ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-40

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シルフィードが重なりかけた月を背に舞い降りる。
…どうやら上空にいた何者かには逃げられたようだ。
大きさからして人ではなかったらしいので竜か何かだろう。
恐らくはこの惨事の張本人、その乗騎。
今から追い掛ければ間に合うかもしれない。
しかしルイズ達の方が優先。
見失ったが向かう場所の見当は付いている。
この先にあるのは港町ラ・ロシェール。
それより先に向かう気ならどこかで宿を取っていた筈だ。
そう考えて彼女はシルフィードの背に乗ろうとした。
しかし、その彼女の耳に騒々しい声が響いた。
見れば縄で括られた男が衛兵に連行されている途中だった。
丁度いい、色々と確かめたい事もある。
タバサが衛兵の下へと歩み寄る。

「ん? 何者だ、そこで止まれ!」
彼女の姿を認めた衛兵が警戒する。
もう深夜に差しかかろうという頃。
そんな時間帯に人気のない森から少女が出てくれば誰でも不審に思うだろう。
最悪、吸血鬼と見紛われても仕方がない。
言われるがまま、足を止めたタバサが衛兵の前に何かを落とした。
それは傭兵の頭が持っていた金貨。
突然、金貨を投げ渡され困惑する衛兵にタバサは答える。
「森の奥で拾った。多分、まだ落ちてる」
「な…!」
その言葉に衛兵は唾を飲み込んだ。
下らない護送任務と思っていた仕事に金の臭いがしてきた。
恐らくはまだ誰にも知られていない筈だ。
今なら自分の金に出来るかもしれない。
しかし職務を放棄するのは少しマズイ。
衛兵の表情からその迷いを読み取ったタバサが囁く。
「木に括りつけておけばいい。その間、私達が見張ってる」
「だが…」
「急がないと他の人が取るかも知れない」
「わ、分かった。では後は任せたぞ」
そう言うと脱兎の如く衛兵は森の中へと消えて行った。
“金をちらつかせただけであの有様か…”
あまりの他愛の無さにキュルケがフンと鼻を鳴らす。
あの程度の危機意識でトリステインは本当に大丈夫なのだろうか?
まあ、今は他国の衛兵の練度について考えている場合ではない。
くるりと彼女達は取り残された傭兵へと向き直る。

「お、俺に何の用だ?」
二人に問いかける男の声は上擦っていた。
突然現れた少女二人は夜の森の不気味なイメージと相まって、
この世の物とは思えない恐ろしげな物に見えた。
ましてや化け物に返り討ちにあったばかりである。
もう何が起きてもおかしくはない。
男の精神に刻み込まれたバオーの爪痕。
それが恐怖を喚起させるのだ。
「雇い主は誰?」
「……!?」
タバサの核心を突く問いに男が息を呑む。
自分達は盗賊を装って仕掛けたのだ。
勿論、連行する衛兵達もそう信じ込んでいる。
なのに、この少女はそれをあっけなく看破したというのか?
いや、きっとカマを掛けているに違いない。そうに違いない。
「何の事だかさっぱり分から…」
男が視線を外しながら言おうとした瞬間、
後ろで舌なめずりしている風竜に少女が話し掛ける。
「…まだ食べちゃダメ」
たった一言、それだけで男の心臓を凍らせた。
風竜の視線の先にいるのは自分だけ。
その眼は完全に標的をロックオンしている。
再び少女が自分へと向き直り、あえて聞き返す。
「よく聞こえなかった。もう一度」
もはや男に虚言を用いる気力は残されていなかった…。

雇い主の背格好や年の頃。
その人物が出してきた幾つかの条件。
あの馬車に関する情報は与えられたか等、洗いざらい全てを吐かせた。
タバサが一番気になったのは“使い魔は必ず焼き殺す”という条件だ。
それに彼女は一つだけ思い当たる節があった。
以前、フーケとの戦いでギーシュが辺り一面火の海に変えた時だ。
その時、彼は足を止め炎の中に飛び込もうとしなかった。
今にして思えばその行動には疑問が湧く。
あれだけの生命力を持っているなら多少焼かれても平気な筈だ。
それをしなかった…いや、出来なかったとしたら理由は唯一つ。
彼は火を恐れている、そしてこの襲撃を指示した人間もそれを知っていた。
だとすると雇い主はそれを目撃したフーケ……違う、彼女じゃない。
盗みの邪魔をされたぐらいで散財覚悟で報復するとは思えない。
幾つもの断片が組み合わさり雇い主の想像図が浮かび上がっていく。
こちらの内部事情に通じ自ら危険を冒す事無く行動する人物。
もしかしたら既に一行の中に潜入しているかもしれない。
不安を胸中にしまったまま、彼女達はシルフィードと共に空へと舞い上がる。
彼女の感じた悪寒は現実の物へと変わろうとしていた。


「………ふぅ」
ぱたりとアニエスはベッドに倒れ込んだ。
ふわりと柔らかい羽毛が彼女を優しく受け止める。
クッションが効いているばかりでなくシーツも上質。
あまりの心地良さにマタタビを嗅いだ猫のようにゴロゴロ転がる。
一泊幾らぐらいするのか怖くて子爵には聞けなかった。
大変な道中だったが、こんな役得があるのなら良しと思えてしまう。
(…こんな所で何泊もしたら二度と宿舎のベッドでは眠れんな)
ラ・ロシェールではないが岩から削りだしたのではないかと思うような固さだ。
同じ事を宿舎でやろうとしたら鼻を強打して血が止まらなくなる。
身を以って確かめたから間違いない。
きっと野宿しても大丈夫なように訓練してるに違いない。
そう確信しながら他のメンバーの事を思い耽る。
ミス・ヴァリエールは疲れていたので寝ているし、
ワルド子爵も寝込みを襲うような真似はしないようだ。
ミスタ・グラモンは下の階で酔い潰れている。
後でソリに乗せて運ぶとデルフが言っていたので放置しても問題ない。
やはりまだ学生、酒に頼らねばならない程に任務が怖いのだろう。
助けを求めているのか、時折魘されるように私の名を呟く。
情けなくも思うが頼られるのは悪い気がしない。
正直、戦力としては充実してもどこか頼りない。
その負担は余す所無く私に圧し掛かるだろう。
だが、この密命を果たせば私の信頼と評価は確実に高まる。
そうなれば届くのだ、村を焼き尽くした仇へと。
轟々と燃え盛る暖炉の火、彼女の瞳はその中にかつての故郷の姿を見出していた…。


「はぁ……読みが甘かったねえ」
酒場のカウンター席でボトル片手にフーケが愚痴る。
ワルドに頼まれた人集めは難航していた。
これだけ人が居るのだから苦労はしないと思っていたのだが、
前回の騒ぎが噂になっているらしく慎重な連中は話に乗ろうとしない。
そして、ここに居るのはアルビオンで一稼ぎ終えた連中ばかりだ。
高額の報酬とはいえ誰もそんな危険を冒そうとはしない。
仕方ないのでゴロツキまがいの連中一人一人に声を掛けて頭数だけは揃えた。
しかし、とても戦力と呼べる代物ではない。
ワルドはここで使い魔を置き去りにしていく計画を立てている。
まずは主を説得し、それから…という事なのだろうか。
その為の足止めをやらされる訳なのだが一人であの怪物の足を止めるのは自殺行為。
出来れば腕の立つ奴を掻き集めて挑みたいのだが…。
「けっ、なーにが“敵に手の内を見せたくない”よ。
アンタが偏在使ってくれりゃ済む話じゃないのさ」
期待の新戦力がこんな所でおっ死んでもいいんですかー?
それともスカウトしたのは足止めの為の捨て駒とか…あ、ちょっと有り得るかも。
酔いが良い感じに回ってやさぐれ気味になる。
もう既に深夜を過ぎた時間、今頃あいつ等は上質なベッドの上で横になっているだろう。
いくら盗賊だからって夜更かしが好きな訳ではない。
むしろ美容にとって非常に宜しくない。
かといって手持ちの駒がこんな状況で安心して寝られるほど図太い神経はしていない。

「ん……?」
ふとフーケが酒場の片隅に目を向ける。
そこには剣を腰に帯びた一人の黒髪の男が居た。
椅子に座っているようにも見えたが腰は浮いたまま、
店全体を悠然と眺めながら客一人一人の所作に気を配っている。
恐らくはこの店の用心棒か、そう判断したフーケはチップを置きながらマスターに声を掛ける。
「マスター、あの人は?」
「ああ、あの男ですか。うちで雇っている用心棒でして」
「腕は立つんですか?」
「そりゃあ勿論。何しろ戦場帰りで血の気の多い連中が集まる所ですから」
(……やっぱりそうか)
用心棒から漂う只ならぬ雰囲気。
ゴロツキ共や傭兵達とも違うその空気にフーケは何かを感じていた。
例えるなら決闘に赴く騎士に近いものだ。
しかしあの男はメイジではない。
何故そんな錯覚を感じたのか、彼女は不思議だった。
「ただ変わり者なのが難点なんですがね」
「変わり者?」
「ええ。なんでも自分は異世界から来た剣士“サムライ”の末裔だとか言い張ってまして。
いずれ自分の流儀の剣術道場を興す為に金が必要だとか…」
マスターが苦笑いを浮かべながら語りだす。
確かに他の人間にしてみれば与太話もいい所だ。
しかし実際に“光の杖”や“異世界の書物”を目撃しているフーケは違う。
もしかしたら男の言っている事は事実かもしれない。
その話に興味を引かれ男の下へと歩み寄る。

「こんばんわ」
「……拙者に何用か?」
「貴方に割の良い仕事の話があるの。色々と要り様なんでしょ?」
男の視線がじろりとこちらに向けられる。
髪と同じく黒い瞳。シエスタというメイドも同じ色をしていた。
ハゲが言うには彼女の曽祖父も別の世界から来たらしい。
という事はこの男も同じように異世界の人間の血が混じっているのか。
考察に耽る彼女に用心棒が静かに尋ねる。
「では、件の兵を集めている女というのはお主の事か。
なんでも相手は傭兵を一蹴する程の手練の集まりだとか…」
「!!」
ちっ、とフーケは舌打ちした。
これだけ噂が飛び交っているのだ、情報の集まりやすい酒場なら当然知られている。
くそ、こんな事なら他の誰かに仲介させるべきだった。
警戒した相手は二度と話に飛びつくまい、そう思っていた。

「……その依頼、お引き受け致そう」
「は?」
「それ程の相手を倒したとあれば我が流派の名も馳せよう。
相手は強ければ強いほど良い、それでこそ剣の振るい甲斐もある」
ニカリと笑みを浮かべ男は立ち上がった。
そして戦いの前の高揚感に身体を打ち震わせる。
恐らくはゴロツキ如きでは相手にさえならなかったのだろう。
(…戦闘狂って奴かね、こいつは)
何にせよ断る理由はない。
こちらもそれなりの笑みで返してやる。
「ああ、そうかい。そいつは良かった。
思う存分やってくれて構わないよ、相手は化け物だからね。
アンタと同じく異世界からやってきたっていう怪物さ」
「…物の怪の類か」
開祖である先祖より伝えられし数多の妖怪の姿を男は思い浮かべる。
幼少の折には夜には厠にも行けなくなるほど恐れたものだ。
しかし全ては元の世界に戻れず無念の内に散った先祖の為。
彼が生きた証を残す、それこそが我が一族の宿願。
その為にハルケギニア全土に我が流儀を知らしめん。

「んで、アンタの腕ってどの程度の物だい?」
「“剣は見世物に非ず”と言いたいが止むを得まい。
どれ、腕も剣も錆び付いてなければいいが」
スッとフーケが飲んでいたボトルに手を掛け、男がテーブルに置く。
それで何をするつもりなのかとフーケが口に出そうとした瞬間。
鍔鳴りの音と同時に風が舞い上がった。
それが無ければ彼女には剣を抜いたのかさえ察知できなかった。
しかし一体何をしたのか、テーブルの上に置かれた瓶に変化はない。
私の反応を楽しみながら男は柄尻でテーブルを叩く。
途端に袈裟に斬られたボトルの上半分がテーブルへと滑り落ちた。
唖然とする私の横で用心棒は満足そうに笑みを見せた。
「この程度の腕だが物の怪相手では不足か?」
「は……あはははははは、やるじゃないかアンタ!
気に入ったよ、報酬とは別に支度金を用意してやるから準備しな!」
「忝い。得物が些か傷んできていたのでな」
礼を言いながらフーケから金貨の入った袋を受け取ると男は店の入り口へと歩く。
ふと大事な事を聞き忘れたフーケが彼に問い掛ける。
「アンタ、名前は?」
「ケンゴウ。かつて開祖が呼ばれし称号だが、
それを皆伝した証とし名乗るが一族の慣わし故」


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