ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-38

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互いの顔が視認できる距離でワルドの足は止まった。
剣士には遠く、メイジには近すぎる間合い。
両者の中間に位置するワルドに男が問い掛ける。
「テメェ、初めからあの犬の事を知ってて…。
いや、本当の狙いはあいつの実力を測る事か!?」
それを聞きながらワルドは愉しげに笑う。
さすがに戦場を渡り歩く傭兵の頭を務めるだけはある。
魔法が使えぬが故にその洞察力や判断力で生き抜いてきたのだろう。
しかしその経験も全く異質の存在には対応できないという訳か。

「君は実に良くやってくれた。支払った金に見合う働きぶりだったよ。
彼女が戦ったのは少し前でね、今の実力がどれほどか予想が付かなかったんだ。
だがおかげで私は何の危険も冒さずに彼の実力を知る事が出来た」
もしフーケの情報を過信し変身前の暗殺に挑んでいれば返り討ちにあったかもしれない。
だが僅かな期間でこれだけの成長を見せるとは驚愕するより他に無い。
弱点と記されていた炎もあまり効果的ではないようだ。
しかもアレはまだ全力ではない。彼の本領は変身してから発揮される。
それにガンダールヴとしての力も見ておく必要がある。
やはり自分自身の手で直接確かめるしかないという事か。
とりあえず目の前の問題から片付けるとしよう。

「さて役目を果たした以上、君が逃げるのを手伝ってもいいのだが」
「はっ! テメェがそんなタマかよ!
染みの一点も気になるから臆病者なんだろうが!
連中に余計な事喋る前にここでバラす気満々じゃねえか!」
男の言葉にワルドは目を丸くする。
なまじ洞察力があるというのも考え物か。
本当は逃がしても良かったのだが思わぬイレギュラーが混じった。
空から追跡されては逃げ場などどこにも無い。
武器など狙わずに始末してくれれば手間が省けたものを…。


「確かに。君に言われて思い出したよ、僕は臆病者だった」
腰に差した杖をワルドが引き抜く。
それは杖というよりもレイピアに近い形状をしていた。
頭領も何度も戦場で目撃しているそれは実戦用の杖。
剣とも打ち合える強靭さを持つ戦場の武器。
悠然と構えるワルドを前に頭領の額から一筋の汗が流れ落ちる。
(物腰から只者じゃねえとは分かっていたがこれほどとは…)
観察する度に歴然としていく彼我の実力差。
これを逆転するのは不可能、ならば奇襲を仕掛け一瞬の勝機に賭けるのみ。
男の利き手は腰に帯びたサーベル、逆の手は背に隠したナイフに当てている。
ただ一つだけ、この状況で男には光明があった。
それは自分が『メイジ殺し』だと相手に知られていない事。
実力を読み違え油断しているのならば隙もある。
頭領が一歩踏み込むもワルドは動かない。
それを余裕によるものと理解し男は口を開いた。
「別にあんたを恨んじゃいねえよ。あんたは仕事を依頼し俺はそれを引き受けた。
部下がやられちまったのも俺が相手の実力を測り損ねたからだ」
「成る程。実に殊勝な考えだ」
サーベルに掛けていた男の手が離れていく。
戦闘放棄とも思える行為にワルドの気が一瞬揺らぐ。

「だが! 知らぬ間に捨石にされた連中の無念は別!
そのケジメだけは付けなきゃならねえんだよ!」
離れた手が振り抜かれた。
同時に風を切って男から放たれる『何か』。
投擲されたそれが月明かりに反射して光る。
凶器と判断したワルドは咄嗟に避けようとした。
だが、それは凶器ではなかった。
彼の目前を一枚の金貨が通り過ぎていく。
「返すぞ! テメェの金だ!」
ワルドが姿勢を崩した瞬間、踏み込んで土を蹴る。
舞い上がる土と砂でワルドの視界を奪う。
同時に首筋に振り下ろされるサーベル。
必殺の間合いで放たれた一撃が容易く杖に受け止められる。
だが、これで良い。そうさせる為に仕掛けたのだ。
「おおぉぉぉぉ!!」
「ぬぅ…!?」
雄叫びを上げながら己の片腕にあらん限りの力を絞り込む。
メキメキと頭領の筋肉が膨張し音を立てて力を生み出す。
まるで万力で締め上げるように杖を押し込んでいくサーベル。
頭領の体躯は伊達ではない。
メイジ相手では並の技など無意味。
膂力だけを練り上げて彼は『メイジ殺し』と呼ばれるに至った。
杖を振れなければメイジは無力。
彼は相手の杖を抑え付ける腕力を以って魔法を封じるのだ。

「この代償は金じゃ済まされねえ…命で払って貰う!」
逆の手に掛けたナイフを抜き放つ。
それで首を掻き切って仕留めるのが彼の『メイジ殺し』。
刃が煌めいた瞬間、鮮血が辺りに飛び散った。


「はぁ……あぐ……」
カランと血に濡れた刃が地面に落ちる。
ナイフを握っていた手も赤く染まり血が滴り落ちる。
いや、手や刃物に付いたものなど男の腹から流れ落ちる血に比べれば微々たる物だった。
男は自らが生み出した血溜りの中に膝を屈した。
まるで懺悔するような姿勢のまま背後へと振り返る。
そこには自分に爪を突き立てる鷲の頭を持った巨大な怪物。
「これは、グリフォン……テメェ、魔法衛士隊か!?」
「それを君が知る必要はない」
返答と同時にそのまま縦に引き裂かれる傷口。
既に致命傷であったにも拘らずに振り下ろされた爪が臓腑を切り裂いた。
新たに口から吐き出されたものを加え血溜りが広がっていく。
もはや顔を上げる気力も無く、消えてゆく視界の端で彼が目にした物。
それは自分が投げた一枚の金貨。
彼はそれに必死に手を伸ばした。

くそったれ、ここで終わりか。
しみったれた農民になんざなりたくはなかった。
テメエの腕一つで成り上がって貴族どものような暮らしをしてやる。
そんな思いで戦場を駆け回って、仲間が出来て、失って、また仲間が出来て、失って…。
その内、部下を引き連れてまるで大将きどりで暴れ回った。
仕事終わりにアイツ等と一緒にバカやりながら飲む一杯は格別だった。
世界は自分を中心に回ってる。
そんな気さえしてたんだが…とんだ井の中の蛙だったようだ。
結局、俺はそこらに転がってる連中と同じ。
誰かの捨石になって終わるだけの人生だった。

彼の手が金貨に触れる。
金属の冷たい感触が残された彼の熱を奪っていく。
それでも彼は金貨から手を離そうとしない。
まるで自虐的に笑みを浮かべる。

冷てえし硬えな…こんなちっぽけな物の為に命懸けてたのか。
結局は部下も金も何も残らなかったなあ。
今更言っても取り返しなんてつく訳がねえ。
さんざ殺しておいて自分の番になったら懺悔なんざ虫が良すぎる。
せいぜい無残に醜態晒してくたばってやるのが連中への俺なりの供養だ。
せめて先に死んでいった部下達の為に野郎の腕の一本も持って行きてえが…。
「へ、へへ……ざまあねえぜ…」
それを最期に糸が切れたように男の体が沈んだ。
男の屍に目を向ける事なくワルドは立ち去る。
「さてルイズ達と合流しなくてはな」
この惨状を前にして彼の表情には何の変化も無かった。
残忍でもなければ冷酷でもない。
彼の態度は『無関心』そのものだった…。


「これで全員か?」
ギュッと捕まえた連中を縄で縛り上げて並べる。
どうして積荷の中に縄があるのか疑問に思うギーシュだったが、
それを彼女に聞くのが怖くて口を閉ざし言われるがまま黙々と従う。
ルイズの使い魔は次々と気絶させた賊を咥えて運んできた。
その彼が動かないという事はもう森には誰も居ないのだろう。
「ところで、こいつら何者なの?」
「ただの盗賊さ。交易商狙いのね」
ルイズの問いに答えたのは聞き慣れぬ人物のものだった。
その声のした方に皆が一斉に視線を向ける。
見れば森の中から一人の男がこちらに歩み寄ってくる。
「誰だ!?」
彼が唸りアニエスが剣に手を掛ける。
男が羽飾りの付いた帽子を僅かに上げて顔を晒す。
「あ……」
その顔にルイズは覚えがあった。
長き月日を経ようとも変わらない面影。
幼き日に彼とは何度も会っている。
屋敷の中で一人心細かった私を慰めてくれた人。
貴族の誇りと有り様を私は彼から学んだのだ。
だからこそ魔法が使えなくとも貴族であろうとした。
彼の姿は遠い日の私の憧れだった。
「……ワルド様」
「久しぶりだねルイズ」
驚くばかりの私に対してワルド様の笑顔を浮かべる。
それは私に安心を与えてくれたあの頃から何ら変わらない。
彼を見上げるような視線は今も同じ。
だけど昔はしゃがんでもらわなければよく見えなかった顔が、
背が伸びた今ではハッキリと見える。
あれから貴族らしく振舞って日々を頑張ってきた。
私は理想としていたあの背中に少しは追いついたのだろうか…。

「ルイズ、しばらく見ない間に君はとても素敵になったね。
女性としても貴族としても立派に成長した証さ」
「そんな、ワルド様。私なんてまだまだ…」
ワルドがルイズの頭を優しく撫でる。
心の内を読まれたのかと驚くルイズの横で、
“あのルイズが謙遜してる!?”と仰天する男共。
ルイズの知り合いという事もあってか殺気を和らげるも、
未だにワルドを警戒しているアニエスが問う。
「ミス・ヴァリエールの知人とお見受けするが名前と目的を聞かせて頂きたい」
「これは失礼。つい婚約者に再会できたのが嬉しくてね」
「つまらん言い訳はいい……って婚約ッ!?」
ワルドの一言にアニエスの顔が引き攣る。
彼の視線の先にはミス・ヴァリエールの姿。
突然のワルドの発言に彼女はワタワタと忙しなく身振り手振りしていた。
どうやら驚きすぎて声が出ないようだ。
そういえばミス・ヴァリエールは幾つぐらいなのだろう?
体型から推察すれば13、14歳ぐらいか。
しかも見た感じ、政略結婚ではなくて男の方が熱を上げている。
つまり、この男はそんな年齢の少女に婚約を申し込んだのか?
(……こいつもモットと同類か)
もっとも異性である分、ワルドの方が僅かにマシか。
別の意味でも警戒を厳にせねばならんなと固く誓う。

ようやく落ち着きを取り戻したルイズがワルドの発言を否定する。
「そんなの、子供の頃に交わした冗談のようなもので……」
「ひどいなルイズ。僕はあの頃からずっと本気にしていたんだよ」
「!!?」
そのやり取りを聞きながらアニエスが呆然と立ち尽くす。
ミス・ヴァリエールが現在よりも幼い頃にそんな約束を!?
(マズイ……この男、筋金入りだ!)
賊と一緒に憲兵に引き渡した方がいいかもしれない。
よし、そうしよう。とりあえず目的に不審があると言っておけばいいだろう。
公爵家の令嬢が乗った馬車を追い回していたと衛兵に伝えれば向こうが『適切な処置』をしてくれる。
「ああ、話が横道に逸れたようだね。
僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。
魔法衛士隊でグリフォン隊の隊長をしている者だ」
「…ここに来られた御用向きは?」
身分を明かした途端にアニエスの目が鋭さを増した。
王族の警護に当たるべき衛士隊がこんな場所で、
しかも婚礼も間近に迎えた時期に王宮を離れるなど有り得ない。
ミス・ヴァリエールの知り合いである為、
身分を偽っている可能性は低いが不審である事には違いない。
「君たちと同じだよ」
「なんだと…?」
「ウェールズ皇太子に手紙を届ける任務、正確にはその護衛。
それがここにいる理由だが納得したかな?」
「……………」
ワルドの返答は納得できるものだった。
あの時、姫様は護衛を一人付けるという話をしていた。
それを必要ないと断ったが後になって思い直したというのも有り得る。
私も戦力不足は否めないと思っていた。
しかし、それはあの犬の実力を目の当たりにする前の話だ。
あの異常なまでの索敵能力があれば不必要な戦闘も避けられる。
今でも十分に戦力は足りていると思うが多いに越した事はない。
だが、一応は確かめておく必要があるか。
「護衛は既に断った筈だが…」
「ああ、知っているよ。
だけど姫様に無理を言ってお願いしたのさ。
僕のルイズに何かあっては大変だからね」
「……成る程。愛ゆえの行動という訳か」
「そういう事だ」
冷やかす口調もワルドはあっさりと受け流す。
完全にミス・ヴァリエールしか目に入ってない。
正直、呆れるのを通り越して賞賛したくなってくる。

「しかし、盗賊にしては装備が整いすぎているのが気になります」
大型のボウガンを多数、それ以外にも火炎瓶を飛ばしてきた簡易の投石器等。
しかも各自の装備にバラつきが無く、まるで軍隊のようだ。
「大方、傭兵崩れだろう。王党派に付いていた傭兵の大部分は離れ、
こちらに逃げ込むか、貴族派に鞍替えするかしたらしい」
「つまりは…もう予断を許さない状況だと?」
「ああ。さっさと衛兵に引渡して先に進んだ方が賢明だろう」
「ですが船もすぐに出航する訳ではありませんし、念の為にも尋問しておくべきでは?」
ふむ、と髭に手を当てながらワルドは考え込む。
そして愉快そうに笑みを浮かべた後に返答した。
「君は実に慎重だな。枢機卿が姫様のお目付け役に命じただけはある。
ではこの件は君に任せよう。善処したまえ」
「はっ!」
ワルドの意を受けてアニエスが森へと数人ほど連行する。
これから何が行われるのか想像してガタガタ震えるギーシュの前を素通りして、
再びルイズの下へとワルドが歩み寄る。
しかし、それを一匹の犬が遮った。
彼は感じていた、敵意ではない別の臭いを。
それが何かは分からない。
だがルイズの使い魔として危険から遠ざけようとした。
「君は確かルイズの使い魔だったね。
姫様から聞いているよ。今までルイズを守ってくれてありがとう」
伸ばされたワルドの手が彼の頭をガシガシと撫でる。
コミュニケーションのつもりか握手代わりに彼は受け取った。
しかし触れていた手に突然砕くような力が込められる。
「でも、もう必要ないよ。ルイズは私が守るからね」
挨拶などではない、それは宣戦布告そのものだった…。


「何やってるのよ、もう終わっちゃったじゃない」
先導するタバサの後に付いたキュルケが文句を言う。
格好良く登場しようとしたものの既に戦いは終結したようだ。
火の手も上がらずに静寂を取り戻した森が何よりの証拠。
あまりにも呆気ない決着だが彼の実力からすれば当然の結果だろう。
森の奥深くに踏み込んだタバサの足が止まる。
どうかしたの?と覗き込んだキュルケも言葉を失った。
そこに広がるのは一面、血で彩られた惨劇の跡。
その中心で倒れている男は体に大穴を空けられ絶命していた。
「何よこれ!? ルイズ達がやったって言うの?」
「……違う」
恐れる事無く彼女は足を踏み入れた。
男の屍骸に近寄るとその傷口を検分する。
やはり、これは剣や槍によるものではない。
大型の獣の爪で引き裂かれたのだろう。
となると彼でもない。
かといって食い荒らされた形跡もない。
誰かの使い魔か、または獣を模したゴーレムかガーゴイルという可能性もある。

ふと月光を受けて反射する何かにタバサの目が留まった。
それはトリステイン王国発行の新金貨だった。
男の手は金貨を取るように伸ばされていた。
「最期まで金に執着するなんて無様な死に様よね」
「……………」
「あ。そんなの拾うの止めなさいよ」
キュルケの言葉を聞き流しながら金貨を拾う。
金貨は当然のように男の血で汚れていた。
しかし、それは意図的に付けられたものだった。
金貨に描かれた王家の紋章に書かれた十字の血痕。
それは恐らく男が最期に遺したメッセージなのだろう。
そしてタバサはその意味に即座に気付いた。
判らない筈がない、それは彼女も良く知るものだからだ。
この紋章に書かれた血の十字は不名誉印を表している。
そして不名誉印を刻まれる理由の大半は一族の者の中に“反逆者”が出た場合だ。
彼女は力強く金貨を握り締める。
嫌な予感がする。いや、予感で済むならそれに越した事はない。
彼女達と合流しなければならない、そんな気持ちに急き立てられた。


街道沿い寄りやや奥まった所にある大木に傭兵達は縛り付けられた。
まるで木を一周するように互いの縄を結ばれている。
目隠しと猿轡をされて非難の声を上げる事も出来ない。
もっとも相手は素人だ。
戦場で受ける拷問の恐怖に比べれば児戯に等しい。
彼等はそう高をくくっていた。
「さてと、始める前に言っておくが私は仕事熱心な性質でな」
手に皮手袋を嵌めながら女は語り掛ける。
そして掌を開いたり閉じたりして感触を確かめるとナイフを抜く。
「あまり簡単に喋られても拍子抜けで困る」
次の瞬間、耳をつんざく絶叫が響いた。
そいつの声を聞かせる為に猿轡は外されていた。
互いに繋がった縄にギシギシと暴れ回る衝撃が伝わる。
誰がやられているのか、何をやられているのか分からない。
分からないのに恐怖だけが募っていく。
その直後、肌に生暖かい水が掛かった。
否。水などではない、これは血だ。
まさか、やられているのは隣の奴なのか?
それが終わったら次は自分の番なのか?
ガタガタと奥歯が音を立てて震える。
悲鳴が途絶えた直後、彼女の呟く声が明確に聞こえた。
「なんだもう終わりか…まあいい、代わりは幾らでもいるからな」
「むぐー、むぐ、むぐむぐー!!」
「んー? 何を言ってるのか分からんな」
つかつかと歩み寄ってきた女が目隠しを外す。
彼はその光景を二度と忘れる事は無い。
薄暗い森の中、神秘的に輝く二つの月明かりを受けて輝く金の短髪。
……その彼女の顔が例えようも無く笑っていた事を。


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