。私が寄生している分だけ精神力に余裕が有ったみたいだな。
 さて、意識が無い今がチャンスだ。少しの間だけ身体を借りよう。

 周囲に立ち込める大地が焦げた臭いを掻き分け、爛々とした眼で女の後を追う。
 建物の角を曲がって杖を構えると、女が物置小屋の中に入って行くのが見えた。
 意味が解らない。
 あれだけ炎を見ているのに、小屋ごと焼かれると考えなかったのだろうか?
 精神力が残っているなら何処からか奇襲を仕掛けてくる事も考えられるが、
 それなら何故自分から追い詰められるような事をする?
 男は杖の先に火を灯し、ゆっくりとした足取りで小屋へ向けて歩を進める。
 その間に女が小屋へと隠れた理由を考えたが、考えれば考えるほど理解できない。
 仮に何がしかの罠を物置小屋までの地面に仕掛けてあると考えたが、詰め所の周囲は
 誰かが隠れて近づけないように、草が刈り取られて見晴らしが良くなっている。
 何かを仕掛けられるような、そういった物は何も無い。
 全く持って解らない、意味不明の行動だ。
 そうしている内に、物置小屋の前まで辿り着いた。
 安全策を取るなら、このまま焼いてしまった方が良い。
 しかし、男は被りを振りその考えを否定する。
 獲物を恐れる狩人はいない。なによりも顔が火傷を負っては楽しめない。
 それをするのは一番最後だ。
 男は扉を開け放ち、杖を小屋の内へと向けて、突如巻き起こった爆風に内と外をから肉体を
 焼き尽くされ、何が起こったのかも理解できずにこの世から消え失せた。

 ジェシカは御者台に腰掛け、街へと向けて馬車を走らせる。
 その横には顔中が痣だらけになった、自分を刺した男が縛られて転がされている。
 その殆どは馬車の中にいる子と、自分がやったものだ。
 “これだけ酷い事をされたんだ。やられっ放しじゃ気が済まないだろう?”
 そう言って、モンモランシーさんは笑顔のまま角棒で男を殴りだした。
 勿論、私達もそれに続いた。
 私は、他の子達もだけど、殴りながら、ザマミロ&スカッとさわやかな笑いが出てきてしょうがなかった。
 街に着いたら衛兵に男を引き渡して、後ろの子たちと一緒にうちの店でご飯を食べよう。
 パパ、きっとビックリするだろうな。ううん、きっとビックリする。後ろの子たちが。
 そう言えば、最後にモンモランシーさんが変のことを言っていたな。
「モンモランシーさん、ありがとうございました」
「済まないが今は違う。『私』の事は、そうだな―――」
 『FF』って呼んでくれって言ってたけど、モンモランシーさんの渾名なんだろうか?
 まぁいいか、今度うちの店に来てくれた時にでも聞いてみよう。
 街の門が見えてきた。やっと帰って来れたわ。
 本当にありがとう。FFさん。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー