ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アンリエッタ+康一-27

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ざわざわ、と煌びやかな広間に喧騒が広がっていた。
今は双月がその姿を見せる頃。
今晩の舞踏会の豪華な会場に負けず劣らぬ、身を着飾った貴族や麗人が顔を揃えている。
その誰もが程度の差はあれ、名を知られた著名人。

そんな人一倍は自尊心がありそうな者達が、今か今かと待ち構えるように、視線を前方の重厚な造りの扉に向けている。
来賓達が見つめる向こう。つまりは、今夜の主役が扉の先にいるという事に他ならない。
これだけの視線を一身に受け止めるというのは、苦痛だろうか、それとも快感なのであろうか?
それは人それぞれだろうが、今夜の主役はどちらでもなかった。


色々と神経を使うが、いつもと変わらない事だと割り切っている。
これが自分の仕事であると割り切り、それを全力でこなす事が国の大事なのだ。
だから、どうという事はない。これはただの義務なのだから。
それに。こんな事で根を上げたら、こんな自分を助けてくれる者達に申し訳がたたないではないか。

そんな考えが脳裏を交錯していき。彼女、アンリエッタは秘めた瞳を表に現す。
見開いた瞳がまず見た物は、広間の視線が集まる重厚な扉。
相変わらず収まらない喧騒が、目の前の扉越しに伝わってくる。
少々物思いにふけって時間が経過してしまったようだが、特に問題はなさそうだ。

普段は可憐で清楚な白のドレスを身に纏った彼女だが、今夜は多少グレードアップ。
今夜の為に新しく仕立てられた、白の色は変わらないが豪奢なフリル増量のドレス。
どちらかというと、可愛くても動きやすい服の方が好みのアンリエッタには少し着慣れない感覚がある。
もちろん着慣れないというのは、普段着ているドレスよりもという意味で、実際はそれほど大差ないが。

当然ながら姫としての教育を受けた彼女の着こなしは完璧で、文句のつけようなど何処にもありはしない。
見られる為に作られたドレスなのだから、着こなす側にも相応の教養が必要だからだ。
言い方は悪いが彼女は「鑑賞」される為に、これから海千山千の者達の元へと出向かねばならぬのである。

有力者や権力者というのは実際問題、悪事をはたらいて権力や財を成した者も多い。
今日の来賓の貴族の中には、人様には言いにくい事をしていると思しき者も多数在る。
そんな狐狸ども相手に御機嫌を伺わなければならないのは実に面倒な事である。
アンリエッタとしても城へ招きたくはないのだが、招かねば無用な軋轢を生む要因にもなろう。

それに中身はどうであれ、相手は国の中枢に食い込むような者達なのだ。
排除しようとすれば混乱が生じ、国は荒れる。表面上だけでも友好的な立場を取っておくことに越したことはない。
「つくづく嫌な世界だこと」
アンリエッタは軽い溜息混じりに呟いた。

『えェ?何か言いましたか。アンリエッタさん?』
アンリエッタに届いた声。自身の使い魔である彼の声だ。
背後から聞こえてきた、その声に応えようと優雅に振り返るアンリエッタ。
「いいえ。何でもありませんわ、コーイチ……さん?」

彼女の最後の言葉は微妙に上ずったものとなった。
何故なら彼女の振り返って見た視界の中に、広瀬康一は何処にもいなかったから。
「あら。おかしい…ですね?」
声はあれども姿は見えず。確かに彼の声が後ろから聞こえてきたと思ったのだが。

狐につままれたようなアンリエッタだが、そんな彼女の肩に小さな衝撃。
「あはははッ」
咄嗟に振り返った彼女の見た先には面白そうに笑う、先ほど後ろから声を掛けてきた筈の康一であった。

そしてアンリエッタは笑ってる康一を見て、ハッと閃く。
「コーイチさん。あなた今のは音の能力で…!」
つまりはそういう事だ。さっき後ろから声を掛けてきたのは、康一のエコーズACT1が音の能力で発した声。
そして康一はアンリエッタが振り向いて気を取られてるスキに、彼女の背後に回りこんだという訳である。

そうと気付いたアンリエッタは唇を尖らせ、悔しそうな瞳で康一を見つめる。
女の子がそういう事をすると、何だか微妙に可愛らしいものだ。
アンリエッタ自身は怒っているつもりなのだろうが、その人目を引き付けるであろう麗しい顔立ちが余計に可愛らしさに拍車をかけている。
そんな無言で素敵な圧力に、康一は素直に頭を下げた。

「どうもスイマセンでした。ちょっと能力の実験してたんですけど、やり過ぎちゃいましたね」
そんな言い訳じみた事を話す康一の傍にはACT1が浮いている。
一応康一も意味もなくそういう事をやった訳ではない。
今夜の舞踏会の間、アンリエッタと連絡を取るためにACT1を配置しておくので、その実験を兼ねACT1で声を掛けたのだ。
もちろん悪戯心が無かったか、と聞かれると言葉に詰まるだろうが。

「もうっ!次は許しませんよ」
誤魔化し笑いをする康一に向かって、アンリエッタがちょっぴりだけ怒ったような声で言った。
「それはそーと、今日結構人来てるみたいですけど大丈夫ですか?
ACT1で広間の中を見てきたんですけど、大人の人ばっかりですよ」

少し話題を変えるように、康一が広間の来賓達の様子を語る。
「あんまりアンリエッタさんと同い年位の人っていないんですね。
あーいう大人の世界っていうの、僕ちょっと苦手だなァ」

確かに今夜招待に応じた来賓達は、皆アンリエッタより年を重ねた者達ばかりだ。
「わたくしと同じ年齢の有力貴族の子弟の方達は、皆さん魔法学院で寮生活をしておられます。
学業に加えて社交の為、王城に出向くのまでは難しいのでしょう」
今晩の舞踏会は有力貴族などしか参加していない。そういう訳で自然と貴族の子弟などは少なくなってしまうのだ。

「やっぱりコッチの人も勉強するのは大変なんですねー」
康一は微妙に遠い目をして、過去に自分が受けたスパルタ教育の事を思い出した。
誘拐されてクイズ形式の料理を出され、危うく「石鹸」や「英単語カードのコーンフレーク」などを喰わされそうになったのはいい思い出、かもしれない。
そんな感じで毎日食事時には阿鼻叫喚な世界へと変貌する魔法学院を想像して、康一はブルリと背筋が寒くなった。

……嫌過ぎる。こんな想像はするモンじゃあない。
瞬時にACT3を脳内に発現してドス黒い想像を粉砕ッ!
更には臭い物には蓋を的な考えで、想像を3・FREEZEで脳内の奥底へと沈める。

「てゆーか、魔法学院ってもしかして相当レベル高い学校なんですね。
という事はもしかしてタバサさんも、この国の結構良いトコのお嬢さんって事ですか?」
貴族の中でも一握りの有力な貴族の子弟だけが通える学校となると、
そこに通っているタバサもまた有力貴族の出身という事になる。

あまりお互いの事を話したりとかした訳ではないが、確かにタバサも相当整った顔立ちだし、
寡黙だが知性のある的確な判断をしたり、高い魔法の技量を持つ優れたメイジである。
康一にはあまり貴族の能力の基準が分からないが、それを持ってしてもタバサは非情に傑出した女の子だと思う。
ならばトリステインの有名な貴族の出自であると思うのは当然だ。

だがアンリエッタの答えは康一の考えとはちょっと違った。
「いいえ、ミス・タバサはトリステインの方ではありません。
依然読んだオールド・オスマンからの紹介状によると、彼女は他国からの留学生だとありました。
それにタバサという名は人につける名前ではありません。恐らくは偽名でしょう」

「偽名、なんですか?」
別に康一としては変な名前には聞こえないのだが、アンリエッタがそう言うのならそうなのだろう。
「留学生の身分でこのような事件に協力して下さるということは、それだけ色々と事情がおありなのでしょう。
あの歳で、あれほどメイジとしての技量を持つ方はそうおられません」

確かにタバサには色々事情があるのだろうと察する材料は余りある。
あの胆力にしろ魔法の技量にしろ、一朝一夕で得られるものではない。
数々の経験に裏打ちされた、名前や肩書きではない「実の力」を感じられた。

ともすれば何か裏があるのではと疑ってしまいそうになる、タバサの歳に見合わぬ力。
だがタバサはそんなチンケな些事を補って余りある正しい心を持っていた。
「他国の方とはいえ実力もそうですが、彼女の心持ちは素晴らしいものがあります。
一人の人間として敬意を払うに値する方だと、わたくしは考えますわ」

康一としてもタバサは年下の女の子であるが、そんな事に関係なく尊敬できる子だと思えるのは間違いない。
「でもタバサさんって外国の人だったんですね。何処の国の人なんだろう?」
このトリステインどころか、首都のトリスタニアの事さえ満足に知らない康一にとっては、
タバサがどんな国に住んでいたのかを想像する事もできない。

そんな康一の素朴な疑問の呟きに、アンリエッタは思う。
(確かにそこまではオスマン老も教えては下さらなかった。一体何処の国の出身なのでしょう?
でもそれは、いつかミス・タバサから直接聞けるのが一番いいですね。
彼女とは、とてもいいお友達になれそうだから)

あの青髪の小さな少女の顔を思い浮かべて、少しアンリエッタは微笑んだ。
そしてそんな二人の後ろから一人の足音。康一はその足音に気付いて振り向く。
つられてアンリエッタも振り向いて、そこにいたアニエスを見た。
「姫さま。枢機卿がそろそろ会場に出る準備を、と」

礼を取りながら、アニエスがマザリーニからの伝言を伝える。
「あら、もうそんな時間かしら。アニエス殿、枢機卿は今どちらに?」
「はっ。一足先に広間に出て姫様をお待ちしております」

それはいけないと、アンリエッタはパッと最後に衣装を確認して、良しと一つ頷く。
「それではアニエス殿、コーイチさんの事はよろしくお願いします」
「かしこまりました」
アニエスはそう言ってから、康一に向かって微妙に一つニヤリ。

康一は、間違いなく扱き使う気だ…、と思ったがアンリエッタの前なので何も言わない。
そんな感じでアンリエッタは扉の前にスラリと立った。
扉越しに聞こえてくる呼び出しの声。

康一は手順の邪魔をしないように後ろへと下がった。
アンリエッタと康一が、互いに手を軽く振って離れる。
そして一際呼び出しの声が大きくなり、広間から盛大な拍手が鳴り響く。
同時にアンリエッタの前の重厚な扉が重々しく開き、彼女の為の道を作る。

絶え間なく迎えの拍手は鳴り響き、最早引き返す事はかなわない。
康一と話していた時よりも、ずっと引き締まった表情でアンリエッタは扉をくぐる。
優雅に歩くアンリエッタの後姿を見つめる康一だが、ゆっくりと扉が世を隔てるように閉じられた。

ズン、と重みの篭った音で閉まった扉を、更に何秒か康一は見つめる。
そしてもう見えなくなったアンリエッタの後ろ姿を思い出して、背を翻した。
不思議な感覚が康一の身を包む。何だか寂しいような、アンリエッタが心配なような。

僕ってこんなに心配性だったっけ?、と思う康一。
何だか…今夜は長くなりそうな予感がした。


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