ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-41

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「………………」
アニエスの目蓋が開く。
寝床から見上げた天井は宿舎の物より遥かに高い。
当然だ、ここは貴族専用の宿。平民のごった煮である宿舎とは違う。
窓を開けるとそこには朝靄の立つラ・ロシェールの町並み。
まだ陽は昇りきっておらず人の気配もない。
出航は夜なのだからまだ寝ていてもいいのだが、
体に染み付いた早起きの習慣がそれを許してくれない。
せっかくの高級ベッドを名残惜しそうに見つめながら彼女は支度を整えた。
不意に窓の外へと顔を向けた彼女が宿から外に出て行く影を目撃した。
それはソリを引いた犬。考えるまでもなくミス・ヴァリエールの使い魔だ。
まあ犬だから散歩ぐらいはするだろうとそのまま彼女は見送ろうとした。
しかし、その視界の端には彼の後に続くワルド子爵の姿があった。
(……マズイ!)
アニエスとて無神経な人物ではない。
彼とワルド子爵の仲が良くない事ぐらいは感付いている。
その二人が揃ってどこかに行くとなれば必ず良くない事が起きる。
その直感に従い、彼女はルイズの部屋へと走った。

「……んで話ってのは何だ?」
中庭にある寂れた練兵場でデルフが口を開いた。
目前に立つのは魔法衛士隊の隊長ワルド。
早朝、彼がいつもの訓練をしようと外に出た所、
待ち受けていたワルドに“付いて来い”と言われたのだ。
しかも連れてこられたのはこんな場所。
“こりゃ、どう見ても相棒に喧嘩売ってるとしか思えねえな”
それが分かった上で、あえてデルフは問いただす。
「ここはかつて砦でね、昔の貴族達はここで互いの魔法を練磨し競い合った。
貴族同士の決闘もしばしば行われたそうだ。
もっとも今あるようなお遊びではなく、互いの命を賭けた本当の決闘だ」
「はぁ?」
「古き良き時代の話さ。強く勇敢な王と誇り高き貴族達。
過ぎ去りし過去の栄華はこの中庭のように醜く朽ち果てた」
困惑するデルフの前でワルドは歴史の講釈を続ける。
まるで名残惜しむかのように練兵場へと向けられるワルドの視線。
彼はワルドの悲しげな瞳の中に憎悪を感じていた。
だが、それが何に対してのものなのか彼には理解できなかった。
「しかし時には下らない理由で決闘になる事もあった。
例えば……どちらが強いのか決着をつけたいなんて事でもね」
ワルドの杖に手が掛けられる。
それを見ながらハッとデルフが笑う。
「何だ、さんざ勿体つけて結局それか。
因縁つけて喧嘩吹っ掛けたいだけかよ。
犬に嫉妬なんざみっともなくて見てられねえな」
「ああ、そうだな。それも理由の一つだ」
デルフの悪態にもワルドは表情を崩さない。
それで相手が本気だとデルフは分かってしまった。
こちらにその気なかろうが向こうは平然と仕掛けてくる。
逃げようとすれば背中から斬り付けるだろう。
「…どうやらやるしかないようだぜ相棒」
それに黙って頷きデルフを引き抜こうとした瞬間。

「双方、そこまでだ!」
中庭に女性の声が響き渡った。
振り向くとそこには鋭い目をしたアニエスがいた。
視線の先に捉えているのはワルド。
まだ彼の手は杖に掛かったままだった。
アニエスは状況を推測し訊ねる。
「これはどういう事ですか子爵?」
「なに、同行相手の実力は知っておきたいだろう?」
「彼の実力は既に拝見しています。
無駄な争いで戦力を損耗させるなど愚行です」
ワルドとアニエスが口論する中、ルイズはどうするべきか戸惑っていた。
アニエスの言う事は正しい。
それに私は使い魔もワルド様も怪我して欲しくない。
だけど彼女の口調は強く、まるでワルド様を責め立てるようだった。
どちら側に付くべきか悩む彼女を余所に口論は激しさを増す。
だが、それはワルドの一言で終焉を迎えた。

「君はいつから貴族相手に命令できるほど偉くなった?」
「!!?」
刹那、アニエスの首筋に一筋の冷たい感触が走った。
恐る恐る自分の首に手を当てる。
ようやく頭と胴が繋がっている事を実感し息を漏らした。
竦む私の横を通り抜けて子爵はルイズの下へと歩み寄る。
そして彼女の頭を撫でながら彼に振り返り告げた。
「どうやらルイズを困らせてしまったか。勝負はお預けにしよう」
それだけ告げると私には一瞥もくれる事もなく彼は中庭から去って行ってしまった。
「はぁ…はぁ…は……」
止まっていた呼吸が猛烈な勢いで再会される。
ワルド子爵の殺気に当てられ流れ落ちる冷たい汗。
首を刎ねられたと思った…否、確実に刎ねられていた。
ここにミス・ヴァリエールがいなければ。
彼は並々ならぬ興味を彼女とその使い魔に抱いている。
そして、それ以外の者には目もくれない。
だが邪魔するのであれば容赦なく排除するだろう、それが平民なら尚更に。
(……貴族らしさ、か)
ワルド子爵を貴族の鑑と評する者は多い。
だが貴族であるが故に平民を何とも思っていないのだろう。
もし逆らえば平民の私に次は無い。
メイジ殺しと呼ばれても子爵との差は歴然。
情けない話だ、私は戦う前から敗れたのだ…。


夕方過ぎ、ワルド様がグリフォンに乗って戻ってきた。
既に船長と交渉しアルビオンに渡る手筈をつけたらしい。
出航は今夜、今すぐにでも船に乗って待機していた方がいいんだけど。
「うう……」
ちらりと視線を向けた先には二日酔いのギーシュ。
顔面は蒼白で今にも死にそうだ。
朝早くに私の部屋の扉を叩く音とアニエスの大声で
ただでさえガンガンと痛む頭が止めを刺されたそうだ。
そして何故か私の使い魔もいない。
「待っていても仕方ない。僕達だけでも先に船に…」
「いえ! 私が探してきます!」
ワルド様の声を遮り席を立ち上がった瞬間、大きな音と共に扉が開け放たれた。
期待と共に振り向いたその先にはボウガンを構える集団の姿。
何が起きたのか判らないまま立ち尽くす私に一斉にその矢は放たれた。

「危ない!」
周囲に展開される旋風の守り。
それが矢の軌道を捻じ曲げ標的から逸らす。
更に次の射撃に備えエア・カッターでテーブルの足を切り盾にする。
襲撃される事を知っていればこそ彼の行動は迅速で的確だった。
今回は何の指示もしておらずルイズもワルドも標的に含まれている。
だからこそ疑いを晴らす事が出来る。
たとえ相手が何人いようともワルドはルイズを守りつつ突破できる自信があった。
だが他の二人にはそれが出来ない。
平民と戦闘経験のないドットメイジ、どちらも身を守るので精一杯だろう。
「あいつらは一体…!?」
「恐らくは森であった連中と同じだ」
「じょ…冗談じゃない!」
ルイズの疑問にアニエスが答える。
まるで付け回すかのように繰り返される襲撃に、
ギーシュの顔が恐怖で真っ青になっていく。
ここに彼女の使い魔がいたならば、
目前の敵を蹴散らしてしまうのだろうがそうはいかない。
今頃、彼はフーケが引き付けている。
この状況ならば分断されても不自然には映らないだろう。
「奴等の狙いが任務の妨害だとすると船が沈められるかもしれない」
ワルドの言葉に一同が凍りついた。
確かに街中にまで仕掛けてくる連中だ。
それぐらいしてきてもおかしくない。
「急ぎ船に向かう必要がある。
僕とルイズだけなら何とか突破できる、その間敵を引き付けてくれ!」


振り下ろされる巨大な拳。
それが岩を打ち砕き、散弾さながらに破片を飛ばす。
大小入り混じった礫の中から彼は致命的な物だけを避ける。
これが地の利と言うものだろう。
かつてフーケと戦った時よりも彼は苦戦を強いられていた。
なによりも彼の焦りが一段と冷静さを奪っていく。
彼女と遭遇したのは町の散策に出た時だった。
突然、彼の嗅覚がフーケの敵意を感じ取ったのだ。
その臭いには明らかな誘いを感じた。
だがフーケのゴーレムは放置できない。
もし岩か何かを宿に投擲されたら彼には防げない。
先手を打って潰さない限り、ルイズ達は守れない。
そしてフーケの狙い通り、彼は一行から引き離された。
その直後に宿が襲撃されるなど想像もせずに。
今、彼はルイズの不安を感じ取っていた、
一刻も早くフーケを倒して合流しなければ…。


「ほらほら、どうしたんだい?
早くしないと嬢ちゃん達が死んじまうよ」
そんな事を言いながらフーケは内心ハラハラしていた。
ゴーレムの肩に掴まり自らの姿を晒しての戦闘。
それが逆に自分に攻撃を集中させる事で攻めの幅を狭めているのだ。
どこに隠れようと見つかるならという苦肉の策だったが、
焦る彼の心理と相まって絶大な効果を上げていた。
もしも冷静にゴーレムへの攻撃も視野に入れていたなら、
今頃は殺されていてもおかしくはない。
まだ変身もしてないし、この調子なら案外上手くいくかもしれない。
そう思っていたフーケに向かって突然、氷の矢が降り注いだ。
「チィ…誰だい!?」
彼女が上空を見上げる。
そこには力強く羽ばたく一匹の風竜。
そして、その背に乗った二人のメイジの姿。
瞬間、彼女の脳裏に思い浮かんだのはあの日の敗北だった。

「あら、いやだ。もうボケたの? 年取るのってイヤよね」
「っ…! 誰がオバサンよ、誰が!」
「……それは言ってない」
頭上で繰り広げられる口喧嘩を彼が呆然と見上げる。
いや、言葉が出なかったのだ。
一緒に戦った心強い仲間がまた再び戻ってきた。
その嬉しさを表現する言葉を彼は持っていない。
ただひたすら再会の喜びに尻尾を振る。
それに少しだけ微笑を返しながらタバサが告げる。
「フーケは私達が。貴方はルイズの所へ」
「そうそう。これぐらいしなきゃ借りは返せないもの」
「わんっ!」
それに彼は力強く返す。
そして二人に感謝ながら彼はルイズの下へと走った。
判っている、二人だけではフーケ相手には厳しいと。
だが、そんな事は二人も判っている。
それでも自分に行けと言ってくれたのだ。
留まる事は許されない、二人を信じてただひたすらに走る!


その姿を見届けたタバサが振り返り告げる。
見据える先にいるのは土塊の巨人とその主。
「今度は貴方達が焦る番」
「さあ、そいつはどうだろうねえ?」
確かにここで逃したのは痛い。
しかしまだあの胡散臭い剣士がいる。
アイツなら勝てないまでも足止めぐらいは出来る筈だ。
それにこいつらを倒し、宿へ攻撃を仕掛ければ奴も戻らざるを得ない。
どの程度の実力かは前の戦いで把握している。
問題ない、確実に倒せる相手だ。
フーケの杖に合わせ巨人が両腕を掲げる。
「さあ掛かってきな! 力の差ってのを教えてやるよ!」
「あら、歳の差じゃなくて?」
「……殺す!」
まるで水を得た魚というべきか、
キュルケの挑発に感心しながらタバサがシルフィードを駆る。
万全のフーケ相手には勝ち目がない。
だが焦りと怒り更には慢心、これだけの隙を作った彼女ならば話は別。
いかに巨大な岩でもヒビが入れば脆くも崩れる。
それでも一人では無理、だけど二人なら…。
「さあ、やっつけるわよタバサ」
「…うん」
今なら言える。
彼女達を頼もしく思える気持ち。
それは私の弱さなんかじゃない、これが私の強さなんだと…。


「次!」
撃ち終わった銃をギーシュに渡し、
今度は装填の終わったものを受け取る。
盾から身を乗り出しアニエスが銃を構える。
放たれた弾丸が接近しようとした男の足を撃ち抜いた。
男の上げる悲鳴が他の連中の足を止めた。
銃と弓。互いに遮蔽物に隠れての撃ち合い。
膠着状態が崩れようとする度に起きる銃撃戦に膝が震える。
ギーシュのやっているのただの弾込め作業だけ。
この状況で多数の敵を押し込めているのはアニエスの技量に他ならない。
三丁の小銃を交互に使い射撃の隙を減らす彼女の知恵。
そして確実に敵を仕留める射撃。不利な戦況にも拘らずに冷静さを保つ胆力。
どれを取っても並の兵に出来る事ではない。

ギーシュには判らなくなっていた。
彼女のような人物が何故こんな地位にいるのか。
平民とメイジの差は大きいと思っていた。
だけど違う、平民だろうがメイジだろうが関係ない。
彼女は自分よりも遥かに優秀だ。
それが評価されないのが悔しかった。
でも、もしこの任務を達成できたなら彼女は認められる。
そして、いつかは兵を動かす立場の人間になるだろう。
知っていたんだ、僕には父上のような才能はない。
軍を指揮すればみすみす兵を無駄死にさせるだけだと。
だがアニエスなら…彼女なら出来る。
僕の代わりに王国と姫殿下を守ってくれる。
自分が信じられる人間に未来を託したいのだ。

「…子爵の後を追うんだ。今ならまだ追いつける」
なけなしの勇気を振り絞ってアニエスに告げた。
グリフォンと人の足では比べるべくもない。
だが船もすぐさま出航できるとは限らない。
それなりに手順を踏まなければならないだろう。
「バカを言うな。おまえ一人で何が出来る?」
「足止めぐらいなら」
「無茶に決まっているだろうが!」
「無茶でもやるんだ!」
頭から否定するアニエスを語気を強めて怒鳴る。
唖然とする彼女の目を見つめる。
彼女の目が白黒しているのが良く分かる。
まさか僕にこんな事言われるとは思いもしなかったのだろう。
当然だ、僕も言えるとは思わなかった。
今日の彼女は彼女らしくない。
ワルド子爵と何があったかは知らないけれど彼の言葉にあっさりと従った。
いつもならもう少し疑ったり否定したりした筈なのに。
だから怖くないと錯覚したのかもしれない。
「やらなきゃいけない事があるんだろ…?」
「…!!」
僕だってバカじゃない。
彼女ならゲルマニアに行った方が成功できる。
それをトリステインで頑張っているのは理由があるからだ。
だったら果たさなきゃいけない。
やるべき事があるなら…ここで止まっちゃいけないんだ。

「………………」
アニエスが黙って僕を見つめ返す。
互いに視線を外さぬまま時間だけが過ぎていく。
そして彼女は呆れたように溜息を漏らしながら口を開く。
「言ったからにはちゃんとやって見せろ」
「へ?」
「足止めだ」
アニエスが小銃の一つに手を掛け肩に背負う。
床に置いた火薬と弾丸も腰のポーチに戻す。
それは迎撃ではなく追跡の為の準備。
笑顔で頷く僕に彼女は続ける。
「そうだな。これは“私達”の任務だ。
ワルド子爵に横から指図される謂れはないし、
他人任せで任務を果たす気など更々ない」
真っ直ぐ見据える先にはワルド子爵が出て行った裏口。
その力強い眼差しを見てギーシュは確信した。
いつものアニエスが戻ってきたと。
「いいか、何人か足を撃って動けないようにしてある。
そろそろ誰かが助けようとする頃合だ、助けようとする奴を容赦なく撃て。
誰も助けようとしなくなったらもう一発、動けない奴に撃て」
…うん、本当にいつも通りの彼女だ。


「最初に言っておく、私は貴族が嫌いだ」
「まあ、平民に好かれる貴族の方が珍しいよ」
矢がテーブルを叩く音を聞きながら彼女が脱出のタイミングを計る。
その間、残った銃に弾を装填しながら彼女の話に耳を傾ける。
これから一人で戦う事を考えると無駄話もいいものだ。
夕食を吐き戻したくなる緊張が紛れる。
しかし、それも途切れた。
タンッと床を蹴って彼女が躍り出たのだ。
「出てきたぞ! 今だ!」
連中の中で威張っている男が声を上げる。
しかし射掛けようにも連中の矢は装填中。
所詮は数がいても指揮が整っていなければ力は発揮されない。
悠々と裏口へと回る彼女が不意にこちらを向く。
また何か指示が来るのかと思った僕に彼女は囁いた。
「だが、おまえのような奴は嫌いじゃない…死ぬなよ」
たった一瞬だったけど確かにアニエスは微笑んでいた。
目の前の恐怖も間近に迫った死も全てどこかに消えていた。
もし勝利の女神っていうのが本当にいるなら、きっとあんな風に笑うんだろうな。
駆け抜けていく彼女の足音を聞きながら敵へと向き直る。
敵は多数、手持ちは小銃二丁にワルキューレが七騎。
圧倒的な不利な戦況にも拘らず気力が満ち溢れる。
「“殿は戦場の華”と父上は仰っていったな。
ならば、このギーシュ・ド・グラモンにこれほど相応しい役目はない!」

散るのを恐れて咲かぬ薔薇はない。
咲き誇るのは自分を見てくれる誰かの為。
たとえ、それが一瞬でも構わない。
それを貫き通すのが僕の『見栄』なのだからッ!


沈んだ夕日が地表と重なって地平線を赤く染める。
まるでそれはこの地で流れた鮮血のよう。
それを見上げながらケンゴウは一人思い馳せる。
(…逢魔ヶ時とはよく言ったものだ)
夕と夜を隔てるこの一時を開祖の世界ではそう呼んだらしい。
この世の者ならぬ怪物が姿を見せる刻限という伝承。
それは正しく現実の物に成ろうとしていた。
「来たか…」
口に剣を咥えた一匹の犬が駆ける。
獣から漂う気配は尋常の物ではない。
大枚を叩き手に入れた名工の逸品と今日まで磨き上げた剣の腕。
その両者を合わせても未だに腕の震えは止まらぬ。
ラ・ロシェールまで来た以上、船での渡航が目的なのは確実。
ましてや今宵はスヴェルの月夜。
襲撃されれば桟橋まで行こうとするだろう。
ならば、その途中で待ち伏せれば存分に戦えるという読みは的中した。
もはや互いに退く道はない。
開祖と同じ異世界から来たのも縁。
どちらかが敗者の屍を踏み越えて生きるが定め。

「往くぞ! 我が乾坤一擲の太刀、受けてみよッ!!」
走る獣の眼前に飛び出し抜き身の刃を一閃する。
しかし、それはデルフによって容易く受け止められた。
瞬間、刃に走ったヒビが剣を上下に分断する。
砕けた剣先は石床の上を滑るように飛んでいった。
「なっ……!?」
唖然とした表情で男は彼を見送った。
その間、彼は攻撃どころか見向きもしなかった。
彼の眼中に自分の姿など映っていなかったのだ。
自身の無力に打ちひしがれて男の膝が落ちる。
「まさか…鋼鉄を断ち切ると謳われたシュペー卿が鍛えし業物が…、
たった一合も持たずに打ち砕かれるとは…」
己の未熟ゆえか…否、今の一刀は比類なき一撃だと自覚している。
受け止められるだけならばまだしも剣をへし折られるなどと…。
「まさか!!」
ケンゴウが顔を上げる。
互いの剣が衝突して折れたのならば相手の剣が勝ったと見るが必然。
ならば、あの剣はシュペー卿の逸品を遥かに越える物なのか!?
そんな物は自分の知る限り一つぐらいしかない。
「では、あれが伝説の使い魔ガンダールヴが振るったという魔剣か…!」
(正に鬼に金棒というべきか…)
これでは勝ち目はない、と彼は立ち去った。
仕事は果たせなかったし支度金を返せと言われても困る。
フーケに気取られる前に彼はゲルマニアへの夜逃げを決意したのだった…。


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