ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-22

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匿名ユーザー

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寺院がある。立派な大きさではあるが、手入れをされていないので屋根や壁は錆でくすみ、門柱は崩れ、鉄の柵は歪んでいる。
ここはとうの昔に廃墟となった村、いまはオーク鬼と呼ばれる亜人の巣と成り果てていた。
森林を開拓して作り上げたのはいいのだが、近くにそいつらが住み着いていたので襲われてしまったのだ。
領主に兵の派遣を要請しても無視をされたので村人はとっくに出て行っている。
タバサはそっと木の陰に隠れ、寺院を覗いた。もうすでに作戦は始まっているので、まもなく中から豚に似たオーク鬼が来るはずだ。
その証拠にさっきから悲鳴がこだましていた。
やがて、戸が乱暴に開け放たれ血だらけになったオーク鬼が外へと走ってきた。
ンドゥールの水でやられた仲間の血だ。そいつらはそのまま門を開けようとする。
だが、そうはさせない。
『ウインディ・アイシクル』
タバサの魔法、氷の槍がいくつも彼らの前方に突き刺さる。オーク鬼の先頭が足を止め、次々とぶつかっていく。
そこに大きな炎が飛び込んでいった。
キュルケのファイアーボールだ。
オーク鬼は見かけとは裏腹の俊敏さでそれを避けるが、炎が地に着いた途端、彼らはより大きな炎に包まれてしまった。
これはギーシュが錬金で作り上げた油、地に染み渡らせていたのだ。
しかし、それでも全滅とはいかない。まだ数頭生き残っている。
そいつらはタバサ、そしてキュルケが隠れている木に向かって走り出した。と、その姿が消える。
ぷぎい、ぴぎい、と声がする。ギーシュの使い魔、ヴェルダンデが掘った穴に落っこちたのだ。
「やったわね」
キュルケがタバサの隣に降り立ち、別のところに隠れていたギーシュも彼女らに近づいた。
そして三人で穴を覗き込む。
必死に登ろうとしている様が見えたが、ギーシュは錬金で作った油を大量に中に注ぎ、キュルケが使い魔のフレイムに火を吹かせた。


夜、寺院の中庭で火を起こし、シエスタが料理を作っていた。なにかのシチューのようである。
その傍らではンドゥールたちが寺院に残されていたものの物色をしていた。
「やっぱりろくなもんがなかったわねえ」
「見つかったのは、銅貨と真鍮のネックレスぐらいか。ま、こんなものだろうね。
ンドゥール、君はいるかい?」
「いらん」
「だろうね」
とはいえ戦利品ではある。ギーシュは記念にそれらを袋に包んだ。
ちなみにこれで七件目であるため少々荷が嵩張ってきていた。そろそろ捨てるか魔法に使うかしなければならない。
ギーシュでもやろうと思ったらナイフにするということもできる。
ちと疲れるが。
「みなさんできましたよ。どうぞ、お食べください」
シエスタが出来上がった料理を配っていく。
パンとシチューという、学院にいたころでは考えられないほど質素な食事ではあるが不満はない。あろうはずもない。
シエスタが作るものが旨いためだ。なんでも実家に伝わる料理であるらしい。
「しかし、あなたもよくやるわよね。私たちだけじゃあどうなっていたことか想像したくもないわ」
「大したことありませんよ。罠とかなら簡単に作れますし、ンドゥールさんも捕まえるのを
手伝ってくれましたから」
「いやいや謙遜することはないさ。これも一種の才能だよ。うん、今日も美味しい!」
ギーシュは口を大きく開けてシチューを食べる。
彼は以前、シエスタに理不尽な言いがかりをつけていたこともあるが、すでにわだかまりはとれているようであった。
五人は夕食を食べ終えた後、これよりあとのことを話し始めた。
「僕はね、そろそろ学院に戻ったほうがよくないかと思うんだ」
「そうよねえ。誰にも言わずに出てきちゃったんだもん。きっとカンカンだわ。そういえば、シエスタはいいのよね」
「ええ。マルトーさん、料理長からンドゥールさんを手伝うんだったらかまわないって言われてますから。
なんならそのまま帰省してもかまわないって」
「そうなの。じゃあ、シエスタを実家に送り届けてから学院に戻るとしましょうか」
「い、いいんですか?」
「いいわよ。亜人との戦いにも慣れちゃったからこれ以上の進歩はなさそうだし。
三人もいいでしょう?」
肯定の返事が返ってきた。
「それで、実家はどこなの?」
「タルブっていう村です」


五人がシエスタの地元であるタルブの村に着くと、それはそれは大騒ぎになった。
貴族が三人もやってきたのでシエスタの家族は急ぎご馳走を用意し、村長さえも挨拶をしに出向いてきていた。
ンドゥールはやれどう紹介すればよいものかシエスタは悩んだが、結局奉公先で世話になっている人ということで落ち着いた。
そうして食事を終えると、ンドゥールたちはシエスタに案内され村を回ることにした。
夕日で赤く染まった草原。彼女は、はにかんだ笑顔で、これがこの村のもう一つの宝であると言った。
「でも、ンドゥールさんには見えないんですよね」
「ああ」
「………すいません。こんなこといっちゃって」
「かまわん。それに、風は感じることができる。いいものだ」
シエスタは心の底から嬉しそうに笑った。
「……あちゃー」
「ん、どうしたんだいキュルケ?」
「見なさいよあの子の顔、恋する乙女じゃない」
言われギーシュもシエスタを見る。確かにどこか熱っぽくンドゥールを見つめていた。
そうか、好きなのか。きっかけはなんだったんだろう、と、思ったらすぐさまわかった。
自分の醜い行いである。ちょっと死にたくなった。
「で、どうするんだい?」
「どうするもねえ、今からどっかに消えるのは不自然でしょ。それに、私もダーリンを譲る気は毛頭ないわ」
ふふ、と、キュルケは笑った。
「シエスタ、もう一つの宝だってことは、まだ名物みたいなものあるんでしょ? 案内してくれない?」
「あ、は、はい。こちらです」
シエスタは見えないようにため息をつき、歩き出した。ギーシュはンドゥールの後ろを歩きながらキュルケに向かって言った。
「君は本当に意地が悪いね」
「お黙り」


道中のシエスタの説明によると、その宝というものは奇妙な張りぼてであるとのことだった。
なんでも『竜の羽衣』というたいそうな名前はついているものの、鉄の板やらが組み込まれただけのもので、実際はただの大きな置物と化しているとのことだった。
シエスタの曽祖父がそれで空から飛んできたとのことだが、本当に飛ぶ姿を見た人物は一人もいないので嘘つき扱いをされ、そのうちどこにも行くあてがなかったので村に住み着き始めたのだそうだ。
「ここにそれがあるんです」
シエスタは四人を奇妙な形をした寺院に連れてきた。
丸木で組み立てられた門に石ではなく板と漆喰で作られた壁、木の柱、白い紙と綱で作られた紐飾り、とても一般的なものとはいえなかった。
「どうぞ。お入りください」
シエスタに促され、足を踏み入れようとしたギーシュたちだったが、ンドゥールの手にさえぎられた。
「な、なんだい?」
「……中に一人いるな」
「え、そういえば、お父さんがこれに興味を持った旅人が泊まっているって言ってましたけど、その人でしょうか」
「恐らくそうだろう。しかし、この足音は……」
ンドゥールはそう言ってすたすたと中に入っていった。シエスタたちもそれを追って中に入る。
すると、ンドゥールの言ったとおり、一人の男が『竜の羽衣』らしきものの前に立っていた。

彼は深緑のコートを羽織り、黒い眼鏡をかけていた。
じっとその『竜の羽衣』を見つめていたがンドゥールたちに気づき、こちらに振り返った。
「すみません。勝手に入ってしまって。すぐに出て行きます」
小さく頭を下げ、彼は外に出て行こうとしたがンドゥールの目前でとまった。
その瞬間、二人の間に奇妙な空気が形成された。ギーシュは鳥肌が立った。キュルケもつばを飲んだ。
のどかな村の中であるというのに、一瞬にして戦場になったかのようであった。
「なあ、そこの人」
男のほうが口を開いた。彼はンドゥールに向かっていっている。
「僕は君に出会ったことがあるかな? どうも初見の気がしないんだが」
「一度、会ったことがある。いや、正確ではないな。やりあったことがある。 それが正解だ」
「……失礼だが、名前を尋ねてもいいかな?」
「ンドゥールだ。花京院典明」
空気があまりの緊張に固まった。シエスタは気を失いかけ、ギーシュもキュルケも全身を汗で濡らしていた。
身も凍るほどの殺気がぶつかり合っているこの場に耐えられない。
「念のために尋ねよう。エジプトの砂漠で出会った、水と一体化するスタンド使いか?」
「そうだ。法王の緑。目は治っているようだな」
「ああ。君につけられた傷は完治したよ。跡は残っているけどね」
ずず、と、花京院と呼ばれた男の背後に人型の像のようなものが浮かび上がった。
ンドゥールも腰につけた水筒の蓋を外す。
まさに一触即発。
だが、爆発は封じられた。


「なにやってんだいあんたら!」
喝が入った。その怒声で充満していた殺気が掻き消え、花京院とンドゥールは臨戦態勢を解いた。
おかげでギーシュたちは呼吸が楽になった。
九死に一生を得た気分だったが、それをした人物を視認すると、礼を言う場合ではなくなった。
なぜならその人物は、ギーシュにとって苦い思い出のある女だったからだ。
「お前、『土くれ』のフーケ!」
「やあ」
彼女は包帯を巻かれた手を上げた。
「奇遇だね。言っとくけどやりあう気はないから、杖は出すんじゃないよ」
ふざけたことをぬかされた。
とはいえ、こんなところで戦いをおっぱじめるわけにも行かないのでギーシュもキュルケも杖を出すことはなかった。
「上出来。それで、あんたたちはなんでこんなことにいんの? その、ンドゥールまで連れて」
「マチルダ、彼らと知り合いなんですか?」
花京院が少し戸惑っているような彼女に尋ねる。どうやらこの二人は知り合いのようであった。
「ま、顔見知りみたいなもんさね。ほら、あんたらも積もる話があるようだし、とりあえずここを出ようじゃないか。
話ぐらいなら聞いてあげるよ」
突如現れたフーケに言われ、各々は寺院を出て村に戻っていった。
シエスタはどういうことなのか説明を求めていたが、ンドゥールは答えず、ギーシュもキュルケも事態がよくつかめていなかった。

六人はタバサのいるシエスタの家に向かった。
すると客人が増えたとまたてんやわんやになるところであったが、フーケがシエスタの父に挨拶すると彼は、村長のとこにとまってた人たちか、と言って落ち着いた。
『竜の羽衣』に興味がある旅人というのはフーケと花京院の二人のことだったのだ。
「それで、どっから話そうかね」
「まずは、どうしてここにいるか。それを教えてもらいたいわ」
キュルケが物怖じせず言った。フーケはよどみなくすらすらと答える。
「なに、ちょっとヨシェナベっていう珍しい料理があるって聞いてね。食べに寄っただけさ。
言っておくけど、盗みをするつもりはないからね。討伐隊が組まれちゃたまんないし」
「たしかに。それで、その彼とはどういう関係なのかしら。お仲間がいるなんて知らなかったけど」
「そりゃね。だってこいつと知り合ったのはあんたらと別れたあとだったんだ。知ってるわけがないさ」
「そう。で、そっちのノリアキ? あなたと私のダーリンはどういう関係なの?」
「ダーリン?」
キュルケの言葉を聞き、花京院はンドゥールに目を寄せた。
「そいつのことであってるよ。といっても、全然相手にされちゃいないようだがね」
「うるさいわよ」
むすっとキュルケはむくれた。
この旅の途中も、どんなにアタックしたところでちっともなびきはしなかったので自信を失いかけていたりする。
「ああ、僕と彼とはね、一度戦ったんだ。そのときは僕の負けだったけども」
「それだけ?」
「それだけだ」
ンドゥールも肯定したのでそれ以上の追求はできなかった。フーケも何か聴きたそうにしていたが、口をつぐんでいる。
「質問は終わりましたか?」
花京院がキュルケに尋ねた。
「ええ、こっちからはね」
「それでは僕からも聞かせてもらいます。というより、お願いがあります。
あの寺院に飾られてある御神体、譲ってはもらえませんか?」


「えっと、それは、なぜなんでしょうか。父によると、あれは墓碑銘が読めるものがいればその人に譲るようにと、おじいちゃんが遺言を遺したらしいのですけど」
「僕は読めます。海軍少尉、佐々木武雄、それがあれの持ち主」
シエスタは花京院の剣幕に押されながらも尋ねた。
「あ、あの、理由を教えていただきませんか? なぜあんなものが必要なのか」
「あれは、僕の生まれた国で作られた機械です。あなたの曽祖父が乗ってきたという話を聞きました。墓も遺品も確かめたので間違いありません」
「本当なのか?」
ンドゥールが尋ねる。花京院は肯定した。
「君は見えていないからわからないだろうが、御神体と言うのは飛行機だ」
「ひこうき?」
ンドゥールと花京院以外のメンバーが疑問符を並べた。そんな言葉を始めて聞いた。
「要は空飛ぶ機械。誰にも信じてもらえなかったみたいだけどね」
「なぜだ?」
「ガス欠さ。調べさせてもらった。たぶん飛び立ったものの気づいたらこんなところにいたんだろう。途方にくれただろうね」
花京院はやれやれというジェスチャーをした。
「そういえば、お前はどうやってこの世界に来た」
「僕は気づいたらここにいたよ。君の主人に殺されたあとにね」
「俺も似たようなものだ。お前の仲間に倒され、自害したあと気づいたら召喚された」
「つまり、互いにどうやってここに来たのかわからないと」
「そのようだな」
はあ、と、二人そろってため息をついた。話からして敵同士だったようだが、いまは同じ身の上であるようだった。
キュルケは情報を交換し合う二人を眺め、なんかこの世界とかわけがわからないけど別にいいか、と思った。
「それで、飛行機に乗ってどうするのだ?」
「あれの持ち主は東からやってきたらしいからね。東に飛んでいけば、なにか戻るための手がかりが見つかるかもしれない」
「そうか」
ンドゥールが小さな声で答えた。まるで胸に何かが詰まっているみたいだ。
「君は戻りたいとは思わないのか?」
「戻れば『あの方』のためにお前とお前の仲間たちと戦う。それは誇りが失われる。 まけたのだ。俺は。それを覆そうとする行為など、許せん」
「しかし、もう決着はついているはずだ。確かめてみたくはないかい?  僕は、君の主人に倒されたのだからね」
「そうなのか。となると、もうすんでいるか。『あの方』か『あの男』のどちらが勝利しているものか、もう一度会いたいものだ」


翌朝、ギーシュたちは荷を纏めて出発の準備をしていた。学院からふくろうが飛んできてお叱りを受けたのだ。
おまけに罰則も。予想していたことなので生徒の三人はしょうがないかと受け入れた。
シエスタはそのまま残っていてかまわないとのことだった。
ンドゥールは、花京院とフーケを御神体の飛行機に連れてきていた。彼は左手で機体に触れる。
すると、ぼうっと彼の左手に刻まれているルーンが淡く光った。
「それはなんだ?」
「ガンダールヴという使い魔のルーンであるらしい。これのおかげで、この飛行機の情報も知ることができる。日本で作られたゼロ戦、らしい」
「ゼロ戦。第二次世界大戦の代物か。すごいものが落ちてるものだ」
「なんなんだいそれ」
ちんぷんかんぷんのフーケが花京院に尋ねた。
「戦闘機ですよ。こっちだと竜に乗って空を飛ぶでしょ? 僕のいた世界は、これに乗って戦うんです」
「へえー」
じろじろとフーケはその『ゼロ戦』を見つめる。とても空を飛ぶようには見えない。
いいとこカヌーに羽をつけた大きなおもちゃである。
「でも、これをどうやって運ぶんだい? ガソリンとかいうのがなくて動かないんだろ?」
「ギーシュのコネで学院に運んでもらう。花京院、お前も来るか?」
「ああ。僕もいく。調べ物もしてみたいからね」
「じゃ、私とはここでお別れだね」
それは仕方のないことだ。学院に戻れば彼女の顔を知るものが大勢いる。
そんなところにいけば捕縛されてまた処刑を待つ身になる。それは勘弁願いたいのだ。
マチルダは乾いた息を吐いて二人に言った。
「達者でね」


学院に『竜の羽衣』とともに帰ると、軍人から運送代を請求された。
そのことについてはまったく考えていなかったンドゥールは困った。
花京院は金を持っていたものの全然足りなかった。
しかし、コルベールという教師が代金を肩代わりすると申し出てきた。
「いいのか?」
「かまわないさ。ただ代わりに研究させてくれ。こんな興味深いものを見たのは生まれて初めてだよ」
花京院は興奮している彼を見て、少し驚いているようだった
「それで、どうやって空を飛ぶんだね? ささ、早く飛ばしてみてくれたまえ。おお、好奇心でこんなに震えてきている」
「ガソリンがないのでできん。これと同じものがあれば空を飛ぶことができる」
ンドゥールはタンクに残っていたガソリンをコルベールに渡した。その匂いはやはり独特であったようだ。彼がすぐに鼻をつまむ。
「わかった。わかったよ。すぐに錬金してみるからね。それまで待っていてくれたまえ」
コルベールはそういい、走ってその場を離れていった。
「すごい人だな」
「ああ、この世界では珍しい人物だ。初歩的なエンジンをも作っていたので協力してくれるだろうとは思ったが、まさかここまでとはな」
「……そういえば、僕はここにいていいのか? 入る許可なんかもらっていないんだけど」
「そうだな、一応学院長のもとにいったほうがいいだろう。案内してやる」
そう言ってンドゥールが歩き出したところ、宿舎から一人の少女が走ってきた。その足音に彼は気づき、花京院もそちらを見やる。
疾走してきているのは桃色の髪をした少女、ルイズであった。
彼女は勢いを弱めることなく二人に近づき、どん、と、ンドゥールに飛びついてきた。
「どうした。いきなり」
「うるさいうるさいうるさい! ようやく帰ってきたと思ったらこんなところでのんびりしてて、すぐに私のところに来なさいよ! 私の使い魔だって自覚あるの!」
「……」
「考え込むな!」
ルイズはその小さな手でンドゥールを叩いた。怒っているようだが力は入っていない。
なぜかぼろぼろと泣いていた。
「どうなっているんですか一体」
蚊帳の外にいる花京院はそんなことを呟いた。
目を丸くしている。

ルイズはここしばらく授業に身が入らなかった。朝起きるのもかったるく、食事もあまり摂ることはなかった。
それでも惰性で出席はしていたのだが教師の言葉もほとんど耳に入らず、毎日毎日外を眺めていたのだった。
おかげで集中しなさいと怒られることがしばしばあった。
ところが、今日、亜人退治に出た連中が帰ってくると知って心が躍った。
いつもいつも自分の後ろから響く音が戻ってくる。そりゃあ嬉しかった。
しかし、迎えに行かずに自室で報告を受けようなんて思ったのにいつまでたってもきやしない。
貧乏ゆすりをしながらも辛抱強く待っていると、なんだか中庭がざわつきだしていた。
いらいらしたのでそちらを見やると、ンドゥールがコルベールと知らない男の三人で話し込んでいた。
腹が立った。あいつは主人の下に来ないでなにをしているのかと。なんでそんな知らないやつと親密になっているのかと。
メラメラと嫉妬が燃え上がった。相手は男だがそんなことは関係なかった。男色は珍しいものではないのである。
走った。走ってンドゥールの下に駆けつけた。
視界に入れると、なんだかもう久しぶりにあったから胸の中が爆発しそうなぐらい切なくなった。
だから飛びついてそれから殴った。
けれど隣の緑の男はその自分をなんだかおもしろそうに見ていて余計に腹が立った。
なんなのよと憤りたかったが、彼女は目から出所不明の涙が出てきてなにも言葉にならなかった。
それから緑の男、花京院はコルベールの助手ということでこの学院に居座り変な置物をンドゥールと一緒に調べ始めた。
それがまたルイズにとって腹立たしいことだった。
洗濯や掃除などはやってくれるのだが、授業にンドゥールはついてこずにずっと中庭で作業をしている。

つまり一日の大半、せっかく帰ってきたのに離れて生活しているのだ。近くにいるというのに顔を合わせることがほとんどない。
それは彼がいなかったときより辛く、寂しさが染み入ってきた。
それに、理由が理由だった。
東に元の場所に戻る可能性があり、あのヘンテコな置物であれば飛んでいける。
それはつまり――、帰りたい。そういうことじゃないのか。
と、色々あったおかげで、ルイズはすねた。


「いや、ここに来られても困るわよ」
「……」
ルイズがいるのはキュルケの部屋。深夜、いつまでたってもンドゥールが来ないもんだからならこっちも出て行ってやるとばかりに駆け込んだのだ。
隣に。
そんなことをしたところで彼なら簡単に居場所がわれるというのはわかっているのに。
キュルケは大仰にため息をついてベッドに倒れこみ、窓に張り紙をする。
今日は密会は中止と書いたものだ。念のためサイレントもかけて声が漏れないようにもした。
「ルイズ、あなたね、言いたいことがあったらはっきり言いなさいよ。私は心の中を読めるほど器用じゃないんだから」
「……わかってるもん」
「じゃあ言いなさいよ。なにか言いたいことがあるからここにきたんじゃないの?」
「………どうやったら、」
「んん?」
「どうやったら、男はなびくの?」
「はあ?」
さすがにこの質問には面食らった。キュルケは確かに男漁りが趣味であるため他の女子よりかはこの手の事は詳しい。
けれども、いくらなんでもそんなことを、しかも仇敵ともいえる間柄の相手から尋ねられるとは考えもしなかった。
なにしろ一般的には貴族も平民も関係なくはしたないことなのだから。しかし、相手は想像がついた。そんなのただ一人しかいない。
「ダーリンを誘惑するのなら協力しないわよ」
「な、なんであんなの誘惑しなくちゃいけないのよ!ばっかじゃないの! ばっかじゃないの!」
「そうだからここに来たんじゃないの。それともなに? 彼以外の、そうね、あのカキョーインとかいう男でもたらしこむつもり?」
「いやよ! そんなわけないじゃない!」
こりゃ会話にならない。キュルケはルイズの首根っこを捕まえて部屋からぽいっと出した。
付き合ってられないのだ。
それでもちょっとした助言をくれてやる。
「ルイズ、なびいてほしいのなら本人に直接いきなさい。回りくどいことをせずにね。
あなたにできるのはそれぐらいでしょ」

猫のようにつまみ出されたルイズは、結局自分の部屋に戻るしかなかった。
けれどもいまだにンドゥールは中庭にいて戻る気配はなかった。
あの変な置物を使いどこへ飛んでいくのだろう。
空を飛ぶなんてことは全然信じていないが、仮に本当だとしたら、彼はやはり『あの方』のもとへ戻るつもりにちがいない。
いくらなんでも目の前に餌がぶらさがっていたら誰だって飛びつくものだ。
それが、いくらどんな騎士より誇り高い男であろうとも。
ルイズはベッドに飛び込み毛布を頭から被った。涙が頬を伝っていった。シーツでぬぐっているうちにいつしか鼻水もでてしまった。
初雪のように白い肌は真っ赤になってしまった。あまりに、あまりに悔しかったのだ。
存在の価値が違いすぎる。自分では『あの方』には勝てない。
ルイズはキュルケに色仕掛けの方法を学んでも無意味だってのはわかっていた。
彼がそんな単純な男であったなら心の葛藤は消えていることだろう。
でもそれは彼ではない。彼でなければ駄目なのだ。彼だからこそこんなに苦しんでいるのである。
ルイズは静かに、一人、寂しく、孤独に、泣いた。行ってしまうのか、やはり、と。
彼女には友達がいる。キュルケやタバサ、ギーシュ、あまり親交を深めているわけではないがシエスタというメイドだってそうだ。
それに教師だって己の努力を認めてくれている人たちがいる。
だが、ンドゥールは、影のように付き従い、何度も命を助けてくれたあの使い魔は、いつしか彼女たちよりさらに一線越えた存在になっていた。
だから悲しい。だから、キュルケの言ったように『本人に直接いく』というようなことはできない。
反対できない。きっと命令すれば、恩義に厚い彼はここに留まるだろう。ルイズにはそれがなんとなくわかっていた。
だが、そうするとンドゥールの心に喜びは生まれない。彼の意思でここに留まってもらいたいのだ。
仕方ないからとか、命を救ってくれたからとか、そんなんじゃあ駄目なのだ。
大事な存在だから、自由にさせてあげたいのだ。
ルイズは泣いた。泣いて泣いて、泣き崩れた。
そのためドアが開く音も、聞きなれた杖の音にも気づかなかった。


ギッと、ベッドが軋んだ。どうしたのかとルイズが思うより早くごつごつした指が彼女の頭をなでてくれた。
それをしてくれたのは、他の誰でもないンドゥールだった。
彼は湿った布巾をルイズの手に握らせた。
「顔を拭け」
「……いらないわよ。風呂に入ったんだから綺麗なままよ」
「涙で汚れてるだろ」
ルイズはぐっと歯を噛んだ。泣き声を彼は聞いたからここにやってきたのだ。
もう隠すこともできないので諦めて顔を拭く。
痛かった。
「俺は、お前を慰めるようなことはできない」
ンドゥールが急にそんなことを語りだした。毛布からわずかに顔を出してルイズは彼を見上げる。低い声。
「以前にも言ったが、俺にできることは戦うことだけだ。お前の命を脅かすものを排除する。
それだけしかできん。しかし、生きていくにはそれだけでは不足ということも知っている。
それも俺のように欠落した人間でないならなおさらだ。戦う以外で、俺は手助けができない。
お前が何に苦しんでいるのかはわからない。どうやったら癒すことができるのかわからない。
すまないな」
謝られた。ンドゥールにはなにも悪いことない。
なのに気に病んでいる。
心配させてしまっている。
ルイズはそれが心苦しかったが、嬉しかった。
醜い感情、負担になっているのに。殺したかった。暗部を消したかった。
「………もうやだ」
「なにがだ?」
「自分がいやなの。もうすっごくいや。かっこわるいし、馬鹿だし、」
「魔法が使えないからか?」
「違うもん。そんなのどうでもいいもん」
「そうか」
ンドゥールは優しく、慣れてない手つきで頭をなでた。
しばらくそうしていると、ルイズは泣きつかれたためゆっくりと眠ってしまった。
彼女はその日、自分が誰かの盾になっている夢を見た。
誰かを、大事な誰かを守っていた。守られてばかりじゃない。
嬉しかった。

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